2016/08/27 - 2016/08/27
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blumentalさん
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毎年夏に夫婦で行く海外旅行も5回目、今回はドイツ中央辺りを東西に移動することを計画。
観光6日目、ボンで大聖堂や選帝侯宮殿を観た後は、一旦ボンを離れブリュールとケルンを訪問しました。夫婦でケルンとブリュールを訪問するのは2度目ですが、今回の目的はライン川に架かる橋を渡ることです。ケルンは人口108万人でドイツ第4の都市ですが、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都はデュッセルドルフです。
旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。
8月21日(日) 11:00関空~16:35パリ経由18:15~19:45ミュンヘン着(ミュンヘン泊)
8月22日(月) オーバーアマガウ、エッタール、ミュンヘン(ミュンヘン泊)
8月23日(火) ザルツブルク(ミュンヘン泊)
8月24日(水) アイゼナハ、ゴータ(アイゼナハ泊)
8月25日(木) ライプツィヒ、ヴィッテンベルク(アイゼナハ泊)
8月26日(金) エアフルト、ナウムブルク、ヴァイマール(アイゼナハ泊)
8月27日(土) ボン、
★ ブリュール、ケルン(ボン泊)
8月28日(日) ゾースト、ミュンスター(ボン泊)
8月29日(月) リューデスハイム、マインツ(マインツ泊)
8月30日(火) 11:45フランクフルト~13:00アムステルダム14:40~(機内泊)
8月31日(水) 8:50関空着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- KLMオランダ航空
-
ボンの大聖堂や選帝侯宮殿を見学した後、一旦ボンを離れ、ケルンに向かいます。
15:32ボン発のRBで15:45ブリュール着。途中のブリュールを素通りするのが惜しかったので、少しだけ途中下車。 -
ブリュール駅を出ると、目の前(西側)にはアウグストゥスブルク城Schloss Augustusburg。ドイツ世界遺産で、駅を出てから絶対迷いっこないのがこことケルン大聖堂です。
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門の両側の上部を飾る彫像です。
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城の門内から振り返って見たブリュール駅です。お色直しをしたのか、4年前と外観が変わっています。
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これは4年前のブリュール駅(2012年9月撮影)。当時の壁はピンク色、時計塔もありません。えらく変わったものです。
(ブリュール、ケルン2012)https://4travel.jp/travelogue/11596814 -
アウグストゥスブルク城の正面(東側)です。
アウグストゥスブルク城は、ケルン選帝侯(大司教)のクレメンス・アウグスト(在位1723-61年)の命により、宮廷建築家フランソワ・ド・キュヴィイエが1728年から40年かけて建設したロココ様式の別荘宮殿です。 -
イチオシ
建物は3翼からなるコの字型。
ブリュールはボンと同様、12世紀以降ケルン選帝侯の統括地になっていますが、ケルン選帝侯はケルンでは全く歓迎されていなったので、主な住居としてボンに選帝侯宮殿を建てました。さらに夏の宮殿としてブリュールに建てたのがこのアウグストゥスブルク城です。 -
アウグスト選帝侯は大司教でありながら、狩猟と仮面舞踏会にうつつを抜かし、そして愛妾を囲う生活を送っています。その上、巨額を投じて城館や庭園を造ったんですから、領民にとってはたまったものじゃありません。
この選帝侯(大司教)の時代は、1794年にフランス革命軍によるライン川左岸の占領によって終わりました。 -
城の前の芝生ではウエディングカップルの撮影をしています。そして別の場所では、別カップルが撮影中。
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ざっと見渡して、少なくとも3組のカップルが記念撮影をしていました。
いかん、いかん、時間がないのに予定外のことにペースを乱されてしまっています。 -
城の南側にはバロック式のシュロス庭園Schlossparkが広がります。
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バロック様式の庭園を手掛けたのは、フランス人の造園家ドミニク・ジラールです。この人はミュンヘンのニンフェンブルク宮殿庭園やウィーンのベルヴェデーレ宮殿庭園を手掛けています。
緑豊かで広大な庭園は、南にずっと広がっています。 -
アウグストゥスブルク城の南側の面です。
4年前の訪問時は場内を見学しました。階段の間のインパクトは強烈でしたが、今回は見学はパス。 -
イチオシ
こちらが西側の面です。
以前来た時はここまでだったので、今回は城を出て少しだけ西方面へ、確か教会があるはずです。 -
城のすぐ西、シュロス通りSchloßstr.に面して城教会(天使の聖マリア教会)Schlosskirche Sankt Maria von den Engelnがありました。1493年にゴシック様式で建てられ、1735年に内部をバロックで改装されたそうです(が、見ていません)。
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教会入り口は人だかり。どうやらコンサートがある模様。毎年この時期、ブリュール城コンサートBrühler Schlosskonzerteとして、アウグストゥスブルク城とその周辺の教会やホールで開催されているようです。道理でシュロス庭園にもコンサート関連の機材がありました。
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教会内部は諦めてその隣。教会のすぐ西側からマルクトMarkt広場が北に延びていました。広場というより、道路の両側で町の人がのんびりとくつろいでいるって感じです。探索はここまで(城の西出口からわずか200m)。
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大急ぎで今来たコースを逆戻り。東の門を抜けて駅に向かう時も門付近でカップルが撮影中。遠慮気味に横を通り抜けて門へ(別に遠慮することもなかったんですが)。
28分だけの途中下車でした。そしてブリュール16:13発のREでケルンに向かいました。 -
16:28ケルン中央駅到着。駅を出て、すぐ南側には大聖堂がそびえています。ケルンに来て、大聖堂がどこか探す人なんていません。
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そもそも駅のすぐ隣にその街の観光の目玉があるなんて、通常では考えられません。
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大聖堂の正面にまわって、まずはのけ反ります。おお、のしかかってくるー。
ケルン大聖堂Kölner Domの正式名は、聖ペーター・マリア大聖堂Dom St. Peter und Mariaです。塔の高さは144m。 -
イチオシ
かなり下がってなんとか。今回のケルン訪問の目的は大聖堂の見学ではないので、ここは後回し。
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大聖堂の横で路上画家が作業中。この後、この絵はどうなるのでしょうか。
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今まで天気が良かったのに、ケルンに来て急に薄暗くなりました。
大聖堂の南側の広場です。ここから南に延びるホーエ通りHohe Str.を進みました。メインストリートですから当然ですが、人がたくさんで落ち着かない通りでした。
途中で左折、ザロモンス通りSalomonsgasseを東に行くと市庁舎広場。 -
市庁舎広場Rathausplatzの東側には旧市庁舎Historisches Rathausの尖塔が建っています(塔の西側の面)。
ケルンの市庁舎はドイツ最古で12世紀にできたそうです。現在の建物は、1330年頃建設の本館と1407-14年に増設した塔から成ります。 -
塔の隣に旧市庁舎本館がありますが、前の市庁舎広場は工事中で正面にまわれませんでした。
ここでとうとう雨が降り始めました。といっても小雨ですし、時間も惜しいので雨宿りせずに次へ移動。 -
旧市庁舎の裏側(東側)に廻るとそこはアルター・マルクト広場Alter Marktでした。そちらから見た旧市庁舎の塔(東側の面)。
3層の正方形の下層階と2層の八角形の上層階を持つ後期ゴシック様式の塔は、高さ61mで、130個以上の石像で飾られています。 -
アルター・マルクト広場にあったヤン・フォン・ヴェルトの泉Jan-von-Werth Brunnen(1884年建造)。ヤン・フォン・ヴェルト(1591-1652)は三十年戦争で活躍した(カトリック側の)騎兵将軍です。
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広場から建物を隔てた東側に聖マルティン教会があるのですが、建物が邪魔で教会が見えません。外観を確認することなく教会に入りました。
聖マルティン教会の全容がわかるのは大聖堂の上からでしょうね。これは2012年9月、大聖堂の上からの撮影です。 -
聖マルティン教会Klosterkirche Groß St. Martinの中は薄暗かったです。内陣側(左)と拝廊側(右)です。
960年頃設立したベネディクト会の修道院教会ですが、1150年の火事で全焼。1172-1250年にロマネスク様式で再建されて以降、建物の形はほとんど変更されていないようです。1802年から教区教会です。 -
教会は世界大戦でほぼ全壊しましたが、1948-65年に外観はほぼ再建され、1985年に内部修復が完了しました。教会内部は重厚な造りですが、見るからに修復再建された感じの簡素な内装に見えました。
内陣には、いわゆる祭壇らしいものは無く、石のテーブルだけでした。パイプオルガンは右(南)の側廊です。 -
後陣のステンドグラス。どんな図案なのかよくわかりません(写真もまずいけど)。戦後の作品のはずです。
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身廊の左(北東)の柱にあった三連祭壇画(1530年頃の作品)。イエス誕生後の3つの場面が描かれています。
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キリストを埋葬する人々の像。左から3人目がマグダラのマリア、4人目がマリヤです。もともとキリスト以外に7人の像があったのに、世界大戦以降1人の女性像が行方不明になっているそうです。
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聖エリフィウスSt. Eliphiusの像。エリフィスは4世紀トゥールで活躍したキリスト教の殉教者です。この教会では聖マルティンに次ぐ2人目の守護聖人。
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拝廊です。こちら側にはパイプオルガンはありません。
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さて、教会を出て再びアルター・マルクト広場へ。嬉しいことに雨は上がっています。
広場の北側から音楽が聞こえてくるので行ってみると、このような叔母様たちが路上でエアロビクス。何の集まりなのか全くわかりませんが、雨上がりの広場を陽気なムードにしていました。 -
そこを北に抜けるとクルト・ハッケンベルク広場Kurt Hackenberg Platz。北西の方向には大聖堂。手前の建物はローマ・ゲルマン博物館Römisch-Germanisches Museum。
ここから東に行くとライン河畔のラインガルテンRheingartenです。 -
ラインガルテンから南を向くと、聖マルティン教会の塔が見えます。塔の高さは75m。1842年の大聖堂建設再開まではケルンで最も高い建物でした。
「大」マルティン教会Groß St. Martinという呼称は、もう一つある「小」マルティン教会Klein St. Martinと区別するためです(こちらは戦後、塔だけが再建されています)。 -
ラインガルテンには子連れの家族が多数。子供に水浴びさせています。後ろにはホーエンツォレルン橋が見えます。
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橋の袂(左岸の南側)にはドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(在位1888-1918)の騎馬像があります。
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河川敷から橋の袂のフランケン広場Frabkenplatzまで上がります。この広場は大聖堂の真東に位置し、橋と同じ高さです。
左はルートヴィヒ美術館Museum Ludwigです。 -
フランケン広場から見下ろしたラインガルテン。向こうには聖マルティン教会。
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イチオシ
フランケン広場の東にはホーエンツォレルン橋Hohenzollernbrücke(全長409m)。
向こうに見える高層ビル(高さ103m)はケルントライアングルKölntriangleと呼ばれ、展望台となっています(2006年建設)。 -
これは2012年にケルンに来た時、大聖堂の上から撮ったホーエンツォレルン橋です。今度ケルンを訪れたら、対岸まで渡ろうと決めていました。
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さあ、橋を渡ります。これが今回のケルン訪問の第一目的、ライン川を渡ることです。
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鉄道橋ですから、当然列車も通ります。ホーエンツォレルン橋はドイツで最も列車の通過本数が多い橋で、毎日1200本以上の列車が定期的に通っています。
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それにしてもこの「愛の南京錠」Liebesschloss、今回ザルツブルクでも見ましたがここの数は半端なしです。
ローマやパリで大流行し、2008年頃からここにも広がったらしいのですが、横をがんがん列車が行き交う場所で愛の誓い? そんなにロマンチックな場所じゃないですよね、ここは。 -
南京錠の数を見積もった人の記事を読みました。2015年6月の時点で計算すると、誤差も含めて50万個±20万個らしいです。
以前、この橋を管理するドイツ鉄道DBは南京錠の撤去を警告しましたが、市民から反対の声があがり、大量の南京錠は今も健在です。 -
橋から見た東岸南側の風景。左の白い教会は旧聖ヘリベルト教会Kirche Alt St. Heribert、右の橋はドイツァー橋Deutzer Brücke。
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橋から見た西岸の風景。聖マルティン教会も存在感あり。
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橋の東側の袂から見た西の風景。
第二次世界大戦の1945年3月、西から米軍の地上部隊がケルンに進入し市街戦になり、ドイツ軍守備隊は撤退直前に橋を爆破しました。ボンやマインツの橋の爆破と同様、連合軍のライン渡河を防ぐためです。終戦後、1948-59年にこの橋は再建されました。 -
イチオシ
この風景が見たかった。
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こちら側(右岸の南側)には皇帝ヴィルヘルム1世(在位1861-88)の騎馬像があります。河川敷の手前まで下りました。
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東側川岸から臨む橋と大聖堂。
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では、再び橋を渡って大聖堂に戻ります。
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橋の途中でボーっと向こう岸を眺めて歩いていたら。。。
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突然、こんな奴らが通り過ぎます。
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すかさず今度はこんなのが。歩行者用通路ですが、歩行者専用ではありませんね。
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橋の西側袂のフランケン広場を通り抜けます。大聖堂の東側から見た、後陣と南側翼廊です。
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すぐ北側にはケルン中央駅。ホームがよく見えます。
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大聖堂の北東側から見た、後陣と北側翼廊です。
この聖堂は第3代目で1248年の着工、財政難で1560年に建築作業は中断。工事が再開されたのは約300年後の1842年です。1880年の完成まで630年以上の歳月がかかっています。 -
西側にまわり、再び見上げてから中に入ります。
1814年、プロイセンをはじめとする対仏同盟軍がナポレオンに勝利した後、ドイツ統一国家を打ち立てる機運とゴシック・リバイバルのブームによって、長く未完成のままだったケルン大聖堂に注目が集まりました。そしてプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世(在位1840-61)の資金援助によって、1842年から建設工事が再開され、大聖堂の完成は国家統一の象徴となりました。 -
西側入口のマリアポータルMarienportal。タンパンの彫刻は見事です(19世紀の作)。引っ掛かっている風船が気になります。
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入口の両側の彫刻。12使徒かなと思っていたんですが、数えたら14体ありました。
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中央の聖母子像。
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中に入ってもすごい重圧感、そして広い空間に圧倒されます。大聖堂の全長は145m、幅86mで、身廊部分は120mの長さがあります。
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身廊部の天井。高さは43m。身廊の壁面にパイプオルガンがあります(1998年設置)。
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後陣のステンドグラス。おやおや1枚は修復中です。以前来た時は右端の1枚が修復中でした。
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内陣に向かって身廊を進んでいたら、教会の人に、もう入っちゃダメと止められました。他の見学者も身廊から追い出され、内陣と身廊に入らないように周りにロープを張り始めました。今17:45ですが、18:00からミサか何か始まるのでしょうか。身廊内の座席には、お祈りをする人だけが残っていて、それ以外の人の追い出しをし始めたようです。
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今からお祈りをするまねしてもダメでしょうね。
ということで、動けるところは横の側廊だけ。まだ入ってから5分もたっていません。 -
南側の側廊のバイエルン窓Bayernfensterはすぐわかるので、何とかこれだけは撮って帰ろうと大慌てで移動。
(左)聖ヨハネの窓Johannesfenster(1847年奉納)には洗礼者ヨハネの説教の場面。
(右)聖ステファヌスの窓Stephanusfenster(1848年)にはステファヌスが投石を受ける場面。 -
礼拝の窓Anbetungsfenster(1846年)にはキリストの誕生と東方三博士の礼拝の場面。
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嘆きの窓Beweinungsfenster(1847年)にはキリストの降架と哀悼の場面。
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そして、聖霊降臨の窓Pfingstfenster(1848年)には、聖霊降臨の場面が描かれています。
何とか5枚全部撮れました。これらはバイエルン王ルートヴイヒ1世(在位1825-48)が奉納したものです。 -
これはどこにあったか不明、キリストの埋葬です。
今回は内部見学を目的にはしていませんでしたが、すぐそこにあるものを見せてもらえないのは悔しいです。 -
棘だらけのファサードをもう一度眺めて、ケルンの見学は終わりです。
この図案をジグソーパズルにしたら、恐ろしく難しいでしょうね。 -
大聖堂の外側に70年前のケルンの写真が掲示してありました。爆破されたホーエンツォレルン橋も写っていました。
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ビフォー・アフター。
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どうもケルンはごみごみして騒々しい街のようです。落ち着いたボンの街の方が好みに合っていますね(ボンを宿にしてよかった)。
さて、ボンの街歩きがもう少し残っています。ケルン中央駅18:32発のICでボンに戻りました(18:55着)。
(ボン)https://4travel.jp/travelogue/11749612
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