ザルツブルク旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 毎年夏に夫婦で行く海外旅行も5回目となります。今回はドイツ中央辺りを東西に移動することを計画。最初の滞在がミュンヘンだったものですから、観光2日目は足を延ばしてザルツブルクへ。<br /> 後半はザルツァッハ川を渡り、旧市街の観光です。ゲトライデ通りからホーエンザルツブルク城へ。<br /><br /> 旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。<br /> 8月21日(日) 11:00関空~16:35パリ経由18:15~19:45ミュンヘン着(ミュンヘン泊)<br /> 8月22日(月) オーバーアマガウ、エッタール、ミュンヘン(ミュンヘン泊)<br />★8月23日(火) ザルツブルク(ミュンヘン泊)<br /> 8月24日(水) アイゼナハ、ゴータ(アイゼナハ泊)<br /> 8月25日(木) ライプツィヒ、ヴィッテンベルク(アイゼナハ泊)<br /> 8月26日(金) エルフルト、ナウムブルク、ヴァイマール(アイゼナハ泊)<br /> 8月27日(土) ボン、ケルン(ボン泊)<br /> 8月28日(日) ゾースト、ミュンスター(ボン泊)<br /> 8月29日(月) リューデスハイム、マインツ(マインツ泊)<br /> 8月30日(火) 11:45フランクフルト~13:00アムステルダム14:40~(機内泊)<br /> 8月31日(水) 8:50関空着<br />

2016夏ドイツ中部の旅05:ザルツブルク(後半)旧市街

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2016/08/23 - 2016/08/23

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旅行記グループ 2016夏ドイツ中部の旅

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blumental

blumentalさん

 毎年夏に夫婦で行く海外旅行も5回目となります。今回はドイツ中央辺りを東西に移動することを計画。最初の滞在がミュンヘンだったものですから、観光2日目は足を延ばしてザルツブルクへ。
 後半はザルツァッハ川を渡り、旧市街の観光です。ゲトライデ通りからホーエンザルツブルク城へ。

 旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。
 8月21日(日) 11:00関空~16:35パリ経由18:15~19:45ミュンヘン着(ミュンヘン泊)
 8月22日(月) オーバーアマガウ、エッタール、ミュンヘン(ミュンヘン泊)
★8月23日(火) ザルツブルク(ミュンヘン泊)
 8月24日(水) アイゼナハ、ゴータ(アイゼナハ泊)
 8月25日(木) ライプツィヒ、ヴィッテンベルク(アイゼナハ泊)
 8月26日(金) エルフルト、ナウムブルク、ヴァイマール(アイゼナハ泊)
 8月27日(土) ボン、ケルン(ボン泊)
 8月28日(日) ゾースト、ミュンスター(ボン泊)
 8月29日(月) リューデスハイム、マインツ(マインツ泊)
 8月30日(火) 11:45フランクフルト~13:00アムステルダム14:40~(機内泊)
 8月31日(水) 8:50関空着

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦
交通手段
鉄道
航空会社
KLMオランダ航空
  • 旧市街の西端あたりにある聖ブラジウス教会St. Blasiuskircheです。石造りの建物に蔦が絡まっていい感じです。<br />後ろのメンヒスベルクの崖上にあるのが、先ほどまでいた近代美術館の展望台です。今10:50、後半はここからスタート。

    旧市街の西端あたりにある聖ブラジウス教会St. Blasiuskircheです。石造りの建物に蔦が絡まっていい感じです。
    後ろのメンヒスベルクの崖上にあるのが、先ほどまでいた近代美術館の展望台です。今10:50、後半はここからスタート。

  • 聖ブラジウス教会の元は1327年に建てられた病院(救済院)で、付属教会だけが現在まで残っているようです。小さな教会ですが、中は青紫っぽい照明で何か不思議な雰囲気です。

    聖ブラジウス教会の元は1327年に建てられた病院(救済院)で、付属教会だけが現在まで残っているようです。小さな教会ですが、中は青紫っぽい照明で何か不思議な雰囲気です。

  • 主祭壇です(1758年作)。柵があって身廊まで入っていけませんでした。

    主祭壇です(1758年作)。柵があって身廊まで入っていけませんでした。

  • 主祭壇の彫刻。

    主祭壇の彫刻。

  • さて、ここから東に延びるゲトライデ通りGetreidegasseを進みます。ガッセ(小路)ですが、繁華街です。

    さて、ここから東に延びるゲトライデ通りGetreidegasseを進みます。ガッセ(小路)ですが、繁華街です。

  • ゲトライデ通りGetreidegasseから西を振り返って。突き当りが聖ブラジウス教会。

    ゲトライデ通りGetreidegasseから西を振り返って。突き当りが聖ブラジウス教会。

  • 店先に突き出した鉄細工の看板が目につきます。

    店先に突き出した鉄細工の看板が目につきます。

  • ゲトライデ通りは賑やかです。狭い通りの両側には店がぎっしり、人もたくさん。

    ゲトライデ通りは賑やかです。狭い通りの両側には店がぎっしり、人もたくさん。

  • そして、どこもかしこもモーツァルト。

    そして、どこもかしこもモーツァルト。

  • どこもかしこもモーツァルト。

    どこもかしこもモーツァルト。

  • 特に人だかりが多かったのはモーツァルトの生家Mozarts Geburtshausの前。ヴォルフガングは1756年ここで産声をあげました。ザルツブルクカードで無料なんで立ち寄りました。<br />それにしても、1階のスーパーマーケットはいい場所に店を構えていますね。

    特に人だかりが多かったのはモーツァルトの生家Mozarts Geburtshausの前。ヴォルフガングは1756年ここで産声をあげました。ザルツブルクカードで無料なんで立ち寄りました。
    それにしても、1階のスーパーマーケットはいい場所に店を構えていますね。

  • モーツァルトの生家を出て、すぐ近くの路地を南に抜け、たどり着いたのは大学広場Universitätsplatz。

    モーツァルトの生家を出て、すぐ近くの路地を南に抜け、たどり着いたのは大学広場Universitätsplatz。

  • ここには露店がずらりと並び、買い物客で賑わっています。レストランや土産物屋の並ぶ通りよりずっと楽しい。

    ここには露店がずらりと並び、買い物客で賑わっています。レストランや土産物屋の並ぶ通りよりずっと楽しい。

  • 広場の南側にはコレーギエン教会Kollegienkircheがどっしりと構えています。<br />コレーギエンって聖人の名前かと思っていたら、単に大学のことでした。つまりここはザルツブルク大学の大学教会です(1707年完成)。<br />ファサード全体が撮れるまで後ろに下がれません。

    広場の南側にはコレーギエン教会Kollegienkircheがどっしりと構えています。
    コレーギエンって聖人の名前かと思っていたら、単に大学のことでした。つまりここはザルツブルク大学の大学教会です(1707年完成)。
    ファサード全体が撮れるまで後ろに下がれません。

  • 教会の中は壁も天井も真っ白なバロックの世界。この教会もミラベル庭園と同じくフィッシャー・フォン・エルラッハの建築。

    教会の中は壁も天井も真っ白なバロックの世界。この教会もミラベル庭園と同じくフィッシャー・フォン・エルラッハの建築。

  • 最初に目についたのは翼廊の大きくて立派な祭壇。てっきりこれが主祭壇かと思ったら違っていました(翼廊にあるはずないですね)。これは副祭壇にあたるベネディクト祭壇Benedikt-Altar。

    最初に目についたのは翼廊の大きくて立派な祭壇。てっきりこれが主祭壇かと思ったら違っていました(翼廊にあるはずないですね)。これは副祭壇にあたるベネディクト祭壇Benedikt-Altar。

  • ベネディクト祭壇の彫刻と祭壇画。

    ベネディクト祭壇の彫刻と祭壇画。

  • 主祭壇はこちら(1738年作)。内陣中央にぽつんと置かれていました。祭壇上部を飾るのは7人の大天使。

    主祭壇はこちら(1738年作)。内陣中央にぽつんと置かれていました。祭壇上部を飾るのは7人の大天使。

  • 拝廊とパイプオルガン(1868年作)。

    拝廊とパイプオルガン(1868年作)。

  • 大学広場から東に移動するとザルツブルク大学法学部があり、その校舎の南側には広場(キャンパス?)があります。<br />そこには奇妙な彫刻が並んでいました。

    大学広場から東に移動するとザルツブルク大学法学部があり、その校舎の南側には広場(キャンパス?)があります。
    そこには奇妙な彫刻が並んでいました。

  • 今12:00、ここにはベンチがあったのでこんな彫刻を鑑賞しながら、途中買い込んだ食べ物でランチ。

    今12:00、ここにはベンチがあったのでこんな彫刻を鑑賞しながら、途中買い込んだ食べ物でランチ。

  • 広場のすぐ南側にはフランツィスカーナー教会Franziskaner Kircheがあるのですが、狭いフランツィスカーナー通りFranziskanergasseからは見上げるだけで写真に納まりません。(左)教会の南西から、(右)南東から。

    広場のすぐ南側にはフランツィスカーナー教会Franziskaner Kircheがあるのですが、狭いフランツィスカーナー通りFranziskanergasseからは見上げるだけで写真に納まりません。(左)教会の南西から、(右)南東から。

  • フランツィスカーナー教会は1200年頃にロマネスク様式で建てられ、数回の再建の後、ゴシック様式の尖塔の建設によって1498年に完成しました。この尖塔は大聖堂の塔よりも高いと大司教からイチャモンをつけられ、1670年塔の頂上部分が取り除かれました(1866年、ネオゴシックで復元)。

    フランツィスカーナー教会は1200年頃にロマネスク様式で建てられ、数回の再建の後、ゴシック様式の尖塔の建設によって1498年に完成しました。この尖塔は大聖堂の塔よりも高いと大司教からイチャモンをつけられ、1670年塔の頂上部分が取り除かれました(1866年、ネオゴシックで復元)。

  • 中に入ると身廊は心細くなるほど薄暗いです。

    中に入ると身廊は心細くなるほど薄暗いです。

  • しかし内陣となるホール部分は光が差し込んでいます。いわゆる聖歌隊席に相当する部分は5本の柱に囲まれています。

    しかし内陣となるホール部分は光が差し込んでいます。いわゆる聖歌隊席に相当する部分は5本の柱に囲まれています。

  • 中央祭壇(1709年作)。何とこれもフィッシャー・フォン・エルラッハの作品。この人、ウィーンだけでなくザルツブルクでも大活躍ですね。<br />中央の聖母子像は、元は聖母マリア像でしたが、1989年に幼児イエスが付け加えられたそうです。

    中央祭壇(1709年作)。何とこれもフィッシャー・フォン・エルラッハの作品。この人、ウィーンだけでなくザルツブルクでも大活躍ですね。
    中央の聖母子像は、元は聖母マリア像でしたが、1989年に幼児イエスが付け加えられたそうです。

  • すらりと伸びた柱、そして特徴的な天井の模様。

    すらりと伸びた柱、そして特徴的な天井の模様。

  • 教会の南側のフランツィスカーナー通りを観光用の馬車が通ります。

    教会の南側のフランツィスカーナー通りを観光用の馬車が通ります。

  • こんな自転車も。このままフランツィスカーナー通りを南に進んで。。。

    こんな自転車も。このままフランツィスカーナー通りを南に進んで。。。

  • ザルツブルク大聖堂の真正面に出ました。ここはドーム広場Domplatzです。でも大聖堂の訪問は後回し。

    ザルツブルク大聖堂の真正面に出ました。ここはドーム広場Domplatzです。でも大聖堂の訪問は後回し。

  • 振り向くと先ほどのフランツィスカーナー教会(の東側)。

    振り向くと先ほどのフランツィスカーナー教会(の東側)。

  • 大聖堂の右手を抜けるとカピテル広場Kapitelplatz。<br />突如目の前に現れた巨大な金の玉Goldene Kugel。玉の直径は5m、重さは2トン。玉の上の彼は何者でしょうか。

    大聖堂の右手を抜けるとカピテル広場Kapitelplatz。
    突如目の前に現れた巨大な金の玉Goldene Kugel。玉の直径は5m、重さは2トン。玉の上の彼は何者でしょうか。

  • この広場は大聖堂の南側に位置します。

    この広場は大聖堂の南側に位置します。

  • カピテル広場から南の風景です。右手に見えるケーブルカーFestungsBahnに乗ってホーエンザルツブルク城Festung Hohensalzburgに上りました(ザルツブルクカードで無料)。

    イチオシ

    カピテル広場から南の風景です。右手に見えるケーブルカーFestungsBahnに乗ってホーエンザルツブルク城Festung Hohensalzburgに上りました(ザルツブルクカードで無料)。

  • 山頂駅のそばにある城塞の南側テラスに出ました。横にレストランがあります。

    山頂駅のそばにある城塞の南側テラスに出ました。横にレストランがあります。

  • テラスから見下ろすとケーブルカー。ここを上がって来たんですね。

    テラスから見下ろすとケーブルカー。ここを上がって来たんですね。

  • 北方向の眺めです。旧市街とザルツァッハ川。午前中は左の丘の上の展望台からこちらを眺めました。

    北方向の眺めです。旧市街とザルツァッハ川。午前中は左の丘の上の展望台からこちらを眺めました。

  • ちょうど真北に大聖堂と手前のカピテル広場。金の玉乗り男の横ではチェスが行われているようです。

    ちょうど真北に大聖堂と手前のカピテル広場。金の玉乗り男の横ではチェスが行われているようです。

  • 大聖堂の西には、先ほど訪れたフランツィスカーナー教会。

    大聖堂の西には、先ほど訪れたフランツィスカーナー教会。

  • その南側に見えるのが聖ペーター教会、あとで訪問します。<br />この後、城郭内部のオーディオガイドツアー(ツアーといっても自由見学)に参加しました(ザルツブルクカードで無料)。

    その南側に見えるのが聖ペーター教会、あとで訪問します。
    この後、城郭内部のオーディオガイドツアー(ツアーといっても自由見学)に参加しました(ザルツブルクカードで無料)。

  • 写真も撮っていないので、館内の展示物に関する記憶がありません。<br />一番良かったのはレック塔Reckturm(見張り塔)からの眺めです。すぐ東側には、城の本丸となる大司教の館(西側の面)がそびえています。左は鐘楼Glockenturm。

    写真も撮っていないので、館内の展示物に関する記憶がありません。
    一番良かったのはレック塔Reckturm(見張り塔)からの眺めです。すぐ東側には、城の本丸となる大司教の館(西側の面)がそびえています。左は鐘楼Glockenturm。

  • 南東の眺め。右手の一段低い場所の建物群が城塞南側の面になります。

    南東の眺め。右手の一段低い場所の建物群が城塞南側の面になります。

  • 南方向遠方にはウンタースベルク山Untersberg。あの山の向こうはドイツのベルヒテスガーデン。岩塩鉱をめぐってはザルツブルクのライバルでした。<br />写真中央のやや右の湖畔にレオポルツクローン城Schloss Leopoldskronを発見(ズームしないとわかりませんね)。

    南方向遠方にはウンタースベルク山Untersberg。あの山の向こうはドイツのベルヒテスガーデン。岩塩鉱をめぐってはザルツブルクのライバルでした。
    写真中央のやや右の湖畔にレオポルツクローン城Schloss Leopoldskronを発見(ズームしないとわかりませんね)。

  • 西の方向(すぐ近く)にぽつんと監視塔らしきもの。<br />名前はフライシュレースルFreyschlössl(Schlösslは小城)、13世紀後半に造られた城への侵入者を監視する町の防衛塔です。現在は個人宅のようです。

    西の方向(すぐ近く)にぽつんと監視塔らしきもの。
    名前はフライシュレースルFreyschlössl(Schlösslは小城)、13世紀後半に造られた城への侵入者を監視する町の防衛塔です。現在は個人宅のようです。

  • あまり長居はできませんが、少しだけ城塞内をうろうろ。<br />ここは大司教区とは言え、こんなに堅固な城塞を大司教が所有しているなんて驚きです。1077年、ザルツブルク大司教ゲープハルトによって城の建築が開始されました。これは当時、司教の叙任権を巡る教皇と皇帝と争いで、周辺の南ドイツ諸侯は皇帝派だったため、教皇派の大司教が身の危険を感じたためです。

    あまり長居はできませんが、少しだけ城塞内をうろうろ。
    ここは大司教区とは言え、こんなに堅固な城塞を大司教が所有しているなんて驚きです。1077年、ザルツブルク大司教ゲープハルトによって城の建築が開始されました。これは当時、司教の叙任権を巡る教皇と皇帝と争いで、周辺の南ドイツ諸侯は皇帝派だったため、教皇派の大司教が身の危険を感じたためです。

  • といっても最初は小規模の城館でしたが、その後の歴代大司教によって増築を繰り返し、17世紀中ごろ現在の姿になりました。保存状態の良い中世城郭として、中欧では最大規模だそうです。<br />城塞の東側区域に出ました。

    といっても最初は小規模の城館でしたが、その後の歴代大司教によって増築を繰り返し、17世紀中ごろ現在の姿になりました。保存状態の良い中世城郭として、中欧では最大規模だそうです。
    城塞の東側区域に出ました。

  • 城塞の東側区域は広場になっていてゲオルク教会Georgskircheもあります。

    城塞の東側区域は広場になっていてゲオルク教会Georgskircheもあります。

  • こちらは城塞内の南側部分。<br />このような城は館内よりも城塞内を歩き回って外観を見る方が面白いです。

    こちらは城塞内の南側部分。
    このような城は館内よりも城塞内を歩き回って外観を見る方が面白いです。

  • さて、ケーブルカーで下に降り、次の目的地へ。

    さて、ケーブルカーで下に降り、次の目的地へ。

  • 下の駅を出てすぐに左折するとマルガレーテン礼拝堂Margarethenkapelleの東側に出ました。

    下の駅を出てすぐに左折するとマルガレーテン礼拝堂Margarethenkapelleの東側に出ました。

  • 礼拝堂の北側は墓地です。

    礼拝堂の北側は墓地です。

  • 礼拝堂の南側も墓地です。さらに左手の岸壁沿いは墓地のアーケードになっています。

    礼拝堂の南側も墓地です。さらに左手の岸壁沿いは墓地のアーケードになっています。

  • そして礼拝堂の西側も墓地です。<br />ここ全体が聖ペーター墓地Friedhof St. Peterで、三角形の墓地の中央に礼拝堂が立ってるんですね。ザルツブルクで現在使用されている墓地としては最古です(最も古い墓石は1288年)。綺麗な花壇だけでなく鉄柵の造りも凝っていて感心させられます。

    そして礼拝堂の西側も墓地です。
    ここ全体が聖ペーター墓地Friedhof St. Peterで、三角形の墓地の中央に礼拝堂が立ってるんですね。ザルツブルクで現在使用されている墓地としては最古です(最も古い墓石は1288年)。綺麗な花壇だけでなく鉄柵の造りも凝っていて感心させられます。

  • マルガレーテン礼拝堂を西側から。こちらが入口です。この礼拝堂は1485-91年の建設。

    マルガレーテン礼拝堂を西側から。こちらが入口です。この礼拝堂は1485-91年の建設。

  • 礼拝堂の祭壇(1864年作)はマリアの生涯が描かれています。身廊の両側に花の写真パネルが並べてありました。

    礼拝堂の祭壇(1864年作)はマリアの生涯が描かれています。身廊の両側に花の写真パネルが並べてありました。

  • マルガレーテン礼拝堂の西側には聖ペーター参事会教会Stiftkirche St. Peter。

    マルガレーテン礼拝堂の西側には聖ペーター参事会教会Stiftkirche St. Peter。

  • 聖ペーター墓地の南側、メンヒスベルクの岩壁に沿って建つ建物の中はカタコンベKatakombenになっていて3つの洞窟礼拝堂があります(一つは非公開)。

    聖ペーター墓地の南側、メンヒスベルクの岩壁に沿って建つ建物の中はカタコンベKatakombenになっていて3つの洞窟礼拝堂があります(一つは非公開)。

  • 岸壁沿いのアーケード内にカタコンベ入口(写真右)があり、洞窟礼拝堂へ続く急な階段があります(ザルツブルクカードで無料)。

    岸壁沿いのアーケード内にカタコンベ入口(写真右)があり、洞窟礼拝堂へ続く急な階段があります(ザルツブルクカードで無料)。

  • 階段を上がって、最初の礼拝堂(ゲトラウベン礼拝堂Gertraudenkapelle)を通り抜けると小さなテラスに出ました。ここから聖ペーター墓地を見下ろせます。

    階段を上がって、最初の礼拝堂(ゲトラウベン礼拝堂Gertraudenkapelle)を通り抜けると小さなテラスに出ました。ここから聖ペーター墓地を見下ろせます。

  • さらに階段を上がった先にはマキシマス礼拝堂Maximuskapelleがあります。

    さらに階段を上がった先にはマキシマス礼拝堂Maximuskapelleがあります。

  • マキシマス礼拝堂が最も高い位置にある礼拝堂です(左上)。右下がゲトラウベン礼拝堂とテラスです。

    マキシマス礼拝堂が最も高い位置にある礼拝堂です(左上)。右下がゲトラウベン礼拝堂とテラスです。

  • (どの部分の撮影だったか不明)<br />カタコンベは初期キリスト教徒の祈祷所でしたが、実際にここで死体の埋葬が行われたかどうかはまだ不明のようです。

    (どの部分の撮影だったか不明)
    カタコンベは初期キリスト教徒の祈祷所でしたが、実際にここで死体の埋葬が行われたかどうかはまだ不明のようです。

  • ここまでこんな階段を上ってきました。

    ここまでこんな階段を上ってきました。

  • 次は聖ペーター教会。<br />696年設立のベネディクト派の修道院教会の跡地に、1130-43年ロマネスク様式で建設されました。教会内部は18世紀にロココ様式に改修されています。

    次は聖ペーター教会。
    696年設立のベネディクト派の修道院教会の跡地に、1130-43年ロマネスク様式で建設されました。教会内部は18世紀にロココ様式に改修されています。

  • 聖ペーター教会の身廊。身廊の側面には絵画がずらりと並び、とても豪華です。

    聖ペーター教会の身廊。身廊の側面には絵画がずらりと並び、とても豪華です。

  • 身廊の天井には、聖ペーターの生涯がフレスコ画で描かれています。

    身廊の天井には、聖ペーターの生涯がフレスコ画で描かれています。

  • 主祭壇。

    主祭壇。

  • 拝廊側を向いても装飾でいっぱい。

    拝廊側を向いても装飾でいっぱい。

  • パイプオルガン。

    パイプオルガン。

  • 身廊の両側にもかなりの大きさの祭壇がいくつも並んでいます。

    身廊の両側にもかなりの大きさの祭壇がいくつも並んでいます。

  • 聖ペーター教会の西側広場から。<br />ここから路地を北に抜けるとフランツィスカーナー教会、さらに東に抜けるとザルツブルク大聖堂です。3つの大物教会の敷地は隣り合わせで、観光客にとってありがたい配置です。

    聖ペーター教会の西側広場から。
    ここから路地を北に抜けるとフランツィスカーナー教会、さらに東に抜けるとザルツブルク大聖堂です。3つの大物教会の敷地は隣り合わせで、観光客にとってありがたい配置です。

  • 再びドーム広場に移動。ドーム広場に面した大聖堂ですが、イベント(音楽祭?)の準備中なのか、機材がいろいろ並んで落ち着かない雰囲気でした。

    再びドーム広場に移動。ドーム広場に面した大聖堂ですが、イベント(音楽祭?)の準備中なのか、機材がいろいろ並んで落ち着かない雰囲気でした。

  • 大聖堂正面に立つマリア記念柱Mariensäule。<br />ザルツブルク大聖堂Salzburger Domは774年の創建時はロマネスク様式(長さ66m、幅33m)でしたが、たびたび火災に見舞われ、修復増築を繰り返し、1614年現在のバロック様式(長さ101m、幅69m)で完成しました。

    大聖堂正面に立つマリア記念柱Mariensäule。
    ザルツブルク大聖堂Salzburger Domは774年の創建時はロマネスク様式(長さ66m、幅33m)でしたが、たびたび火災に見舞われ、修復増築を繰り返し、1614年現在のバロック様式(長さ101m、幅69m)で完成しました。

  • 塔の高さは81m。<br />ファサードの両側は右のカピテル広場と左のレジデンツ広場への通路をまたいで、両側の建物(聖ペーター教会修道院とレジデンツ)に接続されています。

    塔の高さは81m。
    ファサードの両側は右のカピテル広場と左のレジデンツ広場への通路をまたいで、両側の建物(聖ペーター教会修道院とレジデンツ)に接続されています。

  • 入って驚くのは身廊部の天井の高さと奥行きです。

    入って驚くのは身廊部の天井の高さと奥行きです。

  • 身廊は薄暗いですが、内陣には光が差し込み白い柱が映えます。荘厳な雰囲気。

    身廊は薄暗いですが、内陣には光が差し込み白い柱が映えます。荘厳な雰囲気。

  • 中央祭壇です(1628年作)。祭壇画はキリストの復活。

    中央祭壇です(1628年作)。祭壇画はキリストの復活。

  • 柱上部から中央のドーム天井にかけての装飾は特に見事です。<br />1944年、米軍による空爆で大聖堂のドーム部分が崩壊しましたが、1945-59年に大聖堂は修復され、ドームは再建されました。

    柱上部から中央のドーム天井にかけての装飾は特に見事です。
    1944年、米軍による空爆で大聖堂のドーム部分が崩壊しましたが、1945-59年に大聖堂は修復され、ドームは再建されました。

  • ドームは高さ71mで、その天井部分のフレスコ画には旧約聖書の場面が描かれています。8つのフレスコ画がそれぞれ2段に並んでいます。

    ドームは高さ71mで、その天井部分のフレスコ画には旧約聖書の場面が描かれています。8つのフレスコ画がそれぞれ2段に並んでいます。

  • 柱や壁の彫刻の精密さには感心します。

    柱や壁の彫刻の精密さには感心します。

  • 拝廊を振り返ると、入り口の上には巨大なパイプオルガン(逆光で真っ黒)。<br />入口右手(写真左)の階段を上がるとドーム博物館Dommuseumがありました。

    拝廊を振り返ると、入り口の上には巨大なパイプオルガン(逆光で真っ黒)。
    入口右手(写真左)の階段を上がるとドーム博物館Dommuseumがありました。

  • ドーム博物館の通路はレジデンツResidenzやレジデンツギャラリーとつながっていて、どこに何があるともわからないまま、1時間近くうろうろしていました(ザルツブルクカードで無料)。この間の写真はありません。<br />これはレジデンツと大聖堂をつなぐテラスから見下ろした風景。大聖堂北側のレジデンツ広場Residenzplatzには馬車がずらり。

    ドーム博物館の通路はレジデンツResidenzやレジデンツギャラリーとつながっていて、どこに何があるともわからないまま、1時間近くうろうろしていました(ザルツブルクカードで無料)。この間の写真はありません。
    これはレジデンツと大聖堂をつなぐテラスから見下ろした風景。大聖堂北側のレジデンツ広場Residenzplatzには馬車がずらり。

  • 大聖堂の隣(北西側)に建つレジデンツは大司教の住居だった宮殿で、大司教ヴォルフ・デイートリッヒ(在任1559-1617)が1597-1606年に建設。さらにこの大司教、大聖堂の大拡張を図っただけでなく、1606年には愛人のためにミラベル宮殿の建設を開始しています(庶民を苦しめる大浪費家!)。

    大聖堂の隣(北西側)に建つレジデンツは大司教の住居だった宮殿で、大司教ヴォルフ・デイートリッヒ(在任1559-1617)が1597-1606年に建設。さらにこの大司教、大聖堂の大拡張を図っただけでなく、1606年には愛人のためにミラベル宮殿の建設を開始しています(庶民を苦しめる大浪費家!)。

  • その後この大司教は、塩の利権をめぐってライバルのベルヒテスガーデンに侵攻し失敗、最後は捕らえられ、皮肉にもホーエンザルツブルク城に投獄されてそこでお亡くなりに。<br />写真はテラスから見た大聖堂の北側の面。

    その後この大司教は、塩の利権をめぐってライバルのベルヒテスガーデンに侵攻し失敗、最後は捕らえられ、皮肉にもホーエンザルツブルク城に投獄されてそこでお亡くなりに。
    写真はテラスから見た大聖堂の北側の面。

  • こちらはテラスから見たレジデンツ広場Residenzplatz、大聖堂の北側にある広場です。右の白い建物は新レジデンツNeue Residenzで、内部はザルツブルク博物館Salzburg Museumです。左の塔は聖ミヒャエル教会St. Michael Kircheです。

    こちらはテラスから見たレジデンツ広場Residenzplatz、大聖堂の北側にある広場です。右の白い建物は新レジデンツNeue Residenzで、内部はザルツブルク博物館Salzburg Museumです。左の塔は聖ミヒャエル教会St. Michael Kircheです。

  • 再び大聖堂に戻ってきました。入口の上階から身廊を見下ろしています。

    イチオシ

    再び大聖堂に戻ってきました。入口の上階から身廊を見下ろしています。

  • 身廊の天井と柱。

    身廊の天井と柱。

  • かなり遠方ながら、内陣を見下ろしています。

    かなり遠方ながら、内陣を見下ろしています。

  • こんなオルガンもありました。

    こんなオルガンもありました。

  • 大聖堂を出て、レジデンツ広場へ。広場西側のレジデンツ入口付近。観光馬車の宣伝をするおじさん。

    大聖堂を出て、レジデンツ広場へ。広場西側のレジデンツ入口付近。観光馬車の宣伝をするおじさん。

  • レジデンツ広場中央のレジデンツの泉Residenzbrunnen。後ろは新レジデンツ。<br />ここには多くの民家や寺院・墓地がありましたが、大司教ヴォルフ・デイートリッヒが強引に取り壊し、街のメイン広場を造りました。

    レジデンツ広場中央のレジデンツの泉Residenzbrunnen。後ろは新レジデンツ。
    ここには多くの民家や寺院・墓地がありましたが、大司教ヴォルフ・デイートリッヒが強引に取り壊し、街のメイン広場を造りました。

  • レジデンツ広場の隣(新レジデンツの北)にはモーツァルト広場Mozartplatzがあり、当然ながらモーツァルトの像があります。

    レジデンツ広場の隣(新レジデンツの北)にはモーツァルト広場Mozartplatzがあり、当然ながらモーツァルトの像があります。

  • さて時間も16:00過ぎ、駅方向に戻ります。<br />レジデンツ広場から北に向かうとすぐにザルツァッハ川にでました。

    さて時間も16:00過ぎ、駅方向に戻ります。
    レジデンツ広場から北に向かうとすぐにザルツァッハ川にでました。

  • シュターツ橋Staatsbrückeを渡っています。向こう(北西)に見えるのは、午前中に渡ったマカルト橋。

    シュターツ橋Staatsbrückeを渡っています。向こう(北西)に見えるのは、午前中に渡ったマカルト橋。

  • その右側、橋の袂にはザッハートルテで有名なホテルSacher Salzburg。店の前を通ると女房が食べて帰ろうと言い出しそうなので、あの道は通りません。

    その右側、橋の袂にはザッハートルテで有名なホテルSacher Salzburg。店の前を通ると女房が食べて帰ろうと言い出しそうなので、あの道は通りません。

  • シュターツ橋を渡って振り返った旧市街。ホーエンザルツブルク城の見納め。

    イチオシ

    シュターツ橋を渡って振り返った旧市街。ホーエンザルツブルク城の見納め。

  • 川沿いの建物から突き出た尖塔を確認していたら、見落とした塔を一基発見。地図を見ると、旧市庁舎Altes Rathausの時計塔のようです。<br />あれを見に戻ろうと女房に提案したらあっさり却下。諦めてマカルト広場Makartplatzのバス亭から3番バスで駅まで戻りました。

    川沿いの建物から突き出た尖塔を確認していたら、見落とした塔を一基発見。地図を見ると、旧市庁舎Altes Rathausの時計塔のようです。
    あれを見に戻ろうと女房に提案したらあっさり却下。諦めてマカルト広場Makartplatzのバス亭から3番バスで駅まで戻りました。

  • ザルツブルク中央駅到着。ザルツブルク市街観光は1日では無理ですね。結構歩いたのに、重要箇所がたくさん抜け落ちています。<br />いつか再訪をと思いながら、17:08発のRailjetでミュンヘンに戻りました(18:41中央駅到着)。

    ザルツブルク中央駅到着。ザルツブルク市街観光は1日では無理ですね。結構歩いたのに、重要箇所がたくさん抜け落ちています。
    いつか再訪をと思いながら、17:08発のRailjetでミュンヘンに戻りました(18:41中央駅到着)。

  • ミュンヘン中央駅からS-bahnで一つ西側のHackerbrücke駅で下車。昨晩と同じレストランで夕食後、ホテルに戻る途中のハッカー橋の風景です(21:00頃)。ここは駅の上の跨線橋で、昨晩と同じく若者がたむろしていました。<br />さて、明日から宿をアイゼナハに移し、ドイツ中部の旅が始まります。<br /><br />(アイゼナハ)https://4travel.jp/travelogue/11739715

    ミュンヘン中央駅からS-bahnで一つ西側のHackerbrücke駅で下車。昨晩と同じレストランで夕食後、ホテルに戻る途中のハッカー橋の風景です(21:00頃)。ここは駅の上の跨線橋で、昨晩と同じく若者がたむろしていました。
    さて、明日から宿をアイゼナハに移し、ドイツ中部の旅が始まります。

    (アイゼナハ)https://4travel.jp/travelogue/11739715

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2016夏ドイツ中部の旅

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