2009/11/01 - 2009/11/01
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コロコロパッカーさん
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私なんでこんなとこにいるんだろう。と、グルジアにいる間50回ぐらい思いました。
12/8 トルコからクタイシ
12/9 クタイシ
12/10 クタイシからトビリシ
12/11 トビリシ アゼルバイジャンビザ申請
12/12 トビリシ アゼルバイジャンビザ受け取り
12/13 グルジア軍道・カズベキ
12/14 カズベキからトビリシへ
12/15 トビリシから夜行列車でアゼルバイジャンへ
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GEORGIA 首都 トビリシ(TOBILISI)
クタイシよりもかなり大きく、都会でした。
カラフルなマンションの建つ町をすぎ、きれいな道を30分ほど進む。
大きな通り、ビルを越え、バスターミナルへ。
この町にはいくつかバスターミナルがあり、どこも近くにメトロ駅がある。
この日もメトロに行けばよかったのですが、ミニバンの乗客が色々と世話をしてくれ、隣に座っていたお姉さんがミニバス乗り場に連れていってくれた。
何代もミニバスを見送って、お姉さんが確認してくれたミニバスに乗って、トビリシ駅へ。お姉さん、スパシーバ、ハラショー。(メディコさんの口癖、エタハラショー)
軍服姿のドライバーさんに何度も行き先を確認し、コインを渡す。
車内はすごく狭くて、入り口のところに半分だけ足を乗せて立った状態でがまん。
人が減ると、乗客の皆さんが『座れ!』と声をかけてくれる。
賑やかな街並みのあたりで『ここだ!ここで降りろ!』と、これまた声をかけられる。親切な人達だな。
またまた人に聞きつつ、駅へ。(当然、”ステーション”は伝わらない。たまに”エアポート”と間違える人もいた。旅行人というガイドブックに載っていた駅の写真が役に立った)
トビリシ駅のあたりは治安が良くないと聞いていたので、荷物を抱えた状態で歩くのはちょっと怖い。
教えられた通りに5分ほど歩いて駅発見。
そこからまたまた店の人に住所を伝えつつ、今日のお宿、ネリダリの家を探す。
左と言われて左を探しても、左に家なんかないし、間違えて違う人の家に行ってしまったり。
慣れるとすごく簡単なのですが、あとで聞いたら他の人もよく迷うらしい。
グーグルマップがある現代なら考えられないこと。その苦労が良かった、とは決して思わないけど。 -
トビリシの駅を出てネリダリの家に向かうと、まず驚くのは治安の悪そうな雰囲気・・・このあたりは強盗多発地帯としても有名らしく、そんなんトビリシについてネリダリの家の地図を見るまで気づかなかった・・・結構被害にあっている日本人も多いそうです。
しかしまぁ、強盗多発って。最近とんとそういった危険な町には行っていなかったので、久々にビニール袋にガイドブックだけ入れて外出する毎日でした。
でもそのほかの地区は結構きれいだし、そこだけ見ると危険な感じはしないかもしれません。
そしてこちら、本日のお宿、ネリダリの家です。当時人気?だった民泊。
この家がなかなかなディープ宿でして。
ばーちゃんのネリさんと、嫁のダリの名前を取って、そう呼ばれている。
当時は無職だという子供たちがいて、末っ子は絶賛反抗期、いつも家でPCをしていた。
パパさんは屋号に名前が入っていないほど影が薄い。
そして、ネコ。シャムみたいなのは、ケタという名前。子猫はケタに全然似ていない。二匹はよく団子になって寝ていました^^ -
ネリダリが節電を強いるため、大きなドミに小さいストーブがたったのひとつだけ・・・皆ここから動けません。
おまけに隙間風は入るわ、皆が寝静まったころばあちゃんが必ずストーブの火が消えているかどうか点検にくるわで、毎日凍えそうでした。
お湯もぬるい・・・3日風呂に入れませんでした。
最近は、”あったかいんだから”という理由だけで別の宿にうつる人が増えているそうですが、気持ちよく分かる。
何がすごいって、家族と兼用のトイレ。
便器がないタイプのやつ。便器倒して真っ二つに割ったトラウマから、上にも乗れないし、空気イス、きつい。
しかも、ティッシュはなんと、21世紀にあるまじき”新聞紙”
しかも流してハラショー、流せるのです。ネリダリ家七不思議。
また、ゲストルームとなっているドミトリーにあった鏡台にモノを置くとネリが切れる。
洗濯物は外に干さないとネリがきれる。
シャワーはガスをケチられてお湯が出ない。
床が斜めっているような家ですが、なぜか立派なグランドピアノがあって、噂によるとネリばあちゃんはピアノが上手いらしい。
ホッホッホ、と笑う魔女みたいなネリばあちゃんは、1日1回チャイを出してくれる。
『トモダチ、オカネー』が口癖のダリは、たまにケタとクロシロを膝に抱っこして膝に乗せてたし、ダリとパパさんは必ず1日1回はバックギャモンに講じていた。
なんとも不思議な家ですが、なんか憎めない、というか、強烈な宿でした。 -
ここではイスタンブールで会った、自らを”チェリー”と名乗る女の子や、義勇兵になりたい21歳の日本人に会った。泊り客もいろいろと強烈である。
兵士(仮)は面白かったな。
黒い帽子と安全靴で、外見もばっちり決めていた兵士。義勇兵になるためにロシア語を学んでグルジア入りしたものの、冬季は軍隊が休みだったので、また夏に出戻ってくるらしい。シラベテコイヤ( ゚Д゚)/
しっかし、なんで戦争なんかに参加したかったのかな。
傭兵でもなく。 -
若干21歳にしてすでにグルジア通になった彼に、なじみの総菜家に連れていってもたった。
狭いビルの一画で、おばちゃんがおかずをびっしりと並べて置いている。
裸電球に、壁は黒く煤だらけだった。
置いてあるのはトマトの煮込みやポテトサラダ、そしてピクルスなど。
宿に帰って、今夜帰国する兵士から、『これさえあれば』と、余った塩の袋をもらった。こ、これだけでいいのか??
あとで聞いたらこの総菜や、しょっぱさやお腹を壊すことで有名だけど、他に食べるところもないので仕方なく利用するような店だったらしい。
むむ、どうやら兵士に求められる要件はしっかり満たしているらしい。
兵士からは他にもポカリやコップなどもらった。
日本にもあるような高級なハムまでもらってしまって、かたじけない。
ほかのこまごまとしたものは、翌日ダリに取られた。バナナも取られたw
夢半ばに、兵士は夜10時頃帰国の途についたのでした。
私の夕飯は、総菜家で買ってきたキャベツときゅうりの塩もみに、トルコから持ってきたパン(いつのだよ!)だったようです。
私も貧乏バックパッカーに必要な要件を満たしていたんだな。
というわけで、ネリダリの宿初日は防寒対策できてなくてすごく寒かったです。 -
12/11
ネリダリの家で影のうすいお父さんが、突然くれた巨大パン。
つけるものも何もないっていうのに、なぜかまるごと1個もらってしまって困っているところ。
お父さんは毎朝出来たてを買いにいくのが仕事。
兵士にもらった高級ハムと一緒に頂きました。 -
グルジア語のマック。
午前中にアゼルバイジャンビザの申請。
情報ノートに書いてあった通り、バスに乗れたまでは良かったけど、降りる場所が分からず隣町まで行ってしまった。
バスはクタイシとは違ってだいぶきれいなバスだった。さすがは首都。
大使館のあるあたりはアップタウンエリアみたい。
MANGOのお店があったり、ヨーロッパのようなきれいな街並みが続く。
教会の横の、本当にここ?って路地を進と、一転、大使館エリアに突入。
建物自体はそこまで大きくはない。
警備さんがいっぱいいて安心!?
申請書を書いて一人づつ中へ、お金を払って今日は終わり。
所要2日で、お金は40ドル。
バスで駅に戻り、荷物の確認がてら、まだ信用していないネリダリの家に寄って、今度は地下鉄で出かける。昼間から人がすごく多い。平日なのに。
ネット屋さんは子供ゲーマーで一杯だった。イエメンも、どこも、世界中ゲーマーだらけ。
寒くて、宿に戻る前に角のファストフード店で紅茶を飲んだ。キューイを買ってみたものの、まだかたくて、少しネリにあげた。『明日の明日』と言って、『少し待って』と伝えたつもり。『明日』しか知らないから。
夕食は兵士のハムと、朝パパさんにもらったパン。 -
12月12日。
アゼルバイジャンビザ受領の日。
角のカフェで揚げパンとコーヒーを立ち食い。
宿のあたりは廃品回収業者みたいなのが集まっていて、基本的に荷物を持たないようにしていたぐらい治安が悪いと言われていたけど、昼間なら人も多くて安心だった。夜は歩きたくない雰囲気。
近くには古着やさん街もあって、よく見ると普通に着られるものもたくさんあった。
アゼルバイジャンビザは難なくもらえた。次は、アゼルに行って、イランビザを取る。なんだかドラクエみたいな旅ね。 -
グルジア国旗、とっても素敵。好きな国旗と聞かれたら、ブラジル、グルジア、アルバニアを挙げる。
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大使館で会ったヒンドゥ教徒のスリランカ人に会い、ヒンカリを食べに付き合ってもらった。
食べ終わったころ、『あ!これ牛肉っぽい・・・』とつぶやく私。
薬剤師の勉強をしているというインテリ風の彼は、口では『現代っ子だから酒も飲むし・・・』云々言っていたが、私は見た。それ以降は一切手を付けていなかったことを・・・
大変申し訳ないことをしたが、世界の果てにやってきた日本人にヒンカリを奢ってくれて、旧市街を案内してもらった。
当時スリランカは情勢が悪くなっていたころで、家族は子供たちを海外に出したがっていたんだそう。戦争が起こってからは、番犬が必要になったし、夜も誰かが起きていないと不安なんだと言っていた。
本当はバルト三国のどこかあたりで留学したかったみたいだけど、物価の安いジョージアにしたんだそう。そんなこんなで、スリランカ人INグルジアになったんだそう。
仏教徒とヒンドゥー教徒が争う国、スリランカ。インドの涙とは、なんとも皮肉なネーミング。 -
街路樹がいい感じ。夏に見てみたいな。クタイシから来たときに見たきれいな丘なんかも、きっと素敵に色づくんだろうな。
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建物もよく保存されていた。
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もっと平和で産業がたくさんあれば、ヨーロッパと言われていたかもしれない。
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中心部には豪華な建物もあり、こういう景色はヨーロッパ。
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ところどころ、このマーク。
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中央アジアから旅してきた人が初めて出会うヨーロッパ風の町がグルジアで、すごく感動するんだって言っていたっけ。
そういえば、クリスマス近いけど、広場にあるホテル以外はイルミネーションは見なかった。アルメニアはアルメニア暦でクリスマスを祝うというけど、ここは違うよね? -
メトロで宿に帰る。
グルジアの地下鉄は深い。ボロ、いや、歴史がある。
格安に加え、なんと学割も効く。女の人がいて、常に学生証をチェックする仕組み。
晩御飯はピクルスと兵士のハムとパンとミカン。施しで食いつないでるな。
今夜は奈良からやって来た人に、グルジアワインをもらった。
結構いい味でびっくり。甘口だけど癖はなかった。スリコさんが自家製ワインを作っていたように、グルジアはワインが有名。当時すでに日本で有名になってきていたらしい。最近はさらによく聞くようになった。 -
12/13 グルジア軍道に行く。
12/13 グルジア軍道から戻る。
ネリダリの家に戻ったら、イスタンで会ったIさんに再会。イランビザで迷走している唯一の仲間。一緒にご飯食べに行く。
まずはグルジアビールで乾杯。餃子(ヒンカリ)にはこれしかない。うんまい! -
水槽がある店。ヒンカリショップです。
たくさん働く人がいた。 -
これがうわさのヒンカリ、グルジアのナショナルフード。中は大体が牛肉のミンチで、パクチーが入っているのがグルジア風。
皮は結構厚くて、中には肉汁がたっぷり入っています。しょうろうぽうと呼ぶ人も。
この日はマッシュポテト、きのこの代わりダネも食べた。
ポテトはウクライナで食べた餃子同様、サワークリームをつけて食べます。 -
グルジアは気候がよく野菜がおいしくて有名らしく、料理もバラエティが豊富。
ロシア圏内では、コーカサス料理、とりわけグルジア料理は、中国でいう広東料理とか四川料理みたいな感じで、とても人気があるのだとか。
お金無かったけど、学生でもないし(学生証は持ってるけど)出す時は出す。また働けばいいんだ。 -
トマトとチーズの煮込み、間違いない。
パクチーが苦手だというIさんは、イモヒンカリ以外はイマイチだったそう。人生半分損してるわ。
世界一周が終わってからもグルジア料理が忘れらず、モスクワに行ったときにわざわざ探してグルジア料理の店に行った。(当時ロシアとグルジアは関係が悪く、ワインは輸入できないと聞き、がっかりした。) -
このIさんのチケット、ANAのロンドンIN、上海OUTだそう(笑)東に戻るスタイルか。
丘の上にいるグルジアの母。 -
きれいなお姉さんによる布教活動をかわしつつ、旧市街を散歩。
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旧市街はぼろいぼろいとしきりにノートに書かれていた。
そういった意味でも、旧市街です。それはそれで味があるけれど。
写真が少ないのは、クタイシ同様あまり絵にならなかったからみたい。
なんでもない景色でも、撮っておいてほしかったなー。 -
教会。
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そろそろ日が暮れるし宿に帰りたかったけど、Iさんはグルジアの母の足元まで登りたそうだったのでお付き合いすることにした。
(あとで聞いたらIさんの時計は今だトルコ時間だった!いや、時間より空の色を読みんしゃい!) -
ガンダム、もとい、グルジアの母の像。めっちゃ強そうです。
〇〇の母って言うのが旧ロシア圏で流行っていたらしい。 -
このスポット、デートスポットでした。Iさんと『一人じゃなくてほんとよかった・・・』という意見が一致するほど、カップルだらけ。
キリスト教徒の多いグルジア、ちょっと保守的なところがあって、町中ではそんなに男女がいちゃいちゃしないみたいだったけれど、ここだけは恋人たちの聖地だったようです。いや、グルジアのおかんが見てるよ! -
さらにIさんは砦に登りたがった。
夜の人気のない砦と言ったら、世界中強盗のメッカだよー。速足速足。
砦から、トビリシの展望。町を横切る川が素敵。
中央アジアから来た旅人が感動するのも分かる。 -
この景色を見ていなかったら、もしかしてまたグルジアに行きたいとは思わなかったかもしれないな。
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地下鉄で帰りましょう。ずっと撮りたかったグルジア国旗入り車両。
中は常に混雑していて、平日の昼間でも働いていない若者でいっぱい。うわさではグルジアでの若者の失業率は80%を超えるのだとか。。。
でもそれは社会主義時代の名残で、働けないわけでなく、働かないらしい。うーん。日本の失業率を上げた私が言うのもおこがましい話ですね。
夜は、最初に会ったチェリーちゃんが戻ってきていて3人でお惣菜を分け合って食べたりしておしゃべり。
3人とも互いに話しにくそうと思っていたけれど、こんな国に来るぐらいなので皆それなりに話が合ったのがおもしろかった。
ところで、スリコさんちでシャワーを浴びて以来、あったかいシャワーは浴びていない。ネリダリの家はガスをけちるし・・・
今日は3日ぶりに修行(=水シャワー)をした。というか、ここにいる人らはシャワーを浴びている気配がまったくないが・・・どゆこと!?
今日もシロクロちゃんと遊び、ケタを鑑賞して就寝。 -
12月15日
ストーブの前に陣取り、シロクロと遊ぶ。
シロクロは膝の上が好きらしく、乗せるとおとなしくなってうとうとしてしまう。
いつもはチョロチョロしてるのに。 -
おお、寒!
ネリダリの家にて。この日ついにトビリシも雪に。ある日何気なく宿泊客を観察していたら、国籍性別問わず皆スパッツを履いていました・・・ -
この日はバクー行きの列車のチケットを買いに行きました。
前にいた若者が珍しく英語が話せて、買い方を教えてくれた。
チケットは手書き、随分面倒な作業をしていた。服務員はノースマイル、いいんですそれも味。 -
チケットが無事ゲットできたら、あとはイランに向けてドル現金を準備。
当時、予備で持ち歩いていたTC、グルジアだと手数料がすごく安く現金化できると聞き、銀行に行ってみた。
銀行はとてもきれいでクリスマスのデコレーションもあるし、無料で使えるPCもあって、現金の受け渡しはカウンターではなく別ブースで行ってもらえる。
しかも美女揃い!こんなところにエリート女子を隠していたのか。
が、手続き自体は30分もかかった。ま、そんなところも味です。 -
町で、グルジアのもう一つのソウルフード、ハチャプリやさんを発見。
中にはチーズがたっぷり!卵を崩して食べるととってもおいしい!
生地がとってもおいしいのがポイント。
少しインドのナンに似た感じだけど、もっとふわふわしていてもちもちなのです。
寒い冬にはとっても魅力的なかたちも◎
小サイズでおなか一杯になりました。
あとで宿の人に話したら、この店はおしいと教えてくれた。 -
なんだかんだで1週間以上も滞在してしまったグルジア、割と気にいってしまいました。あんなに寒くて、あんなに怖くて、あんなに何もなかったのに・・・なぜ??
-
もしグルジアにワインでも飲みに行こうかなと思っている方がいたら、絶対夏をお勧めです(笑
冬の今は枯れ木だらけのくすんだ大地のグルジアですが、本来は気候もよく野菜栽培にも適したなかなか美しい国なのだそうです。
この日の夜行列車でアゼルバイジャンに向かいます。 -
車内です。枕カバーとシーツをもらいました。
コンパートメントにはドアがあるタイプ。
あったかい、というか暑すぎると評判。
一車両一人の女性車掌さんが付いていて、世話を焼いてくれます。
しばらくコンパートメントに他の乗客が来なかったので、久しぶりにゆっくり手紙を書いたりしてのんびりすごしました。
途中、すごい荷物を抱えた女の人が乗ってきて、子供のパスポートが無かったらしくもめていた。
夜半、大雪の国境へ到着。
待ち構えていたのは、緑のすっごいロシア帽をかぶっている大佐みたいな人。
車掌のおばちゃんいわく、『逆らうべからず』ということだったので、ニコニコ穏便に受け答えして、無事出国できました。
目が覚めたら、次の国アゼルバイジャンです。 -
おまけ
スリコさんち同様、ネリダリ家の面々も元気で宿屋業を続けているみたいです。
ライバル宿が出現したせいか、ケチケチもできなくなったみたい笑
なんだかんだでコーカサス最強の日本人宿だったと思います。
最後に、最近アマプラで見つけたとても素敵なグルジア映画を。
昨年見た映画の中で一番良かったです^^
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