2020/07/18 - 2020/07/25
35909位(同エリア59292件中)
ミズ旅撮る人さん
- ミズ旅撮る人さんTOP
- 旅行記692冊
- クチコミ161件
- Q&A回答23件
- 1,031,611アクセス
- フォロワー48人
2020年6月から、北海道の空知地方で配布されている「炭鉄港カード」を
出来る限り集めてみました。
北海道には県が無いので、代わりに空知・上川・後志(しりべし)・渡島(おしま)
などの地方行政区があります。
道外の人間にとって、これらの名称はほとんど現地に行った時に天気予報で
目にするくらいです。
市の名前で言えば、夕張・岩見沢・美唄・芦別・赤平・三笠・
滝川・砂川・歌志内・深川で、その他に14の町があります。
札幌と旭川に挟まれた、道央道の周辺地域と言えば大体の場所が想像できるでしょうか。
その空知地方を統括する空知総合振興局が、日本遺産「炭鉄港」の構成文化財を
テーマとした「炭鉄港カード」を作成・配布しています。
たまたま毎年恒例の北海道旅行の期間に見つけたので、集めてみることにしました。
全部で23枚ありますが、旅行中のため17枚までの収集となりました。
よく訪れる地域ではありますが、今までほとんど博物館や記念館などには
立ち寄らなかったので、こんな所もあったのかと、
なかなかおもしろい行程になりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
月形(つきがた)町の樺戸(かばと)博物館です。
「炭鉄港カード」の収集は、ここから始まりました。
北から始めるのであれば、沼田町の「ほろしん温泉ほたる館」で
配布しているNo.15「クラウス15号蒸気機関車」のカードが
最初になりますが、
今回の旅行は、元々はカード集めのためではなかったので、
沼田町まで行く余裕がありませんでした。
クラウス15号には、既に会いに行っていて、
私の北海道旅行記にも時折登場するので、割愛します。旧樺戸集治監本庁舎 名所・史跡
-
「月形樺戸博物館」は、手前にある「旧樺戸集治監(しゅうちかん)
本庁舎」が見どころです。
明治14年に設立され、大正8年に廃止されるまでの39年間、
多くの囚人たちを収監しました。
明治2年に明治政府が「蝦夷地」を「北海道」と改称し、
開拓使を設置して、開拓の歴史が始まりました。
北海道の重要性を早くから理解していたのは薩摩藩の島津斉彬でした。
琉球王国を支配下に置いていた薩摩藩は、中国との貿易の際に、
北海道の海産物を輸出していました。
北海道開拓使は、初期の多くが薩摩藩出身者で、斉彬が作り上げた
薩摩藩の諸制度・殖産興業の理念を持ち込みました。
屯田兵制度も、明治になり失業した武士を開拓と防衛に当たらせるために取り入れました。
そうした中で、インフラ整備も必要となり、集治監の囚人たちが
各地の主要道路の敷設工事に尽力しました。旧樺戸集治監本庁舎 (月形樺戸博物館) 美術館・博物館
-
No.14「樺戸集治監本庁舎」の「炭鉄港カード」です。
「炭鉄港カード」には、15cm四方の冊子が付いていて、
その場所の説明が書かれています。
カード裏面転記。
北海道の開拓を担った功労者の歴史をたどる。
樺戸集治監は1881年に設置され、受刑者は開拓のため道路開削や
炭鉱労働に従事した。(町有形文化財) -
すぐそばに、2020年に廃線となったJR札沼(さっしょう)線の
石狩月形駅があります。
昭和10(1935)年に開通した札沼線は、札幌駅の隣の桑園(そうえん)から、石狩沼田までを走っていました。
石狩沼田で、JR函館本線に接続していました。
しかし、昭和47年に石狩沼田~新十津川間が廃線となりました。
新十津川駅は、石狩川を挟んでJR函館本線の滝川駅が近く?
(約4km)にあるのですが、
線路を延伸して繋げることがなかったため、利便性に欠けました。 -
終着駅となった新十津川駅は、
平成28年に「日本一最終電車が早い駅」となりました。
つまり、1便しかなくなってしまったのです。
そして、2020年5月7日に廃線が決定しました。
せめて、さよなら運転は華やかに行いたかったのですが、
コロナ対策のため、4月中にひっそりと営業運転を終えました。
札沼線は、今は桑園~北海道医療大学間で運行を続けています。
石狩月形駅は、廃線区間にあるので、
もうこの駅に汽車が来ることはありません。 -
月形町から東に向かいます。県道33号線で一直線です。
7月で、麦が茶色くなっています。収穫時期なのかな?
本州では6月頃が「麦秋(ばくしゅう)」ですが、
北海道では7月なんですね。
北海道は地ビール王国でもあります。
北海道で愛されているコンビニ・セイコーマートでは、
2020年7月6日から、ベルギーのビール「パームビール」を
輸入販売し始めました。
店内で一番目立つ真ん中にどど~んと山積みで売っていました。
地ビール王国なのに、何故ベルギービール?と思いますがね。
また、月形町の隣の新十津川町は、北海道でも有数の米どころで「ゆめ
ぴりか」「ななつぼし」を生産し、特に酒米の作付面積は第一位です。
この豊かな土地に開拓者として入植した人々は、
明治23年、奈良県十津川村からやって来ました。
前年の豪雨災害で村が壊滅状態となり、
600戸2,489人が移住して来ました。
元々、出雲大社を祀っていた村民らは、入植してから20年後に
出雲大社の分院を建立しました。
北海道で縁結びの神様「出雲大社」にお参り出来るんです。
新十津川町の応援大使は現在は第3代でさだまさしです。
初代は西村京太郎なのだそうです。 -
美唄(びばい)市に来ました。
マンホールの蓋には、白鳥が描かれています。
美唄市の西、月形町のすぐそばに宮島沼があります。
ここは世界有数のマガンの飛来地として有名です。
よく見るとマンホールの上部に、それらしき鳥が飛んでいます。 -
JR函館本線の美唄駅です。2階の窓ガラスにも渡鳥の姿が見られます。
美唄駅のロータリーの一角に、BIJIKOホテルがあり、
ここで「炭鉄港カード」を配布しています。
BIJIKOって何?と思ったら、美唄自動車学校の略なんですね。
タクシーや路線バス、旅行代理店などの関連会社があり、
2020年3月、このホテルを開業しました。 -
No.7「三菱美唄炭鉱竪坑櫓」
鮮やかな紅色が映える竪坑。
1923年に建設された、道内で2番目に古い竪坑。
排気・入気用の2本の竪坑が並び、
現在は炭鉱メモリアル森林公園として公開。 -
「アルテピアッツァ美唄」。
以前から美唄周辺を通ると、この看板を目にしました。
しかし、少し街中から離れた山側にあるため、
訪れたことはありませんでした。
今回「炭鉄港カード」をもらいに、初めて行くことになりました。安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄 美術館・博物館
-
ここは、安田 侃(やすだかん)の作品を展示した美術館です。
安田 侃は、1945年美唄で生まれました。
1970年に彫刻の才能を認められ、イタリア政府の招聘により
国費留学生となります。
1973年 フィレンツェ郊外のピエトラサンタ(白大理石の産地)に
アトリエを設け、現在もここで活動しています。安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄 美術館・博物館
-
閉山になった幌内(ほろない)炭鉱の学校跡地に、
大理石やブロンズの作品が展示されています。
明治12年に官営幌内炭鉱が開鉱されました。
採掘された石炭を運ぶために幌内鉄道が敷設され、
明治15年には小樽(手宮)まで全通しました。
石炭の積出港となった小樽は、以後目覚ましい発展を遂げます。
その途上で、観光地になっている運河が建設されました。
手宮の発展の様子は、小樽市総合博物館に詳しい展示があります。安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄 美術館・博物館
-
とても保存状態のいい木造校舎の至る所に、作品が置かれています。
しかし、目的の「炭鉄港カード」を配布しているのがどこなのか
わからず、校舎の中を端から端まで探して歩いています。
計らずも、芸術探索の道のりでもありました。 -
結局、2階の一番奥で配布していました。
北海道は涼しいというのは、日によって違います。
この日は、とにかく太陽の熱線が直球で届いていて、暑くて暑くて、
校舎の中を歩くのが辛かったです。
もう少し余裕をもって、芸術鑑賞をしたかったなあ。 -
No.8「旧栄小学校」(アルテピアッツァ美唄)
北海道近代化の歴史と芸術の融合。
1950年に開校。1959年には30学級・1,250名となり
ピークを迎えた。
現在は彫刻家安田 侃氏の作品を展示する美術館として活用。 -
アルテピアッツァ美唄と美唄の街中への道の途中に、
古い駅舎があります。
三菱鉱業美唄鉄道線旧東明(とうめい)駅で、
裏にSLを保存しています。
1948(昭和23)年に開業し、1972(昭和47)年まで
使われていました。
毎年お盆のころに、保存会により写真展が開かれ、
内部を一般開放しているそうです。
今回の旅の鉄道編は、別にやります。美唄鉄道旧東明駅 名所・史跡
-
美唄から国道12号線で南下します。
美唄の少し南にある光珠内(こうしゅない)の北に
「日本一の直線道路(29.2km)」という看板があります。
ここから北の奈井江と滝川の間まで、実に長い直線道路が続きます。
知床方面の斜里町にある「天まで届く道」には、数年前に行きましたが、
さすがに北海道はスケールが大きいです。
国道12号線が曲がり、少し行った所に「道の駅三笠」があります。
ここでも「炭鉄港カード」を配布しています。
昔は国道と水車以外何もない道の駅だったのに、
今では、日帰り温泉施設とイオンに挟まれて、見違えるようです。
「道の駅三笠」は、北海道内で最初に道の駅の認可を受けた所なので、
老舗なんです。道の駅 三笠 道の駅
-
No.12「幌内変電所」
当時の佇まいを残す変電所。
1919年頃に建設され、建物内には配電盤などが現存している。
夕張から歌志内間の約100kmの自家発送電網の中間に位置し、
長距離送電黎明期の数少ない施設として貴重である。 -
三笠から南下して、次の町が岩見沢市です。
JR函館本線の岩見沢駅のすぐそばに、
「炭鉱の記憶マネジメントセンター」があります。
そこでも「炭鉄港カード」を配布しています。
三笠から近かったので、17時半閉館でしたが、間に合いました。
ここでは、様々な炭鉱に関するパンフレットを置いています。
奥の蔵の中には、このように興味深い写真を展示しています。
惜しむらくは、その写真がどこなのか、よくわからないこと。 -
鉄道関連の情報もあるのですが、場所がわからない・・・
住所か地図が欲しいです。 -
「炭鉱の記憶マネジメントセンター」では、
2枚の「炭鉄港カード」を配布しています。
No.5「旧北海道炭鉱鉄道 岩見沢工場(岩見沢レールセンター)」
北海道近代化を支えたレンガ造りの工場。
1899年、手宮工場の分工場として設置。車両の組み立てや
機械の制作修理に当たり、現在もJR北海道が使用している。
※手宮は小樽の旧港です。 -
No.6「朝日駅舎」
石炭運搬と住民生活を支えた駅舎。
1919年に開駅。万字(まんじ)炭鉱、美流渡(みると)炭鉱、
朝日炭鉱から石炭を運搬するために
開設された万字線の当時の様子を今に伝える。 -
「炭鉱の記憶マネジメントセンター」で見た、この場所は、
どうやら「朝日駅舎」のようです。
ここへは、2009年に訪れていました。 -
鉄道編は別にする筈なんだけどなあ。
2009年のB201です。寒村の外れにひっそりとありました。
岩見沢市内には、SLが2輌保存されています。
こちらは鉄道編にします。 -
翌朝、新札幌の高層ホテルからの眺めです。
夜中明かりが点いているこの一帯が気になっていました。
朝になって見てみると、この眺め。
JR貨物の札幌貨物ターミナル駅でした。
奥にあるのが道央道。右手前の線路は、千歳線と函館本線になります。 -
さて、道央道から道東道に入り、追分町ICで下りて、
国道234号線を南下します。
「道の駅安平D51ステーション」の看板が現れました。 -
「道の駅安平D51ステーション」です。
左端にD51が収蔵されている車庫が付属しています。
このD51は、石勝線の線路を挟んで向こう側にある
鹿公園の近くで保存されていました。
ここを訪れた旅行記は、既に書いています。
平成30年9月6日に起こった、北海道胆振(いぶり)東部地震で、
マグニチュード6.7の地震が発生、安平町で震度6強を観測しました。
この時SLは無事なのか心配したものです。
その後、道の駅に移設されるというニュースを見て、
今度訪れる時には立ち寄ろうと思っていました。道の駅 あびらD51ステーション 道の駅
-
2019年4月19日にオープンしたばかりの道の駅は、ピカピカです。
奥のガラス張りになっている車庫の中にD51320がいます。 -
国鉄OBの保存会の人達が、丹精込めて整備し、保存して来たD51320です。
以前の狭い倉庫から、こんなに明るくて広い車庫に移れて、
幸せなSLです。
狭くても大事に大事にされていたけれど、限られた人しか
見られなかったので、道の駅に来てくれて嬉しいです。 -
このD51は、動態保存車輛です。
押し出されて、車庫の外に出て行きます。
月に2回のチャンスしかないので、なかなか難しいですが、
いつか見られたらと思います。 -
No.16「蒸気機関車 D51 320号機」
元機関士たちによる手入れが行き届いた貴重な1輌。
1939年に製造され小樽築港・追分機関区等に所属。
1975年まで石炭輸送等にあたった。
現在も元機関士達による手入れが続けられている。
※、このカードは、7月中に配布完了となりました。
1種類につき3,000枚限定です。
23枚すべてを集めたらコンプリートキャンペーンで、
先着100名にコンプリートカードと特製カードホルダーと
「オリジナル炭鉄港鳥瞰図ポスター」をプレゼントしていましたが、
こちらも私が訪れた時点で、終わっていました。
配布開始から1ヵ月余りでもう終わりでした。
チラシやポスターには9/30までと書いてあったので、
事務局側でもこれほど集める人が多いとは思っていなかったようです。
7月半ばで既に1,000枚以上が出たと言う所があったので、
夏が終わるまでには無くなってしまうんじゃないかな? -
国道234号線を北上して、道東道をくぐり、更に北上します。
この辺りは、牧草を作っています。
専用のトラクターで刈り取った牧草をクルクルと丸めます。
このまま何日か天日干しして、牧草の周りをグルグル巻きにします。
巻かれた牧草はトラックに載せられて、保管場所に移動します。 -
かつての北海道の牧場には赤煉瓦等のサイロが付き物でしたが、
もう過去の遺物ですね。 -
夕張市に入って来ました。7月と言えば、夕張メロンです。
ここに来るのは、夕張メロンを箱買いするためです。
地元ならではの安い店があります。
以後、車の中はメロンの匂いが充満。贅沢な悩みです。 -
夕張と言えば、メロンの他に炭鉱で有名です。
明治21年に夕張川の支流で石炭の大露頭が発見されて、
北海道随一の夕張炭鉱が開山しました。
夕張炭鉱は平成2年に閉山するまで続いた息の長い炭鉱でした。
夕張市はスキーやホテル、映画祭にメロン城と次々に観光施設を建設し、挙句の果てに破綻しました。
炭鉱施設を利用した「石炭の歴史村」も閉鎖されましたが、
平成30年にリニューアルオープンしました。石炭の歴史村 テーマパーク
-
炭鉱の展示は有料ですが、企画展示室は無料で見学できます。
鉄道関連の展示をしていました。
夕張の駅も、かつては国鉄石勝(せきしょう)線夕張支線が
乗り入れていましたが、
2019年4月1日に夕張支線は廃線となりました。
夕張駅は開業当初は、この「石炭の歴史村」近辺にありました。
しかし炭鉱が閉山するにつれて急速に過疎化が進み、
1985(昭和60)年に現在の場所に移転しました。 -
No.3「夕張の石炭大露頭・夕張24尺層」
大地の力を現代に見る。
1888年に、道庁技師・坂市太郎によって発見された。
厚さ約7.3m(24尺)と大規模で貴重なものであるとともに、
夕張の歴史の起点である。(道天然記念物) -
「石炭の歴史村」の敷地内にあるマンホール。
「バリバリゆうばり」なんと威勢のいいことか。
♪こんな~時代も~あったねと~~~♪
この後、道の駅夕張メロードに行ったのですが、
「炭鉄港カード」は配布を終了したと言われました。
D51のカードである安平町ならわかるけれど、夕張の「旧北炭滝ノ上
水力発電所」がこんなに早く配布し尽くすとはどういうことでしょうか。
8月に入ってから、安平町のカードの配布終了は
HPに掲示されましたが、終了したのは1カ所だけでした。
夕張が終了と表示されたのは、もっと後です。 -
道東・道北を周って数日後、道北から旭川に向かって南下しています。
そばの白い花が一面に咲いています。幌加内(ほろかない)は、
そばの生産量日本一なので、こうした光景は多々見られました。
北海道のそばというと帯広の西にある新得(しんとく)そばが
一番なんだと思っていました。 -
2019年5月、日本遺産に「本邦国策を北海道に観よ!
~北の産業革命「炭鉄港」~」が認定されました。
現在、北海道の日本遺産は4つあります。「炭鉄港」の他には、
「江差の五月は江戸にもない─ニシンの繁栄が息づく町─」
「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」
「カムイと共に生きる上川アイヌ~大雪山のふところに伝承される
神々の世界~」があります。
日本遺産の認定には、文化財を面で捉えて、ストーリー性を持たせることが条件となっているため、名称が長くなっています。 -
滝川から分岐した根室本線の赤平駅です。
「赤平市交流センターみらい」に駅が同居しています。
北海道の箱物って、どうして西洋の城風の物が多いんでしょうね。
昭和35(1960)年の赤平駅は炭鉱輸送の最盛期で、
年間取扱貨物量が大阪の梅田駅を抜いて日本一になりました。
赤平の炭鉱は、大正2(1913)年に茂尻炭鉱が開坑し、
財閥系の大型炭鉱が次々と開坑して行き、
最大77もの炭鉱が採掘されていました。しかし、昭和30年代から
石炭産業は衰退し、平成6年に最後の炭鉱が閉山しました。 -
No.1「北炭赤間炭鉱ズリ山」
日本一の階段数を有するズリ山。
採掘した石炭を選別した際に出る廃石(ズリ)を積み上げた山。
赤平市のランドマークになっており、
ズリ山階段数(直線部分777段)は日本一。 -
赤平駅で「炭鉄港カード」をもらっていると、
とうに発車時刻を過ぎている汽車がまだ停車していました。
どうしたのかなと思ったら、すれ違いの汽車が遅れていたので、
待っていたのでした。
車体側面のサボには、「東鹿越-富良野-滝川」と書かれています。
根室本線は、2016年の台風10号による災害のため、
東鹿越(ひがししかごえ)駅~新得駅間41.5kmが今でも不通に
なっており、バスでの代替輸送が行われています。
やがてこの区間は廃線となるのでしょう。
根室本線と言っても、札幌から根室に行く場合は、
石勝線経由で新得で根室本線に合流するので、
不通区間は利用客が極端に少ない不採算区間でした。
不通区間には「鉄道員(ぽっぽや)」のロケ地だった幾寅(いくとら)も含まれていて、映画のセットだけが取り残されてしまうことになります。 -
「赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設」です。
赤平駅から線路を跨いですぐ近くにあります。 -
旧住友赤平炭鉱立坑櫓の建屋内部や坑内で使用されていた大型機械などを見学するガイドツアーがあります。
10時と13時30分出発で、場合によっては、途中から合流することも出来るようなので、興味があったら受付に声を掛けてみてください。
市外在住者は800円です。
90分程度掛かります(立坑櫓のみは50分程度)。
立坑は、深さが615m以上あり、海抜-350m地点と、
-550m地点に水平坑道がありました。
坑道まではエレベーターで降りて行きますが、
人が乗り込む箱は、4階建てになっており、72人乗りでした。
以前、ポーランドの世界遺産ヴィエリチカ岩塩坑で、
実際に乗ったことがありますが、確かに効率的ですね。
ここでも、このエレベーターに乗れれば、
もっと人気が出るんじゃないかな。 -
ヘルメットには住友の文字が見えます。
足元の模型は、坑道を支えた木枠の模型のようです。
ここの展示は、狭い空間にごちゃごちゃ置いていて、
一応名前札はあるけれど、あるだけという感じです。
もっと実体験が出来るようになっていないと
関心を引くのは難しいんじゃないかな。
日本は、保存と展示しか考えない施設が多過ぎます。
見学者は見るだけじゃつまらないんだけどな。 -
企画展で「赤平で蒸気機関車が走っていた日々
~昭和50年 双葉中学校生が撮った写真から~」をやっていました。
NHKのニュースでも取り上げられていたので、見て来ました。
「鉄」にとっては、こちらの方が断然おもしろかったです。
ただ、やはり「見せ方」が壁新聞と同程度なので、
もったいなかったです。 -
No.2「住友赤平炭鉱立坑櫓・周辺施設」
立坑櫓内部を見学することが出来る国内唯一の施設。
1963年建設。住友奔別立坑櫓の改良型。
1日2回、ガイド付きで建屋内部を見学できる貴重な施設で、
石炭産業のスケールを体感できる。 -
赤平から東に少し行った「星の降る里百年記念館」です。
ここは「道の駅スタープラザ芦別」に隣接しています。
芦別市は約865平方kmと広大な面積のうち、
88%を森林が占めるため、夜空が美しく、
環境省から「星空の街」に認定されています。星の降る里百年記念館 美術館・博物館
-
No.10「旧三井芦別鉄道 炭山川橋梁」
当時の情景がそのまま残った鉄道橋梁。
1945年に竣工した、三井鉱山専用鉄道の橋梁。
鉄橋上にはディーゼル機関車と石炭専用貨車が展示され、
当時の運搬の様子を伝えている(国登録有形文化財)。 -
そして、隣の「道の駅スタープラザ芦別」です。
芦別は富良野から滝川方面に抜ける国道38号線が通っているので、
交通量は結構あります。
「炭鉄港カード」には、冊子が付いていて、
各地の歴史が解説されています。抜粋します。
芦別は1893(明治26)年に開拓が始まり、
1897年から掘り始められた石炭は、
1913(大正2)年に滝川~富良野間に鉄道が開通したことから
三菱鉱業が本格的に開坑したのを契機に徐々に拡大して行きます。
(中略)1940(昭和15)年には、
炭鉱の専用線として三井鉱山芦別専用鐡道が出来ました。(中略)
1947(昭和22)年には「芦別五山」と言われる
大手の5社が次々と開坑し、人口も最高7万5千人余りに達するなど
「炭鉱のまち芦別」を築きました。(中略)
1992(平成4)年に三井芦別鉱業が閉山(後略)。道の駅 スタープラザ芦別 道の駅
-
No.9「星槎(せいさ)大学(旧頼城小学校)校舎及び体育館」
国内でも稀な規模のレンガ建築物。
1954年建設。校舎は36教室、一線校舎の全長106mと
長大な外壁総れんが積、体育館は屋根を支える木骨トラスの
幾何学的形状が特徴的(国登録有形文化財)。
このカードは、既に配布が終了しているそうです。
No.10の方はまだあるようなので、狙い目です。 -
さて、「道の駅スタープラザ芦別」では、
「炭鉄港カード」だけではなく、マンホールカードも配布しています。
芦別市のマンホールカードの絵柄は「おおくま座」です。
星空の町なので、マンホールに星座が描かれています。
デザインの由来(抜粋)。
「本デザインは星座おおくま座を描いたものですが、
市のマンホール蓋には、北の空に輝く北斗七星にちなんで、
7種類のデザインが施されています。(中略)
おおくま座の他、オリオン座・さそり座・はくちょう座・
いて座・おとめ座・ふたご座が揃っています」 -
カードをもらった際に、このマンホールはどこで見られますかと
訪ねたら、なんと「星の降る里☆芦別マンホールマップ」という
カラー刷りの地図をくれました。
道の駅の前の歩道にもあるというので、探しに行きました。 -
意外と色の付いていたマンホールが見つかります。
「付いていた」と過去形なのは、どうしてかわかりますよね。
北海道は雪が降るので、冬季は舗道は雪の山になります。
場所によっては文字通り、除雪された雪が人の背丈より高くなり、
歩道が歩けなくなったりします。
そのため、除雪と共に砂利などでも傷つけられて、
アスファルトやマンホールが傷みやすいのです。 -
星座付きマンホールは、結構集まって設置されているので、
次々と見つかります。
おとめ座のマンホールは色付きもあったのですが、
こちらの方が絵柄がよくわかるので、敢えて色なしにしました。 -
いて座も色が付いていないのですが、なんとなく二色に見える?
-
ふたご座。カストルとポルックス。
マンホールには、それぞれの星座の中心となる星の名称も
書き込まれています。 -
さそり座。これで全部です。
-
イチオシ
芦別から次の三笠に向かう途中、突然これが見えました。
さっき「炭鉄港カード」で見た風景です。 -
この道はあまり通らないので、こんなものがあったなんて、
全然知らなかったのに、カードをもらったら、出会ってしまいました。
これぞ「紙さまのお導き」?
「旧三井芦別鉄道 炭山川橋梁」です。 -
富良野から道道135号線、国道452号線と走れば
三笠方面に出られるルートを通って、三笠市立博物館に来ました。
正面玄関の写真だとつまらないので、屋上で恐竜たちが捕食している
模型の見えるこちらの写真にしてみました。
三笠市立博物館は、アンモナイトの化石が豊富なことで有名です。三笠市立博物館 美術館・博物館
-
No.11「北炭幾春別(いくしゅんべつ)炭鉱 錦立坑櫓」
現存する道内最古の立坑。
1917年に起工。立坑深度約215m、立坑櫓高さ約10mで、
現存する立坑としては道内最古。
櫓の鉄骨には製造した九州の八幡製鉄所の刻印が残る。 -
同じ三笠市内にある「三笠鉄道記念館」に向かっています。
道道1129号線を走っていると、道路の脇をトロッコ列車が
走って行きました。
「三笠トロッコ鉄道」です。クロフォード公園そばから出発し、
旧幌内線の廃線を利用してトロッコを運行しています。
http://www.mt-railway.jp/ -
三笠鉄道村です。敷地内には多くの鉄道車両が保存されていて、
鉄道ファン必見の場所です。三笠鉄道記念館 美術館・博物館
-
しかも、このSLは毎日走っているのです。
日本で3番目に開通した幌内鉄道の記念館が背後に見えます。
こちらは鉄道編でやります。三笠鉄道記念館 美術館・博物館
-
特別カード「クロフォード」
アメリカの土木技師。ペンシルベニア大学を卒業し、
南北戦争では北軍の工兵大尉として活躍し、
戦後はペンシルベニア鉄道などで鉄道技師としての経験を積んだ。
1878(明治11)年に北海道開拓使の建築兼土木顧問として来日。
幌内炭は当初、資金難と張碓付近の断崖絶壁を理由に鉄道は
幌内~幌内太間にとどめ石狩川の舟運で運搬する案が有力であったが、
幌内から札幌を経て直接小樽まで敷設すべきと提案し、
開通に奔走した。 -
JR函館本線の小樽駅です。
ホームに石原裕次郎がいましたが、今もいるのかな?
かつてSLニセコ号で札幌から蘭越まで乗車した際に
レトロな小樽駅を興味深く見ました。
今、そのC11171は、「SL冬の湿原号」としてのみ
活躍しています。
もう1輌のニセコ号だったC11207は、
東武鬼怒川線で「SL大樹」として運行しています。
「SL大樹」の様子は「東武鉄道のSL大樹。鉄道マンの総力を結集したSLを下今市駅で、入線から再出発まで見届けました。」
という長~い名前で旅行記にしています。JR小樽駅 駅
-
小樽市総合博物館です。
かつて小樽港から石炭などを積み出すために敷設された鉄道の終着点が
手宮駅でした。
この手宮駅の機関車庫・転車台・貯水槽・危険品庫・擁壁などが
当時のまま残されています。
明治18年竣工の機関車庫3号は、
現存する日本最古のレンガ造機関車庫です。小樽市総合博物館 美術館・博物館
-
イチオシ
アイアンホース号には、通常は乗車することが出来るのですが、
2020年7月はコロナ対策で、一日3便が機関車庫から出て、
転車台で回り、200mの線路を走って戻って来る様子を
見学するだけになっています。
毎週月曜は運休で、火曜日が博物館自体の休館日です。
今後の情勢により、アイアンホースの客車に乗れる日を
設定する予定だそうです。(10月中旬まで) -
No.18「旧手宮鉄道施設(機関車庫三号)」
石炭輸送の基点となった鉄道施設群。
官営幌内鉄道時代から、鉄道輸送の中心地として活躍した
手宮にのこされた鉄道設備。
機関車庫三号は1885年竣工の現存最古の機関車庫。
現在も蒸気機関車が運行している。(国重要文化財) -
小樽市観光物産プラザです。
運河のすぐ前の交差点にあります。小樽市観光物産プラザ(運河プラザ) 名所・史跡
-
No.17「小樽港北防波堤」
100年以上荒波に耐える防波堤。
1908年、小樽築港事務所所長の廣井勇により
我が国初の本格的港湾整備として建設。
100年以上を経過した現在も、「第一線防波堤」として
その機能を果たしている。 -
小樽の目抜き通りです。レトロな建物がずらっと並び、
土産物店や食堂が固まっています。
7月だったので、通りにはたくさんの風鈴が吊られ、
涼し気な音を振り撒いています。
風鈴を売っている店もあるのですが、
今は風鈴も鳴らせない世の中になりました。 -
南小樽駅方面に歩いて行くと、どんどん人が増えて来ました。
駐車場は満杯だし、どこもかしこも人・人・人。
最近、こういう光景は見なかったので迫力です。
ここが小樽で一番人が多いのはわかっているのですが、
この奥の北一硝子の辺りに
「小樽堺町通り商店街 観光案内所」があります。
ここが今回最後の「炭鉄港カード」の配布場所です。 -
特別カード「廣井勇(ひろい・いさみ)」
土佐国(現・高知県)出身。札幌農学校(現・北海道大学)に
2期生として入学し、内村鑑三や新渡戸稲造らと学ぶ。
1897年(明治30)年に小樽築港事務所長に就き、
コンクリートの長期耐久性試験等を行い小樽港の北防波堤を整備する。
コンクリートを用いた日本初の第一線防波堤であり、
荒波に耐えて100年以上たった今も現役である。
近代土木、港湾工学の父と言われる。
このカードは、小樽港湾事務所みなと資料コーナーでも
配布していますが、土日祝日が休みです。
観光案内所は休みが無いので、こちらに立ち寄りました。 -
「北海道先人カード・No.3村本辰雄」
三笠市立博物館で、「炭鉄港カード」をもらった時に、
「人もいる?」と聞かれて、一緒にもらいました。
配布期間は2019年11月11日~2020年2月24日で、
道内ゆかりの人物100人をカードにして、北海道全域で配布しました。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/sum/senjin/index.htm
配布期間はとうに終わっているのですが、今回もらえたように、
まだ在庫のあるカードが多いので、もらえるようです。
8/12現在で、「余市のマッサン夫妻」「北広島のクラーク博士」
「ニセコの有島武郎」「函館の坂本龍馬」「旭川の三浦綾子」
「弟子屈の横綱大鵬」などは配布を終了しています。
「倶知安のレルヒ」「壮瞥の横綱北の湖」「函館の石川啄木」
「函館の土方歳三」「福島町の千代の富士」「旭川の井上靖」
「清水町の渋沢栄一」「羅臼の森繁久彌」などはまだあるようです。
今回、北海道に行ってみて、こうしたカードの配布や、
JRでの記念切符の発行が、あまりにたくさんあるので驚きました。
北海道は広大なので、カードや切符集めは、旅行者には至難の業ですが、
今回の「炭鉄港カード」は、程よい区域で、枚数も23枚と手頃なので
集めやすかったです。
わずか1ヵ月でコンプリートした人が100名を越えたのも頷けます。
配布場所も興味深い施設が多くていいですね。
ただ、道の駅だと、関心のない人も持って行ってしまうので、
すぐに無くなってしまい、
本当に集めたい人が手に入れられないようです。
道の駅では宣伝だけをしてもらった方がいいと思います。
今回、集められなかったカードは、No.4「旧北炭滝ノ上水力発電所」とNo.13「小林酒造建造物群」とNo.15「クラウス15号蒸気機関車」、それに室蘭の3枚です。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2020年夏 北海道
-
前の旅行記
北海道滝上町の陽殖園 山そのものが秘密の花園
2020/07/18~
網走・知床・紋別
-
次の旅行記
2020年北海道鉄道編(1)美唄・岩見沢・紋別・中頓別・名寄SL等
2020/07/18~
北海道
-
北海道滝上町の陽殖園 山そのものが秘密の花園
2020/07/18~
網走・知床・紋別
-
北海道空知総合振興局がやってる「炭鉄港カード」を集めてみた
2020/07/18~
旭川・滝川・留萌・岩見沢
-
2020年北海道鉄道編(1)美唄・岩見沢・紋別・中頓別・名寄SL等
2020/07/18~
北海道
-
2020年北海道鉄道編(2) 道の駅あびらD51ステーション
2020/07/18~
追分・穂別・長沼
-
2020年北海道鉄道編(3) 三笠鉄道村の走るSLと機関車たち
2020/07/18~
三笠・南幌
-
2020年北海道鉄道編(4) 小樽市総合博物館のアイアンホース号
2020/07/18~
小樽
-
新潟市新津鉄道資料館と県立自然科学館のSL 前編
2020/07/25~
新津・白根
-
新潟市新津鉄道資料館と県立自然科学館のSL(後編)
2020/07/25~
新津・白根
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
北海道 の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2020年夏 北海道
0
77