2020/07/18 - 2020/07/25
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ミズ旅撮る人さん
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2020年夏、北海道を周遊しました。
鉄道編4回目は、「小樽市総合博物館」です。
「小樽市総合博物館」は、平成19年7月、「旧小樽交通記念館」の敷地に、
「小樽市博物館」と「小樽市青少年科学技術館」の機能を統合して開館しました。
施設は本館(旧小樽交通記念館・小樽市手宮1丁目)と
運河館(旧小樽市博物館・小樽市色内2丁目)の2カ所に分かれています。
今回は、本館のみ見学しています。
前回訪れた「三笠鉄道村」で展示のあったアメリカからの輸入蒸気機関車
「しづか号」と「大勝号」が保存されています。
同じくアメリカ製の「アイアンホース号」が走っています。
国指定重要文化財の「旧手宮鉄道施設」となっている機関車庫・転車台・
貯水槽・危険品庫・擁壁などもあります。
屋外の静態展示されている車輛もたくさんあり、時間が足りなかったのが残念です。
また、「アイアンホース号」は、コロナ対策のため乗客を乗せないで運行していました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「旧小樽交通記念館」だった「小樽市総合博物館」です。
この建物は「鉄道・科学・歴史館」となっています。
元々は、「炭鉄港カード」の配布場所だったので行こうと思っていたら、
コロナ対策で一時閉館となってしまい、配布場所も運河館に
変更されたので行くのをやめました。
ところが北海道に行ってから、本館が再開となり、
急遽訪れることになりました。
この情報を教えてくれたのは、岩見沢「炭鉱の記憶マネジメント
センター」の方でした。
お陰様で、「炭鉄港カード」を手に入れることが出来ました。
尚、このカードは8/15で配布完了となった模様です。小樽市総合博物館 美術館・博物館
-
クロフォード像です。
ジョセフ・U・クロフォード(1842~1924年)
アメリカのペンシルバニア州で生まれ、
明治11年(1878)開拓使に招かれて、
鉄道建築兼土木顧問に就任し、幌内鉄道の建設を指導しました。
途中、難工事が予想されたため、鉄道は途中までにする案が
浮上しましたが、クロフォードが強硬に反対して、
手宮(小樽)までの敷設が完了しました。
在任期間はわずかでしたが、北海道にアメリカ型の鉄道の技術を伝え、
幌内鉄道を貫通させた功労者です。
「三笠鉄道記念館」で配布していた「炭鉄港カード」が
クロフォードの肖像でした。 -
「鉄道・科学・歴史館」の手前、右側には蒸気機関車資料館があり、
そのそばにも鉄道車両が展示されています。 -
この建物が蒸気機関車資料館です。
旧手宮駅を再現した造りになっています。
実はこの写真を含めて前後3枚は、2009年に撮ったものです。
今回は、予定外の訪問で時間がなかったため、中心部と
アイアンホース号に絞っての見学となりました。
それだけではやはり未完成の紹介になるので、
出来る限り、以前撮った写真で補おうと思います。 -
蒸気機関車資料館の中です。
未熟な写真で公開するのは忍びないのですが、
やはり一枚くらいはあった方がいいでしょう。 -
さて、2020年です。
「鉄道・科学・歴史館」に入って、旧手宮駅改札を模した入り口で、
入場券を買っていると、館内放送が入りました。
「アイアンホース号の運行が始まります。
見学したい方は機関車庫の前にお集まりください。」
2020年7月は、コロナ対策のため、特定日以外は
乗客を乗せることなく運行されます。1日3便の往復です。
この日は、たまたま入場と同時に機関車の出庫だったので、
館内の見学はせずに、真っ直ぐ機関車庫に向かいました。 -
確か外国製のSLが走っていたな程度の記憶しかなかったのに、
いきなり出庫から転車・走行・転車・入庫の一連の様子を
見学することになりました。
これで随分、時間が取られてしまい、展示物の見学が
おろそかになってしまいました。
時間に余裕をもって訪れたかったです。 -
アイアンホース号が転車台に乗ったので、機関車庫の扉が閉められ、
転車台の周りの柵の鎖も掛けられます。 -
ぐる~っと回ったアイアンホース号は、
機関車庫脇に向いて準備OKです。
この転車台は、圧縮空気を使った駆動装置が取り付けられ、
気軽にボタン一つで周ります。
鉄道会社によっては、鉄道員が数人で押していたり、
見学客が押したり出来ます。 -
アイアンホース号の炭水車に付いているこのマーク、
ご存知「コカ・コーラ」のマークですが、
何故SLにコカ・コーラ?と先ず思います。
その疑問については、博物館のFacebookに説明がありました。
「アイアンホースのテンダー(炭水車)には
コカ・コーラのロゴマークが付いています。
なぜコカ・コーラかといえば、ずばり、スポンサー。
北海道コカ・コーラボトリング株式会社に、アイアンホース号運行に
掛かる経費の一部を援助していただいているのです。
スポンサー契約は、現在地で小樽市総合博物館が開設された2007年に
始まり、その年から機関車にコカ・コーラのロゴが付けられています。
コカ・コーラのロゴといえば赤地に白の色鮮やかなものが
お馴染みですが、クラシカルな機関車に合わせて
ロゴは黒/金のシックな色調にデザインされています。
プレートにはロゴマークの下に「since 1886」の文字も。
これがコカ・コーラ誕生の年ですが、和暦では明治19年となります。
アイアンホースの製造が1909(明治42年)ですから、
それよりもずっと古いわけです。」 -
さあ、アイアンホース号が出て行きます。
この日は11:30、13:30、15:30の3便で、
20分前に機関車庫から出て来ます。
便の運航時刻は、あくまでも中央駅からの営業運転の
発車時刻になります。
9月現在の体験乗車は、土日祝日は、定員30名事前予約制で、
平日は整理券配布となっています。
また、毎週月曜日は運休日、火曜日は博物館の休館日です。 -
転車シーンを見学している時に、有名人らしきおじさんが
写真撮影されていました。
一番いい場所を陣取って当たり前という態度なので、困ります。 -
国指定重要文化財「旧手宮鉄道施設」となっている機関車庫です。
アイアンホース号の収蔵されていた機関車庫は1号機関車庫で、
こちらの3号は、現存する日本最古のレンガ造り機関車庫です。
転車台と、3号の裏にある危険品庫と、1号の裏にある貯水槽、
それに駐車場の向こうにある擁壁が合わせて重要文化財です。 -
ラッセル雪カキ車(単線用)形式キ100のキ567です。
同型の車輛が三笠鉄道村にもありました。 -
3号機関車庫の右側から収蔵車両を見て行きます。
キハ031。形式キハ03ディーゼル動車。
1956(昭和31)年、東急車輛製造。
この気動車は1956年にローカル線用に作られ、
ディーゼルエンジンをはじめバスの部品を使っていることから
レールバスと呼ばれました。
北海道でも各地で使われましたが、小型で朝夕の通勤通学時など
大量輸送には向かず、耐用年数も短かったため、
活躍した期間はそれほど長くはありませんでした。
キハ03形は北海道の寒さや雪に対する装備が為されています。 -
機関車庫の中に船がある?なんだか場違いに見えますが、
これが第1号除雪車です。
幌内鉄道の最大の悩みは積雪で、当時は機械力も無く
今と違って除雪には大変苦労しました。そこで貨車の台車を利用して
1881(明治14)年に雪払車を造りました。
今のラッセル車と違い、前後の部分が上下し
積雪状態に対応していました。
本格的なラッセル車は1910(明治43)年のアメリカからの輸入車が最初で、これ以後国産化されて、全国に普及しました。
この車両は当時の図面、写真などから復元したものです。(原寸複製)
三笠鉄道記念館でも、絵と説明文がありました。
「木造で軽かったため、豪雪地帯では脱線してしまい使えなかった」
という記述は、小樽にはなかったです。
やはり三笠は当該地域ならではの実情を伝えているのでしょう。
2つの鉄道博物館を見ると、それぞれの補完できる部分があって、
より一層、興味深いものになります。
長くなりますがFacebookから引用します。
「現在、機関車庫三号の中央口には雪払車(1号除雪車)が格納されて
いますがアイアンホースと同じ線路幅の方に車輪が乗っています。
雪払車は原寸大に復元された模型ですが製作の時アイアンホースの
予備客車の台車を使用しました。
通常はアイアンホースの車庫に保管されているため、見学はすることは
できないのですが、今年はアイアンホースを機関車庫三号に
格納する予定がないため雪払車を展示しています。
来年(2021)以降は見学できるか分からない期間限定の展示なので
当館にお越しの際はお見逃しなく。」 -
7150(大勝号)です。
形式7150。1895(明治28)年北海道炭鉱鉄道手宮工場製造。
この蒸気機関車は国産第2番目の機関車で、
現存する最も古い国産蒸気機関車です。
7100形(義経号・弁慶号・しづか号など)とそっくりですが、
煙室やドーム、運転室の形などが違います。
はじめはト形30号といわれ国有化後は7150形となり、
その後北海道炭鉱汽船に譲渡され戦後まで夕張地区で活躍していました。
1954(昭和29)年廃車後、国鉄に寄贈され
苗穂工場で復元されました。 -
「大勝号」のヘッドマークです。
「北海道炭鉱鉄道株式会社手宮工場製造」
「明治二十八年四月」と書かれています。
当初「ト形30号」だったので、「30」なのでしょう。 -
高くて細長い煙突はアイアンホース号に似ていますが、
鐘が吊り下げられているのは「しづか」で、
「大勝号」はそれらの良いとこ取りなんでしょうね。 -
先頭部分の側面に付けられたプレートにも
「明治二十八年四月」「手宮工場製造」と刻まれています。 -
運転室の側面に大きく「大勝號」と書かれ、
炭水車にも装飾があるのは、「しづか」と同じですね。
同じ施設内に、基本形のアメリカ製「しづか」があるので、
初の国産「大勝号」が、どのように真似たのかを比較しやすいです。 -
足回りがオシャレなのも舶来品を模倣したのですね。
「しづか」とお揃いです。 -
真ん中の動輪の部品です。丸と四角だけで出来ているので、
ちょっと見、どこの部品かわかりづらいと思います。
巨大な「L」の文字と、「SAPPORO 1964.9
SHOZO KOYAMA 1964」と刻まれています。
普通、ここには個体番号があるだけなのですが、
何を表しているのでしょうか。 -
運転室です。
え、これだけ?と言いたくなるようなコンパクトな機関です。 -
「大勝号」の炭水車です。まるで分厚い浴槽のような形をしています。
縁の部分に水を入れて、真ん中に石炭を入れていたんですね。
後年の炭水車は水のタンクの上に石炭を積んでいる2階建て構造に
なっています。 -
3号機関車庫から出て、1号との間の空間にいます。
1号と3号の間ですから、かつては2号機関車庫があったのでしょうね。
ここには、キ718とキ752がいます。 -
ここで振り返ると、転車台がすぐ後ろにあります。
Facebookからの引用です。
「重要文化財「旧手宮鉄道施設」の転車台と
機関車庫三号の中央口のレールは三本になっています。
これは鉄道用語で「三線軌条」といいます。
三線軌条は北海道新幹線の青函トンネルを通過する木古内駅と
新中小国信号場間でも採用されており、レール幅の違う新幹線と
貨物列車が共用して走行することができます。
総合博物館ではしづか号や大勝号など展示車両用のレール幅1067mmと
アイアンホース用のレール幅914mm(3フィート)があり、
通常運行に使用する転車台と機関車庫三号にも格納できるように
それぞれ三線になっています。
ちなみに旧手宮線の散策路はレール幅が1067mmのため
残念ながらアイアンホース号は走行できません。」 -
1号機関車庫を右から見て行きます。
キ800除雪車(マックレー車)。1928(昭和3)年苗穂工場製造。
キ800形は1928年に古い蒸気機関車の炭水車を利用して苗穂工場で
作られた日本で最初のかき寄せ雪かき車(マックレー車)で、
当初はキ500形と呼ばれていました。
何回もラッセル車を使うとだんだんと線路の両側に壁のように
雪が溜まってそれ以上寄せられなくなってしまうので、
壁を崩して雪を再び線路上にかき集めるために使われます。
マックレー車は他の除雪車と違って機関車に牽かれ、
その雪はすぐ後ろから来るロータリー車で遠くへ飛ばされます。
この除雪方式はキ(機関車)マ(マックレー車)ロ(ロータリー車)
キ(機関車)と呼ばれ、豪雪地帯で活躍しました。(準鉄道記念物)
このキマロキ編成は、日本で唯一名寄の北国博物館の前に
保存されています。この鉄道編(1)に掲載しています。 -
キ601。形式キ600除雪車(ロータリー車)。
1923(大正12)年アメリカン・ロコモティヴ・カンパニー製造。
キ600形は1923年アメリカで2輌造られ輸入された
日本で最初のロータリー車で、当初はキ300形と呼ばれていました。 -
機関車に押されて前の回転翼で線路上の雪を遠くに飛ばし、
その動力には蒸気機関が使われています。
日本の雪質に合わせて様々な改良が行われました。 -
この車両は廃車後、苗穂工場で復元されましたが、
炭水車は外されています。
だから、釜の前がいきなりないんですね。見た時にはびっくりしました。
赤い釜の両側にあるクリーム色の扉の中は、名寄で見ていますが、
まるで蒸気機関車がそのまま入っているようです。 -
機関車庫の見学は終わりです。
1号の左端にアイアンホース号が入ります。
写真の3号機関車庫は、現存最古ですが、もちろん修復はされています。 -
2009年には、このように大規模な修復工事が行われていました。
1号(左)と3号(右)は、随分規模も形も違いますね。 -
アイアンホース号が乗客を乗せる中央駅です。
ここには「乗車できません」という案内が貼られています。 -
こうして、駅のホームに横づけするけれど、空荷のまま発車するのです。
-
アイアンホース号の向こう側には、鉄道車両が並んでいます。
DD13611。 -
DD1617。
-
そして、その奥には国鉄色の客車が並びます。
-
今回はこれらの客車までは見られなかったので、2009年の写真です。
随分、綺麗にお色直しされたのがわかりますね。 -
ED75501。
-
キハ2256。
-
そして、最後にC126がいます。
1933年汽車製造。1973年廃車。 -
中央駅と対面するように、こちらにも保存車輛が並んでいます。
先程の車輛群とこちらの車輛群、どちらも現在は内部公開休止中です。 -
青いマニ30 2012。カーテンが見えるのが気になります。
「日本銀行所有の現金輸送車」として有名な車輛です。
その存在は実際に使用されていた2004(平成16)年3月末までは
極秘とされていました。東京の日本銀行本店に模型が展示されています。
スハフ441、スハ4514と連結されています。
内部公開が中止なのが残念です。 -
マニの写真はありませんが、連結されている客車の中から見た
C5550です。 -
さて、アイアンホース号の出発時刻となりました。
-
運転士が後方の安全確認をしています。
この光景は、昨日も三笠鉄道村で見ました。
Facebookより
「博物館敷地内を走る蒸気機関車『アイアンホース号』が作られたのは
1909(明治42)年、111年もの昔です。
作ったのはアメリカの車輌製造会社『H.K.ポーター』。
今回はこのポーター社についての話です。
アイアンホース号が小樽に来たのは1996年、当博物館の前身にあたる『小樽交通記念館』の開館に合わせて
アメリカから太平洋を渡ってきました。
敷地内の線路を走らせるため、状態の良い蒸気機関車として
選ばれたものですが、それに加えて
ポーター社が作った車両であることも大きなポイントでした。」 -
ポ~ッと出発の合図をして動き出しました。
引用続き
「というのも1880(明治13)年、手宮を起点とした『官営幌内鉄道』の開業にあたり、アメリカから輸入された2両の機関車が
ポーター社製のものだったのです
(これら2両は『義経』『弁慶』の名で知られています)。
2両の同型機はその後も増備が続き、最終的に8両となりますが、
そのうちの1両が現在、当博物館の館内に入ってすぐの場所で
美しい姿を見せる『しづか』です。
このようにポーター社は北海道の鉄道発祥に深い縁のある
車両メーカーであり、そうした繋がりを重視したことにより
アイアンホース号は、小樽の地を走るに相応しい蒸気機関車と
考えられたのでした。」 -
小樽市総合博物館に入場すると、簡単なパンフレットをくれます。
そこに「アイアンホース号見学のご案内」が挟み込んでありました。
乗車することが出来ないので、走る姿を見学する訳ですが、
コース上のどこがお薦めかを解説してあります。
この踏切は「迫力ある出発シーンを手軽に見るなら、
このあたりがオススメ」と書かれていました。 -
Facebook引用続き
「幌内鉄道のポーター機たちは石炭をはじめ、
さまざまな物資の輸送に活躍し、北海道の近代化に大きく貢献しました。
その後も大正時代にかけて、日本に輸入されたポーター社製機関車は
50~60両に上ると推定されています。
それらはいずれも小型機関車でいくつかの私鉄(北海道炭礦鉄道、
長州鉄道/山口県、大湯鉄道/大分県など)のほかは、
工場敷地内の線路や森林鉄道などがおもな働き場所だったようです。」 -
さっきはDD13611と、今度はDD1617との顔揃えだったのに、
マスクがいっぱい。普通の観光客なら、あまり気にならないけど
マスクって目立つなあ。 -
Facebook最後の引用です。長かった・・・
「小型ゆえに本線での使用機会は少なかったとみえ、
後年に国有鉄道(鉄道省)に編入されたことが確認できる機関車は、
3種7両ほどにとどまります。
アイアンホース号見学の際にはボイラー左右の側面、
『H.K.PORTER COMPANY PITTSBURGH USA』の文字が刻まれた
銘板に注目してみてください」 -
これのことですね。
小樽市のHPに「アイアンホース号の来歴とプロフィール」が
書かれています。
「アイアンホース号は明治42(1909)年にアメリカ合衆国
ペンシルベニア州ピッツバーグにある機関車製造会社H.K.ポーター社で
製造されました。
製造番号は4514番、ボイラー側面にはそのことを示す製造銘板が
取り付けられています。
アメリカと中米グアテマラ共和国で、農産物の輸送や観光鉄道などに
使用されてきましたが、平成8(1996)年から小樽交通記念館で
動態保存・展示が開始されました。
明治42(1909)年 アメリカ合衆国H.K.ポーター社で製造
ユナイテッド・フルーツ・カンパニーに納入
グアテマラ共和国でバナナやパイナップル農場での輸送に使用
昭和34(1959)年~アメリカへ帰り、
アンテロープ・アンド・ウェスタン鉄道(カリフォルニア州)、
ハックルベリー鉄道(ミシガン州)などで使用
平成元(1989)年~3(1991)年 ミネソタ州のテーマパーク、
トビーズミル・アンド・ミッション・クリークで運行
平成5(1993)年 小樽市へ売却。
オレゴン州の港から貨物船で太平洋をわたり小樽へ
平成8(1996)年 小樽交通記念館で運行開始 -
同じHPに客車についても書かれていました。
「アイアンホース号が牽引する3両の木製客車は、アイアンホース号と
一緒にアメリカから輸入された車両を改造したものです。
またイベントなどで連結される赤いカブース(車掌車)も
アメリカから輸入されたものです。
屋根の上に突き出した監視窓が特徴的です。」 -
さて、アイアンホース号が行ってしまったので、
再び中央の車輛を見学します。
現金輸送車マニ30に連結されているスハフ441です。
稚内行きのサボが付いています。
当然のことですが、現金輸送車は他の車輛と行き来は出来ません。
中にはボックス式の座席と、寝台も付いていました。 -
一番中央駅寄りに「北海」がいます。
特急「北海」は、昭和40年に、本州から青函連絡船で渡って来た
乗客を、特急「おおぞら」だけでは捌ききれなくなり、
輸送力増強のために増便されて発足しました。
当初使用されていた車輛がキハ80形で、
キハ183形に入れ替えられて行きました。
運転区間は函館~札幌ですが、最終的には旭川に行かれるように
なっていました。
1986(昭和61)年に函館本線を経由する特急列車は
廃止されました。 -
「JNR(JAPANESE NATIONAL RAILWAYS)」
国鉄のマークが懐かしい列車です。 -
キシ8034。「北海」の2輌目です。互い違いの窓の高さが特徴です。
「キシ」という形式を調べれば、どういう車輛かわかるのでしょうが、
残念ながらそっち方面の「鉄」度は低いです。 -
さて、この車輛群の目玉は、何と言ってもこの機関車だと思うのですが、
なんということでしょう、足場に囲まれています。 -
Facebookより引用
「 総合博物館の展示車両の修復は小樽ファンが支える
ふるさとまちづくりの寄附金を活用し
「小樽市総合博物館の展示鉄道車両の保全事業」として実施しています。
いままではボランティアによる作業が中心でしたが、
劣化の進行に補修のスピードが追いつかなくなり、
専門業者による修復に重点を置く方針に変更し
昨年は特急北海を補修しました。
今年(2020)は蒸気機関車C55の補修を行います。
足場を組み、油を落とすための洗浄を行い、
ナンバープレートにマスキングテープで養生、
サビ止めの下塗りに取りかかっています。
また鉄道ボランティアの補修作業も並行して行っており、
前回(6月25日)も紹介した客車「オハ36 125号」の穴埋め作業は
全体の4分の1まで進みました。(7月30日)」 -
2009年のすっきりとしたC5550の姿を掲載しておきます。
-
現在と比べるとED76509も綺麗になっていますね。
こうして、綺麗にしてもらっているのが如実にわかって嬉しいです。
奥の方の客車も修復中ですね。 -
緑シートの下からカメラを差し込んで、
C5550の足回りを撮影しました。
う~~~ん、今年、補修してもらえることになって良かったね。 -
錆落とし作業が半端じゃないだろうな。よろしくお願いします。
-
緑のシートが反射して、車体の色がちょっと変だけど、
苦労して撮ってます。
C5550かなりゴロのいいナンバーだけど、
C5555はどうなったのかなあ?
C55の保存車輛は少なく「C551」が梅小路、
「C5550」がここ。
「C5553(C5546に53のプレート付き)が大分、
「C5552」は鹿児島にあるのみ。
C5555はゾロ目だから、どこかにプレートが残っているかも。 -
さて、アイアンホース号が転車台に行きました。
今回はそこまで追って行かなかったので、
またまた2009年の写真です。 -
転車台セット完了。
-
転回開始。
小樽市総合博物館では、機関車庫前と、手宮駅側両方の転車台での
転回がすぐそばで見られるので、なかなか長く楽しめます。 -
手前に突き出した赤い檻のような部分は「カウキャッチャー」と言って、
牛(カウ)を跳ね飛ばすための物です。
日本に必要だったんだろうか??? -
黄色い看板に「列車折り返し地点」と書かれています。
転車台で方向を変えた機関車は、ここまで前進して来て、
再び後進して行きます。
転車台と手宮駅のホームとはスイッチバックの関係にあるからです。 -
ずっと後ろに手宮駅のホームに置いて来た客車が見えます。
それを後進して、連結しに行くのです。
今回、客車は空ですが、乗っていたら、機関車が真横の転車台で回り、
スイッチバックして、迎えに来るのを見ることが出来ます。 -
いよいよアイアンホース号が客車を牽引してやって来ます。
パンフレット付属の「見学のご案内」によると、
「踏切付近では蒸気を吹き上げながら汽笛を鳴らすよ」ということです。 -
おお、確かに踏切手前で蒸気を吹き上げました。
-
空荷だから尚更なのか、軽やかに走って来ます。
-
やっほ~!手を振りたくなる近さです。
-
機関車が走るのと、機関士達が働いているのを見るのが好きです。
-
機関車は、中央駅に客車を置いて、再び切り離され、
転車台へ向かいます。 -
転車台が回ります。
機関車庫前の転車台で転回した後、
第1便と3便は機関車庫に戻りますが、
第2便は、そのまま中央駅に行って、
第3便のために客車を連結して、時間待ちをします。 -
これは第1便なので、機関車庫に入って行きます。
第2便は、この光景を見ることが出来ず、
第3便は、機関車庫から出て来るところを見ることが出来ません。
機関車庫から出て、機関車庫に戻る行程すべてを見るには、
第1便で見るか、第2・3便を両方見ることになります。 -
Facebookより引用
「アイアンホース号とそれに付随する機器の設計図が無い(中略)
ボイラーの燃焼に関わる弁(バルブ)類は現代の物と交換しています。
(元々付属されていたものは資料として保管)
部品代は当時の値段の3倍から5倍、
複雑な物なら10倍近くする部品もあります。
部品自体も大型のが多いのでそのことを考えると
コスト的にも大きな維持費がかかるわけです。」
2018年と今年7月にもボイラーが故障して、修理を行っています。 -
今回Facebookより引用ばかりなのですが、とてもおもしろい逸話なのでラストに入れます。
「運行が終わったアイアンホース号が機関車庫の中で
春までどうやって保存されているかお話しします。
主にボイラーのお話しになりますが長期に動かさない場合、
2つの方法で保存されます。
1つ目は乾燥保存法で、ボイラー内の水を全部捨て
乾燥させて保存します。
この場合乾燥が不十分だったり、抜け切れない水が残る場所は
腐食する恐れがあります。
2つ目は満水保存法で、ボイラーの中の水を満水に充満させて
保存します。
腐食の原因は水と空気なので満水にしておくと空気に触れることがない
ので腐食はおきません。ただこの満水保存法には1つ欠点があり、
気温が氷点下になる地域では水が氷になり体積を増やした場合、
ボイラーが裂けたり、配管が破裂してしまうため、
できない地域があります。
もちろんここ小樽も年に何度か氷点下になることがあるので、
満水保存法は使えません。
そこでできるだけボイラー水を抜いて乾燥保存をして、
春の運行を待っています。」 -
アイアンホース号が機関車庫に戻ったので、
「鉄道・科学・歴史館」に戻って来ました。
1階の「しづかホール」には、アメリカ・ポーター社製の蒸気機関車
「しづか」が美しい姿で保存されています。
炭水車がまるで馬車のように見えます。 -
運転室に置かれている「運転席の公開を中止」の看板が悲しい。
順番に見学すればいいことだと思うけどな。 -
アイアンホース号としづか号との共通点など、
おもしろい図解があります。 -
アイアンホース号とお揃いのオシャレな動輪。
-
なんとなくアメリカらしい「シャッポ(帽子)」に大きなライト。
-
「6」という番号は、幌内鉄道の6番目の輸入車を
表しているのでしょう。
次からの7番目・8番目は無名です。
どうして途中で名前を付けなくなってしまったのでしょうね。 -
「静御前」の名前をもらっているけれど、これを見ると外国産だと
一目瞭然。ピッツバーグ1884年。 -
動輪に刻まれたフィラデルフィアの文字。
-
おまけに大きく「SHIZUKA」。
これまでアルファベットにしなくてもいいんじゃない?
舶来品らしくしたかったのかな。 -
運転室は、「中止」の看板の横にチェーンがあり、
そこまでは行かれるので、撮影することは出来ます。 -
炭水車の装飾は、和風です。
-
「しづか」の客車「い1号」です。
-
古い客車は、どれも内装が凝っているけれど、これは段違いに豪華です。
きちんと見学ができないのが残念。 -
館内には、鉄道展示室があります。これは「開拓使号」。
1880(明治13)年、第1号蒸気機関車「義経号」、
第2号「弁慶号」とともにアメリカから輸入された最上等客車で、
当時は「1号客車」と呼ばれていました。
内部には飲水器、水洗トイレ、ストーブ、ランプなどが備えられ、
中央の両側には鏡がかけられていました。
おもに開拓使や明治政府の高官、皇族などの専用車両として
使用されました。
現在、埼玉県の鉄道博物館に保存されています。」
説明書きには、日本語・英語の下にロシア語があります。
北海道はロシア人観光客が多いんですね。 -
かつて北海道には無数の短い私鉄が走っていました。
北海道の私鉄(道北部) -
北海道の私鉄(道東部)
釧路から根室にかけて、こんなに細かく鉄道網があったとは。 -
北海道の私鉄(道西部)
今の北海道には、大動脈しか残っていないですね。
それなのに、新幹線が必要なのかしら? -
扇形機関車庫の模型には、様々な形式の蒸気機関車の模型が
収納されていて、ボタンで機関車を呼び出すことが出来ます。 -
今、出て来ているのは9200形のようです。
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様々なナンバープレートがびっしり並んでいます。
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上から準急・急行・特急列車のネームプレートです。
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小樽市総合博物館の最後の一枚はトイレです。
Facebookより引用
「本館のトイレの場所がわかりづらいということもあり、
1階のトイレの案内表示を増やしました。
ただ、2か所のみ遊び心をプラスしてみました。
写真をよく見ていただくと…
蒸気機関車アイアンホース号としづか号のシルエットが」
お馴染みの男女が立っているマークの縁の右上部分が
黒く盛り上がっています。
どうやらそこに機関車のシルエットが付いているようなのです。
知らなかったので、こんな大写しの写真しかありませんが、
訪れた際には、気にして見てください。
さて、今回で北海道の鉄道編は終了なのですが、
実は更に新潟鉄道編が続きます。
小樽からフェリーに乗って新潟に行ったので、ついでに
新津鉄道資料館と、新潟県立自然科学館のSLを見て来ました。
ということで、あと1回続編があります。
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