![2019年春、羽田から全日本空輸でロンドンに到着し、イギリス、オランダ、ベルギー、イタリア、ドイツのヨーロッパ5カ国を訪問し、ミュンヘンから羽田に帰って来ました。途中オランダでの思わぬ事故で、フランス.パリをキャンセルする事になりました。今回も絵画鑑賞が主な目的です。<br /><br />この18回目の旅行記は、ナポリに着いてカポディモンテ美術館とサン.マルティーノ博物館を訪問した記録です。<br /><br />全体の旅程の概略です。<br />★ 2月26-27日 ANAでロンドンへ。ロンドンの北、ビスターの友人宅泊。<br />★ 2月28日 バーミンガム泊。<br />★ 3月1~2日 リバプール泊。<br />★ 3月3日 チェスター泊。<br />★ 3月4~5日 ロンドン泊。<br />★ 3月6日 船中泊<br />★ 3月7~13日 デン.ハーグ泊<br />★ 3月14日 シャルルドゴール空港泊<br />★ 3月15~16日 ナポリ泊。<br />★ 3月17~19日 フィレンツェ泊。<br />★ 3月20~22日 シエナ泊。<br />★ 3月23~25日 ヴェネツィア泊。<br />★ 3月26日 ミュンヘン空港泊。<br />★ 3月27日 ミュンヘン空港からANAで羽田へ。<br />](https://cdn.4travel.jp/img/thumbnails/imk/travelogue_album/11/62/81/650x_11628194.jpg?updated_at=1594006251)
2019/02/26 - 2019/03/29
252位(同エリア1388件中)
さわ子さん
2019年春、羽田から全日本空輸でロンドンに到着し、イギリス、オランダ、ベルギー、イタリア、ドイツのヨーロッパ5カ国を訪問し、ミュンヘンから羽田に帰って来ました。途中オランダでの思わぬ事故で、フランス.パリをキャンセルする事になりました。今回も絵画鑑賞が主な目的です。
この18回目の旅行記は、ナポリに着いてカポディモンテ美術館とサン.マルティーノ博物館を訪問した記録です。
全体の旅程の概略です。
★ 2月26-27日 ANAでロンドンへ。ロンドンの北、ビスターの友人宅泊。
★ 2月28日 バーミンガム泊。
★ 3月1~2日 リバプール泊。
★ 3月3日 チェスター泊。
★ 3月4~5日 ロンドン泊。
★ 3月6日 船中泊
★ 3月7~13日 デン.ハーグ泊
★ 3月14日 シャルルドゴール空港泊
★ 3月15~16日 ナポリ泊。
★ 3月17~19日 フィレンツェ泊。
★ 3月20~22日 シエナ泊。
★ 3月23~25日 ヴェネツィア泊。
★ 3月26日 ミュンヘン空港泊。
★ 3月27日 ミュンヘン空港からANAで羽田へ。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝8時20分、朝食に行きます。何か味気ないホテルのエレベーター.ホールです。
今日は、カポディモンテ美術館とサン.マルティーノ博物館を訪れます。両館共3回目の訪問となります。考古学には興味はないので、ナポリに3回来ても、ポンペイの遺跡には行きません。 -
ジジは1973年夏に、ローマから日帰りでナポリを訪れ、ポンペイの遺跡を見学しています。当時のナポリではコレラが発生していて、恐る恐るケーブルかーに乗ったり、街を歩いた事を思い出します。
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食堂は、12階になる屋上に増設された建物です。
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食堂から屋上に出ます。天気はあまり良くありません。後方が食堂です。食堂の外にはテーブルはセットしてありません。海に近いので風が強いのでしょうか。
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この屋上から周りを見渡します。ホテルは周りの建物より僅かに高いと言ったところでしょうか。南南西の方向に、ガッレリア.ウンベルト1世のガラスのドームが見えます。
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西北西の山の上にサン.マルティーノ博物館が見えます。その左側の裾野にある肌色の建物群は、スオール.オルソラ大学です。16世紀から17世紀の間に建てられたサン.テルモの丘の斜面にある修道院の城塞で、2つの教会、回廊、空中庭園などの修道院の痕跡を含む8つの建物が建っています。この施設を活用して1895年にスオール.オルソラ大学が創立されました。
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ムニチピオ広場の北側を歩いて地下鉄の駅に向かいます。前2回は、この近くからR4番のバスに乗りましたが、今回は初めて地下鉄に乗り考古学博物館が近くにあるムゼオ駅でC63番のバスに乗り換えます。
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ムニチピオ広場の中央には、ネットゥーノ(ネプチューン)の噴水があります。この辺りは、写真のようにいつも綺麗に清掃されていて治安も良さそうです。
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地下鉄の駅は、ムニチピオ広場の東北角にあります。
地下に下りて行きます。10時近くになりましたが人を見かけません。不気味です。広告板もなく地下ホームの案内表示のみです。 -
人が見つかりました。
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ホーム近くにある切符の自動販売機が壊れいて、切符売り場もなかったので、一旦地上に戻りタバッキで購入します。
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地下鉄への出入口のすぐ前にタバッキがありました。1日券を買いました。バスも地下鉄もケーブルカーにも有効です。イタリアではこのタバッキを良く利用します。昔は絵葉書を出すため切手もよく買いました
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殺風景の構内に再び入って行きます。
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結構深い地下鉄の駅です。長いエスカレーターも設置されています。広告は全く見かけません。また不思議と落書きも見当たりません。
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ホームの路線案内図です。左の方向三つ目のムゼオまで乗ります。右の方向は、ナポリ駅北のチェントロ.ディレッツィオナーレが終点のようですが、空港も通る路線の延長が計画されているようです。そうなればタクシーにボラれる事を心配する事もなく、スリさえ注意すれば安心の地下鉄が利用できます。
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駅の案内表示です。ここで初めて見ましたが、盲人の方のために点字の案内板がありました。
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ホームの壁面に広告を見つけました。左はカポディモンテ美術館、中央にヴェールに包まれたキリストの彫像で有名なサン.セヴェーロ博物館、そしてマックの広告です。
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電車が来ました。古くはない型の電車ですが、いつものように車体は落書きだらけです。
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電車の扉のガラス窓に貼ってあったステッカーです。これもヨーロッパの鉄道で初めて見かけたものです。
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ムゼオ駅に着きました。地下鉄2号線への乗り換え駅ですが、少し離れていて駅名もカヴールとなっています。この2号線はイタリア鉄道が運営していて、ナポリの北で世界遺産の宮殿があるカゼルタに行けます。2014年秋にこの路線を使ってナポリ市内からカゼルタに行きました。
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駅の出口の案内にカポディモンテ美術館へのバス停の方向が示してありました。この駅名"ムゼオ"は、国立考古学博物館を指しています。我々は考古学には興味がなかったので一度も訪れていません。
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この地下鉄駅構内に飾ってあったこの像は、国立考古学博物館に展示してある像のレプリカでしょうか。
案内表示に従ってC63番のバスの乗り場に行きます。 -
C63番のバスに乗ってカポディモンテ美術館に向かいます。今日は土曜日なので道路は空いていました。美術館近くのカポディモンテ通りで坂の途中にあったカタコンベ.ディ.サン.ジェンナーロです。外装の修復、清掃中でしょうか。
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今回のC63番のバスは、カポディモンテ美術館の南側にあるポルタ.グランデ前に停車します。この美術館は、現在市立公園になっている広大な元宮殿敷地の南端に位置しています。
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園内に入るとすぐ左手に3階建ての大きな美術館の建物が現れます。
「ナポリにも行かなければ」と思い立ったのは、2010年に特別展として日本で開かれた「カポディモンテ美術館展」がきっかけでした。そして2013年2月に初めて訪れ、翌2014年10月にも再訪しました。それまで躊躇していた理由は、治安の問題でした。当時の観光案内本には、盗難などの犯罪の実例が生々しく書かれていました。それで初回では、ポケット.カメラだけを持ち、リュックも小さなもの一つで観光しました。今では少し慣れて、リュックに1眼レフカメラを入れ、美術館や教会ではこのカメラを使います。道を歩くときは、ポケット.カメラだけです。 -
美術館への入り口は北側にあります。
カポディモンテ美術館は、南北に長く三つの中庭を配置した漢字の"目"の形をした3階建てで、一部屋根裏の4階もあります。部屋や広間は、番号が付いたものだけでも106です。建物は、絵画、彫刻、陶磁器、宝飾等を展示する部屋を備えた宮殿として1738年に建設が開始されました。 -
まず3階にエレベーターで上がります。104号室です。小さな絵が所狭しと展示してあります。良い絵が多いのですが、説明書きを見つけるのが大変です。
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103号室です。バロック後期のイタリア人画家でナポリ派の巨匠ルカ.ジョルダーノ(1634 - 1705)の作品を主体にした展示室です。
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ルカ.ジョルダーノの作品4枚です。
これは「情熱のシンボルを持つ神聖な家族」です。 -
聖家族の3人を拡大しました。色使いも綺麗です。
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これは「プロセライトとセント.フランシス.ボルジアを洗礼するセント.フランシス.ザビエル」です。
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これは「ロザリオの聖母」です。
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4枚目のルカ.ジョルダーノの作品「聖母子と聖人達」です。
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100号室は、アンニーバレ.カラッチ(1560 - 1609)の作品を主体に展示してあります。アンニーバレ.カラッチは、バロック期のイタリアの画家で、イタリア美術における初期バロック様式を確立した画家の一人です。イタリア北部のボローニャを中心に活動したボローニャ派の代表的画家です。
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アンニーバレ.カラッチが1586年頃に製作した「聖母戴冠」です。キリストが聖母マリアに冠を授けています。『黄金伝説』によると、マリアは死後冠を授かるためにキリストの下へと辿り着き、自らの息子の手から冠を授かります。聖霊の鳩が上方に留まっています。
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キリストから冠を授かる聖母マリアです。
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このアンニーバレ.カラッチが1586年頃に製作した「聖母戴冠」を見て直ぐに思い出したのが、パルマの国立美術館で見た、コッレッジョ(1489 - 1534)が1522年頃に製作した「聖母戴冠」です。もともとパルマのサン.ジョヴァンニ.エヴァンジェリスタ教会のアプスにあったフレスコ画で、この教会のアプス拡張時に取りはずされたものです。アンニーバレ.カラッチの作品は、このコッレッジョの作品をモデルにして描いているようです。
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この絵、「サンタ.カテリーナの神秘的な結婚」は、パルマ生まれのパルミジャニーノ(1503 - 1540)の作品の16世紀遅くに模作された絵画です。この模作の画家名は表示してありませんでした。自筆模作でしょうか?
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こちらは2016年2月に訪れたパルマの国立美術館で撮影したパルミジャニーノの真作で1524年頃に描かれました。
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ルネサンス期にミラノを中心に活躍したボローニャ生まれのイタリア人画家エルコーレ.プロカッチーニ(1515 - 1595)作の「サンタ.カテリーナの神秘的な結婚」です。
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ナポリ生まれでバロック時代のイタリア人画家アンドレア.ヴァッカロ(1604 - 1670)作の「黄金の子牛の崇拝」です。ヴァッカロは当時、ナポリで最も成功した画家の1人です。
モーゼがシナイ山において神から十戒の石板を授与された後直ちにイスラエルの民の所に戻ると、民は宴に興じながら新しい神である金の子牛を拝んでいました。怒ったモーゼは石板を割ります。 -
イタリアでの滞在中に制作した作品でのみ知られているオランダ人の画家マティアス.ストーメル(1600頃 - 1652頃以降)作の「羊飼いの礼拝」です。2010年の日本での特別展に入っていました。
フランスの画家ジョルジュ.ド.ラ.トゥール(1593 - 1652)の作品に似た光の使い方ですが、やはりラ.トゥールには敵いません。 -
同じマティアス.ストーメル作の「エマオの晩餐」です。これも2010年の日本での特別展に入っていました。
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スペイン生まれのジュゼッペ.リベーラ(1591-1652)作の「聖ジロラモと天使」です。
リベーラはスペイン生まれの画家ですが、若くしてイタリアに渡り、生涯の大半をナポリで過ごし、ついに母国に帰ることはありませんでした。 -
ナポリでの重要なカラヴァッジョの信奉者であるイタリア人画家ジョヴァンニ.バッティスタ.カラッチョロ(1578 - 1635)作の「カルヴァリオの丘への道行き」です。2010年の日本での特別展に入っていました。
カラヴァッジョよりわずか5才しか若くないカラッチョロは、遠近法ではなく光によって規定された浅い画面で、その陰鬱な色使い、劇的なテネブリズム(光と闇の強烈なコントラストを用いた絵画のスタイル)、および彫刻的人物を備えた驚くべき新しいスタイルを最初に取り入れました。彼はナポリのカラヴァギズム派の創設者と見なされています。 他のナポリのカラバギスティには、ジュゼッペ.リベーラ、カルロ.セリット、女性のアルテミシア.ジェンティレスキ、カラッチョロの弟子マティア.プレティ等がいます。 -
17世紀イタリア、カラヴァッジオ派の女性画家アルテミジア.ジェンティレスキ(1593 - 1652)作の「ユーディットとホロフェルネス」です。2010年の日本での特別展に入っていました。
聖書のエピソードの絵です。未亡人のユーディットはシリアの将軍ホロフェルネスを誘惑し、その後彼のテントで首を切ります。 -
ジェンティレスキは、その後1620年頃にこの自筆の模作絵を描きました。ナポリにある1612-13年の作品の自筆模写です。
この旅行の4日後に訪れたフィレンツェのウフィッツィー美術館で撮った写真です。斬首部分は残酷すぎるので外しました。 -
ミケランジェロ.メリージ.ダ.カラヴァッジオ(1571 - 1610)が描いた「キリストの笞打ち」です。
バロック期のイタリア人画家。 ルネサンス期の後に登場し、カラヴァッジョという通称で広く知られ、1593年から1610年にかけて、ローマ、ナポリ、マルタ、シチリアで活動しました。この絵は、ローマで殺人を犯しナポリに逃亡していた1607年頃に製作されました。 -
笞打たれるキリストを拡大しました。
カラヴァッジョは、特にナポリで多くの信奉者をつくり、カラバギスティと呼ばれる追随者が光と闇に包まれた絵を描いていますが、カラヴァッジョを超える画家はいません。 -
足元にもう一人の男が笞を作っています。右側の男は足でキリストの足を蹴っているようです。
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3階展示室での鑑賞を終わり、外が見える南西隅の部屋に来ました。
ほぼ南の方向、中央少し左にサン.テルモ城、その更に左にサン.マルティーノ博物館が見えます。 -
左にカメラを振りました。右端に31階建てのNHホテルが目立って見えます。
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2階に下りて、建物の西翼の第2室から第30室までに展示してあるファルネーゼ.コレクションの絵画を鑑賞します。これは第2室ですが、各室はこのようにほとんど他の入館者を見かけません。
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盛期ルネサンスのイタリア人画家でヴェネツィア派で最も重要な画家の一人であるティツィアーノ.ヴェチェッリオ(1489/90 - 1576)作の「カマウロ(教皇が伝統的に着用した帽子)を被った教皇パオロ3世の肖像」です。教皇パオロ3世(1468 - 1549)は、アレッサンドロ.ファルネーゼで、1534年から15年間教皇の地位にありました。ファルネーゼ家は元々トスカーナ地方の小貴族でしたが、アレッサンドロが教皇になりファルネーゼ家の繁栄が始まります。その後18世紀初めにエリザベータ.ファルネーゼがスペイン王フィリッペ5世の妃になり、その子カルロ7世がナポリ王に即位します。このカルロ7世が母親からファルネーゼ.コレクションと呼ばれる美術品を引き継ぎました。そして、この美術品が今のカポディモンテ美術館の核となりました。
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イタリアのヴェネツィア生まれのロレンツォ・ロット(1480頃 - 1556/1557)が1503年に製作した「聖母子と殉教者の聖ペトロ」です。ヴェネツィア共和国で繁栄した町トレヴィーゾで製作されたロットの初期の作品です。彼は、ヴェネツィアやトレヴィーゾがあるヴェネト州、レカナーティをはじめとするマルケ州、ローマ、ロンバルディア州のベルガモ等で広く活躍し多くの作品を残しました。
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ラファエロ.サンツィオ(1483 - 1520)と助手による1516-1518年頃の作品「神の愛の聖母マリア」です。聖母マリアの左は、洗礼者ヨハネの母聖エリザベータです。ラファエロは、マルケ州のウルビーノで生まれました。
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マニエリズム期のフィレンツェの画家アーニョロ.ブロンズィーノ(1503 - 1572)作の「貴婦人の肖像」です。2010年の日本での特別展に入っていました。
ブロンズィーノは、メディチ家のフィレンツェ公コジモ1世の宮廷画家として活躍しました。ブロンズィーノと言えば、フィレンツェ、パラッツォ.ヴェッキオ内のトレドのエレノーラ礼拝堂のフレスコ画や、ウフィッツイー美術館のルクレツィア.パンチャティチの肖像画、サンタ.クローツェ教会の美術室に展示してあった大きな祭壇画などを思い出します。 -
盛期ルネサンスのイタリア人画家でヴェネツィア派で最も重要な画家の一人であるティツィアーノ.ヴェチェッリオ(1488/1490頃 - 1576)の1550/1555年頃の作品「マグダラのマリア」です。2010年の日本での特別展に出品されていました。
ティツィアーノは1531年頃に最初のマグダラのマリアを描きました。それは暗い背景で、涙目を持つ素晴らしい女性で、裸を黄褐色の髪の毛で覆おうとします。 ティツィアーノはマグダラのマリアを何枚も描いています。 -
同じティツィアーノ作の「ある少女の肖像画」です。この少女は、ティツィアーノの娘のラヴィーナ.ヴェチェッリオと推測されています。
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2階のファルネーゼ.コレクション第12室の様子です。この部屋は西翼の中央にある最も大きな部屋です。ご覧のように、全く入館者を見かけません。我々のための貸切状態です。
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北イタリアのパルマを中心に活躍したルネサンス期のイタリアの画家アントニオ.アッレグリ.ダ.コレッジョ(1489頃 - 1534)作の「サンタ.カテリーナの神秘的な結婚」です。マリアもサンタ.カテリーナも少女のように描かれています。
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主にパルマで活躍したイタリアのルネサンスとマニエリズムの画家ミケランジェロ.アンセルミ(1492 - 1554)作の「聖母子と幼児の洗礼者ヨハネ」です。
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マニエリズム初期、ローマなどで活躍したパルマ生まれのイタリア人画家パルミジャニーノ(1503 - 1540)の1524/1527年頃の作品「アンテア」です。この若い女性が誰なのか結論は出ていないようです。2010年の日本での特別展に出品され大変な人気を得ました。
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上半身を拡大しました。パルミジャニーノ特有の長細い顔をしています。
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同じパルミジャニーノが1528年頃に描いた「聖家族と幼児の洗礼者ヨハネ」です。額縁のガラスに光が反射して絵の全体が写せなかったので、右側遠くに描かれていたヨセフが外れてしまいました。
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パルミジャニーノは、37才の若さで亡くなっています。この絵「ローマのルクレツィア」は、最後の作品と言われています。
伝承によれば、ルクレツィアは紀元前6世紀のローマの貞淑な妻として語られ、恥カシメを受け短剣で自害しました。 -
バロック期のイタリアのボローニャ派の代表的画家アンニーバレ.カラッチ(1560 - 1609)の1587年の作品「サンタ.カテリーナの神秘的な結婚」です。左端にいて、じっと鑑賞者を見つめる天使が印象的です。アンニーバレは、1597-1600年頃にローマのファルネーゼ宮殿(現在のフランス大使館)のギャレリアの天井に有名なフレスコ画を描いています。
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17世紀前半のバロック期に活躍したイタリアの画家グイド.レーニ(1575 - 1642) が1622年頃に製作した「アタランテとヒッポメネス」です。この画家はアンニーバレ.カラッチらによって創始されたボローニャ派に属する画家の一人です。
絶世の美女アタランテは、足の早さに絶対の自信を持ち、求婚者に競争を挑みます。もしアタランテに勝てば結婚でき、負ければ殺されます。求婚者のヒッポメネスはヴィーナスに知恵をつけられ、3個の金のリンゴを持ちます。彼は追いつかれそうになるとリンゴを落とし彼女の気をそらせます。
この絵も2010年の日本での特別展に出品されました。また、同じ題材で先に描かれた作品がプラド美術館にあります。プラド美術館のウェブ.サイトでは「カポデイモンての作品はプラドの作品より劣っている」と記されています。 -
ヴェネツィア生まれの画家で、主にヴェネツィアの風景や街並みで知られたミケーレ.マリエスキ (1710 - 1743)の2作品です。13才年上のカナレットや2才年下のグアルディに比べて人気は高くありませんが、生地ヴェネツィアの多くの景観画を残しています。
1744/1746年頃に描かれたこの絵は、サン.マルコ広場を大運河から眺めています。中央にドゥカーレ宮殿、左端にサン.マルコ広場の鐘塔が描かれています。 -
この絵は大運河で、サンタ.マリア.デッラ.サルーテ聖堂の前から東の方向を望んでいます。左端にドゥカーレ宮殿が僅かに見えています。ドゥカーレ宮殿の右隣の牢獄の更に右隣になるホテル.ダニエリは見当たりません。
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ヴェネツィア生まれで都市景観画で有名なフランチェスコ.グアルディ(1712 - 1793)の作品2枚です。
これはドゥッカーレ宮殿前から運河を挟んで眺めたサン.ジョルジョ.マッジョーレ聖堂です。 ジジババは2007年10月にこの鐘塔に登りました。 -
その時写したサン.ジョルジョ.マッジョーレ聖堂の鐘塔からサン.マルコ広場を望んだ写真です。当時はほとんど中国人観光客は見かけませんでしたが、それでも広場は凄い人出です。
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こちらはリアルト橋です。現在のサンタ.ルチア鉄道駅の方向から眺めています。橋の左側の袂に元々のドイツ人商館で、その後は中央郵便局として利用され、今は中国系の免税店の建物が見えます。右側はカメルレンギ宮殿です。
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南東のコーナー.ルームになる第31室、大広間です。ここから60室まで、建物の2階東側は王室家族の居住区画であるロイヤル.アパートメントです。
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第32室です。
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第33室です。
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第33室に展示してあったアントニオ.ジョリ(約1700 - 1777)が製作した絵画2枚です。この絵は、ナポリ王であるブルボン家のカルロ7世がスペイン王カルロス3世として即位するため1759年にナポリを離れる光景を描いています。こちらは陸上から眺めた出立のシーンです。遠くにヴェスビオ山が描かれています。
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こちらの絵は海上から眺めたシーンです。中央遠くの丘にサン.テルモ城とサン.マルティーノ修道院、右側の丘にカポディモンテ宮殿が描かれています。
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第34室です。
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ダイニング.ルームであった第37室です。以前は大きなテーブルが置いてありました。
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ダイニングテーブルに代わって、イタリアの彫刻家で陶芸家のフィリッポ.タリオリーニ(1745 - 1809)作の「巨人の落下」の彫刻が置いてありました。
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第42室、祝賀の間です。天井、壁面、床面と豪華な装飾が綺麗です。
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第43室です。
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第43室に展示してあった、これもフィリッポ.タリオリーニ作の「オーロラ」です。
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第43室の天井です。
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磁器が展示してある第45室の天井です。
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そこに展示してあった彫刻です。
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第46室、ファルネーゼ家の武器庫です。完全装備の騎馬武者が展示してあります。
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北東のコーナー.ルームの第56室です。
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これも第56室です。
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19/20世紀の美術品を展示してある第59室です。
フランスの画家ルイ.ニコラ.ルマール(1788 - 1876)が1822/1823年に製作した「ブルボン家のマリア.カロライナ王女とベリー公の結婚」です。 -
北翼にあるロイヤル.アパートメント最後の部屋となる第60室です。部屋には、大理石や貴石で作られた建物のミニチュアが飾ったありました。
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3時間40分ほど美術館に滞在して外に出ます。建物の北翼にある階段です。
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建物の中庭側に沿って造られた回廊です。ここは東側の回廊で、奥に美術館入口の案内表示が見えます。
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建物の中央の中庭です。この左右にも中庭があります。
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美術館を出て、前2回と同じように美術館の北側にあるポルタ.ピッコラからコッリ.アミネイ通りのバス停に向かいます。
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ヴィアーレ.コッリ.アミネイ停留所から乗れるバスが変わっていたので、更に歩いて坂を下ります。次のカポディモンテ停留所から604番のバスに乗車して、チェントロ(街中)のピアッツァ.ジャコモ.マッテオッティまで乗車します。
これはイタリアでよく見かける宣伝広告車です。オーストリアのブランドの清涼飲料「赤い雄牛」のようです。 -
バスを降りるとそこはジャコモ.マッテオッティ広場です。広場の西側にはナポリ.メトロポリタン.シティの役所の建物があります。これは建物のファサードです。
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調べておいたジャコモ.マッテオッティ広場近くのレストランを探しましたが、見つけられませんでした。ここは広場の少し東にある交差点です。正面は、東の方向のジョヴァンニ.ボヴィオ広場(昨日タクシーを降りた所)に向かうカルディナーレ.グィエルモ.サンフェリッチュエ通りです。
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同じ交差点から北の方向に向かうモンテオリヴェート通りで、この先でトレド通りと合流します。
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歩道上のお店です。車が見えないので移動車ではないようです。フレッシュ.ジュースを主体に売っているのでしょうか。手前には野菜も置いてありますが値札はありません。野菜ジュースの材料なのでしょう。
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ホテル近くのムニチピオ広場のネットゥーノ(ネプチューン)の噴水です。
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ムニチピオ広場からホテルを見上げました。矢印の先が我々の宿泊する部屋です。
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もう4時です。ムニチピオ広場の南東角にあるステーキハウス "Dambo-Beef And Grill" に入りました。トリップ.アドバイザー評価は、ナポリのレストラン2,789軒中681位です。
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ババが選んだロースト.ビーフです。
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ジジが選んだステーキです。
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突き合わせのフライド.ポテトです。
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レストランを出たら既に4時50分です。明日はフィレンツェに移動なので、欲張ってこれからサン.マルティーノ博物館に行く事にしました。
ムニチピオ広場の南西角から西へ、小道のパオロ.エミリオ.イムブリアーニ通りを歩いてトレド通りに向かいます。 -
パオロ.エミリオ.イムブリアーニ通りの途中にあった「バール900」に、このトイレの案内が表示してありました。
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トレド通りに突き当たりました。更にこの先は、スペイン地区と呼ばれる住宅密集地区、少し治安にも心配な地域です。今日は土曜日なので大勢の人が出ています。
正面2階のお店 "Marinella Spose" はブライダル専門店だそうです。 -
トレド通りを南に歩きガッレリア.ウンベルトⅠ世ナポリの手前にあるケーブルカー乗り場にきました。ナポリに4路線あるケーブルカー、フニコラーレの中央線の乗り場アウグステオ駅です。
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路線案内図です。右のアウグステオ駅から三つ目のピアッツァ.フーガに行きます。次は17時10分発です。
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ケーブルカーが下りてきました。みなさん立ち上がって車両に向かいます。
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車両内です。このフニコラーレの中央線は、完全な地下ケーブルカーです。
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終点のピアッツァ.フーガ駅でケーブルカーを降り、いくつかのエスカレーターを乗り継いでサン.マルティーノ博物館に向かいます。
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正面奥にサン.マルティーノ博物館が見えてきました。この右側はサン.テルモ城です。
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サン.マルティーノ博物館前の展望所からの眺めです。東南東の方向にヴェスビオ火山が見えます。
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北東方向の眺めです。左の方の丘の上にカポディモンテ美術館が見えます。
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サン.マルティーノ博物館にその北側にある入り口から入ります。そのまま博物館を通り抜けて南側の展望所に向かいます。
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南東の方向を望みます。左隅にサン.フランチェスコ.ディ.パオラ聖堂のドームが見えます。中央右寄りにサンタ.マリア.デリ.アンゲリ.ア.ピッツォ.ファルコーネ教会が見え、この教会の先に玉子城が隠れています。
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この方向で海の向こうには、半島先のソレントやカプリ島がある筈ですが靄で見えません。ソレントやカプリ島はいつかは訪れてみたい所です。
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少しカメラを左に振ると赤いレンガの王宮と白い壁面のサン.カルロ劇場正面が見えます。左端には、ガラスのドームのガッレリア.ウンベルトⅠ世も見えます。
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南西の方向です。
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南側の展望所から戻って、チェルトーザ.ディ.サン.マルティーノ修道院施設の中心になる教会から入ります。正面に主祭壇です。この修道院は、カルトゥシアン修道会に属しています。
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主祭壇の上部のフレスコ画「磔刑」です。画家は、イタリアのバロック期を代表する一人であるジョヴァンニ.ガスパーレ.ランフランコ(1582 - 1647)です。
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手前の祭壇側と後方の身廊側を繋げる天井画です。
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教会の身廊側の天井画です。
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身廊の天井画を拡大しました。
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教会の南側にある修道院の食堂です。ニコラ.マリンコニコ(1663 - 1721)の大きなキャンバス画があり、「カナの結婚式」が描かれています。彼は、バロック後期のナポリの画家でルカ.ジョルダーノの追随者とされ、主に宗教的な絵画をキャンバスに描きました。
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ほぼ正方形の面会室(Parlatorio)です。4面を撮影しました。壁面には、カルトゥシアン修道会の創設者でケルン出身の聖ブルーノ(1030頃 - 1101)のエピソードが描かれています。その上部には、キリストのエピソードが描かれています。
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教会の南隣りにあるチャプター.ルームです。ここは修道士が毎朝集まっていた部屋です。
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チャプター.ルームの天井画です。
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同じチャプター.ルームの天井と壁面の間の絵画です。
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教会を挟んで南側にある聖具室に入りました。天井画です。
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聖具室の北壁面で、奥は新宝物の礼拝堂(Cappella del Tesoro Nuovo)です。
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聖具室の壁面の下部は、2段になった木のモザイク画で飾られています。
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聖具室の南側の壁面上部に掲げられているイタリアのマニエリスムの画家カヴァリエレ.ダルピーノ(1568 - 1640)作の「磔刑」です。
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北端にある新宝物の礼拝堂です。主祭壇画は、1637年に製作されたカラヴァギズム派の画家ジュゼッペ.リベーラ(1591 - 1652)の「ピエタ」です。
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天井のフレスコ画は、ルカ.ジョルダーノ作の「ユーディットの勝利」です。
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一部を拡大しました。ホロフェルネスの首を掲げるユーディットです。
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こちらは天井から壁面に続くルネッタに描かれた絵です。
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中庭に出ました。だいぶ日が暮れました。
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「クチニエッロのキリスト降誕」の装飾です。この装飾は、12月初旬の降臨節から1月初旬の顕現祭の時期まで飾られ、キリストの降誕を祝うそうです。全世界のキリスト教社会では色々な飾りがあるようです。このナポリのクチニエッロの飾りには、173人の人々、7匹のブタ、1匹のウサギ、2匹のサル、42人の天使、10頭の馬、および300を超える小さな装飾品が含まれているそうです。余りにも混雑した飾りだったので、残念ながら降誕場面は写せませんでしたが、中央付近で特異な帽子を被った東方3博士は見つけられます。この近くで、何かの影で見えないようです。
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代わりに右下隅の家族を含む人々を拡大して撮りました。
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すでに6時半です。街に明かりが灯り始めました。入館前に眺めたサン.マルティーノ博物館前の展望所です。右側遠くにナポリ駅の北側にある官庁も含む高層ビル群が見えます。 丹下健三氏が設計したこの近代的な複合施設全体は、1995年に完成しました。その手前で青い屋根の建物は、スパッカ.ナポリのサンタ.キアラ教会です。
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サン.マルティーノ博物館がある丘から階段で下りて行きます。
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土曜日の夜なのでとても賑やかです。
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フニコラーレのピアッツァ.フーガ駅に着きました。
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次の発車は7時10分のようです。
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ホームの左側に昔の車両が展示してあります。車内も見学できるようですが、時間がなく入りませんでした。
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フニコラーレが上がって来ました。
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フニコラーレを降りてトレド通りを戻って行きます。通りの左手が(この写真の奥)スペイン地区です。
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トレド通りのこの人混みです。
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夜7時半ホテルに戻って来ました。部屋から下の通りを見下ろします。
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ムニチピオ広場の方を見下ろします。ネプチューンの像が写真の下に写っています。
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東南東、ヴェスビオ山の方向です。明日午後にはナポリを離れフィレンツェに移動します。
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