2014/04/20 - 2014/04/21
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JR大船渡線は岩手県の一ノ関駅から宮城県の気仙沼駅を経由して岩手県の盛(さかり)駅までを結ぶ長いローカル線です。このうち沿岸部の気仙沼-盛の間は東日本大震災の影響で鉄道での復旧を断念し、BRT(バス高速輸送システム)としてのスタートを切りました。
身軽なバスだからこその増発や新駅の設置などの利点がある反面、いまだ一部しか専用道化されていないため(2014年当時)、一般道区間では道路混雑による遅れなどが出ています。
そして何よりも地域のシンボルとしての鉄道を失うことには様々な思いがあったはずです。
鉄道の断念が決まった今となっては、BRTの利点をさらに伸ばして、発展して、地域にとっての明るい未来が開けることを願ってやみません。
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岩手県大船渡市にあるJR盛(さかり)駅。
左に見えるのが三陸鉄道南リアス線の盛駅。盛駅 駅
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駅に入るとBRT(Bus Rapid Transit:バス高速輸送システム)のポスターが大きく貼られていました。
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大船渡線は東日本大震災で全線で運転休止になりましたが、内陸部の一ノ関~気仙沼の間は震災後およそ1か月で運転再開しましたが、沿岸部の気仙沼~盛の間は復興の目途が立っていませんでした。JR東日本は早期の再開のために仮復旧として2012年3月にBRTとしての運転を始めました。
(BRTでの仮復旧を伝える駅の掲示)
(2020年3月現在の報道によると2020年4月1日付で鉄道事業としての廃止を予定(鉄道への復活は名実ともになくなる)) -
”改札口”にはバスの運行状況モニターがありました。
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改札口を入ると線路ははがされてバス専用道が整備されていました。
目の前のホームは降車専用。 -
乗車用ホームへ渡って。
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跨線橋を渡らずに緑の横断歩道を渡って行くことができるので階段の上り下りの必要がなくなって乗りやすくなりました。
写真左の白い柵の左側は三陸鉄道の線路です。 -
行き止まりになっている駅の奥で方向転換したバスがホームにやってきました。
バスそのものは普通の路線バスと同じ車体です。BRT大船渡線 (バス高速輸送システム) 乗り物
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盛駅を出発。しばらくは専用道が続いています。
左側に「S 地震」と書かれた標識は地震時にここで停止するという意味でしょうか? -
専用道を快適に走ります。
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専用道でのバス同士のすれ違いは駅などで行います。
そのため前方に信号のようなものがありました。 -
「S」の文字と三角形津波マークの標識。津波発生時にここで停止?
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線路があったトンネルも専用道に。
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細浦駅
細浦駅 駅
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BRT化とともに新設された碁石海岸口駅
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専用道は盛駅からおよそ13Kmの小友駅まで。ここから終点気仙沼までのおよそ30Kmは一般道を経由していました(2014年4月時点)
その後専用道区間も延伸され、新駅も設置されています。 -
津波被害の大きかった陸前高田市。
陸前高田駅 駅
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復興のかさ上げ工事のための土砂を運んだ巨大なベルトコンベアー。
全長3Kmもあったそうです。
2015年9月に役目を終え、今は撤去されています。 -
このバス、窓に貼られたステッカーが大きすぎて景色が大きく遮られるのはちょっと残念。
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終点気仙沼駅に到着。目立った渋滞はなかったのに10分ほど遅れての到着でした。
この当時は大船渡線BRTのバスは駅前のバス停に発着していました。
その後2015年3月に気仙沼 - 鹿折唐桑間のおよそ2Kmが専用道化され、駅の中にある専用道のホームに発着するようになっています。
沿線自治体は2015年12月に大船渡線の不通区間(気仙沼-盛)の鉄路の復活断念とBRTでの運転継続を受け入れ事実上のバス転換が決まりました。
そして2020年4月に鉄道としての廃止を迎えると名実ともにバス転換となってしまいます。 -
気仙沼駅からはJR大船渡線の「鉄道」区間に乗って一ノ関へ向かいます。
気仙沼では東日本大震災による津波と火災で大きな被害が出たそうですが、駅そのものは高台にあるため津波被害なかったように見えます。
しかし市街中心部の南気仙沼駅などは大きな被害が出たそうです。気仙沼駅 駅
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気仙沼駅構内では一部の線路がはがされてBRT(バス高速輸送システム)用の道路になっていました。
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跨線橋はありますが、
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バス専用道部分は横断歩道を渡ることができました。
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バス専用道を渡って大船渡線”列車”ホームへ。
JR大船渡線 (ドラゴンレール大船渡線) 乗り物
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大船渡線は東日本大震災で全線で運転休止になりましたが、内陸部の一ノ関~気仙沼の間は震災後およそ1か月で「鉄道として」運転再開しています。
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ボックスシートが並ぶ車内。
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気仙沼駅を出発して大川沿いを走ります。
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折壁駅
折壁駅 駅
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摺沢駅
摺沢駅 駅
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猊鼻渓駅が近づいてきました。
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猊鼻渓(げいびけい)駅。駅名板の半分以上が隠れちゃいました。
猊鼻渓駅 駅
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このあたりでも桜が咲いていました。
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対向列車と行き違い(陸中松川駅)
陸中松川駅 駅
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陸中門崎駅
陸中門崎駅 駅
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一ノ関駅に着きました。
一ノ関駅 駅
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一ノ関からは東北新幹線で東京へ帰ります。
東北新幹線 乗り物
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指定席を買ったけど車内はすいていました。
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車内販売があるとすぐに欲しくなるアイス。当時はまだありました。
カタイカタイあのアイス、今では東海道山陽新幹線だけ? -
やっぱり駅弁も。
アツアツ牛めし弁当。 -
下のひもを引っ張るとあったまるやつです。
やっぱり駅弁は車内で食べてこそです。
JR大船渡線は津波被害の有無によって、沿岸部と内陸部で対照的な姿を見せていました。
内陸部のこの区間、一見日常を取り戻したように見えましたが、沿岸の方々も利用する区間でもあり、表面に見える表情とは違ったご苦労がたくさんあったものとお察しします。
★★
3.11のこと。決して忘れてはならないと思います。
9年経った2020年でもいまだ日常を取り戻すことができない方がたくさんいらっしゃることをあらためて心に刻みます。
忘れてはならないけど
未来に向けて
被災地とか被災者とか帰還困難区域とか避難生活などの言葉を使わなくても済む日が一日も早く来ることを心から願います。
何よりも将来の世代の明るい未来のために。
【祈り~三陸の鉄道2014年春の記録】おわり
相次ぐ災害で犠牲になられた方のご冥福をお祈り申し上げます。
被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
一日も早く日常の生活を取り戻すことを願っています。
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https://4travel.jp/travelogue/11364943
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この旅行記へのコメント (3)
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- 毛利慎太朗さん 2020/03/13 19:33:13
- 震災9年にあたりコメント申し上げます。
- 10章にわたり、我が地元岩手県をご紹介頂きありがとうございました。
海鮮丼、和牛、うに弁当とてもおいしそうで、今後の旅の参考にさせていただきます。
三陸鉄道も昨年3月に全線復旧してこれからと言うときの10月に台風19号被害により、また不通を余儀なくされ、とても残念な気持ちになりました。
でも、今年の3月20日に復旧されると伺い大変うれしい気持ちになりました。
実のところ三陸鉄道も大船渡線とそのBRTもまだ未乗車なところは、岩手県民及び、鉄道ファンとしてお恥ずかしい限りで、コロナが落ち着いたらいってみたいですねえ。
(宮古は震災後に一回浄土が浜や田老の道の駅には行きましたが、そのとき三陸鉄道には乗ってなかったんですよね。)
来年も災害が起きれば、最悪廃線も考えられるので、早めに乗らねば~
さて、HAPPINさんは第2章で、震災当時のことを回顧されておりましたが、乾電池のくだりや、自分さえよければいいという今の風潮は今のコロナ(マスク品切れや紙製品デマ騒動)でも同じことが言えるんじゃないかなあと思い、激しく同意いたしました。
マスクや乾電池は最低限の備蓄も必要だし、ないときは分け与えるようになれれば、われわれの人間性も上がるのではないのではないかなあ、そうも感じました。
しかしながら、震災当時私の家も停電になり、一夜にして文化生活が崩壊したことに大変驚かされました。
- 毛利慎太朗さん からの返信 2020/03/13 20:04:46
- Re: 震災9年にあたりコメント申し上げます。
- (続き)
文化生活=電気、ガス、水道などのライフラインの整った現代の生活。
そう考えると、昔のひとは、井戸を川へ汲みにゆき、食べ物も自給自足、灯りも菜種油やろうそくですらも貴重品、暖をとるにも薪を割らねばならず、不便でありながらも、その不便を苦にせず逆に愉しんでいたくらいで、尊敬にあたいします。
われわれは文化生活を手にいれた代償に、自分で労力をかけてコトをなしとげようというサバイバルみたいな能力を失ったように思えます。
今のスマホでなんでもできる生活は大変に贅沢であるということを身をもって感謝せねば。
最後に駄文、長文失礼しました。
- HAPPINさん からの返信 2020/03/14 11:32:40
- RE: Re: 震災9年にあたりコメント申し上げます。
- 毛利慎太朗さん
10章に亘ってお読みくださって、しっかりとしたコメントまでいただきありがとうございました。
思えば訪れた時から6年も経っているのですが、あの時感じたことが、旅行記を書きながら蘇りました。
ひとりの旅人としての目線で書いた旅行記なので、地元の方がどう思うのか気になるところでしたが、岩手県の毛利さんからの感想を聞くことができてホッとしたのもまた事実です。
三陸鉄道、昨年の全線開通を受けて乗りに行こうと思っていた矢先の台風被害でした。
近々やっともうすぐみたびの復活ですが、今度は新型コロナでいつ行けるか悩んでします。
また、オリンピックが始まってしまったら国内は混雑で旅どころではないでしょうし。
腰を据えて、いずれ機会を作って乗りに行こうと思います。
その後、2017年2018年と岩手、宮城、福島三県を訪れる機会を得て、復興語り部さんの話を聞いたり、原発での帰還困難区域を通ったりと、色々と考える機会を与えてもらいました。
毛利さんのおっしゃるように、便利で快適な生活を享受している日常が決して当たり前ではないことを痛感する今日この頃です。
ありがとうございました。
Happin
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