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東日本大震災から3年経った2014年3月。震災で大きな痛手を受けた岩手県沿岸を走る三陸鉄道も全線復興まで1か月にせまっていました。<br />寸断された姿をこの目に留めておかねばという思いに駆られ、三陸鉄道北リアス線(当時)を訪ねました。<br />この当時は北リアス線の田野畑駅~小本駅の間が不通になっていたので途中代行バスを乗り継いで久慈駅から宮古駅へ向かいました。

祈り~三陸の鉄道2014年春の記録(2)全線復興直前の北リアス線と代行バスで宮古へ

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2014/03/14 - 2014/03/15

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HAPPIN

HAPPINさん

この旅行記スケジュールを元に

東日本大震災から3年経った2014年3月。震災で大きな痛手を受けた岩手県沿岸を走る三陸鉄道も全線復興まで1か月にせまっていました。
寸断された姿をこの目に留めておかねばという思いに駆られ、三陸鉄道北リアス線(当時)を訪ねました。
この当時は北リアス線の田野畑駅~小本駅の間が不通になっていたので途中代行バスを乗り継いで久慈駅から宮古駅へ向かいました。

旅行の満足度
5.0
  • 2014年3月14日。<br />三陸鉄道の北端となる久慈駅。

    2014年3月14日。
    三陸鉄道の北端となる久慈駅。

    久慈駅

  • JR久慈駅と隣接した独立駅舎を持っています。

    JR久慈駅と隣接した独立駅舎を持っています。

  • 駅の中にある三陸リアス亭で昼食のおそばを頂きました。<br />大人気のうに弁当は売切れていたので翌日分を予約しておきました。

    駅の中にある三陸リアス亭で昼食のおそばを頂きました。
    大人気のうに弁当は売切れていたので翌日分を予約しておきました。

    三陸リアス亭 グルメ・レストラン

  • こんなノートも置かれていました。

    こんなノートも置かれていました。

  • 三陸鉄道きっぷ売り場。

    三陸鉄道きっぷ売り場。

  • 震災から3年経ったこの当時。<br />復興まだまだ道半ば。

    震災から3年経ったこの当時。
    復興まだまだ道半ば。

  • 2014年3月時点では久慈駅発の列車はすべて田野畑止まりでした。<br />この当時の三陸鉄道は北リアス線(久慈~宮古)と南リアス線(釜石~大船渡)に分かれていて途中の宮古~釜石のJR山田線は震災以来運転できない状態が続いていました。<br />また北リアス線も途中の田野畑~小本間が不通区間でバスによる連絡輸送になっていました。

    2014年3月時点では久慈駅発の列車はすべて田野畑止まりでした。
    この当時の三陸鉄道は北リアス線(久慈~宮古)と南リアス線(釜石~大船渡)に分かれていて途中の宮古~釜石のJR山田線は震災以来運転できない状態が続いていました。
    また北リアス線も途中の田野畑~小本間が不通区間でバスによる連絡輸送になっていました。

  • 駅の顔出し看板。

    駅の顔出し看板。

  • 大ブレークしたNHK朝ドラ「あまちゃん」の中で「北三陸駅」として登場したのがここ久慈駅です。<br />

    大ブレークしたNHK朝ドラ「あまちゃん」の中で「北三陸駅」として登場したのがここ久慈駅です。

  • 三陸鉄道北リアス線田野畑行き。

    三陸鉄道北リアス線田野畑行き。

    三陸鉄道 リアス線 乗り物

  • 北リアス線はこの当時田野畑~小本の2駅間が復旧途中でした。

    北リアス線はこの当時田野畑~小本の2駅間が復旧途中でした。

  • たったの1両の列車。

    たったの1両の列車。

  • お見送りを受けて発車します。<br />三陸鉄道の関係者の方々の「思い」が伝わってくる出発風景でした。

    お見送りを受けて発車します。
    三陸鉄道の関係者の方々の「思い」が伝わってくる出発風景でした。

  • 車内には「あまちゃん」でお馴染みの「じぇじぇじぇ」のセリフ。

    車内には「あまちゃん」でお馴染みの「じぇじぇじぇ」のセリフ。

  • すいている車内。<br />このまま田野畑駅へ向かいます。<br />★久慈~田野畑の沿線の様子は帰りに乗る時にまとめてレポートします。

    すいている車内。
    このまま田野畑駅へ向かいます。
    ★久慈~田野畑の沿線の様子は帰りに乗る時にまとめてレポートします。

  • 田野畑駅に到着<br />ここから小本駅までは連絡バスに乗換えました。

    田野畑駅に到着
    ここから小本駅までは連絡バスに乗換えました。

    田野畑駅

  • 田野畑駅前。

    田野畑駅前。

  • 岩手県北バスで小本駅へ向かいます。<br />連絡バスと書きましたが、列車代行としての運転ではないので別運賃が必要でした。

    岩手県北バスで小本駅へ向かいます。
    連絡バスと書きましたが、列車代行としての運転ではないので別運賃が必要でした。

    岩手県北バス 乗り物

  • 三陸鉄道を模した水門。<br />「さんてつ」への沿線の思いが伝わりってきます。

    三陸鉄道を模した水門。
    「さんてつ」への沿線の思いが伝わりってきます。

  • バスは山深い区間を走ります。<br />列車だとトンネルであっという間に通り抜けるんだろうけど。

    バスは山深い区間を走ります。
    列車だとトンネルであっという間に通り抜けるんだろうけど。

  • およそ30分くらいかかって小本駅前に到着しました。

    およそ30分くらいかかって小本駅前に到着しました。

  • 小本駅の建物は観光センターになっていました。<br />(小本駅は2015年に岩泉小本駅に改称されました)

    小本駅の建物は観光センターになっていました。
    (小本駅は2015年に岩泉小本駅に改称されました)

    岩泉小本駅

  • 中には小さな売店がありました。

    中には小さな売店がありました。

  • 全線運転再開が近づいていたこの当時。<br />三陸鉄道を盛りあげようというパンフレットが痛いほど心に沁みました。

    全線運転再開が近づいていたこの当時。
    三陸鉄道を盛りあげようというパンフレットが痛いほど心に沁みました。

  • がんばってます!

    がんばってます!

  • みんな頑張ってます。<br />

    みんな頑張ってます。

  • 早めにホームに上がってみると宮古行きはすでに停車中でした。

    早めにホームに上がってみると宮古行きはすでに停車中でした。

  • この時点では不通になっていた田野畑方向の線路。<br />運転再開まで1カ月を切って準備が整えられていました。

    この時点では不通になっていた田野畑方向の線路。
    運転再開まで1カ月を切って準備が整えられていました。

  • 三陸鉄道を守る方々が支えています。

    三陸鉄道を守る方々が支えています。

  • 少しすると久慈駅からの車内でも見かけたご婦人がホームにやってきて海の方向を見ながら「XXちゃん・・・・・」と言って突然泣き崩れました。<br />咄嗟のことでもあり、私にはどうしたらいいのかもわかりませんでした。<br />ただ、そっとティッシュを差し出し、<br />「思いっきり泣きましょうね。つらい時は。・・・・・。みんなで一緒に頑張りましょうね。」<br />とだけしか言えず、ご婦人を一人にしてあげるために、少し離れた場所に移動し、海の方に向かって手を合わせてただただ祈りを捧げました。<br />(写真はその日の夕方に撮った三陸の海のイメージ写真です。)<br /><br />★★★★★<br />2011年のあの日。東京の職場にいたわたしは今までに経験したこともない震度5強という揺れにさらされ、帰宅難民のひとりとなりました。<br />でも、その時はまだ知りませんでした。予想をはるかに超えたあんな被害が東北で出ていたことを。<br /> <br />一瞬にして家を、家族を、命を、生活を奪われた方々のことを思うと心がぎゅっと押しつぶされそうな気持になります。いまでも。<br /> <br />首都圏でも影響は広がり、原発事故による計画停電で通勤通学電車は本数を減らされて毎日大混雑。時には電車に乗れるまで2時間近くも駅で並んで待ったこともありました。職場では節電のために暖房なしで、室内なのにあまりの寒さにコートを着たまま仕事をしていました。(あの年は3月になっても寒い日が続いていました)<br /> 自宅近くのスーパーでは、食料品が買い占められて棚の商品がなくなって、レジも長蛇の列。まるで旧共産圏のような、物のない社会を思い出させる光景に、いつまでこんな日々が続くのだろうと暗澹とした気持ちになったものでした。<br /> いつ停まるかわからない電気に懐中電灯用の乾電池の買い占めもあって極端に品薄になり、足元を見た一部のならず者がネットで乾電池を5千円とか1万円とかで売り出す始末。<br />こんな時でも自分さえよければいいという人がいるのには、もううんざりでした。<br />とはいっても震災被害で苦しむ方々のために大小問わず助けになる行動を起こしていた人の方が圧倒的に多いのですが。<br /> <br />首都圏でもこうなのですから、大きな被害を受けた東北の方々はどんな思いで暮らしているのだろうと思うとさらに心が痛くなりました。<br />無力なわたしがあの時「すぐに」できたことと言えば、義援金の募集に応じることくらいしかありませんでした。<br />★★★<br /><br />*****<br />ここからは「個人としての感想」なので興味のない方は読み飛ばして次の写真へ進んで下さい<br /><br />あれから9年。多くの災害に見舞われてきた日本。そして世界。<br />平穏な日常を願う気持ちは誰しも同じことです。<br />「人様の痛み」に共感し、手を差し伸べようとする温かい人々の輪が広がりました。<br /><br />その一方で、その対極には強い憂いもあります。<br /><br />2019年11月に来日したローマ教皇(法王)フランシスコ氏による東日本大震災被災者との集いでの演説の中で。<br />「私たちに最も影響する悪の一つは、無関心の文化です。」とフランシスコ教皇は述べておられます。<br />「ただ利己的な決断は下せないこと」、「未来の世代に対して大きな責任があること」とも述べておられます。<br /><br />私は特定の宗教のみを信ずるものではありませんが、<br />人々の心を覆う暗雲のような不安感。そして、心の豊かさが益々失われていくことに一抹の不安を感じます。<br />片隅に追いやられて希望を失い、「生きづらい」と思う人々がジワリジワリと増えているような気がしてなりません。<br />わたしもそのひとりなのかも知れません。<br />*****

    少しすると久慈駅からの車内でも見かけたご婦人がホームにやってきて海の方向を見ながら「XXちゃん・・・・・」と言って突然泣き崩れました。
    咄嗟のことでもあり、私にはどうしたらいいのかもわかりませんでした。
    ただ、そっとティッシュを差し出し、
    「思いっきり泣きましょうね。つらい時は。・・・・・。みんなで一緒に頑張りましょうね。」
    とだけしか言えず、ご婦人を一人にしてあげるために、少し離れた場所に移動し、海の方に向かって手を合わせてただただ祈りを捧げました。
    (写真はその日の夕方に撮った三陸の海のイメージ写真です。)

    ★★★★★
    2011年のあの日。東京の職場にいたわたしは今までに経験したこともない震度5強という揺れにさらされ、帰宅難民のひとりとなりました。
    でも、その時はまだ知りませんでした。予想をはるかに超えたあんな被害が東北で出ていたことを。

    一瞬にして家を、家族を、命を、生活を奪われた方々のことを思うと心がぎゅっと押しつぶされそうな気持になります。いまでも。

    首都圏でも影響は広がり、原発事故による計画停電で通勤通学電車は本数を減らされて毎日大混雑。時には電車に乗れるまで2時間近くも駅で並んで待ったこともありました。職場では節電のために暖房なしで、室内なのにあまりの寒さにコートを着たまま仕事をしていました。(あの年は3月になっても寒い日が続いていました)
    自宅近くのスーパーでは、食料品が買い占められて棚の商品がなくなって、レジも長蛇の列。まるで旧共産圏のような、物のない社会を思い出させる光景に、いつまでこんな日々が続くのだろうと暗澹とした気持ちになったものでした。
    いつ停まるかわからない電気に懐中電灯用の乾電池の買い占めもあって極端に品薄になり、足元を見た一部のならず者がネットで乾電池を5千円とか1万円とかで売り出す始末。
    こんな時でも自分さえよければいいという人がいるのには、もううんざりでした。
    とはいっても震災被害で苦しむ方々のために大小問わず助けになる行動を起こしていた人の方が圧倒的に多いのですが。

    首都圏でもこうなのですから、大きな被害を受けた東北の方々はどんな思いで暮らしているのだろうと思うとさらに心が痛くなりました。
    無力なわたしがあの時「すぐに」できたことと言えば、義援金の募集に応じることくらいしかありませんでした。
    ★★★

    *****
    ここからは「個人としての感想」なので興味のない方は読み飛ばして次の写真へ進んで下さい

    あれから9年。多くの災害に見舞われてきた日本。そして世界。
    平穏な日常を願う気持ちは誰しも同じことです。
    「人様の痛み」に共感し、手を差し伸べようとする温かい人々の輪が広がりました。

    その一方で、その対極には強い憂いもあります。

    2019年11月に来日したローマ教皇(法王)フランシスコ氏による東日本大震災被災者との集いでの演説の中で。
    「私たちに最も影響する悪の一つは、無関心の文化です。」とフランシスコ教皇は述べておられます。
    「ただ利己的な決断は下せないこと」、「未来の世代に対して大きな責任があること」とも述べておられます。

    私は特定の宗教のみを信ずるものではありませんが、
    人々の心を覆う暗雲のような不安感。そして、心の豊かさが益々失われていくことに一抹の不安を感じます。
    片隅に追いやられて希望を失い、「生きづらい」と思う人々がジワリジワリと増えているような気がしてなりません。
    わたしもそのひとりなのかも知れません。
    *****

  • 話を元に戻して旅を続けます。<br />宮古行き列車に乗ります。<br />

    話を元に戻して旅を続けます。
    宮古行き列車に乗ります。

    三陸鉄道 リアス線 乗り物

  • さきほどのご婦人も乗り込んで来ました

    さきほどのご婦人も乗り込んで来ました

  • 摂待駅。高台にあることで津波被害を免れたのでしょうか。

    摂待駅。高台にあることで津波被害を免れたのでしょうか。

    摂待駅

  • 沿線には津波の爪痕が生々しく。

    沿線には津波の爪痕が生々しく。

  • 自然の前では人間の力なんてちっぽけなもの。<br />だからこそ、人と人が、組織と組織が、国と国が争うことに注ぐ力を、もっともっと災害対策に、人々の幸せのために使う必要があるという思いを強くします。<br />

    自然の前では人間の力なんてちっぽけなもの。
    だからこそ、人と人が、組織と組織が、国と国が争うことに注ぐ力を、もっともっと災害対策に、人々の幸せのために使う必要があるという思いを強くします。

  • 山側の景色。<br />

    山側の景色。

  • 宮古駅に到着しました。

    宮古駅に到着しました。

  • 2014年時点では三陸鉄道北リアス線の南側の終点でした。<br />

    2014年時点では三陸鉄道北リアス線の南側の終点でした。

    宮古駅

  • ポップな三陸鉄道の車両。

    ポップな三陸鉄道の車両。

  • 三陸鉄道の宮古駅。<br />改札口を出るときに先ほどのご婦人が近づいてきて<br />「ありがとう」と力強く言って歩き去っていきました。<br />今日の出来事がご婦人のグリーフワークの一つになったことを願うとともに、わたしにとっても生きていかなければという気持ちを強くするきっかけを頂く出来事となりました。

    三陸鉄道の宮古駅。
    改札口を出るときに先ほどのご婦人が近づいてきて
    「ありがとう」と力強く言って歩き去っていきました。
    今日の出来事がご婦人のグリーフワークの一つになったことを願うとともに、わたしにとっても生きていかなければという気持ちを強くするきっかけを頂く出来事となりました。

  • 少しだけ駅前を歩きます。<br />ここからさらに5~6分海側に行った所では大きな津波被害が出たそうです。<br /><br />(つづく)

    少しだけ駅前を歩きます。
    ここからさらに5~6分海側に行った所では大きな津波被害が出たそうです。

    (つづく)

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この旅行記へのコメント (2)

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  • アルカロイド ダリルさん 2023/01/21 16:34:28
    震災の爪痕

    こんにちわ! HAPPINさん

    あの日、水蒸気爆発後、年寄りを連れて2日かけて福島県から弟のいる埼玉に来て、スーパーで買い漁る首都圏の方々を見て、泣き崩れそうになりました

    「あんたたちが買い占めるから、被災地には物資がナイんだよ」の、言葉を飲み込み、妻子が関西に避難した弟の夕食のために、売れ残りをかき集めてました

    幸いなことに肉親の被害はほとんどなく、家も職も失わなかったのですが、ダリルも時差で故郷を追われて、神奈川県に来ました

    生まれ故郷で過ごそうにも、若者は逃げてしまい、自分の老後サバイバルは、原発地から来た、東京電力の保証金をシコたま持った人たちに、介護資源を買い占められてしまいました! ビタ一文も住民税を払ってない移住者たちに、ダリルの未来は追い出されてしまいました

    災害からの復活って、むーりー! でも、HAPPINさんみたいに、忘れないでくれたら、うれしいなぁ~

    明日は中華街のカフェの3階で、マッサージのバイトのダリル

    HAPPIN

    HAPPINさん からの返信 2023/01/21 17:05:26
    Re: 震災の爪痕
    ダリルさん、こんばんは。
    さっそくのコメントありがとうございます。

    あの時の出来事。様々な人々に直接、間接的に、様々な形で影響を及ぼしました。
    って書いてますが、今回の旅行記の引用でこの記事を読み返してみて。
    あらためてあの時の思いが蘇って来たのが本当のところです。

    すぐに忘れて、わがままになってしまう。
    そんな自分のためにも、この旅行記がとてもいい戒め的な備忘録になっているんだな、とあらためて思います。

    ダリルさんの、
    語られているコメントの文面から、お察しして、共感することくらいしかできませんが。
    慮ることくらいしかできないもどかしさがあります。

    もうすぐ12年、早いと思う人もいれば長かったと思う人もいらっしゃるのでしょうね。

    せめてほんのちょっぴりでもいいから、笑顔で暮らしたい、そう思うのは悪いことではないはずなんだけど、それを許してくれない人も世の中には!?

    ところで
    神奈川県へようこそ、お越しくださいました。
    と言ってる私も幼少期に流れて来たんですが。
    これからもよろしくお願いいたします。

    ありがとうございました。

    Happin

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