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チェスキークルムロフの続きです。城の第四の中庭以降の観光は旅程に入っていないので行かないという添乗員の主張に対し、私と一人参加の26歳の女性とで「旅程表には城の観光と書いてある。第四の中庭以降も城の範囲だ。第五の中庭にある展望所に行かずして城の観光とは言わない。」と抗議しましたが「この後観光予定の場所があるから。」との理由で添乗員には受け入れられませんでした。<br />こうして我々は旧市内の観光に移りました。<br /><br />6月25日の旅程<br /><br />プラハーテルチーチェスキーブティヨヴィツェ(昼食)-チェスキークルムロフ(泊)<br />

駆け足で巡る中欧5カ国の旅 11 再びのチェスキークルムロフ 2 夕暮れのチェスキークルムロフ

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2017/06/21 - 2017/06/29

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旅行記グループ 駆け足で巡る中欧5か国の旅

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ポポポ

ポポポさん

チェスキークルムロフの続きです。城の第四の中庭以降の観光は旅程に入っていないので行かないという添乗員の主張に対し、私と一人参加の26歳の女性とで「旅程表には城の観光と書いてある。第四の中庭以降も城の範囲だ。第五の中庭にある展望所に行かずして城の観光とは言わない。」と抗議しましたが「この後観光予定の場所があるから。」との理由で添乗員には受け入れられませんでした。
こうして我々は旧市内の観光に移りました。

6月25日の旅程

プラハーテルチーチェスキーブティヨヴィツェ(昼食)-チェスキークルムロフ(泊)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
3.5
同行者
一人旅
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
阪急交通社
  • チェスキークルムロフ城の掘割に架けられた石橋を渡り第一の中庭に出ましたが、城の入り口の赤い門は通らずにフラーデックを右に見ながら掘割沿いに歩き、そこから下り階段の小道(ザーメッカー・スホディー通り)を進みました。<br />その階段を降りたところが旧市街のラトラーン通り、城のある地区のメインストリートです。<br />写真は丁度階段の小道とトラトラーン通りの合流点。<br />この下り階段の小道は旧市街に降りるには最短コースの道です。急いで旧市街に戻る場合にはかなり時間短縮できますので、必要に応じて使用してみてはどうでしょうか。

    チェスキークルムロフ城の掘割に架けられた石橋を渡り第一の中庭に出ましたが、城の入り口の赤い門は通らずにフラーデックを右に見ながら掘割沿いに歩き、そこから下り階段の小道(ザーメッカー・スホディー通り)を進みました。
    その階段を降りたところが旧市街のラトラーン通り、城のある地区のメインストリートです。
    写真は丁度階段の小道とトラトラーン通りの合流点。
    この下り階段の小道は旧市街に降りるには最短コースの道です。急いで旧市街に戻る場合にはかなり時間短縮できますので、必要に応じて使用してみてはどうでしょうか。

  • ラトラーン通りです。右の建物は元聖ヨシュト教会(マリオネット博物館)で丁度階段を降りたところの反対側にあります。<br />城の中にいる時に雨が降り始めましたが、この辺りから雨が強くなりました。<br /><br /><br />

    ラトラーン通りです。右の建物は元聖ヨシュト教会(マリオネット博物館)で丁度階段を降りたところの反対側にあります。
    城の中にいる時に雨が降り始めましたが、この辺りから雨が強くなりました。


  • 床屋橋(ラゼブニッキー橋)の手前から見たフラーデック。雨模様なのでスグラフィット装飾の装飾が陰っていました。

    床屋橋(ラゼブニッキー橋)の手前から見たフラーデック。雨模様なのでスグラフィット装飾の装飾が陰っていました。

    チェスキークルムロフ城 城・宮殿

  • 床屋橋を渡り、ラドニチュニー通りを通ってスヴォルノスティ広場にやってきました。<br />広場の北には市庁舎があります。昨年(2016年7月)に訪れた時は改装中で、建物全体に工事用ネットが掛けられていて壁の紋章は見れませんでしたが、今年は修復されて奇麗な建物に生まれ変わっていました。<br />紋章もはっきり見えました。<br />建物の1階は警察署、市庁舎の右隣りには観光案内所があります。昨年写真を撮っているので観光案内所の写真はありません。

    床屋橋を渡り、ラドニチュニー通りを通ってスヴォルノスティ広場にやってきました。
    広場の北には市庁舎があります。昨年(2016年7月)に訪れた時は改装中で、建物全体に工事用ネットが掛けられていて壁の紋章は見れませんでしたが、今年は修復されて奇麗な建物に生まれ変わっていました。
    紋章もはっきり見えました。
    建物の1階は警察署、市庁舎の右隣りには観光案内所があります。昨年写真を撮っているので観光案内所の写真はありません。

    スヴォルノステイ広場 広場・公園

  • 市庁舎の壁の紋章を見てみましょう。ここには領主の紋章やチェスキークルムロフの紋章が描かれています。左端からエッゲンベルク家の紋章、次のライオンはチェコの紋章、シュヴァルツェンベルク家の紋章、下はチェスキークルムロフの紋章です。<br />この中で一番目を引くのがシュヴァルツェンベルク家の紋章ですね。カラスがトルコ人の生首を突っついています。なんとも血な臭い紋章ですが、それには次のような由来があります。<br />シュヴァルツェンベルク家はチェコがオスマントルコの侵略を受けた時に功績があったそうで、そのことでカラスとトルコ人の生首を紋章に加えたそうです。<br />当時の中欧諸国ではオスマントルコ皇帝の使者を生きたまま串刺しにしてさらしたり、皇帝の勅使の首を跳ねて蜂蜜漬けにしてトルコ皇帝に送り返したり、使者がトルコ帽を脱がなかったのが不敬だと首をきりおとしたりなど、オスマントルコに対する憎悪は枚挙に暇がありません。<br />当時のキリスト教国、特に中欧諸国の怨念は凄まじいものがありました。<br />当時のハンガリー王ラヨシュ2世はオスマントルコ皇帝スレイマン1世の勅使の首を跳ね蜂蜜漬けにしてスレイマン皇帝に送り返したことが逆鱗に触れ、ハンガリー進行の直因になったそうです。<br />その結果バルカン半島の大部分がオスマン帝国の領土になりました。

    市庁舎の壁の紋章を見てみましょう。ここには領主の紋章やチェスキークルムロフの紋章が描かれています。左端からエッゲンベルク家の紋章、次のライオンはチェコの紋章、シュヴァルツェンベルク家の紋章、下はチェスキークルムロフの紋章です。
    この中で一番目を引くのがシュヴァルツェンベルク家の紋章ですね。カラスがトルコ人の生首を突っついています。なんとも血な臭い紋章ですが、それには次のような由来があります。
    シュヴァルツェンベルク家はチェコがオスマントルコの侵略を受けた時に功績があったそうで、そのことでカラスとトルコ人の生首を紋章に加えたそうです。
    当時の中欧諸国ではオスマントルコ皇帝の使者を生きたまま串刺しにしてさらしたり、皇帝の勅使の首を跳ねて蜂蜜漬けにしてトルコ皇帝に送り返したり、使者がトルコ帽を脱がなかったのが不敬だと首をきりおとしたりなど、オスマントルコに対する憎悪は枚挙に暇がありません。
    当時のキリスト教国、特に中欧諸国の怨念は凄まじいものがありました。
    当時のハンガリー王ラヨシュ2世はオスマントルコ皇帝スレイマン1世の勅使の首を跳ね蜂蜜漬けにしてスレイマン皇帝に送り返したことが逆鱗に触れ、ハンガリー進行の直因になったそうです。
    その結果バルカン半島の大部分がオスマン帝国の領土になりました。

  • 次はセミナールニー庭園から見た旧市街とチェスキークルムロフ城の景色。<br />セミナール庭園は地域博物館の敷地内にある小さな庭園で、僅かな芝生がある名ばかりの庭園です。<br />ここの敷地からの眺望はすばらしく、旧市街のビューポイントに挙げられています。<br />確かに展望のいい所ですがチェスキークルムロフはどこから見ても絵になる町。私が特にお勧めしたいのは第一が城内第五の中庭の展望所、2番目が城の塔からの景色、3番目は旧市街の外、東側の高台の駐車場からの景色、そしてここは4番目でしょうか。<br />実は翌朝これらの所よりも遥かに素晴らしい展望地点を見つけたので次の旅行記でご紹介します。

    次はセミナールニー庭園から見た旧市街とチェスキークルムロフ城の景色。
    セミナール庭園は地域博物館の敷地内にある小さな庭園で、僅かな芝生がある名ばかりの庭園です。
    ここの敷地からの眺望はすばらしく、旧市街のビューポイントに挙げられています。
    確かに展望のいい所ですがチェスキークルムロフはどこから見ても絵になる町。私が特にお勧めしたいのは第一が城内第五の中庭の展望所、2番目が城の塔からの景色、3番目は旧市街の外、東側の高台の駐車場からの景色、そしてここは4番目でしょうか。
    実は翌朝これらの所よりも遥かに素晴らしい展望地点を見つけたので次の旅行記でご紹介します。

    セミナールニー庭園 広場・公園

  • セキナールニー庭園の次は聖ヴィート教会の観光。<br />写真はホルニー通りの路地から見えたチェスキークルムロフ城の塔です。

    セキナールニー庭園の次は聖ヴィート教会の観光。
    写真はホルニー通りの路地から見えたチェスキークルムロフ城の塔です。

    城の塔 (城の博物館) 建造物

  • 次は聖ヴィート教会へ。<br />1439年に建てられたゴシック様式の教会で、旧市街で最も大きな教会です。<br />ここにはローゼンベルク家の領主夫妻が埋葬されているそうですが、吸血鬼伝説のエレオノラ・エマリエ公爵夫人もこの教会の敷地に埋葬されています。<br />エレオノラ・エマリエ夫人はシュヴァルツェンベルク家の領主アダム・フランツ公爵の妻でした。<br />公爵夫人は大変美しく社交界の華だったそうですが子供にはなかなか恵まれませんでした。当時オオカミの乳は「子供を宿す力がある」と信じられていましたが、一方でオオカミは「悪魔の仲間」と考えられていたためオオカミの乳に手を出す女性はいませんでした。ところが彼女は子供を授かりたい為に当時居住していたチェスキークルムロフ城にオオカミを集めさせその乳を飲んでいたそうです。<br />彼女は禁断の手法に手を染めてオオカミの乳を飲み続け、ついに41歳の時に男の子を授かりました。ところがその後運悪く夫である公爵が急死してしまうと、親族から「悪魔を信じる女に子供を任せてはおけない。」と子供と離れ離れにされてしまいました。<br />彼女は深い悲しみから病に侵されてしまい、怪しげな薬を買い求めるようになりました。<br />さらに病気の原因が分からない内医師たちからは「悪魔の力に頼った報いで吸血鬼になる病気にかかっている」と診断されました。<br />こうして悪魔の力を信じる女として気味悪がられ、挙句の果てに吸血鬼にされてしまったのです。<br />彼女はウィーンで孤独な生涯を終わりますが、公爵家の墓には埋葬されずチェスキークルムロフに運ばれて聖ヴィート教会の敷地の一隅に埋葬されました。<br />埋葬時は死後再び復活しないように心臓に杭を打たれて埋葬されたとも、死後遺体は解剖され吸血鬼として蘇るのを防ぐために心臓にとどめを刺す儀式を行ったとも言われています。<br />葬儀に際しては公爵家の人々も、息子も参列しませんでした。いずれにしても不幸な夫人の痛ましい物語です。<br />チェスキークルムロフ城のガイドツアー2で彼女の肖像画や、生活していた部屋を見ることができます。<br /><br />

    次は聖ヴィート教会へ。
    1439年に建てられたゴシック様式の教会で、旧市街で最も大きな教会です。
    ここにはローゼンベルク家の領主夫妻が埋葬されているそうですが、吸血鬼伝説のエレオノラ・エマリエ公爵夫人もこの教会の敷地に埋葬されています。
    エレオノラ・エマリエ夫人はシュヴァルツェンベルク家の領主アダム・フランツ公爵の妻でした。
    公爵夫人は大変美しく社交界の華だったそうですが子供にはなかなか恵まれませんでした。当時オオカミの乳は「子供を宿す力がある」と信じられていましたが、一方でオオカミは「悪魔の仲間」と考えられていたためオオカミの乳に手を出す女性はいませんでした。ところが彼女は子供を授かりたい為に当時居住していたチェスキークルムロフ城にオオカミを集めさせその乳を飲んでいたそうです。
    彼女は禁断の手法に手を染めてオオカミの乳を飲み続け、ついに41歳の時に男の子を授かりました。ところがその後運悪く夫である公爵が急死してしまうと、親族から「悪魔を信じる女に子供を任せてはおけない。」と子供と離れ離れにされてしまいました。
    彼女は深い悲しみから病に侵されてしまい、怪しげな薬を買い求めるようになりました。
    さらに病気の原因が分からない内医師たちからは「悪魔の力に頼った報いで吸血鬼になる病気にかかっている」と診断されました。
    こうして悪魔の力を信じる女として気味悪がられ、挙句の果てに吸血鬼にされてしまったのです。
    彼女はウィーンで孤独な生涯を終わりますが、公爵家の墓には埋葬されずチェスキークルムロフに運ばれて聖ヴィート教会の敷地の一隅に埋葬されました。
    埋葬時は死後再び復活しないように心臓に杭を打たれて埋葬されたとも、死後遺体は解剖され吸血鬼として蘇るのを防ぐために心臓にとどめを刺す儀式を行ったとも言われています。
    葬儀に際しては公爵家の人々も、息子も参列しませんでした。いずれにしても不幸な夫人の痛ましい物語です。
    チェスキークルムロフ城のガイドツアー2で彼女の肖像画や、生活していた部屋を見ることができます。

    聖ヴィート教会 寺院・教会

  • 教会内部の様子。主祭壇と左には説教壇がありました。<br />ゴシック様式なので教会内部は簡素です。

    教会内部の様子。主祭壇と左には説教壇がありました。
    ゴシック様式なので教会内部は簡素です。

  • 主祭壇です。教会右の壁には宗教絵画が飾られています。

    主祭壇です。教会右の壁には宗教絵画が飾られています。

  • 右の壁には古いフレスコ画が残されていました。建設された15世紀初頭のものでしょうか。

    右の壁には古いフレスコ画が残されていました。建設された15世紀初頭のものでしょうか。

  • 教会右隅にある祭壇。

    教会右隅にある祭壇。

  • 教会の後ろにはパイプオルガン。

    教会の後ろにはパイプオルガン。

  • 教会左側には祭壇がありましたが、どのような祭壇だったのかは記憶にありません。<br />濃いピンク色の入り口や壁が美しかったので写真を写したのですが、中の様子は思い出せませんでした。・・・プチ認知症かも。

    教会左側には祭壇がありましたが、どのような祭壇だったのかは記憶にありません。
    濃いピンク色の入り口や壁が美しかったので写真を写したのですが、中の様子は思い出せませんでした。・・・プチ認知症かも。

  • 教会の入り口ですが、ここも非常にシンプルでした。

    教会の入り口ですが、ここも非常にシンプルでした。

  • 次はスヴォルノスティ広場、広場の片隅にはペスト記念柱がありました。<br />先程まで降っていた雨は止み薄日が差し込んでいる個所もありますが、ペスト記念柱の周辺はまだ日差しが差し込んでいません。

    次はスヴォルノスティ広場、広場の片隅にはペスト記念柱がありました。
    先程まで降っていた雨は止み薄日が差し込んでいる個所もありますが、ペスト記念柱の周辺はまだ日差しが差し込んでいません。

    スヴォルノステイ広場 広場・公園

  • 次はシロカー通りにある「エゴン・シーレ・アートセンター」へ。<br />エゴン・シーレはクリムトと同じくウィーン派と呼ばれた画家。象徴派や表現主義に影響を受けつつ独自の画風を追求した画家だそうです。<br />若い頃はクリムトの全面的な経済支援に支えられていました。<br />ウィーンのベルベデーレ宮殿の美術館にはクリムトの作品とともにエゴン・シーレの作品がいくつも展示されています。<br />

    次はシロカー通りにある「エゴン・シーレ・アートセンター」へ。
    エゴン・シーレはクリムトと同じくウィーン派と呼ばれた画家。象徴派や表現主義に影響を受けつつ独自の画風を追求した画家だそうです。
    若い頃はクリムトの全面的な経済支援に支えられていました。
    ウィーンのベルベデーレ宮殿の美術館にはクリムトの作品とともにエゴン・シーレの作品がいくつも展示されています。

    エゴン シーレ アートセンター 博物館・美術館・ギャラリー

  • ここがアートセンターの入り口。1階の入り口付近は無料で入ることができます。<br />エゴン・シーレはウィーン近郊の街に生まれますが、チェスキークルムロフを第二の故郷として愛し、恋人と一時この町に居住していました。<br />シーレの母親がチェスキークルムロフ生まれだということもあり、この町にアートセンターが設立されました。

    ここがアートセンターの入り口。1階の入り口付近は無料で入ることができます。
    エゴン・シーレはウィーン近郊の街に生まれますが、チェスキークルムロフを第二の故郷として愛し、恋人と一時この町に居住していました。
    シーレの母親がチェスキークルムロフ生まれだということもあり、この町にアートセンターが設立されました。

    エゴン シーレ アートセンター 博物館・美術館・ギャラリー

  • 1階の様子。写真はエゴン・シーレの作品の一部。但しこれは複製です。

    1階の様子。写真はエゴン・シーレの作品の一部。但しこれは複製です。

  • アートセンターの外壁には彼の作品とセンターの案内が貼られていました。<br />これで市内観光は終了。添乗員より簡単な説明はあったものの、ガイドのいない市内観光はあっという間に終わりました。<br />この後はレストランで食事をしてホテルに行き、カギを受け取ったらその後は自由行動です。<br />城のライトアップを見に行きましょう。午後の城の観光では第三の中庭までしか行かなかったので、そのあとの庭をもう一度見ておきたいと思います。

    アートセンターの外壁には彼の作品とセンターの案内が貼られていました。
    これで市内観光は終了。添乗員より簡単な説明はあったものの、ガイドのいない市内観光はあっという間に終わりました。
    この後はレストランで食事をしてホテルに行き、カギを受け取ったらその後は自由行動です。
    城のライトアップを見に行きましょう。午後の城の観光では第三の中庭までしか行かなかったので、そのあとの庭をもう一度見ておきたいと思います。

  • シロカー通りです。チェスキークルムロフで最も街並みが美しいと言われる通りです。<br />我々はエゴン・シーレ・アートセンターがあるシロカー通りを歩きながらホテルに向かいました。

    シロカー通りです。チェスキークルムロフで最も街並みが美しいと言われる通りです。
    我々はエゴン・シーレ・アートセンターがあるシロカー通りを歩きながらホテルに向かいました。

  • シロカー通りです。シロカー通りはエゴン・シーレ・アートセンターを過ぎた辺りが一番道幅が広くて、その後少しづつ幅が狭まっていました。

    シロカー通りです。シロカー通りはエゴン・シーレ・アートセンターを過ぎた辺りが一番道幅が広くて、その後少しづつ幅が狭まっていました。

  • シロカー通りを右に曲がってドロウハー通りに入り、ホテルに向かいます。<br />道を通り過ぎた所に床屋橋(ラゼブニッキー橋)があります。

    シロカー通りを右に曲がってドロウハー通りに入り、ホテルに向かいます。
    道を通り過ぎた所に床屋橋(ラゼブニッキー橋)があります。

  • ラブゼニッキー橋の袂から見たフラーデックと城の塔。<br />外壁のスグラフィット装飾が素敵ですね。

    ラブゼニッキー橋の袂から見たフラーデックと城の塔。
    外壁のスグラフィット装飾が素敵ですね。

    チェスキークルムロフ城 城・宮殿

  • フラーデックと塔を少しアップで。

    フラーデックと塔を少しアップで。

  • 今夜の宿泊先ホテル「ムリン」です。このホテルはヴルタヴァ川沿いにあるホテルで、写真の新館と新館の左側に旧館があります。<br />ご夫婦や友人など2人で参加された方々は新館でしたが、一人参加は旧館に割り当てられました。<br />旧館は狭い部屋でしたが広いバルコニー付きでヴルタヴァ川沿いの部屋だったため眺めは良かったです。<br /><br />

    今夜の宿泊先ホテル「ムリン」です。このホテルはヴルタヴァ川沿いにあるホテルで、写真の新館と新館の左側に旧館があります。
    ご夫婦や友人など2人で参加された方々は新館でしたが、一人参加は旧館に割り当てられました。
    旧館は狭い部屋でしたが広いバルコニー付きでヴルタヴァ川沿いの部屋だったため眺めは良かったです。

    ホテル ムリーン ホテル

  • 旧館はこのように狭い部屋でした。<br />スーツケースを開くのがやっとという狭さ。ベッドはセミダブルで一人で寝るには十分すぎる広さです。寝具は一人分が用意してあったのでこの部屋は一人用の部屋なんでしょうね。

    旧館はこのように狭い部屋でした。
    スーツケースを開くのがやっとという狭さ。ベッドはセミダブルで一人で寝るには十分すぎる広さです。寝具は一人分が用意してあったのでこの部屋は一人用の部屋なんでしょうね。

  • 浴室はバスタブです。少し狭かったかな。

    浴室はバスタブです。少し狭かったかな。

  • 浴室は薄いピンク色。洗面台が無いのでちょっと不自由かも。

    浴室は薄いピンク色。洗面台が無いのでちょっと不自由かも。

  • 夕食は午後7時から。そのため皆でホテルを出発すのは午後6時40分。それまで少し時間があるのでバルコニーに出てみました。<br />バルコニーは木造でヴルタヴァ川に突き出すように設けられているので眺望が良いです。<br />写真は城から修道院の間の旧市街の景色。

    夕食は午後7時から。そのため皆でホテルを出発すのは午後6時40分。それまで少し時間があるのでバルコニーに出てみました。
    バルコニーは木造でヴルタヴァ川に突き出すように設けられているので眺望が良いです。
    写真は城から修道院の間の旧市街の景色。

  • ヴルタヴァ川と旧市街。

    ヴルタヴァ川と旧市街。

  • 写真正面に見えるのは修道院の教会です。<br />写真を数枚写したところで集合時間が迫ったため集合場所のホテル入口ヘ。<br />皆で歩いてレストランに向かいました。

    写真正面に見えるのは修道院の教会です。
    写真を数枚写したところで集合時間が迫ったため集合場所のホテル入口ヘ。
    皆で歩いてレストランに向かいました。

  • 今宵の夕食はレストラン「マスタル」です。<br />スヴォルノスティ広場に面した市庁舎の並びで観光案内所の隣にあるレストランです。<br />入り口はスヴォルノスティ広場から。観光案内所の隣にあるレストランですが、案内所隣の通路を奥へ奥へと進んで地下1階がレストラン。ちなみに観光案内所の入り口は市庁舎側にあるのですが、レストラン「マスタル」側にも入り口がありました。<br />

    今宵の夕食はレストラン「マスタル」です。
    スヴォルノスティ広場に面した市庁舎の並びで観光案内所の隣にあるレストランです。
    入り口はスヴォルノスティ広場から。観光案内所の隣にあるレストランですが、案内所隣の通路を奥へ奥へと進んで地下1階がレストラン。ちなみに観光案内所の入り口は市庁舎側にあるのですが、レストラン「マスタル」側にも入り口がありました。

    マスタル 地元の料理

  • 私達がレストランに到着したのが午後7時。食事の時間としては早いのか客席はガラガラで貸し切り状態でした。<br />写真はレストランの客席の様子。我々は30数名だったので、一室我々でほぼ一杯でした。但し隣の椅子との間隔が狭くて非常に窮屈でした。<br />この部屋は欧米人であれば窮屈すぎて椅子には座れないと思います。とするとこの部屋は日本人や中国人専用の部屋なのかなと思ったりして・・・。

    私達がレストランに到着したのが午後7時。食事の時間としては早いのか客席はガラガラで貸し切り状態でした。
    写真はレストランの客席の様子。我々は30数名だったので、一室我々でほぼ一杯でした。但し隣の椅子との間隔が狭くて非常に窮屈でした。
    この部屋は欧米人であれば窮屈すぎて椅子には座れないと思います。とするとこの部屋は日本人や中国人専用の部屋なのかなと思ったりして・・・。

    マスタル 地元の料理

  • 前菜は野菜サラダ。野菜サラダはどこも変わり映えがしないでほぼ同じ。なので写真はありません。<br />メインはマス料理。美味しいとも不味いとも言えぬ普通の味。まあまあでした。<br />強いて言うならあえて注文するほどの料理ではありません。<br />

    前菜は野菜サラダ。野菜サラダはどこも変わり映えがしないでほぼ同じ。なので写真はありません。
    メインはマス料理。美味しいとも不味いとも言えぬ普通の味。まあまあでした。
    強いて言うならあえて注文するほどの料理ではありません。

  • デザートはケーキです。<br />こんな料理ならエッゲンベルク醸造所のビアレストランにしてくれないかな。<br />あそこならビールは安いし、料理は美味しいらしいから。<br />旅行のアンケートに要望として書いておこう。

    デザートはケーキです。
    こんな料理ならエッゲンベルク醸造所のビアレストランにしてくれないかな。
    あそこならビールは安いし、料理は美味しいらしいから。
    旅行のアンケートに要望として書いておこう。

  • 夕食の後は再びホテルに。この後は自由時間です。夕食の後で別行動をとろうかとも思いましたが、ホテルが近くなのでそこまでは一緒に行動することにしました。<br />建物の間から見れた城の塔。天気が回復して青空になっていました。<br />

    夕食の後は再びホテルに。この後は自由時間です。夕食の後で別行動をとろうかとも思いましたが、ホテルが近くなのでそこまでは一緒に行動することにしました。
    建物の間から見れた城の塔。天気が回復して青空になっていました。

    城の塔 (城の博物館) 建造物

  • ホテルに戻ってきました。天気はすっかり回復し、西日がホテルの建物に当たっていました。<br />もっと早く天気が回復してくれれば良かったのに。せめて塔に上がっている時だけでも晴れてほしかった。

    ホテルに戻ってきました。天気はすっかり回復し、西日がホテルの建物に当たっていました。
    もっと早く天気が回復してくれれば良かったのに。せめて塔に上がっている時だけでも晴れてほしかった。

    ホテル ムリーン ホテル

  • ホテル「ムリン」の奥にあるのが旧市街に架け渡されている石橋。城のブラーシュティー橋に似ていますが、城の橋ではありません。<br />この橋の奥にはヴルタヴァ川とムニュストスケー公園があります。橋の間から見えている緑の木々が公園の木立です。<br />チェスキークルムロフの地図を見ていただければ一目瞭然ですが、ヴルタヴァ川は市庁舎がある旧市街の周りを囲むように南東から西に、さらに西から北へ、そして北から東へと流れています。<br />ホテル「ムリン」の後ろのこの場所は川から川への距離が最も狭まっている場所で、以前はこの区域に水門が設けられ水量の調節がされていました。<br />現在水門は閉ざされていますが写真の道を進んで石橋の下をくぐれば水門の所に出られます。<br />ヴルタヴァ川から水門に至るまでは水路が造られていて、その側は遊歩道のような道が続きヴルタヴァ川の河畔に出ることができます。<br />ここからの景色は普通写真ではお目にかかれない隠れないチェスキークルムロフの風景だと思います。大変静かな場所ですので時間に余裕があるかたは是非訪ねてみてください。<br />水門の写真は写していないためご自身の目で確認してください。<br /><br />

    ホテル「ムリン」の奥にあるのが旧市街に架け渡されている石橋。城のブラーシュティー橋に似ていますが、城の橋ではありません。
    この橋の奥にはヴルタヴァ川とムニュストスケー公園があります。橋の間から見えている緑の木々が公園の木立です。
    チェスキークルムロフの地図を見ていただければ一目瞭然ですが、ヴルタヴァ川は市庁舎がある旧市街の周りを囲むように南東から西に、さらに西から北へ、そして北から東へと流れています。
    ホテル「ムリン」の後ろのこの場所は川から川への距離が最も狭まっている場所で、以前はこの区域に水門が設けられ水量の調節がされていました。
    現在水門は閉ざされていますが写真の道を進んで石橋の下をくぐれば水門の所に出られます。
    ヴルタヴァ川から水門に至るまでは水路が造られていて、その側は遊歩道のような道が続きヴルタヴァ川の河畔に出ることができます。
    ここからの景色は普通写真ではお目にかかれない隠れないチェスキークルムロフの風景だと思います。大変静かな場所ですので時間に余裕があるかたは是非訪ねてみてください。
    水門の写真は写していないためご自身の目で確認してください。

  • ホテル「ムリン」から水門の側を歩いて旧市街南側に流れるヴルタヴァ川河畔に来ました。<br />正面はムニェストスケー公園です。昨年訪れた公園ですが、公園の反対側から見る方が公園の広さが実感できます。

    ホテル「ムリン」から水門の側を歩いて旧市街南側に流れるヴルタヴァ川河畔に来ました。
    正面はムニェストスケー公園です。昨年訪れた公園ですが、公園の反対側から見る方が公園の広さが実感できます。

    ムニェストスケー公園 広場・公園

  • ヴルタヴァ川はここから蛇行して南に大きく流れを変えて行きます。

    ヴルタヴァ川はここから蛇行して南に大きく流れを変えて行きます。

  • こちらは公園の西側、写真右の崖の上にホテル「ルゼ」と聖ヴィート教会があります。<br />この先、川の流れは右に蛇行して行き、蛇行した先にチェスキークルムロフ城があります。

    こちらは公園の西側、写真右の崖の上にホテル「ルゼ」と聖ヴィート教会があります。
    この先、川の流れは右に蛇行して行き、蛇行した先にチェスキークルムロフ城があります。

  • 風景をアップにしました。旧市街と新市街を結ぶ橋が見えますよ。<br />さて、この景色を確認したらチェスキークルムロフ城に夜景を見に行きましょう。<br />夜景は遅い時間まで粘ることにしていましたので、どなたもお誘いせず一人で出かけました。

    風景をアップにしました。旧市街と新市街を結ぶ橋が見えますよ。
    さて、この景色を確認したらチェスキークルムロフ城に夜景を見に行きましょう。
    夜景は遅い時間まで粘ることにしていましたので、どなたもお誘いせず一人で出かけました。

  • 床屋橋(ラゼブニッキー橋)ですが、この橋を渡らず先にチェスキークルムロフ城に架かるブラーシュティ橋を見に行くことにしました。

    床屋橋(ラゼブニッキー橋)ですが、この橋を渡らず先にチェスキークルムロフ城に架かるブラーシュティ橋を見に行くことにしました。

    ラゼブニッキー橋 建造物

  • ブラーシュティー橋です。チェスキークルムロフ城の第四の中庭と第五の中庭を結ぶ城内の橋。<br />写真左隅の建物はエッゲンベルク家の時代に建てられたバロック劇場、その前の城壁の内側に第五の中庭があります。

    ブラーシュティー橋です。チェスキークルムロフ城の第四の中庭と第五の中庭を結ぶ城内の橋。
    写真左隅の建物はエッゲンベルク家の時代に建てられたバロック劇場、その前の城壁の内側に第五の中庭があります。

    プラーシュティ橋 建造物

  • ブラーシュティー橋はアーチ構造の渡り廊下式の橋で、橋脚の上部は四層構造になっています。<br />最上階の回廊は城の庭園まで伸びていて、領主や領主の家族が渡る通路です。この回廊は城の大ホール「仮面舞踏会の間」から続いていて、舞踏会に招かれた貴族や貴婦人たちが領主とともに庭園に行く場合はこの回廊が使用されたそうです。<br />第2層と第3層はバロック劇場に渡るための回廊で、領主やその家族、招かれた貴族たちが使用しました。<br />城の使用人たちが渡ったのが一番下の台4層の通路。城下を見るには最も眺望の良い通路です。以前この橋は木橋だったそうですよ。<br />さて橋脚の一番下のアーチを潜るとどこに行くのでしょうか?アーチの先を左に折れて坂道を上がると城の庭園に行けます。途中の分岐点からは城内の第五の中庭に行けるので城に行くにはこの道の方が近道でしたが、時間の関係で写真が撮れなかった場所もあるので「赤い門」から城に入ることにしました。

    ブラーシュティー橋はアーチ構造の渡り廊下式の橋で、橋脚の上部は四層構造になっています。
    最上階の回廊は城の庭園まで伸びていて、領主や領主の家族が渡る通路です。この回廊は城の大ホール「仮面舞踏会の間」から続いていて、舞踏会に招かれた貴族や貴婦人たちが領主とともに庭園に行く場合はこの回廊が使用されたそうです。
    第2層と第3層はバロック劇場に渡るための回廊で、領主やその家族、招かれた貴族たちが使用しました。
    城の使用人たちが渡ったのが一番下の台4層の通路。城下を見るには最も眺望の良い通路です。以前この橋は木橋だったそうですよ。
    さて橋脚の一番下のアーチを潜るとどこに行くのでしょうか?アーチの先を左に折れて坂道を上がると城の庭園に行けます。途中の分岐点からは城内の第五の中庭に行けるので城に行くにはこの道の方が近道でしたが、時間の関係で写真が撮れなかった場所もあるので「赤い門」から城に入ることにしました。

    プラーシュティ橋 建造物

  • 来た道を戻り再び床屋橋(ラゼブニッキー橋)にやって来ました。<br />右の欄干には聖人ヤン・ポツネムスキーの彫像、左の欄干にはイエス・キリスト像があります。イエス・キリスト像の写真は昨年写しているので、今回は写真はありません。<br />背景の教会は旧聖ヨシュト教会(聖ヨスト教会)、現在はマリオネット博物館になっています。

    来た道を戻り再び床屋橋(ラゼブニッキー橋)にやって来ました。
    右の欄干には聖人ヤン・ポツネムスキーの彫像、左の欄干にはイエス・キリスト像があります。イエス・キリスト像の写真は昨年写しているので、今回は写真はありません。
    背景の教会は旧聖ヨシュト教会(聖ヨスト教会)、現在はマリオネット博物館になっています。

    ラゼブニッキー橋 建造物

  • チェコの聖人ヤン・ポツネムスキーの彫像。<br />プラハのカレル橋からヴルタヴァ川に投げ込まれた聖人で、カrテル橋にも彫像があります。

    チェコの聖人ヤン・ポツネムスキーの彫像。
    プラハのカレル橋からヴルタヴァ川に投げ込まれた聖人で、カrテル橋にも彫像があります。

  • ここはラトラーン通り。現在時刻は午後8時20分、この時間になると行き交う人も少なくなりました。<br />写真左は「トゥルデルニーク」の店。トゥルデルニークとは金属製の筒に小麦粉の生地を巻き付けて回転させながら焼き上げ、砂糖やシナモンをまぶしたチェコ伝統のお菓子です。<br />前回は食べましたが、焼き上がるのに20分もかかるので今回はパスです。

    ここはラトラーン通り。現在時刻は午後8時20分、この時間になると行き交う人も少なくなりました。
    写真左は「トゥルデルニーク」の店。トゥルデルニークとは金属製の筒に小麦粉の生地を巻き付けて回転させながら焼き上げ、砂糖やシナモンをまぶしたチェコ伝統のお菓子です。
    前回は食べましたが、焼き上がるのに20分もかかるので今回はパスです。

  • トゥルデルニークの店の斜め前が旧聖ヨシュト(ヨスト)教会。現在はマリオネット博物館になっています。<br />聖ヨシュト教会はカトリックの教会でしたが、閉鎖することになり売りに出されました。町の人々はこの建物が人出に渡るのを避けようと各々が金を出し合って守ったそうです。現在は博物館の他、一部はレストランにもなっています。

    トゥルデルニークの店の斜め前が旧聖ヨシュト(ヨスト)教会。現在はマリオネット博物館になっています。
    聖ヨシュト教会はカトリックの教会でしたが、閉鎖することになり売りに出されました。町の人々はこの建物が人出に渡るのを避けようと各々が金を出し合って守ったそうです。現在は博物館の他、一部はレストランにもなっています。

    聖ヨスト教会 (マリオネット博物館) 博物館・美術館・ギャラリー

  • 再びラトラーン通りを歩きます。城に近づくにつれ人が少なくなっていきました。

    再びラトラーン通りを歩きます。城に近づくにつれ人が少なくなっていきました。

  • 赤い門から入場して第二の中庭へ。ここでは石橋するの上から熊を見るのを忘れていました。

    赤い門から入場して第二の中庭へ。ここでは石橋するの上から熊を見るのを忘れていました。

    チェスキークルムロフ城 城・宮殿

  • 第二の中庭です。この建物は新執事長の建物。<br />この建物の壁面は全てスグラフィット装飾のだまし絵。見事ですね、本物に見えますよ。

    第二の中庭です。この建物は新執事長の建物。
    この建物の壁面は全てスグラフィット装飾のだまし絵。見事ですね、本物に見えますよ。

    チェスキークルムロフ城 城・宮殿

  • 壁の最上部の装飾が素晴らしい。とても絵とは思えない。

    壁の最上部の装飾が素晴らしい。とても絵とは思えない。

  • こちらは第一の中庭から第二の中庭への入り口。建物の一部が入り口になっていました。

    こちらは第一の中庭から第二の中庭への入り口。建物の一部が入り口になっていました。

  • フラーデックと城の塔。天気が回復し青空をバックに西日を浴びる塔。

    フラーデックと城の塔。天気が回復し青空をバックに西日を浴びる塔。

  • 元造幣局の建物。写真右のドアが城のツアーとバロック劇場のツアーのチケット売り場です。

    元造幣局の建物。写真右のドアが城のツアーとバロック劇場のツアーのチケット売り場です。

  • 第二の中庭から第三の中庭に向かう途中にあるチーズ・バター製造所。建物の上部は日時計になっています。

    第二の中庭から第三の中庭に向かう途中にあるチーズ・バター製造所。建物の上部は日時計になっています。

  • 第三の中庭に進む通路の内部。この通路は緩やかな登りになっています。

    第三の中庭に進む通路の内部。この通路は緩やかな登りになっています。

  • 通路を通り抜けるとそこは第三の中庭です。<br />昼間の観光はここまででした。自由時間ではこの先に進み、城の夜景を観光したいと思います。

    通路を通り抜けるとそこは第三の中庭です。
    昼間の観光はここまででした。自由時間ではこの先に進み、城の夜景を観光したいと思います。

  • 第四の中庭に進む通路ですが、ここは城内ガイドツアーの集合場所とガイドツアーの入口でもあります。<br />入口から入ってすぐ左上の表示板の所がガイドツアーの集合場所、そして右側にある扉がツアーの入口です。

    第四の中庭に進む通路ですが、ここは城内ガイドツアーの集合場所とガイドツアーの入口でもあります。
    入口から入ってすぐ左上の表示板の所がガイドツアーの集合場所、そして右側にある扉がツアーの入口です。

    城内ツアー 城・宮殿

  • 「仮面舞踏会の間」に描かれている人物画、これは城内のガイドツアーの案内かと思いましたが、実はチェスキークルムロフ・フェスティバルの案内でした。<br />フェスティバルは6月25日で我々が観光した日でしたが、すでにコンサートは終了していました。

    「仮面舞踏会の間」に描かれている人物画、これは城内のガイドツアーの案内かと思いましたが、実はチェスキークルムロフ・フェスティバルの案内でした。
    フェスティバルは6月25日で我々が観光した日でしたが、すでにコンサートは終了していました。

  • 城内ガイドツアーの入口扉です。ツアーの入り口は常に施錠してあり、観光の時のみガイドが開錠していました。

    城内ガイドツアーの入口扉です。ツアーの入り口は常に施錠してあり、観光の時のみガイドが開錠していました。

    城内ツアー 城・宮殿

  • ここは第四の中庭です。フラーデックや第三の中庭などのスグラフィット装飾はすでに修復済みですが、ここの装飾はいまだ修復されていませんでした。<br />昨年訪れた時のままです。

    ここは第四の中庭です。フラーデックや第三の中庭などのスグラフィット装飾はすでに修復済みですが、ここの装飾はいまだ修復されていませんでした。
    昨年訪れた時のままです。

  • 壁面に描かれた人物画の劣化が目立っています。

    壁面に描かれた人物画の劣化が目立っています。

  • 第四の中庭からトンネル式の通路を通って第五の中庭に行けます。ここはその通路。

    第四の中庭からトンネル式の通路を通って第五の中庭に行けます。ここはその通路。

  • 第四の中庭の入り口側の様子です。

    第四の中庭の入り口側の様子です。

  • 第四の中庭からトンネル式の通路を通り抜けるとそこはブラーシュティー橋。<br />ここは橋脚の上の第四層目の通路です。城内の使用人たちが通る通路ですが、橋からの眺望は素晴らしいです。

    第四の中庭からトンネル式の通路を通り抜けるとそこはブラーシュティー橋。
    ここは橋脚の上の第四層目の通路です。城内の使用人たちが通る通路ですが、橋からの眺望は素晴らしいです。

    プラーシュティ橋 建造物

  • 橋から眺めた旧市街の景色。<br />この景色を見たい、ツアーの皆さんにも見ていただきたいので添乗員と交渉しましたが、添乗員は「観光コースに入っていません。ダメです。」との一点張りで取り付く島もありませんでした。<br />融通の利かない添乗員、臨機応変ができない添乗員。これが阪急交通社大阪支局の添乗員の実態です。<br />同じ旅行会社でもそれぞれの地区によって添乗員の能力は異なります。<br />私は阪急トラピックスの旅行を主に利用していますが、優秀な添乗員が揃っているのは福岡支局の添乗員だと思います。<br />我々顧客に親切丁寧に接してくれるのはもちろんですが、急なトラブルにも臨機応変に対応してくれました。今回の添乗員のような応対は一度もありません。<br />なぜこんなにも添乗員の資質に差があるのか分かりませんが、とどのつまりは顧客ファーストの対応が徹底されていないのだと思います。さらには添乗課役席の指導不足だという事でしょうか。<br /><br />

    橋から眺めた旧市街の景色。
    この景色を見たい、ツアーの皆さんにも見ていただきたいので添乗員と交渉しましたが、添乗員は「観光コースに入っていません。ダメです。」との一点張りで取り付く島もありませんでした。
    融通の利かない添乗員、臨機応変ができない添乗員。これが阪急交通社大阪支局の添乗員の実態です。
    同じ旅行会社でもそれぞれの地区によって添乗員の能力は異なります。
    私は阪急トラピックスの旅行を主に利用していますが、優秀な添乗員が揃っているのは福岡支局の添乗員だと思います。
    我々顧客に親切丁寧に接してくれるのはもちろんですが、急なトラブルにも臨機応変に対応してくれました。今回の添乗員のような応対は一度もありません。
    なぜこんなにも添乗員の資質に差があるのか分かりませんが、とどのつまりは顧客ファーストの対応が徹底されていないのだと思います。さらには添乗課役席の指導不足だという事でしょうか。

    チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み

  • 旧市街の景色をもう少し広く被写体に取り込むとこんな感じの景色になりました。<br />ここは丁度南東から流れてきたヴルタヴァ川が大きく湾曲する部分です。

    イチオシ

    旧市街の景色をもう少し広く被写体に取り込むとこんな感じの景色になりました。
    ここは丁度南東から流れてきたヴルタヴァ川が大きく湾曲する部分です。

  • カメラを右に少し移動して旧市街を写しました。

    カメラを右に少し移動して旧市街を写しました。

  • 橋脚上の通路と旧市街の景色。写真左が第四の中庭です。

    橋脚上の通路と旧市街の景色。写真左が第四の中庭です。

    プラーシュティ橋 建造物

  • 橋の欄干には聖人の彫像がありました。

    橋の欄干には聖人の彫像がありました。

  • キリスト像を胸に抱いた聖人、誰でしょう?キリスト教の信者さんなら分かるのでしょうが、私にはさっぱりわかりません。

    キリスト像を胸に抱いた聖人、誰でしょう?キリスト教の信者さんなら分かるのでしょうが、私にはさっぱりわかりません。

  • この聖人は左肩に荷物を振り分けにして掛けていますが、誰なのかわからない。

    この聖人は左肩に荷物を振り分けにして掛けていますが、誰なのかわからない。

  • 橋の右端から写したチェスキークルムロフ城と旧市街の景色。<br />橋の上から写した写真ですが、第五の中庭の展望台からは城のほぼ全景と旧市街の景色をみることができます。<br />

    橋の右端から写したチェスキークルムロフ城と旧市街の景色。
    橋の上から写した写真ですが、第五の中庭の展望台からは城のほぼ全景と旧市街の景色をみることができます。

    チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み

  • ブラーシュティー橋の右端から写した城館と橋の景色。

    ブラーシュティー橋の右端から写した城館と橋の景色。

    プラーシュティ橋 建造物

  • 同じ場所から橋の上部を取り込んで写した写真です。

    同じ場所から橋の上部を取り込んで写した写真です。

    プラーシュティ橋 建造物

  • この建物がバロック劇場です。1682年にエッゲンベルク家のヨハン・クリスチャンが城の劇場として建築しましたが1766年にシュヴァルツェンベルク家のヨセフ・アダムがバロック様式の劇場に大改装しました。<br />バロック劇場は当時のバロック様式の舞台装置がそのまま残る世界で最も古い劇場で、16の情景や訳300の舞台装置、600に及ぶ衣装や当時の小物類がそのまま残されているそうです。

    この建物がバロック劇場です。1682年にエッゲンベルク家のヨハン・クリスチャンが城の劇場として建築しましたが1766年にシュヴァルツェンベルク家のヨセフ・アダムがバロック様式の劇場に大改装しました。
    バロック劇場は当時のバロック様式の舞台装置がそのまま残る世界で最も古い劇場で、16の情景や訳300の舞台装置、600に及ぶ衣装や当時の小物類がそのまま残されているそうです。

    城の劇場 劇場・ホール・ショー

  • バロック劇場の銘板。この右が一般客の入り口です。<br />この劇場の内部はガイドツアーで観光できます。

    バロック劇場の銘板。この右が一般客の入り口です。
    この劇場の内部はガイドツアーで観光できます。

    城の劇場 劇場・ホール・ショー

  • 写真はバロック劇場左横の空間、ここが第五の中庭です。<br />この中庭の奥、左側城壁の奥の建物の手前に展望所があります。写真では2人の男性が写っていますが、2人のすぐ左の扉が展望所の入り口です。このくぐり戸を開けて入る様になっています。<br />昼間の観光の時にはこの展望所に行こうとしていたんです。第五の中庭は旧市街と城が見渡せる絶好の観光ポイントです。<br />写真左側の半円形の窓からは旧市街の景色が見渡せますよ。

    写真はバロック劇場左横の空間、ここが第五の中庭です。
    この中庭の奥、左側城壁の奥の建物の手前に展望所があります。写真では2人の男性が写っていますが、2人のすぐ左の扉が展望所の入り口です。このくぐり戸を開けて入る様になっています。
    昼間の観光の時にはこの展望所に行こうとしていたんです。第五の中庭は旧市街と城が見渡せる絶好の観光ポイントです。
    写真左側の半円形の窓からは旧市街の景色が見渡せますよ。

  • 写真はバロック劇場です。

    写真はバロック劇場です。

    城の劇場 劇場・ホール・ショー

  • 第五の中庭の奥から眺めた上層の城館と第五の中庭と城壁、ブラーシュティー橋です。<br />城壁にある半円形の窓から見える景色が素晴らしい。

    第五の中庭の奥から眺めた上層の城館と第五の中庭と城壁、ブラーシュティー橋です。
    城壁にある半円形の窓から見える景色が素晴らしい。

    チェスキークルムロフ城 城・宮殿

  • 半円形の窓から見た景色、聖ヴィート教会と旧市街です。<br />半円形の額に収まったかのような景色、なかなか素敵です。<br />現在午後8時45分、すでに日は沈んでいますがまだまだ明るいです。これが天気の良い日中だったなら、とても奇麗でしょうが・・・。昨年は雨でした。<br />ここからの景色の本当の美しさは残念乍ら体験できていません。

    半円形の窓から見た景色、聖ヴィート教会と旧市街です。
    半円形の額に収まったかのような景色、なかなか素敵です。
    現在午後8時45分、すでに日は沈んでいますがまだまだ明るいです。これが天気の良い日中だったなら、とても奇麗でしょうが・・・。昨年は雨でした。
    ここからの景色の本当の美しさは残念乍ら体験できていません。

    チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み

  • 写真やパンフなどでチェスキークルムロフの景色として紹介されているのが、ブラーシュティー橋や第五の中庭からの景色です。<br />私はその美しさに惹かれてここにやってきました。

    イチオシ

    写真やパンフなどでチェスキークルムロフの景色として紹介されているのが、ブラーシュティー橋や第五の中庭からの景色です。
    私はその美しさに惹かれてここにやってきました。

  • これは窓からカメラを突き出して写した城と旧市街の景色。<br />そんな事をしなくても第五の中庭の展望所からは正面にこの景色が見れるのですが、展望所に入る扉が施錠されていて入れませんでした。この時間ではもう入れないんですね。甘かったです。<br />ここはいつでも入れるとばかり思っていました。そういえば宮殿のベランダに出ることができる出入り口の扉も施錠されていたので、場内の門扉や出入り口の扉は夜間施錠されるようですね。

    イチオシ

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    これは窓からカメラを突き出して写した城と旧市街の景色。
    そんな事をしなくても第五の中庭の展望所からは正面にこの景色が見れるのですが、展望所に入る扉が施錠されていて入れませんでした。この時間ではもう入れないんですね。甘かったです。
    ここはいつでも入れるとばかり思っていました。そういえば宮殿のベランダに出ることができる出入り口の扉も施錠されていたので、場内の門扉や出入り口の扉は夜間施錠されるようですね。

    チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み

  • 中庭からの旧市街の風景。夕暮れですが美しかったですよ。

    中庭からの旧市街の風景。夕暮れですが美しかったですよ。

    チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み

  • 再び城と旧市街の景色。美しいですね。この景色が再び見れて良かった。<br />このままこの景色を見ながら夜が更けるのを待ちましょうか。<br />今夜はこの景色の夜景を撮ろうと思ってやってきました。昨年暗くなったのが午後9時半頃だったのでまだ小一時間ほど時間があります。それまでどうしようかな?<br />まずは城の庭園に行ってみましょうか。

    再び城と旧市街の景色。美しいですね。この景色が再び見れて良かった。
    このままこの景色を見ながら夜が更けるのを待ちましょうか。
    今夜はこの景色の夜景を撮ろうと思ってやってきました。昨年暗くなったのが午後9時半頃だったのでまだ小一時間ほど時間があります。それまでどうしようかな?
    まずは城の庭園に行ってみましょうか。

  • ここは庭園に行く途中の分かれ道。<br />右の建物はバロック劇場で、その側の道は旧市街からブラーシュティー橋を潜って上がって来た道です。その道は第五の中庭に合流し、さらにここから折れ曲がって左側の道を進むと城の庭園にでます。(写真の左側の道です。)<br />その上にかかる通路が上層の城館にある仮面舞踏会の間から続く城の庭園への通路です。<br />この通路は写真左隅の小庭園を横切り城の庭園に直結しています。領主や家族らはここから城の庭園に入るようになっていました。<br />私は城へ続く道を進み、城の入り口の鉄柵の門まで行きましたが入り口は施錠されていました。残念ながら城の庭園には入れません。まだ十分に明るいのですが・・・。<br />この時間では城のすべての入場口は閉鎖されているようです。確かに夜通し開けておけば防犯上好ましくないでしょうね。<br />中欧の夏は夜遅くまで明るいため時間の感覚が狂ってしまいます。<br />なお、第五の中庭から城の庭園に入らず、城壁沿いに上りの道を上がって行くと園芸センターがあり、その向かいに庭園の入り口があります。

    ここは庭園に行く途中の分かれ道。
    右の建物はバロック劇場で、その側の道は旧市街からブラーシュティー橋を潜って上がって来た道です。その道は第五の中庭に合流し、さらにここから折れ曲がって左側の道を進むと城の庭園にでます。(写真の左側の道です。)
    その上にかかる通路が上層の城館にある仮面舞踏会の間から続く城の庭園への通路です。
    この通路は写真左隅の小庭園を横切り城の庭園に直結しています。領主や家族らはここから城の庭園に入るようになっていました。
    私は城へ続く道を進み、城の入り口の鉄柵の門まで行きましたが入り口は施錠されていました。残念ながら城の庭園には入れません。まだ十分に明るいのですが・・・。
    この時間では城のすべての入場口は閉鎖されているようです。確かに夜通し開けておけば防犯上好ましくないでしょうね。
    中欧の夏は夜遅くまで明るいため時間の感覚が狂ってしまいます。
    なお、第五の中庭から城の庭園に入らず、城壁沿いに上りの道を上がって行くと園芸センターがあり、その向かいに庭園の入り口があります。

  • 第五の墓庭の展望所に入れないため、城の隣にある小庭園の東側から写した写真です。<br />木々の間から城と旧市街の一部を写真に捉えることができました。構図的には昨年展望所から写した写真とほぼ同じですが、旧市街の大部分は園芸センターに向かう道沿いの木々で隠されていました。<br />木々に囲まれた景色も悪くはないと思いますが。

    第五の墓庭の展望所に入れないため、城の隣にある小庭園の東側から写した写真です。
    木々の間から城と旧市街の一部を写真に捉えることができました。構図的には昨年展望所から写した写真とほぼ同じですが、旧市街の大部分は園芸センターに向かう道沿いの木々で隠されていました。
    木々に囲まれた景色も悪くはないと思いますが。

    チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み

  • 同じ場所からアップにして旧市街に映り込んだ木々を除いてみました。<br />木が映り込んだ方がいいように思えましたが、どうでしょうか。<br /><br />次はチェスキークルムロフ城と町の夜景の景色をお送りします。またもう一つの目的も夜でないとお目にかかれないのですが、はたして目的は果たせたでしょうか。乞うご期待。<br />

    同じ場所からアップにして旧市街に映り込んだ木々を除いてみました。
    木が映り込んだ方がいいように思えましたが、どうでしょうか。

    次はチェスキークルムロフ城と町の夜景の景色をお送りします。またもう一つの目的も夜でないとお目にかかれないのですが、はたして目的は果たせたでしょうか。乞うご期待。

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