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 天皇が皇位継承に際して行う祭祀で、新天皇が即位の後に新穀を神々に供え、自身もそれを食するのが大嘗祭。五穀豊穣と国家・国民の安寧を祈願する神道による儀式です。神事だから天皇家の「私費」で賄うとか何とか、身内からの問題提起があった儀式です。そもそも、天皇家の私費とはと言う点でも、おかしな論議ですね。

大嘗祭に摂津国笠縫邑 浪速深江も御菅蓋を奉納参加

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2019/10/03 - 2019/10/03

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旅行記グループ 快適な銀輪行 その2

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 天皇が皇位継承に際して行う祭祀で、新天皇が即位の後に新穀を神々に供え、自身もそれを食するのが大嘗祭。五穀豊穣と国家・国民の安寧を祈願する神道による儀式です。神事だから天皇家の「私費」で賄うとか何とか、身内からの問題提起があった儀式です。そもそも、天皇家の私費とはと言う点でも、おかしな論議ですね。

旅行の満足度
5.0
交通手段
バイク

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  •  今までやってきたのだから、伝統に則って今回もやる。しかし、形式については節減できるものはしよう・・・でいいのでは。無駄と言えば全てが無駄という思う人もいるはずです。 <br /> ぎりぎりで河内、いや正確には摂津国の深江がこの儀式に深く関わっています。これを今回はご紹介します。大嘗祭が良いとか悪いとか言う論議ではありません。<br /> 笠縫邑の案内板<br />

     今までやってきたのだから、伝統に則って今回もやる。しかし、形式については節減できるものはしよう・・・でいいのでは。無駄と言えば全てが無駄という思う人もいるはずです。 
     ぎりぎりで河内、いや正確には摂津国の深江がこの儀式に深く関わっています。これを今回はご紹介します。大嘗祭が良いとか悪いとか言う論議ではありません。
     笠縫邑の案内板

  •  とは言うものの、河内温泉大学キャンパス内の様な場所ですので、天皇即位と言えば即位出来なかった天皇のような聖徳太子の偉功巡りから深江へ行くことにします。<br /> 大阪での聖徳太子の所縁の場所と云えば四天王寺ですね。キャンパスから、上町台地を目差しましょう。<br /> 四天王寺西門

     とは言うものの、河内温泉大学キャンパス内の様な場所ですので、天皇即位と言えば即位出来なかった天皇のような聖徳太子の偉功巡りから深江へ行くことにします。
     大阪での聖徳太子の所縁の場所と云えば四天王寺ですね。キャンパスから、上町台地を目差しましょう。
     四天王寺西門

  •  途中にある眼鏡所縁の田嶋神社です。日本に於ける眼鏡発祥の地とかで、記念碑も建っていますが、この手の始まりは言い出しっぺの勝ちという所があります。<br /> ともかく、普段御世話になっている眼鏡に感謝。

     途中にある眼鏡所縁の田嶋神社です。日本に於ける眼鏡発祥の地とかで、記念碑も建っていますが、この手の始まりは言い出しっぺの勝ちという所があります。
    ともかく、普段御世話になっている眼鏡に感謝。

  •  田嶋神社。

     田嶋神社。

  •  更に坂を登ると上町台地のピークに達します。そして、見えてくるのが四天王寺の塔ですね。古人が見上げるとハルカスどころでは無かったでしょうね。思わず手を合わせたことでしょう。

     更に坂を登ると上町台地のピークに達します。そして、見えてくるのが四天王寺の塔ですね。古人が見上げるとハルカスどころでは無かったでしょうね。思わず手を合わせたことでしょう。

  •  境内に入るとこの日は「古本市」とかで、回廊へは遠慮し、北端にある元三大師周辺に。<br />

     境内に入るとこの日は「古本市」とかで、回廊へは遠慮し、北端にある元三大師周辺に。

  •  転法輪とお堂です。

     転法輪とお堂です。

  •  初代坂田藤十郎のお墓がありました。参り墓でしょう。

     初代坂田藤十郎のお墓がありました。参り墓でしょう。

  •  初代鶴沢静六のお墓も。義太夫を脇で支える三味線の名跡ですね。

     初代鶴沢静六のお墓も。義太夫を脇で支える三味線の名跡ですね。

  •  さて、この辺りで上町台地を下り深江へ。聖徳太子は物部氏との戦に際して、四天王を祀ると佛に誓いをして勝利しこの四天王寺を建立したと言われます。しかし、共に戦った蘇我氏の謀略で息子山背大兄王が斑鳩で亡くなり太子の血脈は途絶えますが、和をもって治めようとする威徳は今も受け継がれています。<br /> 西門の偏額には「釈迦如来 転法輪処 当極楽浄土 東門中心」と書かれています。極楽浄土への東の入口という意味です。

     さて、この辺りで上町台地を下り深江へ。聖徳太子は物部氏との戦に際して、四天王を祀ると佛に誓いをして勝利しこの四天王寺を建立したと言われます。しかし、共に戦った蘇我氏の謀略で息子山背大兄王が斑鳩で亡くなり太子の血脈は途絶えますが、和をもって治めようとする威徳は今も受け継がれています。
     西門の偏額には「釈迦如来 転法輪処 当極楽浄土 東門中心」と書かれています。極楽浄土への東の入口という意味です。

  •  大阪の上町台地の東側に位置する大阪市東成区の深江周辺は低湿地帯で、古代から良質の菅草が豊かに自生する浪速の一島でした。良質の菅を求めて第11代垂仁天皇の時代、大和国笠縫邑(やまとのくにかさぬいむら)より、笠を縫うことを仕事とした笠縫一族が深江の地に移住し、菅笠を作り出したのが深江の菅細工の始まりだと伝えられています。<br /> 万葉集にも詠まれています

     大阪の上町台地の東側に位置する大阪市東成区の深江周辺は低湿地帯で、古代から良質の菅草が豊かに自生する浪速の一島でした。良質の菅を求めて第11代垂仁天皇の時代、大和国笠縫邑(やまとのくにかさぬいむら)より、笠を縫うことを仕事とした笠縫一族が深江の地に移住し、菅笠を作り出したのが深江の菅細工の始まりだと伝えられています。
     万葉集にも詠まれています

  •  地域の案内板

     地域の案内板

  •  当時の深江は、笠縫島といわれるようになりました。今の近鉄布施駅を貫く商店街の北、旧奈良街道脇(通称産業道路)の深江神社に接して、深江郷土資料館があり深江菅細工保存会が伝統技術を伝承されています。

     当時の深江は、笠縫島といわれるようになりました。今の近鉄布施駅を貫く商店街の北、旧奈良街道脇(通称産業道路)の深江神社に接して、深江郷土資料館があり深江菅細工保存会が伝統技術を伝承されています。

  •  深江郷土資料館<br />

     深江郷土資料館

  •  現在も深江郷土資料館の脇で菅が植えられ保存されていますが、笠を大量に作る程ではありません。そこで、同じく郷土の名産物として菅笠作りの伝統が残る富山高岡市福岡で栽培されている菅を利用して菅笠が作られ、伊勢の式年遷宮や大嘗祭においても御菅蓋として献上されているそうです。<br /> 菅の栽培も

     現在も深江郷土資料館の脇で菅が植えられ保存されていますが、笠を大量に作る程ではありません。そこで、同じく郷土の名産物として菅笠作りの伝統が残る富山高岡市福岡で栽培されている菅を利用して菅笠が作られ、伊勢の式年遷宮や大嘗祭においても御菅蓋として献上されているそうです。
     菅の栽培も

  •  今回の大嘗祭にも献上されるかどうかは詳しく伝えるものはありません、多分受取るが公にしない・・・程度の不文律があるのでしょうか。<br /> 伊勢神宮へ奉納された御菅蓋<br />

     今回の大嘗祭にも献上されるかどうかは詳しく伝えるものはありません、多分受取るが公にしない・・・程度の不文律があるのでしょうか。
     伊勢神宮へ奉納された御菅蓋

  •  理事が案内して下さいました。

     理事が案内して下さいました。

  •  この郷土資料館がある深江神社の前には、昭和に輩出した茶釜製作者で人間国宝「角谷一圭」氏の生家があり同氏を顕彰するための施設でもあります。茶釜の製法は元は朝鮮半島や大陸から伝わった「銅鏡」、「剣刀」技術です。遠く離れて今は菅笠で連携する富山高岡も鋳造技術の盛んなところ。伝統技術というものはそれが育つ土壌というものがあるのかな、とも考えてしまう偶然ですね。<br /> 人間国宝の釜

     この郷土資料館がある深江神社の前には、昭和に輩出した茶釜製作者で人間国宝「角谷一圭」氏の生家があり同氏を顕彰するための施設でもあります。茶釜の製法は元は朝鮮半島や大陸から伝わった「銅鏡」、「剣刀」技術です。遠く離れて今は菅笠で連携する富山高岡も鋳造技術の盛んなところ。伝統技術というものはそれが育つ土壌というものがあるのかな、とも考えてしまう偶然ですね。
     人間国宝の釜

  •  チラシ

     チラシ

  •  万葉集作品と愚作。<br />  押し照る 浪速菅笠 置き古し<br />        後は誰が着ん 笠ならなくに   (万葉集巻十一・二八一九) <br /><br />      伊勢参り 浪速管笠 深江宿<br />        我も買うたり 暗がり行くも   <偐山頭火><br /><br /> 落語「東の旅」では喜八と静六がここ深江で笠を買った後、写真中央の暗越峠を越えて伊勢へ向かいました。

     万葉集作品と愚作。
      押し照る 浪速菅笠 置き古し
            後は誰が着ん 笠ならなくに   (万葉集巻十一・二八一九)

    伊勢参り 浪速管笠 深江宿
            我も買うたり 暗がり行くも   <偐山頭火>

     落語「東の旅」では喜八と静六がここ深江で笠を買った後、写真中央の暗越峠を越えて伊勢へ向かいました。

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