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 藤井寺市の「林地区」にある伴林氏神社(ともはやしのうじじんじゃ)は大伴家持氏のご先祖様が祭神です。友人でMTB仲間M君の奥様が巫女を勤めているとお聞きしていたので、今回MTB行で見学して来ました。

誰でも大伴家持に・・・ 伴林氏神社顔出し看板から

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2019/12/12 - 2019/12/12

68位(同エリア157件中)

旅行記グループ 快適な銀輪行 その2

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河内温泉大学名誉教授

河内温泉大学名誉教授さん

 藤井寺市の「林地区」にある伴林氏神社(ともはやしのうじじんじゃ)は大伴家持氏のご先祖様が祭神です。友人でMTB仲間M君の奥様が巫女を勤めているとお聞きしていたので、今回MTB行で見学して来ました。

旅行の満足度
5.0

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  •  大伴連の遠祖である天押日命(あめのおしひのみこと)他道臣命、高御産巣日神を奉ることから戦の神社として戦前は持ち上げられていたようです。<br /> 伴林氏神社創建の年代は詳らかではないとのことだが、「三代実録」に志紀群「林氏神」が官社に列せられたとあることから、古くから奉られていたようです。また、延喜式神名帳(西暦907年)に志紀郡伴林氏神社と記されていることから、創建は平安時代初期以前で由緒ある神社のようです。

     大伴連の遠祖である天押日命(あめのおしひのみこと)他道臣命、高御産巣日神を奉ることから戦の神社として戦前は持ち上げられていたようです。
     伴林氏神社創建の年代は詳らかではないとのことだが、「三代実録」に志紀群「林氏神」が官社に列せられたとあることから、古くから奉られていたようです。また、延喜式神名帳(西暦907年)に志紀郡伴林氏神社と記されていることから、創建は平安時代初期以前で由緒ある神社のようです。

  •  社務所前にデンと据え置かれているお神籤が超ジャンボサイズ、小学生の身の丈程あります。「萬葉」という文字と「ジャンボ」(神社HP)はバランス感覚的に良くないなと思いつつ、大伴(家持)所縁の神社と言うことで置かれているようです。おみくじの内容も家持関連で万葉集から選考された30首のうち1首が書かれており、歌の内容から相応しい人生案内が得られるという仕組み。私は毎年年末のジャンボ宝くじで運が落ちてばかりなので、お神籤は遠慮しました。

     社務所前にデンと据え置かれているお神籤が超ジャンボサイズ、小学生の身の丈程あります。「萬葉」という文字と「ジャンボ」(神社HP)はバランス感覚的に良くないなと思いつつ、大伴(家持)所縁の神社と言うことで置かれているようです。おみくじの内容も家持関連で万葉集から選考された30首のうち1首が書かれており、歌の内容から相応しい人生案内が得られるという仕組み。私は毎年年末のジャンボ宝くじで運が落ちてばかりなので、お神籤は遠慮しました。

  •  社務所脇と拝殿脇にある「顔出し看板」が誰でも家持の正体です。これも大伴氏関連と言うことで、置かれているのだろう。写真は寅が家持だったら・・・との連想で写真を細工です。

     社務所脇と拝殿脇にある「顔出し看板」が誰でも家持の正体です。これも大伴氏関連と言うことで、置かれているのだろう。写真は寅が家持だったら・・・との連想で写真を細工です。

  •   もっとも、俳優田所康雄は「お遍路が一列に行く虹の中」で俳句のバイブルと呼ばれる新日本大歳時記の「春の巻」で選ばれている程の俳句好きでもありましたので、あまり顰蹙を買うことも無いでしょう。俳号は「風天」でした。<br />寅さん記念館紋章(?)から。

    もっとも、俳優田所康雄は「お遍路が一列に行く虹の中」で俳句のバイブルと呼ばれる新日本大歳時記の「春の巻」で選ばれている程の俳句好きでもありましたので、あまり顰蹙を買うことも無いでしょう。俳号は「風天」でした。
    寅さん記念館紋章(?)から。

  •  社務所前の顔出し看板。

     社務所前の顔出し看板。

  •  脇道に逸れました神社へ戻ります。2500坪もの広大な敷地の中に「海ゆかば」の家持の長歌碑もあります。この歌は、太平洋戦争中に玉砕を報せる大本営発表の前奏曲として流れた「海ゆかば」で、家持の歌趣とは違う解釈だと言われています。勿論、万葉学者であり家持の大家である犬飼先生揮毫ではではありません。

     脇道に逸れました神社へ戻ります。2500坪もの広大な敷地の中に「海ゆかば」の家持の長歌碑もあります。この歌は、太平洋戦争中に玉砕を報せる大本営発表の前奏曲として流れた「海ゆかば」で、家持の歌趣とは違う解釈だと言われています。勿論、万葉学者であり家持の大家である犬飼先生揮毫ではではありません。

  •  長歌歌碑裏。

     長歌歌碑裏。

  •  戦(いくさ)関連社という意図か、手水舎も靖国神社から贈られたものといいます。大伴連連等、神武天皇東征をお手伝いした人達が奉られている関係でしょう。

     戦(いくさ)関連社という意図か、手水舎も靖国神社から贈られたものといいます。大伴連連等、神武天皇東征をお手伝いした人達が奉られている関係でしょう。

  •  永年この周辺でお仕事をしておりましたが、斯様な神社があると云うことは全く知りませんでした。教えてくれたM君の奥様に感謝をと社務所を覗きましが、奥様らしい方がおられず次回MTB行の折にM君に伝えることとします。

     永年この周辺でお仕事をしておりましたが、斯様な神社があると云うことは全く知りませんでした。教えてくれたM君の奥様に感謝をと社務所を覗きましが、奥様らしい方がおられず次回MTB行の折にM君に伝えることとします。

  •  ここまで来たのですから、又脇道に逸れて土師ノ里周辺の御陵も拝見しつつ戻ることとしましょう。<br /> 先ずは、近鉄南大阪線の南の応神天皇陵ですが、相変わらずひっそりしています。世界遺産が何だ・・・というどっしりとした姿が誠に宜しい。<br /> 応神陵東テニスコートより。

     ここまで来たのですから、又脇道に逸れて土師ノ里周辺の御陵も拝見しつつ戻ることとしましょう。
     先ずは、近鉄南大阪線の南の応神天皇陵ですが、相変わらずひっそりしています。世界遺産が何だ・・・というどっしりとした姿が誠に宜しい。
     応神陵東テニスコートより。

  •  応神陵拝所。

     応神陵拝所。

  •  その后の仲姫命陵古墳も向き合うようにあって、仲むつまじい。

     その后の仲姫命陵古墳も向き合うようにあって、仲むつまじい。

  •  仲津姫拝所。

     仲津姫拝所。

  •  土師ノ里駅前には鍋塚古墳が、これからの鍋料理に備えているか。いや失礼・・・。

     土師ノ里駅前には鍋塚古墳が、これからの鍋料理に備えているか。いや失礼・・・。

  •  鍋塚古墳説明標識。

     鍋塚古墳説明標識。

  •  その斜め向かいには允恭天皇陵古墳が大空にその全容を広げています。これらの陵は「大伴連」一族が天皇に遣えていたことの証しとして、一族の遠祖である天押日命を祀る氏神を、伴林氏神社で奉っていたのかも知れませんね。

     その斜め向かいには允恭天皇陵古墳が大空にその全容を広げています。これらの陵は「大伴連」一族が天皇に遣えていたことの証しとして、一族の遠祖である天押日命を祀る氏神を、伴林氏神社で奉っていたのかも知れませんね。

  • 允恭陵制札。

    允恭陵制札。

  •  しかし、大伴氏も家持の時代になると一族の権勢も衰え家持自身も数奇な人生に持て遊ばれ、各地の地方長官を点々とする。最終官位は中納言従三位兼行春宮大夫陸奥按察使鎮守府将軍。兼任していた陸奥按察使持節征東将軍の職務のために滞在していた陸奥国で没したとされています。<br /> 加えて、没した直後に藤原種継暗殺事件が造営中の長岡京で発生、家持も関与していたとされて、追罰として、埋葬を許されず、官籍からも除名された。子の永主も隠岐国への流罪となった。(後復権)<br /> 越中二上山から任地を見下ろす大伴家持。

     しかし、大伴氏も家持の時代になると一族の権勢も衰え家持自身も数奇な人生に持て遊ばれ、各地の地方長官を点々とする。最終官位は中納言従三位兼行春宮大夫陸奥按察使鎮守府将軍。兼任していた陸奥按察使持節征東将軍の職務のために滞在していた陸奥国で没したとされています。
     加えて、没した直後に藤原種継暗殺事件が造営中の長岡京で発生、家持も関与していたとされて、追罰として、埋葬を許されず、官籍からも除名された。子の永主も隠岐国への流罪となった。(後復権)
     越中二上山から任地を見下ろす大伴家持。

  •  大和朝廷官僚としては華々しい人生では無く、志半ばで亡くなったとも云えます。しかし、現在まで受け継がれている万葉集編纂の中心人物でありました。因幡国長官として滞在中新年の宴で詠んだ「新しき年の初めの初春の 今日降る雪のいやしけ吉事」は迎春の歌として、年賀状の定番です。幾世紀も歌い継がれているということは、小さな政争に負けるも歴史に残る歌人人生であったという「吉事」として褒め称えられます。<br /> この歌を最後に家持の歌は伝えられていません、そして萬葉集最後の歌でもあります。<br /> 因幡国庁跡。<br />

     大和朝廷官僚としては華々しい人生では無く、志半ばで亡くなったとも云えます。しかし、現在まで受け継がれている万葉集編纂の中心人物でありました。因幡国長官として滞在中新年の宴で詠んだ「新しき年の初めの初春の 今日降る雪のいやしけ吉事」は迎春の歌として、年賀状の定番です。幾世紀も歌い継がれているということは、小さな政争に負けるも歴史に残る歌人人生であったという「吉事」として褒め称えられます。
     この歌を最後に家持の歌は伝えられていません、そして萬葉集最後の歌でもあります。
     因幡国庁跡。

  •  新しき年の初めの初春の 今日降る雪のいやしけ吉事  歌碑(因幡国庁近く)<br /><br />   原文では<br /> 「新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰」

     新しき年の初めの初春の 今日降る雪のいやしけ吉事  歌碑(因幡国庁近く)

     原文では
     「新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰」

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