2019/03/10 - 2019/03/12
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kummingさん
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アルハンブラ宮殿
到着前から既視感満載(笑)
たぶんに4tra 見過ぎによる功罪かと(-。-;"
いえ、皆さまのブログ無くして、私の1人旅はありえない、心からの感謝の気持ちを、ここで新たに~ m(._.)m
そして此処に限らずこれからずっと続くのが、隣国ツアーご一行様とのイタチごっこ?
その騒々しさ に、ご一行を先にやり過ごせば、振り返るとまた次の喧騒がやって来る!
で、人を入れずに写真撮影はほぼ不可能。
後で写真を見直すと、明らかに下方抜きの写真、天井の写真ばかり。
アルハンブラ宮殿に関しては特に、既に素晴らしい写真の数々(実物以上?)がアップされ、実際に訪れた方もこれからの方も、習熟度は高いはず。
なので、ここからは、この天井は何という部屋でしょう~?というクイズ形式にて進みます!?
元々、王道旅行記からは程遠い私のブログならでは許される試み(暴挙?)かも
実は苦肉の策(;o;)
ミニバスで来られる方は、裁きの門で降りるのがナスル宮に近いですよ~
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
Jastice Gate
裁きの門
この門は、イスラム教徒の統治時代、ここの柱廊で法廷が開かれ、民事訴訟関係の即決裁判が行われた事に由来。
“あなたがたのすべての町の門に裁判人と役人をおき、正しい裁きをもって民を裁かせなさい” (申命記16章18節)
アラブ風馬蹄形アーチの要石に彫り込まれた大きな“手”と、車寄せのアーチ門の要石に彫刻された
“鍵”
“手”は預言者ムハンマドの教えのエンブレムで、5本の指は五大戒律、断食、聖地巡礼、施し、沐浴、異端者に対する戦いを表し、
“鍵”は、信仰、信仰の力のエンブレムで、預言者ムハンマドに受け渡されたダヴィデの鍵を表す。
”わたしは彼の肩にダヴィデの家の鍵を置く。彼が開けば、閉じる者なく、彼が閉じれば、開く者はないだろう。“ (イザヤ書 22章22節)
イスラム教徒は、スペイン、すなわちアンダルシア征服を果たした時、キリスト教徒の“十字架”にl対抗して、戦旗に“鍵”を紋章として掲げ、ムハンマドに授けられた制圧の力を表す。
“ダヴィデの鍵を持つ方、この方が開けると、誰も閉じることなく、この方が閉じると、誰も開けることがない” (ヨハネ黙示録3章7節)
アルハンブラ宮殿
永きに渡るイベリア半島覇権も、ここグラナダ陥落により最終局面を迎える。
ナスル朝最後の王 ボアブデイル王は、キリスト教国王フェルナンデスの甘言に籠絡され、遂にこの地を後に一路南アフリカへ。
その後の消息は定かではないが、今も一族が復興を狙って地下に潜む、などの伝説が残る。
“アルハンブラ物語”より 概略
by W.Irving -
アルカサバ
モーロ人が軍事技術を結集し9世紀に築いた難攻不落の城塞
宮殿はかつて、モーロ人の歴代王たちの居城だった。モーロ人王たちは、アジア的豪奢の絢爛典雅な美に囲まれて、これぞ地上の楽園よ、と誇らかに我が世の春を謳い、ここをスペインにおけるイスラム教徒帝国の最後の砦にした。 by W. Irving -
アルカサバよりグラナダ市街、アルバイシンを臨む
アルハンブラは、外からながめれば、いくつもの塔や胸壁の雑然たる石の集積物で、構想上の統一性にも建造物の優雅さにも欠けている。こんな殺風景な城塞の内部に、溢れかえるばかりの優美と美が眠っていると、誰が思うだろうか。
モーロ人の時代には、この城塞は、外郭構内に4万の兵士を収容する事ができ、時に、逆臣の攻撃に晒された王の最期の砦となった。 -
モーロ人の王国がキリスト教徒の手に落ちた後も、アルハンブラは、引き続き王家の直轄地として存続し続け、カステイーリャの君主たちの宮廷が何度か、ここに敷かれた。
18世紀初頭、ここに宮廷を敷いた最後の王が、フェリーぺ5世と后イザベル でパルマだった。王と王妃を迎える為に、大がかりな準備が行われ、宮殿は修復、庭園も蘇った。
フェリーぺ5世とイザベルの逗留は、わずかな期間にすぎず、2人が立ち去った後、宮殿は再び荒廃の一途を辿ることになった。 by W. Irving -
ナスル宮入場9時の予約で、アルハンブラ自体の開場が何時か?
確信なく、少し早めにミニバスで裁きの門に到着。早くから入れると分かってたら、順路的には先にアルカサバとカルロス5世宮殿を見ておく方がbetter^_^ -
キリスト教国に対する防御のため、ローマ時代の砦跡に築かれた要塞
王家から見捨てられたという事実が、アルハンブラにとって致命傷になった事に変わりはない。時の経過とともに、王宮の美しい広間はいたみ、そのいくつかは崩れ落ち、庭園は廃園と化し、さんざめいていた噴泉も枯れ果てた。 -
素晴らしい朝の景色を前に、どうしても、ナスル宮へとはやる心^^;
先のスペイン内紛で、グラナダがフランスの支配下に置かれていた時期、アルハンブラはフランス軍の駐屯地になり宮殿は軍司令官の宿舎として使用された。制服者とはいえ、フランス国民を常に特質づけるあの洗練された美的趣味のおかげで、モーロ人の遺したこの優美と豪奢の記念碑的建造物は、もはや取り返しのつかない全き崩壊と荒廃に陥る一歩手前で、どうにか救済されたのだった。
フランス軍は、屋根を修復し、客間や柱廊が雨風に晒されるのを防ぎ、庭園を蘇らせ、導水に水をはしらせ、こうして噴泉はふたたび、きらめきながら舞いたった。
“アルハンブラ物語” by W. Irving. より抜粋 -
Palacio de Carlos V
カルロス5世宮殿
カルロス1世= 神聖ローマ帝国 皇帝カルロス5世
コルドバのメスキータをキリスト教会に建て変える事を許可した後、改築後に、どこにでもあるモノの為に何処にもないものを壊してしまった、と嘆き、その後建て替えを中断させた、っていうあの皇帝?
そんなイスラム建築に理解ある人が、何故、ここに、これを?
“皇帝カルロス5世は、この外壁に守られた城内に、新たに壮麗な宮殿を築こうとしたが、度々地震に襲われて、宮殿は遂に完成するには至らなかった。”by W.Iving -
なにげに、ローマのコロッセオを連想
カトリック両王の孫、カルロス1世の命を受けて建設が始まるも、資金難の為完成は18世紀。
イスラム文明への対抗心も露わ?
ここに建てるか^^;
後で、コロッセオを模して建造されたと知る -
Palacios Nazaries
ナスル宮 入口
ここから入りま~♪
ナスル朝時代、歴代王により建てられた、政治的、かつ王族の住空間でもあった、アラブ様式の王宮。 -
Mexuar
メスアール宮
Salad del Mexuar
裁きの間
行政、司法の場
天井
こういうの、寄木細工っていうのか?
ここだけでも、色んな天井、細工、模様が違う -
-
-
見事な装飾
これ以降、偶像崇拝禁止のイスラム文化の繊細、緻密、流麗な装飾に魅了され続ける事に(*_*; -
壁面のタイル
壁面の下部は、数フィートの高さまで、釉薬をかけた化粧タイルが嵌め込まれ、ちょうどスタッコ細工の石膏版のように、さまざまな模様が浮き出る様に組み合わされている。そのいくつかには、イスラム教国の王の紋章入り盾と帯状の座右銘とが組み合わされた模様もある。この釉薬タイルは、オリエントに由来する。その涼しさ、清潔さ、虫がつかないことが、蒸し暑い気候のもとでは、広間や噴泉の外装、浴室の化粧張り、寝室の壁の内張りに、実によくかなうのである。
すんごいわ~
モーロ風建築に関する覚書~“アルハンブラ物語” より抜粋 -
メスアールの祈祷室
メッカ方向を向いて建設されているとか
始め単独で作られ、後にメスアールの間に組み込まれた -
天井
-
壁面
こういう処にもイスラム教のアッラーを讃える文字が刻まれている? -
Comares
コマレス宮の中庭 コマレス宮のファサード
アラヘシラス征服を記念して完成される
1370年 ムハンマド5世による -
真ん中にある水盤
-
ほ~
-
黄金の間の中庭
メスアール宮からコマレス宮へ -
次の間の天井
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壁面
-
-
コノ装飾はどうやって製作されるの?
知らぬが花、という場合もありますが、後ほど、若干のにわか仕込み解説を。
技術的説明は、幻想的夢幻のアルハンブラのイメージを壊し兼ねないので、気に染まなければ、飛ばして下さい。
↑影が入って、ごめんなさいm(_ _)m -
フジツボ、を思い出すのは、多分、恐らく、きっと、私だけ(笑)
-
-
コマレス宮
Patio de los Alayanes
アヤラネス(天人花)の中庭
両脇の"天人花"が名前の由来だとか。
水面に映る建物と青い空
この光景はもっと美しい写真でお馴染み^^; -
ちょっと、斜めってる?
のは、私?コマレス宮? -
これだとまっすぐ^ ^
-
Sala de Embajadores
大使の間
外交、政治が行なわれた
天井の寄木細工 -
使われているタイル、装飾の見本が展示されていました
-
小さな祠の様な処にも細密な模様、彫刻
-
Sala de Rey
諸王の間 入口 -
う~ん
スゴい装飾
細密、緻密 -
王の間
天井
幾何学的装飾が素晴らしい! -
-
床にも模様
-
-
アルハンブラ セルフィー♪
-
コマレス宮
さっきと反対側から
両脇にはアラヤネス(天人花)の生垣 -
ライオン宮へ向かいます
-
天井
-
天井
-
イチオシ
Leone’s
ライオン宮
かつての王の居住区
まるでレースの様な透かし彫り(゜o゜; -
Patio de los Leone’s
ライオンの中庭
造られたのは14世紀後半
ライオンの中庭のまわりに
Sala de las Abencerrajes アベンセラッヘスの間(日本語読みだと舌噛みそ(笑))
Sala del Rey 諸王の間
Sala de las Dos Harmanas 二姉妹の間
が配置されています。 -
-
噴水から4本の水路
ユーフラテス川、ナイル川、サイハーン川、ハイハーン川を現している -
回廊の装飾
-
ライオン?
に見えないんだけど^^;
口先から水が流れていたとか
どうやって水時計として利用していた? -
Sala de las Abencerrajes
アベンセラヘスの間
この部屋でアベンセラヘス家の8人が王の命により皆殺しにされた、という伝説がある。
この水盤の茶色のシミはその時の血痕で、洗ってもまた滲み出てくるのは、殺された者達の怨念、怨恨だと。
W. Irvingによると、ナスル朝最後の王ボァブディルの悪名神話の1つであり、グラナダ落城の因を彼の逆上気質に帰する、とする故意に歪められた"極悪非道の王"を巡る年代記文書からの創作ではないか?
"アルハンブラ物語" ワシントン アーヴィング著より
アーヴィングによるボアブデイル擁護説、興味ある方は是非、“アルハンブラ物語”をご一読くださいね~ -
でも、血痕と言われると、そう見えなくもない?
アルハンブラ宮殿にはたくさんの伝承、寓話があるようです。
それをまだ、アーヴィングが史実検証しつつも、それを新たに物語っている、“アルハンブラ物語”面白いですよ!
ちょっと、文体が時代がかってるけど、訳者によると、アラビア語、スペイン語、英語、日本語の間で生じる、揺れ、の為、とても困難な翻訳を強いられた、と。 -
-
アベンセラヘスの間
天井 -
八角形の鍾乳石飾り、お~み~ご~と~(゜o゜;
イスラム建築特有の、デザインで"ムカルナス"というらし -
アルハンブラ宮殿の壁面を覆っている、風雅なレリーフ(浮き彫り)と即興的なアラベスク模様を初めて目にする人は、それが悉く人間の手で丹念に、忍耐強く彫り上げられたものだと錯覚して、このような細部を、全体的構図の統一と調和を見失わずに追求する技量に、驚嘆の念を禁じ得ないのではなかろうか。
-
壁面をアラベスク模様で覆い、円天井を怪奇な鍾乳石状の細工で飾る、この工法の発祥地は、ダマスカスだが、それを高度に洗練させたのはモロッコのモーロ人だった。サラセン建築に見られる、スタッコ細工の最も優雅な、幻想的な細部仕上げは、このモーロ式工法によって初めて可能となった。
なある!
イスラム建築に惹かれるにつれ、どんどんモロッコ、に行きたくなって行く自分に、納得^ ^
モーロ風建築に関する覚書~“アルハンブラ物語”より 抜粋 -
天井
優美な狭間飾りの一切を作り出すプロセスは、巧妙かつ単純である。素壁の上に、まず、ちょうど画家が一枚の画を模写する時のように、直角に交差する
直線を幾本も引いて、壁面を分割面にわける。さらに、その円をいくつも描いていき、継起的に扇状部分を作る。こうした下準備によって、芸術家は、迅速かつ精確に模様を描くことがかのうになり、直線と曲線の交錯面を利用するだけでも、限りなく多様な模様と、固有の全体的統一性とが、そこに立ち上がってくるというわけだ。
モーロ風建築に関する覚書 -
人が写るんです
今だ!と構えると
す~っと、誰かが入ってくる -
かつて、ヨーロッパ大陸の岸辺を高波となって襲ったアラブ人の大氾濫の時代、彼らはその高波に乗じ、第一の衝撃波の機動力を打って一丸にしたかのように、一気に大陸を駆け上がった。この一気呵成の制覇の過程は、イスラム教のシリアとエジプト制覇の過程と同様、疾風のようにめざましかった。彼らの侵略は、ピレネーをも越えて、さらに進み、このアラブの高波がもし、トウール野で食い止められなかったならば、ヨーロッパを震撼させた東洋の帝国の大侵略の時のように、全フランスを、全ヨーロッパを、やすやすと席巻して、今日現在まで、彼らの三日月の印が、パリやロンドンの聖殿の上にきらめいていたかもしれない。
-
この大侵略を企てた、アジアとアフリカの混血遊牧民は、一敗地にまみれてピレネーいなんに押し戻された時点で、イスラム教の世界制覇の原理を捨て、その全情熱を、今度はスペインの地における、平和な、永続的な王国の建設に振り向けた。制服者として到来した彼らの中で、彼らの英雄主義と温和な統治主義とが奇跡的に折り合って、以後、当分の間、対抗するキリスト教徒の王国を凌駕しつづけた。
-
この混血民族は、アジアでもアフリカでもない、この隔絶された新しい地で、この地こそアッラーから授かった新国土と思い定め、こよなく愛し、人間の幸福に寄与するものは悉くこの地に実現しようとした。
権力の基盤を、思慮と公正を旨とする法体系によって規定し、芸術と科学の育成に傾注し、農業、工業、商業の振興に心を砕き、彼らは次第に、キリスト教国のどの帝国をも凌駕する繁栄を築き上げていった。 -
幾世代、幾世紀に渡って王国は受け継がれ、その長期にわたる統治の後に、まさか、輝かしい父祖たちが勇躍渡ったジブラルタル海峡から、再びバルバリの地へと流浪の旅に出ることになろうとは、予想だにしなかったにちがいない。
長きにわたる統治にもかかわらず、スペインにおけるイスラム教帝国は、輝かしい異国でしかなかった。あれほど見事な花を咲かせながら、スペインの地に根付くことはついに叶わなかった。
西欧の地にあって、信仰と習俗の垣根によって全ての隣国から切断され、オリエントの同胞からは海と砂漠によって隔絶され、「モーロ系スペイン人」は孤高の民だった。
スペインにおける、その存在の形態そのものが、侵略の地に砦を築いて守り抜く戦いのそれであり、それは果敢で騎士道的華やかさを装いはしたが、いつの日か、終息する以外にないものだった。 -
イベリア半島は、北方からやって来たゴート族の征服者たちと、東方からやって来たイスラム教徒の征服者たちとが激突し、覇権を求めて競い合い一大決戦地だった。そして、アラブ人の炎のような勇気は、ゴート族の執念深い、忍耐強い剛勇の前に、遂に屈した。
-
有史以来、「モーロ系スペイン人」ほど、徹底的に殲滅された民族はまたといない。800年近くもの間、その名を馳せた民族であったにもかかわらず、明確な民族名の残さずに、彼らは何処かに消えてしまった。彼らが王国を建て、永きにわたって統治し、永住の地と定めたその当の地が、彼らを侵略者、簒奪者、としか認めようとしない。彼らがあとに遺し、今では荒廃するがままに放置された、二、三の記念碑的建造物だけが、彼らの在りし日の権勢と栄華を明かしだてる全てなのである。
-
諸王の間
-
諸王の間
天井 -
テンペラ画
偶像崇拝が、禁じられているイスラム教で人物を含む絵画、具象芸術は珍しい -
ナスル朝歴代10人の王の肖像
14~15世紀 -
珍しい色鮮やかな絵画
狩猟の様子、貴族の生活などが描かれている -
天井
-
-
-
-
ニ姉妹の間
天井
私の写真ではその素晴らしさは伝わらない
けど、1番見たかった装飾
鍾乳石飾り
イスラム建築特有のデザインで"ムカルナス"という
八角形の天井は蜘蛛の巣を表す -
中央に2枚の同じ敷石があるから、2姉妹の間と呼ばれる
って、ホント!? -
言葉は不毛
-
-
う~
-
リンダラーハのバルコニー
リンダラーハは、ムハンマド左利き王の宮廷で華と謳われたモーロの麗人だった。 -
リンダラーハ
彼女の父は、王の忠臣中の忠臣で、マラガの要塞の城将だった。
ムハンマドが王位を追われた時、城将はマラガ要塞に王を匿い、やがて王位を奪還したムハンマドは、城将には恩賞をもって報いる一方、彼の美しい娘を引き取って宮殿に一室えお与えて住まわせ、さらに王子ナサール公に彼女を娶らせた。
二人は、丸1か月の新婚生活を、今もその麗人の名をもって呼ばれる、この奥まった美しい庭に面した居室で過ごした。 -
-
-
格子窓の中庭
キリスト教徒による製作 -
この辺りは、キリスト教徒による部分で簡素な作りが続く
-
お馴染みの
-
この辺りに、W Irving の部屋があるはず?!
アーヴィングが“アルハンブラ物語”を執筆した当時、アルハンブラ宮殿は廃墟と化していたが、出版後、瞬くまに好評を博し、国をあげての復興に結びついた、というアルハンブラの功労者
先のスペイン内紛の後、フランス軍に占拠されたにもかかわらず、そのフランス人によって保護されたアルハンブラ宮殿もその後は、顧みられる事なく荒れるに任せるしかなかった、時を経てのW.Irvingの快挙♪かと
まだ下巻精読途中~^^; -
小さな中庭
-
グラナダの街、アルバイシンを一望
-
キリスト教建築、美術、芸術の製作者、創作者は明らかなのに比べ、
イスラム建築、美術の製作者、創作者、せめて技術者すら不明とは?
と、ふと…… -
アルハンブラ宮殿
キリスト教国のただ中にある、イスラム教徒の大建造物。西欧のゴシック様式の大建造物の中にぽつんとひとつ際立った、オリエント様式の宮殿。征服し、統治し、栄華を極め、そして何処ともなく姿を消してしまった、あの勇敢な、知的な、優雅な一民族の華麗なる忘れ形見。
格子窓の中庭を通って、外へ
バルタル庭園を飛ばし、故に貴婦人の塔も見逃し(-_-;) -
途中で、出会ったネコちゃん
学生さんたちがかまって、無視されてました!
こんな良いお天気なのにちょっと不機嫌そう~ -
降臨する朝陽?
-
ここからヘネラリフェを目指す
のですが -
な~んか、違うような?
-
どうやらさっきの階段を上がって、上の道を進むべきだった?
今頃気が付き
有名な糸杉の小道、を見逃し、休憩所も通らず(;_;) -
途中経過はさておき
ヘネラリフェ入口に到着
結果良ければ全て良し(-。-;
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この旅行記へのコメント (10)
-
- しにあの旅人さん 2020/11/06 08:50:45
- おはようございます
- イベリア半島の下のアルハンブラ宮殿で、何とか宮の名前を知りたくて、確かkummingさんのブログで見たことがあると思い出して調べたら、ありました。
コマレス宮
Patio de los Alayanes
アヤラネス(天人花)の中庭
使わせていただきました。リンクも貼っておきました。
4トラのアルハンブラのブログは数あれど、壁と天井にここまで詳しいのはないでしょう。
アルハンブラはもう1回行きたいんですが、コロナ騒ぎでイタリアが少なくとも2年跳ぶことになるので、こっちの健康寿命範囲内で順番が回ってくるか。
- しにあの旅人さん からの返信 2020/11/06 09:06:34
- 追伸
- 操作間違いで出ちゃった。いつものことで。
本題は、これからupする下のアルハンブラで、By妻と息子が階段の手すりに水が流れる写真があります。これは確かヘレナリフェだと思うのですが、もし覚えていたら教えてください。12番目の写真です。
他力本願ではなはだ恐縮です。
- kummingさん からの返信 2020/11/06 17:01:22
- はやっ(*_*)
- しにあの旅人さん、こんにちは~
むかーしムカシシリーズ最終稿、もうupですか?はやっ(°_°)リンクってurlを貼り付ける、って事ですか?私のブログの?
そ、それはおやめになった方がよろしいかと!
ほぼ「アルハンブラ物語」の抜粋で、せめて自分の言葉で噛み砕いて書いたのならまだしも(-。-;レポートだったら、ただのコピペで判定は”D “間違いない代物です。
かねがね、4tr の広く深い見識、素晴らしい経歴をお持ちのお歴々の旅行記に紛れて、何の特技もキャリアもないただのおばばがブログアップしたり、いっちょまえに対等に喋ったり、こんな己知らずの不遜な態度もネット上だから成立している、仮想空間上のうたかたの事象…と思っております。
誤字を見つけても、更新すると、タイムラインで目立つので、出来るだけ密やかに、息を殺して、生息しています(笑)
色々書き直し、付け加えたい処はあれど、そこはじっと忍、の一字^ ^
なのでリンク貼り付けは、却下、ボツ、でお願いしますm(__)m
では、代わりに、ラテン語ネタを一つ。
学科の専攻に一般、と〇〇〇と2つから選べるのですが、後者は神父さん目指す学生専用の入口です。なので女子は選択出来ず。私の年度には何故か1人の女子志願者がいた、と後で聞きまして…。実はそのおバカは、わ た し(笑笑)
そのくらい無知な小娘でして(-。-;
ラテン語の何たるかも知らないのに、なぜそんな志願をしたのか?すら、今となってはイミフ、ですが。
この秘密は本邦初告白、同級生も誰も知りません♪
世の趨勢で、実社会に有用でない分野が軽視されがちな昨今、数年前にうちの学科が他の学科に統廃合されました。
やはり、イタリアは2年後ですか?(泣)
またまた長すぎるコメント(*_*)
- しにあの旅人さん からの返信 2020/11/06 17:29:47
- Re: おはようございます
- 貼って、UPしてあります。
上下ですから、連続していないと読みにくいと思って。本来なら1本にするところですが、写真が多いと重くて作りにくいので、分割しただけです。
- kummingさん からの返信 2020/11/07 10:58:38
- ほんとだ~(*_*)
- 既に貼り付けてupされてました!
ちょっと言い過ぎたかも↑
ごめんなさい、時々過激なコメントで、後で反省(TT)
リンク貼り付けたからって誰もが見るわけじゃなし!
自意識過剰でしたm(_ _)m
それにしても、むかーしムカシシリーズ、傑作です♪
Part2、あるかな~^ ^
-
- ベリーニさん 2019/07/15 17:38:53
- 夏にモロッコ 、アルハンブラを訪ねる計画、勉強中です。
- kumming さん、こんにちは!
アルハンブラ宮殿の詳しい説明、ありがとうございます。
私、以前アルハンブラ宮殿を訪ねた時は不勉強のまま見学してしまって‥消化不良‥後悔です。
この夏にもう一度アルハンブラをゆっくり訪ねてみたいと思い 少しばかり勉強中です。
噴水の血の跡‥ そうだったのね。
モーロ系スペイン人 ‥し、知らない(汗)
アルハンブラ物語‥メモメモ。
貴重な情報ばかり‥
何度もこの旅行記に戻って来て読み直しています…読み応えある素晴らしい旅行記をありがとうございます!
- kummingさん からの返信 2019/07/15 19:20:20
- きゃ~、 夏にモロッコ 、いいな~♪
- ベリーニさん、コメントありがとうございます♪
夏に、スペイン経由ジブラルタル渡ってモロッコインですか?
この情報、4tra サーフィン中に、ベリーニさんのコメントで知ってました(笑笑)
アルハンブラ宮殿のブログは他にたくさん正統派の立派なものがございます!ぜひ、そちらの方を参考にされる事、おススメ~^ ^私のは順路はメチャクチャ、自分でもどれが何処の写真?!状態でしたし、写真も酷い(;o;)
解説はほぼ「アルハンブラ物語」の抜粋なので、原本をご参照下さいませ~
ベリーニさんの最新ブログ、バンコク編へのコメント、こっちだと人目につかない?ので、ちょっとだけ~
うちのツレは仕事がらみも含めて20回はバンコク訪問済み、なのに、こんなに魅力的な土地だとは(°_°)私には全然伝わってなくて、ベリーニさんのブログを拝見してびっくり~!
ツレはアジア派、私は西欧派、今は各々気ままな一人旅中ですが、そろそろ食事と移動時(荷物持ち!?)に人手が欲しい(-。-;おかげで、引退後の夫婦旅も視野に入ってきました(笑)
モロッコ編、すご~く楽しみに待ってま~^ ^
ご訪問、ありがとうございました♪
- ベリーニさん からの返信 2019/07/15 20:27:58
- Re: 夏にモロッコ 、アルハンブラを訪ねる計画、勉強中です。
- モロッコ 旅行、バレていたのねー(笑)
kumming さん、温かい言葉をありがとうございます!
正直、私ってこんなに何にも知らなかったねー (汗)って感じで ちょっとガッカリ中なんだ‥
でも、新しい知識を得るのは何歳になってもワクワクして楽しい事ですね。
kumming さん家の夫婦旅行かなぁ‥ん~ なんか珍道中になりそう‥(笑)
って‥ 我が家は珍道中どころか勝手旅‥
我が家では、旅行は途中参加、途中退席が当たり前で…。
今回の夏の旅行も 異国のどこかで会って、一緒に居れる時だけつるんで、勝手に途中で別かれて、日本には各々バラバラに帰国です。
なんかそんな旅をしてきてます。
おすすめのアルハンブラ物語‥早速、アマゾンで注文してみます。
-
- さっくんさん 2019/04/13 14:25:02
- ご無沙汰しました
- 遂に行かれたのですね
グラナダ・アルハンブラ宮殿
十年前程ライオン宮がリニューアルしたのですが、改悪でしたね。
それまでは回廊部分にしか観光客入れなかったのに。改悪後はライオン付近まで観光客が近づける様になってしまったので、某国のツアーが来場するとライオンの噴水ならぬ某国オバチャンの尻の噴水になってしまう(笑)
私は無人で撮れる唯一の瞬間、朝イチを予約した上で朝イチに並び、開門したら真っ先に噴水に向かい、二番が他のところゆっくり見ながら噴水に到着する迄貸切りを楽しみました。
- kummingさん からの返信 2019/04/13 21:40:01
- お久し~^ ^
- こちらこそ、ご無沙汰です!
希少かつ貴重なコメント投稿、ありがとうございまーす♪
それも、さっくんさんからとあっては、喜びもひとしお^ ^
しみじみと、かみしめております。
よくぞ、こんなにきたなくてムダに枚数だけやたらと多い写真、ばかりの旅行記をご訪問下さいましたm(_ _)m
スペイン旅行を決めてから、身も心もあちこちに分散し、この旅に集中する事が出来ないまま、旅立ってしまいました。
振り返って今、忘れないうちにと旅行記書きながら、何と多くの見逃し、省略をしてしまった事か!
どうやら目的地に辿りつくとホッとするのか、気分が高揚しているからか、平常心でいたとは思えない、挙動不審?!
順を追って観て廻る、オーディオガイダンスに従って進む、という方法を身につけたいと思う、昨今(-。-;
10年前改悪前のアルハンブラに訪れたというさっくんさんの写真、ぜひ見たい(*^o^*)
投稿ありがとうございました♪
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