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50歳迄に何かひとつ目標を立てようと思い、旅行で全国47都道府県を<br />巡ってみることにしました。<br />リュックひとつでフットワーク軽く、広く浅くがモットーです。(^^)<br /><br />真田家ゆかりの地、松代・上田を回ってきました。<br />平日とはいえ、真田丸の放映期間中。<br />真田丸フィーバーを実感してきました。<br /><br />1日目<br />バスタ新宿→川中島古戦場→松代観光→長野泊<br />(チサングランド長野)<br /><br />2日目<br />上田観光→別所温泉→池袋

全国47都道府県を制覇する旅~松代・長野・上田・別所温泉(1/2)

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2016/09/15 - 2016/09/16

171位(同エリア1909件中)

一泊二日

一泊二日さん

50歳迄に何かひとつ目標を立てようと思い、旅行で全国47都道府県を
巡ってみることにしました。
リュックひとつでフットワーク軽く、広く浅くがモットーです。(^^)

真田家ゆかりの地、松代・上田を回ってきました。
平日とはいえ、真田丸の放映期間中。
真田丸フィーバーを実感してきました。

1日目
バスタ新宿→川中島古戦場→松代観光→長野泊
(チサングランド長野)

2日目
上田観光→別所温泉→池袋

旅行の満足度
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
高速・路線バス
  • バスタ新宿から長野行き高速バスに乗車し、川中島古戦場下車。<br />(乗車時間:3時間30分)<br /><br />武田信玄と上杉謙信の戦いで有名な川中島古戦場は<br />八幡原史跡公園として整備されてます。

    バスタ新宿から長野行き高速バスに乗車し、川中島古戦場下車。
    (乗車時間:3時間30分)

    武田信玄と上杉謙信の戦いで有名な川中島古戦場は
    八幡原史跡公園として整備されてます。

  • 松代行きの路線バスの時間まで45分ありますので、隣接する八幡社へ。

    松代行きの路線バスの時間まで45分ありますので、隣接する八幡社へ。

  • 本殿で参拝。

    本殿で参拝。

  • 武田信玄と上杉謙信一騎討ちの像。

    武田信玄と上杉謙信一騎討ちの像。

  • 首塚。<br />1561(永禄4)年、9月10日の戦いの後、武田方の海津城主・高坂弾正が<br />激戦場となったこの辺り一帯の戦死者(6千余人)の遺体を敵味方の別なく集め手厚く葬った塚の一つ。<br />これを知った上杉謙信が後に塩不足で悩む武田氏に塩を送り恩に報いたをされ「敵に塩を送る」言葉が生まれたそうです。

    首塚。
    1561(永禄4)年、9月10日の戦いの後、武田方の海津城主・高坂弾正が
    激戦場となったこの辺り一帯の戦死者(6千余人)の遺体を敵味方の別なく集め手厚く葬った塚の一つ。
    これを知った上杉謙信が後に塩不足で悩む武田氏に塩を送り恩に報いたをされ「敵に塩を送る」言葉が生まれたそうです。

  • 執念の石。

    執念の石。

  • 説明板。

    説明板。

  • 川中島古戦場は15分~20分もあれば観光出来ます。<br /><br />次は路線バスで松代へ。

    川中島古戦場は15分~20分もあれば観光出来ます。

    次は路線バスで松代へ。

  • 旧松代駅。(廃線となった長野電鉄屋代線)<br />今は観光案内所になってます。<br /><br />ここで無料のレンタサイクルを借り、帰りの(長野駅行き)バスの時間を確認してから松代観光スタートです。

    旧松代駅。(廃線となった長野電鉄屋代線)
    今は観光案内所になってます。

    ここで無料のレンタサイクルを借り、帰りの(長野駅行き)バスの時間を確認してから松代観光スタートです。

  • 松代城跡へ。<br /><br />川中島合戦で、武田側の拠点として築城されたといわれています。<br />千曲川の流れを外堀とする天然の要塞で、当時は海津城と呼ばれました。

    松代城跡へ。

    川中島合戦で、武田側の拠点として築城されたといわれています。
    千曲川の流れを外堀とする天然の要塞で、当時は海津城と呼ばれました。

  • 櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元されていました。

    櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元されていました。

  • 高台からの眺め。

    高台からの眺め。

  • 真田宝物館。(館内は撮影禁止)<br />真田家に関する資料から武具、調度品、書画、文書などの大名道具が展示されてます。平日とはいえ、かなりの人が・・(駐車場にも観光バスがいっぱい)

    真田宝物館。(館内は撮影禁止)
    真田家に関する資料から武具、調度品、書画、文書などの大名道具が展示されてます。平日とはいえ、かなりの人が・・(駐車場にも観光バスがいっぱい)

  • 真田宝物館の周辺に主な観光スポットがあります。

    真田宝物館の周辺に主な観光スポットがあります。

  • 真田邸。

    真田邸。

  • 9代藩主・幸教が、義母・貞松院(幸良の夫人)の住まいとして<br />1864(元治元)年に建築した松代城の城外御殿で、<br />当時は「新御殿」と呼ばれていました。

    9代藩主・幸教が、義母・貞松院(幸良の夫人)の住まいとして
    1864(元治元)年に建築した松代城の城外御殿で、
    当時は「新御殿」と呼ばれていました。

  • 御寝所。<br />主人の寝室にあたり床の間などの意匠はありません。<br />寒さを防ぐためか、床は二重に作られてたようです。

    御寝所。
    主人の寝室にあたり床の間などの意匠はありません。
    寒さを防ぐためか、床は二重に作られてたようです。

  • 主人用のトイレ。

    主人用のトイレ。

  • 左側の台をつかって手を洗っていたようです。

    左側の台をつかって手を洗っていたようです。

  • 日本庭園。

    日本庭園。

  • 少しの間、縁側に座って日本庭園を眺めてました。

    少しの間、縁側に座って日本庭園を眺めてました。

  • 平面図。

    平面図。

  • 文武学校。<br />文武を奨励した松代藩8代藩主・幸貫が水戸の弘道館にならって計画し、<br />9代・幸教の時代に完成した松代藩の藩校です。<br />藩士の子弟が学問と武道を学ぶ場として、1855(安政2)年に開校。

    文武学校。
    文武を奨励した松代藩8代藩主・幸貫が水戸の弘道館にならって計画し、
    9代・幸教の時代に完成した松代藩の藩校です。
    藩士の子弟が学問と武道を学ぶ場として、1855(安政2)年に開校。

  • 全体図。

    全体図。

  • 剣術所。

    剣術所。

  • 文学所。<br />当時の時間割には東洋・西洋の医学、小笠原流礼法、西洋の軍学なども組み込まれており、先進的な教育が行われてたようです。

    文学所。
    当時の時間割には東洋・西洋の医学、小笠原流礼法、西洋の軍学なども組み込まれており、先進的な教育が行われてたようです。

  • 弓術所。

    弓術所。

  • 槍術所。

    槍術所。

  • 旧白井家表門。<br />1846(弘化3)年に建てられた三間一戸形式の長屋門で、<br />20メートルもの広い間口、出窓、見張り窓など、<br />松代城下の武家屋敷の長屋門の特徴を表しています。<br /><br />門を入れば無料案内休憩所があります。

    旧白井家表門。
    1846(弘化3)年に建てられた三間一戸形式の長屋門で、
    20メートルもの広い間口、出窓、見張り窓など、
    松代城下の武家屋敷の長屋門の特徴を表しています。

    門を入れば無料案内休憩所があります。

  • 旧横田家住宅。(国重要文化財)<br />1800年代前半から中頃にかけて建築されたとみられる中級武士の武家屋敷。

    旧横田家住宅。(国重要文化財)
    1800年代前半から中頃にかけて建築されたとみられる中級武士の武家屋敷。

  • 横田家は「富岡日記」で知られる和田英をはじめ、幕末から明治・大正・昭和にかけ、最高裁判所長官、鉄道大臣など多くの人材を輩出しました。

    横田家は「富岡日記」で知られる和田英をはじめ、幕末から明治・大正・昭和にかけ、最高裁判所長官、鉄道大臣など多くの人材を輩出しました。

  • 当時の武士の暮らしぶりが感じられます。

    当時の武士の暮らしぶりが感じられます。

  • 裏側から。

    裏側から。

  • 旧松代藩鐘楼。<br /><br />真田信之が松代に入封直後に建てられたとされ、当時は火の見櫓の役割を兼ねていた。昼夜の区別なく一刻(二時間)ごとに時間を知らせたほか、城下で出火があった際には非常を知らせる役割も果たしました。

    旧松代藩鐘楼。

    真田信之が松代に入封直後に建てられたとされ、当時は火の見櫓の役割を兼ねていた。昼夜の区別なく一刻(二時間)ごとに時間を知らせたほか、城下で出火があった際には非常を知らせる役割も果たしました。

  • 長国寺。<br />棟にあしらわれた六文銭と、海津城から移設した鯱鉾が印象的な本堂。<br /><br />天文16(1547)年、信濃国の在地領主であった真田幸隆が、<br />畏敬する伝為晃運(でんいこううん)禅師を開山第一世に招き、<br />一族の菩提寺とし建立。

    長国寺。
    棟にあしらわれた六文銭と、海津城から移設した鯱鉾が印象的な本堂。

    天文16(1547)年、信濃国の在地領主であった真田幸隆が、
    畏敬する伝為晃運(でんいこううん)禅師を開山第一世に招き、
    一族の菩提寺とし建立。

  • 拝観料300円を払い、お坊さんの案内で御霊屋と墓所へ。<br /><br />真田信之霊屋。(国重要文化財)<br />万治3(1660)年に建立された、松代藩祖・真田信之の御霊屋。<br />信之と小松姫御夫妻の位碑を安置しています。

    拝観料300円を払い、お坊さんの案内で御霊屋と墓所へ。

    真田信之霊屋。(国重要文化財)
    万治3(1660)年に建立された、松代藩祖・真田信之の御霊屋。
    信之と小松姫御夫妻の位碑を安置しています。

  • 四代真田信弘霊屋。(県宝に指定)<br /><br />信之御霊屋に比べると簡素な造りになっています。<br />歴代藩夫人らの位牌が安置されています。

    四代真田信弘霊屋。(県宝に指定)

    信之御霊屋に比べると簡素な造りになっています。
    歴代藩夫人らの位牌が安置されています。

  • 御霊屋の後方にある真田家墓所へ。

    御霊屋の後方にある真田家墓所へ。

  • 松代藩祖・初代真田信之から十代にわたる真田家歴代の墓所です。<br /><br />信之の弟、幸村とその子、幸昌(大助)の供養碑も建てられています。

    松代藩祖・初代真田信之から十代にわたる真田家歴代の墓所です。

    信之の弟、幸村とその子、幸昌(大助)の供養碑も建てられています。

  • 墓所の一番奥にある初代真田信之の墓前に手を合わせ・・・

    墓所の一番奥にある初代真田信之の墓前に手を合わせ・・・

  • 路線バスで長野駅~善光寺へ。<br /><br />仁王門。

    路線バスで長野駅~善光寺へ。

    仁王門。

  • 仲見世通りを通って

    仲見世通りを通って

  • 山門。(国重要文化財)

    山門。(国重要文化財)

  • 本堂。(国宝)<br />お戒壇巡りをしてきました。<br /><br />帰りに参道でおやきを買って食べ、、、

    本堂。(国宝)
    お戒壇巡りをしてきました。

    帰りに参道でおやきを買って食べ、、、

  • 歩いて長野駅へ。

    歩いて長野駅へ。

  • 駅前(善光寺口)にある「そば亭 油や」へ。<br /><br />もりそば(大盛り)を注文。

    駅前(善光寺口)にある「そば亭 油や」へ。

    もりそば(大盛り)を注文。

  • 今夜のホテル、チサングランド長野。

    今夜のホテル、チサングランド長野。

  • 部屋は10階のダブル。

    部屋は10階のダブル。

  • ウェットエリア。

    ウェットエリア。

  • 部屋からの眺め。<br />(予約時に線路側をリクエスト)

    部屋からの眺め。
    (予約時に線路側をリクエスト)

  • 長野新幹線と在来線の往来をしばらく眺めていました。<br /><br />翌日は上田を回ります。<br />(2/2)に続きます。

    長野新幹線と在来線の往来をしばらく眺めていました。

    翌日は上田を回ります。
    (2/2)に続きます。

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