2006/06/05 - 2006/06/06
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ノスタルジアさん
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2006年(平成18年)4月5日(水)~7月15日(土)
ピースボートの地球一周の船旅に参加した。
ツアーの参加者の投稿はネットでも数多くあって評判はすこぶる悪い。中には裁判沙汰にもなっているツアーもある。
自分ももう2度と参加したくないと思っている。その理由については枚挙にいとまがないが、特に最悪だったのは船内のエアコンが制御不能で温度が一定ではなくその上、かび臭さが漂い体調不良者が続出していたのである。
そのせいか自分も乗船して2日目には咳が止まらない、だるいといった風邪の症状が出て診察室に行った。診察室は毎朝行列が並び、船はさながら病院船みたいになっていて、新型インフルエンザやエボラ出血熱の患者が発生すればたちまち蔓延して各国で寄港拒否されてさすらいの航海になっていただろう。
ツアー中、高齢者の男性が船室で病死した、と2回、船内放送があったが、珍しい事ではないらしい。まさに病院船である。
乗船中は体調不良が治まる事は無かったが、寄港地で下船すると体調は良くなったのでる。
元来、旅行社のツアーは性格的に合わないので、旅に出掛ける時は、
いつも自分一人だけで、新婚旅行も出来るなら別々に行きたかった程である。
それなのにこのツアーに参加したのは、地球一周の船旅は他には飛鳥、にっぽん丸だけで、一人参加での相部屋タイプは他になかったからである。
それに飛行機は墜落すると人生それで終わり、なので飛行機には乗らない事にしているので船で行くしかなかったのである。
5月27日(土)にアイルランドダブリンを出港して9日目の6月5日(月)にニューヨークに入港した。9日間の間、大航海時代に思いを馳せながら、さてニューヨークで何をしようかと考えていたが、元々、都市観光ンは興味がないので、思いついたのがヤンキースタジアムでの野球観戦だった。
野球観戦については「地球一周の船旅 ニューヨーク ヤンキースタジアムで対レッドソックス戦を観戦」
http://4travel.jp/travelogue/11171677をご覧下さい。
今回は、6月5日(月)のハドソン川を遡りながら船上から撮ったマンハッタンの風景、翌6日(火)は、グランドゼロ、ウオールストリート、ハーレム、タイムズクスクエア、チャイナタウンと街歩きの1日だった。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
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2006年6月5日(月)~6日(火)ニューヨーク地下鉄に乗った区間
6月5日(月)
ヤンキースクラブハウスの最寄り駅59 Streetからヤンキースタジアムの最寄り駅161 Street乗車。
ヤンキースタジアムの最寄り駅161 Streetからピースボードの船着き場の最寄り地下鉄駅50 street乗車。
6月6日(火)
地下鉄駅50 Streetからワールドトレードセンター駅乗車。
ウオールストリート駅からハーレムの最寄り駅125 Street駅乗車。
125 Street駅からタイムズクスクエア42 Street駅、乗車。
チャイナタウンの最寄り駅キャナルStreet駅から50 Street駅乗車。 -
2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
5月27日(土)にアイルランドダブリンを出港して9日目の6月5日(月)の朝、船はハドソン川に速度を落としながら歩く様な速度でゆっくりと入った。
アイルランドからは、1840年代からは年間100万単位での移民が行われた。その契機となったのは1845年からアイルランドで起こったジャガイモ飢饉であった)。彼等アイルランド系(Irish)は祖国での貧困から逃れるために移住したので、低賃金労働に従事し、一部の成功者を除いて都市の下層社会を構成した。
またその多くはカトリックであったので、プロテスタント社会とは別個の社会を作っていった。大統領となったケネディはアイルランド系の成功者であった。 -
2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの自由の女神像
自由の女神像は、ニューヨーク港内、リバティ島にある像である。正式名称は世界を照らす自由である。
現在は女神とは呼ばず 自由の像と呼ばれている。 自由の像はアメリカ合衆国の独立100周年を記念して、独立運動を支援したフランス人の募金によって贈呈され、1886年に完成した。
アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴であるとともに、19世紀以来絶えることなく世界各地からやってくる移民にとって新天地の象徴ともなっている。1984年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
像自体の性別ははっきりとわかっているわけではない。 -
2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの自由の像
銅製だが、緑青の為に緑色になっている。像の頭の部分までの高さは33.86メートル、台座からトーチまでの高さは46.05メートル、台座の高さは47メートル、台座部分も含めると93メートル、総重量は225トンである。
右手には純金で形作られた炎を擁するたいまつを空高く掲げ、左手にはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とローマ数字で刻印された銘板を持っている。
足元には引きちぎられた鎖と足かせがあ全ての弾圧、抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴している。女神がかぶっている冠には7つの突起がある。これは、7つの大陸と7つの海に自由が広がるという意味である。
台座部分にはエレベータが設置されている。エレベータの最上階(10階)からは像の中のらせん階段を上って王冠部分の展望台に登ることができる。
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件後は安全のため、同展望台は閉鎖されていたが、2009年7月4日、独立記念日に合わせて約8年ぶりに再開された。 -
2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
ハドソン川は、主にニューヨーク州を流れ、大西洋に注ぐ川である。河口付近ではニューヨーク州とニュージャージー州との境界になっている。
ヨーロッパ人で最初にこの川を発見したのはイタリア人のジョバンニ・ダ・ヴェラッツァーノで、1524年のことである。名前は1609年にこの川の探検を行ったヘンリー・ハドソンに由来する。
ハドソン川は、かなりの部分が航行可能である。1825年12月26日にハドソン川とエリー湖とをつなぐエリー運河が完成し、五大湖周辺とヨーロッパ間が大西洋経由で繋がった。 -
2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
エンパイアステートビルの総床面積は20万4,385m?におよび、質量は全体でおよそ33万 t ある。6,500個の窓や73基のエレベーター(貨物用の6基を含む)、1,860個の階段などで構成されている。
最上階である102階の床面は地上373.2mの高さにあり、軒高(本体構造物の最高所の地上高)は381.0mである。
また、1950年代に付け加えられた上部付属施設である電波塔(67.7m)を併せた場合の地上高は443.2mである。 -
2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上からの街並み風景
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 一時移動中のイントレピッド海上航空宇宙博物館
アメリカ海軍で使用されていた航空母艦イントレピッドを利用したものであり、艦船や航空機の展示を行っている。
イントレピッドは、その名を持つ艦としては4隻目で太平洋戦争ではレイテ沖海戦などに参加、その後マーキュリー計画やジェミニ計画で宇宙船の回収母艦を務め、ベトナム戦争にも参加した。
退役後の空母イントレピッドを博物館として再利用されることが1982年8月に決定されると、船体はニューヨーク市マンハッタン中心部西46番丁目の西端でハドソン川に張り出している86番桟橋に係留され、イントレピッド海上航空宇宙博物館として生まれ変わり、多くの観光客を集めるマンハッタンの名所のひとつとなった。
しかし築80年以上になる86番桟橋は老朽化が著しく、構造強度の劣化から崩壊の可能性が指摘されると、2006年にはこの86番桟橋を近代的なものに改築するのと同時に、イントレピッドにも補修改修工事を施すためにハドソン川を約8キロメートル下ったニュージャージー州ベイヨンのドライドックへ一時移動させることになった。 -
2006年6月5日(月)ニューヨーク 一時移動中のイントレピッド海上航空宇宙博物館
そこで夏から秋にかけて船体周辺の河床堆積土砂を浚渫し、この年の大潮満潮が最大となる11月6日、タグボートが6隻でイントレピッドの曳航を試みたが、24年間に予想以上に堆積していた土砂にスクリューとられて離岸直後に座礁してしまった。
このため一時は船体を解体して撤去する可能性までもが取り沙汰されたが、海軍および陸軍工兵司令部の協力を得て詳細な調査を行ったところ、もう少し堆積土砂を撤去すれば次の大潮満潮時に離礁させることが可能という結論に至り、さらなる浚渫を行った結果、同年12月5日に離礁に成功した。
ドックに曳航されたイントレピッドには、飛行甲板の修理、未公開エリアの整備、外装の再塗装などの補修改修工事が施され、2008年秋には新築成った86番桟橋に無事戻され博物館として再オープンした。 -
2006年6月5日(月)ハドソン川右岸ニュージャージー州
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2006年6月5日(月)ハドソン川右岸ニュージャージー州
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2006年6月5日(月)ハドソン川右岸ニュージャージー州
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2006年6月5日(月)ニューヨーク 船上で
イギリス、ノルウェー、アイルランドとずーっと天気が悪く、今日も風が冷たく寒くて最悪の時雨模様だった。
船は客船ターミナル92番埠頭、5番バースに予定通り8時に着岸したが、ピースボードは日頃の活動により当局っからマークされており入国審査が厳しく、上陸したのは正午過ぎだった。この日はヤンキースタジアムでヤンキースタジアムでレッドソックスとの試合を観戦して船に戻ったのは午前0時を過ぎていた。 -
2006年6月6日(火)地下鉄切符 50 Streetからワールドトレードセンター駅乗車
駅で販売機から切符を買って改札口の読み取り機に通したが、2,3回通したがゲートが開かない、そうこうする内に改札口の横のブースに座っている大柄で100キロは超えると思われる4,50代の黒人女性が座ったまま「何やってんだ、ゆっくり通すからダメなんだ、もっと素早く通せ!」と怒鳴りつけて来た。それでゲートは開いたが、これには頭に来たが、「ここはニューヨーク」と自分に言い聞かせて我慢した。客を客と思わない態度、中国人並みだった。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク 再建中のグラウンド・ゼロ
2001年9月11日の午前、イスラム系国際テロ組織アルカイダ実行犯がハイジャックした民間航空機二機がワールドトレードセンターツインタワーに次々に自爆突撃をした。テロリスト含む乗員・乗客・テナント・消防・警察など、あわせて2749人もの死亡者を出す惨事となり、ワールドトレードセンターは崩壊した。
崩壊して以降は、「グラウンド・ゼロ」又は「ワールドトレードセンターサイト(跡地)」という呼び名が定着している。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク 再建中のグラウンド・ゼロ
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2006年6月6日(火)ニューヨーク ズコッティ公園
ズコッティ公園は、ロウアー・マンハッタンにある年中開放の民間運営公園である。面積は33,3,100 m?で当時の土地所有者による市との公園整備についての交渉を経て1968年にUSスチールによって整備され、そばにあるワン・リバティ・プラザにちなんで「リバティプラザ公園」と命名された。
ブルックフィールド・オフィス・プロパティーズが管理しており、ブロードウェイ、トリニティ・プレイス、リバティ通り、シダー通りに囲まれている。公園の北西には150グリニッジ・ストリートに通じる通りがある。金融業界で働く人などにとって有名な場所になっている。
2001年、アメリカ同時多発テロ事件で大きな被害を受けたが、その後復旧され、テロ事件に関する記念式典に使用された。2006年の再整備で現所有者のブルックフィールド・オフィス・プロパティーズのジョン・ズコッティ会長にちなんだ「ズコッティ公園」に改名された。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク ブロードウェー街並み風景
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2006年6月6日(火)ニューヨーク ブロードウェー 警戒中のお巡りさん
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2006年6月6日(火)ニューヨーク ブロードウェー 消防自動車
映画「タワーリング・インフェルノ」に出て来るような巨大な消防車 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク トリニティ教会
ニューヨークで最古の歴史を持つ教会。最初は、1697年にウィリアム3世が英国国教会として建てたものだったが、時代の変遷のなかで何度か建て直され、1846年に現在のゴシック様式の建物が完成した。トリニティとは、三位一体の神を指す。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク トリニティ教会
マンハッタンは17世紀前半はオランダ、後半はイギリスの植民地で、トリニティ教会は、1697年に建てられた英国国教会の教会。建設当時、ニューヨークで一番高い建物だった。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク トリニティ教会の墓地
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2006年6月6日(火)ニューヨーク ブロードウェー 街並み風景
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2006年6月6日(火)ニューヨーク 道路標識
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2006年6月6日(火)ニューヨーク証券取引所
ニューヨーク証券取引所は、世界最大の証券取引所である。通称「ビッグ・ボード(Big Board)」。
世界一上場審査が厳しいとされ、上場企業数は約2,800社。そのうち外国企業は約460社(47の国・地域)が上場している。
日本の三大証券取引所とは異なり、企業規模などによる市場指定(第一部・第二部など)は行ってはいない。大規模企業の上場が多く、日本企業では1970年にソニーが上場して以来、現在17社が上場している。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク証券取引所
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2006年6月6日(火)ニューヨーク証券取引所
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2006年6月6日(火)ニューヨーク証券取引所
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2006年6月6日(火)ニューヨークニューヨーク証券取引所前からパールストリート方面
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2006年6月6日(火)ニューヨーク証券取引所前からトリニティ教会方面
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2006年6月6日(火)ニューヨーク証券取引所前のモルガン銀行前で警戒中の武装警官
近づいて写真を撮らせて欲しいと云うと即座に「No!」、傍にシェパード犬がいたので、それなら犬を撮っても良いかと訊くとこれも即座に「No!」、無視して撮れば撃ち殺されかねない状況だった。2枚の写真は近づく前にフェデラル・ホールの石段から撮った。それでも観光客が勝手に撮ったりするので顔が知られるとテロリストの標的になる恐れがあるのでカメラを向けると顔が写らないようにしていた。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク証券取引所前のモルガン銀行前で警で警戒中の武装警官
フェデラル・ホールの石段に座ってモルガン銀行前で警戒している武装警官を見ていると観光客や通行人に顔を見せないようにしているのになぜか人の動きを手に取るように分かっているのが不思議だったので近づいて見るとモルガン銀行のガラス扉に自分と通行人が映っているので納得した。自分が動くと同じ様に警官は動いた。
警官が怖いと思った国は、アメリカ、中国で勿論写真撮影NGで、一番面白かったのはメキシコアカプルコ、自動小銃を持って一緒に記念撮影した。
「地球一周の船旅 警察官から自動小銃と実弾を受け取って・・・ メキシコ アカプルコで」http://4travel.jp/travelogue/11014041
紛争地で無ければどちらかというと開発途上国の方がフレンドリーである。他にはストックホルムの警察官は若い男女のカップルで丸腰でデートしているみたいだった。その国の警察官のウオッチングも面白いものである。日本の警察官は一緒に記念撮影に応じるのだろうか。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク ジョージ・ワシントン
アメリカ合衆国初代大統領で、アメリカ独立戦争時の軍人、政治家、黒人奴隷農場主である。アメリカ合衆国独立に大きく寄与したとして「アメリカ合衆国建国の父」とも呼ばれる。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク証券取引所とジョージワシントン像
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2006年6月6日(火)ニューヨーク フェデラル・ホール
1700年に二代目のニューヨーク市庁舎として建設された。アメリカ独立戦争の後、1785年から1789年まで、この市庁舎は連合規約の下、合衆国連合会議の議事堂として使用された後、1812年に解体され、現在の建物は1842年に再現して建てられた合衆国税関の建造物である。
アメリカ合衆国成立期の非常に重要な歴史と関わる場所であり、現在は国定記念館として有名な観光名所となっている。
ちなみに第1回の米連邦議会が招集されて1789年4月30日、ワシントンがアメリカ初代大統領として就任演説を行った場所。 -
2006年6月6日(火)ジョージワシントン像の傍で
今日のニューヨーク証券取引所の株式市況の解説するキャスター、生放送で風が少しあったので女性スタッフがキャスターの髪の手入れに苦労していた。 -
2006年6月5日(月)の株式市況
ダウ工業株30種平均 11,048.72ドル 2016年10月5日 18,281.03ドル
ナスダック総合指数 2,169.62 2016年10月5日 5,316.02
S&P 500 1,265.29 2016年10月5日 2,159.73
10年でこんなに値上がりしているのか! -
2006年6月6日(火)ニューヨーク フェデラル・ホール ジョージワシントン像の傍で
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2006年6月6日(火)ニューヨーク 地下鉄ウオールストリート駅ホーム
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2006年6月6日(火)ニューヨーク 地下鉄ウオールストリート駅
ハーレム地区の125 Street駅に向かう地下鉄はスピードの出し過ぎなのか、車体の揺れが激しく乗り心地は最悪だった。 -
2006年6月6日(火)ハーレム地区 エフェソス・セブンスデー・アドベンティスト教会の前で
地下鉄125 Street駅の交差点から南に入ったレノックス通りでアドベンティスト教会の写真を撮った後、振り向くと背後に座っていた黒人男性二人組の一人と目が合ったので会釈したら、いきなり立ちあがって胸ぐらを捉まれて凄まれた。何を言っているのか、何で凄まれているのか全く分からなかった。銃やナイフを向けていない、金も要求されていないし、もう一人も座ったままで見ているだけだったのでびっくりはしたが、恐怖心は無かった。こちらは教会を指差しながら「SIGHTseeing!Photo!」と必死で繰り返して叫ぶと、相手は掴んでいた胸ぐらの手を開いて無を押して離れた。2,3秒だと思うが目を合わせていたが、右手を差し出して握手を求めて来たので自分も右手を出して握手すると痛いほど握られながら相手はにっこりと笑った。やれやれと思った。それにしてもなぜ凄んで来たのか未だに分からないのである。 -
2006年6月6日(火)ハーレム地区 エフェソス・セブンスデー・アドベンティスト教会の前で
ハーレムは、ニューヨーク市マンハッタン区北部に位置する地区である。ここは、アフリカ系アメリカ人の文化とビジネスの中心地となっている。かつてはオランダ系移民の住居地だった。
ヨーロッパ人入植者が移住してくる以前は、現在のハーレム・エリアにはネイティブ・アメリカン部族が住んでいた。おそらく彼らのほとんどはレナペ族で、半遊牧民的な生活を営んでいた。
ハーレムの平地では何百人もの人々が農作をしていた。1637-1639年には、ヨーロッパ人による最初の入植が確立された。1637年に、最初のヨーロッパ人、オランダ人移民がこの地区に住み着いた。
初期の入植者は先住民との対立のためマンハッタン島南部のニューアムステルダムの市街地内に避難することを余儀なくされていたが[10]、オランダ人の入植が進むにつれ先住民は徐々にマンハッタン島から姿を消していった。ハーレム・エリアの集落はオランダの町ハールレムにちなんでニュー・ハーレムと名付けられ、1658年に正式な村として組織された。
1664年に、イギリスがニューネーデルランドの支配権を取得し、ニューヨーク植民地総督リチャード・ニコルズはニュー・ハーレムの南端の境界線として現在のイースト川と74丁目の位置から西に伸びる"Harlem Line"を定めた。
イギリスはこの地区の名前をランカスターに変更しようと目論んだが定着せず、最終的にはオランダ語のHaarlemが英語化してHarlemという現在の名称に落ち着いた。
オランダは1673年に一年だけニューヨークの支配権を取り戻している。ハーレム村はゆっくりと発展し、18世紀半ば頃にはニューヨーク市の裕福な人たちの保養地となった。 -
2006年6月6日(火)ハーレム地区 レノックス通り アパート
アメリカ独立戦争中、イギリス軍はハーレムの村を焼け野原にした。1776年10月16日、ウエスト・ハーレム/モーニングサイド・ハイツではハーレムハイツの戦いが起こった。
その後、18世紀中はマンハッタン島南部の開発と比べてハーレム地区の再建はなかなか進まなかった。19世紀に入り、この地区は未だニューヨーク市の田舎であったが、1811年委員会計画によって、グリッド・プランによる都市開発計画が策定された。
南北戦争が終わると、1868年からハーレムには好景気の波が訪れた。この時期に、貧しいユダヤ系移民やイタリア系移民の人口が急速に増えた。メトロ・ノース鉄道、都市間高速鉄道および高架鉄道線によって、ハーレムとロウアー・マンハッタンおよびミッドタウンが公共交通網で結ばれたことが、ハーレムの発展を加速した。 -
2006年6月6日(火)ハーレム地区 レノックス通り St. Martin´s Episcopal Church
その後、20世紀に入り、アフリカ系アメリカ人の大移動の流れが起こり、多くのアフリカ系アメリカ人がハーレムにやってくるようになった。こうして、1920年代のハーレム・ルネサンスに象徴される黒人文化が長く花開いた。
しかし、世界恐慌および第二次世界大戦後のニューヨーク市の空洞化によって、ハーレムは不景気に見舞われた。貧困から犯罪(放火、窃盗など)に走る者も少なからずいた。
しかしながら、1990年代には徹底的な治安改善政策により環境が急速に改善され、この地区にも高級化の流れがやってくるようになった。21世紀に入り、街の再開発も進み、文化と経済のネオ・ハーレム・ルネサンス期に入りつつある。 -
2006年6月6日(火)ハーレム地区 レノックス通り St. Martin´s Episcopal Church
文化的観点などから、ドミニカ人が住むウェスト・ハーレムやヒスパニックの多く住むイースト・ハーレムを、アフリカ系アメリカ人のセントラル・ハーレムとを区別し、アフリカ系アメリカ人が多く居住する地域のみをハーレムと呼ぶこともある。現在ハーレムの境界線は常に変動し続けている。 -
2006年6月6日(火)ハーレム地区 125 Street
セントラル・ハーレムの南端はセントラル・パークの北の110丁目、北端はハーレム川、西端はモーニングサイド・パーク、セント・ニコラス・アベニューおよびエッジコーム・アベニュー、東端は5番街である。東西に走る125丁目はハーレムのメインストリートで、アフリカ系アメリカ人が主に住んでいる。ハーレムの中では、ここが旅行者の主要な目的地となっている。 -
2006年6月6日(火)ハーレム地区 125 Street 街並み風景
安全のためハーレム地区の人通りのの多いメインストリートである125 Streetを歩く事にした。 -
2006年6月6日(火)ハーレム地区 125 Street 街並み風景
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2006年6月6日(火)ハーレム地区 125 Street 街並み風景
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2006年6月6日(火)ハーレム地区 125 Street 街並み風景
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2006年6月6日(火)ハーレム地区 125 Street 街並み風景
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2006年6月6日(火)ハーレム地区 125 Street 街並み風景
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2006年6月6日(火)ニューヨーク タイムズクスクエア
1910年代?1920年代にかけて、劇場・音楽ホール・きらびやかなホテル等により、タイムズ・スクエアは急速に発展を見せた。1930年代の世界恐慌の訪れとともに、その雰囲気はガラリと変わる。いかがわしいショーや連夜のエロティック・ムービーを上演するような風俗街へと成り下がり、多くの危険地帯も生まれる。その結果、1960年代?1990年代初頭まで、タイムズ・スクエア一帯はニューヨーク市の危険地帯を代表する場所、とまで言われるようになった。
1990年代半ば、ルドルフ・ジュリアーニ市長の指揮の下、その一帯からはポルノショップ等は姿を消し(ブルックリンやクイーンズへと移った後、市内からはほとんど姿を消した)、安全面を向上させ、観光客に親しみやすい地域としてタイムズ・スクエアは生まれ変わった。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク タイムズクスクエア
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2006年6月6日(火)ニューヨーク タイムズクスクエア
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2006年6月6日(火)ニューヨーク タイムズクスクエア NASDAQ
NASDAQ(ナスダック)は、1971年に全米証券業協会(NASD)の主催で開設されたアメリカ合衆国にある世界最大のベンチャー向け株式市場である。
情報技術の普及・浸透により誕生した取引の一形態である。取引所とは異なり、距離の離れたマーケット事業者がコンピュータネットワークを使用して売買気配値を提示する。
上場企業の株価を100台以上の大型テレビで表示するナスダックマーケットサイトがあり、テレビメディアがここから最新の動向を伝え、巨大テレビを利用して株価を表示したりする。 -
2006年6月5日(月)のNASDAQ市場の主な銘柄の終値
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2006年6月6日(火)タイムズクスクエア ニューヨーク市警察New York City Police Department
タイムズ・スクエアは、マンハッタン区ミッドタウンにある繁華街・交差点の名称。ここには建物外壁へのビルボードの設置が多く、世界中の企業の広告や巨大ディスプレイ、ネオンサインや電光看板が多くあり、アメリカのみならず世界の繁華街の代表的風景ともいえる。世界中からの観光客が集まる場所でもあり、ここの交差点は世界の交差点と言われる。
以前の名称はロングエーカー・スクエアであり、ニューヨーク・タイムズの本社が現在のワン・タイムズスクエア(大晦日にボールドロップのイベントが行われる場所[1])に移転してきたことから、1904年4月に現在の名称であるタイムズ・スクエアに改称された。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク タイムズクスクエア
地上や地下駅構内を含め、観光客を含め利用者が非常に多く、駅構内でストリートミュージシャンの演奏を見ることも多いなど華やかな場所であるが、混雑や構造の複雑さから乗換えなどを含め、分かりにくい面がある。繁華街一般と同様、スリなどの多発にも注意が喚起されている。また、路上パフォーマーの写真を無断で撮ると、(時に高額の)チップを要求されるので注意が必要である。また、拒否すると暴力を振るわれたりするなどの事件が発生している。また、大手チェーンではないお土産屋や路上販売店では偽物やぼったくりに注意する必要がある。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク タイムズクスクエア 今は無き日本ビクターの広告
タイムズクスクエアを歩いているとスターバックスのコーヒーの香りが漂ってくる。これがアメリカの香りだと思った。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク タイムズクスクエア
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2006年6月6日(火)ニューヨーク
チャイナタウンのキャナル・ストリートからモット・ストリートを南に見た街並み風景。
歩いていたらいつの間にかチャイナタウンに入った。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク チャイナタウンのキャナル・ストリート界隈
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2006年6月6日(火)チャイナタウン 中華料理店ジョーズ・シャンハイ(鹿鳴春上海)
お腹が空いたので夕食を食べる事にした。ガイドブックを見るとジューシーな蟹粉小籠包で有名なジョーズ・シャンハイが近くにあることが分かった。
カナル・ストリート沿いを東へ、モット・ストリートにぶつかるまで歩き、モット・ストリートを右に曲がり、モット・ストリートを南(ダウンタウン)方向に歩き、ペル・ストリートで左に曲がり、東へ歩くと、ペルストリート沿いの右手(南側)、モット・ストリートとバウリーの中間にあった。徒歩約7分だった。美味しかった。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク チャイナタウンのキャナル・ストリート界隈
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2006年6月6日(火)ニューヨーク チャイナタウンのキャナル・ストリート界隈
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2006年6月6日(火)ニューヨーク チャイナタウンのキャナル・ストリート界隈
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2006年6月6日(火)ニューヨーク チャイナタウンのキャナル・ストリート界隈
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2006年6月6日(火)ニューヨーク チャイナタウンのキャナル・ストリート界隈
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2006年6月6日(火)ニューヨーク チャイナタウンのキャナル・ストリート界隈
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2006年6月6日(火)ニューヨーク チャイナタウンのキャナル・ストリート界隈
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2006年6月6日(火)ニューヨーク 船着き場界隈
チャイナタウンの最寄り駅キャナルStreet駅から船着き場の最寄り駅50 Street駅に着いたのは19時半だった。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク 船着き場界隈
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2006年6月6日(火)ニューヨーク 船着き場界隈 観光馬車
日本だと人力車か。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク 船着き場界隈 スピード違反の車を捕らえたパトカー
この通りを渡ればピースボートの客船ターミナル92番埠頭、5番バース。 -
2006年6月6日(火)ニューヨーク プリペイドテレフォンカード
10ドルだったが日本への国際電話十分過ぎる程話せた。
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地球一周の船旅vol.1
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