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上湖群の観光を初めてすでに35分過ぎてしまいました。歩いたのは上湖群のまだ3分の1に過ぎません。<br />途中P2(遊覧船の発着場)に行く標識が何度か見えてきましたが、とにかく時間内に到着するよう急ぎました。<br />予定の観光コースの最終地点はST3(エコバスの発着場)です。ここからエコバスに乗りST2まで移動、ST2の近くにあるレストランで皆に合流する予定です。<br />なお最終地点はこの国立公園で最も標高が高い場所で640メートルあるそうです。<br />つまり、上湖群は山を上がって行く行程になっていたんです。この時はこんな事はつゆ知らず、後でツアーの人から教えていただいて初めて知ったんです。<br />結局、下湖群の2倍以上の距離の上りの山道を1時間20分で(この間写真を撮りながら)踏破し、ST3のエコバス停留所に辿りつくことができました。<br />下湖群の観光に要した時間は3時間30分ですから、上湖の途中からいかに早く歩くことができたのか、今思うと不思議で仕方がありません。<br />たぶん、平地でウオーキングするペースで歩いていたんだと思います。<br />到着したのは13時10分。これなら十分14時に間に合います。<br />さて、ここプリトヴィツェはクロアチア内戦時の戦場の一つでもあります。内戦時には恐怖と憎しみに支配され、1979年には「危機遺産」に登録されましたが現在ではそのようなことがあったことさえ忘れてしまったかのような、平和に満ちた美しい公園でした。<br />いつまでもこの平和がこの地に続いてほしいと願いを込めながら、ここを後にしてオーストリアのグラーツに向かいました。

クロアチア・スロベニア他10日間、リベンジの旅。 20 ( 感動 プリトヴィツェ上湖群はすばらしかった ② )

20いいね!

2016/06/15 - 2016/06/24

215位(同エリア900件中)

ポポポ

ポポポさん

上湖群の観光を初めてすでに35分過ぎてしまいました。歩いたのは上湖群のまだ3分の1に過ぎません。
途中P2(遊覧船の発着場)に行く標識が何度か見えてきましたが、とにかく時間内に到着するよう急ぎました。
予定の観光コースの最終地点はST3(エコバスの発着場)です。ここからエコバスに乗りST2まで移動、ST2の近くにあるレストランで皆に合流する予定です。
なお最終地点はこの国立公園で最も標高が高い場所で640メートルあるそうです。
つまり、上湖群は山を上がって行く行程になっていたんです。この時はこんな事はつゆ知らず、後でツアーの人から教えていただいて初めて知ったんです。
結局、下湖群の2倍以上の距離の上りの山道を1時間20分で(この間写真を撮りながら)踏破し、ST3のエコバス停留所に辿りつくことができました。
下湖群の観光に要した時間は3時間30分ですから、上湖の途中からいかに早く歩くことができたのか、今思うと不思議で仕方がありません。
たぶん、平地でウオーキングするペースで歩いていたんだと思います。
到着したのは13時10分。これなら十分14時に間に合います。
さて、ここプリトヴィツェはクロアチア内戦時の戦場の一つでもあります。内戦時には恐怖と憎しみに支配され、1979年には「危機遺産」に登録されましたが現在ではそのようなことがあったことさえ忘れてしまったかのような、平和に満ちた美しい公園でした。
いつまでもこの平和がこの地に続いてほしいと願いを込めながら、ここを後にしてオーストリアのグラーツに向かいました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
社員・団体旅行
交通手段
観光バス 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
阪急交通社
  • どこまでも美しいガロヴァツ湖。<br />湖がエメラルドグリーンです。

    どこまでも美しいガロヴァツ湖。
    湖がエメラルドグリーンです。

  • ガロヴァツ湖。<br />木道に近い部分は湖の底が透けて見えます。

    ガロヴァツ湖。
    木道に近い部分は湖の底が透けて見えます。

    プリトヴィッツェ湖群国立公園 国立公園

  • 光の屈折具合ではややブルーがかって見えます。<br />どんよりした曇り空の下でもこの色です。素晴らしい。<br />晴天だっつたらどんなにか美しいことでしょう。ここ数日前は雨続き。5月も欧州の異常気象で天候不順だっつたそうですから、雨が降らないだけでも儲けものです。<br />でも昨日の午後からの快晴の天気は何だったんでしょうか。

    光の屈折具合ではややブルーがかって見えます。
    どんよりした曇り空の下でもこの色です。素晴らしい。
    晴天だっつたらどんなにか美しいことでしょう。ここ数日前は雨続き。5月も欧州の異常気象で天候不順だっつたそうですから、雨が降らないだけでも儲けものです。
    でも昨日の午後からの快晴の天気は何だったんでしょうか。

  • ガラヴァツ湖。

    ガラヴァツ湖。

  • ここもガロヴァツ湖。<br />上湖で一番美しい湖でした。

    ここもガロヴァツ湖。
    上湖で一番美しい湖でした。

  • ガロヴァツ湖。<br />どこから見ても美しい湖でした。

    ガロヴァツ湖。
    どこから見ても美しい湖でした。

  • ガロヴァツ湖。湖面は写し鏡です。

    ガロヴァツ湖。湖面は写し鏡です。

  • ガロヴァツ湖の遠景。湖に写し込んでいる空の部分は、曇り空のため白く反射しています。

    ガロヴァツ湖の遠景。湖に写し込んでいる空の部分は、曇り空のため白く反射しています。

  • ガラヴァツ湖。山林の写し鏡。

    ガラヴァツ湖。山林の写し鏡。

  • ガロヴァツ湖に沿って延々と木道が続いていました。

    ガロヴァツ湖に沿って延々と木道が続いていました。

  • ここはST3とP2への分かれ道。まだここからならP2へ行き遊覧船に乗っても十分間に合います。<br />このあとの距離を考えるとこの方が確実だと思われますが、急げばST3からでも間に合いそうです。<br />結局スピードを上げてST3からバスに乗ることにして左の道に入りました。

    ここはST3とP2への分かれ道。まだここからならP2へ行き遊覧船に乗っても十分間に合います。
    このあとの距離を考えるとこの方が確実だと思われますが、急げばST3からでも間に合いそうです。
    結局スピードを上げてST3からバスに乗ることにして左の道に入りました。

  • ガロヴァツ湖の標識。この湖は大きいんです。<br />まだこの湖の畔を歩きますよ。

    ガロヴァツ湖の標識。この湖は大きいんです。
    まだこの湖の畔を歩きますよ。

  • ガロヴァツ湖の奥部分にやってくると光の反射が逆になったのか、湖面が白んで見えるようになりました。

    ガロヴァツ湖の奥部分にやってくると光の反射が逆になったのか、湖面が白んで見えるようになりました。

  • ここも同じように白んでいます。

    ここも同じように白んでいます。

  • 次の湖に来ました。チケットに名前が表示されたいないため、湖の名前は分かりません。<br />このあたりから山の端に遊歩道が作ってありました。なお、この湖の側の遊歩道にに入る手前で山に上がる遊歩道がありました。<br />そちらに登れば上湖群の絶景ポイントを巡ることができます。<br />今回は時間が無いので、遊歩道を巡る事にしました。

    次の湖に来ました。チケットに名前が表示されたいないため、湖の名前は分かりません。
    このあたりから山の端に遊歩道が作ってありました。なお、この湖の側の遊歩道にに入る手前で山に上がる遊歩道がありました。
    そちらに登れば上湖群の絶景ポイントを巡ることができます。
    今回は時間が無いので、遊歩道を巡る事にしました。

    プリトヴィッツェ上湖群 滝・河川・湖

  • ここの滝も綺麗でしたよ。

    ここの滝も綺麗でしたよ。

  • 肉眼ではこの湖も大変美しかったのですが、空が益々曇って暗くなってきたので写真ではその美しさを十分に表現できませんでした。

    肉眼ではこの湖も大変美しかったのですが、空が益々曇って暗くなってきたので写真ではその美しさを十分に表現できませんでした。

  • 今までの風景は山の中の遊歩道からアップにして撮っていたんです。

    今までの風景は山の中の遊歩道からアップにして撮っていたんです。

  • ここは湖が透き通っていました。

    ここは湖が透き通っていました。

  • 神秘的な風景。

    神秘的な風景。

  • どこまでも透き通った湖の底。

    どこまでも透き通った湖の底。

  • 滝をアップで。

    滝をアップで。

  • 崖下もアップで。<br />このあたり山道が続きます。遊歩道の左側に次々と湖が現れてきたんですが、湖を越えるとまた上りの山道が現れる。そんな状況が続きました。

    崖下もアップで。
    このあたり山道が続きます。遊歩道の左側に次々と湖が現れてきたんですが、湖を越えるとまた上りの山道が現れる。そんな状況が続きました。

  • 湖の周囲を巡って斜面を上りましょう。<br />上流から下流へと、斜面を水が流れ落ちていました。

    湖の周囲を巡って斜面を上りましょう。
    上流から下流へと、斜面を水が流れ落ちていました。

  • 上の湖から流れ落ちているんでしょう。

    上の湖から流れ落ちているんでしょう。

  • 一段上の湖です。この湖も綺麗でした。

    一段上の湖です。この湖も綺麗でした。

  • 綺麗なブルーです。

    綺麗なブルーです。

    プリトヴィッツェ上湖群 滝・河川・湖

  • ここは木道沿いに上にある湖から流れ落ちていました。<br />この木道を上がっていくと別のルートで観光することになるので、多分山側の絶景ポイントに行くことができるんだろうと思います。<br />私は最短距離でST3に行かないといけないので、ここを左に進みました。

    ここは木道沿いに上にある湖から流れ落ちていました。
    この木道を上がっていくと別のルートで観光することになるので、多分山側の絶景ポイントに行くことができるんだろうと思います。
    私は最短距離でST3に行かないといけないので、ここを左に進みました。

  • 水を滑らかに写すといい写真ができました。

    水を滑らかに写すといい写真ができました。

  • 先程の木道の別れを左に進むとこのような景色が待っていました。

    先程の木道の別れを左に進むとこのような景色が待っていました。

    プリトヴィッツェ湖群国立公園 国立公園

  • 小さな滝がありました。

    小さな滝がありました。

  • 湖沿いの木道を早足で抜けていきました。<br />もうこのあたりは時間との競争です。ST3にかなり近いと思うんですが、

    湖沿いの木道を早足で抜けていきました。
    もうこのあたりは時間との競争です。ST3にかなり近いと思うんですが、

  • バティノヴァツ湖です。

    バティノヴァツ湖です。

  • この湖は木道沿いに多くの石灰化木がありました。

    この湖は木道沿いに多くの石灰化木がありました。

  • 石灰化木は大小色々です。湖の色は曇り空の影響もあるでしょうが、灰色がかってきました。

    石灰化木は大小色々です。湖の色は曇り空の影響もあるでしょうが、灰色がかってきました。

  • この辺りは小さな湖が次々と現れてきます。

    この辺りは小さな湖が次々と現れてきます。

  • 木道の両側には芦や木々が繁茂し、湖とは思えない景色を形成していました。

    木道の両側には芦や木々が繁茂し、湖とは思えない景色を形成していました。

  • 芦の枯れた穂先が湖の周りを取り囲んでいました。写真を撮るには邪魔な存在でしたが、先を急いでいるのでそのまま撮ったら案の定失敗作になってしまいました。

    芦の枯れた穂先が湖の周りを取り囲んでいました。写真を撮るには邪魔な存在でしたが、先を急いでいるのでそのまま撮ったら案の定失敗作になってしまいました。

  • 上流に行くほど湖の透明度が落ちてきて湖の色が薄くなりましたが、この湖は綺麗でした。

    上流に行くほど湖の透明度が落ちてきて湖の色が薄くなりましたが、この湖は綺麗でした。

  • これも失敗作。しかもピンボケ。撮り直しの余裕はありませんでした。<br />この辺りはかなりの早足で木道を歩いて行きました。

    これも失敗作。しかもピンボケ。撮り直しの余裕はありませんでした。
    この辺りはかなりの早足で木道を歩いて行きました。

  • ST3の最後の案内表示板でした。<br />距離の表示がないため、あとどのくらいで到着するのか全く分かりません。その点案内表示板としては不親切でした。

    ST3の最後の案内表示板でした。
    距離の表示がないため、あとどのくらいで到着するのか全く分かりません。その点案内表示板としては不親切でした。

  • 案内表示板の指し示す方向に歩いて行くと遊歩道から上りの坂道にでました。写真の右手にオクルグリャク湖がありました。<br />この先の山を登りきればバスの停留所に着くと思います。

    案内表示板の指し示す方向に歩いて行くと遊歩道から上りの坂道にでました。写真の右手にオクルグリャク湖がありました。
    この先の山を登りきればバスの停留所に着くと思います。

  • オクルグリャク湖です。ST3に近い最後の湖。<br />ここを抜けて山道に入ると上りの坂道が続きました。かなり体力を消耗していたのでこの坂道はきつかったですね。<br />水分は1リットルの分量をカバンに入れていたので、一眼カメラと水の重さが肩に食い込んできました。<br />後少しだ頑張れ。時間には十分間に合う計算でここまで来ました。<br />上りの坂道でエコバスが走る姿を目にしたので、道は間違っていません。<br />後一頑張りです。

    オクルグリャク湖です。ST3に近い最後の湖。
    ここを抜けて山道に入ると上りの坂道が続きました。かなり体力を消耗していたのでこの坂道はきつかったですね。
    水分は1リットルの分量をカバンに入れていたので、一眼カメラと水の重さが肩に食い込んできました。
    後少しだ頑張れ。時間には十分間に合う計算でここまで来ました。
    上りの坂道でエコバスが走る姿を目にしたので、道は間違っていません。
    後一頑張りです。

  • ここもオクルグリャク湖です。<br />この湖を過ぎると後は山間の坂道を登るだけです。<br /><br /><br />

    ここもオクルグリャク湖です。
    この湖を過ぎると後は山間の坂道を登るだけです。


  • 遊歩道を上りきると休憩所が見えました。<br />ここはST3に間違いありません。やっと到着しました。でもエコバスの停留所がありません。<br />案内板を捜すと、停留所は休憩所があるこの森を抜けたところにあることが分かりました。ひとまずこれで安心です。<br />

    遊歩道を上りきると休憩所が見えました。
    ここはST3に間違いありません。やっと到着しました。でもエコバスの停留所がありません。
    案内板を捜すと、停留所は休憩所があるこの森を抜けたところにあることが分かりました。ひとまずこれで安心です。

  • ここがST3地点、エコバスの停留所で国立公園の最高部、標高640メートル地点です。<br />案内標識のとおりに左に行くとオクルグリャク湖北の湖の畔を大きく迂回してP2の遊覧船発着場方面に行くことができます。<br />今回は時間がないのでこちらのルートは通りませんでした。<br />今後もし又来る機会があれば、まず上湖群から観光を始め、このルートを歩いてみたいと思います。

    ここがST3地点、エコバスの停留所で国立公園の最高部、標高640メートル地点です。
    案内標識のとおりに左に行くとオクルグリャク湖北の湖の畔を大きく迂回してP2の遊覧船発着場方面に行くことができます。
    今回は時間がないのでこちらのルートは通りませんでした。
    今後もし又来る機会があれば、まず上湖群から観光を始め、このルートを歩いてみたいと思います。

  • こちらはエコバスのみが通れる道路で一般車両は通行ができません。

    こちらはエコバスのみが通れる道路で一般車両は通行ができません。

  • ここまで下湖群の倍以上の距離を1時間20分で観光しながら歩いてきました。13時10分に到着したのであとはバスを待つばかりです。<br />今まで歩いてきた上湖群は滝の多さと湖の美しさでは下湖群以上に素晴らしい所でした。<br />透明度では断然上湖群の方が綺麗です。この国立公園を観光されるなら、是非上湖群を観光されるようにお勧めします。

    ここまで下湖群の倍以上の距離を1時間20分で観光しながら歩いてきました。13時10分に到着したのであとはバスを待つばかりです。
    今まで歩いてきた上湖群は滝の多さと湖の美しさでは下湖群以上に素晴らしい所でした。
    透明度では断然上湖群の方が綺麗です。この国立公園を観光されるなら、是非上湖群を観光されるようにお勧めします。

  • 待つこと10分。やっとエコバスがやって来ました。<br />このバスに乗車して宿泊したホテルに近い停留所ST2名まで行きます。

    待つこと10分。やっとエコバスがやって来ました。
    このバスに乗車して宿泊したホテルに近い停留所ST2名まで行きます。

  • 皆さん乗車しましたが出発しません。まだ観光客を待っているんでしょうか。<br />車両は3両あるのでかなりの人数が一度に乗車できます。<br />日本のバスと違い全てにおいて行動がスローです。出発時に案内などありません。持つだけ待って突然発車しました。<br />短い距離ですが、なんと遊覧船よりもスピードが遅くのろのろ運転です。たぶん坂道でカーブが多く車両も長いためだと思いましたが、これなら途中で引き返しP2から遊覧船に乗った方が早くSt2に着けたんではないかと思いました。<br />P3からP2まで遊覧船で20分、ST3からST2までバスで20分かかります。これに待ち時間がかかるので、乗り物を利用するとかなり時間を取られてしまいます。<br />どのような乗り物を利用して公園内を回るかは見る場所によって違いますが、場所によっては歩いた方が早い所もありますので、事前によく計画を立てておくことが重要だと思いました。

    皆さん乗車しましたが出発しません。まだ観光客を待っているんでしょうか。
    車両は3両あるのでかなりの人数が一度に乗車できます。
    日本のバスと違い全てにおいて行動がスローです。出発時に案内などありません。持つだけ待って突然発車しました。
    短い距離ですが、なんと遊覧船よりもスピードが遅くのろのろ運転です。たぶん坂道でカーブが多く車両も長いためだと思いましたが、これなら途中で引き返しP2から遊覧船に乗った方が早くSt2に着けたんではないかと思いました。
    P3からP2まで遊覧船で20分、ST3からST2までバスで20分かかります。これに待ち時間がかかるので、乗り物を利用するとかなり時間を取られてしまいます。
    どのような乗り物を利用して公園内を回るかは見る場所によって違いますが、場所によっては歩いた方が早い所もありますので、事前によく計画を立てておくことが重要だと思いました。

  • ST2に到着しました。<br />ここから歩いてホテルベルビューの隣にあるレストラン「ポヤナ」に向かいました。そこがツアーの皆さんとの合流場所です。

    ST2に到着しました。
    ここから歩いてホテルベルビューの隣にあるレストラン「ポヤナ」に向かいました。そこがツアーの皆さんとの合流場所です。

  • エコバスのメーカーはベンツでした。<br />バスの写真を撮り、大急ぎでレストランに到着してみると、ツアーの皆さんはまだ食事中でした。13時から食事の予定でしたのでツアーご一行様もかなり遅れてレストランに到着したようです。<br />多分私が上湖群の最後の坂道を上っている時に見たあのエコバスに乗っていたのかもしれません。<br />添乗員が食事はどうするかと聞いてきました。私が「14時までに着くようにと聞いていたから、食事はは食べる予定にはしていなかった。だからいいですよ。」と回答しました。「じゃ、席に腰掛けて皆さんが食べ終わるまでここで待っていてください。」との指示でした。<br />その後添乗員が近づいてきて「チキンだけでもパックに詰めてもらえるか聞いてみましょうか。だけどもバスの中では食べられないんですよね。サラダとアイスクリームは無理だと思いますけど。」と言っていました。<br />その後添乗員はパックに詰められたチキンを持ってきてくれました。「これですけど、フォークもナイフも付けてくれないんですよ。どうやってこれ食べます?」<br />私があんたに聞きたい台詞だよ。「まだ時間があるんだからここで食べればいいんじゃないの?」と、私が言うと<br />添乗員「あっ、そうですね。でしたらここで食べてくださいね。あっ、レストランの中じゃなくて外のテラス席でお願いします。ナイフとフォーク、持ってきますから。」<br />「なんで俺だけ外のテラスなの?」との疑問が湧きましたが、ツアーの添乗員ですから指示には従いました。<br />まだナイフもフォークも持って来ません。食べられないので私がツアーの皆さんから未使用だったナイフとフォークを調達して10分で食事を終えました。<br />これが派遣添乗員の中では一番最上級のランクに位置つけられている優秀な添乗員だと自分自身で豪語している添乗員のやる事でしょうか?<br />完璧にペケ添乗員です。<br />こんなことがあって、すっかりレストランの写真を撮るのを忘れてしまいました。<br />もし集合時間に遅れて私が到着したなら何を言われたか分かったものではありません。<br />さらにこのペケ添乗員、最終日のフランクフルトの空港でツアー客3人を置き去りにしてしまい、捜しに行こうともしなかったのです。<br />本当にペケ添乗員ではなく、バカ添乗員でした。<br />阪急トラピックスはこんなペケ添乗員と契約をしているんですね。同じ阪急でも支社によってレベルが違うんでしょうか?<br />中国・関西支社ではこんな添乗員に当たったことはありません。それとまず女性の添乗員さんではこんな添乗員はいませんでした。たとえ派遣の添乗員さんでもです。男性は気配りでは女性に敵わないと思います。<br />余談が多かったんですが、こうしてツアーバスはグラーツに向けて6時間の旅に出発しました。<br />

    エコバスのメーカーはベンツでした。
    バスの写真を撮り、大急ぎでレストランに到着してみると、ツアーの皆さんはまだ食事中でした。13時から食事の予定でしたのでツアーご一行様もかなり遅れてレストランに到着したようです。
    多分私が上湖群の最後の坂道を上っている時に見たあのエコバスに乗っていたのかもしれません。
    添乗員が食事はどうするかと聞いてきました。私が「14時までに着くようにと聞いていたから、食事はは食べる予定にはしていなかった。だからいいですよ。」と回答しました。「じゃ、席に腰掛けて皆さんが食べ終わるまでここで待っていてください。」との指示でした。
    その後添乗員が近づいてきて「チキンだけでもパックに詰めてもらえるか聞いてみましょうか。だけどもバスの中では食べられないんですよね。サラダとアイスクリームは無理だと思いますけど。」と言っていました。
    その後添乗員はパックに詰められたチキンを持ってきてくれました。「これですけど、フォークもナイフも付けてくれないんですよ。どうやってこれ食べます?」
    私があんたに聞きたい台詞だよ。「まだ時間があるんだからここで食べればいいんじゃないの?」と、私が言うと
    添乗員「あっ、そうですね。でしたらここで食べてくださいね。あっ、レストランの中じゃなくて外のテラス席でお願いします。ナイフとフォーク、持ってきますから。」
    「なんで俺だけ外のテラスなの?」との疑問が湧きましたが、ツアーの添乗員ですから指示には従いました。
    まだナイフもフォークも持って来ません。食べられないので私がツアーの皆さんから未使用だったナイフとフォークを調達して10分で食事を終えました。
    これが派遣添乗員の中では一番最上級のランクに位置つけられている優秀な添乗員だと自分自身で豪語している添乗員のやる事でしょうか?
    完璧にペケ添乗員です。
    こんなことがあって、すっかりレストランの写真を撮るのを忘れてしまいました。
    もし集合時間に遅れて私が到着したなら何を言われたか分かったものではありません。
    さらにこのペケ添乗員、最終日のフランクフルトの空港でツアー客3人を置き去りにしてしまい、捜しに行こうともしなかったのです。
    本当にペケ添乗員ではなく、バカ添乗員でした。
    阪急トラピックスはこんなペケ添乗員と契約をしているんですね。同じ阪急でも支社によってレベルが違うんでしょうか?
    中国・関西支社ではこんな添乗員に当たったことはありません。それとまず女性の添乗員さんではこんな添乗員はいませんでした。たとえ派遣の添乗員さんでもです。男性は気配りでは女性に敵わないと思います。
    余談が多かったんですが、こうしてツアーバスはグラーツに向けて6時間の旅に出発しました。

  • バスは一般道を北に向かって走っていました。<br />途中左側に滝や綺麗な川があるラストケ村の側を通って行きます。<br />スピードが早いので滝や川を上手に収める事ができませんでしたが、ここは昨年ザグレブに行く途中に見たラストケ村でした。<br />以前は無料で村に入れたんですが、昨年から料金を徴収するようになり、現在ではツアーバスはここをスルーするいようになりました。

    バスは一般道を北に向かって走っていました。
    途中左側に滝や綺麗な川があるラストケ村の側を通って行きます。
    スピードが早いので滝や川を上手に収める事ができませんでしたが、ここは昨年ザグレブに行く途中に見たラストケ村でした。
    以前は無料で村に入れたんですが、昨年から料金を徴収するようになり、現在ではツアーバスはここをスルーするいようになりました。

    ラストケ村 自然・景勝地

  • ラストケ村、車窓からの風景。<br />昨年と同じ道路を走っているのであれば、道路の左右に戦争の傷跡がここかしこに見えてくるはずです。<br />ここプリトヴィツェはクロアチア内戦時にセルビア人とクロアチア人が殺しあった場所、クロアチア人がセルビア人を大量虐殺した場所だからです。<br />

    ラストケ村、車窓からの風景。
    昨年と同じ道路を走っているのであれば、道路の左右に戦争の傷跡がここかしこに見えてくるはずです。
    ここプリトヴィツェはクロアチア内戦時にセルビア人とクロアチア人が殺しあった場所、クロアチア人がセルビア人を大量虐殺した場所だからです。

    ラストケ村 自然・景勝地

  • ラスケ村を過ぎると左側車窓に戦争博物館が見えてきました。阪急トラピックスの名物添乗員さんのツアーではここに立ち寄るんですが、私達の添乗員は自称最も優秀な添乗員だそうですが、名物添乗員ではないため思ったとおりスルーしてしまいました。<br />ここでは内戦時に使用された兵器の展示とクロアチアの電撃作戦(嵐作戦)の詳細がパネルで展示されているようです。<br />このクロアチアの電撃作戦でプリトヴィツェ地域をクロアチア人が奪還しましたが、逃亡するセルビア人に対してクロアチアが大量虐殺を行いました。<br />ここは両民族にとって憎しみと恐怖の地だったんです。<br />奥のスペースには戦車が展示されたいます。

    ラスケ村を過ぎると左側車窓に戦争博物館が見えてきました。阪急トラピックスの名物添乗員さんのツアーではここに立ち寄るんですが、私達の添乗員は自称最も優秀な添乗員だそうですが、名物添乗員ではないため思ったとおりスルーしてしまいました。
    ここでは内戦時に使用された兵器の展示とクロアチアの電撃作戦(嵐作戦)の詳細がパネルで展示されているようです。
    このクロアチアの電撃作戦でプリトヴィツェ地域をクロアチア人が奪還しましたが、逃亡するセルビア人に対してクロアチアが大量虐殺を行いました。
    ここは両民族にとって憎しみと恐怖の地だったんです。
    奥のスペースには戦車が展示されたいます。

  • バルカン半島は民族のるつぼと呼ばれ第一次対戦前は「バルカンはヨーロッパの火薬庫」とも呼ばれていた地域です。<br />多数の民族に多数の言語、宗教は様々で他民族が入り混じった国でした。この難しい状況を上手にコントロールしてきたカリスマ、チトー大統領が亡くなると、少しづつ亀裂が入ってきました。<br />クロアチア内戦はユーゴスラビア社会主義連邦共和国からクロアチアが独立を宣言した事に端を発します。<br />クロアチア国内に居住していたセルビア人(クロアチア全人口の12%)は連邦からの離脱に反対でした。そのためボスニアの国境付近に居住していたセルビア人はクロアチアから分離独立を宣言し、クラリナ・セルビア人共和国を設立しました。その後ユーゴスラビア連邦軍が介入しセルビア軍を支援したことから戦闘がはじまり、セルビア人居住地区に住んでいたクロアチア人は追い出されてしまいました。プリトヴィツェ国立公園はじめ付近一帯はセルビア人に占拠されてしまい、一時はクロアチアの3分の1はセルビア人が支配することになりました。<br />それまでクロアチアとボスニアヘルツェゴビナはモスタルなどで激しい戦闘を繰り返し激しく敵対していましたが、1994年のワシントン合意で停戦し、それ以降は両国は共同してセルビア勢力に対抗することになりました。<br />近代的兵器で武装を整え、アメリカから軍事訓練の支援を受けた後に実行されたのが電撃戦嵐作戦です。この戦闘でプリトヴィツェ地域は再びクロアチアに取り戻されましたが、元々セルビア人が多く住んでいたプリトヴィツェ周辺の町や村はクロアチア軍との激戦地になり、多くの民家や建物が砲火にさらされ20万人近いセルビア人の難民を出しました。<br />また多くのセルビア人がクロアチア人によって大量虐殺されています。<br />そしてここは最も戦火がひどかった元セルビア人の居住地区なのです。<br />内戦終結後、クロアチアに以前居住していたセルビア難民に対し元の居住地に戻って生活してもいいとクロアチア政府から声明が出ても、クロアチアに戻ってくるセルビア人はいなかったそうです。<br />またクロアチア国内で行われる国勢調査の民族名にセルビアと記入する人もいないそうです。<br />この内戦でセルビア人がクロアチア人から受けた暴行、レイプ、虐殺がいかにものすごかったかを今に物語っているそうです。<br />セルビア人と分かればクロアチア人に何をされるのか恐ろしくて口には出せないんだそうです。そう言うわけでクロアチアに戻ったセルビア人はいないとの事です。<br />なお、プリトヴィツェはこの内戦で戦場になり、一時「世界危機遺産」に登録されました。<br />クロアチア人は親切で優しいんですが、いかに過去からの民族間の確執が深いか分かるようです。表面は平静を装っていますが、いまだに火種は尽きていないようです。

    バルカン半島は民族のるつぼと呼ばれ第一次対戦前は「バルカンはヨーロッパの火薬庫」とも呼ばれていた地域です。
    多数の民族に多数の言語、宗教は様々で他民族が入り混じった国でした。この難しい状況を上手にコントロールしてきたカリスマ、チトー大統領が亡くなると、少しづつ亀裂が入ってきました。
    クロアチア内戦はユーゴスラビア社会主義連邦共和国からクロアチアが独立を宣言した事に端を発します。
    クロアチア国内に居住していたセルビア人(クロアチア全人口の12%)は連邦からの離脱に反対でした。そのためボスニアの国境付近に居住していたセルビア人はクロアチアから分離独立を宣言し、クラリナ・セルビア人共和国を設立しました。その後ユーゴスラビア連邦軍が介入しセルビア軍を支援したことから戦闘がはじまり、セルビア人居住地区に住んでいたクロアチア人は追い出されてしまいました。プリトヴィツェ国立公園はじめ付近一帯はセルビア人に占拠されてしまい、一時はクロアチアの3分の1はセルビア人が支配することになりました。
    それまでクロアチアとボスニアヘルツェゴビナはモスタルなどで激しい戦闘を繰り返し激しく敵対していましたが、1994年のワシントン合意で停戦し、それ以降は両国は共同してセルビア勢力に対抗することになりました。
    近代的兵器で武装を整え、アメリカから軍事訓練の支援を受けた後に実行されたのが電撃戦嵐作戦です。この戦闘でプリトヴィツェ地域は再びクロアチアに取り戻されましたが、元々セルビア人が多く住んでいたプリトヴィツェ周辺の町や村はクロアチア軍との激戦地になり、多くの民家や建物が砲火にさらされ20万人近いセルビア人の難民を出しました。
    また多くのセルビア人がクロアチア人によって大量虐殺されています。
    そしてここは最も戦火がひどかった元セルビア人の居住地区なのです。
    内戦終結後、クロアチアに以前居住していたセルビア難民に対し元の居住地に戻って生活してもいいとクロアチア政府から声明が出ても、クロアチアに戻ってくるセルビア人はいなかったそうです。
    またクロアチア国内で行われる国勢調査の民族名にセルビアと記入する人もいないそうです。
    この内戦でセルビア人がクロアチア人から受けた暴行、レイプ、虐殺がいかにものすごかったかを今に物語っているそうです。
    セルビア人と分かればクロアチア人に何をされるのか恐ろしくて口には出せないんだそうです。そう言うわけでクロアチアに戻ったセルビア人はいないとの事です。
    なお、プリトヴィツェはこの内戦で戦場になり、一時「世界危機遺産」に登録されました。
    クロアチア人は親切で優しいんですが、いかに過去からの民族間の確執が深いか分かるようです。表面は平静を装っていますが、いまだに火種は尽きていないようです。

  • 博物館の一角にある廃墟となった建物。壁に銃弾の跡が無数についています。<br />ここまで来るまでの間にいくつかの廃墟と数件の弾痕がある家を見ましたが、これからバスの右側に(私の反対側の席に)次々と弾痕の跡が生々しい建物が現れます。<br />この景色はビールの町カルロヴァツまで続きます。カルロヴァツではビール工場の社屋や塀、工場に多数の弾痕が残っていました。アパートの壁に無数に残る弾痕は今でも忘れる事はできません。<br />前回はたまたまバスの右側の席に座りこの光景を目にしました。今回も右の席に陣取りその写真を撮ろうと思ったのですが、添乗員から一人参加組みは強制的に左の座席に座らせられたため、見る事ができませんでした。<br />左の席は建物とも距離が遠いため弾痕の跡が判別できませんでした。<br />右の席にカメラを向けても弾痕をはっきりとらえる事ができませんでした。<br />昨年写真を撮るのも忘れて見入ってしまったので、今度こそはと思っていたんです。<br />でもこの地区は元々セルビア人の住居地で、この地区に攻撃を仕掛けてきたのはクロアチア人です。セルビア人居住区の建物の弾痕は主にクロアチア人の攻撃によってできたものです。<br />そして、セルビア人が去った後やってきたのはクロアチア人で、セルビア人の住居に今はクロアチア人が住んでいるんです。<br />戦争の爪後の弾痕をなぜ修復せずに残しているんでしょうか?ユーゴスラビア連邦軍の攻撃によって内戦が始まった地区は、内戦の記憶を忘れないようにと弾痕を残している地域もありますが、ここは事情が違います。<br />クロアチア人は自分たちがセルビア人に対して行った非人道的な愚かな行為を忘れないようにと、反省のためにこの戦争の爪跡を残しているんでしょうか?<br />ここに居住しているクロアチア人に聞いてみないと、何故なのかは分からないでしょうね。<br />いずれにしても民族間の血で血を洗う愚かな行為に違いありません。<br />ただ部外者である日本人の目から見てみると、セルビア人は多くの難民を出し、大量虐殺の犠牲者であるにも関わらず、欧米からは一方的にセルビアが悪者になっているようにも思われます。これはボスニア紛争でセルビア人勢力が優勢だったからかもしれませんが・・・。<br />いずれにしても現在が一番平和な時期であることには間違いありません。この平和がいつまでも続くようにと願わずにはおれませんでした。

    博物館の一角にある廃墟となった建物。壁に銃弾の跡が無数についています。
    ここまで来るまでの間にいくつかの廃墟と数件の弾痕がある家を見ましたが、これからバスの右側に(私の反対側の席に)次々と弾痕の跡が生々しい建物が現れます。
    この景色はビールの町カルロヴァツまで続きます。カルロヴァツではビール工場の社屋や塀、工場に多数の弾痕が残っていました。アパートの壁に無数に残る弾痕は今でも忘れる事はできません。
    前回はたまたまバスの右側の席に座りこの光景を目にしました。今回も右の席に陣取りその写真を撮ろうと思ったのですが、添乗員から一人参加組みは強制的に左の座席に座らせられたため、見る事ができませんでした。
    左の席は建物とも距離が遠いため弾痕の跡が判別できませんでした。
    右の席にカメラを向けても弾痕をはっきりとらえる事ができませんでした。
    昨年写真を撮るのも忘れて見入ってしまったので、今度こそはと思っていたんです。
    でもこの地区は元々セルビア人の住居地で、この地区に攻撃を仕掛けてきたのはクロアチア人です。セルビア人居住区の建物の弾痕は主にクロアチア人の攻撃によってできたものです。
    そして、セルビア人が去った後やってきたのはクロアチア人で、セルビア人の住居に今はクロアチア人が住んでいるんです。
    戦争の爪後の弾痕をなぜ修復せずに残しているんでしょうか?ユーゴスラビア連邦軍の攻撃によって内戦が始まった地区は、内戦の記憶を忘れないようにと弾痕を残している地域もありますが、ここは事情が違います。
    クロアチア人は自分たちがセルビア人に対して行った非人道的な愚かな行為を忘れないようにと、反省のためにこの戦争の爪跡を残しているんでしょうか?
    ここに居住しているクロアチア人に聞いてみないと、何故なのかは分からないでしょうね。
    いずれにしても民族間の血で血を洗う愚かな行為に違いありません。
    ただ部外者である日本人の目から見てみると、セルビア人は多くの難民を出し、大量虐殺の犠牲者であるにも関わらず、欧米からは一方的にセルビアが悪者になっているようにも思われます。これはボスニア紛争でセルビア人勢力が優勢だったからかもしれませんが・・・。
    いずれにしても現在が一番平和な時期であることには間違いありません。この平和がいつまでも続くようにと願わずにはおれませんでした。

  • そして、6時間の強行軍でオーストリア第2の都市グラーツに着きました。<br />先にレストランで夕食を取ることになっていました。<br />ここがそのレストランです。

    そして、6時間の強行軍でオーストリア第2の都市グラーツに着きました。
    先にレストランで夕食を取ることになっていました。
    ここがそのレストランです。

  • 最初に出てきたスープです。<br />これは美味しかったです。

    最初に出てきたスープです。
    これは美味しかったです。

  • メインはポークシュニッツェルでした。<br />ポークが柔らかく日本人好みの料理でした。これも美味しい。

    メインはポークシュニッツェルでした。
    ポークが柔らかく日本人好みの料理でした。これも美味しい。

  • デザートはケーキでした。<br />何のケーキかは忘れました。

    デザートはケーキでした。
    何のケーキかは忘れました。

  • そしてグラーツ空港近くのラマダホテルに付きました。<br />明日の午前中は自由時間です。添乗員からはグラーツに観光に行ってもいいし、ホテルの周りには湖があるので、湖の周りを自由に散策してもいいと言われていました。<br />どんな湖なのか確認しようと周囲を散策しましたが湖はありませんでした。<br />ホテルの周囲には大きな会社の社屋や工場と思われる建物しかありません。工場の敷地は広大で、その敷地の中に人工的に作られた四角い池のような物がありましたが、工場の周囲は高い塀で囲まれ、鉄柵の入り口は施錠されていたため中に入って確認することはできませんでした。結局周囲には何もありません。添乗員からの情報は完全に間違っていました。一人参加のKさんも周囲を回って来たとのことで「湖なんかどこにも無いよ。全て隣の会社の敷地みたい。鍵がかかっているし、添乗員の話とまるで違う。」と、ブツブツ言ってました。<br />結局湖は無いのでグラーツに観光に行こうかとKさんには話をして別れました。<br />事前に予備知識を入れようとフロントでグラーツの観光案内を貰いましたが、イタリア語のため全然理解できませんでした。

    そしてグラーツ空港近くのラマダホテルに付きました。
    明日の午前中は自由時間です。添乗員からはグラーツに観光に行ってもいいし、ホテルの周りには湖があるので、湖の周りを自由に散策してもいいと言われていました。
    どんな湖なのか確認しようと周囲を散策しましたが湖はありませんでした。
    ホテルの周囲には大きな会社の社屋や工場と思われる建物しかありません。工場の敷地は広大で、その敷地の中に人工的に作られた四角い池のような物がありましたが、工場の周囲は高い塀で囲まれ、鉄柵の入り口は施錠されていたため中に入って確認することはできませんでした。結局周囲には何もありません。添乗員からの情報は完全に間違っていました。一人参加のKさんも周囲を回って来たとのことで「湖なんかどこにも無いよ。全て隣の会社の敷地みたい。鍵がかかっているし、添乗員の話とまるで違う。」と、ブツブツ言ってました。
    結局湖は無いのでグラーツに観光に行こうかとKさんには話をして別れました。
    事前に予備知識を入れようとフロントでグラーツの観光案内を貰いましたが、イタリア語のため全然理解できませんでした。

    ラマダ バイ ウインダム グラーツ ホテル

  • 室内です。とても清潔な部屋でした。

    室内です。とても清潔な部屋でした。

    ラマダ バイ ウインダム グラーツ ホテル

  • ベッドはふかふか、気持ちよく寝られそうです。

    ベッドはふかふか、気持ちよく寝られそうです。

    ラマダ バイ ウインダム グラーツ ホテル

  • バスタブ付きは嬉しいですね。

    バスタブ付きは嬉しいですね。

  • 洗面とアメニティグッズです。ヘアドライアーあり。

    洗面とアメニティグッズです。ヘアドライアーあり。

  • 室内の様子です。クローゼットにはアイロンもありました。<br />さて、明日はどうしようか。疲れてはいるがホテルの一室に籠るだけでは時間がもったいない。やはりグラーツの観光をしよう。そして一人では心もとないので、Kさんの他にも声を掛けてみることにしました。<br />グラーツに繰り出す者のために、明日朝添乗員がフロントで旅行案内をしてくれると言っていたので、話をしてみましょう。

    室内の様子です。クローゼットにはアイロンもありました。
    さて、明日はどうしようか。疲れてはいるがホテルの一室に籠るだけでは時間がもったいない。やはりグラーツの観光をしよう。そして一人では心もとないので、Kさんの他にも声を掛けてみることにしました。
    グラーツに繰り出す者のために、明日朝添乗員がフロントで旅行案内をしてくれると言っていたので、話をしてみましょう。

    ラマダ バイ ウインダム グラーツ ホテル

  • こうして夕日が落ち一日が終わりました。<br />しかし、今日プリトヴィツェでかなり歩いたのが原因でしょうか、それともベッドがふかふかすぎるのか。夜中に目が覚めてしまい、寝つけなくなってしまいました。<br />今日はグラーツを観光するので寝ておかないといけないと思うのですが、寝つけずにそのまま朝をむかえました。<br />明けては6月23日、最終観光日。私たち一人参加のグラーツ観光組に思いもしない事が起こったんです。<br />いやはや今回の旅行、ハプニングが多すぎます。それでは最終日グラーツ編をお楽しみに。

    こうして夕日が落ち一日が終わりました。
    しかし、今日プリトヴィツェでかなり歩いたのが原因でしょうか、それともベッドがふかふかすぎるのか。夜中に目が覚めてしまい、寝つけなくなってしまいました。
    今日はグラーツを観光するので寝ておかないといけないと思うのですが、寝つけずにそのまま朝をむかえました。
    明けては6月23日、最終観光日。私たち一人参加のグラーツ観光組に思いもしない事が起こったんです。
    いやはや今回の旅行、ハプニングが多すぎます。それでは最終日グラーツ編をお楽しみに。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • akikoさん 2016/07/29 17:06:21
    戦争の爪痕
    ポポポさん、こんにちは

    昨年に引き続き、クロアチア・スロベニアを訪問されたのですね。私も昨年訪れたので、ブレッド湖の旅行記は懐かしく拝見しました。プリトヴィツェ湖群だけは行けず、ポポポさんの旅行記で楽しませてもらいました。

    今回、この美しいプリトヴィツェがクロアチア内戦時の戦場の一つだったこと初めて知りました。しかもこの辺りでは、クロアチア人がまず追い出され、次に占拠していたセルビア人がクロアチア人によって大量虐殺されたという歴史的背景を持っているとのこと。そうだったんですね。私はドゥブロヴニクやサラエボでセルビア(モンテネグロ)軍の残虐な攻撃で大きな被害を受けたことを知り、セルビア=主として加害者、だと思っていました。内戦においてどちらが加害者、被害者とは一概に言えないとは思いますが、プリトヴィツェやラストケ村あたりでは事情が全く違っていたことを教えていただきました。他の都市と同様に、いまだに戦争の爪痕が残っているのですね。

    ところで、ラトスケ村は、確か水車がたくさんある風情のある村ですよね?私も行ってみたいと思った村でした。そこを自称・名物添乗員さんがスルーしたなんて・・・全く、迷物添乗員さんですね!

    akiko

    ポポポ

    ポポポさん からの返信 2016/07/30 22:38:33
    RE: 戦争の爪痕
    akikoさん、今晩は。
    英国の旅行記を楽しく拝見させていただいています。私もいずれ訪れてみたいと思っている国ですので、大変参考になります。
    >
    > 昨年に引き続き、クロアチア・スロベニアを訪問されたのですね。私も昨年訪れたので、ブレッド湖の旅行記は懐かしく拝見しました。プリトヴィツェ湖群だけは行けず、ポポポさんの旅行記で楽しませてもらいました。
    >

    昨年観光したクロアチアは大変美しい所でした。旅行は晴天に恵まれたのですが、スロベニアのブレッド湖とプリトヴィツェ湖群だけが雨になってしまいました。是非美しい風景を見てみたいと思い再度旅行に挑戦したしだいです。どちらも雨に祟られることは無くそこそこの天気でしたので、リベンジは成功し満足しています。

    > 私はドゥブロヴニクやサラエボでセルビア(モンテネグロ)軍の残虐な攻撃で大きな被害を受けたことを知り、セルビア=主として加害者、だと思っていました。内戦においてどちらが加害者、被害者とは一概に言えないとは思いますが、プリトヴィツェやラストケ村あたりでは事情が全く違っていたことを教えていただきました。他の都市と同様に、いまだに戦争の爪痕が残っているのですね。
    >
    そうですね、昨年旅行した時プリトヴィツェからカルロヴァツ に至る道路に面した多くの建物に弾痕が生々しく残っていてすごく気になったんです。
    アパートやビール工場までも戦闘の爪痕が残っていました。
    それで今回旅行するに際して色々調べてみました。
    確かにユーゴスラビア内戦ではサラエボのセルビア人武装勢力による包囲などによりセルビア人が悪者の印象が強いです。NATOもセルビア人勢力に対し爆撃を行っています。
    しかし、クロアチアのセルビア人居住区では逆のことが行われていたんですね。
    ユーゴ内戦の直接の原因はクロアチアのユーゴスラビア社会主義連邦共和国からの独立です。
    この独立にクロアチア国内のセルビア人が反対し、ユーゴ連邦軍(主力はセルビア人勢力です。)が手を貸したことに始まります。
    間接的要因はユーゴ連邦共和国の政治的中枢を人口の少ないセルビア人が占めていたことに対し他民族の反感が強かったことです。
    バルカン半島諸国は今が一番平和を享受している時なのかもしれませんね。この平和がいつまでも続いて行くことを願わずにはおれません。

    > ところで、ラトスケ村は、確か水車がたくさんある風情のある村ですよね?私も行ってみたいと思った村でした。そこを自称・名物添乗員さんがスルーしたなんて・・・全く、迷物添乗員さんですね!
    >
    迷物添乗員さんに違いはありませんが、ラスケ村は現在有料になっていて、元々この村は観光に入っていませんでしたから、仕方ありません。
    個人手配の旅行で訪れるしか方法はなさそうです。

     ポポポ

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