2014/09/06 - 2014/09/08
67位(同エリア206件中)
PHOPHOCHANGさん
- PHOPHOCHANGさんTOP
- 旅行記859冊
- クチコミ2008件
- Q&A回答27件
- 1,035,291アクセス
- フォロワー155人
青春18きっぷの有効期間最後の週末。
旧盆の時期に1日も(土日以外)休みの無かったPHOは8日を休んでこの夏2度目の関西入りです。
いつもは観光優先ですが(とは言え、1泊2日なら滞在可能時間は約24時間のみ)、今回は半年ぶりに息子に会うのがメインの2泊3日でした。
前日息子と会えて旅の目的はほぼ達成した(?)ので、この日は観光に集中です。毎回京都14:00もしくは14:30発の新快速で帰路についていた為、観光は昼過ぎまでで精一杯でしたが、今回は翌日も休みなので丸1日が使えます。
BUT! ツレはそういう訳には行きません。よっぽど途中でツレと別れて夜まで遊んでいようかとも思ったのですが、次に逢えるのは年末年始なので、おとなしく(?)一緒に行動しました。とは言え、PHOのホテルは瀬田、ツレは大阪まで帰るので、先にゆっくり出来ちゃったのはPHOの方だったのでした。
さて、出かける前にあれこれ何処へ行こうか話し合いをした結果(と言うか、ツレの提案で長浜と決まり、PHOの「それじゃ、ついでに高月の渡岸寺へも足を延ばしたい」って意見も活かし)、「ホテルの在る瀬田から直接高月に向かい、其処で渡岸寺と資料館を見たら、約2時間後に来る次の電車で長浜へ戻る。以降長浜で遊ぶ。」って事になっていたのです。
ところが当日は資料館にたどり着いたところで、予約不要で1日300円で乗り放題の「奥びわ湖おもてなしバス」を発見。以降、それにお世話になる事になりました。正直本数の少ないそのバスの利用は時間的制約がとても大きかったのですが、公共交通機関利用のPHOらには行きたくても行きにくい場所をカバーしてくれる経済的にも魅力大なバスでした。
周遊コースの半分しか廻れませんでしたが、それでも高月〜木之本のおもてなしの心は伝わって来ました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
スマイルホテル大津瀬田は朝食無料☆
素直に無料と受け取るべきか?どうせ宿泊料金に含んで先取りしてるだけだと受け取るか? -
パンの種類がこんなに有りました。ただ、スープやドリンク以外、つまり食事は、このテーブルに載っているのが全て。
キャベツ千切り(ドレッシング各種)、ヨーグルト(ジャム有り)、ゆで卵、スクランブルエッグ、ソーセージ。
後で思い出してみると、ご飯と味噌汁、漬物は無かったんですね -
オレンジジュース、ジャガイモのポタージュも飲めて、PHOには良い朝食でした
-
東海道線で米原まで行き、其処から北陸線に乗り換えるとばかり思っていたら、
各駅停車しか止まらない瀬田からは、野洲で近江塩津行きに乗り換えれば良いのです。
但し1時間に1本。PHOの乗ったのは瀬田9:09発、高月10:22着。その1本前は8:09発だったので(ツレも居る事だし)断念 -
高月駅では、こうして目に付く所に案内のサインを出してくれています。こちらは東口
-
その東口、駅に隣接して総合案内所が在ります。レンタサイクルも取り扱ってるし、地元の物産も販売しています。これはダチョウの卵。食用では無いそうです
-
高月駅舎の写真を撮る前に歩き出してしまったので、帰りに撮れば良いと思っていたら、戻って来ませんでした(バスでは通過しましたが)。駅から渡岸寺への道はだいぶ観光客向けになってました
-
線路沿いの道を歩いて行きますが、こうして案内が出ているので迷いません
-
突き当たりを右と言うか道なりに直進しますが、その先の小さな交差点にも案内が有りました
-
もう近いんですね
-
旧高月町のマンホール、今は長浜市です。
高月町は渡岸寺観音堂(向源寺)の国宝十一面観音で知られ、朝鮮通信使で有名な江戸時代の儒学者・雨森芳洲の出身地でした。全国でも有数の古墳群である古保利古墳群が在るところです -
新しく建てられたにしても、七丁ってトコが粋☆
-
樹齢数百年の巨木が多く点在する長浜市高月町。そのほとんどが五穀豊穣を祈る農の神「野神」と称され、集落の入り口や集落の境界といった場所に奉られ守られています。
渡岸寺地区では 樹齢300年以上のケヤキを「野神」として奉っています -
しかし、近年周囲をコンクリートで舗装した事で「昨年(2011年)まで葉がぎっしりだったのに、今年の葉が小さい」と、ケヤキが弱ってきたと嘆く山岡さん。先祖が代々守って来たからこそ「枯らすわけにはいかない」と仲間と共に保存に力を入れていらっしゃいます
-
とても立派です
-
7月に訪れた醒ヶ井もそうでしたが、滋賀県は琵琶湖のおかげで水が豊富。しかも綺麗です。町中に水が流れていると空気が一段と澄むような気がします
-
向源寺。
国宝の十一面観音像はこちらの渡岸寺観音堂に安置されています -
『近江伊香郡志』所収の寺伝によれば、天平8(736)年、当時、都に疱瘡が流行したので、聖武天皇は泰澄に除災祈祷を命じました。泰澄は十一面観世音を彫り、光眼寺を建立し息災延命、万民豊楽の祈祷を行い、その後憂いは絶たれたそうです。その後病除けの霊験あらたかな観音像として、信仰されるようになりました。
延暦9(790)年、比叡山延暦寺の開祖である最澄が、勅を奉じて七堂伽藍を建立したと言われています。
元亀元(1570)年、浅井・織田の戦火のために堂宇は焼失してしまいました。しかし観音を篤く信仰する住職巧円や近隣の住民は、観世音を土中に埋蔵して難を逃れました。この後巧円は浄土真宗に改宗し、光眼寺を廃寺とし、向源寺を建立しました -
-
本堂跡。
前述の戦火で焼失する前のもの? -
後で行く資料館でも説明がなされていましたが、観音像は地中に埋められて難を逃れました
-
それが此処です
-
小説「星と祭」や随筆「美しきものとの出会い」の中で湖北の観音像を描いた井上靖氏の碑。寄贈などの多大な貢献が有ったそうです。
高月図書館には「出会いの森・井上靖記念室」も在ります -
本堂
-
本堂と渡り廊下で繋がれた奥に収蔵庫が設けられています。国宝の十一面観音はそちらに安置されています
-
本堂はとても年季が入っていますが
-
収蔵庫は平成18(2006)年に新しくなりました。以前は一度に入れる人数が15名程度で、大型バスで大挙して訪れる団体ツアー客に対応し切れなかったそうですが、現在はもうそんな心配は有りません
-
十一面観音像など収蔵庫内は全面撮影禁止ですが、目にしっかり焼き付けて帰って来ました。
詳しくは以下の通り〜仏像探訪記より抜粋
像高は2メートル弱、一木造(樹種はヒノキ、頭髪部に乾漆を併用)。平安時代前期、9世紀ごろの作である。
この像の最大の特色は、十一面の相、配置、大きさである。
十一面観音像の多くは頭上に十一面をつくり、本面と合わせると十二面になるものが多いが、この像では本面合わせて十一面であり、本面の左右に2面、地髪部上に6面、髷の上に1面、そして裏側に1面を配する。裏側の1面は大笑面(暴悪大笑面)で、その不気味ともいえる笑いっぷりは他に類を見ない。また、通常頭上に置かれるものが、後頭部中央につけられているのも変わっている。
一番上の面は仏頂面といわれ如来相であらわすことが経典で決められているが、この像は不思議なことに菩薩相であり、その冠には五仏をつける。
本面横の面は大変大きいが、頭上の面もかなり大きく、それぞれ冠に如来像をいただくので、顔から上が非常に大きい。しかしそれが異様でなく、それどころか自然に見えているのがすごいところである。
顔は美しく、大きな耳飾りをつけているのは異国風である。精巧な胸飾りは別材であるが、当初のもの。体は細身に見え、特に腰は細い。ところが側面から拝観すると堂々とした量感があり、また絶妙な姿勢で立っている様子がよくわかる。背面からは、腰のくびれとそこに吸い付くように巻かれている条帛の様子が大変美しい。
下肢の衣の襞(ひだ)は太く重たい感じの波と細い波が交互につくられている翻波(ほんぱ)式衣文であるが、その細い波は弱い感じでなく、触ると手が切れそうなほどというとちょっと大げさだが、強い鋭い線で、大変魅力的である。背面の衣の流れもとても美しい。なお、手先は後補である。 -
向源寺の前の道を左に折れ、野神のケヤキのホンの少し先に高月観音の里歴史民族資料館が在ります。
入り口前が奥びわ湖おもてなしバスの停留所で、次のバスは5分後の11:30でした。せっかく此処まで来ながら見ずに去るのは惜しいので、その次の12:15に乗る事にして資料館を見学しました。
それで高月駅に戻って長浜で遊ぶ予定は変更です -
消防車と言うか、消火器
-
館内の展示。写真撮影OKです
-
黒田官兵衛博覧会連携会場・開館30周年記念特別企画『戦火をくぐり抜けたホトケたち』開催中。
戦火って東京で言うと第二次世界大戦を意味しますが、こちらでは戦国時代です。
詳しくは以下の通り〜資料館ホームページより抜粋
湖北地方は奈良・平安時代にさかのぼる数多くの仏像を伝え、「文化財の宝庫」と呼ばれています。 しかし奈良・京都や県内の湖東・湖南に見られるような大寺院に伝わるのではなく、村々の小堂に安置され民衆によって守られていることに特色があります。
戦国時代、交通の要所にあたる湖北地方は、戦略上の重要なルートでありポイントでした。元亀元(1570)年の姉川合戦、天正元(1573)年の小谷城の戦い、同11(1583)年の賤ヶ岳合戦など、湖北の地は幾度も戦乱の舞台となり社寺はことごとく焼かれました。しかし、ホトケたちは「土に埋められたり、川に沈められたり」して、民衆が献身的に守ったと伝えます。
この特別企画では、戦火の中、民衆に守られたというエピソードを伝える仏像を実物資料やパネル等で展示し、信仰の歴史と今に息づくその「こころ」を紹介します。湖北地域の歴史・信仰・文化等を再確認していただくとともに、本展示が「守るこころ」を未来へとつなげるための一助になれば幸いです -
土に埋めて守られたホトケ様、さっきの渡岸寺観音堂での話ですね
-
手足を失った「転利(コロリ)観音」、偶然にもこの後バスで向かう赤後寺の話です
-
太閤志津ヶ嶽軍記、伊吹玄瑞著。印刷された活字のような文字です
-
2階の展示で一番目立った物。この綱を潜ると縁起が良いとかってDVDを見たような気がしますが、今この綱や祭り(オコナイ?)について検索しても見付かりません
-
バスを待ちます。誰でも予約無しに乗れます。
12:15発のバスは高月駅に戻り、北近江リゾート、赤後寺って行きます。PHOらはまず赤後寺に行ってみる事にしました。そしてその次のバスで賤ヶ岳リフト乗り場って順に -
マンホールかと思ったら、単に案内板でした
-
マイクロバスのような小型なのが来ると思っていたらフルサイズの観光バスです。
乗ってたお客さんは1人で、PHOらが乗って3人になりました。
300円払って乗車券を貰いました -
運転手さんの他にボランティアガイドさんが乗っていました。何処まで行くのか尋ねられたので、赤後寺と言うと、連絡しておくからって言うのです。わざわざそんな事していただかなくても、と思ったら、赤後寺は常駐の方が誰も居なくて、連絡が入ると当番の方が出かけて行って客を待つようになっているのです
-
北近江リゾート。温泉やレストランが在ります。風呂好きのツレが降りてゆっくりしたいって言い出すのではないかとハラハラ
-
赤後寺へ行く為に下車したバス停から赤後寺へは5分余り歩かなくてはなりません。途中こういう蔵や藁葺きの門などの在るお宅が沢山在りました。
次のバスは1時間後でした。この時間だけ45分ではなく1時間の間隔が有ります。ちょっと時間余りそうな予感 -
本当に綺麗な水が流れています。水に関して、滋賀県の方はとても贅沢なのではないかと思います
-
赤後寺は他の湖北の寺院と同様に無住の為、「世話役」と呼ばれる集落の住民が交代でお世話をしています。一日ずつ担当が決まっているので、参拝希望の際は事前に予約が必要です。赤後寺は境内に着いてからお願いする事も可能(案内板に電話番号載ってます)なのですが、世話役の方の都合もあるでしょうから事前予約が望ましいようです。
ただ、平成26(2014)年に限っては、奥びわ湖おもてなしバスが走っているので、そのバス内からで十分大丈夫との事でした -
赤後寺と日吉神社は湧出山(ゆるぎやま)の中腹に建ち、唐川集落の奥、細い道の突き当たりに在ります。寺と神社が分かれなかった昔のままの神仏習合状態なのですね
-
この辺りから東照宮にそっくりなのが行くと判ります
-
赤後寺。
此処には千手観音像と聖観音像2躰が安置されています。
度々戦火に遭遇するも村人たちは観音様を守る為に土の中、川の中に埋め守って来ました。川に沈めたのは土に埋めるだけの時間が無かったのでしょうとの事でした。その際に大洪水が起こり、頭部の化仏や手首が取れてしまったようですが、詳しい事は判っていません。その痛々しいお姿から村人たちは長らく秘仏として崇めて来ました。毎年7月10日の千日会に、年に1日だけ参拝出来るようになっていたのです。
昭和44(1969)年に2躰共に重要文化財に指定された事がきっかけで、常時開帳し参拝者もそのお姿を拝見出来るようになりました。
この集落の人々が長い年月をかけて観音様を守り、そして世話をして来た真剣な思いが伝わって来ます -
戸が新しいのは観音像を美術展に貸し出すと補助金が貰えて、それで修復出来たからだと聞きました。此処も多くの参拝客がいっぺんに訪れても対応出来るようになっています
-
正面から。
本堂は天正(1573〜92)年間の兵火にかかって烏有に帰し、現在の本堂は1696(元禄9)年に再建されました。
重要文化財の千手観音立像は像高173.6cm。
厄を転じて利を施す像として信仰されており、参拝すればコロリと往生出来るコロリ観音として親しまれています。
正直、千手観音像らしくないのです、手が取れちゃってますから。残ってる腕も手首から先は有りません。お顔やお体もどちらかと言うとずんぐりな感じです。でも何だか親しみ易い有難さです -
赤後寺から唐川の家並みが見えます。
鳥居を潜ってお寺に来るって良く判るでしょ -
赤後寺の大杉と言うだけで特に名前が無いらしいですが立派
-
こっちは神社。
日光や久能山の東照宮、仙台の瑞鳳殿(伊達政宗廟、これは明らかに東照宮を模したのですが)にホント良く似ています -
でも閉まってるの
-
-
-
長浜城主だった太閤さん(当時は秀吉)の馬印の千成瓢箪がモチーフの旧長浜市のマンホール。
中央の旧市章も、千成瓢箪が長浜祭の曳山の数「12」入っています -
やっぱり時間余っちゃいました。暑かったですが、バス停の周囲を歩いてみました。収穫直前の稲穂です。こんな倒れちゃってて良いの?台風や豪雨のせい?
-
-
喉が渇いて時間も有るし、何か飲みながら一息つきたいところですが、コンビニはおろか自販機も在りません。それが当たり前なのですけどね。
時間がゆっくり流れてる、綺麗な空気と水が在る、唐川地区はそんな素敵な場所でした -
旧木之本町のマンホール。中央にある町章を、町を流れる高時川、杉野川、余呉川が囲み、 その周囲に町の花・コブシが描かれているデザイン
-
13:35のバスで次の賤ヶ岳リフト乗り場に向かいました。赤後寺で下車する時に、運転手さんが「夕べ雨が降って空気が綺麗だから、今日の賤ヶ岳からの眺めは最高ですよ。次のバスで行きなさい」って進めてくれてたのですが、その運転手さんがまたやって来ました。PHOらもバスに乗ろうと決めた時からその予定でしたけどね
-
賤ヶ岳と言う名の由来です
-
バスを降りたら短いですがU字状の坂を上ったところが駐車場になっています。其処に自販機とトイレが在りました。其処から更にこの階段を上ってリフト乗り場にたどり着くのです
-
賤ヶ岳(しずがたけ)は滋賀県長浜市(旧伊香郡木之本町)に在る標高421 mの琵琶湖と余呉湖を分ける山です。時間無いのでリフトで上ります
-
リフトは山頂まで6分、往復780円です。
お手頃な料金なのは評価したいですが、採算取れてるようには思えません -
お客さん居ないよ
-
ツレが先に乗り込みましたが、写真に人物を入れたくないPHOは間隔空けて乗せて貰いました。「どうぞお好きなタイミングで乗ってください、空いてますから」だって
-
貸切りみたいでした。リフトなんて久々です
-
リフトを降りて振り返ると既に絶景☆「キャ〜ッ、良い景色!」って喜んでたら、「上行ったらもっと凄いよ」って係員さんに言われました
-
そうなんです、頂上までは更に登らなくてはなりません。って事は45分後の次のバスには乗れそうも有りません。つまりそのもう1本後、90分後のバスになりそうです。またまたまた時間が余りそう
-
登り始めたらわりと直ぐ左手にこんな素敵な景色が見られます
-
登りは続きます・・・
-
右手に広がる景色はこちら☆真ん中辺りで綺麗に三角形の裾野をひく山が標高495mの小谷山(おだにやま)。
浅井長政とお市の方の悲劇の舞台として語られる事の多い小谷城が在りました。小谷城は日本5大山城の1つに数えられています(現在は土塁、曲輪の他、先駆的に取り入れられた石垣なども遺構として残されています)。
そうと知ったからには、いつか行ってみたいな -
賤ヶ岳七本槍とは、天正 11 (1583) 年4月21日、近江国賤ヶ岳で豊臣秀吉が柴田勝家、佐久間盛政らと戦った際 (賤ヶ岳の戦い )、秀吉の近習で勇名をはせた加藤清正,福島正則,加藤嘉明,平野長泰,脇坂安治,糟屋武則,片桐且元の7人を言います
-
天正10(1582)年、織田信長が本能寺の変によって殺害されると、柴田勝家と羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の2つの勢力が後継を巡って対立します。この2つの勢力は翌年の天正11(1583)年春、賤ヶ岳(しずがたけ)附近で衝突し激しい戦いとなりました。いわゆる賤ヶ岳の戦いです。この戦いは、勝利した秀吉が織田信長の作り上げた権力と体制の継承者として天下取りと決意した戦いでした。
この合戦において秀吉軍の近習加藤清正ら7人が槍を取って真っ先に進み、柴田軍を突き崩したと言われている事から、賤ヶ岳の七本槍として良く知られています。
勝家は越前・北ノ庄城に向けて退却し、翌日夫人のお市の方と共に北ノ庄城内で自害して果てました。お市の方が茶々、初、江(ごう)の3人の娘を連れて勝家と再婚してわずか10ヶ月後の事でした。
って、これは誰の銅像? -
こちらは余呉湖。琵琶湖の最北端の更に北に位置する湖です、って言うか琵琶湖と余呉湖の間に在るのが賤ヶ岳です。日本海までそう遠くないんだよね、此処からは
-
水が青いね☆
-
-
こちらは琵琶湖です、一番北の端っこ部分。
中央にちょこっと突き出た陸地は藤ヶ崎なのかな?湖面が波立って太陽の反射でキラキラ♪風の複雑な動きがよく判ります -
この辺りが琵琶湖で一番複雑な海岸線を持っているようです
-
イチオシ
1本だけ目立つ木の頭からホンの少し上にうっすら竹生島が見えます。それに一番近いところまで迫る半島が葛籠尾崎、奥琵琶湖パークウェイが通っています
-
いや〜っ、来て良かったです。琵琶湖(北の端っこだけですが)をこうして俯瞰したのなんて初めてです。
帰りのリフトだってなかなかの景色が待ってます -
飛び降りちゃおうかな♪って思うんだけど、実行しちゃうほど若くないです
-
地上に戻って参りました。
やっぱりまだバスには時間が有るので、また周囲を歩いて見る事にしました。
浄明寺の西塔跡だそうですが、何も有り(見え)ません -
昔懐かしい感溢れる作業場、町工場?
-
お〜っ、白壁が綺麗☆こっちも何かの作業場?
-
糸とり工場って何?繭から生糸を取るのです。
んで、邦楽器の原糸を作っているのだそうです -
窓から中を覗いてみると・・・
-
粉かけ地蔵
-
名は偶然の産物でした
-
15:15発のバスで向かったのは(色々迷ったのです。石道寺で唇に紅色が残る十一面観音像を拝むか?己高閣・世代閣という収蔵庫で一気に数を見るか?などなど時間は無いのに見たいところばかり。
で、結局せっかく来たのに通り過ぎては勿体無いと、またも次のバス停で下車する事にしました)黒田観音寺。何たって黒田官兵衛博覧会開催中故のおもてなしバスですからね。
たった5分でバスは到着。とは言え、黒田観音寺の前にバス停が在る訳ではなく、田んぼの畦道を案内板に従って歩きます -
PHOが写真を撮ってる間にツレはどんどん先へと歩いて行ってしまいます。確かに次のバスは16:05。例によって往復込みで45分しか有りません
-
こちらもバスの中から連絡を入れておいていただきました。
屋根が新しくなっちゃって、それも瓦とかじゃなくて、ずいぶん小規模と言うか、省予算なんだななんてつまんない事考えちゃいましたが、お堂の中には何ととんでもない観音様がおわしました。
古来より千手観音と伝えられているため、文化財の指定名称も伝・千手観音とされていますが、頭上に十一面をつけず、腕も十八臂なので准胝観音と見られています。
准胝観音の像容としては、十八臂で眉間に縦に目を刻んで三眼とするのが一般的ですが、この像の場合は眉間に眼ではなく白毫が付いています。
で、何が凄いかって言うと、大きく2つ。
1つ目は、この黒田の地域は20軒弱の集落からなり、14(他で4軒と言う記述も発見)軒の持ち回りで管理をされているそうです。管理、つまり手間は勿論、お金を出してるのはたったそれだけの方々って事です。
そして2つ目は、高さ199cm、檜の一木造の観音像が指1本さえ全く欠けていない事。勿論数々の戦火を経て来てるのはこちらも同じですが、と言うか、檜の一木造でこれって有り得ないでしょ。
お世話なさってる方は拝観料500円が他と比べて高いでしょうと恐縮なさってましたが、いえいえそれだけ、それ以上の価値は有りますから。
ツレは御朱印が200円だったので、他は何処でも300円ですから値上げした方が良いですよ。皆300円だと心構えして来てますからって言ってました -
平安時代(9世紀末〜10世紀初め)の作ですよ、って今から1100年以上前って・・・
-
あっ、キウイ♪
-
バス停は余呉川のほとりでした。よってこんな可愛いのに出会いました
-
此処から木ノ本駅へと向かいます。
まだ廻ってないところ見たかったなぁ。バスは今年いっぱい(12月28日まで)しか運行されないので、それまでに来なくちゃね -
木ノ本駅に到着したら、上り電車が出て行くところでした。もしかして丸1時間待つのか?と思ったら、16時台はもう1本。16:38長浜行きに乗る事にします。それまで駅1階の観光案内所兼あれこれ直売所を見てましょう
-
PHOはカボチャを買いました。って食用じゃなくて手の平に載る小さな飾り物です。機会が有ったら写真載せますね
-
-
駅に隣接してヤンマー木ノ本工場が在ります。
ヤンマーの創業者山岡孫吉氏は明治21(1888)年3月22日滋賀県伊香郡東阿閉村(後の南富永村、現滋賀県長浜市高月町)に生まれたのです -
ワンマンで走る事も有るんだね
-
長浜駅では2番線に到着なんだけど、同じ2番線に東海道線の下り快速が止まってます。だからホームが楔型になっていて、車両止めも設置されているのです
(場所無かったのかな?) -
快速に乗り換えてから後ろを見ると、乗って来た長浜止まりの電車が平行しているのが良く判ります
-
まだ6時台。PHOにしてみれば、もう2時間くらい黒壁スクエアあたりを歩いてみたかったのですが・・
-
スマイルホテル大津瀬田では15〜22時の間、2階のラウンジ(朝食を取る食堂)で無料のコーヒーがいただけます。
レギュラー、アメリカン、エスプレッソの3種が選べます。
蓋をして部屋に持ち帰ってもOKです
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
行き先別;滋賀県
-
青春18きっぷ de 近江商人の里 五個荘
2012/08/11~
近江八幡・安土
-
比叡山横断チケットで横断せず <坂本編>
2013/10/13~
大津
-
比叡山横断チケットで横断せず <延暦寺編>
2013/10/13~
大津
-
青春18きっぷ de 京都&奥びわ湖 <奥びわ湖おもてなしバス>
2014/09/06~
木之本・余呉
-
GWも混雑回避 <伊吹山ドライブウェイは緑の洪水>
2015/05/03~
関ヶ原・垂井
-
GWも混雑回避 <伊吹山 花はどこへ行った?>
2015/05/03~
米原
-
GWも混雑回避 <夕刻の黒壁スクエアぐるぐる歩き>
2015/05/03~
長浜
-
GWも混雑回避 <湖東三山は緑の洪水・百済寺庭園編>
2015/05/03~
湖東三山・多賀・東近江
-
GWも混雑回避 <湖東三山は緑の洪水・百済寺境内編>
2015/05/03~
湖東三山・多賀・東近江
-
GWも混雑回避 <湖東三山は緑の洪水・永源寺編>
2015/05/03~
湖東三山・多賀・東近江
-
GWも混雑回避 <湖東三山は緑の洪水・金剛輪寺境内編>
2015/05/03~
湖東三山・多賀・東近江
-
GWも混雑回避 <湖東三山は緑の洪水・金剛輪寺庭園編>
2015/05/03~
湖東三山・多賀・東近江
-
GWも混雑回避 <湖東三山は緑の洪水・西明寺編>
2015/05/03~
湖東三山・多賀・東近江
-
GWも混雑回避 〈湖東三山は緑の洪水・雨の多賀大社編〉
2015/05/03~
湖東三山・多賀・東近江
-
GWも混雑回避 〈最終日 長浜豊公園編〉
2015/05/03~
長浜
-
近江八幡左義長祭り♪ ╋ 青春18きっぷで食の旅?ホテルグランディア大阪 ツレとディナー&息子とランチはクー...
2018/03/17~
キタ(大阪駅・梅田)
-
雨を逃れて♪ 秋の乗り放題パスで 清水「河岸の市」& 安土サイクリング〈第1日目・清水〉
2019/10/26~
清水
-
雨を逃れて♪ 秋の乗り放題パスで 清水「河岸の市」& 安土サイクリング〈第2日目・安土〉
2019/10/27~
近江八幡・安土
-
東京~静岡~大阪~マキノ 青春18きっぷで息子一家に会いに行くついでに琵琶湖一周 〈第0~1日目はプロローグ...
2023/08/26~
大阪
-
東京~静岡~大阪~マキノ 青春18きっぷで息子一家に会いに行くついでに琵琶湖一周〈第2日〉
2023/08/27~
高島
-
東京~静岡~大阪~マキノ 青春18きっぷで息子一家に会いに行くついでに琵琶湖一周〈第3日〉
2023/08/28~
マキノ
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (2)
-
- 元カニ族さん 2015/06/16 07:47:57
- 奥琵琶湖が、整備されて観光地になっているのに、驚きました。
- 子供の頃に、親父と草をかき分けて登った賤ヶ岳。
中学の頃に、友人と彦根から、自転車で行った奥琵琶湖。がたがた道で、時間がかかり、また月出峠の美しさに時間を忘れ、夜遅く家に帰って、親に心配をかけたこと。
そんな奥琵琶湖が、整備されて観光地になっているのに、驚きました。
いろいろ滋賀県を紹介していただき、ありがとうございます。
元カニ族
- PHOPHOCHANGさん からの返信 2015/06/16 22:08:48
- RE: 奥琵琶湖が、整備されて観光地になっているのに、驚きました。
- 前にも申し上げたかもしれませんが、滋賀県って知れば知るほど奥が深いです。
つい数年前まで、琵琶湖を中心として海の無い県という認識しか有りませんでした。
が、今は「歴史の要に滋賀県有り!」を実感しています。
宣伝下手ですよ、滋賀県。もっともっと魅力をアピールして欲しいです。
とは言うものの、あんまり人に押し寄せて欲しくはないのですけれど。
湖東三山が凄くて、旅行記なかなか終わりません(汗)。
そんなに変わってますか?便利になったのですよね、自分としては有難いですが、今しか知らないのが残念かも。
自分は中学生で浅草、高校生で六本木なので、地元とか昔歩き回った場所とかに全く思い入れが無いのです。
「金鉱を掘り当てた」なんて言っていただけて感激です。
旅行記書いた者冥利に尽きます。
こちらこそ先輩の旅行記で知識を増やしていきたいと思っているところです。
今後とも宜しくお願いいたしますm(_ _)m
> 子供の頃に、親父と草をかき分けて登った賤ヶ岳。
> 中学の頃に、友人と彦根から、自転車で行った奥琵琶湖。がたがた道で、時間がかかり、また月出峠の美しさに時間を忘れ、夜遅く家に帰って、親に心配をかけたこと。
>
> そんな奥琵琶湖が、整備されて観光地になっているのに、驚きました。
>
> いろいろ滋賀県を紹介していただき、ありがとうございます。
>
> 元カニ族
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 行き先別;滋賀県
2
106