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丘の上の目玉寺院を見学の後、カトマンズの市内に戻りました。その後、ネパール最古の建造物とされるカスタマンダブ寺院やダルバール広場を見学しました。(ウィキペディア、日本外務省・ネパール)

2014新春、ネパール旅行記(36/42):1月26日(6):カトマンズ、ダルバール広場、マジュデワル寺院、バグワティ寺院

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2014/01/21 - 2014/01/28

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

丘の上の目玉寺院を見学の後、カトマンズの市内に戻りました。その後、ネパール最古の建造物とされるカスタマンダブ寺院やダルバール広場を見学しました。(ウィキペディア、日本外務省・ネパール)

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  • カトマンズのダルバール広場付近では最も高いとされる、シヴァ神を祀るマジュデワル寺院です。高い基壇の上に建つ建物は、三重塔です。1690年、バクタプールのプパティドラ・マッラ王の母によって建てられました。

    イチオシ

    カトマンズのダルバール広場付近では最も高いとされる、シヴァ神を祀るマジュデワル寺院です。高い基壇の上に建つ建物は、三重塔です。1690年、バクタプールのプパティドラ・マッラ王の母によって建てられました。

  • シヴァ神を祀る、マジュデワル寺院の基壇の下の光景です。人気の高い寺院の一つですから、多くの露店が並んでいました。

    シヴァ神を祀る、マジュデワル寺院の基壇の下の光景です。人気の高い寺院の一つですから、多くの露店が並んでいました。

  • 同じく、マジュデワル寺院の基壇の光景です。この奇談居座って、のんびりと時を過ごす人たちの姿が多くありました。ほとんどが地元の方達のようです。

    同じく、マジュデワル寺院の基壇の光景です。この奇談居座って、のんびりと時を過ごす人たちの姿が多くありました。ほとんどが地元の方達のようです。

  • シヴァ・パールヴァティー寺院の建物光景ですマジュデワル寺院から広場を挟んで北に位置します。1700年代後半に、シャハ王朝第3代のバハドゥル・シャハ王によって建てられました。

    シヴァ・パールヴァティー寺院の建物光景ですマジュデワル寺院から広場を挟んで北に位置します。1700年代後半に、シャハ王朝第3代のバハドゥル・シャハ王によって建てられました。

  • シヴァ・パールヴァティー寺院の屋根と、その上に建つ屋根飾りのアップ光景です。寺院の前がステージになっていて、時々イベントが開かれます。2階の窓からシヴァ神とその妃パルヴァティが顔を覗かせている姿が、白っぽく見えています。

    イチオシ

    シヴァ・パールヴァティー寺院の屋根と、その上に建つ屋根飾りのアップ光景です。寺院の前がステージになっていて、時々イベントが開かれます。2階の窓からシヴァ神とその妃パルヴァティが顔を覗かせている姿が、白っぽく見えています。

  • 左側の三重塔が先に紹介しましたマジュデワル寺院、その右奥に見える三重塔が、ナラヤン寺院です。

    左側の三重塔が先に紹介しましたマジュデワル寺院、その右奥に見える三重塔が、ナラヤン寺院です。

  • ダルバール広場の中では、周りのネワール様式の建物とそぐわない造りのガッディ・バイタックの建物です。1908年に宮殿として建てられた西洋建築です。

    イチオシ

    ダルバール広場の中では、周りのネワール様式の建物とそぐわない造りのガッディ・バイタックの建物です。1908年に宮殿として建てられた西洋建築です。

  • 1908年に宮殿として建てられた、西洋建築のガッディ・バイタックの建物のアップ光景です。建物自体は華美なところはありませんが、色彩と建築様式が、余りにも周りとかけ離れています。

    1908年に宮殿として建てられた、西洋建築のガッディ・バイタックの建物のアップ光景です。建物自体は華美なところはありませんが、色彩と建築様式が、余りにも周りとかけ離れています。

  • バグワティ寺院の建物光景です。ジャガト・ジャヤ・マッラ王によって建てられたお寺です。この写真には写っていませんが、北の広場に面した3階のバルコニーは、金色を用いた装飾が施されています。

    バグワティ寺院の建物光景です。ジャガト・ジャヤ・マッラ王によって建てられたお寺です。この写真には写っていませんが、北の広場に面した3階のバルコニーは、金色を用いた装飾が施されています。

  • バグワティ寺院の周りの商店街の光景です。バグワティ寺院の一階部分の一部も、商店として使われているようです。

    バグワティ寺院の周りの商店街の光景です。バグワティ寺院の一階部分の一部も、商店として使われているようです。

  • 中央付近に見える石柱は、『プラタップ・マッラ王の石柱』と呼ばれています。1670年に建てられたものです。日本の江戸時代の頃です。

    中央付近に見える石柱は、『プラタップ・マッラ王の石柱』と呼ばれています。1670年に建てられたものです。日本の江戸時代の頃です。

  • ハトが群れを成す、ジャガナート寺院の付近の光景です。ジャガナート寺院は、マヘンドラ・マッラ王(在位1560〜74年)の1563年に創建されました。日本では室町時代の末期、織田信長が天下統一を目前とした時代です。

    ハトが群れを成す、ジャガナート寺院の付近の光景です。ジャガナート寺院は、マヘンドラ・マッラ王(在位1560〜74年)の1563年に創建されました。日本では室町時代の末期、織田信長が天下統一を目前とした時代です。

  • プラタップ・マッラ王の石柱のすぐ横に建つ、ジャガナート寺院です。マヘンドラ・マッラ王(在位1560〜74)の1563年に創建された寺院です。壁面の彫刻が人気です。

    プラタップ・マッラ王の石柱のすぐ横に建つ、ジャガナート寺院です。マヘンドラ・マッラ王(在位1560〜74)の1563年に創建された寺院です。壁面の彫刻が人気です。

  • プラタップ・マッラ王の石柱と、その周りの寺院の光景です。中央やや右手でシルエットになった建物は、インドラプル寺院でしょうか。

    プラタップ・マッラ王の石柱と、その周りの寺院の光景です。中央やや右手でシルエットになった建物は、インドラプル寺院でしょうか。

  • ダルバール広場の東側にあるハヌマーン・ドカと呼ばれている建物です。かつてネパール国王が住んでいた宮廷があった場所とされます。現在は博物館です。

    ダルバール広場の東側にあるハヌマーン・ドカと呼ばれている建物です。かつてネパール国王が住んでいた宮廷があった場所とされます。現在は博物館です。

  • ハヌマーン・ドカの入り口光景です。『ドカ』は門を小見しますが、現在は建物全体の呼び名となっています。ここに住んでいた王様が、ダルバール・マルグに映ったのは1886年のこととされます。『ハヌマーン』は、叙事詩『ラーマヤーナ』で活躍する猿の神様、左手の赤い像が『ハヌマーン』です。

    ハヌマーン・ドカの入り口光景です。『ドカ』は門を小見しますが、現在は建物全体の呼び名となっています。ここに住んでいた王様が、ダルバール・マルグに映ったのは1886年のこととされます。『ハヌマーン』は、叙事詩『ラーマヤーナ』で活躍する猿の神様、左手の赤い像が『ハヌマーン』です。

  • 白い壁面のハヌマーン・ドカの建物光景です。かつての王宮だった建物です。

    白い壁面のハヌマーン・ドカの建物光景です。かつての王宮だった建物です。

  • 右側の白い建物が、かつての王宮だったハヌマーン・ドカです。正面奥に見えるのが、カゲシュワル寺院です。1681年に創建されましたが、1934年の大地震で大破しました。下部のレンガ造りがネワール様式、上部の白い部分がインドのシカラ様式です。

    右側の白い建物が、かつての王宮だったハヌマーン・ドカです。正面奥に見えるのが、カゲシュワル寺院です。1681年に創建されましたが、1934年の大地震で大破しました。下部のレンガ造りがネワール様式、上部の白い部分がインドのシカラ様式です。

  • ビシュヌ寺院です。ビシュヌ寺院は、プラタップ・マッラ王の時代の17世紀後半にはすでに存在していたとされます。それ以前の創建のようです。

    ビシュヌ寺院です。ビシュヌ寺院は、プラタップ・マッラ王の時代の17世紀後半にはすでに存在していたとされます。それ以前の創建のようです。

  • 『クマリの館』です。この建物の中には、この後入場しました。『生き神様』の姿を見るためでした。<br /><br />

    『クマリの館』です。この建物の中には、この後入場しました。『生き神様』の姿を見るためでした。

  • 『クマリの館』の出入口を守っていたカラフルな獅子像です。お菊開けた口の中には、木場ではなく、きれいな歯が並んでいました。こちらが雌のようです。

    『クマリの館』の出入口を守っていたカラフルな獅子像です。お菊開けた口の中には、木場ではなく、きれいな歯が並んでいました。こちらが雌のようです。

  • 一対になった狛犬のもう一方です。こちらが出入り口に向かって左手にいました。こちらが雄のようです。

    一対になった狛犬のもう一方です。こちらが出入り口に向かって左手にいました。こちらが雄のようです。

  • ダルバール広場の東に位置するタレジュ寺院です。ダルバール広場の寺院の中では最大の寺院とされますが、一般公開はされていないようです。1564年、マヘンドラ・マッラ王によって建てられました。

    ダルバール広場の東に位置するタレジュ寺院です。ダルバール広場の寺院の中では最大の寺院とされますが、一般公開はされていないようです。1564年、マヘンドラ・マッラ王によって建てられました。

  • カトマンズのダルバール広場にあった世界遺産の登録標識です。1979年に『カトマンズ盆地』として文化遺産に登録されました。ネパールには4つの世界遺産があり、あとの3つは、『仏陀の生誕地ルンビニ』(1997年・文化遺産)、サガルマータ国立公園』(1979年・自然遺産)、『ロイヤル・チトワン国立公園』(1984年・自然遺産)』です。

    カトマンズのダルバール広場にあった世界遺産の登録標識です。1979年に『カトマンズ盆地』として文化遺産に登録されました。ネパールには4つの世界遺産があり、あとの3つは、『仏陀の生誕地ルンビニ』(1997年・文化遺産)、サガルマータ国立公園』(1979年・自然遺産)、『ロイヤル・チトワン国立公園』(1984年・自然遺産)』です。

  • 露店の光景です。今は乾季の末期近くですから、雨の心配は全くなさそうでした。材料でいえば青銅器と焼き物、形でいえば仏具や置物が多いようです。

    露店の光景です。今は乾季の末期近くですから、雨の心配は全くなさそうでした。材料でいえば青銅器と焼き物、形でいえば仏具や置物が多いようです。

  • かつての王宮の建物の外面光景です。ネパールでは、皇族の銃撃事件など、近年大きな字形が起き、政体も変わりましたが、都市部での内戦に至ることはなかったようです。

    かつての王宮の建物の外面光景です。ネパールでは、皇族の銃撃事件など、近年大きな字形が起き、政体も変わりましたが、都市部での内戦に至ることはなかったようです。

  • 何度かこの建物の前を通りましたが、どうしても違和感がぬぐえなかった建物です。1908年に建てられた宮殿のガッディ・バイタックです。

    何度かこの建物の前を通りましたが、どうしても違和感がぬぐえなかった建物です。1908年に建てられた宮殿のガッディ・バイタックです。

  • プラタップ・マッラ王によって1670年に建てられた石柱の先端部分のアップ光景です。プラタップ・マッラ王の像を中心に、2人の妻と5人の息子の像です。

    プラタップ・マッラ王によって1670年に建てられた石柱の先端部分のアップ光景です。プラタップ・マッラ王の像を中心に、2人の妻と5人の息子の像です。

  • バグワティ寺院です。ジャガト・ジャヤ・マッラ王によって建てられました。

    バグワティ寺院です。ジャガト・ジャヤ・マッラ王によって建てられました。

  • 正面から見上げた、バグワティ寺院の楼閣の光景です。軒下には、日本の仏像で例えれば、千手観音のような像が4体ありました。

    正面から見上げた、バグワティ寺院の楼閣の光景です。軒下には、日本の仏像で例えれば、千手観音のような像が4体ありました。

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