2011/04/12 - 2011/04/16
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旅人のくまさんさん
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扶余の百済歴史再現団地内に造られた百済歴史文化館紹介の締め括りです。展示品は、纏めて補遺で紹介します。
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正面から眺めた天政殿の光景です。屋根の両端にはシビが飾られています。
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天政殿の金文字が揮毫された大額です。百済王朝最後の王が青磁を行った場所の中心になった建物でしょう。
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天政門の軒下の装飾の光景です。デフォルメされた花柄模様が描かれていました。色彩は、東西南北の守り・四季を表わす緑や赤などがベースです。
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天政殿の中央に向かって伸びていた石畳のアップです。繊細な紋様を施した焼物が使われていました。デザイン化された花柄模様です。
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天政殿に向かって左端の屋根光景です。その後ろの丘にも建物が見えていました。写真を拡大して表札を確認しましたら、『済香楼』の文字が読み取れました。
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屋根越しに眺めた、シビが乗った屋根の破風の光景です。天政殿に向かって右手の区画の建物です。シビが乗った屋根と一緒に、五重塔の水炎が見えています。
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屋根越しに眺めた、シビが乗った屋根の破風の光景です。天政殿に向かって左手の区画の建物です。
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天政殿の大屋根の両端にあるシビと、その下の甍の先の光景です。百済王朝時代の最後は泗ビ時代(538-660年)です。現地ガイドさんは、『シピ』と発音すると説明してくれました。
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天政門の内側から眺めた正陽門の光景です。南側の方角になります。天政殿、天政門と正陽門が直線状に並んでいます。
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天政門の脇に置いてあった大太鼓です。ソウルの中心部にある京福宮にもありますから、宮殿には不可欠な道具のようです。時を知らせたり、儀式の相図等に使われたようです。
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天政殿の脇の建物の上から頭を覗かせた五重塔です。平面図で見ますと、五重塔は天政殿とは別の、付属寺院のような区画にありました。
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天政門から眺めた建物側面光景です。重厚な造りの屋根の下に、ベンガラ色の柱の列がありました。
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天政門の前から眺めた天政殿の光景です。歴史絵巻のミュージカルが続いていました。舞台中央は、王様の怒りを買って途方に暮れる王女の場面でしょうか。
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平面図で見ますと、天政殿がある区画を中央に、回廊のような建物で囲まれた区画が左右に隣接し、3つの区画がありました。回廊のような建物越しに眺めた天政殿の隣の建物光景です。こちらの建物の大屋根にもシビがありました。
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天政門を潜って、次に見えて来たのは正陽門です。その先には、山を削る工事が続いていました。2013年竣工予定の民間施設のようです。
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天政門に向かって右手にあった東屋風の建物のアップ光景です。吹き抜けの六角屋根の2階建になっているようでした。
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百済文化展示館の建物光景です。天政殿の見学の前にざっと見学しましたが、写真撮影のために、また戻ってきました。入場券が要りますが、日本人団体客の一人であることを覚えて戴いていましたので、再入場できました。
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百済文化展示館の室内に展示してあった百済歴史再現団地の鳥瞰図です。中央が天政殿、その右に五重塔がある寺院区域、その奥が古墳公園です。
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百済歴史再現団地の中心施設のアップです。左手が百済歴史文化館、中央が天政殿です。天政殿の左右には、文思殿と武徳殿があるようです。
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百済歴史再現団地の鳥瞰図の右手前の部分のアップです。右手に観光バスを降りた駐車場、左手前にロッテホテルが見えます。
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整列した騎馬兵と歩兵の光景です。当時の百済軍でしょうか。鎧戸兜で身を固め、手には槍などの武器を持っています。
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天政殿の模型と、その上に掲げられた大額の光景です。右手には、シルエットになった五重塔が半分ほど見えています。
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展示室内の光景です。1994年に百済文化圏総合開発計画が確定され、1997年末に百済文化団地基盤施設の工事が着手されました。テーマパーク、テーマのアウトレットや体育施設などの一部の民間施設は、2013年までの竣工を目指しているようです。
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展示室内の光景です。百済時代の農業、商業、工業や農業等の当時の様子がジオラマで表示してありました。個別の紹介は、補遺に纏めておきました。
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展示室内の光景です。左手には、百済時代の王宮儀礼の模様が展示されているようです。その右側は、木造建築の建設の模様がジオラマで表現されていました。
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再集合場所の駐車場まで戻ってきました。先程見学した百済歴史文化館の横からの眺めです。時間が足りずに、2階部分の見学は諦めました。
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昼食の食堂です。2年頬前にソウルから日帰りツアーで見学した時にも立寄ったお店です。野菜で包んで食べる『サンパブ』の昼食メニューも一緒でした。中々ヘルシーな食事です。
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昼食のお店の玄関のアップです。大量の山菜でしたから、大分残ってしまいました。韓国風のハーブと言った香りの野菜が沢山ありました。
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昼食のレストランの前にあった駐車場方面の光景です。昼食の後、次に向かったのは光州です。旅行の前半ソウルから南下し、公判で北上するスケジュールでした。光州での最初の見学地は松広寺です。
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光州までは長距離移動ですから、休憩を挟んでのドライブです。1時間少し走って立ち寄ったドライブインの光景です。
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