2011/04/12 - 2011/04/16
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旅人のくまさんさん
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晋州城紹介の続きです。15年程前の旅行の時、この地より更に南部の麗水(ヨス)に向かった時にも立寄りました。鰻の名産地とお聞きしたような記憶があります。昼食に鰻を食べたような記憶もあります。ソウル出身の現地ガイドさんに名産鰻のことを訪ねてみましたが、御存じではありませんでした。
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一段高い場所に見える、北将台の建物光景です。戦時の時の見張り台や指揮所になる建物のようです。
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丘の上に見えた、余り高くない石塀で囲まれた建物です。扉が閉まっていたようですから、坂を登るのは止めにしました。
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自由奔放に枝を伸ばした大木です。剪定されることもなく、木の本能に従って伸びた幹と、枝のようです。
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この一帯の木も、この地に残された雑木林のようです。その枝の間に見えていた満開の桜の花です。
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石碑が並んでいた一帯です。頭に立派な飾りがあった石碑です。今は飾りがない石碑も、元はあったような雰囲気です。
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同じく、一際立派な石碑の光景です。この石碑だけ単独で周りを石の柵で囲まれていました。
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頭の飾りだけが作りなおされた石碑のようです。刻まれているのは、『牧使李侯尚逸去思碑』の文字です。牧使だった李侯を偲ぶ石碑のようです。牧使は、地方の長で、通常の職級は正3品です。より高い品階を持つ人が任命される場合、正2品の場合には領牧使、従2品である場合には判牧使と呼ばれました。
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石碑の拾い読みです。『兵使李公漢珪清徳善政碑』の文字が刻まれていました。李公の生前の善政を湛える記念碑でしょうか。先程の石碑は『侯』の尊称でしたが、こちらは『公』の尊称です。日本の明治憲法時に使われた、貴族階級の公爵、侯爵、伯爵。子爵と男爵のような爵位に相当する呼び方でしょうか。
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一度、下から眺めたことがある、低い石塀で囲まれていた建物の光景のようです。
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先程見学してきた石碑群の光景です。
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『景仰祠(ギョンジョルサ)』の説明看板です。背後の建物の説明のようです。
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背後に見えていた『景仰祠(ギョンジョルサ)』の建物です。
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黄色と紫のパンジーの花です。花が小さいようですから、ビオラかも知れません。大きな青磁の鉢に植え込まれていました。
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同じく、大きな青磁の鉢に植え込まれていた白い花です。サフィニアのようです。日本の食品関係の会社で作出された品種ですが、世界中で人気が高まってきたようです。
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最後はオレンジ色の花です。キンセンカ(金盞花)でした。いずれの鉢も、石塀に沿った歩道に設置してありました。
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紫木蓮の花です。花に隠れて矗石楼の額がありました。シモクレンは、モクレン科、モクレン属の植物です。
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紫木蓮の花のアップです。早春に咲くこの花は、私の大好きな花の一つです。マグノリア、モクレン(木蓮)やモクレンゲの呼び名もあります。
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晋州城の南を流れる、南江(ナムガン)の畔の光景です。南江は、韓国最長の川、洛東江(ナクトンガン)の支流になります。赤い花は、桜か桃でしょうか。
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赤い花のアップです。すぼみか開き始めた時は濃いピンク色で、満開ではピンク色になるようです。五弁の花でした。
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静かな南江の流れに、対岸の光景が写っていました。対岸は、石を使った護岸工事が施されていました。こちらの岸には竹が生い茂っていました。
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南江をバックに咲いた黄色の花は、お馴染のレンギョウ(連翹)です。レンギョウウツギ(連翹空木)の別名を持ちます。古名は、いたちはぜ、いたちぐさです。
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矗石楼からも眺めた造り付けの小舟の光景です。人形が船の上に置かれていました。男女のカップルでした。帆船が帆を降ろした状態のようです。
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晋州橋の光景です。アーチ型の橋桁には、ノンゲ(論介)の指輪が装飾されているようですが、今回は渡りませんでした。現地を見れば思い出したか知れませんが、15年前の記憶は定かではありません。
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今は枯草の光景ですが、下草は、全て芝生が張られているようです。夏の日差しを防ぐのに好適な落葉樹が、間合いを持って生えていました。少しだけ新芽が出てきたようです。
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前方に二階建、お寺で例えれば山門のような建物が見えてきました。1階が通路、2階は吹き抜けの建物です。
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更に近付き、『嶺南布政司』の額の文字が読めるようになりました。『嶺南』地方は、現在の慶尚道(キョンサンド)です。慶尚道には、釜山(プサン)広域市、テグゥ広域市や蔚山(ウルサン)広域市が含まれます。
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『嶺南布政司』の説明看板です。右が英語、左がハングル表示です。ハングルだけでは判読し難い部分は、漢字の添え書きがありました。
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門を固める衛兵の人形です。三股の槍を手にしています。城内に、更に門があるのは、重要施設があった区域の守衛でしょうか。
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門を固める守衛は、左右に一人ずつ配置されていました。頭の兜、白と黒の服装や、手にした武器も一緒でした。
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『守令以下皆下馬碑』の文字が刻まれた古い石碑です。『守令(スリョン)』は、朝鮮王朝時代の地方官のことです。府尹、大都護府使、牧使、都護府使、郡守、県令と県監の総称とされます。
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