2011/04/12 - 2011/04/16
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光州近郊の楽安邑城民族村(ナガン・ウプソン・ミンソクマウル)の紹介です。2010年に10箇所目の世界遺産として、韓国の歴史的村落の『河回と良洞』が世界遺産に指定されましたが、光州の楽安邑城民族村は指定されていません。いずれ追加指定される民俗村かも知れません。城壁に囲まれた中に約100戸の建物があります。
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今日の最後の見学地、楽安邑城民族村に到着しました。近くにバスを降りて、歩いての見学です。『邑城』を日本語読みすれば、『むらしろ』、城壁に囲まれた村(邑)と言うことになります。
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楽安邑城民族村の入口付近の光景です。1983年6月に城と村(東内里、南内里、西内里)が、韓国国内で初めて史跡第302号に指定されました。その後、1984年から3、4年をかけて復元工事が行われました。
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入口近くにあった『三・一独立運動記念碑』です。1919年、第一次世界大戦のベルサイユ講和条約が締結され、その精神の民族自決を目指した反日独立運動です。結果は失敗に終わり、日本による朝鮮支配は、第二次世界大戦終結の1945年まで続きました。
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枯木か、生きた木か俄かには判断付かない光景です。幹には彫刻が施されていますが、天辺には新しく伸びた枝が見えました。僅かに残った皮が上まで繋がっているようです。
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『安楽邑城』のタイトルの日本語説明看板です。少し拾い読みしますと、『現存する邑城の中で、最もよく原型が保存されている』とされ、先に紹介した1983年の史跡の指定以降の保存活動についても言及されていました。
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左手に改札口があった入口の光景です。ドラマの撮影にも使われた場所のようですが、そのドラマは見当が付きません。
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楽安邑城民族村は、殆んどの城郭が、倭寇を恐れて山や海岸に築造されたのに対し、野中に築造された野城です。村を取り囲む城壁木は、外壁と内壁の両面に石垣を積んだ夾築構造となっています。
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城内の石垣の光景です。使われている石には年代を感じますが、津見方は新しいように見えます。復元工事に当たっては、発掘調査も行われ、復元作業に役立てられたようです。
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補修工事が行われた建物の一つ、林慶業郡守の碑閣です。林慶業将軍(1594〜1646)は、朝鮮王朝第16代の仁祖4年(1626年)に楽安群守として着任しました。この碑閣は村民が善政に報いるため、1628年に建てたものとされます。
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正面から眺めた林慶業郡守の碑閣です。樂安の平野にある邑城に土城が築かれたきっかけは、朝鮮太祖6年(1397年)の倭冦侵入とされます。この土城を石城に改築したのは、林慶業将軍と伝えられます。林慶業将軍が楽安郡守だったのは、仁祖4年(1626年5月)から6年(1628年3月)までです。
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林慶業郡守碑閣の中の石碑のアップです。石碑によくある、亀に似た想像上の動物の上に建てられています。林慶業将軍は、朝鮮時代の宣祖王治世の27年(1594年)、忠州の大林山の麓の村で生まれたとされます。第15代王の光海君治世10年の(1618年)武科に合格した人と伝えられます。
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今度は少し離れた場所からの、林慶業郡守碑閣の光景です。林慶業将軍は、晋との戦いなどでも武功を挙げましたが、1644年に沈器遠の謀反の罪を受け、官職を剥奪され、54歳で亡くなりました。死後、朝鮮王朝時代の1706年、第19代の粛宗(スクチョン)王に名誉を回復されました。
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神聖な場所や寺院等に設置される門です。日本の鳥居と同じような位置付けのようです。2009年に世界遺産に指定された朝鮮王朝の歴代王の陵にも施設されています。
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ホンサル門のアップです。上部の突起は、聖域を守るための矢形とされます。韓国では、夫に死別しても節を守る女性が美徳とされ、そうした貞女を『烈女』と呼ばれました。現地ガイドさんは、『烈女』と呼ばれる人の家にもホンサル門が建てられたと説明されていました。
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鐘楼の光景です。最近再建された建物でしょうか、ネット情報ではなかなか見つかりません。右手に石段がありました。この建物も、発掘調査等を元にしたものでしょうか。鐘ではなく、太鼓がありました。鐘を鋳造するには、お金も時間もかかるかも知れません。
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同じく、西日を受け始めた鐘楼の光景です。鐘楼の中には、現地ガイドさんは、太鼓が置かれている理由を、訴訟の申し出の合図に使ったと説明されていました。
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邑城の中に再建された役所の光景です。役所と警察、裁判所なども兼ねた機能を持っていたようです。現在の三権分立の思想はなかった頃の役所です。官衛と呼ぶのでしょうか。
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役所の前の付近の光景です。西側方面の光景になります。右手にトーテンポールのような像がありました。文字を読んだらハジャンシル(化粧室)、お手洗いの案内表示でした。
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同じく、役所の前の付近の光景です。1984年から2001年までに補修された城壁が1410メートル、東門(樂豊楼)、西門(樂秋門)と、南門(双清楼)の3つの楼門を始め、多くの施設が修復、再建されました。
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城壁が見えない場所では、楽安邑城民族村は、のんびりとした田舎の光景でした。再建された役所の光景も、その中に溶け込んでいました。
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邑城内の大木の光景です。邑城内には、樹齢6百年とされる公孫樹を始め、老巨樹32本が生えています。その中の15本(公孫樹3、欅1、榎6、椋3、イヌシデ2)が、地方記念物に指定され、管理されています。
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同じく、邑城内の大木の光景です。樹齢600年の公孫樹は、邑の守りとして、毎年堂祭が執り行われているようです。
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石の塀で囲われた藁葺屋根の家です。韓国では、藁葺き屋根の家を草家(チョガ)と呼ぶようです。日本でも戦後暫くは、見かけることが出来た光景です。
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石積みの垣根で囲まれた畑と建物の光景です。この石積みの光景を見ますと、直ぐに済州島を思い出します。済州島の黒い火山岩は、重たく手将粗油のことでは石垣が壊れることはないようです。こちらでは如何でしょうか。
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藁屋根の農家のアップです。保存状態の良い藁葺の農家9棟は、重要民俗資料に指定されています。この藁屋根の家もその内の1軒でしょうか。
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広範な民俗村ですから、路地まで入って見学することは出来ませんでしたが、垣間見る路地の光景は、十分に風情と歴史を感じさせました。
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同じく、露地の光景です。それぞれの敷地を囲う石積みの垣根が目に入りました。敷地の中には、桜らしいピンクの花が満開でした。
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ほぼ満開だった桜の木です。遠くからは桃の花のようにも見えましたが、桜のようです。桜と桃・梅との見分け方の一つは、『桜は、枝から花枝が付いて房状に花が付くのに対し、桃と梅は、花枝が無く枝に花が付く』ことにあります。
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かなり赤味が強い桜の花のアップです。花の付き方は、桜の特徴に似ています。しかし、桜、梅、桃とも、バラ科サクラ亜科サクラ属の植物ですから、良く似ていることに違いはありません。
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同じく、赤い桜の花のアップ光景です。丁度虫が飛んで来て、頭を花の中に入れて、蜜を吸い始めました。
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