2011/04/12 - 2011/04/16
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旅人のくまさんさん
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順天市郊外にある楽安邑城民族村紹介の続きです。城と村が一体として、韓国国内最初の史跡第302号に指定されています。倭寇に対応して土城を築かれたのが14世紀末、現在の石城が築かれたのが、約300年後の仁祖4年(1626年)の忠愍公の林慶業(イム・ギョンオプ)将軍の時代とされます。
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『楽豊楼』の額があった楽安邑城民俗村(ナガン・ウプソン・ミンソクマウル)入口の建物です。東門とも呼ばれる正門です。
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道の脇で咲いていた白い水仙の花です。日本と韓国とでは気候も似ていますし、植物も共通するものが多くあります。
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蔦が生い茂った石垣の光景です。石垣自体は、新しく積まれたもののようですが、蔦が雰囲気を変えていました。
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荷車を引く牛の置物です。かつての楽安邑城民俗村の生活を再現した展示のようです。なかなかリアルな造りの牛さんですが、本物のような荷車が、その後押しをしているようです。
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この城塞の中では、現在も85世帯が生活をしています。歴史的価値のほか、民俗学的にも貴重な地域とされます。
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楽安邑城民俗村の背後に控える山の光景です。勝手な判断ですが、この村が、中国思想の風水を考えて立地されたことを窺わせます。
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城塞の中に残された役所の建物光景です。この地で産出される石を利用して、高さ4メートル、幅3〜4メートル、全長1,410メートル、東内、南内、西内など13万5千平方メートル余に及ぶ3つの村が囲まれています。
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刑罰の様相を示した人形です。尻叩きの刑を受けえている罪人のようです。苦痛で、顔が歪んでいます。
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役所の中で高位の立場の人でしょうか、目の前で行われている取り調べなどを見張っているような雰囲気の人形です。
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使無堂の額があった建物です。昔の役所の建物の一部のようです。黒い山高帽に白い服を着た、官吏らしい人形が、筆をとって書きものをしていました。
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建物からは、少し離れた場所に立っていた煙突の光景です。オンドルの煙突のようです。
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オンドルの焚口の光景です。実際に使われることもあるようです。周りが煤けていました。
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キムチなどを保管している庭の一角です。韓国の事情に詳しいツアーメンバーの方が、キムチだけでなく、味噌や醤油も甕に入れて保管していると説明してくれました。釜山より西の街、馬山(マサン)のご出身のようでした。
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同じく、保存用の甕が並べられていた庭の一角の光景です。キムチの甕は地中に埋められたりするようです。
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木造の建物の破風光景です。変哲のない光景でしたが、中央部分にぶら下がっている、鋸の歯のようなものの意味は分かりませんでした。
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台所があった建物の光景です。『チャングムノ誓い』で有名になった言葉の『スラッカン(水刺間)』も台所のことです。宮殿以外の台所を、スラッカンと呼ぶかどうかは分かりません。
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満開の桜の木の上で音がしました。見上げたところには、お馴染のカササギさんでした。今回の旅行でも、何度もお目にかかりました。
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桜の木の上にとまっていたカササギさんです。逆光気味になりましたので、パソコンで画面を明るく調整してみました。
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同じく、満開の桜の木の上で花見をしていた(?)カササギさんです。近所に合った糸湯の木らしい高い木には、巣がいくつも懸けられていました。
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満開の桜の花のアップです。桜は韓国語では『ポッコッ』と発音するようです。実際には、なかなか覚えられない発音です。
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韓国では別の呼び方があるのでしょうが、つい、今光景を見ますと、トーテンポールと呼んでしまいます。韓国ではチャンスンと呼ばれ、村の境界の守り神として立てられる柱とされます。
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韓国のトーテンポール、チャンスンのアップ光景です。トーテン(ム)ポールは、北アメリカ大陸の太平洋に面した北西沿岸部に住む先住民が建ててきた柱状の木の彫刻です。南米を含めて蒙古斑を持つ人たちのルーツには、この光景を見る度に特別の感慨を覚えます。
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『令』の文字が記された旗が立ち並ぶ、城壁の上の光景です。詳細な時代考証は分かりませんが、城砦に軍隊組織があったことを窺わせる光景です。
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同じく、旗が立ち並ぶ城壁の光景です。石造りの城壁が建設された後、400年ほどは経過しているようです。
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城壁の側面光景です。修復されたものでしょうが、そのことを差し引いても、よく保存された城壁です。
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チケット販売所です。個人旅行の機会の時のために撮影しておきました。大人一人の入場料は2000ウォン、団体ですと1500ウォンでした。
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楽安邑城民俗村(ナガン・ウプソン・ミンソクマウルが城塞機能を有していた時代の名残のようです。城壁の外に堀が巡らされていました。
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城壁の外側の光景です。少し日が翳ってきました。楽安邑城民族村之見学は、そろそろお終いです。約18000坪の城壁の中には、今でも人が住まっている建物が100戸以上残されています。藁葺屋根ですから、維持管理も大変なようです。
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風化して風貌が分からなくなってしまった狛犬です。十分に役割は果たしてきたようです。そろそろ隠居宅を探す時期になったようです。お疲れ様でした。
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城壁の脇にあった杖のような不思議な形をした木です。文字が刻まれた案内標識でした。城壁の外側でした。
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