2011/04/12 - 2011/04/16
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旅人のくまさんさん
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今回の韓国旅行では、新しく建設された百済歴史文化館を見学しました。近年の発掘調査や文献調査を元に再現された百済時代の宮殿施設です。再現された建物を舞台に、歴史絵巻のミュージカル風イベントが行われていました。
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百済歴史文化館の建物光景です。660年に百済が滅びた後、大勢の百済人が日本に亡命したとされ、その居住地が明日香村とされます。ところで、日本の時代区分にも使われる『飛鳥』もまた、『あすか』と読まれます。まさに不思議な日本語です。これを古代韓国語から解読されたのが、約20年前に公刊された李寧煕(イ・ヨンヒ)さんの著書、『フシギな日本語』です。
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百済歴史文化館のロビー光景です。李寧煕さんは日本で学ばれたあと、韓国に戻られて韓国女流文学人会会長等を務められました。その傍ら、数々の日本語著書を出版されました。『もう一つの万葉集』(1989年)、『枕詞の秘密』(1990年)、『甦る万葉集』(1993年)等です。元々、若い頃から万葉集に興味を持っていましたから、一通り目を通した著書です。
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1993年から2010年までの年表です。発掘史や歴史的建造物の再建史のようです。李寧煕さんの著書の話に戻ります。李寧煕さんが万葉集の研究を始められたきっかけとして、ご自身が記されているのが、政治評論家の御手洗辰夫氏から『万葉集は、お宅の言葉で書かれているのですよ』との指摘だったとされます。最初の著書、『もう一つの万葉集』の20年ほど前のこととされます。
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2008年から2010年までの年表のピックアップです。五重塔や観光団地の建設が上段に記されています。イ・ヨンヒさんによる『知的な洒落』と表現された、『明日香』と『飛鳥』の同じ読み方の解読です。『フシギな日本語』から要約します。『古代韓国語のアシガ:夜明け村』→『古代韓国語の漢字借字文の飛鳥:ナルセ=夜が明ける』→『古代韓国語のアシガ=ナルセ:漢字の明日香=飛鳥』となったとする説です。
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同じく、2002年から2007年までの年表のピックアップです。2006年から2007年にかけて、天政殿や百済歴史文化館の建設が記されています。イ・ヨンヒさんは、韓国では『ペクジェ』と読む『百済』を、日本では『くだら』と読むかについても解説されています。それは、日本側から見て『百済』は、古代韓国語の『豊かな大国:クダラ』であり、ペクジェ=クダラとなったとする説です。
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一旦、百済歴史文化館の見学を終えて、天政殿への移動です。こちらでミュージカル風のイベントがあるとの情報が伝わっていました。百済歴史再現観光団地全体の案内図が記されているようです。
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同じ看板の反対側の光景です。撮影した後で、写真を拡大して確認しましたが、全く同じものが記されていました。
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左斜め前から眺めた正陽門の建物光景です。百済王朝の泗ピ時代には、政治の中心だった宮殿の入口です。泗ピ時代(538-660年)は、26代王の聖王の在位期間(523-554年)とほぼ重なります。
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正面から眺めた正陽門の上階の光景です。この写真では先が切れてしまいましたが、現地ガイドさんは、中国、韓国と日本の甍の形状の違いも説明されていました。甍の先が中国は上、韓国は前方、日本は下を指しているとの説明でした。それぞれの国の美意識の差ではないかとも付け加えられていました。
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シビのアップです。シビで連想するのが、奈良東大寺の大仏殿の黄金のシビです。現地ガイドさんとシビの話をしていましたら、発音が似ている百済の時代の『泗ピ』ことになりました。この時代は百済の後期、泗ピ時代(538-660年)と呼ばれます。関連があるのかどうか、後ほど調べてみたいものです。『ピ』は、さんずいに『比』の文字です。
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正陽門を潜って、次に姿を現すのが天政門です。天政殿の正面入口になります。その背後の山の上にも小さな建物があります。恐らく中国から伝わった思想でしょうが、宮殿や寺院、陵を建設する時、風水を大切にしたようです。その一つが、背後に山を持つ南面のようです。
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扶余陵山里出土の百済金銅大香爐(ペクチェ・クムドン・テヒャンロ)の拡大レプリカです。オリジナル品は、1993年に扶余陵山里遺跡趾で発掘されました。
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アップした金銅製の香炉です。韓国の国宝中の国宝の一つです。本物は扶余博物館の中で展示されています。数少ない百済時代の遺物として貴重ですし、その精巧な造りは見事でした。
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同じく、角度を変えて眺めた金銅製の香炉です。頂部の蓋の上には、羽根を広げた鳳凰がいます。扶余博物館の中には、この香炉の発掘調査時の写真も展示してありました。
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五重塔の遠望です。日本には数多くの木造の五重塔が残されていますが、仏教とともに伝来した文化の一つでしょう。韓国では木造は現存していないようですが、五重塔等の石塔は、各所に残されました。
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天政殿に向かって左手の山の上に立っていた東屋風の建物の遠望です。この建物も、文献調査や発掘調査を元に再現されたものでしょうか。
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少し離れた場所からアップした五重塔です。先程見学してきた展示館には、その模型や設計図が展示してありました。発掘調査や文献調査の上で再現された、百済時代の建物です。
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右手に見える建物が、天政殿の正面入口となる天政門です。風水によって建設地が決まった後も、四方の気の強弱を考慮して、建物配置等が決められたようです。
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天政門を潜って、正面からの天政殿の眺めです。イベント開催を待つ人達が、既に左右の席に腰かけていました。日本人観光客は、この後も私達のグループだけでした。
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時代絵巻ドラマのイベントが始まった天政殿です。ツアー料金に含まれていましたが、百済歴史文化館や天政殿などへの入場は別料金のようでした。
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天政殿の額のアップです。第26代の聖王時代の538年に、それまでの国都であった熊津(忠清南道公州市)から泗ビに遷都しました。泗ビは百済滅亡の660年までの国都でした。泗ビは所夫里(そふり)とも記されます。これは漢字表記を持たないソウルの語源との説もあるようです。
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ドラマの主人公です。日本で例えれば、松尾芭蕉の旅姿のようです。衣装には、お坊さんの作業着の作務衣(さむえ)も連想しました。
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ドラマの脇役達です。コミカルな演技や、歌を披露していました。天政殿の大扉を開閉して、出演者が出入していました。
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同じく、劇の盛り上げ役の脇役達のアップです。一番右の方も、ミュージカル風に堂々と歌を披露していました。韓国の方の歌のうまさ、コブシには定評があります。
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見学者を巻き込んでの踊りです。韓国のアジュマは、酒が入ると直ぐに踊り出しますが、お酒が入らなくても音楽に合わせて踊り出すようです。
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朗々とした主人公の歌唱です。私は詳しくはありませんが、TVやドラマでお馴染の方も出演していたようです。音響設備も優れモノでした。
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もう一人の主人公の登場です。お姫様役です。最初の方だけを見て展示館の撮影に向かいましたが、どうやらお姫様の悲恋物語のようでした。
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お姫さまと一緒に登場したのは、コミカルな役回りのお付きの女性でした。韓国では、この三国時代のドラマも人気が高いようです。
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王様も登場しました。金製の王冠が地位のシンボルです。推測ですが、第25代の武寧王の子、第26代王となった聖王(在位:523-554年)でしょうか。日本との関わりが深かった王の一人です。
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お后も登場しました。こちらも金の冠です。王様がお姫様を叱り、中に入って気を揉むお妃の場面で、観劇は失礼しました。
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