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五智国分寺境域内だが、本堂からやや南に離れて本願寺国府別院はある。<br /><br />ここには竹之内草庵で約1年を過ごした後親鸞が新たに移り住んだ”竹ヶ前草庵”があった。<br /><br />親鸞はここで越後頸城の豪族三善為教の娘恵信尼公を娶り、新婚生活を営んだ。<br /><br />又流罪赦免の後も親鸞は京都に戻らず、42歳までこの地に滞在し、念仏を広めた。<br /><br />時は移り600年後(芭蕉の五智国分寺参拝の約120年後)、竹ヶ前草庵跡に参拝者の為の本堂が建てられた。<br /><br />当初は小丸山別院と称していたが、後に本願寺の所有となり、1930年、本願寺国府別院と改称されて現在に至る。<br /><br />総造りの本堂は、金色に輝く主祭壇、極彩色で花鳥草木の絵が描かれ、格子状に区画された見事な格天井(ごうてんじょう)と祭壇を取り巻く襖。<br /><br />我々が堂内を見学途中に住職が姿を現し、自ら照明に灯りを付けて下さったお陰でその美しさは一段と惹きたった。<br /><br />境内にはここにも旅姿の親鸞像と、初めて上陸したとされる居多ヶ浜での親鸞たちの様子を描いた彫像がおかれている。<br />

奥の細道を訪ねて第14回08親鸞が恵信尼公と新婚生活を営んだ本願寺国府別院 in 直江津

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2011/12/13 - 2011/12/13

547位(同エリア612件中)

WT信

WT信さん

五智国分寺境域内だが、本堂からやや南に離れて本願寺国府別院はある。

ここには竹之内草庵で約1年を過ごした後親鸞が新たに移り住んだ”竹ヶ前草庵”があった。

親鸞はここで越後頸城の豪族三善為教の娘恵信尼公を娶り、新婚生活を営んだ。

又流罪赦免の後も親鸞は京都に戻らず、42歳までこの地に滞在し、念仏を広めた。

時は移り600年後(芭蕉の五智国分寺参拝の約120年後)、竹ヶ前草庵跡に参拝者の為の本堂が建てられた。

当初は小丸山別院と称していたが、後に本願寺の所有となり、1930年、本願寺国府別院と改称されて現在に至る。

総造りの本堂は、金色に輝く主祭壇、極彩色で花鳥草木の絵が描かれ、格子状に区画された見事な格天井(ごうてんじょう)と祭壇を取り巻く襖。

我々が堂内を見学途中に住職が姿を現し、自ら照明に灯りを付けて下さったお陰でその美しさは一段と惹きたった。

境内にはここにも旅姿の親鸞像と、初めて上陸したとされる居多ヶ浜での親鸞たちの様子を描いた彫像がおかれている。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス 新幹線 JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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