2011/12/15 - 2011/12/15
151位(同エリア179件中)
WT信さん
秋田県での難所三崎峠の石ころと木の根が頭にあったせいか、倶利伽羅峠の道が全道舗装されているのは意外であった。
又坂道も思っていた程急でない。
しかし所によっては地面が見えないほど、褐色の雨に濡れた落ち葉が道路を埋め尽くしており、足元が覚束ない。
坂道がやや急な所は、列車の枕木の様に丸太が道路幅に渡して埋め込んであった。
倶利伽羅峠の道は北陸道の一部で、江戸時代には参勤交代の行列もここを通った筈で、それなりの整備された道だったろうとは想定するが、それでも芭蕉が歩いた真夏の倶利伽羅峠越えはかなり難儀したに違いない。
とはいえここ倶利伽羅峠を名だたる観光名所にしているのは、難所の故でなく、後に朝日将軍と云われた木曽義仲が、ここで平家の大軍を撃ち破った故事に拠るだろう。
1180年、以仁王が発した平家討伐の令旨に従い、源頼朝が挙兵した直後に義仲は木曽の山奥で挙兵した。
27歳であった。
挙兵から3年後義仲は倶利伽羅峠で10万の平家軍と相対する。
有名な「火牛の計」で平家を破った義仲は、これを機会に勝利の道を駆け昇り、ライヴァル源頼朝に先だって京に入り、比叡山を白旗で埋め尽くす。
「源平倶利伽羅合戦 本陣」と刻んだ石塔が建ち、辺りに角に松明を結んだ牛の人形が置かれ、その近くにある「猿ヶ馬場」の看板の脇に「芭蕉塚」がある。
しかしそこに刻まれた芭蕉の句は、周囲の高揚した環境に反し、義仲を痛む句。
義仲の 寝覚めの山か月悲し 芭蕉
芭蕉の奥の細道の旅の目的の1つは、西行と義経所縁の地を訪ねることと云われるが、元を糺せば西行も義経も源氏方の武将であり、義仲もそうであった。
殊に義経と義仲は共に幼少で孤児同然となり、それぞれ鞍馬と木曽の山中で成人し、後に戦に優れた武将となり、平家を破り、源頼朝に先だって京に昇り、源氏の武家社会の世の成立に貢献するも、共に頼朝に殺される・・と似通った生き様を持つ。
芭蕉は義仲と義経を重ね合わせて見ていたのではなかろうか。
その上義仲を滅ぼしたのは頼朝の命とは云え、同じ運命に晒される義経であったという悲劇まで揃う。
”奥の細道を訪ねて”で何れは訪れるであろう、義仲の最後の地で有り、芭蕉の墓もある琵琶湖湖畔には、義仲に対する芭蕉の強い思いが滲む句が有るらしい。
木曽殿と 背中わわせの寒さかな 芭蕉
衣笠監督の映画「木曽義仲をめぐる3人の女」のラストシーンを思いだしていた。
頼朝軍に捉えられ馬に乗せられ、山裾の小道を曳かれていく巴御前扮する京マチ子を、山の林の隙間から、涙を流しながら見送る、山吹扮する山本富士子。
その足元には木曽義仲の首級を茶毘にふす煙が揺らめく。
義仲役は長谷川一夫。高峰秀子も出演した、当時の美男美女が揃った映画だった。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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