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ようよう倶利伽羅峠を越え、その先の倶利伽羅不動尊の境内を通り、不動尊特有の赤い旗の翻る、長い屈折した階段を降りる。<br /><br />718年、倶利伽羅不動明王を本尊として創建されてと云われ、倶利伽羅はこの辺りに地名ともなった。(資料)<br /><br />後に弘法大使が長楽寺を建立したが、源平合戦で消失。<br /><br />源頼朝が再建するも門前の茶屋の火事で護摩堂を除き全焼。<br /><br />明治の廃仏棄却で、長楽寺は廃され、素盞鳴社となった。<br /><br />現在の倶利伽羅不動尊は昭和24年、石川県の元忠魂堂を移築したもので、現手向神社が元素盞鳴社。(資料)<br /><br />下に降りたら今まで気がつかなかった、倶利伽羅不動の綺麗な朱の五重塔が見下ろしたいた。<br />

奥の細道を訪ねて第14回28倶利伽羅峠の地名の元なった倶利伽羅不動明王を本尊とする倶利伽羅不動尊 in 河北郡津幡町

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2011/12/15 - 2011/12/15

149位(同エリア177件中)

WT信

WT信さん

ようよう倶利伽羅峠を越え、その先の倶利伽羅不動尊の境内を通り、不動尊特有の赤い旗の翻る、長い屈折した階段を降りる。

718年、倶利伽羅不動明王を本尊として創建されてと云われ、倶利伽羅はこの辺りに地名ともなった。(資料)

後に弘法大使が長楽寺を建立したが、源平合戦で消失。

源頼朝が再建するも門前の茶屋の火事で護摩堂を除き全焼。

明治の廃仏棄却で、長楽寺は廃され、素盞鳴社となった。

現在の倶利伽羅不動尊は昭和24年、石川県の元忠魂堂を移築したもので、現手向神社が元素盞鳴社。(資料)

下に降りたら今まで気がつかなかった、倶利伽羅不動の綺麗な朱の五重塔が見下ろしたいた。

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
観光バス 新幹線 JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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