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水橋川を船で渡った芭蕉達は、浜往来と呼ばれていた富山湾沿いの道を射水に向かった。<br /><br />射水市に沿った富山湾一帯は”奈呉浦(なごのうら)”と呼ばれ、越中国守だった大伴家持が豊後の宇佐八幡を勧請し、当初奈呉八幡宮と称した八幡宮が建つ。<br />今の名は放生津八幡宮。(資料)<br /><br />芭蕉がここを訪れたのは、この地で詠んだ大伴家持の歌が有り、この地が芭蕉の旅の目的の一つだった歌枕の地だったからと思われる。<br /><br />境内に大伴家持の歌碑と芭蕉の句碑が有る。<br /><br />   東風 いたく吹くらし 奈呉の海人の <br />       釣りする小船 漕ぎ隠る見ゆ   家持<br /><br />   早稲の香や 分け入る右は有磯海    芭蕉 <br /><br />本殿廊下の両脇に珍しい木製の狛犬が見守る。<br /><br />拝殿を神主さんが直接ご案内下さった。<br /><br />本殿の浦に「奈呉之浦」と書かれた石塔が有り、一帯は松林と白砂の有磯海(富山湾の古称)が広がっていたらしいが、今はその面影は殆ど見当たらない。<br /><br />放生津八幡宮の直ぐ近くに、同じ芭蕉の句碑が建つ、荒屋神社が有ると云うので訪れる。<br />しかし同じ句でも刻まれている句の文字は放生津八幡宮のものとは異なるのだろうか、案内板には次のように紹介されていた。<br /><br />  早稲の香や 分けい類右はあ里磯海   芭蕉<br />

奥の細道を訪ねて第14回18歌枕”奈呉浦”に建つ大伴家持所縁の放生津八幡宮 in 高岡

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2011/12/14 - 2011/12/14

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WT信

WT信さん

水橋川を船で渡った芭蕉達は、浜往来と呼ばれていた富山湾沿いの道を射水に向かった。

射水市に沿った富山湾一帯は”奈呉浦(なごのうら)”と呼ばれ、越中国守だった大伴家持が豊後の宇佐八幡を勧請し、当初奈呉八幡宮と称した八幡宮が建つ。
今の名は放生津八幡宮。(資料)

芭蕉がここを訪れたのは、この地で詠んだ大伴家持の歌が有り、この地が芭蕉の旅の目的の一つだった歌枕の地だったからと思われる。

境内に大伴家持の歌碑と芭蕉の句碑が有る。

   東風 いたく吹くらし 奈呉の海人の 
       釣りする小船 漕ぎ隠る見ゆ   家持

   早稲の香や 分け入る右は有磯海    芭蕉 

本殿廊下の両脇に珍しい木製の狛犬が見守る。

拝殿を神主さんが直接ご案内下さった。

本殿の浦に「奈呉之浦」と書かれた石塔が有り、一帯は松林と白砂の有磯海(富山湾の古称)が広がっていたらしいが、今はその面影は殆ど見当たらない。

放生津八幡宮の直ぐ近くに、同じ芭蕉の句碑が建つ、荒屋神社が有ると云うので訪れる。
しかし同じ句でも刻まれている句の文字は放生津八幡宮のものとは異なるのだろうか、案内板には次のように紹介されていた。

  早稲の香や 分けい類右はあ里磯海   芭蕉

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
観光バス 新幹線 JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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