2010/03/19 - 2010/03/23
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kojikojiさん
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次の観光は空海所縁の青龍寺の見学です。山門は現在再建中のようでした。門をくぐれないので左手の道から本堂へ向かって登ります。この寺は四国八十八箇所巡りに所縁があるので0番札所なんてスタンプを押してくれます。四国4県の人達の寄付によって再建された経緯もあるので建物も唐様では無く日本的な感じがします。本堂の脇には日本人の団体用に別室があり、朱印が50元、般若心経が300元、朱印帳が200元に線香が200元などと凄い高い値段で売られています。中に入ろうとした地元の観光客は入れてもらえませんでした。空海の偉業を偲ぶには俗っぽい印象を受けました。また次に向かった大慈恩寺も大雁塔はいにしえの玄奘三蔵法師を偲ばせますが、ここも商売は上手なようで日本人のガイドさんが別について、日本人向けの別室が用意されていて管長さんの掛け軸を展示販売しています。ひとつ4万円弱の値段で、字は上手なので買っても良いかとも思いましたが、床の間も無いので止めました。いろいろな所にツアーが安くなるカラクリが潜んでいます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
「陜西歴史博物館」の見学の後は「青龍寺」の参拝です。唐の時代にはかなり有名な寺院であったようで日本との縁も深い場所です。「入唐八家」のうち6名の僧侶がここで仏教を学んでいます。最も有名なのは空海で恵果法師を師として密宗を伝習しました。
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「入唐八家」とは平安初期に唐に渡り密教を学んだ8人の僧侶のことで、最澄・空海・常暁・円行・円仁・慧運・円珍・宗叡を指します。空海は苦労して中国仏教密宗文化を学び、漢学についても研鑚を積んでいます。仏教、詩、詞、サンスクリット、書などについても成果をあげ、806年に多数の仏教経典や書籍を携えて帰国し、奈良の東大寺で日本密宗真言宗を開きます。日本留学僧の中でも数少ない仏学大師となり「東密」の開祖となった。
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717年に遣唐使の阿倍仲麻呂と井真成が入唐し、724年には善無畏三蔵が請来した「大日経」が漢訳されます。空海は大和の久米寺でこの経に出あい、入唐を決意することになります。我々は前年に久米寺に「二十五菩薩練供養」を見に行っていましたがそんなことも知らずにいました。
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この時は地元の人で混み合っていましたが、普段は地元の人は来ないそうです。参拝する人のほとんどが日本人の観光客だそうですが、この時は桜が咲き始めていたので地元の人も来たのでしょう。
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この輪から頭を出すと大成するとガイドさんから説明がありました。このツアーに参加されている方のほとんどがリタイアされた方なので「今さら大成と言われても。」と困惑されていました。
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空海の記念碑で普通中国の記念碑は「紀念」と表わしますが、日本人の建立なので日本式に「記念」となっています。碑の周囲には4つの玉があり、ここへ至る階段も4つに分かれています。全て四国の4県を意味しているそうです。
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続いてバスに乗って「大慈恩寺」に向かいます。隣接した公園の噴水越しに大雁塔が見えます。隋の大興城にあった無漏寺の跡に648年(貞観22年)に唐の第3代皇帝高宗が皇太子時代に、亡母である文徳皇后の追善のために建立したのが大慈恩寺の始まりです。その名は「慈母の恩」に由来します。
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その規模は子院(塔頭)を十数院擁し、建築物は総数1,897間で公度僧だけで300名という大寺であったそうです。帰朝した玄奘は本寺の上座となり、寺地北西の翻経院で仏典の漢訳事業に従事します。この寺での玄奘の訳経活動は658年(顕慶3年)までの11年に及び、合わせて40部余の経典が漢訳されます。玄奘の弟子である基(窺基)は師から相承した法相宗を宣教し「慈恩大師」と呼ばれました。
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紅殻の塀に「大雁塔」が美しくそびえていました。この塔は652年(永徽3年)に建立され、当初は玄奘がインドや西域から持ち帰った仏像や経典を収蔵するための塔でした。
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塔の名前は菩薩の化身として雁の群れから地上に落ちて死んだ1羽を埋葬したことに由来するそうです。 大雁塔は玄奘の設計により当初は5層で各階に仏舎利が納められて経典は上層部の石室に置かれました。
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当初は表面を磚と呼ばれる煉瓦で覆っただけの土によって作られていたために老朽化してしまいます。そのため長安年間(701年 - 705年)の武則天の統治時代に全て磚でつくられ、現在の7層に落ち着きました。
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「大慈恩寺」の扁額は江澤民の筆によるものでした。中国国内のどこに行ってもこの方の足跡を感じます。地中海沿岸を旅しているとどこに行ってもローマ皇帝ハドリアヌスの像や凱旋門を見て感じるのと一緒です。
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752年(天宝11年)に杜甫41歳のとき高適と岑参ら数名の詩人が慈恩寺の大雁塔に登り各々詩を作って塔からの眺めを詠んでいます。
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杜甫もそれに同行して「同諸公登慈恩寺塔」を詠んでいます。
高標が青空をまたぎ、烈風は吹き止むことがない、壮大な気宇の持ち主でなければ、ここに上れば意気阻喪してしまうだろう
まさに知ることができるのだ、仏教の教えの力の追い求めるべきに足ることを、仰ぎ見ればうねった道には龍蛇の窟が穿たれ、道沿いには交木が連なって幽玄な光景を呈している -
北の空には北斗七星が見え、天の川が西に向かって流れている、太陽の御者羲和が白日に鞭打ち、収穫の神少昊はのんびりと歩む
周囲の秦の山々は遠くかすみ、涇水も渭水もぼんやりとして見えぬ、眺めおろせば風景は渾然として広がり、帝都のあるところも分ち難い -
首を回らせて虞舜の名を叫べば、蒼梧のあたりには雲が憂えるようにたなびいている、残念なことに、瑤池では皇帝が杯を酌み交わして遊びに耽り、日は昆侖の丘に沈む
黄鵠がはるかかなたに飛び去り、どこに向かうともわからぬ、これに対して隨陽の雁は、日々の食料のことで頭がいっぱいなのだ -
杜甫は塔の上に立って塔の威容をたたえる一方で下界の浅ましさを描いているようです。その浅ましさのうちにも最も情けないのは、皇帝が国務を捨てて快楽に溺れていることで、このままでは国勢は衰えて、やがて日が沈むように衰退することを憂いていたのでしょう。
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境内には白木蓮が満開に咲き誇っていました。木蓮(モクレン)と辛夷(コブシ)は本当に花が咲かないと見分けがつきません。
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あまり古く見えませんが「雲龍階石」がありました。
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チベット仏教の8つのシンボルのようでもありましたが微妙に違いました。詳しいことは読み解けませんでした。
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せっかくここまで来たので「大雄寶殿」を参拝していきましょう。
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ものすごい数の線香が中国の方の信心深さを感じさせます。
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中央に釈迦が座し、左右に文殊菩薩と普賢菩薩が控えています。お釈迦様の人差し指を合わせて結んだ印相があまり見掛けない形でした。
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参拝が終わった後は大雁塔へ向かって進みます。
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近くで見るとすごい迫力です。お寺の日本語ガイドさんが近年は大雁塔は傾いているので登って欲しくないような説明の後に「登りたい方?」と言われました。普通だったら絶対に登っていましたが「ハイ!」と言えない雰囲気でした。
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伽藍の一番奥に玄奘三蔵院がありました。ここは新しいからと言われ案内はありませんでした。昨年行った奈良の薬師寺の玄奘三蔵の法要を思い出しました。本当は鑑賞券が無いと入れない所を気持ち良く入れてくれた上にお弁当までいただいた薬師寺の方々ありがとうございました。「我々は長安までやって来ました!」と心の中で呟きました。
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「大慈恩寺」の代々の管長のお墓だそうです。とても仏教の様式とは思えません。回教(イスラム)寺院のミナレット(尖塔)の様でもあります。
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大雁塔と同じように磚という煉瓦で造られているようです。
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土曜日の午後は広場は地元の人が集まってすごい賑わいでした。
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大雁塔の公園の側は賑やかな繁華街でした。夕方になって食事の前にもう一度「大慈恩寺」の近くまでやってきました。ここには空海と師匠の恵海の像がありました。
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玄奘三蔵法師の像の周りでは老若男女がラジカセの音楽に合わせてパラパラのような踊りを踊っています。
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こちらは厳かな気持ちで玄奘三蔵と大雁塔を眺めました。夜の大雁塔はライトアップと内部から漏れる明かりで幻想的な雰囲気でした。
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広場のライティングは下手だなと思いました。
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由緒ある寺院の前も朝夕はダンス会場になっています。
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この美しさなら大雁塔に登っても良かったなと思いました。
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巨大な広場のあちこちで踊りや太極拳やらたくさんの人で埋め尽くされています。
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待っているバスに向かいますが、その道中もすごい人でした。
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ようやくバスに乗って晩御飯の会場に向かいます。
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