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尾張徳川家の菩提寺、建中寺紹介の締め括りです。

2009秋、尾張徳川家の菩提寺・建中寺(4/4):三門、本堂、不動堂、陳元贇墓所

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2009/11/21 - 2009/11/21

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旅行記グループ 2009年、尾張散策(その1)

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旅人のくまさん

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尾張徳川家の菩提寺、建中寺紹介の締め括りです。

交通手段
私鉄
  • 不動堂の周りの光景です。不動堂の北側には、開基堂が位置しています。

    不動堂の周りの光景です。不動堂の北側には、開基堂が位置しています。

  • 建物の付属設備です。照明器具でしょうか、不動堂の軒下の光景です。

    建物の付属設備です。照明器具でしょうか、不動堂の軒下の光景です。

  • 三門の中から覗いた本堂の光景です。ご本尊の阿弥陀如来、不動堂の秘仏、三門の二階の十六羅漢像等は公式ホームページで公開されています。

    イチオシ

    三門の中から覗いた本堂の光景です。ご本尊の阿弥陀如来、不動堂の秘仏、三門の二階の十六羅漢像等は公式ホームページで公開されています。

  • 三門の破風のアップ光景です。この光景は、先に紹介したものと類似です。

    三門の破風のアップ光景です。この光景は、先に紹介したものと類似です。

  • 丸瓦と鬼瓦のアップ光景です。瓦の文様は、どの建物でも同じでした。

    丸瓦と鬼瓦のアップ光景です。瓦の文様は、どの建物でも同じでした。

  • 左手前は三門の瓦屋根、前方は本堂の光景です。

    左手前は三門の瓦屋根、前方は本堂の光景です。

  • 陳元贇墓所の石碑です。先に紹介した明時代に中国から来日し、帰化した文人の墓です。1660年(万治3年)の74歳の時、尾張藩邸内に窯を開き、尾張国瀬戸の土と中国輸入の黄釉を使い、『元贇焼』を造りました。今も茶具として伝来しています。日本語での読み方には、『ちんげんひん』を始め、『贇』の読み方が、『いん』や『ぴん』など分かれています。

    イチオシ

    陳元贇墓所の石碑です。先に紹介した明時代に中国から来日し、帰化した文人の墓です。1660年(万治3年)の74歳の時、尾張藩邸内に窯を開き、尾張国瀬戸の土と中国輸入の黄釉を使い、『元贇焼』を造りました。今も茶具として伝来しています。日本語での読み方には、『ちんげんひん』を始め、『贇』の読み方が、『いん』や『ぴん』など分かれています。

  • 建中寺の沿革と、現況の説明看板です。平面図が左上に記されています。

    建中寺の沿革と、現況の説明看板です。平面図が左上に記されています。

  • 大聖不動明王の古い石碑です。徳川家の戦勝祈念の大切な神様です。

    大聖不動明王の古い石碑です。徳川家の戦勝祈念の大切な神様です。

  • 最初に撮影した三門の光景です。建中寺の見学のおしまいに、もう一度紹介します。

    最初に撮影した三門の光景です。建中寺の見学のおしまいに、もう一度紹介します。

  • 三門に連なる築地塀の光景です。『築地塀(ついじべい))は、泥土をつき固めて作った塀で、多くはその上に屋根が造られます。

    三門に連なる築地塀の光景です。『築地塀(ついじべい))は、泥土をつき固めて作った塀で、多くはその上に屋根が造られます。

  • 破風の部分のアップ光景です。帰り際には、雲一つない青空になりました。

    破風の部分のアップ光景です。帰り際には、雲一つない青空になりました。

  • 三門の光景の紹介を続けます。慶安3年(1650年)の創建で、天明5年(1785年)の大火で焼け残った建物です。

    三門の光景の紹介を続けます。慶安3年(1650年)の創建で、天明5年(1785年)の大火で焼け残った建物です。

  • 三門の西南角の軒先の光景です。総檜造りです。慶安3年(1650年)の創建時の建物のままとされます。

    三門の西南角の軒先の光景です。総檜造りです。慶安3年(1650年)の創建時の建物のままとされます。

  • 西南側からの三門の光景です。尾張徳川家の始祖は、徳川家康の九男、徳川義直公です。

    西南側からの三門の光景です。尾張徳川家の始祖は、徳川家康の九男、徳川義直公です。

  • 同じく三門の光景です。通路に面した南側です。

    同じく三門の光景です。通路に面した南側です。

  • 建中寺の西南角の光景です。この後は、市内散策をしながら西方向に歩きました。

    建中寺の西南角の光景です。この後は、市内散策をしながら西方向に歩きました。

  • 秘仏が安置されている不動堂の屋根のようです。建中寺の南西側の歩道からの撮影です。

    秘仏が安置されている不動堂の屋根のようです。建中寺の南西側の歩道からの撮影です。

  • 元々は建中寺の境内だった公園の紅葉です。昔の建中寺の敷地は名古屋城ほどあり、現在は、その敷地にこの公園の他、区役所や学校ができています。

    元々は建中寺の境内だった公園の紅葉です。昔の建中寺の敷地は名古屋城ほどあり、現在は、その敷地にこの公園の他、区役所や学校ができています。

  • 常緑樹の街路樹の光景です。建中寺の三波に面した通りの東西の通りです。

    常緑樹の街路樹の光景です。建中寺の三波に面した通りの東西の通りです。

  • 街路樹の紅葉です。ハナノキ(花の木)でしょうか、ハナノキはカエデ科の植物です。愛知県の県木に選ばれています。

    街路樹の紅葉です。ハナノキ(花の木)でしょうか、ハナノキはカエデ科の植物です。愛知県の県木に選ばれています。

  • 名古屋市で指定された『文化のみち』の案内看板です。名古屋城から徳川園に至る歴史街道です。

    名古屋市で指定された『文化のみち』の案内看板です。名古屋城から徳川園に至る歴史街道です。

  • 街路樹の銀杏の黄葉です。薄緑と黄色が混じったような色合いです。これからが黄葉の本番です。

    街路樹の銀杏の黄葉です。薄緑と黄色が混じったような色合いです。これからが黄葉の本番です。

  • 銀杏の黄葉のアップ光景です。完全に黄色ではなく、まだ薄く緑が残った感じです。

    銀杏の黄葉のアップ光景です。完全に黄色ではなく、まだ薄く緑が残った感じです。

  • 歩道に散り敷いていた落葉です。黄色い方が銀杏、赤い葉がハナノキです。

    歩道に散り敷いていた落葉です。黄色い方が銀杏、赤い葉がハナノキです。

  • 常緑樹をバックに赤い実が実っていました。クロガネモチの実でしょうか。モチノキ科の常緑高木です。庭木としても珍重されています。

    常緑樹をバックに赤い実が実っていました。クロガネモチの実でしょうか。モチノキ科の常緑高木です。庭木としても珍重されています。

  • 銀杏の黄葉のアップ光景です。小さい頃には拾い集めて、押し葉等にして楽しんだ記憶があります。

    銀杏の黄葉のアップ光景です。小さい頃には拾い集めて、押し葉等にして楽しんだ記憶があります。

  • 庭先で見つけた花の紹介です。ピンクの色のサザンカの花です。八重咲きです。

    庭先で見つけた花の紹介です。ピンクの色のサザンカの花です。八重咲きです。

  • 庭先の花の紹介が続きます。花火が開いたような姿です。白とピンク、それに黄色のコントラストが可愛らしい花です。

    イチオシ

    庭先の花の紹介が続きます。花火が開いたような姿です。白とピンク、それに黄色のコントラストが可愛らしい花です。

  • 建中寺紹介の最後の写真です。丸いピンクの花です。千日草でしょうか。日々草はキョウチクトウ科、百日草はキク科、そして千日草はヒユ科の植物です。千日紅とも呼ばれます。

    建中寺紹介の最後の写真です。丸いピンクの花です。千日草でしょうか。日々草はキョウチクトウ科、百日草はキク科、そして千日草はヒユ科の植物です。千日紅とも呼ばれます。

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