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覚王山日泰寺紹介の続きです。五重塔は、平成9年に建立された新しい建物です。高さが30mあります。

2009秋、日泰親善のシンボル覚王山日泰寺(3/5):五重塔、覚王山八八箇所、地蔵尊

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2009/10/10 - 2009/10/10

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旅行記グループ 2009年、尾張散策(その1)

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旅人のくまさん

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覚王山日泰寺紹介の続きです。五重塔は、平成9年に建立された新しい建物です。高さが30mあります。

  • 黄銅製か、青銅製か判別がつかなかった象の像です。象は仏教に縁が深い動物とされます。

    黄銅製か、青銅製か判別がつかなかった象の像です。象は仏教に縁が深い動物とされます。

  • 『チュラルンコン大王像』です。ラーマ五世の呼び名もある、現在に続く、チャクリー王朝のタイ国王(在位1868〜1910年)です。覚王山日泰寺に仏舎利を寄贈した王様です。

    『チュラルンコン大王像』です。ラーマ五世の呼び名もある、現在に続く、チャクリー王朝のタイ国王(在位1868〜1910年)です。覚王山日泰寺に仏舎利を寄贈した王様です。

  • 『チュラルンコン大王像』のタイトルがあった銘板です。『チュラロン大王』等の日本語表記も使われています。ラーマ五世とも呼ばれ、タイの三大王に数えられています。

    『チュラルンコン大王像』のタイトルがあった銘板です。『チュラロン大王』等の日本語表記も使われています。ラーマ五世とも呼ばれ、タイの三大王に数えられています。

  • 覚王山・日泰寺境内の庭木の光景です。見事な枝ぶりの松の樹です。『覚王』とは釈迦の別名、『日泰』とは、日本国とタイ王国を表しています。

    覚王山・日泰寺境内の庭木の光景です。見事な枝ぶりの松の樹です。『覚王』とは釈迦の別名、『日泰』とは、日本国とタイ王国を表しています。

  • 覚王山・日泰寺の本堂正面にある玄関口の光景です。どの宗派にも属していない日本で唯一の超宗派の寺院ですから、各宗派(現在19宗派が参加)の管長が、三年交代で住職を務めています。

    覚王山・日泰寺の本堂正面にある玄関口の光景です。どの宗派にも属していない日本で唯一の超宗派の寺院ですから、各宗派(現在19宗派が参加)の管長が、三年交代で住職を務めています。

  • 平成9年(1997年)に建立された日泰寺の五重塔です。高さが30メートルとされます。木造ではなく、鉄筋コンクリート製です。

    平成9年(1997年)に建立された日泰寺の五重塔です。高さが30メートルとされます。木造ではなく、鉄筋コンクリート製です。

  • 別の方角から眺めた、五重塔の光景です。覚王山・日泰寺は、タイ王国から寄贈された仏舎利を奉安するために作られた寺院です。現在、仏舎利はやや離れた場所にある『奉安塔』に安置されています。

    イチオシ

    別の方角から眺めた、五重塔の光景です。覚王山・日泰寺は、タイ王国から寄贈された仏舎利を奉安するために作られた寺院です。現在、仏舎利はやや離れた場所にある『奉安塔』に安置されています。

  • 斜め前から眺めた、覚王山・日泰寺の本堂光景です。名古屋で行われる葬式では、一番格式の高い会場とされているようです。魚津常義設計で、昭和59年(1984年)に竣工した建物です。

    斜め前から眺めた、覚王山・日泰寺の本堂光景です。名古屋で行われる葬式では、一番格式の高い会場とされているようです。魚津常義設計で、昭和59年(1984年)に竣工した建物です。

  • こちらは山門の光景です。昭和61年(1986年)に竣工した建物です。この山門に納められた阿難・迦葉像の彫刻家の円鍔勝三氏(1905〜2003年)は、広島県出身の文化勲章受章者でした。

    こちらは山門の光景です。昭和61年(1986年)に竣工した建物です。この山門に納められた阿難・迦葉像の彫刻家の円鍔勝三氏(1905〜2003年)は、広島県出身の文化勲章受章者でした。

  • 『普門閣』の扁額があった建物光景です。本堂に向かって西側になる左手にある建物です。巨大な多目的会館です。

    『普門閣』の扁額があった建物光景です。本堂に向かって西側になる左手にある建物です。巨大な多目的会館です。

  • 巨大な多目的会館の普門閣の建物光景です。こちらが側面になるようです。

    巨大な多目的会館の普門閣の建物光景です。こちらが側面になるようです。

  • 本堂の建物とは違うようですが、建物の名称が分かりませんでした。地図や航空写真を参照しましたら、本堂に向かって右手前の建物のようでした。手前の小さな建物は、浄めの水です。<br />(追記)日泰寺平面図には、庫裏と記されていました。<br />

    本堂の建物とは違うようですが、建物の名称が分かりませんでした。地図や航空写真を参照しましたら、本堂に向かって右手前の建物のようでした。手前の小さな建物は、浄めの水です。
    (追記)日泰寺平面図には、庫裏と記されていました。

  • 日泰寺をねぐらにしているらしい鳩さん達です。境内は遊び場であり、餌が貰える場所のようです。

    日泰寺をねぐらにしているらしい鳩さん達です。境内は遊び場であり、餌が貰える場所のようです。

  • 五重塔の軒先光景です。平成9年(1997年)の竣工ですから、耐震設計、施工は十分に配慮されているようです。

    五重塔の軒先光景です。平成9年(1997年)の竣工ですから、耐震設計、施工は十分に配慮されているようです。

  • 山門脇から眺めた、本堂の光景です。本堂内部の中央には、明治33年(1900年)に仏舎利とともにタイ政府より贈られた、釈迦金銅仏が本尊として安置されています。

    山門脇から眺めた、本堂の光景です。本堂内部の中央には、明治33年(1900年)に仏舎利とともにタイ政府より贈られた、釈迦金銅仏が本尊として安置されています。

  • 境内の周りの塀の光景です。外観上は築地塀の様に見えます。その塀のギリギリに樹木が並んでいました。

    境内の周りの塀の光景です。外観上は築地塀の様に見えます。その塀のギリギリに樹木が並んでいました。

  • 葬儀などの法要が営まれる時には境内は車で溢れるかもしれませんが、普段は隅の方に駐車されているだけでした。

    葬儀などの法要が営まれる時には境内は車で溢れるかもしれませんが、普段は隅の方に駐車されているだけでした。

  • 春日灯篭風の細長い石灯篭の後ろから眺めた、鐘楼方面の光景です。

    春日灯篭風の細長い石灯篭の後ろから眺めた、鐘楼方面の光景です。

  • 座禅を組んだ二体の石像です。右側の像は螺髪ですから、仏陀像かも知れません。左側の像は、口元に皺を寄せた写実的な像のように見えます。

    座禅を組んだ二体の石像です。右側の像は螺髪ですから、仏陀像かも知れません。左側の像は、口元に皺を寄せた写実的な像のように見えます。

  • 覚王山・四国88カ所巡りは、西国33カ所巡りや尾張三弘法巡り等とも競合した場所になっているようですから、1番札所付近には、いろんな像がありました。

    覚王山・四国88カ所巡りは、西国33カ所巡りや尾張三弘法巡り等とも競合した場所になっているようですから、1番札所付近には、いろんな像がありました。

  • 覚王山八十八箇所の一番札所の徳島県の竺和山・霊山寺の標識です。千体地蔵堂の横が、88箇所巡りのスタートです。

    覚王山八十八箇所の一番札所の徳島県の竺和山・霊山寺の標識です。千体地蔵堂の横が、88箇所巡りのスタートです。

  • 一番札所の竺和山・霊山寺付近にあった地蔵尊などの光景です。

    一番札所の竺和山・霊山寺付近にあった地蔵尊などの光景です。

  • 『尾張三弘法第二番札所』の文字が刻まれた石碑です。『尾張三弘法』は、第一番 継鹿尾山 八葉蓮台寺・寂光院、第二番 成田山名古屋別院・大聖寺、第三番 飛車山・龍音寺(間々観音)を指すようです。第二番ですから、車のお守りで有名な、成田山名古屋別院・大聖寺を指すようです。

    『尾張三弘法第二番札所』の文字が刻まれた石碑です。『尾張三弘法』は、第一番 継鹿尾山 八葉蓮台寺・寂光院、第二番 成田山名古屋別院・大聖寺、第三番 飛車山・龍音寺(間々観音)を指すようです。第二番ですから、車のお守りで有名な、成田山名古屋別院・大聖寺を指すようです。

  • 地蔵尊とは違った雰囲気の石像の光景です。服装も地蔵尊とは異なり、両手には、巻物らしいものが握られていました。

    地蔵尊とは違った雰囲気の石像の光景です。服装も地蔵尊とは異なり、両手には、巻物らしいものが握られていました。

  • 場所を代えて眺めた、地蔵尊とは違った雰囲気の石像の光景です。先ほどの像とよく似た雰囲気ですが、別の像です。

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    場所を代えて眺めた、地蔵尊とは違った雰囲気の石像の光景です。先ほどの像とよく似た雰囲気ですが、別の像です。

  • 高い台座の上に建てられた若き日の聖徳太子像です。台座には、『厩戸皇子』の名前が記されていました。

    高い台座の上に建てられた若き日の聖徳太子像です。台座には、『厩戸皇子』の名前が記されていました。

  • 高い台座の上の若き日の聖徳太子、『厩戸皇子像』のズームアップ光景です。

    イチオシ

    高い台座の上の若き日の聖徳太子、『厩戸皇子像』のズームアップ光景です。

  • こちらの石碑には、『聖徳皇太子尊(?)像』らしい文字が刻まれていました。親鸞が、太子信仰を有していたことは著名で、浄土真宗の創始者、親鸞が崇拝し、観音の化身としていたようです。『皇太子聖徳奉讃』に75首など、数多くの和歌を残しています。現在は、聖徳太子を開祖とする宗派として、法隆寺を本山とする聖徳宗が存在しています。

    こちらの石碑には、『聖徳皇太子尊(?)像』らしい文字が刻まれていました。親鸞が、太子信仰を有していたことは著名で、浄土真宗の創始者、親鸞が崇拝し、観音の化身としていたようです。『皇太子聖徳奉讃』に75首など、数多くの和歌を残しています。現在は、聖徳太子を開祖とする宗派として、法隆寺を本山とする聖徳宗が存在しています。

  • 台座に『双皓』の文字が刻まれていました。『皓』は、『白い』意味のようです。名前のようですが、『双皓』の意味は分かりません。蓮座の上で、玉を両手で抱える座禅姿です。

    台座に『双皓』の文字が刻まれていました。『皓』は、『白い』意味のようです。名前のようですが、『双皓』の意味は分かりません。蓮座の上で、玉を両手で抱える座禅姿です。

  • 別の場所での撮影です。石像に手向けてあった白や赤色の菊と百合の花です。

    別の場所での撮影です。石像に手向けてあった白や赤色の菊と百合の花です。

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