2001/10/12 - 2001/11/04
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kojikojiさん
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アヴェイロの駅から各駅停車の鈍行で約1時間でポルトに到着しました。到着前にスピードが遅くなり急に視界が開けたと思ったら鉄橋の上で、瞬間にして列車がジェットコースターになった気がします。横に自動車道路の鉄橋が懸かり、下にはドウロ川が流れ街並みが一瞬見えたと思うと橋を渡り切っていました。あの瞬間は今でもはっきり思い出すことができます。それくらいポルトは印象深い街でした。宿泊したグランドホテルもポウサーダのようなクラシックなホテルをこんな安く泊まっていいの?と思えました。ユーロ通貨が導入される前のヨーロッパ南部は本当に安く旅行で来ました。
ポルト側から対岸のガイア地区のポートワインのロッジ巡りも楽しかったです。無料の所は片っ端から見学させてもらい、有料のロッジもいくつか見学したらべろべろに酔っぱらってしまいました。ポルトには4日程の滞在でしたが、さすがにポルトガル第2の町で見どころは多かったです。河岸からボートに乗って大西洋の近くまで行ったり、夜の霧に浮かぶポルトの町の美しさは忘れられないものでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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アヴェイロから1時間ほどでポルト・サン・ベント駅に到着しました。荷物があったのでまずはホテルへ向かい、もう一度戻ってきました。全ての壁がアズレージョタイルに覆われています。
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この駅舎は1900年に修道院の跡地に建てられ、重厚感漂うクラシカルな外観が特徴です。ポルトガル人建築家のジョゼ・マルケシュ・ダ・シルバによって、フランスのボザール様式の影響を受けて設計されました。約2万枚のタイルが使われています。
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覆われたタイルはポルトガルを代表するアズレージョ画家のジョルジュ・コラコによって1930年に制作されたものです。ジョアン1世のポルト入城やセウタ攻略など、ポルトガルにおける歴史的な出来事が描かれているようです。
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こういった駅に到着したり出発する醍醐味はバスの旅では味わえません。
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ポルトのジョアン1世広場を最初に見た時はバルセロナに似ているなと思いました。
アールヌーボーの時代に造られた建物が多いのかもしれません。 -
聖クレリゴス教会は18世紀に建築されたバロック様式の教会で、ポルトのランドマークである76mの鐘楼からはポルトの市内を一望できます。逆にこの塔は市内のどこからでも見つけられます。
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ポルトの市電はイベリア半島で最初に造られた市電です。初めて見たのに懐かしく思えるのは何故でしょう。
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ポルトと言いリスボンと言いポルトガルは坂道の多い国です。
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ボートのたくさん停泊している辺りから河口まで下るボートツアーに乗ってみました。ポルトの町からドウロ川の河口までは5キロくらいの距離があります。大航海時代はこの川を大型帆船が登ってきたのでしょうか?
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宮崎駿のアニメに出て来そうな船です。ハイハーバーに行くのでしょうか?
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ミニクルーズの一番下った河口の辺りです。釣りをしている人の立つ堤防の先は大西洋です。何とも絵になる漁船が多いです。地中海の中の船とは少し違うのは当たり前です。こちらは外洋に出るのですから。
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ボートは一度インファンて橋というもう一つ上流の橋の先まで行ってから戻ってきました。
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1時間のクルーズが終わって港に着くと週末の土曜日にアルト・ドウロというポルトワインの原料である葡萄を栽培している河の上流へ行くツアーがある事が分かりました。もちろんすぐに予約しました。
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古い街並と鉄橋の組み合わせはまるでエッフェル塔とパリの関係のようです。ドン・ルイス1世橋はポルトの中心部と対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア地区を結んでいる橋で、ギュスターヴ・エッフェルの弟子の一人のテオフィロ・セイリグが設計しています。
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アヴェイロのモリセイロのようなシェープの船が並んでいます。これは上流からポルトワインを運ぶ運搬船で「ラベロス」と呼ばれる船が原型だと思います。
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ポルトの歴史地区の町並みと相まって、停泊した船が美しい風情を感じさせます。
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対岸のガイア地区は北側に傾斜した斜面にたくさんのシッパー(商社)のロッジ(倉庫)群になっています。40近いシッパーのほとんどがツアー(有料無料いろいろあります。)を組んでいて内部を見学させてくれます。もちろん試飲も購入も出来ます。4か所から5か所のシッパーを廻るだけで一日がかりです。自分の好きなシッパーを選ぶのが肝心です。私はサンデマンとテイラーとフェレイラとグラハムともう一つどこかでしたが、酔っ払っていて最後の方は良く覚えていません。
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どこにでもサンデマンのマントの男は現れます。ポルトガルで大学生のマント姿を見てからは違和感が無いというか、日本に帰ってきてからも懐かしく思えます。
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川沿いの道を歩くのが気持ち良いので少しブラブラしてみます。
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市電の1Eは川沿いを走るので目的なく乗っても楽しいです。
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イベリア半島で一番古い路面電車の風格が感じられます。路面電車は終点で折り返し運転になるとき、運転手さんが集電ポールを180°ぐるりと反転させます。
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サン・フランシスコ教会の祭壇の彫刻があまりに素晴らしかったので写真を撮らせていただきました。当初は清貧の聖人フランチェスコを祀った教会なのでシンプルな内陣を良しとするはずですが、調べてみると15世紀から16世紀に、いくつかの貴族家がこの教会を菩提寺としたそうです。17世紀と18世紀にはこれらの礼拝堂が、金箔を貼った木工細工で大いに装飾され、この装飾がフランシスコ会派の教会として知られる存在となり、最初の教会建築がすっかり隠されてしまったそうです。
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祭壇後方の棚に囲まれて、主礼拝堂で最も重要で人気があるのは「キリストの木」を表した物です。この多彩色の木工細工はフィリペ・ダ・シルヴァとアントニオ・ゴメスの手で彫られ、ユダ王国の12人の王たちとイエスの家系図は、イサイ(ダビデ王の父親)の横臥像とつながります。木のてっぺんには聖ヨセフが立ち、下に聖母子の彫刻があります。
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バロック期の内部装飾はポルトガルで最も傑出したものの一つとみなされていますが、この富はフランチェスコ会の清貧さと完全に不一致であり、ポルトの町の聖職者の肉体に刺さるトゲとなっていて、彼らは信仰のための教会を閉じたそうです。
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サン・フランシスコ教会を出て、のろのろ坂を登り、ドン・ルイス1世橋を渡ってヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアに行ってみます。
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上流で造られたワインを樽に詰めてここまで運んでくるラベロスと呼ばれる船です。今では各ロッジの看板として係留されているだけですが、往時を彷彿とさせる風景ではあります。
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バックの歴史地区と重なると絵になります。典型的な川船の形なので海に出ることは無いのでしょう。
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土曜日のクルーズがどんどん楽しみになってきます。
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ポルトの町ではサンデマンはどこにでも現れます。
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ポルト大学の学生たちです。本当にポルトガルの大学生のマント姿はカッコイイいです。ハリーポッターの作者は絶対にこのマントを意識していると思います。
彼女はポルトガルで英語教師をしていたのだから。 -
ポルトも市場にもやってきました。特に何を買うという訳では何のですが、足を踏み入れたくなります。
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ポルトガルの女性は若い頃は可愛らしいけれど・・・。
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八百屋に並ぶ野菜も秋を感じさせます。
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名産は何といってもポルトワインです。ロッジでも買えますが街中にはたくさんの酒屋があります。VINT.はヴィンテージ、COLH.はコルヘイタ。当時2,000ペセタが2ユーロで100円ほどでしたから安かったと思います。
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翌日は高台の方の市内観光です。なるべく登り下りが無いようにルートを決めます。
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クレリゴスの塔の上から見渡したポルトの風景です。あまりの美しさに言葉が出ません。川が谷間になっているので朝晩は霧が出るようです。
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同じ色の甍が調和した美しさを醸し出しています。
屋根の上に屋根瓦を修理している人がいました。リスボンでピンころという石畳の修理をしている人も、ここで瓦を修理している人も一生喰いっぱぐれないと思います。 -
次はカテドラルに来ましたが、大聖堂の写真を撮っていなかったようです。広場に立っていたペロリーニョの写真だけが残っています。上部にフックのような金物がありますが、かつてこの円柱は見せしめのために罪人が吊るされたという過去があるそうです。
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大聖堂の回廊はゴシック様式ですが、壁のアズレージョタイルの装飾は18世紀に設けられたものです。
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アズレージョが美しいです。そしてここでも光と影の対比が心に残ります。
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ギリシャ神話の場面が題材になっていました。中央にはネプチューンの姿が見えます。
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そして周囲には怪物のようなイルカに乗った天使の姿が。カルダス・ダ・ライーニャのボルダロ社の陶器に似ています。
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ポルトガルではアズレージョタイルの素晴らしさを再認識出来てよかったです。印刷物で見るのでは分からないものがあります。タイルの透明感と言うのか清涼感と言うのか写真でも表現出来ないと思います。
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帆立貝のついたの帽子は聖ヤコブのアトリビュートです。この像を見てポルトから北へ向かった今回の旅の目的地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラが漠然と見えてきました。
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最後の晩餐のレリーフも見事でした。
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一度ホテルに戻って、午後からは対岸のガイアでシッパー巡りです。今日は更に天気が良く坂道を歩くと汗ばむほどです。
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テイラー社を皮切りに4つほどのシッパーを廻りました。テイラー社は設立時から現在まで創業者の一族によって受け継がれている唯一のポートハウスだそうです。2017年にはエリザベス2世に献上する英国王室御用達のポートワイン業者に任命され、証としてロイヤルワラントを拝受されたそうです。
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途中の町並みはこんな感じの倉庫街の雰囲気です。夜は薄暗くて歩けなさそうです。
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ペンキで描かれた2階の騙し絵の窓にはサンデマンが隠れています。
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ダウズのロッジは英国のカントリーサイドの風情が感じられます。秋の日に薄の穂が黄金色に輝いています。
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こんな感じでどこのロッジでも作業が進められています。現在はトラックがあるから良いですが、昔はこの坂をどうやって担ぎ上げたのでしょうか?
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英国のポートワイン会社としては先駆者であり、最も古い歴史を誇っているのが1670年創立のワレ社です。
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川沿いの有名なシッパーには人が多いですが、坂を登ったこの辺りまで来る観光客は少なさそうです。
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グラハムズの見学では初老の夫婦と若いカップルの4人のツアーに、後から遅れて参加しました。案内人の英語は物凄いイギリス訛りで「UK」は「ユウカイ」といった感じです。親子4人で邪魔して悪いなと思っていたら次のシッパーでは若いカップルだけでした。「親子かと思った。」と伝えてから話が弾み、弾んだ内容はグラハムズの案内人の訛りでした。カナダ人でも分からなかったと言うか可笑しくて笑いをこらえるのが大変だったと言ってました。
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カナダ人のカップルとまた一緒になったサンデマンは有料試飲でした。さすがに世界的に有名なシッパーは強気です。
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カーレムはリスボンで飲んで気に入っていたので、自分の生まれ年の1961年の物を1本、グラハムでもヴィンテージやコルヘイタなどを取り混ぜた小瓶5本セットを買ってしまいました。ボルダロ社の大きな花瓶といい、この先誰が持って旅するのだろうとかと現実逃避した考えが頭を過ぎります。
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夕食はGEOMETRIA da PIZZAというピザ屋に入ってみたら、イタリアと遜色の無い美味しさでした。クアトロ・フロマッジョを1枚ペロリといただいて、デザートには「グロッピーノ出来る?」と聞いてみるとサッと出てきました。ワインとウォッカでほろ酔い気分でサン・ベント駅の夜景を見に行きました。小さいけれど本当に美しい駅です。
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酔った勢いで坂を下って夜のドウロ川沿いまで行って見ました。夜霧が川面に上がってオレンジ色の街灯混ざってとても幻想的でした。この時の景色は忘れられません。坂を上りきって駅の先のホテルまで戻るのは大変でしたが良い思い出です。
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