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この1年半の間に京都には6回行きましたが、いまだ未踏の場所が何ヶ所かあります。そのひとつに比較的駅に近い東福寺界隈がありました。今回の京都滞在はわずか半日程度。限られた時間でどこに行こうか迷った末このエリアを選択しました。できれば醍醐寺まで足を伸ばしたかったのですが日暮れが早いこの時期はちょっと無理があったようでこの後伏見に行ってタイムアップ。<br />京都はどこに行ってもこんな場所が数多くあってほんと奥が深いですね。

初めて行った泉涌寺

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2008/12/27 - 2008/12/27

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ぬいぬい

ぬいぬいさん

この1年半の間に京都には6回行きましたが、いまだ未踏の場所が何ヶ所かあります。そのひとつに比較的駅に近い東福寺界隈がありました。今回の京都滞在はわずか半日程度。限られた時間でどこに行こうか迷った末このエリアを選択しました。できれば醍醐寺まで足を伸ばしたかったのですが日暮れが早いこの時期はちょっと無理があったようでこの後伏見に行ってタイムアップ。
京都はどこに行ってもこんな場所が数多くあってほんと奥が深いですね。

交通手段
JRローカル 徒歩
  • 東福寺から日吉ヶ丘高校の脇の裏道を通って泉涌寺に向う途中見つけたこの鳥居橋と書かれた赤い橋。

    東福寺から日吉ヶ丘高校の脇の裏道を通って泉涌寺に向う途中見つけたこの鳥居橋と書かれた赤い橋。

  • 京都なのに何故か熊野の文字を見つけて興味を持ち橋を渡って奥へと進んでいきました。何やら僧侶の姿の銅像が建っています。よく見ると足元に3人の子供を従えた弘法大師の像です。

    京都なのに何故か熊野の文字を見つけて興味を持ち橋を渡って奥へと進んでいきました。何やら僧侶の姿の銅像が建っています。よく見ると足元に3人の子供を従えた弘法大師の像です。

  • ここ今熊野観音寺は、弘法大師が唐の国で真言密教を学んで帰国された翌年に、ここで熊野権現のご霊示を受けて建立したお寺だそうです。

    ここ今熊野観音寺は、弘法大師が唐の国で真言密教を学んで帰国された翌年に、ここで熊野権現のご霊示を受けて建立したお寺だそうです。

  • 泉涌寺の参道に戻って入口で拝観料(500円)を払って坂を下りていきますと、真っ先に目に飛び込んできたのがこの仏殿。

    泉涌寺の参道に戻って入口で拝観料(500円)を払って坂を下りていきますと、真っ先に目に飛び込んできたのがこの仏殿。

  • 当初の伽藍は応仁の乱でほとんど焼失してしまい、、寛文8年、今から340年前に徳川四代将軍家綱によって再建されたものだそうです

    当初の伽藍は応仁の乱でほとんど焼失してしまい、、寛文8年、今から340年前に徳川四代将軍家綱によって再建されたものだそうです

  • 浴室と書かれた建物。これ、お風呂なんですね。

    浴室と書かれた建物。これ、お風呂なんですね。

  • その脇には山に向って上る急な石段が続いています。

    その脇には山に向って上る急な石段が続いています。

  • 仏殿内部は撮影禁止となっていて、運慶作と伝える阿弥陀・釈迦・弥勒の三尊仏が安置され、狩野探幽の筆により、鏡天井には雄壮な蟠龍が、また三尊仏背壁には飛天、裏堂壁には白衣観音像が描かれています。いずれも見事なものでお見せできないのが残念です。

    仏殿内部は撮影禁止となっていて、運慶作と伝える阿弥陀・釈迦・弥勒の三尊仏が安置され、狩野探幽の筆により、鏡天井には雄壮な蟠龍が、また三尊仏背壁には飛天、裏堂壁には白衣観音像が描かれています。いずれも見事なものでお見せできないのが残念です。

  • 仏殿の裏には舎利殿が建っています。釈迦の仏牙舎利を奉安する貴重な霊殿で、慶長年間、京都御所の建物を移築改装したものです。

    仏殿の裏には舎利殿が建っています。釈迦の仏牙舎利を奉安する貴重な霊殿で、慶長年間、京都御所の建物を移築改装したものです。

  • 更にこの門の奥には霊明殿があります。<br />

    更にこの門の奥には霊明殿があります。

  • 霊明殿の東の一番奥にある陵墓は月輪陵と呼ばれています。

    霊明殿の東の一番奥にある陵墓は月輪陵と呼ばれています。

  • 四条天皇をはじめ後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵、5灰塚、9墓がここにあります。宮内庁管轄の皇室の墓地なんですね。

    四条天皇をはじめ後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵、5灰塚、9墓がここにあります。宮内庁管轄の皇室の墓地なんですね。

  • こちらの建物は、隣の霊明殿が火災で焼失の際に京都御所内の皇后宮にあった御里御殿を移築したもの。

    こちらの建物は、隣の霊明殿が火災で焼失の際に京都御所内の皇后宮にあった御里御殿を移築したもの。

  • 文化15年(1818)に建造したもの。

    文化15年(1818)に建造したもの。

  • 御所にあったときは、明治天皇が使っていた御所です。

    御所にあったときは、明治天皇が使っていた御所です。

  • 建物内部には、女官の間、門跡の間、皇族の間、侍従の間、勅使の間、玉座の間などがあるようです。

    建物内部には、女官の間、門跡の間、皇族の間、侍従の間、勅使の間、玉座の間などがあるようです。

  • 天皇皇后が来寺した時の休息所として使用する部屋は玉座の間。

    天皇皇后が来寺した時の休息所として使用する部屋は玉座の間。

  • 御座所の前の庭は石庭になっています。

    御座所の前の庭は石庭になっています。

  • 平成に入ってからは、即位報告(1990年)、平安建都1,200年記念(1994年)、在位10年の報告(1999年)の時に今の天皇がこの部屋を使用しているとか。<br />

    平成に入ってからは、即位報告(1990年)、平安建都1,200年記念(1994年)、在位10年の報告(1999年)の時に今の天皇がこの部屋を使用しているとか。

  • 皇室の菩提寺の一つだけあって、至る所の菊の紋章が入って、京都御所からの移築された建物も多く、御寺泉涌寺と呼ばれるだけのものがありますね。

    皇室の菩提寺の一つだけあって、至る所の菊の紋章が入って、京都御所からの移築された建物も多く、御寺泉涌寺と呼ばれるだけのものがありますね。

  • 明治17年明治天皇によって再建された尊牌殿で、入母屋造り桧皮葺き、外観は宸殿風の建物です。 <br /><br />

    明治17年明治天皇によって再建された尊牌殿で、入母屋造り桧皮葺き、外観は宸殿風の建物です。

  • 泉涌寺道の入口にある総門

    泉涌寺道の入口にある総門

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