2004/06/22 - 2004/06/27
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旅人のくまさんさん
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<2004年6月23(水)>
昨晩は一文無しでした。まともな食事が出来ず、お腹が空きましたので、目が醒めました。不思議なもので、目覚まし代わりの携帯が鳴る直前でした。時差はあるものの、体内時計は健在でした。食堂は6時半から開きますので、それまでテレビを見ながら時間を過ごしました。
<ホテルの朝食>
つい、テレビに見入りましたので、ホテル1階の食堂に入ったのは6時45分頃でした。食堂は開いたばかりなので、まだお客は少なく、勧められた席にゆったり座ることが出来ました。大きいものの、実務的なホテルでした。珈琲サービスは無く、全部セルフサービス形式でした。
パン類は、自分でトースターを使って焼くことが出来るトースト、クロワッサン、フランスパンなど、4、5種類、バターとマーガリンも用意されていました。飲み物は、珈琲、紅茶のほかジュース、ミルクなどが何種類か用意されていて、ジュースは出来合いの物と、自分で果物からジューサーを使って作ることも出来ました。
氷の上にセットされたハム類も毎回用意されていて、ゆで卵は自分で茹でる方式になっていました。以前に経験したイギリス式の簡単な朝食に比べれば、質、量ともに十分でした。
ただし、果物類は豊富でしたが野菜類は少なく、ほとんど無いに等しい状態でした。チーズは毎日種類が違っていましたので、オールドパーの友達用として、紙に包んで1個だけは部屋に持ち帰りました。
このホテルに日本人客は少なかったものの、皆無ではありませんでした。朝方ゆっくりした最後の日、朝早く出掛ける女学生さんにエレベーターで出会いました。日本人であることが分かりましたので、声を掛けましたら、「大分前から泊っています。今日はこれからスケッチに出掛けてきます」と、笑顔で返事してくれました。
<先ずは両替の店探し>
昨晩、サン・ラザール駅の案内所で教えてもらった「シャンゼリゼ大通りの店なら日本円の両替が出来る」の情報を頼りに、あと8枚残った地下鉄回数券を頼りに両替店探しに出かけました。
昨晩と同じように13号線の地下鉄に乗って、1号線との交差点駅で降りました。昨晩は23時過ぎになり、雨が強くなって両替店探しを諦めた場所です。今朝は曇り勝ちながら、まずまずの天気なので、昨日よりは余裕を持って行動できました。昨晩は地下鉄の運行時間を過ぎれば、タクシーに乗る金も無かったので、冷や冷やしながらの行動でした。
1号線との交差点駅、クレマンソー駅から西に真っ直ぐ歩けば凱旋門になります。一直線の通りなので、凱旋門は遠くに見通すことが出来ました。ただし、その凱旋門は中々近づきませんでした。見た目以上に距離があったようです。地下鉄駅で3駅ほどありました。
しかし、両替店は凱旋門を目指して歩いている内に見付かりました。24時間営業らしく、朝の早い時間でも営業していました。ここでとりあえず3万円両替しましたので、一文無しの状態を脱して、気分的に随分と楽になりました。
一度経験したので、パリでの両替には困ることは無いでしょう。それにしても貴重な地下鉄回数券でした。追加で10枚券を購入し、それでも足りなかったので、1枚券も購入しました。RER(エル・ウー・エル)を含めると、今回の旅行で30枚ほど利用しました。パリ市内では、何回乗り換えてもいいので、本当に便利でした。
<シャンゼリゼ大通り、凱旋門>
両替のお金が手に入ってからは、気侭にパリの散策を楽しむことが出来ました。喉が渇けば、ビールを飲めばよいし、お腹が空けばカフェーに入ることができます。
タクシーに乗って移動するのにも制約が無くなりました。一文無しが、いかに不便か実感できましたので、小銭のユーロは、少し日本へ持ち帰ることにしました。ユーロであれば、使えなくなることは、当面は心配しないでいいでしょう。
新緑のマロニエ並木のシャンゼリゼ大通りの散歩は爽快でした。朝の早い時間なので人通りが少なく、カフェーでは朝の珈琲を楽しむ人が、ゆっくりと朝の時間を過ごしていました。
大通りの東の外れが凱旋門なので、ここも歩いて訪れました。注文主のナポレオンが遂に完成の日を見なかったという、パリ名物の1つです。
凱旋門は外部と内部に施されたレリーフが見応えがありました。デジカメの光学望遠機能を使って、できるだけこまめに写真に収めました。床にも戦勝記念のプレートや無名戦死者の碑がありましたので、こちらもカメラに収めました。
ところで、マロニエの樹はプラタナス、和名、鈴掛けの木によく似ています。しかし、外来語辞典、国語辞典などで調べましたら、両者が同一であるとの記載は無く、別々に説明してありました。どうやら別の植物のようです。
<ルーブル美術館へ>
ルーブル美術館は10時開館なので、その時間に合わせて地下鉄でルーブル美術館駅に移動しました。駅の改札で予め用意した「カルトミュゼ・モニュマン」のカードを使って一日券を購入しました。
20ユーロを出して、2ユーロのお釣です。ルーブル以外にも色々と活用できる優れものです。地下鉄で「カルトミュゼ・モニュマン」の販売を扱っているのもガイドブックで情報を入手していました。
地下鉄駅からは少し狭い石段を上って地上に出ました。ルーブル美術館の北側でした。道路を挟んだ南側には、特別店の垂れ幕が幾筋かかかっていて、そこがルーブル美術館であることが容易に知れました。
道路を渡って、この荘厳な建物のアーチを潜ると、何度もパンフレット類で目にした、ガラスのピラミッドが目前にありました。元宮殿の建物自体が素晴らしかったので、一通り写真を撮りました。その後で、ガラスのピラミッドから入場しました。
ガラスのピラミッドの下は広いエントランスになっていて、ここから北のリシュウ翼、東のシュリー翼、南のデウノン翼に入場することが出来ました。それぞれは内部で繋がっていて、移動することもできました。日本語パンフレットを入手して、今日はシュリー翼の1階から見学することにしました。
シュリー翼の1階部分には、ギリシャ美術、ファラオ時代のエジプト、古代イラン美術、東方美術が展示されていました。ルーブルの宝の1つ、ミロのビーナス・アフロディテの大理石像は、この古代ギリシャ美術のコーナーに展示してありました。今回の旅行で一番見たかったのが、モナリザとこのミロのビーナス像でした。
古代イラン美術コーナーの先には、デウノン翼のメソポタミア美術が続いていました。これだけ見て回っても結構時間がかかり、少し休憩したくなるような気分になりました。
丁度息抜きによかったのが、デウノン翼の中庭に展示してありました、18世紀から19世紀のフランス作家による彫刻群でした。新しい作品群は、それなりに立派なものでしたが、歴史を背負った美術品を見る場合よりは、かなり気楽に見学させて貰いました。
ルーブルは、当然ながらパリの人気スポットであり、日本人の観光客を多く見かけました。年代的には若いか年配の方に2分化されていました。若い人は圧倒的に女性が多く、年配の人はカップルか、団体客を多く見かけました。
フラッシュを焚かなければ、絵画類の撮影もOKでした。写真が撮れるとは予想していなかっただけに意外でした。用意したデジカメの予備メモリを含めると、1200枚以上の撮影が可能なので、この日からせっせと写真を撮り始めました。
ルーブル美術館で
ルーブルはセーヌ河畔に建つ故宮三角ガラス中庭にあり
憧の絵画に出逢うその前に心鎮めて宮殿を撮る
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圏外なので携帯としては利用できませんが、日本から持参したAUの携帯を目覚まし代わりにしました。5時のモーニングコールです。
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余りチャンネル数は多くありません。ある料理番組が目にとまりました。若いコックさんの技能試験番組、左の方が試験官のシェフです。
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テストを受ける若いコックさんは真剣な態度で取り組んでいました。試験場所は、ホテルかレストランの厨房のようでした。
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この番組の締めくくりは、シェフが試食をした後、合格サインを出し、若い職人さんが「メルシー シェフ!」で終わりました。
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左下のアナログ時計は、現在時刻を示しています。朝食は6時半からOKなので、そろそろ1階の食堂へ出掛ける時間です。
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とは言っても、幼虫からさなぎを経て羽化したチョウチョを見るまでは区切りが付きません。一文無しなので、とにかくお腹が空きました。
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蝶の羽化の番組の最後には、綺麗な花が写されました。この蝶が蜜を吸う花かも知れません。
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泊ったホテルは、最近名前が替わりました。現在は「ホテル グリル カンパニー ベルティエ」、看板はカンパニー・ホテルのままです。
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写真の中央上部、街路灯に、「メトロ」の赤い文字が見えます。これが地下鉄入口の表示です。地下鉄は、全体に年輪を感じさました。
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「パリの天候はよく変わります。しかし、傘を持って歩く人はいません」との昨日のガイドさんのアドバイスに従って、傘なしで出かけました。
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毎日利用したホテルから最寄の、「Porte de Clichy」の地下鉄駅ホームです。電車は線路に向かって左手からやってきます。
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昨晩、サン・ラザール駅の案内所で教えてもらった両替所がシャンゼリゼ通りでした。一文なしなので、先ず両替店を探しました。
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昨晩は23時近くになり、雨も強くなりましたので両替店探しは諦めました。その通り付近です。翌日は簡単に両替店が見付かりました。
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プレートは確認しませんでしたが、近代的な軍服から見て、ドゴール将軍に間違いが無いようです。第二次大戦を戦勝に導き、大統領にもなった栄光の人です。
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5月のバラの時期が過ぎたためでしょうか、赤やピンクの花は少し勢いが衰えていました。制服姿の人で、警備が厳しい一帯でした。
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朝の早い時間なので、未だ通勤の人は見かけませんでした。それで余計に制服姿の人が目立ちました。内務省の近くのようです。
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本通りではない脇道です。車の少ない通りでした。緑が豊富で、散策するには最高です。
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金文字で「ホテル・レストラン マキシム」と記されているようです。シックな造りの格式高いホテルのようです。
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そのホテルの庭先にあった枇杷(びわ)の木です。黄色く熟した実を一杯に付けていました。しかし、食用には適さない小型の実でした。
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立体感のある花壇が季節の花で満開でした。水遣りをしたり、植替えをしたりする人をあちこちで見かけました。手入れは万全のようです。
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さすがにパリは歴史の古い町です。どちらの方向を向いて写真を撮っても、由緒がありそうな格式高い建物がありました。
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イタリアでも、街中での落書きが目立ちましたが、花の都パリも例外ではないようです。何度も消されて、また書き込まれた落書きです。
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昨晩の雨は上がったものの、空は曇り勝ちでした。変則交差路を行き交う車も未だ少ない、朝早い時間です。
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何の行列かは分かりませんが、とりあえず写真にゲットです。年代層が若いので、コンサートか何かのチケット購入の列では?
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パリを代表する歴史的遺物の1つ凱旋門です。注文主はナポレオンですが、生存中には完成しなかったといいます。
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四角い枠に囲まれた中に刻み込まれているのは、少しデフォルメされた花弁です。単なる飾りだけの文様ではないようです。
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凱旋門は高さ約50m、幅約45mです。多くの彫刻が施されています。ナポレオンを賛える戦勝記念碑としての数々です。
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ガイドブックによれば、第一次世界大戦で死んだ無名戦士の墓です。墓標には、「祖国のために死んだ1人のフランス人兵士ここに眠る」
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床にはめ込まれたプレートの1918年11月11日は、第1次世界大戦戦勝記念日として、今に続きます。
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1870年9月4日の日付です。1870年は普仏戦争が始まり、この戦争でナポレオン3世が失脚、リパブリックの文字もあります。
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外壁には1792年や、1810年の勝利のレリーフ等が刻まれています。アーチ内面の支え部分に刻まれたこのレリーフは、天使像です。
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凱旋門はこの後も訪れました。この日は曇りで写真栄えはしません。遠くに見えた時、近いように思えましたが、歩いてみたら意外と距離がありました。
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アーチ部分の曲線を眺めるのも一興です。明るく写った部分に沢山の文字が書かれていますが、人名を連ねたもののようです。
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凱旋門へは、地下道を潜って渡りました。折角なので四方をカメラに収めました。これは西北方面だったような記憶です。
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これもその中の一枚です。真中より少し左の高いタワーがエッフェル塔のようですから、南側方面を写したようです。
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凱旋門の中からの街路の眺めの続きです。こちら方面が東方面のようです。少し北に振っているかも知れません。
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たまたま、目の前に二階部分がオープンのバスがやって来ました。英文字でエンジョイ・サイトシーイング・ツアーなどの文字が見えます。
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黄色い二階建てのバスは道路の真中を通り過ぎて行きました。こちらの二階部分はオープンタイプではありませんでした。
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ドイツのメルセデス・ベンツの店もシャンゼリゼ通りにありました。お馴染みの、スター印を円で囲んだハンドルマークです。
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お洒落な小さな尖塔をつけた売店です。閉店の時にはコンパクトに仕舞われています。イタリアのピサでも、お洒落な店を見ました。
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