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<2004年6月24(木)><br /><br /> 今朝も5時の目覚まし、携帯の音で目が醒めました。時差ぼけの心配はないようです。いつもなら、この後、起き出すまでには少し時間をかけますが、今朝は6時前の地下鉄に乗るため、すぐに起きました。イギリス小旅行の用意は、昨日のうちに済ませておきました。<br /><br /><早朝の出発、シティ・ラマでのトラブル><br /> 自由旅行の中で、唯一事前に申し込んでいたのが「ロンドン1日旅行」でした。ユーロスターでイギリスに渡ってみたいと言う計画です。今日がその出発日でした。ところが、この計画は実現しませんでした。その顛末を記しておきます。<br /> 集合場所はルーブル美術館近くのシティ・ラマ社前、6時45分でした。この日は食事をせずに、6時前の地下鉄で出かけました。まだ人影がまばらな時間でした。順調に乗換えが出来、シティ・ラマ社へは30分前に着きました。旅行会社はまだ開いていませんでした。それで、セーヌ川沿いの公園などを散歩して時間を調整しました。<br /> 頃合を見計らってシティ・ラマ社へ戻ってみますと、既に何人かの人が受付を済ませていました。パリ市内観光や、パリ郊外観光など、色んなコースごとにバスが用意されていました。ところが、その受付で貰ったパンフレットには「パスポートが必要です」と記載してありました。<br /> シティ・ラマ社のパンフレットが前日までに貰えていたら、当然ながらパスポートを持参しました。しかし、現地集合してから貰ったパンフレットに「パスポートが必要です」と書いてあっても遅過ぎます。シティ・ラマ社へ集合した時に<br /> 「パスポートが必要ですから、ホテルへ戻って持ってきて下さい。ホテルからは北駅に直接行ってください」<br /> と聞けば、まだ間に合った時間です。しかし、シティ・ラマ社への丸投げ旅行なので、HI*の関係者は、全く顔を出していませんでした。<br /> 実は昨日の夜、HI*のパンフレット類を仔細に確認して、<br /> 「明日のイギリス日帰り旅行は、パスポートは要らない」<br /> と判断していました。前日までは、パスポートを上着の内ポケットに入れて行動していましたが、出来る限り余分な物は持ち歩かないように考えたためです。<br /> 北駅往きのロンドン行きのバスには、男性の英語ガイドさんが付いていました。北駅に着くと直ぐに、<br /> 「パスポートをホテルのセーフティボックスに置いてきたので、今ここには持っていません。それでもツアーに参加できますか?」<br /> と訪ねましたら、<br /> 「それはあなたのミステイクだ。参加は出来ない」<br /> と、即座に回答が返ってきました。その後で、<br /> 「タクシーでホテルへ戻って、パスポートを取ってきたら?」<br /> と、アドバイスしてくれましたが、もう時間がありません。私の方から<br /> 「ツアー参加は止めます」<br /> と話して、ツアーを諦めました。このコースの日本人客は、私1人でした。<br /><br /><ホテルへ戻って朝食><br /> 北駅でロンドン行きを諦めた時間は、まだ8時少し過ぎでした。それで、朝食の場所を探そうと付近を捜してみました。しかし、よく考えれば、ホテルへ戻れば、まだ十分に朝食が摂れる時間です。<br /> それで、思い直してホテルへ戻ることにしました。4号線で1駅先の2号線に乗換、そこから4駅先で13号線のプラス・ド・クリシー駅経由で戻るコースを選びました。<br /> 一旦は部屋に戻りました。朝食券を置いてきたからです。赤い小さな通し券で、滞在期間が手書きで記してありました。これをフロントで見せますと、部屋番号を記したリストに印をつけて、お盆を渡してくれます。<br /> 昨日はチップも出せませんでしたから、今日は枕もとに2ユーロを置いて、出かけてきました。勿論、部屋掃除が済んでいないので、そのままになっていました。翌日からは1ユーロにしました。<br /> ホテルの食堂は混んでいました。昨日は早い時間に朝食を摂りましたが、今日は朝食のラッシュアワーに遭遇したようです。賄いの方が間に合わず、コップや皿だけでなく、料理の方も底をついているものが、いくつかありました。食事をしながら、今日の行動予定を考えました。<br /> イギリス日帰り旅行は、早朝集合、帰着は夜の0時近くと、かなり厳しいスケジュールになっていました。それで、負け惜しみで書くのではないですが、結果的には寧ろ充実したフランス旅行を楽しむことが出来ました。空いた1日を利用して、今日は1日早めてベルサイユ宮殿見学と決定しました。フリー旅行ですから、ここらの変更が自由にききます。<br /><br /><ベルサイユ宮殿へ><br /> ベルサイユ宮殿見学は、高速市外電車のエル・ウー・エル(RER)を利用することにしました。ホテルの最寄駅、ポルト・デ・クリシーがRERのC線との交差駅だったからです。<br /> 「RERの場合、行き先までの切符を持っていないと、検札で見付かった時は、5千円の罰則金が徴収される」とガイドブックで読んでいましたので、窓口で「ベルサイユ」と書いたカードを見せて切符を購入しました。<br /> RERはエッフェル塔経由です。ブローニューの森を過ぎて、東にセーヌ川を渡るとエッフェル塔駅になります。ところが、ここでは電車は北向きになり、目的地とは反対方向となります。スイッチバックで南向きに変わるのか、それとも、そのままセーヌ川に沿って東にオルセー美術館方向に向かうのか、1/2の確率なので、そのまま乗車していました。<br /> 残念ながら、この賭けは外れて電車はセーヌ川を左手にして進みましたので、次の駅で降りました。南に向かうのであれば、セーヌ川は右手になるはずです。15分程して次の電車に乗り、エッフェル塔駅へ引き返しました。この駅で、「ベルサイユ行」の案内表示を探すことにしました。<br /> 運行案内のテレビ画面にベルサイユの文字が見付かり、2本の電車をやり過ごして、ベルサイユ行きの電車に乗ることが出来ました。やはり、エッフェル塔駅で反対側のホームへ渡る必要がありました。 <br /> 試行錯誤があって、やっと、目的の電車の乗れた時は、正直ほっとしました。乗った電車は、確実に南往きの線路に沿って進みました。暫くは路線図の駅とホームの駅名を確認していました。<br /> 5割くらいの乗車率でしたので、車外がよく見える席に座りました。その後、通路を挟んだ4人掛けの席が明きました。その席には、フランス語以外の言葉を話す女学生さん3人が乗車してきて、腰掛けました。<br /> 学生さんたちは早速、それぞれ手にしたカメラで記念写真を撮り始めました。多分、スペインからやって来たのでしょう。そのうちの1人が、私にカメラを渡して3人の記念写真を撮って欲しいと、身振りで頼んできました。<br /> 窓際に3人顔を寄せてポーズをとりましたので、借りたカメラでシャッターを押しましたが、2回ともフラッシュが焚けませんでした。<br /> それで、別のカメラを借りて、もう一度ポーズをとってもらいました。今度はフラッシュが光りました。早速、モニターで確認した3人は、「メルシー」ではなく、スペイン語(多分)でお礼を言ってくれました。その学生さんたちもベルサイユ宮殿見学が目的でした。<br /><br /><素晴らしかったベルサイユ宮殿><br /> ベルサイユ駅は終点なので、ホームに人が溢れました。しかし、まだ早い時間なので、本当の混み方ではありません。乗り越しの人は精算用の列を作っていました。RERのペナルティは取られていないようでした。私は、出発駅で正規の区間を購入していましたので、自動改札機を通って駅を出ました。<br /> 駅前の道を渡ったところに案内看板がありました。右左折を繰り返して、名所旧跡を見学しながら宮殿に向かうコースと、左折一回だけの最短コースが表示されていました。大多数の人が最短コースを選んでいましたので、私もこのコースを選びました。2、300m進んだところを左折すると、後は宮殿まで一直線の並木道が続いていました。<br /> 宮殿が間近になりますと、並木は無くなり広い石畳の道に替わりました。広場の延長と言った感じでした。その石畳の先には、豪華な飾りがついた門と鉄柵がありました。この門を潜れば、いよいよベルサイユ宮殿です。この門は自由に出入が出来ました。<br /> 石畳の広い広場は緩いのぼり勾配になっていて、その両側には2、3階建ての長い建物が平行していました。広場の中心には太陽王、ルイ14世の騎馬像が聳えていました。駐車場には何台かのバスが駐車していましたが、ガラガラの状況でした。これから、その駐車場に続々と車が集まってくるのでしょう。<br /> 何処が入口になっているのか、咄嗟には分かりませんでしたが、入場券を売っているような短い列がありましたので、その最後尾に並びました。列の進みは遅かったですが、長い列ではなかったので、程なく入場券が購入できました。次は入口探しです。<br /> 入口は、チケット売り場より東側の奥にありました。団体用と個人客用に分かれているようでした。入場の際は手荷物検査がありましたので、少し時間がかかりました。最初に見学したのは「王室礼拝堂」です。この礼拝堂を見ただけで、この宮殿が並みの造りではないことが、直ぐに想像されました。<br /> 続いて見学したのが、正殿と呼ばれる6つの広間です。「豊饒の間」に始まるそれらのホールには、ギリシャ神話に基づく天井絵がそれぞれ描かれていました。<br /> この天井画はすべてカメラに収めました。フラッシュを使用しなければ撮影は自由でした。正殿を過ぎて左に曲がりますと、白い豪華なシャンデリアが連なる「鏡の間」がありました。室内装飾はルイ14世の偉業をテーマにしたものでした。ベルサイユ宮殿の圧巻の1つです。第1次大戦の終結の条約は、この間で調印されました。<br /> 一通り室内見学を終えた後で庭園見学の方に移りました。ここは別料金でしたが、最初に購入した20ユーロほどのチケットには、この料金も含んでいました。この庭園は広大です。ガイドブックからその要点だけを紹介しておきます。<br /> 17世紀、ルイ14世は先祖代代狩猟場であったこの地に、「史上、最も大きく、最も豪華な宮殿を建てよ」と命令しました。この工事は1668年に着工され、「毎日2万人の人と、6千頭の馬が動員」されたといいます。セーヌ川から人工の運河に水を引く大土木工事もあリ、完成までに半世紀を要しました。<br /> 新緑の庭園をゆっくり見学した後、また本殿に戻りました。空には厚い雲が出て、時折小雨がぱらついてきました。黒い雲をバックに沢山のツバメが飛び交っていました。<br /> 昼食は、駅近くのカフェーでヘルシーなサンドイッチとハイネッケンビールで済ませました。缶ビールはもう1本追加しました。ビールは、「ハイネッケン」で通じました。<br /><br /><エッフェル塔><br /> 往きの乗換駅だったので、帰りはこの駅までエル・ウー・エルの乗車券を買いました。改札口で「エッフェル・タワー」と言いましたら、駅員さんは「エッフェル」の分だけ発音して、直ぐに切符を出してくれました。ベルサイユからエッフェル塔駅までは1時間とかかりませんでした。<br /> 遠くからは何度もこの塔を眺めましたが、近くでは今回がはじめてです。遠くから眺めたのは、その場所の大よその方角を知るためでもありました。パリ万博での建設以来、今でもパリ市内では一番のっぽな建造物であるらしく、遠くからでもよく確認できました。<br /> パリの名所だけあって、人出が多く、物売りも多く見かけました。土産物では、金属製の小型のエッフェル塔の束を手にしている人がほとんどでした。少し離れた場所では、道路に土産物を並べている人もいましたが、これはどうやらご法度のようでした。仲間が、警察官が来たような指差し合図をしたら、直ぐに片付けてしまいました。<br /> エッフェル塔付近の広場は、イベントがよく開催されているようでした。ホテルのテレビでも、ここで風船を飛ばす光景を見ました。タワーの橋脚の横には警察官詰所もあり、かなりの数の警官が警備に当っていました。自動小銃を手にした迷彩服の軍隊の姿も見かけましたので、治安維持には相当の配慮がされているようでした。<br /> エッフェル塔は、フランス革命から100年後の1889年に完成した321mのタワーです。パリの名所の1つとして人気が高く、展望台へ登るエレベーターにはどこも行列が出来ていました。晴れた日には70km先まで展望できると言われますが、時間の都合で登るのは諦めました。<br /> 橋を渡ったセーヌ川の対岸に、シャイヨ宮が見えましたが、こちらも見学は省略しました。エッフェル塔は、下から眺めた構造物の幾何学模様が美しく、この写真を撮るだけで満足しました。<br /><br /><オルセー美術館><br /> エッフェル塔からオルセー駅までは、まだかなり距離がありますので、この間もRERを利用しました。こ時は「オルセー」とだけ駅員さんに告げましたら、黙って切符を出してくれました。RERがこのオルセー駅まで通じているのは、その昔パリ万博の時の「オルセー駅」の名残のように思えました。オルセー美術館の前身は、そのオルセー駅です。<br /> ルーブル美術館と並んで期待していたのが、このオルセー美術館でした。手元にある古い画集、「世界美術全集・印象派の画家たち」(1979年刊)に「印象派美術館蔵」と記してあるのが、オルセーの前身のようです。主要な作品が一致していたので分かりました。<br /> オルセー美術館でも、フラッシュ無しでの撮影が許可されていました。どの作品を見ても名作揃いで、撮影するにはきりが無いほどでした。それで、特にお気に入りの画家の作品を中心にカメラに収めました。好きな画家といっても、ゴッホ、ルノワール、セザンヌ、マネ、モネ、ドガ、、、と沢山いますので、結局は軒並みカメラが向いてしまいました。<br /> 写真資料に日本語の説明を付けたのは、この古い画集で確認できた作品です。画集に載っていなかった作品は、写真に撮ったプレートから、そのままフランス語表記を転記しました。スペル間違いも多くあるかも知れません。<br /> 印象派の巨匠達が日本の浮世絵に多くの影響を受け、絵画や版画を収集したことは、日本でも紹介されてきました。自分の作品のモチーフに使ったり、輪郭線の技法を取り入れた人がいることも、良く知られています。葛飾北斎の構図の大胆さも、影響を与えたことの1つです。今でも日本では、印象派の画家達の作品展が繰り返し開かれていることは、これらの事が切り離せない伏線になっているように思えます。<br /> オルセー美術館の入場料は7.5ユーロでした。ベルサイユで買った1日券が使えないか交渉してみましたが、「この券はベルサイユだけか通用しません」と言われ、改めて入場券を購入しました。<br /> 最初にカルト・ミュゼの1日券を購入しておけば、ベルサイユもこの美術館も見学できたはずです。ただし、ベルサイユの1日券は庭園も見学できたましが、カルト・ミュゼでは新たに庭園入場券が必要だったかも知れません。<br /><br /><ノートルダム寺院><br /> ノートルダム寺院は、1163年に着工され、170年の歳月を費やして造られた、フランス・カトリックの総本山です。ノートルダムとは、聖母マリアを意味すると言います。<br /> ビクトル・ユゴーの作品「ノートルダム・ド・パリ」で、カジモドが撞いていた鐘は、南側の塔だと言います。映画の筋は忘れてしましましたが、日本では「ノートルダムのせむし男」の題名で上演された映画でしょう。<br /> 入場する前に、寺院全体と各部の写真を出来るだけ丁寧に撮影しておきました。紙数の都合でその一部だけを収録しました。王家の寺院として建築されたゴチック建築だけに、外観でも十分な見応えがありました。<br /> 一通り撮影をした後で、短い列のあとに続いて入場しました。入場料は徴収されませんでした。内部で見事だったのは、ステンドグラスの数々でした。方位を考えてガラスの色も変えてあるようでした。例えば、青色のガラスを多用した「北のバラ窓」などの愛称がついていました。沢山のステンドグラスを撮影しましたが、その内から18枚を、この小冊子に収録しました。<br /><br /><手乗り雀><br /> 寺院の帰りに面白い光景を目にしました。手乗り雀です。掌にパン屑などを載せて指し伸ばしますと、一斉に雀が飛び乗ってきて、餌をついばみました。ついでに鳩も飛び乗ってきましたが、こちらは嫌われ者のようで、その都度追い払われていました。<br /> その雀たちの待機場所は、平に刈り込まれた植え込みの上でした。この場所なら、不意に人や猫に襲われることがなく、安全な場所のように思えました。人や鳥が一方的にその場所を選んだわけではなく、阿吽の呼吸で決まった場所かも知れません。ただ単に偶然かも知れませんし、熱心に餌付けをした人が選んだ場所なのかも知れません。<br /><br /><br />  ベルサイユ宮殿で<br /> 太陽の王は今もて主なり広場見下ろす蒼き騎馬像

2004夏、フランス旅行記(6):6月24日(1)シティ・ラマ社でのトラブル、ベルサイユへ

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2004/06/22 - 2004/06/27

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

<2004年6月24(木)>

 今朝も5時の目覚まし、携帯の音で目が醒めました。時差ぼけの心配はないようです。いつもなら、この後、起き出すまでには少し時間をかけますが、今朝は6時前の地下鉄に乗るため、すぐに起きました。イギリス小旅行の用意は、昨日のうちに済ませておきました。

<早朝の出発、シティ・ラマでのトラブル>
 自由旅行の中で、唯一事前に申し込んでいたのが「ロンドン1日旅行」でした。ユーロスターでイギリスに渡ってみたいと言う計画です。今日がその出発日でした。ところが、この計画は実現しませんでした。その顛末を記しておきます。
 集合場所はルーブル美術館近くのシティ・ラマ社前、6時45分でした。この日は食事をせずに、6時前の地下鉄で出かけました。まだ人影がまばらな時間でした。順調に乗換えが出来、シティ・ラマ社へは30分前に着きました。旅行会社はまだ開いていませんでした。それで、セーヌ川沿いの公園などを散歩して時間を調整しました。
 頃合を見計らってシティ・ラマ社へ戻ってみますと、既に何人かの人が受付を済ませていました。パリ市内観光や、パリ郊外観光など、色んなコースごとにバスが用意されていました。ところが、その受付で貰ったパンフレットには「パスポートが必要です」と記載してありました。
 シティ・ラマ社のパンフレットが前日までに貰えていたら、当然ながらパスポートを持参しました。しかし、現地集合してから貰ったパンフレットに「パスポートが必要です」と書いてあっても遅過ぎます。シティ・ラマ社へ集合した時に
 「パスポートが必要ですから、ホテルへ戻って持ってきて下さい。ホテルからは北駅に直接行ってください」
 と聞けば、まだ間に合った時間です。しかし、シティ・ラマ社への丸投げ旅行なので、HI*の関係者は、全く顔を出していませんでした。
 実は昨日の夜、HI*のパンフレット類を仔細に確認して、
 「明日のイギリス日帰り旅行は、パスポートは要らない」
 と判断していました。前日までは、パスポートを上着の内ポケットに入れて行動していましたが、出来る限り余分な物は持ち歩かないように考えたためです。
 北駅往きのロンドン行きのバスには、男性の英語ガイドさんが付いていました。北駅に着くと直ぐに、
 「パスポートをホテルのセーフティボックスに置いてきたので、今ここには持っていません。それでもツアーに参加できますか?」
 と訪ねましたら、
 「それはあなたのミステイクだ。参加は出来ない」
 と、即座に回答が返ってきました。その後で、
 「タクシーでホテルへ戻って、パスポートを取ってきたら?」
 と、アドバイスしてくれましたが、もう時間がありません。私の方から
 「ツアー参加は止めます」
 と話して、ツアーを諦めました。このコースの日本人客は、私1人でした。

<ホテルへ戻って朝食>
 北駅でロンドン行きを諦めた時間は、まだ8時少し過ぎでした。それで、朝食の場所を探そうと付近を捜してみました。しかし、よく考えれば、ホテルへ戻れば、まだ十分に朝食が摂れる時間です。
 それで、思い直してホテルへ戻ることにしました。4号線で1駅先の2号線に乗換、そこから4駅先で13号線のプラス・ド・クリシー駅経由で戻るコースを選びました。
 一旦は部屋に戻りました。朝食券を置いてきたからです。赤い小さな通し券で、滞在期間が手書きで記してありました。これをフロントで見せますと、部屋番号を記したリストに印をつけて、お盆を渡してくれます。
 昨日はチップも出せませんでしたから、今日は枕もとに2ユーロを置いて、出かけてきました。勿論、部屋掃除が済んでいないので、そのままになっていました。翌日からは1ユーロにしました。
 ホテルの食堂は混んでいました。昨日は早い時間に朝食を摂りましたが、今日は朝食のラッシュアワーに遭遇したようです。賄いの方が間に合わず、コップや皿だけでなく、料理の方も底をついているものが、いくつかありました。食事をしながら、今日の行動予定を考えました。
 イギリス日帰り旅行は、早朝集合、帰着は夜の0時近くと、かなり厳しいスケジュールになっていました。それで、負け惜しみで書くのではないですが、結果的には寧ろ充実したフランス旅行を楽しむことが出来ました。空いた1日を利用して、今日は1日早めてベルサイユ宮殿見学と決定しました。フリー旅行ですから、ここらの変更が自由にききます。

<ベルサイユ宮殿へ>
 ベルサイユ宮殿見学は、高速市外電車のエル・ウー・エル(RER)を利用することにしました。ホテルの最寄駅、ポルト・デ・クリシーがRERのC線との交差駅だったからです。
 「RERの場合、行き先までの切符を持っていないと、検札で見付かった時は、5千円の罰則金が徴収される」とガイドブックで読んでいましたので、窓口で「ベルサイユ」と書いたカードを見せて切符を購入しました。
 RERはエッフェル塔経由です。ブローニューの森を過ぎて、東にセーヌ川を渡るとエッフェル塔駅になります。ところが、ここでは電車は北向きになり、目的地とは反対方向となります。スイッチバックで南向きに変わるのか、それとも、そのままセーヌ川に沿って東にオルセー美術館方向に向かうのか、1/2の確率なので、そのまま乗車していました。
 残念ながら、この賭けは外れて電車はセーヌ川を左手にして進みましたので、次の駅で降りました。南に向かうのであれば、セーヌ川は右手になるはずです。15分程して次の電車に乗り、エッフェル塔駅へ引き返しました。この駅で、「ベルサイユ行」の案内表示を探すことにしました。
 運行案内のテレビ画面にベルサイユの文字が見付かり、2本の電車をやり過ごして、ベルサイユ行きの電車に乗ることが出来ました。やはり、エッフェル塔駅で反対側のホームへ渡る必要がありました。 
 試行錯誤があって、やっと、目的の電車の乗れた時は、正直ほっとしました。乗った電車は、確実に南往きの線路に沿って進みました。暫くは路線図の駅とホームの駅名を確認していました。
 5割くらいの乗車率でしたので、車外がよく見える席に座りました。その後、通路を挟んだ4人掛けの席が明きました。その席には、フランス語以外の言葉を話す女学生さん3人が乗車してきて、腰掛けました。
 学生さんたちは早速、それぞれ手にしたカメラで記念写真を撮り始めました。多分、スペインからやって来たのでしょう。そのうちの1人が、私にカメラを渡して3人の記念写真を撮って欲しいと、身振りで頼んできました。
 窓際に3人顔を寄せてポーズをとりましたので、借りたカメラでシャッターを押しましたが、2回ともフラッシュが焚けませんでした。
 それで、別のカメラを借りて、もう一度ポーズをとってもらいました。今度はフラッシュが光りました。早速、モニターで確認した3人は、「メルシー」ではなく、スペイン語(多分)でお礼を言ってくれました。その学生さんたちもベルサイユ宮殿見学が目的でした。

<素晴らしかったベルサイユ宮殿>
 ベルサイユ駅は終点なので、ホームに人が溢れました。しかし、まだ早い時間なので、本当の混み方ではありません。乗り越しの人は精算用の列を作っていました。RERのペナルティは取られていないようでした。私は、出発駅で正規の区間を購入していましたので、自動改札機を通って駅を出ました。
 駅前の道を渡ったところに案内看板がありました。右左折を繰り返して、名所旧跡を見学しながら宮殿に向かうコースと、左折一回だけの最短コースが表示されていました。大多数の人が最短コースを選んでいましたので、私もこのコースを選びました。2、300m進んだところを左折すると、後は宮殿まで一直線の並木道が続いていました。
 宮殿が間近になりますと、並木は無くなり広い石畳の道に替わりました。広場の延長と言った感じでした。その石畳の先には、豪華な飾りがついた門と鉄柵がありました。この門を潜れば、いよいよベルサイユ宮殿です。この門は自由に出入が出来ました。
 石畳の広い広場は緩いのぼり勾配になっていて、その両側には2、3階建ての長い建物が平行していました。広場の中心には太陽王、ルイ14世の騎馬像が聳えていました。駐車場には何台かのバスが駐車していましたが、ガラガラの状況でした。これから、その駐車場に続々と車が集まってくるのでしょう。
 何処が入口になっているのか、咄嗟には分かりませんでしたが、入場券を売っているような短い列がありましたので、その最後尾に並びました。列の進みは遅かったですが、長い列ではなかったので、程なく入場券が購入できました。次は入口探しです。
 入口は、チケット売り場より東側の奥にありました。団体用と個人客用に分かれているようでした。入場の際は手荷物検査がありましたので、少し時間がかかりました。最初に見学したのは「王室礼拝堂」です。この礼拝堂を見ただけで、この宮殿が並みの造りではないことが、直ぐに想像されました。
 続いて見学したのが、正殿と呼ばれる6つの広間です。「豊饒の間」に始まるそれらのホールには、ギリシャ神話に基づく天井絵がそれぞれ描かれていました。
 この天井画はすべてカメラに収めました。フラッシュを使用しなければ撮影は自由でした。正殿を過ぎて左に曲がりますと、白い豪華なシャンデリアが連なる「鏡の間」がありました。室内装飾はルイ14世の偉業をテーマにしたものでした。ベルサイユ宮殿の圧巻の1つです。第1次大戦の終結の条約は、この間で調印されました。
 一通り室内見学を終えた後で庭園見学の方に移りました。ここは別料金でしたが、最初に購入した20ユーロほどのチケットには、この料金も含んでいました。この庭園は広大です。ガイドブックからその要点だけを紹介しておきます。
 17世紀、ルイ14世は先祖代代狩猟場であったこの地に、「史上、最も大きく、最も豪華な宮殿を建てよ」と命令しました。この工事は1668年に着工され、「毎日2万人の人と、6千頭の馬が動員」されたといいます。セーヌ川から人工の運河に水を引く大土木工事もあリ、完成までに半世紀を要しました。
 新緑の庭園をゆっくり見学した後、また本殿に戻りました。空には厚い雲が出て、時折小雨がぱらついてきました。黒い雲をバックに沢山のツバメが飛び交っていました。
 昼食は、駅近くのカフェーでヘルシーなサンドイッチとハイネッケンビールで済ませました。缶ビールはもう1本追加しました。ビールは、「ハイネッケン」で通じました。

<エッフェル塔>
 往きの乗換駅だったので、帰りはこの駅までエル・ウー・エルの乗車券を買いました。改札口で「エッフェル・タワー」と言いましたら、駅員さんは「エッフェル」の分だけ発音して、直ぐに切符を出してくれました。ベルサイユからエッフェル塔駅までは1時間とかかりませんでした。
 遠くからは何度もこの塔を眺めましたが、近くでは今回がはじめてです。遠くから眺めたのは、その場所の大よその方角を知るためでもありました。パリ万博での建設以来、今でもパリ市内では一番のっぽな建造物であるらしく、遠くからでもよく確認できました。
 パリの名所だけあって、人出が多く、物売りも多く見かけました。土産物では、金属製の小型のエッフェル塔の束を手にしている人がほとんどでした。少し離れた場所では、道路に土産物を並べている人もいましたが、これはどうやらご法度のようでした。仲間が、警察官が来たような指差し合図をしたら、直ぐに片付けてしまいました。
 エッフェル塔付近の広場は、イベントがよく開催されているようでした。ホテルのテレビでも、ここで風船を飛ばす光景を見ました。タワーの橋脚の横には警察官詰所もあり、かなりの数の警官が警備に当っていました。自動小銃を手にした迷彩服の軍隊の姿も見かけましたので、治安維持には相当の配慮がされているようでした。
 エッフェル塔は、フランス革命から100年後の1889年に完成した321mのタワーです。パリの名所の1つとして人気が高く、展望台へ登るエレベーターにはどこも行列が出来ていました。晴れた日には70km先まで展望できると言われますが、時間の都合で登るのは諦めました。
 橋を渡ったセーヌ川の対岸に、シャイヨ宮が見えましたが、こちらも見学は省略しました。エッフェル塔は、下から眺めた構造物の幾何学模様が美しく、この写真を撮るだけで満足しました。

<オルセー美術館>
 エッフェル塔からオルセー駅までは、まだかなり距離がありますので、この間もRERを利用しました。こ時は「オルセー」とだけ駅員さんに告げましたら、黙って切符を出してくれました。RERがこのオルセー駅まで通じているのは、その昔パリ万博の時の「オルセー駅」の名残のように思えました。オルセー美術館の前身は、そのオルセー駅です。
 ルーブル美術館と並んで期待していたのが、このオルセー美術館でした。手元にある古い画集、「世界美術全集・印象派の画家たち」(1979年刊)に「印象派美術館蔵」と記してあるのが、オルセーの前身のようです。主要な作品が一致していたので分かりました。
 オルセー美術館でも、フラッシュ無しでの撮影が許可されていました。どの作品を見ても名作揃いで、撮影するにはきりが無いほどでした。それで、特にお気に入りの画家の作品を中心にカメラに収めました。好きな画家といっても、ゴッホ、ルノワール、セザンヌ、マネ、モネ、ドガ、、、と沢山いますので、結局は軒並みカメラが向いてしまいました。
 写真資料に日本語の説明を付けたのは、この古い画集で確認できた作品です。画集に載っていなかった作品は、写真に撮ったプレートから、そのままフランス語表記を転記しました。スペル間違いも多くあるかも知れません。
 印象派の巨匠達が日本の浮世絵に多くの影響を受け、絵画や版画を収集したことは、日本でも紹介されてきました。自分の作品のモチーフに使ったり、輪郭線の技法を取り入れた人がいることも、良く知られています。葛飾北斎の構図の大胆さも、影響を与えたことの1つです。今でも日本では、印象派の画家達の作品展が繰り返し開かれていることは、これらの事が切り離せない伏線になっているように思えます。
 オルセー美術館の入場料は7.5ユーロでした。ベルサイユで買った1日券が使えないか交渉してみましたが、「この券はベルサイユだけか通用しません」と言われ、改めて入場券を購入しました。
 最初にカルト・ミュゼの1日券を購入しておけば、ベルサイユもこの美術館も見学できたはずです。ただし、ベルサイユの1日券は庭園も見学できたましが、カルト・ミュゼでは新たに庭園入場券が必要だったかも知れません。

<ノートルダム寺院>
 ノートルダム寺院は、1163年に着工され、170年の歳月を費やして造られた、フランス・カトリックの総本山です。ノートルダムとは、聖母マリアを意味すると言います。
 ビクトル・ユゴーの作品「ノートルダム・ド・パリ」で、カジモドが撞いていた鐘は、南側の塔だと言います。映画の筋は忘れてしましましたが、日本では「ノートルダムのせむし男」の題名で上演された映画でしょう。
 入場する前に、寺院全体と各部の写真を出来るだけ丁寧に撮影しておきました。紙数の都合でその一部だけを収録しました。王家の寺院として建築されたゴチック建築だけに、外観でも十分な見応えがありました。
 一通り撮影をした後で、短い列のあとに続いて入場しました。入場料は徴収されませんでした。内部で見事だったのは、ステンドグラスの数々でした。方位を考えてガラスの色も変えてあるようでした。例えば、青色のガラスを多用した「北のバラ窓」などの愛称がついていました。沢山のステンドグラスを撮影しましたが、その内から18枚を、この小冊子に収録しました。

<手乗り雀>
 寺院の帰りに面白い光景を目にしました。手乗り雀です。掌にパン屑などを載せて指し伸ばしますと、一斉に雀が飛び乗ってきて、餌をついばみました。ついでに鳩も飛び乗ってきましたが、こちらは嫌われ者のようで、その都度追い払われていました。
 その雀たちの待機場所は、平に刈り込まれた植え込みの上でした。この場所なら、不意に人や猫に襲われることがなく、安全な場所のように思えました。人や鳥が一方的にその場所を選んだわけではなく、阿吽の呼吸で決まった場所かも知れません。ただ単に偶然かも知れませんし、熱心に餌付けをした人が選んだ場所なのかも知れません。


  ベルサイユ宮殿で
 太陽の王は今もて主なり広場見下ろす蒼き騎馬像

同行者
一人旅
交通手段
鉄道
航空会社
大韓航空
  • 早朝のシティラマ社付近の光景です。夜が明けたばかりで、人影はありませんでした。ルーブル美術館から余り離れていない場所です。

    早朝のシティラマ社付近の光景です。夜が明けたばかりで、人影はありませんでした。ルーブル美術館から余り離れていない場所です。

  • シティラマ社へは予定の時間より30分ほど早く到着しました。まだ事務所は開いていませんでした。暫く近くや、セーヌ川沿いを散策しました。

    シティラマ社へは予定の時間より30分ほど早く到着しました。まだ事務所は開いていませんでした。暫く近くや、セーヌ川沿いを散策しました。

  • 早朝にシティラマ社を訪れたのは、ユーロスターに乗ってロンドン市内見学をするためでした。日本を発つ前に予約していた唯一のオプショナルツアーでした。

    早朝にシティラマ社を訪れたのは、ユーロスターに乗ってロンドン市内見学をするためでした。日本を発つ前に予約していた唯一のオプショナルツアーでした。

  • 観覧車を方角を向いて旗を掲げる騎馬像です。槍を片手に風車に向かうドンキホーテではありません。痩せたロバではなく、立派な馬に跨っています。

    観覧車を方角を向いて旗を掲げる騎馬像です。槍を片手に風車に向かうドンキホーテではありません。痩せたロバではなく、立派な馬に跨っています。

  • その黄金の騎馬像のアップです。今度は正面方向からの撮影です。人も馬も鎧を見につけています。中世時代の英雄像でしょうか。

    その黄金の騎馬像のアップです。今度は正面方向からの撮影です。人も馬も鎧を見につけています。中世時代の英雄像でしょうか。

  • ルーブル美術館が近くでしたから、その外回りも散策しました。セーヌ川もすぐ近くでした。相変わらず、人通りはほとんどありませんでした。

    ルーブル美術館が近くでしたから、その外回りも散策しました。セーヌ川もすぐ近くでした。相変わらず、人通りはほとんどありませんでした。

  • 先端に黄金色の飾りを付けたお洒落な鉄柵です。その敷地内に立派な樹が枝を広げていました。遊園地の敷地でしょうか。

    先端に黄金色の飾りを付けたお洒落な鉄柵です。その敷地内に立派な樹が枝を広げていました。遊園地の敷地でしょうか。

  • 昨晩、暗くなってからセーヌ川沿いを散策した時に、ライトアップされ賑っていた場所がありました。それが、この観覧車のある遊園地の一角でした。

    昨晩、暗くなってからセーヌ川沿いを散策した時に、ライトアップされ賑っていた場所がありました。それが、この観覧車のある遊園地の一角でした。

  • 高名な彫刻家の作品のようですが、プレートまでは確認しませんでした。ブロンズ像です。その向うの壁の落書きが気になるところです。

    高名な彫刻家の作品のようですが、プレートまでは確認しませんでした。ブロンズ像です。その向うの壁の落書きが気になるところです。

  • 薄暗い時間ですから、カメラの方角によっては、被写体がシルエットになってしまいます。建物の上にかかる、少し赤みを帯びた鱗雲の撮影です。

    薄暗い時間ですから、カメラの方角によっては、被写体がシルエットになってしまいます。建物の上にかかる、少し赤みを帯びた鱗雲の撮影です。

  • 観覧車を右端に入れて、これも雲の撮影です。今度は細く伸びた東雲風の雲です。

    観覧車を右端に入れて、これも雲の撮影です。今度は細く伸びた東雲風の雲です。

  • 頃合を見はからってシティ・ラマ社の事務所に戻りましたら、事務所が開店し、何人かの人が旅行のエントリーをされていました。パリ市内見学等、幾つもコースが分かれていました。

    頃合を見はからってシティ・ラマ社の事務所に戻りましたら、事務所が開店し、何人かの人が旅行のエントリーをされていました。パリ市内見学等、幾つもコースが分かれていました。

  • シティ・ラマ社の前から専用バスに乗りやってきた北駅です。昨晩、HISのパンフレットを仔細に検討して、パスポートを持参しない選択をしましたが、不覚を取りました。日帰りロンドン旅行は諦めです。

    シティ・ラマ社の前から専用バスに乗りやってきた北駅です。昨晩、HISのパンフレットを仔細に検討して、パスポートを持参しない選択をしましたが、不覚を取りました。日帰りロンドン旅行は諦めです。

  • ユーロスターでのイギリス見学を諦め、ホテルへ戻る途中で撮影した地下鉄乗換駅の案内表示です。まだ早い時間でしたから、ホテルへ戻って朝食を摂る事にしました。

    ユーロスターでのイギリス見学を諦め、ホテルへ戻る途中で撮影した地下鉄乗換駅の案内表示です。まだ早い時間でしたから、ホテルへ戻って朝食を摂る事にしました。

  • 泊まったホテルでの朝食を終え、改めて出直した時の写真です。ベルサイユ宮殿へは、郊外電車のRER(エル・ウー・エル)を使うことにしました。

    泊まったホテルでの朝食を終え、改めて出直した時の写真です。ベルサイユ宮殿へは、郊外電車のRER(エル・ウー・エル)を使うことにしました。

  • エッフェル塔駅からの景色です。この駅で乗換え、パリ郊外のベルサイユに向かいました。最初は乗り間違え、少しまごつきました。

    エッフェル塔駅からの景色です。この駅で乗換え、パリ郊外のベルサイユに向かいました。最初は乗り間違え、少しまごつきました。

  • 到着した駅から、ベルサイユ宮殿までの道筋を記した看板です。近道を行けば一回だけの左折、名所を巡る道も記してありました。

    到着した駅から、ベルサイユ宮殿までの道筋を記した看板です。近道を行けば一回だけの左折、名所を巡る道も記してありました。

  • ベルサイユ宮殿の最寄り駅は複数あるようでした。そのうちの1つです。この駅で降りてベルサイユ宮殿に向かう人が大勢いましたから、最寄り駅に間違いありませんでした。

    ベルサイユ宮殿の最寄り駅は複数あるようでした。そのうちの1つです。この駅で降りてベルサイユ宮殿に向かう人が大勢いましたから、最寄り駅に間違いありませんでした。

  • ベルサイユ宮殿へは、泊ったホテルの近くの駅からエル・ウー・エルを使いました。直通ではなく、エッフェル塔駅で乗換えが必要でした。

    ベルサイユ宮殿へは、泊ったホテルの近くの駅からエル・ウー・エルを使いました。直通ではなく、エッフェル塔駅で乗換えが必要でした。

  • 1回左折だけの近道を選びました。左折すると、広い並木道が真っ直ぐベルサイユ宮殿へ向かって伸びていました。

    1回左折だけの近道を選びました。左折すると、広い並木道が真っ直ぐベルサイユ宮殿へ向かって伸びていました。

  • 並木道を10分弱歩くと、石畳の道に変わりました。この辺りはもう宮殿の一部とも言ってよいアプローチ部分です。

    並木道を10分弱歩くと、石畳の道に変わりました。この辺りはもう宮殿の一部とも言ってよいアプローチ部分です。

  • 歩きながら、振り返っての一枚です。逆光ですから上手く写っていません。曇りがちですが、雨は、何とか大丈夫のようでした。

    歩きながら、振り返っての一枚です。逆光ですから上手く写っていません。曇りがちですが、雨は、何とか大丈夫のようでした。

  • 石畳の先には豪華な飾りの柵と門がありました。この門を潜れば、いよいよ宮殿です。所々青空は見えますが、曇り勝ちの日でした。

    石畳の先には豪華な飾りの柵と門がありました。この門を潜れば、いよいよ宮殿です。所々青空は見えますが、曇り勝ちの日でした。

  • こちらの建物が正面に向かって右手に当たります。やや薄い茶色に対し、濃い茶色の枠が心地よいコントラストを作り出していました。

    こちらの建物が正面に向かって右手に当たります。やや薄い茶色に対し、濃い茶色の枠が心地よいコントラストを作り出していました。

  • あまりに広いので、どちらから入場するのか戸惑うほどでした。とりあえず行列が出来ているところに並びました。

    あまりに広いので、どちらから入場するのか戸惑うほどでした。とりあえず行列が出来ているところに並びました。

  • ベルサイユ宮殿は世界遺産でもあり、人気の観光スポットですから、大混雑があるようです。早い時間でも、既に混み合い始めました。

    ベルサイユ宮殿は世界遺産でもあり、人気の観光スポットですから、大混雑があるようです。早い時間でも、既に混み合い始めました。

  • この建物は、宮殿正面に向かって左手にありました。石畳の道は、全体に少しだけ登り勾配になっていました。

    この建物は、宮殿正面に向かって左手にありました。石畳の道は、全体に少しだけ登り勾配になっていました。

  • 朝一番に出かけてきましたので、広場は余り混んでいませんでした。その広場に建っていた騎馬像です。この地に宮殿建築を決定したルイ14世の像です。

    朝一番に出かけてきましたので、広場は余り混んでいませんでした。その広場に建っていた騎馬像です。この地に宮殿建築を決定したルイ14世の像です。

  • 宮殿の内部に入るには、X線での手荷物検査もありました。王の威信を掛けたような豪壮な礼拝堂から見学を始めました。「王室礼拝堂」と呼ばれています。

    宮殿の内部に入るには、X線での手荷物検査もありました。王の威信を掛けたような豪壮な礼拝堂から見学を始めました。「王室礼拝堂」と呼ばれています。

  • 礼拝堂の、白色をベースにした黄金色だけの荘厳な扉です。フラッシュを焚かなければ、ここでも撮影が許可されていました。

    礼拝堂の、白色をベースにした黄金色だけの荘厳な扉です。フラッシュを焚かなければ、ここでも撮影が許可されていました。

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2004夏、フランス旅行記

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