2004/06/22 - 2004/06/27
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旅人のくまさんさん
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<2004年6月22(火)>
日本出発は22日のKE752便、9時30分の出発なので、名古屋空港は7時30分集合です。集合と言っても、HI*のカウンターでチケットを受け取るだけです。多少の時間のずれがあっても、迷惑を掛けることはありません。しかし、地下鉄は順調で、時間ぴったりに空港へ到着しました。早速、いつもの北カウンターでサインをしてチケットを受け取りました。
<名古屋出発、ソウル乗換え>
平日なので、空港は空いていました。しかし、高校生と見られる団体客が集まってきたましら、途端に出発ロビーは賑やかになりました。先生の統率も感じられない、あまり躾のよさそうでなかったこの団体は、ソウルまで、同じKE752便に乗り合わせました。
KE752便は、予定通りの時間に名古屋空港を飛び立ちました。その高校生の団体は、飛行機が飛び立った後でも、機内で騒がしく、閉口しました。まるでジェットコースターに乗ったような騒ぎ方でした。
それでも、ソウルまでの空の旅順調でした。ソウル、インチョン国際空港での乗換時間は2時間ほどありました。トランジットの検査を受け、昇りのエスカレータで出発ロビーに出ました。ショッピング街を覗いたり、軽食を摂って時間を過ごしました。
<シベリア上空経由、パリ着>
日本からヨーロッパへの航路は、シベリア上空経由が標準になっているのでしょうか、今回もこのコースでした。もう少し飛行経路を細かく説明しておきます。インチョン国際空港から西へ向い、十分に半島を離れたところで北に進路を変えました。天津(テンシン)上空を経由して北上し、北京方向へ向かいました。 そのまま、やや進路を西に向け、モンゴルの首都、ウランバートル方面からロシア、シベリア地区に入りました。ロシア領内を通り過ぎる頃は、仮眠時間でした。これは後で、モニター画面表示で飛行経路を確認出来ました。
シベリア上空を長い時間飛んだ後、モスクワのかなり南を通過し、ウラル山脈を越えて北ヨーロッパに入りました。画面に表示された地名には、よく見聞きする、北ヨーロッパの首都や大都市がありました。英語とハングル表記に交互に変わる画面を見ながら、パリに近づくのを待ちました。ソウルを出発して12時間近く、ようやくパリの北郊外のシャルル・ドゴール空港に無事着陸しました。
入国審査の列は短かった。しかし、たまたま並んだ列にアラビア系のグループがいて、審査官が別の人を呼んで相談を始めましたので、その列を諦め、隣の列に並び直しました。そちらの列の進み具合は順調でした。質問事項も無く、簡単に手続きが完了しました。先ほどのアラビア人グループも、どうやら入国審査を終えたようでした。
<HISの現地ガイドさん>
手荷物以外に預けた荷物がありませんので、その後の手続きも簡単でした。それで、ゲートを過ぎた後、出迎えコーナーでHI*からの出迎えのガイドさんを探しました。日本を出発する時に貰った、目印の赤い色のボールペンを胸のポケット指しておきました。そのガイドさんとも、すぐに落ち合えました。
現地ガイドさんは、
「18時25分到着予定時間より30分ほど早かったので、まだ、会社の車も到着していません。もう一組、みえますので、付近で暫く待ってください」
と、伝えられました。この時、すぐ近くに両替店の赤い看板が目に入ったので
「そこで両替してきます」
と、ガイドさんに告げたら、
「ホテルの方が、率がいいので、両替される場合も最小限にした方がいいです」
とアドバイスされました。それで、1万円程度、両替しておこうかと、かなり迷ったものの、結局すべてホテルで両替することに決めました。このことで、後で苦労することになりました。
この現地ガイドさん、
「フランスでの仕事が6年目になりました」
との話しでした。15分ほど待ったら、私と同世代のカップルが大きな荷物を持ってゲートから出てこられました。この方達もフリー旅行を選択されていましたので、旅慣れされているようでした。ヨーロッパもかなりの回数、旅行されているお話でした。今回は、オペラ観劇を一番の楽しみにされているとも話されていました。
まだ迎えのバスは到着していませんでしたから、到着ロビーの一角の椅子で、必要な資料を受け取り、説明を受けました。この時に受け取った地下鉄回数券が、この後大いに役に立ちました。
10分程経ったら、迎えのマイクロバスがやって来ました。飛行便の到着時間に合わせた時間でした。空港からは17番街にある、私が泊るホテルに先に送ってもらいました。この方が順路のようです。
バスは1時間とはかかりませんでしたが、そのバスの中で、ガイドさんと色々情報交換をしました。
「アジアでは韓国の『冬のソナタ』がブームになっていますが、こちらではどうですか?」
との質問では、
「私は映画ファンなので、色々と見ていますが、こちらでは『冬のソナタ』の話題はまだ聞いていません」
との返事でした。
「テレビドラマなので、こちらには紹介されていないのでしょう」
が結論になりました。
ガイドさんからは、スリ被害などにも会わないよう、色々とアドバイスを受けました。
「自分で車を運転されることもありますか?」
との質問には、
「凱旋門付近で、6列ぐらいに並んで車が走るのを見たら、とても自分で運転する気は無くなりました」
と話してくれました。また、
「パリは駐車場が少ないので大変です。バンパーで前後の車を押して駐車したり、発車するのは当たり前です」
とも聞きました。どうやらイタリアのローマなどと事情が同じようです。
バスが着いたのは、かなり大きいホテルの前でした。私は、フランス語が全く出来ないことを、ガイドさんからフロントの係りの方に説明してもらい、チェックインの手続きを手伝って貰いました。
英語も交えて説明を受け、鍵代わりのITカードと朝食のミールクーポンを受け取りました。HISのガイドさんはエレベーターまで案内しようとされたが、
「バスで待ってみえますから、ここで結構です」
とお断りして、お別れしました。
<両替>
空港で1万円でもユーロに両替しておけば、この日、苦労することは、ありませんでした。しかし、結果論です。部屋に荷物を置き、シャワーを浴びて食事に出ようとし、フロントで両替を頼みました。
ところが、
「このホテルでは両替は全くやっていません」
と、断られてしまいました。部屋に戻って資料を確認しましたら、ホテルの説明のところで、両替の項目に「×」が打ってありました。ホテルの大きな構えで、油断したのがいけませんでした。
それで、何とか両替店を探そうと、この晩努力しました。無一文で、頼りは地下鉄の回数券10枚だけです。ホテルで両替が出来ないことが分かったのが、夜の9時半頃でした。
まず、最初に考えたのが大きなホテルでの両替です。地図で付近の大きな町を探しますと「サン・ラザール」駅が見付かりました。地下鉄で4つ目の駅です。地図を見ると、近くに三越デパートなどがありました。予想した通り、駅から歩いて10分以内のところに、5つ星クラスの大きなホテルが見付かりました。雨が降り続いていましたが、弱い雨でした。
そのホテルには、ボーイさんが何人かドア付近に屯しており、軽く会釈してドアを入ると、右手に大きなデスクの案内がありました。ホテルとは別のレストランなどの案内も兼ねているようでした。そこで、年配の受付の方に
「日本円を両替したいのですが」
と訪ねましたら、幸い英語が通じて
「ホテルのフロントで受付ています」
とその方角を指差してくれました。ホテルのフロントには3人のまだ若い方が詰めていました。
「日本円をユーロに両替したいのですが?」
と訪ねると、幸い英語が通じました。3万円を渡そうとしましたら、
「2万円までにしてください」
と言われ、
「ユーロは左横のカウンターで出します」
と、案内されました。ここでサインをして簡単な書類を差し出すと、
「部屋番号を記入してください」
と差し戻されました。
「私は近くの小さなホテルに泊っていて、ここには泊っていません」
と、答えますと
「部屋番号を記入してください」
の一点張りでした。それで、このホテルでの両替は諦めることにしました。一旦は両替できそうだったので、できないとわかった時には、少なからずがっかりしました。適当な部屋番号を言っても、多分同じ結果になったに違いありません。
次の頼みの綱が、サン・ラザール駅の案内所でした。駅の両替所は閉まっていましたが、案内所だけは開いていて、4人の男性の方が詰めていました。
「日本円をユーロに両替したいんですが、近くに店はありませんか?」
と訪ねますと「円?」と聞き直しながら、4人で顔を見合わせた後、
「シャンゼリゼ大通りならやっているかも知れない」
と教えてくれました。ここでも何とか英語が通じました。気を取り直して、また地下鉄に乗って、1号線との交差点駅シャンゼリゼ・クレマンソー駅で降りました。
ここから西に歩けばシャンゼリゼ大通りです。その向こうには凱旋門が小さく見えていました。しかし、23時を大分回り、雨も強くなりましたので、今日は諦めることにしました。地下鉄の終了時間を過ぎれば、タクシー代も無いので、本当のトラブルになってしまうからでした。人通りも全くといってよいほどありませんでした。
<早速役に立ったオールドパー>
海外旅行の時に例外なく旅の友となるのがスコッチウイスキー、オールドパーです。今回も名古屋空港で1本手に入れておきました。これが、早速役に立ちました。3時間ほど両替場所を探して頑張ってみましたが、結局駄目でした。小銭もないので、この晩は自動販売機もコンビニも利用できませんでした。
手元にあったのは、このオールドパーと、機内で偶然残しておいたピーナツ、それと部屋にあった茶菓子だけでした。生水は怖いので、部屋にあった電気ポットを使って、まず水を沸かしました。
沸かした後で、少し冷まして、ホットウイスキーにしました。本当は、冷たいミネラルウォーターが欲しかったのですが、部屋には冷蔵庫も無かったし、ホテル内に自販機があっても、肝心のコインが全くありません。
それでも、無いよりは随分ましで、テレビを見ながら明日の作戦を考えました。そんなことで、益々、オールドパーが好きになりました。旅の友から1ランクか2ランク上がって、私の「戦友」になりました。
ホテルの部屋で
パリの夜は更ゆき一人飲む酒はオールドパーなる旅の戦友
長旅の疲を忘れパリの街空から眺めんシャガールのごと
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
-
2004年、6月22日の火曜日、初めてのフランス旅行に出かけました。平日なので、名古屋空港も空いていました。
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チケットを頼んだのは今池のHI*さんの営業所です。このところよく利用させて戴いています。基本的にはオールフリータイム旅行です。
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利用した航空会社は大韓航空です。スカイパスのマイレージを増やすのが楽しみです。ソウル乗換えシベリア上空経由の飛行経路でした。
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平日なので、一般客は少なく、ソウルまでは高校生の団体客が乗り合わせました。少し機体が傾いでも、黄色い声が上がりました。
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既に梅雨入りしていましが、天候は上々です。本当は留守の間の蘭のために、曇りか雨のほうが都合がよいのですが。
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この案内ボードは既に韓国、インチョン国際空港のものです。乗継ぎの手続きを終えた後、時刻は11時37分を指していました。
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一人旅で、添乗員の方は勿論いませんので、自由に行動できました。乗継ぎのため、この店の中間のエスカーレータで登ってきました。
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日本を出発する時、フランス行きの大韓航空機の搭乗ゲートは未だ決まっていません。それで、この付近で案内ボードを確認しました。
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乗継に2時間以上あり、中々案内ボードにフランス行きのKE901便の表示は出ませんでした。それで、KALカウンターで確認しました。
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日本だけでなく、アジアの国で冬ソナブームが湧き上がっていました。その主人公のヨン様の等身大パネルです。
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GMと韓国のデーウー(大宇)自動車の技術提携の成果と思われるスポーツカーです。空港ロビーの一番目立つ場所での展示です。
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大分前、韓国の車は日産や三菱、ホンダにデザインが似ていると言われました。これからは様相が変わってくるのでは、と思います。
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スポーツカーのほかにも何台か展示がありました。これはセダンの展示品です。欧米からの観光客も熱心に見入っていました。
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12時間の長い空の旅はすべて端折って、これは既にフランスのシャルルドゴール空港到着の写真です。世界各国からの到着便です。
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こちらの電光表示板には、今搭乗してきたKE901便が表示されていました。18時25分は当初の予定時刻です。30分程早く着きました。
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「Change」とオレンジの表示があるのは両替の英語表示です。最初ここで両替しようとして、ガイドさんのアドバイスで止めました。
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初めてのフランスなので、とりあえず何でもカメラを向けました。これはホテルへ向かう途中の高速道路付近の写真です。
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欧州でのワールドサッカーの会場になった建物のようです。現在は総合競技場に様変わりしています。
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のっぽビルの屋上には大きな企業看板が目立ちました。右が韓国のサムスン(三星)、左が日本のキャノン、何れも著名な世界企業です。
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黄色い構造物は軌道式のクレーンです。地上に並べられているのはコンテナ、鉄道と直結したコンテナ集積場のようでした。
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赤い「JVC」の宣伝看板がビルの上に見えま。その下にオーデオ、ビデオなどの英文字も見えます。日本ビクターの略字、宣伝ロゴです。
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この旅行中、ずっとお世話になったホテルの部屋です。初日に両替が出来なくて苦労しましたが、それ以外は全く問題がありませんでした。
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地下鉄駅から近く、その点では便利なホテルでした。TVは、部屋の一番高いところにセットしてありました。窓側の光景です。
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