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トルコを旅して            悠遊人<br />    <br /> トルコ航空の後援で、イスタンブール/トロイ/ペルガモン/イズミール/エフェソス/パムッカレ/カッパドキアを駆け足で廻りました。<br />朝は毎日5〜6時に起き夕8時の到着の繰り返し,行程はきつかったけど楽しい毎日でした。<br /> 以下はその内容と考察です。<br /><br />8/15(日)13:10発TK1023にて成田出発20:00イスタンブール着 13時間は思ったより遠い。(時差6時間)<br /> まずビックリしたこと、それは現地通貨のトルコリラ(TL)である。<br /> 200USドルを両替したらで500万TL札がドッサリ、100万TLは2USドル以下でしかないのである。   <br /> Aziyade hotel(4星):7階レストランからマルマラ海やトプカプ宮殿が見えロケーションはいい。<br /> それにしてもトルコの電源のスイッチは大きい。大きすぎてどこにあるか分からない。<br /><br />8/16(月)9:00発イスタンブール市内観光<br /> ブルーモスク:6本のミナレット(塔)が王の偉大さを物語る。<br /> トプカプ宮殿:ここの財宝は99年間のトルコの国家財政を賄うとか。それにしてはいかにも緩い警備体制。<br /> 午後バスで一路南下し、ダーダネルス海峡をフェリーで渡る。(行程約5時間)<br />     泊:チャナッカレ Akol hotel<br /><br />8/17(火)朝3時頃、地震で起こされる。かのトルコ大地震である。さすが不安で久しぶりに神様に祈ってしまった−助けてくれ!と。幸い、ここは震源地から250KMほど西に離れてしまったが、1日ずれていたらもっと肝を潰したに違いない。なにせこの国は一般の建物はレンガを積み重ねただけで5階以上の建物を造っているのだから。<br />トロイ、ペルガモンを経てトルコ第3の街イズミールへ、アレキサンダー大王が夢のお告げで創った街<br /> 今日の行程約4時間、(泊)Gaziler hotel<br />このホテルからの旧市街の夜景、これはトプカプ宮殿の宝石よりずっときれいだった。半月を置いたような小高い山を埋め尽くした民家から放たれる青、赤、黄、緑の光はまるで宝石箱。しかしトルコには何といっても青が一番よく似合う。<br /><br />8/18(水)地震の概要がだんだんと伝わってくる。それは同行者へ日本からFAXが入ってくるからだ。<br /> 以後毎日悲惨になっていくニュースを聞くことになる。<br />今日はエフェソスからパムッカレに向かう。<br />エフェソス:この遺跡は大きさといい、復旧度といい、見応えはヘレニズム最大のものか?<br />買春宿の方向を示す足の裏が道路の石に彫ってありました。<br />           <br /> アルテミス神殿(大理石で創られた最初の神殿)に一本だけ残った柱とその柱の上に巣作りした水鳥<br />聖母マリア教会<br />この街も海面の後退で衰退していったと思われる。昼食後パムッカレへ<br />沿道にはオリーブといちぢく、ポプラ、以外と多い松の木。そして山羊の群。<br /> 禿山のようで禿げ山でない地中海沿岸の岩山。一本の木には一定のテリトリーがあり、そこには一本の木しか生えていない。オリーブの裏返したようなあの葉の色はあまりに強すぎる日差しへの抵抗か。 <br /> パムッカレ:今回最も期待した石灰棚、各地の鍾乳洞やアフガニスタンで見た石灰の河床棚、(10/06参照)とどう違うのか。残念ながら大いに期待はずれ。管理の悪さからズタズタといっていい状態。お湯は流れていない(一定の時間しか流さない)し、棚は多くが壊されている。<br />こんな貴重なものを,なんてことしたんだ。馬鹿野郎!<br />水着で泳ぐなんてとんでもない。<br /> 今日の行程4時間、夕食前にホテルのプールで泳ぐ事が出来た−気持ちイイ−<br />     (泊)Richmond hotel<br /> 今日で旅も半分経過、旅は半分過ぎると残りはアッと言う間に終わる。人間の一生とよく似ている。 <br />  <br />8/19(木)今日はコンヤからカッパドキアへ <br /> 植生が変わってきた。オリーブからポプラ、葡萄、とうもろこしへ。<br /> このあたりの豊富な地下水を汲み上げ散布しているので、山は禿げ山だが、平地は緑が豊か。<br /> コンヤ:セルジュク時代のシルクロードの終点。メブラーナ教団で知られる。踊る宗教団体。<br /> この教えは「あなたが外から見えるのとおなじようになるか、または内面と同じように見えるようになるか、どちらかになりなさい」同じイスラムでも恵まれた地域ならではの緩い戒律と考え方<br /> ここは革製品が有名でデザインはイタリア風、色彩も豊か ファッションショーを見て気にに入ったものを探す。<br /> 昼食後シルクロードを通りカッパドキアへ<br />道は車が少ない。トラックは目立つが乗用車はほとんど見かけない。<br />これは、トルコ人はまず家を建ててからでないと車は買わないから。<br />     <br /> カッパドキア:この日はウチヒサールと、台地に登っては落日にワインで乾杯!<br />今日の行程8時間半−疲れました。(泊)Festival Kapadokya <br /><br />8/20(金)ギョレメ野外博物館や地下80Mのカイマクル地下都市 <br /> このあたりは比較的新しい凝灰岩と砂岩から成っている非常に柔らかい地層である。<br />簡単に掘り崩せ、家として住んでいた。地層はほぼ水平なので、堅い砂岩層を屋根や床とし、柔らかい凝灰岩層を掘り崩せば簡単に家が出来てしまうのです。<br /><br /> 地下都市はなんと涼しいこと。最初はクーラーがあるものと思いました。冬は非常に暖かいそうです。<br /> ここはキリスト教徒が回教徒を避け、住んでいた所。午後からトウズ湖(2番目の大きさの塩湖だが深さは2M程しかない)を経て首都アンカラに向かう。<br /> 夕方便はまだ地震の影響からか、<br />1時間以上遅れ、懐かしのイッスタンブールへ<br /> 1泊目と同じホテルに着いたのは0時を廻っていました。アンカラまでの行程4時間半<br /><br />8/21(土)今日はグランバザールで買い物とボスポラスクルーズグランバザールはゆっくり値切っている時間も無く、気のいい店のおじさんから刺繍入りのシャツを値切り取ったようになり、申し訳ありませんでした。(もっともあとで大きすぎたことに気付くのですが)<br /> そして最後のボスポラスクルーズへ、100人以上は乗れるでしょうか。<br />みんなでオープンデッキに座り、ブルーモスクやトプカプ宮殿を海から眺め、ビールやRAKI酒(水で50:50で割ると白く濁る)で乾杯。<br /> 海峡大橋(第一、第二)をくぐり、黒海の手前でトルコ最後の昼食をとる。<br /> 夕TK151便にて成田に向かう。<br /><br />8/22(日)10:45成田着<br /> 今回もいい旅ができました。感謝!25日から中国は桂林とシルクロード東の玄関/西安に向かいます。<br /><br />考察1.シルクロードの西の端になりますが、新彊(中国西部)や中近東と比べ、気候条件ははるかに恵まれている。特にその豊富な地下水(地下水脈となって流れる石灰岩層の存在)<br />そのせいか、回教国ながらはるかに緩い戒律。<br /> 2.ヘレニズム以降の数々の遺跡が存在するが、思ったより少ない全盛時ローマの遺跡。それにしてもなんという発掘・復元の遅さ<br /> 3.地中海の存在なしでは考えられない数々の文明地中海が無かったらこの地域は砂漠化しただろうし、ボスポラス、ダーダネルス、ジブラルタル海峡がなかったらカスピ海(海抜-100m)か死海、あるいはタクラマカン砂漠のようになっているだろう。地図上でみればこの広大な海に流れ込む河川は、ナイル、ポー、ローヌぐらいしか無いのであり、アルプスを除けば周りはすべて砂漠である。<br /> なおボスポラス、ダーダネルスの成因はこの地域の隆起に勝った海流の浸食作用と考えられる。でなければこれほど細くて長い海峡の存在は考えられない。いわゆる「先行河川」の海版である。<br /> 4.都市(文明)の衰退は、気候条件の変化(乾燥・砂漠化)に加え海岸線の後退土地の隆起か海水そのものの減少)が考えられる。<br /> 5.2泊目の深夜3時頃、チャナッカレで地震に遭遇、長い初期微動(遠隔地ということ)とそれにしては大きな揺れから、大地震の予感がしました。バスから建築中の建物が見えるのですが、鉄骨など使わず、細い鉄筋とコンクリートのか細い柱と壁ブロックだけで次々と五階以上の建物が造られているのです。大災害になってしまいました。<br />  6.食事は誰にも食べやすいが、これぞトルコ料理といったものはカバブを除き食べませんでした。<br /> 7.土産の買い物には、米1$札は必需<br /> 8.とても親日的なトルコ、遠くて近いトルコ、もっと我々から近づいてみませんか。 <br />      <br />        

トルコを旅して

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1998/08/15 - 1998/08/29

10572位(同エリア10888件中)

旅行記グループ アジア

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悠遊人(ゆうゆうじん)

悠遊人(ゆうゆうじん)さん

トルコを旅して            悠遊人
    
 トルコ航空の後援で、イスタンブール/トロイ/ペルガモン/イズミール/エフェソス/パムッカレ/カッパドキアを駆け足で廻りました。
朝は毎日5〜6時に起き夕8時の到着の繰り返し,行程はきつかったけど楽しい毎日でした。
 以下はその内容と考察です。

8/15(日)13:10発TK1023にて成田出発20:00イスタンブール着 13時間は思ったより遠い。(時差6時間)
 まずビックリしたこと、それは現地通貨のトルコリラ(TL)である。
 200USドルを両替したらで500万TL札がドッサリ、100万TLは2USドル以下でしかないのである。   
 Aziyade hotel(4星):7階レストランからマルマラ海やトプカプ宮殿が見えロケーションはいい。
 それにしてもトルコの電源のスイッチは大きい。大きすぎてどこにあるか分からない。

8/16(月)9:00発イスタンブール市内観光
 ブルーモスク:6本のミナレット(塔)が王の偉大さを物語る。
 トプカプ宮殿:ここの財宝は99年間のトルコの国家財政を賄うとか。それにしてはいかにも緩い警備体制。
 午後バスで一路南下し、ダーダネルス海峡をフェリーで渡る。(行程約5時間)
     泊:チャナッカレ Akol hotel

8/17(火)朝3時頃、地震で起こされる。かのトルコ大地震である。さすが不安で久しぶりに神様に祈ってしまった−助けてくれ!と。幸い、ここは震源地から250KMほど西に離れてしまったが、1日ずれていたらもっと肝を潰したに違いない。なにせこの国は一般の建物はレンガを積み重ねただけで5階以上の建物を造っているのだから。
トロイ、ペルガモンを経てトルコ第3の街イズミールへ、アレキサンダー大王が夢のお告げで創った街
 今日の行程約4時間、(泊)Gaziler hotel
このホテルからの旧市街の夜景、これはトプカプ宮殿の宝石よりずっときれいだった。半月を置いたような小高い山を埋め尽くした民家から放たれる青、赤、黄、緑の光はまるで宝石箱。しかしトルコには何といっても青が一番よく似合う。

8/18(水)地震の概要がだんだんと伝わってくる。それは同行者へ日本からFAXが入ってくるからだ。
 以後毎日悲惨になっていくニュースを聞くことになる。
今日はエフェソスからパムッカレに向かう。
エフェソス:この遺跡は大きさといい、復旧度といい、見応えはヘレニズム最大のものか?
買春宿の方向を示す足の裏が道路の石に彫ってありました。
           
 アルテミス神殿(大理石で創られた最初の神殿)に一本だけ残った柱とその柱の上に巣作りした水鳥
聖母マリア教会
この街も海面の後退で衰退していったと思われる。昼食後パムッカレへ
沿道にはオリーブといちぢく、ポプラ、以外と多い松の木。そして山羊の群。
 禿山のようで禿げ山でない地中海沿岸の岩山。一本の木には一定のテリトリーがあり、そこには一本の木しか生えていない。オリーブの裏返したようなあの葉の色はあまりに強すぎる日差しへの抵抗か。 
 パムッカレ:今回最も期待した石灰棚、各地の鍾乳洞やアフガニスタンで見た石灰の河床棚、(10/06参照)とどう違うのか。残念ながら大いに期待はずれ。管理の悪さからズタズタといっていい状態。お湯は流れていない(一定の時間しか流さない)し、棚は多くが壊されている。
こんな貴重なものを,なんてことしたんだ。馬鹿野郎!
水着で泳ぐなんてとんでもない。
 今日の行程4時間、夕食前にホテルのプールで泳ぐ事が出来た−気持ちイイ−
     (泊)Richmond hotel
 今日で旅も半分経過、旅は半分過ぎると残りはアッと言う間に終わる。人間の一生とよく似ている。 
  
8/19(木)今日はコンヤからカッパドキアへ 
 植生が変わってきた。オリーブからポプラ、葡萄、とうもろこしへ。
 このあたりの豊富な地下水を汲み上げ散布しているので、山は禿げ山だが、平地は緑が豊か。
 コンヤ:セルジュク時代のシルクロードの終点。メブラーナ教団で知られる。踊る宗教団体。
 この教えは「あなたが外から見えるのとおなじようになるか、または内面と同じように見えるようになるか、どちらかになりなさい」同じイスラムでも恵まれた地域ならではの緩い戒律と考え方
 ここは革製品が有名でデザインはイタリア風、色彩も豊か ファッションショーを見て気にに入ったものを探す。
 昼食後シルクロードを通りカッパドキアへ
道は車が少ない。トラックは目立つが乗用車はほとんど見かけない。
これは、トルコ人はまず家を建ててからでないと車は買わないから。
     
 カッパドキア:この日はウチヒサールと、台地に登っては落日にワインで乾杯!
今日の行程8時間半−疲れました。(泊)Festival Kapadokya 

8/20(金)ギョレメ野外博物館や地下80Mのカイマクル地下都市 
 このあたりは比較的新しい凝灰岩と砂岩から成っている非常に柔らかい地層である。
簡単に掘り崩せ、家として住んでいた。地層はほぼ水平なので、堅い砂岩層を屋根や床とし、柔らかい凝灰岩層を掘り崩せば簡単に家が出来てしまうのです。

 地下都市はなんと涼しいこと。最初はクーラーがあるものと思いました。冬は非常に暖かいそうです。
 ここはキリスト教徒が回教徒を避け、住んでいた所。午後からトウズ湖(2番目の大きさの塩湖だが深さは2M程しかない)を経て首都アンカラに向かう。
 夕方便はまだ地震の影響からか、
1時間以上遅れ、懐かしのイッスタンブールへ
 1泊目と同じホテルに着いたのは0時を廻っていました。アンカラまでの行程4時間半

8/21(土)今日はグランバザールで買い物とボスポラスクルーズグランバザールはゆっくり値切っている時間も無く、気のいい店のおじさんから刺繍入りのシャツを値切り取ったようになり、申し訳ありませんでした。(もっともあとで大きすぎたことに気付くのですが)
 そして最後のボスポラスクルーズへ、100人以上は乗れるでしょうか。
みんなでオープンデッキに座り、ブルーモスクやトプカプ宮殿を海から眺め、ビールやRAKI酒(水で50:50で割ると白く濁る)で乾杯。
 海峡大橋(第一、第二)をくぐり、黒海の手前でトルコ最後の昼食をとる。
 夕TK151便にて成田に向かう。

8/22(日)10:45成田着
 今回もいい旅ができました。感謝!25日から中国は桂林とシルクロード東の玄関/西安に向かいます。

考察1.シルクロードの西の端になりますが、新彊(中国西部)や中近東と比べ、気候条件ははるかに恵まれている。特にその豊富な地下水(地下水脈となって流れる石灰岩層の存在)
そのせいか、回教国ながらはるかに緩い戒律。
 2.ヘレニズム以降の数々の遺跡が存在するが、思ったより少ない全盛時ローマの遺跡。それにしてもなんという発掘・復元の遅さ
 3.地中海の存在なしでは考えられない数々の文明地中海が無かったらこの地域は砂漠化しただろうし、ボスポラス、ダーダネルス、ジブラルタル海峡がなかったらカスピ海(海抜-100m)か死海、あるいはタクラマカン砂漠のようになっているだろう。地図上でみればこの広大な海に流れ込む河川は、ナイル、ポー、ローヌぐらいしか無いのであり、アルプスを除けば周りはすべて砂漠である。
 なおボスポラス、ダーダネルスの成因はこの地域の隆起に勝った海流の浸食作用と考えられる。でなければこれほど細くて長い海峡の存在は考えられない。いわゆる「先行河川」の海版である。
 4.都市(文明)の衰退は、気候条件の変化(乾燥・砂漠化)に加え海岸線の後退土地の隆起か海水そのものの減少)が考えられる。
 5.2泊目の深夜3時頃、チャナッカレで地震に遭遇、長い初期微動(遠隔地ということ)とそれにしては大きな揺れから、大地震の予感がしました。バスから建築中の建物が見えるのですが、鉄骨など使わず、細い鉄筋とコンクリートのか細い柱と壁ブロックだけで次々と五階以上の建物が造られているのです。大災害になってしまいました。
  6.食事は誰にも食べやすいが、これぞトルコ料理といったものはカバブを除き食べませんでした。
 7.土産の買い物には、米1$札は必需
 8.とても親日的なトルコ、遠くて近いトルコ、もっと我々から近づいてみませんか。 
      
        

  • エフェソスの図書館跡

    エフェソスの図書館跡

  • カッパドキア

    カッパドキア

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