kioさんへのコメント一覧(13ページ)全472件
-
おはようございます、arfaです。
kioさん、私もkioさん2世の体験をするところでした。
空港を出てジプニーでバクラランへ向かい、LRTでドロテオ・ホセからバターン・トランジットバス、ビクトリーライナーを乗継ぎオロンガポ市へ。
ホテルも取ってさぁ食事にとウェストバッグを見たらパスポートがない!
マニラでの忘れ物、落し物、盗難物、どれも出てくる可能性など0.1%未満と食事をしながら考えて翌朝、朝食後にマニラに取って返り日本大使館へ。
翌々日の日曜日の帰国という事で「帰国のための渡航書」の発行手続きを聞き、警察やインターネットカフェでE・チケットのプリント(航空券の控えが必要、でもマニラでは日本語が読めなかった。)、写真屋を急いで回って時間ぎりぎりで大使館で発行を依頼、入手してから乗ったバス会社2社や空港へ電話して、もし見つかったら現地の友人のM君への連絡を手配。
空港は土曜日のせいか電話が繋がらず日曜日に早めに行き空港で落し物センターや警察で探すことにしました。
日曜日の帰国当日朝、ホテルの電話が鳴り「パスポートを預かっているので空港に付いたら電話をしろ」との声。
謝礼は最高1万円、それ以上の要求なら「帰国のための渡航書」があるので拒否と決めて、空港で電話。なんとエアポートポリスでした。(笑;
曰く「空港の外で落ちていたのをおれが預かっていた。」謝礼1,000ペソ(2,000円)で無事、私の手元に帰ってきました。
人がよさそうなポリスでよかったです。サインも何もせずに受け取ったのがマニラ、謝礼だけ受け取り何もなかったことになるわけです。(笑;RE: おはようございます、arfaです。
こんばんわ arfaさん
arfaさんも やってしまったんですね!
> マニラでの忘れ物、落し物、盗難物、どれも出てくる可能性など0.1%未満と食事をしながら考えて翌朝、朝食後にマニラに取って返り日本大使館へ。
うんうん 0.1%未満の可能性! ほんとに そうですよねえ
たしかマカティ地区にあるビルの何階かに日本大使館の事務所が
あったんですよね。パスポート無くすと誰もが駆け込むマニラの日本大使館♪
私はその時 お金を50ペソ貸してくれた大使館の二等書記官の方の名前を
今でも覚えてますよ。
> 曰く「空港の外で落ちていたのをおれが預かっていた。」謝礼1,000ペソ(2,000円)で無事、私の手元に帰ってきました。
ひえ〜〜 今は1ペソ=2円ですか!!
1978年当時は1ペソ=30円換算でしたよん
自分は出国時、1ドル換算250円でトラベラーズチェックにしてましたから。
2500ドルのチェックを作ったのですが六十数万円かかったものです。
一年の間に1ドル180円台まで円高が進み、がっくりしたものです。
円建てで旅行小切手を作っておけばよかったと、、
> 人がよさそうなポリスでよかったです。サインも何もせずに受け取ったのがマニラ、謝礼だけ受け取り何もなかったことになるわけです。(笑;
マニラでは心身ともにほんとに鍛えられますよねえ。
それもまた楽し〜♪
2010年02月22日21時22分 返信するRE: おはようございます、arfaです。
まさか自分がこんな間抜けをやるなんて思いませんでしたが。マニラにはついつい旅行社を焦らせるオーラがあります。
一刻も早く心の休まる場所に辿り着きたいとついつい思ってしまいます。
2010年02月22日22時35分 返信するRE: RE: おはようございます、arfaです。
> まさか自分がこんな間抜けをやるなんて思いませんでしたが。マニラにはついつい旅行社を焦らせるオーラがあります。
>
> 一刻も早く心の休まる場所に辿り着きたいとついつい思ってしまいます。
うん 確かに彼の地では強烈な暑さのせいか、妙で奇天烈なオーラめいた
ものを私も感じますよ。 なんだか 二つの道が分かれていれば
不味いほうへ不味い方と突き進んでしまうような感じ 多々あり
んで arfaさん 私、 中学時代のアホな私の原点のような妙な話を
アップしたのでよかったら読んでみてください。 前編だけアップしました。2010年02月24日22時29分 返信するオニツカ・タイガー
いまやアジアの帝王と化しているarfaさん こんにちわ〜
浅草編 アホで間抜けな後編もアップしました。
見てやってください。
arfaさん 私と同世代ならアシックスの前身のオニツカ・タイガーの
バスケットシューズ、ご存知かと思いますが?虎が吼えているデザインの
バスケットシューズ、、 中学時代に超〜憧れていました。2010年02月27日13時11分 返信するRE: おはようございます、arfaです。
kioさん、こんにちわです。
浅草編、後編しました。『スタンドバイミー』もあらすじを読みました。そうですよね〜、大人に脱皮する直前のこの時期だけが持つ不思議な感情ですよね。
>私と同世代ならアシックスの前身のオニツカ・タイガーのバスケットシューズ、ご存知かと思いますが?虎が吼えているデザインのバスケットシューズ、中学時代に超〜憧れていました。
当時はスポーツ用品メーカーの商品を一般の靴メーカーが似たようなのをデザインだけ真似て販売すると言うのが多くかったですね。
私は当時人気があったオニツカ・タイガーの青いアップシューズを買ってもらえずに世界長の似た靴でした。
『SUN』は確か旭日製靴というメーカーの商品で当時安かったせいかよく売れましたね。実はこの間まで私も捨てずに持っていました。
それではまた。2010年02月27日13時40分 返信するRE: RE: おはようございます、arfaです。
arfaさん こんばんわ
やはり世代が近いと 話が通じやすいですね
> 私は当時人気があったオニツカ・タイガーの青いアップシューズを買ってもらえずに世界長の似た靴でした。
そそ 世界長というメーカーありました。ありました。
もう何十年ぶりに聞く名前・・世界長(笑)
オニツカタイガーは憧れのまま・・・
> 『SUN』は確か旭日製靴というメーカーの商品で当時安かったせいかよく売れましたね。実はこの間まで私も捨てずに持っていました。
そそ アサヒ靴で出していたんですよ。<SUN>バスケットシューズのサイドに
SUNと大きくプリントされてましたねえ。
いやあ 懐かしい、、
それにしてもarfaさんの物持ちの良さにおいらはびっくりです。
以前 埼玉のジョンレノンミュージアムに行ったとき
ジョンレノンが中学時代に通販で最初に購入したというガットギター
が展示されている事に、おいらはその物持ちの良さに魂消たものでした。
ジョンレノンもarfaさんも思い入れが有ったので処分せずに
手元に残していたのだと思います。2010年03月01日00時26分 返信するRE: おはようございます、arfaです。
kioさん、こんばんは。
>そそ アサヒ靴で出していたんですよ。<SUN>バスケットシューズのサイドにSUNと大きくプリントされてましたねえ。
いやあ 懐かしい、それにしてもarfaさんの物持ちの良さにおいらはびっくりです。
5年前位まで破れて穴だらけのその白いバスケットシューズを履いてました。さすがにかかとから雨の日に水が浸みてきて捨てたのかな?
ちょっと探してみましょうか。もう一足クリークスという黒いバスケットシューズとアディダスの黒革のショートバスケットもあります。どちらも底に穴があいてます。(笑;
今、持っている靴では穴のあいてないのはラオスで2ドルで買ったショートズックと最近のニューバランスが2足、プーマが1足ですね。
新しくてもそれほど好きでないリーボックはそろそろ引退です。2010年03月01日00時46分 返信する -
タイムトリップ
kioさん、大分出遅れてしまいましたが、久々の新作に釘付けになりました!
アメ横の、よくある光景からセビリアのある路地にタイムトリップしてしまいましたが、それがあまりにも自然で驚きました(笑
私も旅先でお金がなくなったら、インチキ漢字でひと稼ぎ出来るでしょうか!?
あの人形は、本当にヨーロッパから来ていたんですね!まずそれが驚きです。
kioさん、流行を30年先取りですね^^
読み進めればきっと仕掛けが分かるんじゃないかとドキドキしながらスクロールしましたが、残念ながら最後のyoutubeでも答えは分からずじまいでした。
買うしかないですねっ(^^!RE: タイムトリップ
ゆみナーラさん 夜分 遅くのレスです(>_<)
相も変わらずの妙な旅行記とはとても呼べないような
いつもの文章になってしまいました。(-_-;)
> 私も旅先でお金がなくなったら、インチキ漢字でひと稼ぎ出来るでしょうか!?
出来れば極太の筆ペンで恭しく漢字を書けば付加価値が?上がるかな〜と
思いますよん。勿論 漢字圏ではない欧州が良いかと、、
って ゆみナーラさん ラオスに行ってたんですねえ
私の中ではブータンと並んで極めつけの辺境の地、というイメージあり、、
ゆみナーラさん 出掛ける地がどんどん辺境の地にシフトしていってる
ような感じを持っています(^○^)
> 読み進めればきっと仕掛けが分かるんじゃないかとドキドキしながらスクロールしましたが、残念ながら最後のyoutubeでも答えは分からずじまいでした。
> 買うしかないですねっ(^^!
買ってください 買ってください(笑) んで ガックリしてくだせえ〜〜
買うと云えば、、 私、 例によって一編の妙な話を今月中にも
アップしようと目論んでいます。。買うにまつわる 本当に間抜けな
中学の頃のお馬鹿体験記です。タイトルだけ出来てるんです(^.^)
題して <kio版スタンド・バイ・ミー・浅草編> ♪
プロットはもう頭の中で出来ているんです。記憶をもう少し蘇らせ
細かいディテールを肉付けしていけば完成する?かな??
乞うご期待?
投票も頂きありがとうございます。
2010年02月15日01時32分 返信するタイムトリップというか さらにタイムスリップというか〜(+_+)
> kio少年の <kio版スタンド・バイ・ミー・浅草編>
>
>
> 楽しみでーす^^
>
>
> 待ってますよ〜^^
買うにまつわるお馬鹿話 前編だけアップしました。
やはり馬鹿話の王道を行くような話の展開です。2010年02月24日22時41分 返信する -
お久振りで〜す。
KIOさんお久振りで〜す、JOSANです。
欧州の大道芸は色々有りますが、この手の騙しは珍しいですね、マジックと言う騙しの世界を売り物にして、欧州で300年も続いているとは驚きですね。(マジ)
その大道芸が日本に有る事にも驚きました、簡単な種明かしが出来てもその魅力が300年も続いて居るのが面白いです。(笑)
KIOさん、相変わらず私のブログはタイの田舎の話ばかりですみません。(涙)
KIOさん、年に1作では無く沢山UPして下さい、お待ちしています。
ウドンよりJOSAN。RE: お久振りで〜す。
josan こんばんわ
お元気そうで何よりです。
きっと 心身ともにタイ色に染まった、ゆったりとしたスローライフな
日々をお過ごしになられているかと察します。
かなり羨ましく感じますよん。
彼の地で伴侶を娶り、可愛い娘さんにも恵まれ
日本とは文化も生活習慣も異なる日々の暮らしの中でも
試行錯誤しながらも充分にタイでの生活をエンジョイされている様子が
josanのブログからも読み取れます。
市井の人々に溶け込んだ定点観測なタイ・レポートは
とても興味をそそるものです。
私は娘さんの幼稚園入園のくだりのレポートをとても
興味深く読ませて貰いました。
今後も期待しています。
2010年02月03日21時12分 返信する -
ピエロの紙人形
Kioさん
一年ぶりの新作、楽しく拝見しました。
毎回思うのですがユーモアたっぷりで切れ味の良いわかりやすい語りくちで、どんどん読者を引き込んでゆく文章にまた感心しました。
上野のアメ横の路上販売で見つけられたピエロの紙人形の不思議な動きに見とれられたことも、500円なら買うのにと思われたことも、30年前にセビリアのフェリアで見つけられて500円で買ってしまわれた状況の再現だったのですね。
Kioさんの好奇心も不思議なのものに感動される純粋さも30年前と少しも変わっておられないことを実感され愕然とされたより喜ばれた様子が伝わってきます。
you tubeで拝見したピエロの紙人形、どこかのお祭りで見た記憶があり、私も不思議に思いましたが手品の仕掛けがあるのだろう、と思っただけでKioさんのように仕掛けを解明してやろう、との探求心はありませんでした。
でも旅をしながら3−40年前に持っていた若者の好奇心や無鉄砲さが今も変わっていないことに気づいて嬉しくなるのは同世代の人たちに共通しているのではないでしょうか。私も旅をするときは気持ちが少年になってしまい、同じ失敗を繰り返し、少しも成長していないなあ、と思いながらも気ばかり若いことに喜んでいます。
Kioさんもお元気で今年もいい1年になさってください。
RE: ピエロの紙人形
さすらいおじさん殿 おひさしぶりです。
> 一年ぶりの新作、楽しく拝見しました。
> 毎回思うのですがユーモアたっぷりで切れ味の良いわかりやすい語りくちで、どんどん読者を引き込んでゆく文章にまた感心しました。
新作 読んで頂きありがとうございます。
文中にも書きましたが30年経とうとも、思考回路、行動パターン、
餓鬼のまんま、、という感じで正直、情けなくなります。
多分、 私は10歳の時も同じ思考回路、行動パターンだったと
思いますよん。(-_-メ)
私は昔から好奇心の塊のようなところもありましたから
何にでも首を突っ込んで、ゆえに長い旅のなかでも頻繁に
妙な出来事や事件とやたらに遭遇し、数十年後に
旅行記のネタになるような事も書けたのかなと思ったりします。
子供の頃、<兼高かおる・世界の旅>という番組が日曜の午前中に有ったのを
記憶しています。子供心に旅しながら、それが仕事になるって いいな〜〜と
思ったものです。
なんだか 色々と取り留めの無いレスになっていないレスを
さすらいおじさん殿に返してしまいました。
では では〜〜
2010年02月03日21時33分 返信する -
松の内のうちに
新年、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。(*゚ー゚*)
アメ横ガード下のあの薄暗い細い通路、ごちゃごちゃと雑多な商品が並ぶ店先…。
今はあの頃のおどろおどろしさが薄れてしまいましたが、最近行ってきた香港でも、ちょっと前までこういう怪しげな小路がたくさんありました。
こういう場所には何か一種の魔界的小宇宙があるような。
ジョニー君もそういう世界の産物なのかも。( *^皿^)
で、時と場所変えて再生し、kioさんとの再会を果たした。…なんて言ったら今時の映画みたい。
ひょっとしてkioさん以外にも、「俺は(私は)どこそこで○年にもあいつに会った!」なんて人がいるかもですね。( *^皿^)
ちょっとスリリング。
不思議味の旅行記、これからも期待してます。v(`ゝω・´)☆
アメ横・ジョニ−
surshanghaiさん
書き込み・投票ありがとうございます。
> 今はあの頃のおどろおどろしさが薄れてしまいましたが、最近行ってきた香港でも、ちょっと前までこういう怪しげな小路がたくさんありました。
> こういう場所には何か一種の魔界的小宇宙があるような。
うんうん 昔はもっとレトロで妖しげというか怪しげといったほうがいいのか
surshanghaiさんの仰るとおり、<魔界的小宇宙>テイスト、確かにありましたね
今でも間違いなくそのエリアだけanother worldの雰囲気で別世界の
小宇宙空間そのものですよね。 でもそんなアメ横 好きですよん。
> ジョニー君もそういう世界の産物なのかも。( *^皿^)
> で、時と場所変えて再生し、kioさんとの再会を果たした。…なんて言ったら今時の映画みたい。
そう考えると、ジョニ−君と三十年ぶりに再会するのにとても相応しい
場所だったんだなあ と surshanghaiさんの書き込みを読んで改めて
感じましたよ。
> 不思議味の旅行記、これからも期待してます。v(`ゝω・´)☆
今年は一ヶ月に一編くらいのペースで旅行記UPできればいいけど、
やっぱ無理か〜(@_@)
2010年01月09日01時10分 返信する -
私もひっかかりそう
kioさん、こんばんは
さっそくお邪魔しました。
コクリコさんたちと鎌倉に行った時に、土産物屋の店先の「声をかけるとご返事しますの鳥」に夢中になって声をかけた唐辛子婆です。
きっと私もひっかかっていたに違いない(笑)
>半円を描くように人形を中心に二メートル位に白い紙が路上に点々と
>貼ってある。その紙の内側には入らないようにと時折、売人のお兄さんは
>叫ぶ。
きっとここにカラクリがあったんでしょうね。
見えない糸か電波?
おまわりさんまでだまされて買っちゃたんですね。
好奇心を持ち続けるのは楽しいことだけど、この先のことを考えるとそら恐ろしくなったりして。
「電子レンジでもギョーザに焦げ目がつくお鍋」をテレビの通販の宣伝にのせられて買ってしまった苦い経験はつい先日のこと。
めったにモノを買わないので、買い物免疫力がないのだということを痛感しました。
kioさんも唐辛子婆も悪徳業者から80万円の布団買ったりしないように気をつけなくちゃね(^^)
〜唐辛子婆〜
RE: 私もひっかかりそう
唐辛子婆様 謹賀新年です。
今年も宜しく! です。
あのマジックジョニ−は欧州の路上販売では300年の
歴史があるそうな、、何かでみました。
300年前と言えば、江戸時代ですよ。数年前に確か 赤穂義士の300年蔡が
あったばかりですから、そのころから連綿と続く歴史の中で
マジックジョニ−は踊り続けたんでしょうね。
まあ 騙すよりは騙された方がいいかなと思うおいらです。 負け惜しみ?(^_^メ)
投票まで頂きありがとうございます。2010年01月05日21時58分 返信するRE: RE: 私もひっかかりそう
> あのマジックジョニ−は欧州の路上販売では300年の
> 歴史があるそうな
300年とな!!\(◎o◎)/
それにしては紙ッペラのチンケなジョニーぢゃのう。
江戸時代から連綿と続いてたなんていうと高貴なカラクリ人形なぞ
想像してしまいません?
さういへば赤穂浪士の法要以来、江戸物・現代物を書いていらっしゃいませんね。
そろそろkio文学の復活を期待してまする。
〜唐辛子婆〜2010年01月05日23時31分 返信するごめんなさい
マジックジョニ−さま
チンケなジョニーなんていってごめんなさい。
そんな昔からだったら電波のチカラじゃありませんね。
300年たっても破られないだましのテクニック、すんごいです(*^.^*)
〜唐獅子婆〜2010年01月06日16時04分 返信する -
あけましておめでとうございます。
ご無沙汰しております、arfaです。
1年ぶりの新作も読みごたえがありました。是非、1年と云わず思い出してください。
私はというと一昨年、体調を崩して以来なかなか旅の再開に踏みきれませんでしたが、昨年9月に行った南インドで旅を出来ることを再確認でき嬉しくてつい後2回も行っちゃいました。
今年も宜しくお願い申し上げます。2010年01月04日13時49分返信するRE: あけましておめでとうございます。
arfaさん こんばんわ〜
お久しぶりです。 元気にまた旅に出られるようになって本当によかった。
今 arfaさんの掲示板を見ていたら がまだすおいちゃんとチエンマイで
邂逅できたのですか? あのがまだすおいちゃん、、老いてますます盛んって
なんの事か判りませんが(^○^) 神出鬼没を文字通りに体現していますよね。
この前は中国の奥地にいたような気がしたんですが(^。^)
arfaさんといい、がまだすしゃんといい、ひたすら眩しくみえますよ
私の例によって妙ちくりんな文章にいつもながら投票いただきありがとうございます。 ご自愛しつつ、今年も旅をたのしまれますように・・・
2010年01月05日21時49分 返信するRE: あけましておめでとうございます。
はい、arfaです。
がまだす親父と私と海外の方が日本より2倍くらい住んでるGinさんにJOSANさんまでがお会いできました。
shima77さんは、行方不明で到着したのかどうかと言っているとマッサージ屋でちゃっかりマッサージしていたとか皆さん、個性満々です。
kioさん同様に若い頃に旅に目覚めていれば、みんなすごいバックパッカーだったでしょうね、きっと。
ツッチーさんがミャンマーに行っていて今回不参加だったのですがとても残念がっていました。
いつかkioさんや唐辛子婆さんも入って頂いてオフ会を開催したいですね。2010年01月05日22時23分 返信するRE: RE: あけましておめでとうございます。
横レス失礼いたします。
arfaさん、体調崩していらしたんですか?どうぞお大事になさってくださいね。
> がまだす親父と私と海外の方が日本より2倍くらい住んでるGinさんにJOSANさんまでがお会いできました。
楽しかったでしょうねえ(*^_^*)
がまだすさんはそれからどうなったんでしょう?
どっかで沈没していらっしゃるんでしょうか?
> いつかkioさんや唐辛子婆さんも入って頂いてオフ会を開催したいですね。
そのうちアジアのどっかにロングステイしようと思ってますから
お二人とも遊びにいらしてくださいまし。
〜唐辛子婆〜2010年01月05日23時19分 返信するRE: あけましておめでとうございます。
唐辛子婆さん様、あけましておめでとうございます。
>arfaさん、体調崩していらしたんですか?
はい、一昨年10月29日に尿管結石で救急車で運ばれ11月に取っていたアフリカ3週間のチケットをキャンセルしました。ついでにその病院で診てもらったら心臓がもうだめでこのままだと余命6ヶ月とか言われて、住友病院に移って心臓のカテーテル手術を2度受けました。3週間のリフレッシュ休暇は西アフリカの砂漠でなく、病院旅行になって消えました。
以来、南インドまでちょっと怖くて海外に出れませんでした。
>がまだすさんはそれからどうなったんでしょう?どっかで沈没していらっしゃるんでしょうか?
しばらくチェンマイに住んでるそうです。アパートを月契約で借りてるので3月まで位はいるんじゃないかな。
>そのうちアジアのどっかにロングステイしようと思ってますからお二人とも遊びにいらしてくださいまし。
ありがとうございます。私もロングステイ希望者です。(^^)
海外でこういう形でお会いできれば最高ですね。住むとしたらタイかマレーシアか、はてまたカンボジアかフィリピンかですね。2010年01月06日07時54分 返信するRE: RE: あけましておめでとうございます。
> はい、一昨年10月29日に尿管結石で救急車で運ばれ11月に取っていたアフリカ3週間のチケットをキャンセルしました。ついでにその病院で診てもらったら心臓がもうだめでこのままだと余命6ヶ月とか言われて、住友病院に移って心臓のカテーテル手術を2度受けました。3週間のリフレッシュ休暇は西アフリカの砂漠でなく、病院旅行になって消えました。
前にも一度書いたかもしれませんが、arfaさん 護られていますねえ
間違いなく何かに護られていると思います。多分ご先祖様?
アフリカ旅行の直前に尿管結石に
なるなんてもう紙一重で護って貰ってますね
自分も似た体験があります。十数年前、友人に誘われ、草津温泉に車で週末に出掛ける予定でした。ところが出掛ける前日に腹痛が酷くなり、虫垂炎かな?と自力で
病院にいったところ、そのまま入院、医者の方から 手術の準備は出来ていますが
今日、手術をしますか?それとも様子を見て明日にしますか?と問われ、
手術にすぐかかれるなら、今 やってくださいと即答した私でした。
開腹したら、腸が二箇所破れており、更に腹膜炎になっていました。
医師が後に家族に話したそうですが、あと5時間遅かったら、もう手遅れに
なっていたと云ったそうです。11時頃、病院に入り、その日の3時頃には
手術に入っていたんですよん(-_-メ)
旅先で腹痛になっていたら もう outでしたね 多分、、
護られているなぁ と感じたものです・
>がまだすさんはそれからどうなったんでしょう?どっかで沈没していらっしゃるんでしょうか?
しばらくチェンマイに住んでるそうです。アパートを月契約で借りてるので3月まで位はいるんじゃないかな。
がましゃん タマモトさんになるのかあ ぼそっ(ーー;)
2010年01月06日23時52分 返信するRE: あけましておめでとうございます。
>がましゃん タマモトさんになるのかあ ぼそっ(ーー;)
ま、まさかね(笑; でも懐かしい○○○○さんのお名前。
今、カンボジアのシェムリアップにおられると思います。30人ほどの大家族のようです。(貧しい家族を一式で数家族を養ってらっしゃるはずです。)
でも、Ginさん、JOSANさんはじめ現地の女性と住まれている方は欧米人、日本人問わず多いようです。
もうすぐ、圧倒的な人口の中国人の方が大挙してやってくるかも。あの人口で来られたらこの世の天国がなくなっちゃいますよね。
気が付くな!と祈っています。(笑;2010年01月07日07時37分 返信するRE: RE: RE: あけましておめでとうございます。
arfaさん
大変でしたねえ。
余命6ヶ月といわれたときはショックだったでしょうね。
でも旅行が出来るほどに治ってよかったですね。
どうぞお大事になさってください。
kioさん
kioさんの虫垂炎のお話はふくらませればそのまま旅行記になりそう。
ご本人にしてみれば大変なことなのに、なんだかワクワクしてしまうのは
どうしてでしょう(^^)←書いて書いて。
私はインドネシアの地方都市に滞在してたときに足に大きなおできができて
痛くて歩けなくなり飛行機でジャカルタへ。
おできが太い血管の上にできてるから悪くすると敗血症になるかも知れないとおどかされて全身麻酔で切除。ジャカルタまで夫がついてきてくれましたが仕事でとんぼがえしたので、ひとりで1週間入院してました。
> がましゃん タマモトさんになるのかあ ぼそっ(ーー;)
ま、まさか。以前、そういうのいやだとかおっしゃってたような。2010年01月08日16時20分 返信するRE: あけましておめでとうございます。
唐辛子婆さん様。
>タマモトさんになるのかあ
イヤとか、何とかでなく現地ではタマモトさんは神様みたいに言われているそうです。だって、貧しくて娘を売る寸前でタマモトさんに救われ家族まで面倒みてくれてるんですから。
こういう国に住んでないと分からないことに面白半分に日本でマスコミが取り上げたことに逆に「じゃ、あんた娘を売ればよかったの?」と聞きたいです。売られそうなのを助けるのは一時金で3万円か5万円の事ですが家族ごとずっと面倒をみてあげると言うのは並みじゃできないことですよ。
がましゃんは買う事は大嫌いな人ですから、そういうふうにはならないでしょうけれど。2010年01月08日21時25分 返信するRE: RE: あけましておめでとうございます。
唐辛子婆様 へ
>kioさんの虫垂炎のお話はふくらませればそのまま旅行記になりそう。
ご本人にしてみれば大変なことなのに、なんだかワクワクしてしまうのは
どうしてでしょう(^^)←書いて書いて。
か、勘弁してくださいよ〜〜(-_-メ) なんで入院ライフが旅行記に
なりそうなんですかあ??(゚-゚)
ワクワクするって、、どうしてでしょう って私が聞きたいっすよ(^。^)
ってちょいと補足すると(^^ゞ10年前の話で、この時40日間入院する羽目に
なってしまったんですけど、最初の二週間は個室でその後は
4人部屋に移ったんですけど、この時、カーテン越しの隣ベッドの
人ととても気が合い、私より10歳ほど若い人だったのですが、
退院した後も一緒に飲みに出掛けたりしていましたよん。
その人は仕事で香港に一年居たこともあり、<深夜特急>話なので
随分と盛り上がったものです。妙な馬鹿話ばかりして居た所為か
時々、うちらの部屋が若い看護士さんの溜まり場風になってしまい、オイオイ
婦長に私まで怒られてしまったような記憶があります。(^^ゞ
arfaさんへ
> イヤとか、何とかでなく現地ではタマモトさんは神様みたいに言われているそうです。だって、貧しくて娘を売る寸前でタマモトさんに救われ家族まで面倒みてくれてるんですから。
タマモトさん お元気ならば、もう80歳近いはずですよ。
地元警察も誰もタマモトさんを悪く言う人は居ないと言うことで、
逮捕する理由も無いと云っているようですね。
2010年01月09日00時56分 返信するRE: あけましておめでとうございます。
>タマモトさん お元気ならば、もう80歳近いはずですよ。地元警察も誰もタマモトさんを悪く言う人は居ないと言うことで、逮捕する理由も無いと云っているようですね。
私がカンボジアにちょこちょこ行っていた2000年頃に現地で聞いた話です。タマモトさんに会った事もあるという人から聞きました。
当時、プノンペンでそういえばチェンマイで有名になったあの「タマモト」さんってどうなったんだろうねぇという話になって会ったことがありますよといわれて詳しく聞いた次第です。
タイ政府も日本政府に「処分」を頼まれて逮捕もできないし、「タマモト」さんは国外追放になりカンボジアのシェムリアップに移られたそうです。そこでもやはり可哀想な娘を見るたびに助けて30名くらい(家族を含めて)の大家族になったそうです。5家族か6家族かだったと思いますが自分の財力ではこれが限度と言われていたと聞いています。2010年01月09日07時47分 返信する -
アルハンブラ♪
kioさん、こんどはこちらへ
プライド君のようなヤナ人、嘉門達夫風に言えば「そんなん、おるおる〜」
>免疫が出来てきた所為か、何を云われても、この男に腹も立たなくなってきた。こいつの性分なんだと、、
すごいです!これはなかなか出来ることではないです。お二人の肝っ玉と度胸の良さは勿論のこと、さりげなく情けをかけてやる広い心も、すごいです!
私の周りにkioさんのような人は見当たらなかったし、息子達も・・あぁ情けな〜い(=_=)
話題がずれました(^^ゞ
>アルハンブラ宮殿への思い入れの深さは、タルレガの演奏する<アルハンブラの思い出>のトレモロ奏法のギターが奏でるイメージに起因している事に尽きた。
同じです。ウィスキーの広告にまで涙してアンドレス・セゴビアのレコードを買いました。その想いは今も引きずっておリ、まだ叶えておりません。
>当時フランコ将軍は、まだ存命していた。
スペインといえば太陽のイメージでしたが、厳しい状況だったのですねぇ。ソ連やチェコ・東独でも目と銃がありました。春にウズベキスタンへ行った時には、その名残か?パスポートをホテルに預け、手持ち通貨の申請や滞在登録も必要でした。
けーしちょーさんの仰ったとおり、写真がなくても濃い旅行記に感動続きです。
すーぽん時代は変わる♪
スーボンドイツさん こんばんわ!!
書き込み、そして、投票まで頂き、恐縮です。旅行記の感想など
書いて頂けるのはとても嬉しい事です。
<アルハンブラの変な思い出>に目を通して頂けたのですね。卒業間際に欧州を一ヶ月ほど旅するというのが丁度、私の世代あたりから徐々にポピュラーになってきたんですよね。
このアルハンブラの話も卒業間際の旅の出来事でした。
あの頃、スペインの治安は決して悪くなかったという印象が強いですね。
今は日本人がしばしば狙われるという<首締め強盗>や引ったくりの類も
見たことも無ければ聞いたこともありませんでした。
嗚呼 <時代は変わる>ですね。
そういえば ちょっと前に 新聞のコラムか何かで読んだ話ですが、
ボブ・ディランが、アメリカの某所で二人組の若い警官に
職質されたそうな、
「お前、何者だ?何処に行く?」と尋ねられ
「ツアーの最中だ」とディランが答えると、二人の若い警官は更に
不審に思ったのか、コンサート会場まで付いてきたそうな。
つまり、かのボブ・ディランを知らない世代が育っているということで
そのコラムもディランの名曲に引っ掛けて、
まさに「時代は変わる」という落ちで終わってましたけどね。
すんげええ 話題が脱線してしまいました(^_^メ
ところでスーボンドイツさんのハンドルネームってど〜いう意味が
あるんでしょ?? 結構 気になるんですけど(゚-゚)
2009年10月10日00時07分 返信する -
はじめまして
kioさん、おはようございます。
けーしちょーさんに、写真がなくても素晴らしい旅行記が出来ることを伺い、お邪魔しました。
まるで小説のような実体験の数々!引きずりこまれました。
プロフのザックの写真も地に足をつけた濃密な旅であったことを物語るようですね。
1979年といえば私がソ連を訪れた年です。その後東欧の旅でも重苦しい空気は感じたものの、所詮パック旅行!いいところばかり見させられました。
kioさんの旅行記にはまりこんでしまうと家事ができませんので、今日はこの辺で。
すーぽんRE: はじめまして
スーポンドイツさん はじめまして!
書き込み頂き ありがとうございます。
けーしちょーさんの紹介で、来て頂けたんですね、
多謝〜〜〜 多謝〜〜
> 1979年といえば私がソ連を訪れた年です。その後東欧の旅でも重苦しい空気は感じたものの、所詮パック旅行!いいところばかり見させられました。
本当は1978年からの話なんですけどね。私の旅は、、(~o~)
実は私もシベリア経由で欧州に渡る事を長い間、考えていました<高校生の頃から>
横浜からバイカル号でナホトカへ、更にハバロフスク経由でモスクワまで
列車で、一週間かけて向かい、フィンランドで向かうという、五木寛之の
「青年は荒野をめざす」を高校の頃に読んで結構 はまりこんでしまいましてね
当時 <日ソ・ツーリスト>とかいう 旅行代理店から資料を取り寄せたものでした。当時、旧ソビエト時代はパック旅行しか無かったんですよね
今でも、このコースには憧れを感じてしまいますね。
> kioさんの旅行記にはまりこんでしまうと家事ができませんので、今日はこの辺で。
なかなか新作がアップ出来ずにいますが、良かったらまた遊びに
来てください。 私もスーボンドイツさんのサイトへ寄らせていただきますね2009年10月05日22時09分 返信する



