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帰国の為にマニラの空港に向かうタクシー内に置き忘れたパスポートを含む航空券、トラベラーズチェックの捜索に尽力してくれたダニーやその彼女を伴って慰労を兼ねてその夜、マニラ市内の日本レストランに向かった。日本でもっとも有名な山の名前を屋号にした店は現地の人達でなかなかの盛況ぶりだった。<br /><br />我々が席に着き、しばらくすると店の主人と思われる、フォークシンガーの上条恒彦に風貌も身体つきもソックリの顔半分が髭だらけの日本人が何故か我々のテーブルに挨拶にやって来た。<br />「いらっしゃいませ! ゆっくりしていってください,,,,ところで今日はどうされましたか?」何となく妙に引っ掛かるような違和感のある物言いで私に語りかけてきた。マスターとは勿論知り合いでもなく、この店に来るのも初めてにもかかわらず、妙な尋ね方をするなぁと感じた。<br /><br />「パスポート、現金を今朝、空港に向かうタクシー内に置き忘れ、ここに居る彼等の尽力のお陰で夕刻にはパスポートも見つかって、慰労を兼ねて皆で食事に来たところです」<br />「えっ!!それはもう考えられないほどの奇跡ですよ・・マニラでは、まず有り得ない話です。新聞ネタになっても可笑しくない程の話ですよ」上条恒彦氏は目を丸くして驚いた風情をしてみせながらチラリとダニーの方を見た。<br /><br />程よく食事を摂り、勘定を済ませようとした時、、、マスターが再び私達のテーブルに現れた。<br />マスターは私に店の名前を冠した名刺を渡しながら云う。<br />「私の自宅はケソンシティですが良かったら是非、遊びに来て下さいよ」<br />たった一度だけ店を訪れただけなのに、妙な話の展開に一瞬、この男はもしや妙な趣味の持ち主かとかと思わず警戒した。長い旅を続けているうちに思いも寄らぬ、アテンドを受けると警戒してしまうのが習い性になっていた。しかしマニラ生活にスレていないような何処となく人柄の良さを感じさせる態度、物腰に私はマスターの招待を受けさせて貰おうと思った。<br />風来坊で拘束の無い日々を送る好奇心に満ち溢れていた私は、マニラで日本料理店を経営する邦人が彼の地でどんな家に住み、どんな暮らしをしているのかとても興味深かった事もある。明日、友人を伴って伺っても良いかと問うと、昼飯を我が家で摂ってくれとまで云ってくれた。<br /><br />翌日、YMCAに同宿していて、その朝、成り行きから幽体離脱事件の検証に関わってくれたI君を伴い、ジープニーを何台か乗り継ぎながら隣都市のケソンシティに向かった。<br />マスターの住いは住宅街の中にあった。リハウスで購入したと云う二階建ての一戸建てだった。室内には涼しげな籐製の南国風の家具がふんだんに使われていた。<br />居間の天井にはプロペラ式の扇風機がゆっくりと廻っている。<br />我々はマスターに勧められるまま籐製の椅子に腰掛けて居ると、住み込みで二人居るという二十歳前後と思われるメイドの一人が冷えたサン・ミゲールをグラスに注いでくれる。<br />「なんか〜いいっすよねえ・・・」I君が感に堪えぬような口調で云う。<br />それは私もまったく同感だった。マスター曰く、住み込みのメイドには一人、100ペソ、当時の邦貨換算で月に三千円程を給金として渡しているという。<br />私とI君がほぼ同時に叫んだ。「ひえ〜〜〜たった三千円ですか?!」<br />マスターの言に寄ればそれでも住み込みなら少ない方ではないと言う。<br />吝嗇家の華僑の屋敷で住み込んでいるメイドは邦貨換算で2000円程しか貰えないという。<br />彼女達はマニラから遠く離れた島から出稼ぎに来ては、健気にもその給金の大部分を実家に送金しているという話も聞かされた。<br /><br />このマスターがフィリピンへ渡るまでの話はとても興味深かった。<br />静岡の有名な漁港出身のマスターが、所用で東京に出てきた時に、外人から道を尋ねられて、どうにも応対すら出来ずに英語の必要性を強く感じたという。一念発起してカナダのモントリオールの大学に語学留学で渡ったのが29歳の時だったという。その時に出逢った香港出身の留学生のツテも在って香港に日本レストランを出すキッカケになる。やがて香港で出逢ったフィリピン人と恋愛し、香港の店をたたんで彼女と一緒にマニラに出る決意をする。フィリピンで邦人が個人事業を興す時は共同経営者がフィリピン人でなければ認可されないという。配偶者となった今の奥さんを共同経営者に据えて日本レストランを経営するに至ったという。その奥さんは華やかで明るい笑顔がこぼれるようなとても美しい人だった。<br />歳は10歳違うらしい。マスターの話を聞き終えた私とI君は再びほぼ同時に叫ぶ。<br />「なんか〜いいっすよねえ・・・」<br />奥さんが作ってくれたのか、お手伝いさんが作ってくれたのか、我々の前にはサラダ添えとコンビーフをまぶしたパスタが運ばれてきた。ちょっぴりソルティで美味しかった。<br />私はサリサリストアと呼ばれる雑貨屋でファーストフードとして出されるコンビーフ・チャーハンも好物だった所為もあり、コンビーフ・スパゲッティも美味しく頂いた。<br /><br />「ところで・・・」と、マスターが曰く有り気な口調で私の方に向き直って云う。<br />「昨日、あなたと一緒に店に来ていた男のことですが、、、どういう経緯であなたと出会ったか知らないけどあまり近づかない方がいいみたいですよ」<br />「へっ?? それはどう云うことですか?」<br />「店に居る私の片腕にもなっている裏社会にも通じている男からの情報だけど、性質<たち>の良くない男らしい。最近、ガイド業を始めたらしいけど、あまり評判が良くない。昨夜、あなたを伴って店に入ってきて、すぐに私に報告してくれたので、若い堅気のような、あなたのテーブルに様子見で窺ってみたんですよ」 昨夜のマスターの妙な振舞いと口調の合点がいった。マスターは配慮してくれたのだった。<br />更にフィリピンは徹底した口コミ社会だとも云った。あらゆる情報やニュースが即時に流れるという。<br /><br />しかし・・と私は思うのだ。 たとえそうだとしても、ルネタ・パークで彼と出逢って居なければ、彼の尽力なくして即日のうちにパスポートが自分の元に戻ってくるということは間違いなく無かったはずである。あの時、タクシー会社を後にしてから、私のパスポートを届けてくれた運転手宅に百ドルの現金を報酬として私の代理で渡しに行くと称して、一緒に運転手に挨拶に行きたいという私を車内に押しとどめたものである。彼がその金を自分の懐に入れたであろうという事も当たり前に推測できた。一日中、骨を折ってくれた報酬として彼に出す積りでいたから黙って見過ごした。その所為か、彼は私に一切のチップや金品をを要求することはなかった。<br /><br />マスター宅を後にする道すがら、I君が私に呟く。<br />「なんだか〜とてつもなくマニラチックな話だよな〜」<br />私は「う〜ん、、、確かに、、、」と深く頷きながら彼の云う<br />マニラチックという言葉を何度も反芻してみた。<br />マニラチック、、マニラチックなマニラ、、マニラチックマニラ、<br /><br />反芻しているうちに不思議で奇妙な可笑しさが私の中で込み上げてきた。<br /><br />                    終わり<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

マニラチック・マニラ 、パスポート置き忘れ事件のその後・・の出来事

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kio

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帰国の為にマニラの空港に向かうタクシー内に置き忘れたパスポートを含む航空券、トラベラーズチェックの捜索に尽力してくれたダニーやその彼女を伴って慰労を兼ねてその夜、マニラ市内の日本レストランに向かった。日本でもっとも有名な山の名前を屋号にした店は現地の人達でなかなかの盛況ぶりだった。

我々が席に着き、しばらくすると店の主人と思われる、フォークシンガーの上条恒彦に風貌も身体つきもソックリの顔半分が髭だらけの日本人が何故か我々のテーブルに挨拶にやって来た。
「いらっしゃいませ! ゆっくりしていってください,,,,ところで今日はどうされましたか?」何となく妙に引っ掛かるような違和感のある物言いで私に語りかけてきた。マスターとは勿論知り合いでもなく、この店に来るのも初めてにもかかわらず、妙な尋ね方をするなぁと感じた。

「パスポート、現金を今朝、空港に向かうタクシー内に置き忘れ、ここに居る彼等の尽力のお陰で夕刻にはパスポートも見つかって、慰労を兼ねて皆で食事に来たところです」
「えっ!!それはもう考えられないほどの奇跡ですよ・・マニラでは、まず有り得ない話です。新聞ネタになっても可笑しくない程の話ですよ」上条恒彦氏は目を丸くして驚いた風情をしてみせながらチラリとダニーの方を見た。

程よく食事を摂り、勘定を済ませようとした時、、、マスターが再び私達のテーブルに現れた。
マスターは私に店の名前を冠した名刺を渡しながら云う。
「私の自宅はケソンシティですが良かったら是非、遊びに来て下さいよ」
たった一度だけ店を訪れただけなのに、妙な話の展開に一瞬、この男はもしや妙な趣味の持ち主かとかと思わず警戒した。長い旅を続けているうちに思いも寄らぬ、アテンドを受けると警戒してしまうのが習い性になっていた。しかしマニラ生活にスレていないような何処となく人柄の良さを感じさせる態度、物腰に私はマスターの招待を受けさせて貰おうと思った。
風来坊で拘束の無い日々を送る好奇心に満ち溢れていた私は、マニラで日本料理店を経営する邦人が彼の地でどんな家に住み、どんな暮らしをしているのかとても興味深かった事もある。明日、友人を伴って伺っても良いかと問うと、昼飯を我が家で摂ってくれとまで云ってくれた。

翌日、YMCAに同宿していて、その朝、成り行きから幽体離脱事件の検証に関わってくれたI君を伴い、ジープニーを何台か乗り継ぎながら隣都市のケソンシティに向かった。
マスターの住いは住宅街の中にあった。リハウスで購入したと云う二階建ての一戸建てだった。室内には涼しげな籐製の南国風の家具がふんだんに使われていた。
居間の天井にはプロペラ式の扇風機がゆっくりと廻っている。
我々はマスターに勧められるまま籐製の椅子に腰掛けて居ると、住み込みで二人居るという二十歳前後と思われるメイドの一人が冷えたサン・ミゲールをグラスに注いでくれる。
「なんか〜いいっすよねえ・・・」I君が感に堪えぬような口調で云う。
それは私もまったく同感だった。マスター曰く、住み込みのメイドには一人、100ペソ、当時の邦貨換算で月に三千円程を給金として渡しているという。
私とI君がほぼ同時に叫んだ。「ひえ〜〜〜たった三千円ですか?!」
マスターの言に寄ればそれでも住み込みなら少ない方ではないと言う。
吝嗇家の華僑の屋敷で住み込んでいるメイドは邦貨換算で2000円程しか貰えないという。
彼女達はマニラから遠く離れた島から出稼ぎに来ては、健気にもその給金の大部分を実家に送金しているという話も聞かされた。

このマスターがフィリピンへ渡るまでの話はとても興味深かった。
静岡の有名な漁港出身のマスターが、所用で東京に出てきた時に、外人から道を尋ねられて、どうにも応対すら出来ずに英語の必要性を強く感じたという。一念発起してカナダのモントリオールの大学に語学留学で渡ったのが29歳の時だったという。その時に出逢った香港出身の留学生のツテも在って香港に日本レストランを出すキッカケになる。やがて香港で出逢ったフィリピン人と恋愛し、香港の店をたたんで彼女と一緒にマニラに出る決意をする。フィリピンで邦人が個人事業を興す時は共同経営者がフィリピン人でなければ認可されないという。配偶者となった今の奥さんを共同経営者に据えて日本レストランを経営するに至ったという。その奥さんは華やかで明るい笑顔がこぼれるようなとても美しい人だった。
歳は10歳違うらしい。マスターの話を聞き終えた私とI君は再びほぼ同時に叫ぶ。
「なんか〜いいっすよねえ・・・」
奥さんが作ってくれたのか、お手伝いさんが作ってくれたのか、我々の前にはサラダ添えとコンビーフをまぶしたパスタが運ばれてきた。ちょっぴりソルティで美味しかった。
私はサリサリストアと呼ばれる雑貨屋でファーストフードとして出されるコンビーフ・チャーハンも好物だった所為もあり、コンビーフ・スパゲッティも美味しく頂いた。

「ところで・・・」と、マスターが曰く有り気な口調で私の方に向き直って云う。
「昨日、あなたと一緒に店に来ていた男のことですが、、、どういう経緯であなたと出会ったか知らないけどあまり近づかない方がいいみたいですよ」
「へっ?? それはどう云うことですか?」
「店に居る私の片腕にもなっている裏社会にも通じている男からの情報だけど、性質<たち>の良くない男らしい。最近、ガイド業を始めたらしいけど、あまり評判が良くない。昨夜、あなたを伴って店に入ってきて、すぐに私に報告してくれたので、若い堅気のような、あなたのテーブルに様子見で窺ってみたんですよ」 昨夜のマスターの妙な振舞いと口調の合点がいった。マスターは配慮してくれたのだった。
更にフィリピンは徹底した口コミ社会だとも云った。あらゆる情報やニュースが即時に流れるという。

しかし・・と私は思うのだ。 たとえそうだとしても、ルネタ・パークで彼と出逢って居なければ、彼の尽力なくして即日のうちにパスポートが自分の元に戻ってくるということは間違いなく無かったはずである。あの時、タクシー会社を後にしてから、私のパスポートを届けてくれた運転手宅に百ドルの現金を報酬として私の代理で渡しに行くと称して、一緒に運転手に挨拶に行きたいという私を車内に押しとどめたものである。彼がその金を自分の懐に入れたであろうという事も当たり前に推測できた。一日中、骨を折ってくれた報酬として彼に出す積りでいたから黙って見過ごした。その所為か、彼は私に一切のチップや金品をを要求することはなかった。

マスター宅を後にする道すがら、I君が私に呟く。
「なんだか〜とてつもなくマニラチックな話だよな〜」
私は「う〜ん、、、確かに、、、」と深く頷きながら彼の云う
マニラチックという言葉を何度も反芻してみた。
マニラチック、、マニラチックなマニラ、、マニラチックマニラ、

反芻しているうちに不思議で奇妙な可笑しさが私の中で込み上げてきた。

                    終わり










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この旅行記へのコメント (18)

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  • arfaさん 2010/02/20 10:41:40
    おはようございます、arfaです。
    kioさん、私もkioさん2世の体験をするところでした。

    空港を出てジプニーでバクラランへ向かい、LRTでドロテオ・ホセからバターン・トランジットバス、ビクトリーライナーを乗継ぎオロンガポ市へ。
    ホテルも取ってさぁ食事にとウェストバッグを見たらパスポートがない!

    マニラでの忘れ物、落し物、盗難物、どれも出てくる可能性など0.1%未満と食事をしながら考えて翌朝、朝食後にマニラに取って返り日本大使館へ。
    翌々日の日曜日の帰国という事で「帰国のための渡航書」の発行手続きを聞き、警察やインターネットカフェでE・チケットのプリント(航空券の控えが必要、でもマニラでは日本語が読めなかった。)、写真屋を急いで回って時間ぎりぎりで大使館で発行を依頼、入手してから乗ったバス会社2社や空港へ電話して、もし見つかったら現地の友人のM君への連絡を手配。
    空港は土曜日のせいか電話が繋がらず日曜日に早めに行き空港で落し物センターや警察で探すことにしました。

    日曜日の帰国当日朝、ホテルの電話が鳴り「パスポートを預かっているので空港に付いたら電話をしろ」との声。
    謝礼は最高1万円、それ以上の要求なら「帰国のための渡航書」があるので拒否と決めて、空港で電話。なんとエアポートポリスでした。(笑;
    曰く「空港の外で落ちていたのをおれが預かっていた。」謝礼1,000ペソ(2,000円)で無事、私の手元に帰ってきました。
    人がよさそうなポリスでよかったです。サインも何もせずに受け取ったのがマニラ、謝礼だけ受け取り何もなかったことになるわけです。(笑;

    kio

    kioさん からの返信 2010/02/22 21:22:45
    RE: おはようございます、arfaです。
    こんばんわ arfaさん
    arfaさんも やってしまったんですね!

    > マニラでの忘れ物、落し物、盗難物、どれも出てくる可能性など0.1%未満と食事をしながら考えて翌朝、朝食後にマニラに取って返り日本大使館へ。

    うんうん 0.1%未満の可能性! ほんとに そうですよねえ
    たしかマカティ地区にあるビルの何階かに日本大使館の事務所が
    あったんですよね。パスポート無くすと誰もが駆け込むマニラの日本大使館♪
    私はその時 お金を50ペソ貸してくれた大使館の二等書記官の方の名前を
    今でも覚えてますよ。


    > 曰く「空港の外で落ちていたのをおれが預かっていた。」謝礼1,000ペソ(2,000円)で無事、私の手元に帰ってきました。

    ひえ〜〜 今は1ペソ=2円ですか!!
    1978年当時は1ペソ=30円換算でしたよん
    自分は出国時、1ドル換算250円でトラベラーズチェックにしてましたから。
    2500ドルのチェックを作ったのですが六十数万円かかったものです。
    一年の間に1ドル180円台まで円高が進み、がっくりしたものです。
    円建てで旅行小切手を作っておけばよかったと、、

    > 人がよさそうなポリスでよかったです。サインも何もせずに受け取ったのがマニラ、謝礼だけ受け取り何もなかったことになるわけです。(笑;

    マニラでは心身ともにほんとに鍛えられますよねえ。
    それもまた楽し〜♪

    arfa

    arfaさん からの返信 2010/02/22 22:35:32
    RE: おはようございます、arfaです。
    まさか自分がこんな間抜けをやるなんて思いませんでしたが。マニラにはついつい旅行社を焦らせるオーラがあります。

    一刻も早く心の休まる場所に辿り着きたいとついつい思ってしまいます。

    kio

    kioさん からの返信 2010/02/24 22:29:52
    RE: RE: おはようございます、arfaです。
    > まさか自分がこんな間抜けをやるなんて思いませんでしたが。マニラにはついつい旅行社を焦らせるオーラがあります。
    >
    > 一刻も早く心の休まる場所に辿り着きたいとついつい思ってしまいます。

     うん 確かに彼の地では強烈な暑さのせいか、妙で奇天烈なオーラめいた
     ものを私も感じますよ。 なんだか 二つの道が分かれていれば
     不味いほうへ不味い方と突き進んでしまうような感じ 多々あり

     んで arfaさん 私、 中学時代のアホな私の原点のような妙な話を
    アップしたのでよかったら読んでみてください。 前編だけアップしました。

    kio

    kioさん からの返信 2010/02/27 13:11:23
    オニツカ・タイガー
    いまやアジアの帝王と化しているarfaさん こんにちわ〜

    浅草編 アホで間抜けな後編もアップしました。
    見てやってください。
    arfaさん 私と同世代ならアシックスの前身のオニツカ・タイガーの
    バスケットシューズ、ご存知かと思いますが?虎が吼えているデザインの
    バスケットシューズ、、 中学時代に超〜憧れていました。

    arfa

    arfaさん からの返信 2010/02/27 13:40:19
    RE: おはようございます、arfaです。
    kioさん、こんにちわです。

    浅草編、後編しました。『スタンドバイミー』もあらすじを読みました。そうですよね〜、大人に脱皮する直前のこの時期だけが持つ不思議な感情ですよね。

    >私と同世代ならアシックスの前身のオニツカ・タイガーのバスケットシューズ、ご存知かと思いますが?虎が吼えているデザインのバスケットシューズ、中学時代に超〜憧れていました。

    当時はスポーツ用品メーカーの商品を一般の靴メーカーが似たようなのをデザインだけ真似て販売すると言うのが多くかったですね。
    私は当時人気があったオニツカ・タイガーの青いアップシューズを買ってもらえずに世界長の似た靴でした。
    『SUN』は確か旭日製靴というメーカーの商品で当時安かったせいかよく売れましたね。実はこの間まで私も捨てずに持っていました。

    それではまた。

    kio

    kioさん からの返信 2010/03/01 00:26:41
    RE: RE: おはようございます、arfaです。


    arfaさん こんばんわ
    やはり世代が近いと 話が通じやすいですね

    > 私は当時人気があったオニツカ・タイガーの青いアップシューズを買ってもらえずに世界長の似た靴でした。

    そそ 世界長というメーカーありました。ありました。
    もう何十年ぶりに聞く名前・・世界長(笑)
    オニツカタイガーは憧れのまま・・・

    > 『SUN』は確か旭日製靴というメーカーの商品で当時安かったせいかよく売れましたね。実はこの間まで私も捨てずに持っていました。

    そそ アサヒ靴で出していたんですよ。<SUN>バスケットシューズのサイドに
    SUNと大きくプリントされてましたねえ。
    いやあ 懐かしい、、
    それにしてもarfaさんの物持ちの良さにおいらはびっくりです。

    以前 埼玉のジョンレノンミュージアムに行ったとき
    ジョンレノンが中学時代に通販で最初に購入したというガットギター
    が展示されている事に、おいらはその物持ちの良さに魂消たものでした。

    ジョンレノンもarfaさんも思い入れが有ったので処分せずに
    手元に残していたのだと思います。

    arfa

    arfaさん からの返信 2010/03/01 00:46:11
    RE: おはようございます、arfaです。
    kioさん、こんばんは。

    >そそ アサヒ靴で出していたんですよ。<SUN>バスケットシューズのサイドにSUNと大きくプリントされてましたねえ。
    いやあ 懐かしい、それにしてもarfaさんの物持ちの良さにおいらはびっくりです。

    5年前位まで破れて穴だらけのその白いバスケットシューズを履いてました。さすがにかかとから雨の日に水が浸みてきて捨てたのかな?
    ちょっと探してみましょうか。もう一足クリークスという黒いバスケットシューズとアディダスの黒革のショートバスケットもあります。どちらも底に穴があいてます。(笑; 
    今、持っている靴では穴のあいてないのはラオスで2ドルで買ったショートズックと最近のニューバランスが2足、プーマが1足ですね。
    新しくてもそれほど好きでないリーボックはそろそろ引退です。
  • azianokazeさん 2006/01/10 18:46:48
    同じ過ちは繰り返さない・・・だろうか?
    はじめまして。
    カシュガルへの途中、ウルムチでパスポート・エアチケットなどすべての貴重品を置き引きにあったazianokazeです。
    正月明けにタイのチェンマイを旅行して、帰国途中のシンガポールの空港のフリーインターネットでkioさんからの書き込みを拝見しました。
    kioさんのマニラでの体験、思わず引き込まれフライト時刻を忘れてしまいそうになりました。
    今回のチェンマイでは同じような失敗をしないようにと腹巻様のベルトにパスポートやエアチケットは入れて、お金も3箇所に分散して気をつけるようにしました。
    それでも気づくと相変わらずバッグを隣の席に放り投げていたりします。
    またそのうち痛い目にあうかも・・・。
    でも、あのときパスポートなどが一応もどってきましたので、とにもかくにも旅行できましたが、もし戻って来なかったらと想像すると恐ろしいものがあります。

    kio

    kioさん からの返信 2006/01/11 22:19:02
    RE: 同じ過ちは繰り返さないと思います azianokazeさんへ
    カシュガルへの途中、ウルムチでパスポート・エアチケットなどすべての貴重品を置き引きにあったazianokazeです。
    正月明けにタイのチェンマイを旅行して、帰国途中のシンガポールの空港のフリーインターネットでkioさんからの書き込みを拝見しました。
    kioさんのマニラでの体験、思わず引き込まれフライト時刻を忘れてしまいそうになりました。


    こんばんわ〜 azianokazeさん!
    書き込みありがとうございます。
    シンガポールの空港でで私のドジ体験記を読んで頂き有り難うございます。

    辺境の地で貴重品を無くすとホントに心細いモノありますよね
    私は日本にも近く言葉も通じて土地鑑もあり物価も安いマニラでしたので、
    今考えると比較的落ち着いて事後処理に当たる事が出来たけど、
    カイロあたりで同じような体験してたら落ち着いていられなかったでしょうね

    >今回のチェンマイでは同じような失敗をしないようにと腹巻様のベルトにパスポートやエアチケットは入れて、お金も3箇所に分散して気をつけるようにしました。それでも気づくと相変わらずバッグを隣の席に放り投げていたりします。
    またそのうち痛い目にあうかも・・・。

    置き引きするよりも置き引きされるほうが悪い という考え方ですもんねえ
    たまんないですよね(・・;) でもazianokazeさんは経験値が上がったので
    きっと同じ過ちは繰り返さないと思いますよ(*^_^*)

  • ニナさん 2005/08/10 00:32:22
    Kioさんへ
    パスポート置き忘れ事件、すっごくおもしろかったです!

    私もみなさん同様、Kioさんのいろんな旅行記読みたいです。
    これからもよろしくお願いいたします。

    kio

    kioさん からの返信 2005/08/10 22:54:27
    RE: ニナさんへ
    >パスポート置き忘れ事件、すっごくおもしろかったです!

    読んで頂き有り難うございますm(._.)m ペコッ
    ニナさんのフィリピン旅行記も行動的かつ精力的に
    あちこち探訪されていて興味深かったです。

    >私もみなさん同様、Kioさんのいろんな旅行記読みたいです。
    これからもよろしくお願いいたします

    こちらこそよろしくお願いいたしますm(._.)m ペコッ
  • チビケイさん 2005/08/09 21:35:17
    例のパスポート事件の後も色々あったんだぁ〜( ̄ヘ ̄;)ウーン
    kioシャーン(*^。^*)流石です!2回読んじゃったぁ〜d(⌒ー⌒) !!
    本当にkioシャンのを読んでると、その場の光景まで
    目に浮かびますヨ(゚ー゚)(。_。)ウンウン

    例の‘魔の一日’の(幽体離脱事件も今ではいかにkioさんが
    疲れ果てていたか想像つくなぁ〜)
    続編というか関連版ですねぇ〜♪

    マスターはKIOさんの事を本当に心配してくれたんだよねぇ〜(=・ω・=)
    マニラで物を失くして戻ってくる事も
    ある意味不思議な事だよねぇ〜KIOシャン運が強い!

    旅を続けていると色んな人達に遭遇して
    旅の途中では感じなくても日本に戻り年数が経ってからの方が
    印象深い人や事ってありますね(*^_^*)

    そんな旅の出来事これからも書いて下さい!
    やっぱりKIOシャンの旅日記は凄く読みたい!!
    KIOシャーーン<(_ _*)> アリガトォ

    暑いけどホンニ体には気をつけてね(=´∇`=)チビケイハ ヘタレジョウタイデス〜


    kio

    kioさん からの返信 2005/08/09 22:57:02
    RE: 例のパスポート事件の後  チビケイしゃんへ
    チビケイしゃ〜〜んっ 書き込み感想頂き 多謝ですねん

    >kioシャーン(*^。^*)流石です!2回読んじゃったぁ〜d(⌒ー⌒) !!
    本当にkioシャンのを読んでると、その場の光景まで
    目に浮かびますヨ(゚ー゚)(。_。)ウンウン

    チビケイしゃ〜〜〜んっ thank you so much ですねん(*^o^*)
    投票まで頂き有り難うございます〜

    >マスターはKIOさんの事を本当に心配してくれたんだよねぇ〜(=・ω・=)
    マニラで物を失くして戻ってくる事も
    ある意味不思議な事だよねぇ〜KIOシャン運が強い!

    うんうん(^-^) そうなんよ・・ でも何だか一生分の運を
    この長い旅行で使い果たしてしまったような気分になる
    今日この頃ですねん(笑)(´ヘ`;)ハァ


    >旅を続けていると色んな人達に遭遇して
    旅の途中では感じなくても日本に戻り年数が経ってからの方が
    印象深い人や事ってありますね(*^_^*)

    旅先で逢った奴等も皆等しく25年以上の齢を重ねているわけですよね
    こうやって旅文を書いていたりすると、皆 ど〜してるかなあと云う
    感慨に捉われる事、時々ありますよね

    >そんな旅の出来事これからも書いて下さい!
    やっぱりKIOシャンの旅日記は凄く読みたい!!

    冗談ではなくチビケイしゃんの尻叩きが私の旅文をひたすらに
    アップさせているんですよ(爆)
    でも鞭のしなり具合が快感に変わってきたらやばいよね(゜゜;)\(--;)ォィォィ

    >暑いけどホントニ体には気をつけてね(=´∇`=)チビケイハ ヘタレジョウタイデス〜

    病み上がりのチビケイしゃんこそ 盛夏に向かって体調なぞ崩さぬよう
    ご自愛くださいよ。 ご主人にも(^-^)/ ヨロシク 

  • ゆみナーラさん 2005/08/09 16:05:28
    マニラチックお疲れ様です
    マニラチックでドラマチックな旅行記、最後までいつも同様楽しく読ませて頂きました。
    ダニーのことも一般的には「怪しいから近づかない方がいい人」の一言で済ませられてしまうものでしょうが(また実際そうなのでしょうけれど)、そこから一歩踏み込んだ所にある彼の中の「欲と同様の懐の深さ」に触れられたのは、やはりkioさんのバイタリティや人を思いやれる気持ちの表れなのかなーと唸りながら見ておりました。
    ビーチでホモに追いかけられるのも、杉さんのような方との偶然の出会いも、後からしてみれば全て自分の宝ですよね。(ホモはどうでしょうか。。)
    やっぱ旅に出るなら色々な人と会いたいなー。と深く思わせる旅行記をいつも有難うございます^^

    kio

    kioさん からの返信 2005/08/09 22:39:29
    RE: マニラチックお疲れ様です。 ゆみナーラさんへ
    ゆみナーラさん 早速、感想頂きありがとうございます。

    ダニーのパスポート捜索にあたり、その献身ぶりには
    逆の立場だった場合、自分があそこまで一生懸命に関わる事が
    出来るかと考えると<否>ですねん。とても自分には出来ない真似です。
    ですから自分にとってはホントに頼りになる奴でしたね。

    >ビーチでホモに追いかけられるのも、杉さんのような方との偶然の出会いも、後からしてみれば全て自分の宝ですよね。(ホモはどうでしょうか。。)

    スギさんは兎も角、ミコノス・ゲイビーチでの恐怖劇は自分の宝には
    為り得ませんって(爆)もう ホントに心拍数 バクバクだったんですから・・
    もしあの時、間違いがあったら、違う人生を歩んでいたかも(爆)
  • さすらいおじさんさん 2005/08/08 13:12:49
    「上条恒彦に風貌も身体つきもソックリの日本人」親切な人でよかったですね。
    kioさん

    「上条恒彦に風貌も身体つきもソックリの顔半分が髭だらけの日本人」親切な人でよかったですね。自宅にまで招待されるのはやはりkioさんの人徳でしょう。フィリピンで私は被害にあいませんでしたが、騙される日本人がそれだけ多いということかもしれませんね。

    kio

    kioさん からの返信 2005/08/08 23:03:57
    堅気風情な若い旅行者が毒牙にかからぬようにと、、マスターの気遣いでしたね  さすらいおじさんへ


    >自宅にまで招待されるのはやはりkioさんの人徳でしょう。フィリピンで私は被害にあいませんでしたが、騙される日本人がそれだけ多いということかもしれませんね。

    きっと堅気風の旅行者然とした若い日本人がデンジャラス系という情報の
    フィリピン人と店に入ってきて、ケアしてくれたのだと思います。
    でも何で 家にまで招待してくれたのか未だに判りません(^-^;
    しかし少なくとも私の人徳の所為でないことは確かです(笑)

    当時からマニラにはフィリピン人ばかりでなく、ゴロツキの職業不詳の怪しげな
    日本人も沢山いるそうな、、だから日本人が日本人を騙すケースも多々あるみたいですよ。
    ツアーで旅するかぎりは怪しげな輩と遭遇する機会も少ないと思いますけど・・

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