ミスターDさんのクチコミ(226ページ)全4,538件
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投稿日 2013年11月09日
総合評価:3.0
現在の松濤園は、明治43年に十四代立花伯爵によって整えられたとのことです。
柳川城の後に、立花家資料館とともに見学しました。
見どころは大広間や庭園、西洋館(当時は入館できず)です。
明治期の旧大名家の生活が分かる邸宅です。- 旅行時期
- 2013年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.5
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投稿日 2013年11月02日
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投稿日 2013年11月09日
総合評価:2.5
柳川といえば、水郷・立花家の城下町というイメージですが、城址はほとんど面影がありません。
わずかに、柳城中学校内に天守閣の跡と、石垣を残すのみとなっています。
1558年から蒲池鑑盛公によって築城されて、1580年には肥前龍造寺軍の数か月の攻撃に耐えました。
1584年には、大友勢の筑後攻略にも落ちることはありませんでした。
秀吉の九州平定後に、立花宗茂公が入国しましたが、関ヶ原合戦後に改易。
その後、流浪の身となった宗茂公でしたが、1620年に再度当地に入国しました。
天守閣跡に立つと、高さ約35mという五層の大天守閣が偲ばれます。- 旅行時期
- 2013年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.0
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投稿日 2013年11月09日
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投稿日 2013年11月09日
総合評価:1.5
知覧城の出城として中世に築城されました。
城址として、当時の面影はほとんどありません。
近隣の武家屋敷や、知覧特攻平和会館が有名ですので、この地に足を運ばれる人は少ないです。
武家屋敷とは時代が違い、無縁な城址ですが、ゆっくりとした時間が過ごせます。- 旅行時期
- 2010年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 1.5
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投稿日 2013年11月09日
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投稿日 2013年11月09日
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投稿日 2013年11月09日
総合評価:2.0
地図で小林城址を見つけたため、寄ってみました。
外郭部には、石垣・堀などは残ってはいませんでした。
城跡の碑があり、案内板が立っていました。
伊東義祐公が、島津家に備えて、築城したとのことで、壮絶な攻防戦があったと記されています。
城の中枢部の山中に足を踏み入れたところ、目前に直径7〜8?、体長2mはあったと推測される、蛇に遮られて、攻城を断念しました。
私の代わりにぜひ、どなた様かに、中枢部を見てきて欲しいと思います。
やはり山城を攻めるのは、秋〜冬が最適だと実感しました。- 旅行時期
- 2010年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 2.0
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投稿日 2013年11月09日
総合評価:2.0
関門海峡や門司市街を一望できる和布刈公園ですが、以前は門司城があった場所です。
最初は、平知盛公が源氏との合戦にそなえて、築城させたと伝えられています。
その後に門司氏が治めていましたが、戦国期になると、大友氏と大内氏、または毛利氏との攻防の地となりました。
とくに大友・毛利両氏による永禄の門司城合戦は壮絶をきわめたと、後太平記にも記されています。
その後、豊前に細川氏が入り、廃城となりました。
源平の壇之浦合戦の近くでもあり、合戦絵巻も設置されています。- 旅行時期
- 2013年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2013年11月05日
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投稿日 2013年10月29日
総合評価:2.5
ホテルのバイキングランチが食べたくなり、会社の先輩と思い立っては行ってみました。ランチバイキングのメニューは日替わりで、品数・質は上級とは言えませんが、金額並みの満足感はあります。ゆっくりと昼下がりのランチを楽しむにはオススメの場所です。宿泊は未経験です。。
- 旅行時期
- 2013年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- その他
- 1人1泊予算
- 2,500円未満
- アクセス:
- 1.5
- コストパフォーマンス:
- 2.5
- 接客対応:
- 2.5
- 食事・ドリンク:
- 2.0
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投稿日 2013年11月05日
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投稿日 2013年11月05日
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投稿日 2013年11月05日
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投稿日 2013年11月05日
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投稿日 2013年11月05日
総合評価:2.0
1599年に大村喜前公によって築かれ、明治維新まで約270年間、大村藩2万7千石の居城でした。
明治初頭に建築物は取り壊されましたが、石垣はそのままで、往時を偲ばせています。
現在は大村公園として、四季折々の花が人々の目を楽しませています。- 旅行時期
- 2011年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- JR大村駅より、車で約23分
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.0
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投稿日 2013年11月03日
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投稿日 2013年11月03日
総合評価:2.5
九州の小京都といわれる飫肥城下は、飫肥藩初代の伊東祐兵が、豊臣秀吉から領地としてあたえられた、
1587年から本格的に建設が始められたと言われています。
藩校の振徳堂や、旧伊東伝左衛門家などが立ち並んでいます。- 旅行時期
- 2010年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2013年11月03日
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投稿日 2013年10月31日





























































































