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哈桑湖さんのトラベラーページ

哈桑湖さんへのコメント一覧(12ページ)全127件

哈桑湖さんの掲示板にコメントを書く

  • 初めまして

    おどろおどろしい歴史、写真と共に読み入ってしまいました。
    これだけ事前に勉強して行かれると、景色の一つ一つがとても感慨深いものだったでしょうね。
    自分もこれからはこれぐらい事前に勉強していくと充実した旅が出来そうだと思いました。
    続編楽しみにしております。
    2011年05月17日15時44分返信する 関連旅行記

    お便り有難うございます。

    この張鼓峰事件は、日本人は殆ど知りません。高校の歴史教科書の欄外に少し記載のみです。ところが、ロシア人はたいてい知っています。

    この張鼓峰事件には、インパールで独断撤退した佐藤幸徳大佐、東京裁判で有名になった田中隆吉大佐、沖縄県民からあまりよくいわれていない長勇大佐が登場します。

    そういったことで、とても興味深いです。
    2011年05月18日21時38分 返信する
  • こんにちは ムヒカです

    浦潮斯徳さま

    再度のご訪問と「ハルビン・教会巡りとロシア料理」旅行記の投票ありがとうございます。

    前回の投票の際、私、激しい眼精疲労の為に浦潮斯徳さまのプロフィールをしかと見ることがままならず、漢字だらけのお名前で「なんか難しい方が投票してくれたなぁ」と失礼な事を感じてしまいました!
    ゴメンなさい!

    眼精疲労も落ち着き、ロシアを感じるプロフィール、浦潮斯徳さまの人生観感じる旅行記は興味深いです。

    初めて行ったハルビンは、驚きと緊張感でいっぱいいっぱいでしたが、浦潮斯徳さまは、きっとそれ以上の緊張感などを経験しているのかなぁと思いました。

    それでは、ごきげんよう。

    2011年05月11日16時39分返信する

    メール有難うございます

    浦潮斯徳は、ウラジオストクのことです。中国に初めて足を踏み入れました。元共産国家だった、ロシアと同じくらい入国審査が大変なのではと、思っていましたが、中国はとてもスムーズなので、びっくりしました。

    ロシア人もカザフ人も大雑把ですが、中国人も大雑把な感じがします。やはり国が広いからでしょう。

    延吉は朝鮮族と漢民族が、半々の町です。漢民族と朝鮮人は、顔だけでは区別がつきませんが、しばらく住んでいると仕草で区別できるようです。延吉の朝鮮族女性と日本人男性の結婚は、そこそこあります。朝鮮族の方の方が、日本人のように細やかな感じがします。

    ロシアのレストランでの食事では、日本と同じ値段ですが、延吉は4人でおなか一杯食べて、1500円くらいです。とても美味しいです。

    ハルピンは美しい街だと聞いていましたが、お写真を拝見しますと、なるほどですね。値段もリーズナブルですし。モスクワのレストランの高さには、びっくりです。ガイドさんは、東京とモスクワのレストランの値段の高さは、世界一だとも。

    あと延吉は、お米も日本と遜色ないくらい美味しいです。本場の韓国より安くて美味しい朝鮮料理が食べられます。
    2011年05月11日22時00分 返信する
  • はじめまして

    浦潮斯徳さま

    ご訪問と「ハルビン・731部隊跡の見学」旅行記の投票ありがとうございます。

    初めて投稿した旅行記なので、大変嬉しく思います。

    それでは、ごきげんよう。

    ムヒカ
    2011年05月07日14時11分返信する
  • 厚木の街

    浦潮斯徳さん、こんにちは
           &投票ありがとうございます。

    >瞼を閉じると、厚木の街が、ありありと、よみがえるのです
    なんでもないように見える街も、それぞれの思いがあるんですね。

    Rockyはこの街側の大厚木ゴルフクラブでプレー楽しんでますので、
    厚木は親しみある街です。
    2011年04月27日08時49分返信する 関連旅行記 関連写真

    RE: 厚木の街

    Rocky様
    旅行記を拝見いたしますと、かなりゴルフをなされているみたいですね。
    横浜のお写真も、多々ご掲載されており、とても懐かしい気分にさせられます。

    厚木時代は、私にとって人生最良のときでした。厚木の町を思いだすと、それだけで幸せな気分になれるのです。厚木での心残りは、「はたののとん漬け」を、贈り物として人様に差し上げたことはありますが、自ら口にしたことがないということです。私はこの歳になっても、包丁が使えないのです(笑)。

    今度厚木を訪れたときには、このとん漬けを、必ず購入しようと思っています。

    タイのチェンマイにも、行かれているようですが、バンコクよりもいいという知人もいます。これから暇なときに、Rocky様の旅行記を順次目を通していこうと思っています。
    2011年05月08日20時06分 返信する
  • なかなか旅行先が面白いです

    潮斯徳さん
    海外旅行の行き先が面白いです。
    寒い所が苦手な私には、旅行先としてまず候補としては上がらないだろうという地域です。
    ということで、土地感がありません。また、想像も難しい。
    旅行先の地名を現地語で付記して貰えると、Google earthの検索で旅行先の場所を容易に探せるのだがなどと我が儘に思う次第です。

    海外旅行写真は2、3年経つと、この写真の場所はどこだっただろう?ということがしばしばあります。
    現在、Google earth地球儀のみならず、地図も電子化されています。
    また、冷戦が終わり、GPS(Global Positioning System)衛星情報が個人でも利用出来るようになっています。
    この二つを組み合わせて利用することで、写真を撮影した場所の情報を写真に記録させることが出来ます。

    その手段として、私はGPSロガー(Holux M-241)を使って、写真撮影をした場所の情報を写真に書き込んでいます。
    最近では、Panasonic,Sony,CasioがGPSを組み込んだ機種を発売してより便利になっています。


    位置情報を書き込んだ写真はPicasa等のソフトを使うことで、撮影した場所を地図上に表示させることが出来ます。また、投稿することで電子地図上に写真を公開することが出来ます。

    自分の旅行記をよりリアルに読者に追体験して貰えるのではないかと考えています。


    2011年04月17日00時07分返信する

    RE: なかなか旅行先が面白いです

    > 潮斯徳さん
    > 海外旅行の行き先が面白いです。
    > 寒い所が苦手な私には、旅行先としてまず候補としては上がらないだろうという地域です。

    メール、有難うございます。小学2年のときに、高校生が使う地図帳を、クリスマス・プレゼントで貰ってから、地図を暇なときに、眺めていました。
    なんとなく気になっていたのが、ソ連のアストラハン市と三重の神島でした。

    結婚は何か出来ませんでしたが、独身だからアストラハン市に行けたので、独身で良かったかなあと。
    結婚していたら、あんなオンボロ飛行機、乗りませんから。
    2011年04月18日00時06分 返信する
  • 懐かしー。

    浦潮斯徳さん
    木曽岬温泉は25年ほど前に行きました。
    その時は、入ってすぐのところに
    演芸舞台があり、ショーをしてました。
    風呂はとても熱かったと記憶しています。
    また、奥に砂利風呂のようなものがあり
    これは最高に気持ち良かったなぁ。
    今も変わらずあるのですね、
    感激しました。
    2011年04月15日00時09分返信する 関連旅行記

    RE: 懐かしー。

    DIABLO様
    木曽岬温泉、行って入ってきました。
    http://4travel.jp/traveler/kasaharayasuo/album/10598412/
    に、お写真を貼り付けてあります。

    お湯は熱いけど、本当にいいお湯でした。
    あと、名古屋城がありました。

    ショーはやっておらず、電気も消してありました。
    ショーなんか、あったんですね。
    昔は隣で旅館もやっていたみたいですし。

    夏は、カザフスタンに行きました。
    アルタイの真珠マルカコリ湖までは、8時間で行くことが可能になったようです。
    2011年09月19日12時59分 返信する

    RE: 懐かしー。

    浦潮斯徳様

    木曽岬温泉行かれたのですね。
    本当に全く変わっていませんね。
    いつまでも変わらずにいてほしいものです。
    私は実は今、カラガンダに来ていまして
    浦潮斯徳さんの記事を読み、そして
    カラガンダの大草原を見ながら、日本のノスタルジーに
    浸らせていただいております。
    明日からまた頑張ります。
    そして、渋い記事期待しています。
    2011年09月19日20時18分 返信する

    RE: 懐かしー。

    DIABLO様
    お便り有り難うございます。
    カラガンダにいらっしゃるんですか。びっくりです。
    少し前まで、サハリンから連行された日本人と、ソ連系ドイツ人の奥さんがいたようですが。
    この日本人の方は岩手に帰国。子どもたちは、今ドイツに。

    もうカラガンダは寒いのではと思いますが。
    カザフスタン旅行の楽しみの一つは、ラグマンを食べることです。あとザクロジュースは、とても美味しいですね。

    来夏の予定はマルカコリ湖です。オスケメン市から8時間で行けるようになったようです。道も整備されたようです。マルカコリ湖は、かつては魚の量が多すぎて、馬が中にはいると、足をくじくようだったとか。
    それがセミパラチンスクの原爆実験後の雨が原因で、魚が減ったとか、そんな噂もあるようです。

    カラガンダの写真をネットで見ましたが、美しい街ですね。いつかは訪れたいと思います。あと、アラリスクの町の人が言うには、ロシア国境にあるウラリスクは、とても綺麗だと言っていましたが。

    カラガンダは、かなり寒いと聞いております。お体に気をつけてください。
    2011年09月19日21時07分 返信する
  • こんばんは!

    浦潮斯徳さま こんばんは!

    今日はご報告です。
    おかげさまで、2010初夏 の旅日記がやっと先ほど書き終わりました。
    浦潮斯徳さまには、ドイツの歴史についていろいろコメントをいただき、私の旅日記でも参考にさせていただきました。

    先ほど 2010初夏 No.43 ヴィースバーデン編でもお礼を申し述べさせていただきましたが、改めてここでお礼申し上げます。
    本当にありがとうございました。

    次回は、まだストックはたくさんありますので、どこにしようか悩み中です。
    その節もよろしくお願いいたします。

    追伸
    浦潮斯徳さまの旅日記には時々訪問させていただいて、思わずニヤニヤしたり、感動したりしています。
    これからも楽しみにしています。
    2011年01月27日20時44分返信する
  • 投票ありがとうございます。

    『 藤の花もいっぱい人もいっぱいでした。』に投票して頂きありがとうございます。
    浦潮斯徳さんの旅行記を見せて頂きました。そして、治水神社も・・・
    僕は鹿児島出身の為に時々薩摩神社(治水神社)に御参りに出掛けています。
    出掛けると、なぜか故郷に帰った思いになるのです。
    これからも訪問して下さい。
    2011年01月15日20時49分返信する
  • ドイツ絡みでお邪魔しました

    こんにちは♪

    カリーニングラード(ドイツ名ケーニヒスベルク)という町は恥ずかしいことに全く知りませんでした。
    ドイツとは深ーい因縁があった町なのですね。
    深い悲しい歴史があった街なのに、その当時住んでいたと思しきドイツ人の旅行客が訪れているとのこと、すばらしいことですね。

    浦潮斯徳さまの文章がまた面白い! 惹きこまれます。

    抜粋すると
    マレーネディートリッヒのあの言葉、ちょっと…と思っていましたら、やはりドイツ娘に唾を吐かれましたか?
    敗戦後、ドイツ館にやってきたソ連兵が水洗トイレを初めて見て顔を突っ込んだくだり…、私の旅行記「グムンデンのトイレ博物館」と被ってとても面白かった!

    それから浦潮斯徳さまの思いが伝わってくるところも随所に…。
    北方4島がロシア領という正当性に比べて、カリーニングラードがロシア領というのはおかしいと書いていらっしゃる…。
    カリーニングラードを代表する人物はレーニンではなく、カントだとのくだりに 浦潮斯徳さまの思いを見たように感じました。

    またお邪魔します!
    2010年12月16日14時00分返信する 関連旅行記

    RE: ドイツ絡みでお邪魔しました

    > カリーニングラードを代表する人物はレーニンではなく、カントだとのくだりに 浦潮斯徳さまの思いを見たように感じました。

    ご訪問ありがとうございます。ソ連が崩壊したあと、ウクライナの留学生から、カリーニングラードが、カントグラードかカントになるとお聞きしました。
    実際、カリーニングラードの大学生の一人も、スターリンの同志が、町の名前では良くないと。まだ町は荒れ放題。ドイツの援助なしでは、無理でした。リトアニア、ラトビア、エストニアに続いて、このロシアの飛び地・カリーニングラード州を加えバルト4国になると冗談を、言っていました。
    しかしプーチン大統領になり、石油収入でロシアは力をつけました。プーチンさんのリュドゥミラ婦人の故郷とあって、町はかなり綺麗になったようです。あのモンスター・ハウスも、ショッピングモールに。プーチンさん自体、ソ連へのノスタルジーがあるので、カリーニングラードは、カリーニングラードのままでしょう。
    この地を訪れて、北方領土は、戻らないと思いました。ポーランド、チェコ、リトアニア、ロシア、デンマーク、ベルギー、フランスは、大戦後ドイツの領土一部を奪いました。国境の変更は、ヨーロッパでは、もう認めないのです。プーチン大統領が就任したときに、「歯舞、色丹を返還して、平和条約を結びましょう」と言ってきたときに、何とかしていればこの二つだけでも日本になったのに。もう一つも戻りません。残念です。
    本日は12月16日ですが、1944年12月16日は、ドイツ軍最後の反撃・ラインの守り作戦が、発動された日です。無条件降伏をつきつけた連合軍に、襲いかかります。油断していたアメリカ軍は、大勢捕虜になったり戦死します。
    マレーネ・ディートリヒは、このとき、アメリカ軍を慰問に訪れていました。マレーネと親密な関係を結んだアメリカ兵は、次々死んでいったようです。
    この最後の反撃をもとに、アメリカ映画「バルジ大作戦」が出来ました。この映画で、若いドイツの戦車長が歌うパンツァー・リート(戦車の歌)は、一躍有名になります。
    ただ映画の内容は、デタラメです。アメリカ兵の捕虜を、ナチスの親衛隊が射殺するシーンがありますが、実際は雪中で濃霧のため、アメリカ軍の捕虜に発砲したようです。
    この事件は、マルメディ事件として、アメリカでは有名になります。戦後、武装親衛隊の大勢の指揮官が、裁判にかけられます。ヨアヒム・パイパーは、この事件に対して、射殺命令を出してはいないが、部下のしたことは、いかなる事であれ、指揮官の責任と述べ銃殺刑(絞首刑は、犯罪者として処刑。銃殺刑は、軍人として名誉ある処刑)を、請願します。
    パイパーが、捕虜を正しく扱ったということや、イタリアでユダヤ人を助けたことを、証言する者もいましたが、ナチスへの憎悪から、退けられます。
    しかし年月の推移とともに、ドイツに対する憎悪も弱まり、この被告たちは、保護観察つきで、突然釈放され、この事件はうやむやのまま終わります。
    パイパーは、大戦を生き延びましたが、フランスの寒村で翻訳業で、ひっそりと生活していたのですが、フランスの共産主義者のテロリストに殺害されます。
    日本では、マニアには、パイパーは好意的に受け止められ、タミヤの模型 にパイパーがあります。
    あと、カリーニングラード紀行ですが、バルチースクの写真を入れれば完成ですが。
    あと、ユーチューブに、「バルジ大作戦」をいれると、戦車長の歌うパンツァ・リートが、出てきます。
    有名な映画で、サンダース軍曹が出てくる「コンバット」は、ドイツ人によれば、「コンバットという嘘っぱちの映画で、一つだけ正しいことがある。それは、連合軍がノルマンディーに上陸したことだ」と。
    2010年12月16日19時21分 返信する

    RE: RE: ドイツ絡みでお邪魔しました

    浦潮斯徳さま

    またまた興味深いお話ありがとうございます。
    「バルジ大作戦」なつかしい〜!

    ユーチューブで「パンツアー・リート」聞きました。
    すっかり忘れておりました。しみじみとしたいい曲ですね。
    その頃の戦争の音楽と言ったら「史上最大の作戦マーチ」の
    あのワクワクするような賑やかな曲がすぐ浮かんできますが、
    いい曲もいろいろありましたね。

    その時代はほとんどがハリウッド映画でしたが、ドイツ軍の軍服が
    とてもカッコよかったと思いました。(まだ若かったです…)

    浦潮斯徳さまのコメントはコピーして、知らない人物が出てきたら
    調べています。それでまた面白い事実を見つけたり…と、楽しんでいます。

    ところで、リンツ編に取りかかろうと思いいろいろ調べていますが
    ヒトラーとリンツ、非常に深い関係があったのですね。
    検索でゾクゾク引っかかります。
    知らなかったのは私だけ? 無知をさらけ出してしまい恥ずかしいです。

    教えてくださって有難うございます。
    2010年12月18日16時57分 返信する
  • すっかり引き込まれてしまいました。

    浦潮斯徳さま

    私の旅行記に立ち寄ってくださったあの難しいお名前の方はどんな旅行記を書いていらっしゃるんだろう?
    そう思い寄らせていただきました。

    面白い、面白い!
    すっかり引き込まれてしまいました。
    (私への専門的なコメントからは想像もできません…)
    実は今日の私はとても忙しいのですが、それも忘れて続けて3冊読ませていただきました。

    後は楽しみに取って置きます。

    ところであの難しいお名前、「ウラジオストック」なんですね?
    今頃気がつきました。

    himmelより
    2010年12月11日10時37分返信する

哈桑湖さん

哈桑湖さん 写真

11国・地域渡航

16都道府県訪問

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哈桑湖さんにとって旅行とは

酒もたばこも女とも無縁の、美徳の塊のような生活を続けてきました。
それが出来るのも、来夏またバルハシ湖に行こうという夢があるからです。
バルハシ湖の為に働き、バルハシ湖を思って床に就きます。

自分を客観的にみた第一印象

チョンガーそのものです。

大好きな場所

バルハシ湖

大好きな理由

神がかりの美しさです

行ってみたい場所

バルハシ湖をすみからすみまで
ここで人生終われば、エス イスト グート(カントの最後の言葉 これでよし)ですね。

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