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哈桑湖さんのトラベラーページ

哈桑湖さんへのコメント一覧(11ページ)全127件

哈桑湖さんの掲示板にコメントを書く

  • 返信です

    浦潮斯徳さん 中国迷です。
    延辺は日本人にとり大変友好的な町ですね。
    小生も尹東柱さんの生家へ行きました。
    彼の悲劇は悔やまれます。
    生家の隣は明東牧師の博物館でした。今 「中国朝鮮族を生きる」旧満州の記憶。戸田郁子さん著作を読んで4ます。
    小生は延辺が好きですから 今年も5月に行きました、現地の皆さんに大変お世話になりました。
    延辺はかなり日本語が通じます 高齢の方や若い人たちも通じます。
    日本への留学を目的とした日本語学校もありました。
    延辺日本人会も有ります、事務局の崔さんは6月28日に来日され横浜でお会いしました・
    更に友好を深めたいと思います。
    再見
    2011年07月23日08時40分返信する

    「中国朝鮮族を生きる」を購入いたします。

    中国迷様
    とても興味深い本ですね。早速購入いたします。お知らせ有り難うございます。

    カザフスタンにも朝鮮人(コリョサラム高麗人)は、20万人くらいいます。こちらはスターリンによってロシア極東にいた朝鮮人が、強制移住させられて、カザフの地にやってきた人たちの子孫です。

    コリョサラムの親たちは、地元のカザフ人やロシア人に負けないように、農業で身を立て、子どもの教育に投資をしました。それゆえ、経済的に上位の人が多いようです。

    旧ソ連国家において、少数民族で、経済的に成功しているユダヤ人やタタール人は、ヒットルイ(ずる賢い)という目でみられたりします。チェチェン人は、マフィアだと。コリョサラムの人たちは、勤勉、誠実という目で見られています。

    2011年07月24日10時07分 返信する
  • 防川へ行かれましたね

    浦潮斯徳さん 中国迷と申します。
    防川 中朝露三国地帯へ行かれましたね。
    私は図門生まれです、図門の事はかすかに覚えてます。
    延辺は懐かしいところです。
    延吉 図門 褌春と三角地帯で 朝鮮族をはじめ 抗日運動の盛んな地方でした。
    今思えば 人間は寸土を争うのか悲しい事です。
    張鼓峰を始めとして色々な事件 事変を起こしてます。
    写真を拝見して懐かしさと暗嘆たる気持ちです。
    2011年07月22日09時05分返信する

    尹東柱生家訪問

    中国迷様
    お便り有り難うございます。かつては、反日の盛んなところだとは、書物には記載してありました。そうなんですね。

    ガイドさんの薦めで、民族派詩人・尹東柱生家訪問をいたしました。
    彼は、同志社大学在学中に、ハングルで詩を書いたことで、日本の官憲に逮捕され、福岡の刑務所で獄死しています。遺体には注射の針の跡が沢山あったようです。

    延辺の地では、この詩人を知らない朝鮮族の人は、いないといっても過言ではないようです。この詩人の写真を見たときに、あまりにもすがすがしい、お顔をされていただけに、いたたまれなくなりました。1日目のガイドさんも、2日目のガイドさんも、日本人は、尹東柱ことをもっとよく知って欲しいとおっしゃっておりました。

    あとびっくりしたのが、日韓併合は、韓国にもメリットはあったと言った日本の某知事のことは、ガイドさんは憤慨していました。あと、中国批判を繰り返し、南京事件を否定し、また従軍慰安婦に軍の関与がなかったと主張している女性ジャーナリストを、「毒女」と言っていました。私が知らないことまで、知っていたのでびっくりです。

    延辺の地はかつては反日の地でしたが、今は日本人と朝鮮族との国際結婚が盛んです。数ヶ月、延辺の地にいると、朝鮮族と漢族が仕草で、区別できるようになるらしいです。漢族は大雑把で朝鮮族は、感情が細やかなようです。日本人は当地では、どちらかというと、朝鮮族とウマがあうようです。

    朝鮮料理のレストランで食事をとりましたが、鉄の箸は日本人の私では、使いこなせれません。朝鮮族のウェイトレスの方が、木箸を持ってきてくれました。恐らくウェイトレスの方が漢族なら、そのままでしょう。レストランを出るときには、にこっと笑って頭を下げました。

    ただこれだけのことですが、私は延辺がとても気に入りました。昭和の時代の日本人を見ているような感じでした。ガイドさんから、「歳よりずっと若く見えるから(全くのお世辞ですが)、朝鮮族の女性とお見合いいかがですか」と言われ、年甲斐もなく照れてしまいました。

    2011年07月22日22時04分 返信する
  • 始めまして

    小生のブログに、お越し願い沢山の投票を頂き感謝します。

    足跡を辿りお邪魔致しました。

    貴重な映像と深い歴史のお話に、感服致しました。

    戦死した兄が、長く満州で訓練を受け、後、爆撃機の機銃手となり、
    インドネシアを爆撃時に被弾し、敵陣に自爆しました。

    一度旧満州は、強兵どもの夢のあと、簡単には、訪問出来ず、馬齢を重ねています。


    貴重なご報告に 深謝
    2011年07月03日13時18分返信する 関連旅行記

    お便り有難うございます

    お便り有難うございます。
    京都の東福寺、素晴らしそうですね。初めてしりました。

    先の大戦に対しては、戦争に行かせる側と、行かせられる側とで、見方が全然異なります。

    知覧の特攻記念館も、特攻隊の生き残りの人の中には、この特攻作戦を推進した参謀の責任が触れられず、ただ自らの意思で沖縄の海に飛び立ったという記述に、憤慨している方もおられます。

    最後は必ず自分も行くと言っておいて、戦後も生き延びています。責任をとったのは、大西瀧次郎ただ一人です。

    私は水木しげるさんの、戦争体験のマンガを、全て読みました。水木しげるさんは、戦争は人間を悪魔にすると、おっしゃていますが、そのとおりではと思います。

    「24の瞳」の映画とジェームス・ディーンとエリザベス・テーラー主演の「ジャイアンツ」という映画を見たときに、日本とアメリカの国力の差に、びっくりしました。どうして、あんな国に戦争を仕掛けたんだろうと。
    2011年07月03日22時30分 返信する

    お便り有難う

    浦潮斯徳さん 今晩は


    「知覧の特攻記念館も、特攻隊の生き残りの人の中には、この特攻作戦を推進した参謀の責任が触れられず、ただ自らの意思で沖縄の海に飛び立ったという記述に、憤慨している方もおられます。」

    同感です。我々は、「富国強兵」が国是で、お国の為に死ぬのが、男子の務めと洗脳されていました。

    米国の「自由を守る為に、命までも賭ける」に、似ています。

    「日本とアメリカの国力の差に、びっくりしました。どうして、あんな国に戦争を仕掛けたんだろうと。」

    「窮鼠猫を噛む」心境であったのでは

    日清戦争で勝利し、台湾と山東半島を、割譲を、迫り。日露戦争では、英国、米国の支援で、ロシアに勝利し、樺太と満州の利権を、得ることが出来たが、その恩を忘れ、日本(成り上がり国)が、米英から独にパートナーを
    変えたのが、大失敗でした。

    当時の米国国務長官ハルより、事実上の最後通告、中国より撤退、満州の返還ーーを、強制され、且つ石油の輸出禁止通告に憤慨し、戦争を開始せざる
    を得なくなり、外交の大失敗でした。

    当時日本軍は、国の予算の半分を専用し、外交は、外務省と駐在武官による
    2元外交でした。

    日本の近代史は、米国の気に入る様に造られたもので、現在の若者は、真実
    を知る事が、出来ず残念です。

    老人の繰り言です。 
    2011年07月04日01時44分 返信する
  • 初めまして

    浦潮斯徳さん 今晩は

    小生のブログにお越し願い、投票をいただき感謝します。

    足跡を辿り、本項に参りました。

    有名な事件で名前だけで、明細は知らなかったので興味深く拝見しました。

    貴重なご報告有難うございました。
    2011年07月01日21時57分返信する 関連旅行記

    RE: 初めまして

    kaz-yk様

    お便り有難うございます。
    数年前に、ウラジオストクから、この国境の町ハサンにきました。
    今回は、中国からです。

    今回は祇園のお写真を、見せていただきました。円山公園の近くなんですね。一度は行きたいものです。

    あと、淡島神社ですが、夕暮れに行ったので、少し薄気味悪く感じました。

    2011年07月01日23時30分 返信する
  • 投票お礼

    浦潮斯徳さま

    ご訪問と「五島列島 教会巡り 中通島2,3」旅行記の投票ありがとうございます。

    初投票が浦潮斯徳さまで、たいへん嬉しく思います。

    浦潮斯徳さまの心のつぶやきが入った旅行記が大好きです。

    少しずつですが、全ての旅行記を読んでいきたいです。

    それでは、ごきげんよう。

    ムヒカ
    2011年06月27日12時43分返信する

    寅さんと若菜ちゃんの初めての出会い

    ムヒカ様
    中通島の青砂ヶ浦教会は、寅さんと若菜(樋口可南子)ちゃんの、出会った教会です。
    この映画での美しい教会が、印象的でした。

    私は福江島、嵯峨ノ島、宇久島には、上陸しました。
    宇久島は、キリスト教の雰囲気は、皆無でしたが、古き良き日本をおもわせる素晴らしい島でした。

    青砂ヶ浦教会が、五島で一番美しいような、気がするのですが。

    ところで映画の内容は、司法試験を目指す酒田民夫青年が、若菜ちゃんに恋をします。寅さんが、間に入って結びつけようとするのです。数多くある寅さんシリーズの白眉です。

    お便り有難うございます。また綺麗なお写真有難うございます。
    2011年06月27日22時05分 返信する
  • お気をつけて

    こんにちは、marinka です。
    掲示板への書き込み、ありがとうございました。

    カスピ海の写真、きれいですね。
    私の見たカスピ海とはまったく非なるもので、
    浦潮斯徳さんは本当に海がお好きなのだなぁ、と感じました。

    8月にアラル海に行かれるとのことですが、
    お気をつけて行ってらしてください。
    旅行記、楽しみにしております。
    2011年06月24日09時46分返信する

    お便りありがとうございます

    marinka 様
    お便り有難うございます。
    中央アジアには、行きたい湖がいくつかあります。

    カザフスタンのガイドさんに、すすめられたのが、アルタイの真珠と言われる、マルカコリ湖です。
    この湖は、オスケメン市から16時間、しかも穴の開いた木製の橋を渡っていくので、怖くなってやめました。

    タジキスタンのカラクリ湖も、1週間の日程では無理なので、諦めました。

    アラル海は、ダムで小アラル海と大アラル海に分けたようです。
    小アラル海は、大分水位が上がったようです。
    また黒海から取り寄せた、カンパラというカレイの一種の魚が、繁殖してきて、漁業には明るい日差しのようです。

    アラル海の中に、ヴォズロジェーニエ(キリストの復活の意味)島があります。かつてここで、生物化学兵器の実験場が、ありました。この島は、現在は干上がって陸続きです。行けたらいきたいのですが。

    http://www.himbat.ru/forum/viewtopic.php?t=220
    このサイトが、ヴォズロジェーニエ島です。

    8月にアラル海に行ってきたら、またお知らせいたします。
    お便り有難うございました
    2011年06月24日22時47分 返信する
  • 同窓会ブログ

    浦潮斯徳さん  お早うございます。

    同窓会ブログへの投票ありがとうございます。
    浦潮斯徳さんが同窓生なのかは存じませんが、同窓会出席者以外からのアクセス・投票は意外でした。
    浦和は私にとって大変懐かしいところです。ふだん行く機会がないため余計そのように感じるのだと思います。
    今回の同窓会の写真は同窓生の皆さんへの配布の代わりにブログにしたもので、4Travel会員の皆様にはちょっとばかり申し訳ない気持ちがあります。
    これの懲りずに今後ともよろしくお願いいたします。
       yamada423

    PS:猫がお好きなようですね。我が家は家族に一員の様は老猫が3匹います。昨年11月末までは彼らの母猫もいて4匹でした。
    ブログには猫が登場していませんので、機会があったら出演させます。
    2011年06月22日11時37分返信する

    お便り、ありがとうございます

    お便り有難うございます。同窓生ではありません。
    私は高校の同窓会の会費を払っていませんし、また諸事情があって、高校の同窓会には、一度も参加していません。
    大学と違い、高校の同窓生は、色々な分野で生きている人がいると思います。
    他校とはいえ、同窓会とは、このようなものかなあと。ちょっぴり寂しくも感じました。
    でも浪人もいい経験でした。
    色々な場所に行かれているみたいですね。
    ザルツブルクの町並みと、ウクライナのリヴォフの町並みが、よく似ています。リヴォフも、ハプスブルク帝国の支配下でした。リヴォフをピカピカにしたのが、ザルツブルクのように感じましたが。
    私は猫が大好きです。和歌山の貴志川線の貴志駅の「たまちゃん」という駅長さんに、2回会いに行っています。
    2011年06月22日21時21分 返信する
  • 池島・・とうちゃんへの思いやり

    浦潮斯徳さん こんにちは

    池島紀行拝見しました。
    この島のことは知りませんでしたが、

    「しづかに とうちゃんたちをいっぱい ねせよう」

    という張り紙にヨイトマケの唄を思い出し泣きそうになりました。

    検索してみたら2001年に閉山されたようですので、
    閉山前の貴重な記録だと思います。



    2011年06月12日08時27分返信する 関連旅行記

    RE: 池島・・とうちゃんへの思いやり

    ご訪問、有難うございます。
    ヨイトマケの歌
    ユー・チューブで、初めて知りました。
    私は、高島にも行きました。
    ここも、廃墟の高層アパートがありましたが、現在は壊されています。
    高島からは、軍艦島も見えます。
    まだ押さなかった昭和の時代が、懐かしいです。
    2011年06月12日20時51分 返信する
  • 有難うございます。

    拙い旅日記「白骨街道の最終地点」へ投票、有難うございます。

    偶然にも、昨日、その日記に書いたHIV孤児の収容施設「さんたの家」から、活動報告が届きました。

    異国に眠る日本人と、異国で活躍する日本人について、もっと知りたいと思って、これからも旅をするつもりです。
    2011年06月07日11時26分返信する

    インパールのデタラメ作戦

    インパールのデタラメ作戦の犠牲者が、眠っているんですね。
    国の指導者は、戦地でお亡くなりになった方を、名誉の戦死として、英霊に祭上げています。
    こうして、指導者は、責任逃れを。

    知覧の特攻記念館も、生き残りの特攻隊員には、不評のようです。
    自らの意思で、特攻を志願したとあるからです。
    半ば、強制だったようです。
    特攻を推進した戦争指導者たちは、最後の特攻で、出撃すると言っておきながら、生きながらえています。

    このインパール作戦の発案者、牟田口司令官は、遺族に対して、何ら謝罪はありませんでした。彼のことは、ムチャグチとよばれていましたが。

    エイズの子どもの世話を、日本人がやっているとは、驚きました。

    貴重なご報告、ありがとうございました
    2011年06月07日21時43分 返信する
  • 貴重なお写真ありがとうございました。

    浦潮斯徳さん、こんにちは。

    防川という地名を知らなかったのですが、地図で見ると本当にロシア、北朝鮮、中国の国境なんですね。韓国と北朝鮮を分ける38度線のように緊迫とした雰囲気なのでしょうか?

    私も歴史をたどる旅が好きなのですが、どうも食べ物がおいしくなさそうな地には足が重くなってしまいます。

    ちなみに浦潮斯徳さんがこの地を訪れた際の、食事はどうだったですか?

    以前、ウラジオストクに住んでた日本人に聞いたのですが、ウラジオストクで流通する野菜、肉のほとんどが中国産でロシア人も中国産食材を怖がって食べてた、、、と言ってました。なんでも中国産の肉は成長ホルモンいっぱいで危険だとか。。。

    やはり極東の食生活は厳しいのでしょうか?


    ごましおちゃん
    2011年06月01日09時16分返信する 関連旅行記

    RE: 貴重なお写真ありがとうございました。

    お便り有難うございます。
    ロシアでは、この国境地帯は、写真撮影禁止で、軍人が目を光らせていて、緊張します。
    中国は、全くの観光地です。
    今、高いタワーを建築中です。
    これが出来たら、また行きたいです。
    沙草峰と張鼓峰が、一体か別個か、確めたいです。

    食べ物ですが、中国では必ず火を通すので、成長ホルモンや抗生剤は、あまり気にしなくてもと。
    食べ物は、一度は味わいたいのが狗肉(犬肉)です。皮ごと煮込んで食べます。味は、まあまあ。もう一度とは、思いません。
    ロバの肉は、やわらかくて美味しいです。串焼きにします。串焼きは、もともとはウイグル料理です。

    あと美味しいのは、暖めたとうもろこし入りの麺です。これは延吉独特で、韓国にはありません。
    日本人が、朝鮮人にもたらした料理は、巻き寿司です。助六を、カチンカチンにしたものです。とても綺麗に見えます。

    延吉では、朝鮮族と漢族が共存しています。顔はそっくりですが、朝鮮族の方が、繊細です。日本人との国際結婚が盛んです。

    この延辺は、日韓併合後、日本の統治を嫌って、大勢の朝鮮人が、豆満江を渡りました。その後、ここは満州国に。
    日本は独立派の朝鮮人を、弾圧したという歴史があります。独立派朝鮮人の詩人の生家も訪問しました。この方は、日本の同志社大学にいたことも。日本の福岡刑務所で、死亡しています。注射の針の跡があったようです。
    この詩人のことは、朝鮮族の人は、みんな知っています。日本人として考えさせられます。

    中国は4000年の歴史があります。もともと中国は、黄河流域のみでした。それが、この地を制服した異民族も、中国が制服した地域も、中国になっていきました。海南島も中国なのに、どうして朝鮮半島は、中国にならなかったか不思議なのです。延吉に行けば、なんかわかるかなあと思って来たのですが、1回の旅で分かるはずないです。ただ4000年たっても中国にならなかった朝鮮半島を、36年で日本に出来るはずはないなあと。
    2011年06月01日22時09分 返信する

哈桑湖さん

哈桑湖さん 写真

11国・地域渡航

16都道府県訪問

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哈桑湖さんにとって旅行とは

酒もたばこも女とも無縁の、美徳の塊のような生活を続けてきました。
それが出来るのも、来夏またバルハシ湖に行こうという夢があるからです。
バルハシ湖の為に働き、バルハシ湖を思って床に就きます。

自分を客観的にみた第一印象

チョンガーそのものです。

大好きな場所

バルハシ湖

大好きな理由

神がかりの美しさです

行ってみたい場所

バルハシ湖をすみからすみまで
ここで人生終われば、エス イスト グート(カントの最後の言葉 これでよし)ですね。

現在11の国と地域に訪問しています

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現在16都道府県に訪問しています