風来坊之介さんのクチコミ(45ページ)全2,655件
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- 基本情報
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投稿日 2017年11月12日
総合評価:3.5
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があり、その一つがここ隈川宗雄の胸像です。
隈川宗雄 (1858~1918) とは、明治16年 (1883) に東京大学医学部を卒業。 翌年より5年間ベルリン大学に留学し、生化学を研究した。
帰国後の明治23年 (1890) 医科大学病理化学上取調嘱託 (講師) に任ぜられ、わが国における生化学の開拓者となった。
とのこと。 〔一部理解出来ないところがあるが説明板の通り記す〕
立派な口髭を蓄え遠くをじっと見つめている姿は、新たな定量法か何かを考えているように思えます。
場所は、本郷キャンパスの中央右寄りにある医学部2号館本館前 (健康と医学の博物館 (東) 側) の人通りがあまりないところです。
本郷キャンパスに来られた折は、この隈川宗雄の胸像もご覧になっては如何でしょう。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・本郷三丁目駅出入口5から右手(東方向)に進み本富士警察署前信号を左折そのまま4分位行った左手奥で出入口5から歩いて8分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 3.0
- 場所が健康と医学の博物館の奥 (西側) なので博物館横の坂を上がるが緩やかなので大丈夫でしょう
- 見ごたえ:
- 3.5
- 立派な口髭を蓄え遠くをじっと見つめ新たな定量法か何かを考えているように思える胸像です。
-
投稿日 2017年11月12日
総合評価:2.5
東京大学の博物館なので期待して訪ねたところ、「博物館の場所移転につき 2019年4月頃まで休館します」とのことです。
場所も分かり期待していただけに残念だが、仕方ないことだと諦めざるを得なかった。
それにしても、何時から休館になったのか分からないが、1年半以上も休館とはいささか長いのと移転場所が何処になるのかなぁ~ と思ったところです。
本郷キャンパスには銅像などもあるので、これらを見て回ることにした次第です。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・本郷三丁目駅出入口5から右手(東方向)に進み本富士警察署前信号を左折そのまま4分位行った左手で出入口5から歩いて7分位のところです
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 入館無料だったが移転先でも無料だと思います
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 休館ということを知ってか知らずか分からないが訪ねた折は誰とも会いませんでした
- 展示内容:
- 2.5
- 場所も分かり綺麗な建物だったが中に入れず残念でした
- バリアフリー:
- 3.0
- 歩道から若干の傾斜はあるが通路は整備されているので大丈夫でしょう
-
投稿日 2017年11月12日
総合評価:4.0
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があるので探し歩いていると、東大病院・外来診療棟西側のバス通り越しの小高い緑地にこの石碑があるのに気が付いた。
かなり大きくどっしりした立派な自然石に、「加洲大聖寺藩 江戸上屋敷址」と彫られ、下の方には、一里塚と記された綺麗な円い焼き物 (?) がはめ込まれた石碑です。
石碑の左隣に、「大聖寺藩由来記」が刻まれた石板があり、大聖寺藩や九谷焼などのこと、またこの地にこの石碑があることも分かります。
ところで、この地大聖寺藩江戸藩邸跡は5,997歩だった由。 5,997歩といえば140m四方位と思うのでかなり広いところだったんだなぁ~ と思います。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・本郷三丁目駅出入口5から右手(東方向)に進み本富士警察署前信号を左折そのまま5分位行った左手で出入口5から歩いて8分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 2.5
- 場所が健康と医学の博物館と御殿下グラウンドの間でバス通り沿いの小高い緑地なので歩道から7,8段の階段を上がるのが大変でしょう
- 見ごたえ:
- 4.0
- 下の方に綺麗な円い焼き物 (?) がはめ込まれたかなり大きくどっしりした立派な自然石の碑です
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投稿日 2017年11月12日
総合評価:2.5
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があるので探し歩いていると、東大病院・外来診療棟西側のバス通り越しの小高い緑地にこの歌碑があるのに気が付いた。
結構大きく立派な自然石に、俳句が浮き彫りされた円いプレートがはめ込まれている綺麗な歌碑です。
が残念ながら、浮き彫りされている文字に難しく (?) て読み取れない箇所があり、全容が分からないとともに、何故ここにあるのかも分からなかった。
折角なので初めて見る人にも分かるよう、説明書きなど立てて欲しいと願うところです。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・本郷三丁目駅出入口5から右手(東方向)に進み本富士警察署前信号を左折そのまま5分位行った左手で出入口5から歩いて8分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 2.5
- 場所が健康と医学の博物館と御殿下グラウンドの間でバス通り沿いの小高い緑地なので歩道から7,8段の階段を上がるのが大変でしょう
- 見ごたえ:
- 2.5
- 綺麗な歌碑だが説明書きなどなくいろいろ分からないことがあり残念でした
-
わが国近代医学 (内科学) の真の基礎を築いた恩人の胸像です
投稿日 2017年10月31日
総合評価:3.5
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があり、その一つがここエルウィン フォン ベルツの胸像で、東大病院・外来診療棟西側のバス通り越しの小高い緑地にユリウス カール スクリバの胸像と並んでいます。
東京大学名誉教師であるエルウィン フォン ベルツ (1849~1913) は、ドイツのライプチヒ大学医学部を最優秀の成績で卒業し、明治9年 (1876) に東京医学校に招聘された。 明治35年 (1902) までの26年間、内科学の教育と診療にあたり、わが国の内科学の礎を築いた。
退任後は侍医を務め、明治38年 (1905) に帰国した。 大正2年 (1913) に大動脈瘤により没した。
とのこと。
二人が並んでいるこの胸像 (碑) は、東大病院側を向き今も見守っているように見えます。
またこの碑は、両先生の功績を記念するため建設されたことや、原位置からこの地点に移設された訳などを刻んだ石板が、後ろの壁に貼ってあります。
東大病院は勿論東京大学本郷キャンパスに来られた折は、この二人並んだ胸像 (碑) もご覧になっては如何でしょう。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・本郷三丁目駅出入口5から右手(東方向)に進み本富士警察署前信号を左折そのまま5分位行った左手で出入口5から歩いて8分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 2.5
- 場所が健康と医学の博物館と御殿下グラウンドの間でバス通り沿いの小高い緑地なので歩道から7,8段の階段を上がるのが大変でしょう
- 見ごたえ:
- 3.5
- カイゼル髭程ではないが立派な髭を蓄え東大病院をじっと見守っているような胸像です
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わが国近代医学 (外科学) の真の基礎を築いた恩人の胸像です
投稿日 2017年10月31日
総合評価:3.5
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があり、その一つがここユリウス カール スクリバの胸像で、東大病院・外来診療棟西側のバス通り越しの小高い緑地にエルウィン フォン ベルツの胸像と並んでいます。
東京大学名誉教師であるユリウス カール スクリバ (1848~1905) は、ドイツのハイデルベルツ大学で医学を学び、明治14年 (1881) に来日し、20年間にわたり東京大学医学部で教育・診療に従事し、わが国の外科学の礎を築いた。 明治34年 (1901) に東京帝国大学での任期が終了。
その後、聖路加国際病院外科主任に就任したが、明治38年 (1905) に肺結核と糖尿病により鎌倉で没した。 青山霊園外国人墓地に眠る。
とのこと。
二人が並んでいるこの胸像 (碑) は、東大病院側を向き今も見守っているように見えます。
またこの碑は、両先生の功績を記念するため建設されたことや、原位置からこの地点に移設された訳などを刻んだ石板が、後ろの壁に貼ってあります。
東大病院は勿論東京大学本郷キャンパスに来られた折は、この二人並んだ胸像 (碑) もご覧になっては如何でしょう。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・本郷三丁目駅出入口5から右手(東方向)に進み本富士警察署前信号を左折そのまま5分位行った左手で出入口5から歩いて8分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 2.5
- 場所が健康と医学の博物館と御殿下グラウンドの間でバス通り沿いの小高い緑地なので歩道から7,8段の階段を上がるのが大変でしょう
- 見ごたえ:
- 3.5
- カイゼル髭程ではないが立派な髭を蓄え東大病院をじっと見守っているような胸像です
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投稿日 2017年10月31日
総合評価:2.0
「御殿下記念館」とは、どんな記念館かと思い訪ねたところ、詳しくは分からないが関係者専用の運動・スポーツ施設のようです。
出入口の門は小振りながら素晴らしく、「東京大学御殿下記念館」との表示も綺麗なので入ろうとしたものの、雰囲気が全く違っているので戸惑ってしまった。
ここは関係者専用の施設で、何かの記念館などでなく関係者以外には縁のないところでは と思い、期待外れだった。
周りを見渡したが説明書きらしきものが見当たらず、ここは立派な名称 と思うので、せめて名称の由来でも分かるようにして貰いたいと思うところです。
なおここへ来るのに、地下鉄・本郷三丁目駅からも同じ位の時間掛かるが、本郷キャンパスを通った方がいろいろ見るものがあり楽しいのでは と思います。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・東大前駅出入口1から左方向に徒歩5分位の左手の正門から入り安田講堂右前方のバス通りの手前右側の建物で正門から5分位のところです
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 関係者専用なので非常に格安に設定されている と思います
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折出入口箇所では誰とも会わなかったが近くに車や自転車が沢山停まってました
- 展示内容:
- 1.0
- 記念館などでなく運動・スポーツ施設のようなので展示品はない と思います
- バリアフリー:
- 2.0
- グランドは小高いところで屋上のようで他の設備は地下らしいので何かと大変では と思います
-
投稿日 2017年10月30日
総合評価:3.5
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があり、その一つがここ青山胤通の胸像で、東大病院・第一研究棟の西 (バス通り) 側に佐藤三吉の胸像と並んでいます。
青山胤通 (1859~1917) は、明治15年 (1882) に東京大学医学部を卒業、翌年ドイツ・ベルリン大学へ留学し内科学と病理学を学んだ。 明治20年に帰国し帝国大学医科大学教授などに就任した。
その後、第一回日本内科学会会長、癌研究会初代会頭などを歴任、大正6年 (1917) 胃噴門癌により没した。
とのこと。
日本の内科学の発展に大いに尽くされた方ということが分かるとともに、胸像が建ててあるところも理解できます。
この像に向かって右側には、外科学だが同じように大いに尽くされた佐藤三吉の胸像があるので、併せて見ることが出来ます。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・東大前駅出入口1から左に徒歩5分位の左手の正門から入り安田講堂右前方のバス通りを越した東大病院前で正門から5,6分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バス通りは車が結構走っているが胸像近くを歩いている人や見ている人は誰もいませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 胸像周りには草花があり前は歩道なので大丈夫だがその前はガードポールがあり車が結構走っています
- 見ごたえ:
- 3.5
- 右手に葉巻 (?) を持ち何か考え込んでいるように見える胸像です
-
投稿日 2017年10月30日
総合評価:3.5
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があり、その一つがここ佐藤三吉の胸像で、東大病院・第一研究棟の西 (バス通り) 側に青山胤通の胸像と並んでいます。
佐藤三吉 (1857~1943) は、明治15年 (1882) に東京大学医学部を卒業、翌年ドイツ・ベルリン大学へ留学し外科学を学んだ。 明治20年に帰国し帝国大学医科大学教授などに就任した。
その後、第一回日本外科学会長、附属医院院長、東京帝国大学医科大学長などを歴任、昭和18年 (1943) 肺炎により没した。
とのこと。
日本の外科学の発展に大いに尽くされた方ということが分かるとともに、長生きされた方ということも分かります。 また、胸像が建ててあるところも理解できます。
この像に向かって左側には、内科学だが同じように大いに尽くされた青山胤通の胸像があるので、併せて見ることが出来ます。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・東大前駅出入口1から左に徒歩5分位の左手の正門から入り安田講堂右前方のバス通りを越した東大病院前で正門から5,6分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バス通りは車が結構走っているが胸像近くを歩いている人や見ている人は誰もいませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 胸像周りには草花があり前は歩道なので大丈夫だがその前はガードポールがあり車が結構走っています
- 見ごたえ:
- 3.5
- 非常に立派な方ながら優しい感じのする胸像です
-
投稿日 2017年10月30日
総合評価:3.0
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があり、その一つがここ英国人ダイヴァース博士の胸像です。
ダイヴァース博士 (1837~1912) は英国で教育を受け、1873年に来日、工部大学校や帝国大学理科大学で無機化学の教育と研究に多大な貢献をして化学教室の礎を築き、1899年博士の功績を称えて東京帝国大学名誉教師の称号が贈られた。
など殆んど消えて読み取り難い説明板から何とか分かったことです。
この胸像は1900年に製作されたようで、立派な髭を蓄えた博士を見ていると、(余計なことだが) 化学の実験をするのに支障ないのか心配になってきます。
場所は理・化学館の南東で、歩道と車道の間の植込みの中にあり、理・化学館を背にして車道側を向いていて前に車が停まっていたのでやや見難かったです。
なお、説明板はあるものの殆んど消えて読み取り難いので、更新することを望むところです。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・東大前駅出入口1から左に徒歩5分位の左手の正門から入り安田講堂右前方の病院手前にある理・化学館の南東で正門から5分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折近くを歩いている人や見ている人は誰もいませんでした
- バリアフリー:
- 3.5
- 胸像の前後は平坦だが前に車が停まっている時は見難いのと車に気をつけねばならないでしょう
- 見ごたえ:
- 3.0
- 髭を蓄えた立派な胸像だが説明板が読み取り難いのが残念に思います
-
2度にわたり東京帝国大学総長を務めた方の割には小振りの胸像です
投稿日 2017年10月29日
総合評価:3.5
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があり、その一つがここ山川健次郎の胸像です。
山川健次郎 (1854~1931) とは、少年時代に白虎隊士を経験したのち、米国エール大学で物理学を学んだ。 帰国後、26歳の若さで東京大学理学部の物理学主任教授に就任した。
その後、2度にわたり東京帝国大学総長を務め、一時京都帝国大学の総長を兼ねた。
更に、九州帝国大学初代総長、貴族院勅選議員、東宮御学問所評議員ほか多くの要職を務め、男爵の爵位を授与された。
など説明板を見れば見る程非常に立派な方で驚いた次第です。
場所は安田講堂の裏手 (東側) で、台座の上に小振りの胸像がホツンと乗っている感にです。
2度にわたり総長を務めたほか男爵の爵位を授与され、学問と教育に情熱を注ぎ日本の礎を築いた非常に立派な方なので、今の胸像では場所も形も寂しく思い、再考されることを望むところです。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・東大前駅出入口1を出て左 (南) 方向に歩いて5分位行った左手の正門から前方に2,3分の安田講堂の裏手 (東側) です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 訪ねた折講堂との間を行き来する人はいるが見ている人は誰もいませんでした
- バリアフリー:
- 3.0
- 胸像前は平坦なので大丈夫だがここに来るのに階段又は坂道を通るので結構大変です
- 見ごたえ:
- 3.5
- 非常に立派な方の胸像にしては小振りで寂しく思います
-
投稿日 2017年10月29日
総合評価:4.0
東京大学のシンボルである安田講堂と言えば、昭和44年 (1969) 1月に全共闘に占拠された講堂を機動隊が封鎖解除する時の攻防を思い起こす人が結構いるかと思います。
先日訪ねた折は、学生らしき人や見学 (見物?) らしき方が行き来しており、非常に平和な感じがするところになっています。
今回初めて訪ねて知ったことだが、この講堂の正式名称が東京大学大講堂ということです。 とはいうものの、正式名称を知っている方は少ないのでは と勝手に思っています。
また、意外と高低差のあるところに建ててあり、講堂前の広場の下は、生協購買部や食堂などになっている とのことです。
場所は、正門を入り前方の銀杏並木を進んだところで、訪ねた折は西陽を正面に受け、青空を背にして建っている姿はとても素晴らしく感動してしまいました。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・東大前駅出入口1を出て左 (南) 方向に歩いて5分位行った左手の正門から前方に2,3分のところです
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 訪ねたのが平日だったが見学 (見物?) らしき方とも結構出会いました
- バリアフリー:
- 3.0
- 講堂前までは平坦なので大丈夫だが講堂の後ろ側に行くのには階段又は坂道を通るので結構大変です
- 見ごたえ:
- 4.0
- 西陽を正面に受け青空を背にして建っている姿がとても素晴らしく感動してしまいました
-
投稿日 2017年10月23日
総合評価:3.5
東京大学本郷キャンパスには数多くの銅像があり、その一つがここ三好晋六郎の胸像です。
明治時代の造船学者で、1879年現在の東京大学工学部の前身の一つである工部大学校機械工学科を卒業し、直ちにイギリスに留学して造船技術を学び、86年造船学科の初代の日本人教授となり、後の発展の礎を築いた方です。
右ひじを本の上に置き優しく微笑んでいるような胸像で、現在の造船業を見守っているように見えます。
場所は、本郷キャンパスの北西端にある工学部船型試験水槽と5号館の間で、船型試験水槽を背にしています。
本郷キャンパスに来られた折、ここまで足を延ばしてみては如何でしょう。
とは言うものの、地下鉄・東大前駅からだと非常に近いと思います。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・東大前駅出入口1を出て左 (南) 方向に2分位進み信号を渡り50m位行った左手の西方門から入り階段を上がり30m位進んだ左手です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は近くに誰もおらすとても静かなところでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 胸像の直ぐ近くは別として付近は舗装され平坦なので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.5
- 如何にも学者らしい雰囲気のある胸像です
-
投稿日 2017年10月23日
総合評価:3.5
地下鉄・白山駅方面から国道17号を東京大学方向に散策していると、右手に洋風で背の高い立派な建物が目に留まった。
立ち止まって見上げると、塔頂に十字架が見え教会ということが分かり、玄関を覗くと何もしてないようでとても静かだった。
「集会のご案内」を見ると、いろいろ活動されていることが窺えます。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・東大前駅出入口1を出て左(南)方向に50m位行った農正門(東京大学農学部正門)前の信号を渡り左手の商店の左側を3分位進んだ左手です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 立ち寄った折は教会前を時折通る人がいた位でした
- バリアフリー:
- 4.0
- 歩道や玄関口はほぼ平坦なので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.5
- このように洋風で背の高い立派な教会は珍しいのでは と思います
-
投稿日 2017年10月23日
総合評価:3.0
注意してないと気が付かないような、公衆電話の隣りの一寸引っ込んだところに、「追分一里塚跡 (区指定史跡)」の立札だけがポツンとあります。
ここは、日光御成道 (旧岩槻街道) との分かれ道で、中山道の最初の一里塚があった。 分かれ道にあるので、追分一里塚とも呼ばれてきた とのこと。
立札の挿絵を見ると、街道沿いに家々が並びきっと賑わっていたことだろう と思います。
今の立札は一寸引っ込んでいるので、もっと分かり易いところに立てること を望むところです。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・東大前駅出入口1を出て左 (南) 方向に50m位行った農正門 (東京大学農学部正門) 前の信号を渡り左手の商店の左脇です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 信号待ちなどの人が程々いたが見ている人は誰もいませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 歩道沿いなので大丈夫だが歩行者に気を付けましょう
- 見ごたえ:
- 3.0
- 歩道から一寸引っ込んでいて分かり難いのが残念です
-
投稿日 2017年10月23日
総合評価:4.0
文京区向丘2丁目には本郷通り沿いや奥 (東側) にも寺院があり、その一つがここ浄土宗の願行寺で、本郷通りから一本東側に入った通り沿いにあります。
東京大学弥生 (農学部) キャンパスの西沿いの通りを散策していると、大きくはないが歴史を感ずる山門があり、奥に朱塗りの柱の綺麗なお堂が見えます。
山門左手には、出世不動明王と刻まれた石碑とともに「区指定文化財 木造・阿弥陀如来坐像」の立札が、また文京区保護樹木もあります。
山門をくぐると正面に不動尊堂が、右手奥に本堂があり、決して広くない境内だが左側に富士講石碑を初め西国札所観音霊場仏塔や輪塔、宝篋印塔などがあり、各々説明板類が立ててあるので由来などが分かります。
ここ願行寺は、330年位前にこの地に移ってきたとのことで、歴史を感じるものがいろいろあり、説明板などを見ていると時間が経つのを忘れてしまいます。
決して広くない境内だがいろいろ見るものがある寺院なので訪ねてみては如何でしょう。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・東大前駅出入口1を出て右 (北) 方向に20数m進み右折して道なりに2分位行った左手が山門です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 3.5
- 石畳で良く整備されているが輪塔廻りをする折は凸凹しているので気を付けましょう
- 見ごたえ:
- 4.0
- 山門を初め歴史を感じるものがいろいろあり見ていると時間が経つのを忘れてしまいます
-
縄文時代中期の貝塚と住居跡などが発見されたところ とのことです
投稿日 2017年10月22日
総合評価:3.5
JR田端駅と地下鉄本駒込駅の中間位の駒込病院前バス停の前 (病院側) にある遺跡で、東京都指定史跡になっています。
今は囲まれた植込みの中に、説明板と「動坂貝塚」という石碑らしきものが、また直ぐ北側にある駒込公園に、「東京都指定史跡 動坂遺跡」と刻まれた石柱と出土品などを記した説明板があるだけなので、遺跡としては一寸物足りない感じがします。
説明板によると
ここ標高20mの台地上に縄文時代中期の貝塚と集落が形成された。
昭和49年に都立駒込病院の外構工事中に貝塚が発見され、二次にわたり5ヶ月間発掘調査が行われ、いろいろのことが分かったとともに多くのものが出土した。
またこの地は、江戸時代後期には御鷹匠同心組屋敷があり、当時の生活の一端を示すものが縄文遺跡の上に発見された。
とのこと。
ここの縄文時代中期の遺跡の上に、江戸時代後期の屋敷があったことに感心したのとともに、ここが標高20mと言うことを初めて知り、普段標高のことなど考えたことがないが意外と低いところなのに驚いた次第です。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 地下鉄本駒込駅から北東方向に歩いて10分位の左手に都立駒込病院が見え右手のバス停前 (病院側) なので分かり易いです
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バス停には待っている方が公園には子供連れが結構いたが遺跡などを見ている人は誰もいませんでした
- バリアフリー:
- 3.5
- バス停のところは歩道なので大丈夫だが公園へは階段を上がるので大変でしょう (迂回すれば公園へ階段なしで入れます)
- 見ごたえ:
- 3.5
- 説明板と石碑らしきものや石柱だけなので遺跡としては一寸物足りなさを感じます
-
投稿日 2017年10月22日
総合評価:3.5
文京区向丘2丁目には本郷通り沿いや奥 (東側) にも寺院があり、その一つがここ浄土真宗の西教寺で、本郷通りから一本東側に入った通り沿いにあります。
東京大学弥生 (農学部) キャンパスの西沿いの通りを散策していると、瓦葺の立派な鐘楼とともに銅板葺で小柄ながら赤門が目に留まります。
赤門左手前にある説明書きを見ると
徳川家の重臣、酒井雅楽頭 (井伊家と並ぶ大老の家柄) の屋敷から明治7年 (1874) 移築された。 大正12年の関東大震災に被害を受け、重量軽減のため瓦葺から銅板棒葺に改めるなど、一部修理が行われた。
また、文京区指定有形文化財 (建造物)
とのこと。 〔余談だが、今の屋根は銅板棒葺でなく銅板葺と思うが、その後再修理などしたのだろうか?〕
赤門をくぐると目の前に瓦葺の本堂があり、他にこれと言ったものは見当たりませんでした。
東京大学の赤門とは規模が違うが、ここにも赤門があるので機会があればご覧になっては如何でしょう。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・東大前駅出入口1を出て右 (北) 方向に20数m進み右折して道なりに1分位行った左手に鐘楼や赤門が見えます
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 立ち寄った折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 3.5
- 赤門前に段差があるので気を付けましょう
- 見ごたえ:
- 3.5
- 赤門も良いが瓦葺の鐘楼が立派です
-
投稿日 2017年10月21日
総合評価:3.5
文京区向丘2丁目の本郷通り沿いには寺院があり、その一つがここ浄土宗の常光院浄心寺で、通り沿いの参道左手に大きな布袋さんが建ててあるので非常に目立ちます。
参道右手に大きな寺号標が建ててあり、ここが淨心寺 ということが分かります。
両脇が桜の木で敷石が乱張りの綺麗な参道を進むと、石段の上の高いところに大きな本堂があります。
本堂に上がるのに結構大変だが、石段の左手にスロープとエレベーターが備えてあり寺院の心遣いが窺えます。
立ち寄ったのが10月だったので参道はやや寂しかったが、花の時季には桜花に囲まれ見事な参道となることと思います。
ここ浄心寺は、本郷通り沿いで大きな布袋さんが迎えてくれるので、近くに来た折などに立ち寄ってみては如何でしょう。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・東大前駅出入口2からほぼ北方向に歩いて4分位の右手です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 立ち寄った折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- ほぼ平坦で整備が良く行き届いているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.5
- 大きな布袋さんを初め綺麗な参道や本堂など見るものがあります
-
投稿日 2017年10月21日
総合評価:3.5
地下鉄・本駒込駅近くの文京区向丘2丁目にある曹洞宗高林寺の墓地内にあり、文京区指定史跡になっています。
本堂左手の墓地出入口の白壁の塀に「高林寺史跡ご案内」が貼ってあり、墓所には表示板が立ててあるので分かり易いです。
墓所には背の高い墓碑が夫人と仲良く並び、綺麗な花が手向けられいるのを見ると大切にされていることが窺えます。
緒方洪庵は江戸時代末期の蘭学者・医学者・教育者で、墓碑が夫人と仲良く並んでいるのはその影響でしょうか、当時としては珍しいのでは と思います。
また、緒方洪庵の墓所の奥の方に、明治から昭和にかけて活躍した歌人の岡麓の墓所もあるので訪ねてみては如何でしょう。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・本駒込駅改札を通りエレベーターで地上に出て歩道なりに右手(北東)方向に6,70m行った右手奥で地上に出てから1分位の高林寺墓地内です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 山門前と墓地内のところにより若干の段差があるが全般に良く整備されているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.5
- 洪庵夫人と仲良く並んでいる墓碑を見ていると羨ましくなってきます
















































































