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風来坊之介さんのトラベラーページ

風来坊之介さんのクチコミ(17ページ)全2,655件

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  • 右手にボールを握った大きく迫力あるブロンズ像です

    投稿日 2019年03月08日

    日本野球発祥の地 記念碑 神田・神保町

    総合評価:3.5

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折通り掛かったところで、白山通りの共立女子大学前信号手前を右手 (東) 方向に一寸行った右手の学士会館の植込みにあります。
     右手にボールを握ったブロンズ像で、背丈より大きく非常に迫力を感じます。
     像の下に2003年12月付の碑文があり、概要だが
     ここには、東京大学の前身の開成学校があり、1872 (明治5) 年、同校でアメリカ人教師ホーレス・ウィルソン氏が、学課の傍ら生徒達に野球を教えた。
     これが 「日本の野球の始まり」といわれ、全国的に広まっていった。
     2003年、同氏は野球伝来の功労者として野球殿堂入りした。
     とのこと。
     この大きな手から投げられたボールなら全国に届くだろう と思う位大きく迫力ある像で、他では見れない珍しい記念碑だろうから機会をみてご覧になっては如何でしょう。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    地下鉄・神保町駅出入口A9を出ると目の前の道路越しに右手にボールを握ったブロンズ像が見えるので出入口A9から直ぐです
    人混みの少なさ:
    4.0
    地下鉄・神保町駅出入口付近には多くの方がいるが記念碑を近くで見る人はいませんでした
    バリアフリー:
    4.0
    歩道が整備されているので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.5
    右手にボールを握ったブロンズ像が背丈より大きく非常に迫力を感じます

  • 説明板に発祥の地以外のこともいろいろ記されています

    投稿日 2019年03月06日

    我が国の大学発祥地(東京大学発祥の地) 神田・神保町

    総合評価:3.5

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折通り掛かったところで、白山通りの一ツ橋交差点の右手向こう (北東) 角に建つ学士会館の白山通り側を向いた玄関右手の植込みに、横長で綺麗な石碑と説明板があります。
     この石碑と説明板を見て オヤッ? と思ったのは、石碑には「東京大学発祥の地」と彫られているが、説明板のタイトルは「我が国の大学発祥地」とあり石碑と違っているので読んでみると、我が国の大学 = 東京大学 との表現があり日本には東京大学しかないのかなぁ~ と不可解に思ったところです。
     それはさておき説明板によると、概要だが
     明治10年 (1877) に神田錦町3丁目にあった東京開成学校と神田和泉町から本郷元富士町に移転していた東京医学校が合併し、東京大学が創立された。
     創立当初は、法学部・理学部・文学部・医学部の4学部で、法学部・理学部・文学部の校舎が、神田錦町3丁目の当地に設けられ、その後、徐々に充実されて明治18年 (1885) までに本郷への移転を完了した。
     明治19年 (1886) に、合併などで総合大学となり帝国大学と名づけら、更に、京都、東北、九州、北海道、大阪、名古屋の他、戦後なくなったが京城と台北に帝国大学が設立され、戦後、国内の7帝国大学は、それそれ大学と呼称が変更された。
     また、明治19年創立の学士会は、以上の9大学の卒業生等で組織され、ここにある学士会館を建設しその経営に当たっている。
     ことなどいろいろ記されて中で、戦前には朝鮮半島にも帝国大学があったことを知り驚いた次第です。
     ということで、この説明板にはいろいろ記されていて長いが、東京大学発祥の地以外のことも知ることが出来るのでじっくりご覧になっては如何でしょう。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    近いのは地下鉄・神保町駅出入口A9を出て右手の共立女子大学前信号を左手(南)方向に渡りそのまま1分位進んだ学士会館の玄関右手の植込みです
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ている間近くを行き来する人がたまにいる位でした
    バリアフリー:
    4.0
    歩道が整備されているので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.5
    横長で綺麗な石碑とじっくり読むといろいろ知ることが出来る説明板です

  • 昭和3年完成のレトロな雰囲気を醸し出している建物です

    投稿日 2019年03月06日

    学士会館 神田・神保町

    総合評価:3.5

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折立ち寄ったところで、白山通りの一ツ橋交差点の右手向こう (北東) 角に建つ2階以上の外壁が茶系のスクラッチタイルで覆われた4階建てなので目に留まります。
     前 (西側) の白山通りは、幾度か通ったことがあるが会館に入るのは初めてで、南側の玄関から入り赤い絨毯敷きの廊下などを通り北側の玄関から出た次第です。
     昭和3年 (1928) の完成だけのことはあり重厚で落ち着きを感じ、談話室に入った時は、このようなところで仲間と談笑など出来たらいいなぁ~ と思ったところです。
     1階には、4つのレストランがあり、2階以上では、会合や宴会、宿泊などが出来る とのことなので、今回は特に用事があって入った訳ではないが、機会をみて利用したいと思っています。
     因みに、ここ学士会館は、
     旧帝国大学出身者の親睦と知識交流を目的として、宿泊、レストラン、会議室、結婚式場などを完備した倶楽部施設だが、現在では一部施設を除いて一般利用が可能。
     とのことです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    近いのは地下鉄・神保町駅出入口A9を出て右手の共立女子大学前信号を左手(南)方向に渡りそのまま1分位進んだ左手が南側の玄関です
    人混みの少なさ:
    4.0
    館内にいる間2,3の方を見掛けた位だがレストランは結構繁盛しているようでした
    バリアフリー:
    3.5
    南側の玄関前は石段だが北側の玄関にはエスカレーターがあり内部はエレベーターが備わっているので心配ない と思います
    見ごたえ:
    3.5
    外観が昭和初期の建物らしくスクラッチタイルで覆われ内部は重厚で落ち着きがあり赤い絨毯などとともにレトロな雰囲気を醸し出しています

  • 高層ビルに囲まれた都会のオアシスといった感じの公園です

    投稿日 2019年03月06日

    錦三 七五三太公園 神田・神保町

    総合評価:4.0

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折寄り道したところで、休日だったためか殆ど誰もおらず一休みするのに恵まれたところです。
     高層ビルに囲まれたところに、大きくはないが樹木や四角のオブジェ、せせらぎなどがあり、簡易なテーブルや椅子、ベンチも揃いよく整備された都会のオアシスといった感じのところです。
     そうそう、目の前にコンビニもあり、平日には近くの勤め人たちにも喜ばれているところだろう と思います。
     南側の出入口にある「錦三・七五三太公園」との説明板によると、概要だが
     江戸の昔、この場所には安中藩板倉伊予守の江戸藩邸があり、同志社英学校 (現同志社大学) を興した新島襄が、藩邸内で生まれ幼少期から21歳までの青春期をこの地で過ごしている。
     ことを初め、昔より当町会と深いご縁がある新島襄に敬意を表するとともに、幼名である「七五三太」を冠し、ここを錦三・七五三太公園とするものです。
     など、新島襄に関することや町会の子ども達のエピソードなどもいろいろ記されていて面白く読むことが出来ます。
     なお、「錦三」とは、ここ錦町三丁目町会のことで、この公園名は、「錦町三丁目広場」の通称名 とのことです。
     ここ 錦三・七五三太公園 は、散策などの折一休みするのに恵まれているとともに新島襄のことなどがいろいろ分かるので、近くを通られた折などに立ち寄ることをお勧めしたいところです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    地下鉄・神保町駅出入口A9を出て右手の共立女子大学前信号を左手(南)方向に渡りそのまま1分強進んだ一ツ橋信号手前を左折し2分位行った左手です
    人混みの少なさ:
    4.0
    一休みしている間近くを通ったりコンビニに出入りする人が時折いる位でした
    バリアフリー:
    4.0
    園内はよく整備され平坦だが多少坂のところもあるものの心配ない と思います
    見ごたえ:
    4.0
    高層ビルに囲まれた都会のオアシスといった感じの公園で一休みするのに恵まれたところです

  • 複合ビルの一角にファサード保存されています

    投稿日 2019年03月06日

    博報堂旧本館 神田・神保町

    総合評価:3.5

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折寄り道の途中で見掛けた建物で、玄関左手のプレートを見て、1895年創業の株式会社 博報堂 と分かったものの何となくしっくりこないものを感じたところです。
     どう見ても不思議だったので後程調べたところ、
     ここは、博報堂の本社屋があったところで、他社と共同開発した複合ビル「テラススクエア」の一角に、1930年竣工の博報堂旧本館をファサード保存として復元されたことが分かり納得した次第です。
     ここ博報堂旧本館のファサード保存は正面と右側面で、内部は、旧本館が3階建てだったが2階とし商業施設の一画としている とのことだが、かつての様子が残っているかも と思いつつ入ってみたところ、飲食関係が殆どなので早々に出てきた次第です。
     とは言え、かつての本社屋の姿は分からないが、塔屋など多少変えてはいるものの玄関部分は、当初から使われている人造石を洗浄したり手入れして再利用している とのこと。
     ここ博報堂旧本館を見ると、ファサード保存にいろいろ苦心していることが窺え、また地域のランドマークとして親しまれていくことと と思います。
     この付近には、歴史ある建物などがいろいろあるので併せてご覧になることをお勧めしたいところです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    地下鉄・神保町駅出入口A9を出て右手の共立女子大学前信号を左手(南)方向に渡りそのまま1分少々の一ツ橋信号手前を左折し2分弱行った左手です
    人混みの少なさ:
    4.0
    近くを行き来する人は程々いるが見る人は殆どいませんでした
    バリアフリー:
    4.0
    正面の歩道や右側面の広場が整備されているので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.5
    複合ビルの一角に正面と右側面が綺麗にファサード保存されています

  • 外装が未だ新しく綺麗に見えるが大きく立派で歴史を感じる建物です

    投稿日 2019年03月04日

    共立講堂 神田・神保町

    総合評価:3.5

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折目に留まった建物で、白山通り側から「共立講堂」と大きく見えるので分かり易いです。
     外装が未だ新しく綺麗に見えるが、大きく立派な建物で歴史を感じる造りなので近付いて見ると、正面左手に「景観まちづくり重要物件」のプレートがあり、平成15年度に千代田区から指定されていることが分かります。
     しかし、これ以外のことは分からなかったので後程調べたところ、この共立講堂は、
     昭和13年(1938) に落成した耐震耐火の鉄筋コンクリート造りの当時としては大変モダンな意匠の建物で、学校行事での使用だけでなく外部にも貸し出したため、一躍その名を高めることになった。
     が、昭和31年 (1956)、突如火焔に包まれ内部を全焼したものの、翌年、構造体はそのまま残し内部と外部の一部を変更した復興工事を完成させた。
     その後、昭和51年 (1976)、環境の変化に伴い長年にわたる外部への貸し出しを終わり、講堂として学校行事だけに使用している。
     また、平成12年 (2000)、耐震補強工事と内部機能改修工事を、更に平成19年 (2007)、外壁タイルの張替工事を行った。
     とのことで、歴史があり、かつては有名だったことなどが分かります。
     今は一般公開されていないので、内部を初め落成当時の大変モダンな姿や復興後の様子などは分からず残念に思います。
     平成になり耐震補強や改修工事、外壁タイルの張替工事を行ったとは言え、構造体は当初のままだろうから貴重な建物では と思い、是非一般公開して内部も見れるようにして欲しいところです。
     ここ共立講堂は、現在外部しか見れないものの、この付近には、種々の大学関連施設などがあるので併せてご覧になっては如何でしょう。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    近いのは地下鉄・神保町駅出入口A8を出て右手の共立女子大学前信号を渡りそのまま南方向に1分位進んだ右手です
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ている間近くを行き来する人がたまにいる位でした
    バリアフリー:
    4.0
    歩道が整備されているので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.5
    外装が未だ新しく綺麗に見えるが大きく立派な建物で歴史を感じる造りとともに「景観まちづくり重要物件」に指定されています

  • 東京外国語大学の直接の前身が開設された地に石碑があります

    投稿日 2019年03月04日

    東京外国語学校発祥の地 神田・神保町

    総合評価:3.0

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折通り掛かったところで、白山通りの一ツ橋河岸交差点を越えて左手 (西側) にある学術総合センターの南 (如水会館) 寄りの敷地の植込みに、赤御影石の綺麗な石碑があります。
     碑文を見ると、概要だが
     東京外国語大学の起源は、安政1年 (1857) に創設された蕃書調所まで遡るが、直接の前身である東京外国語学校が開設されたのは、明治6年 (1873) この地でだった。
     東京外国語大学は、この日を建学記念日として、平成14年 (2002) ここに碑を建立する。
     とのこと。
     東京外国語大学は、遡ること160年も前の蕃書調所が起源だったことを知り驚いた次第です。
     未だ新しく綺麗な赤御影石の碑のみだが、この付近にある種々の大学関連の一つとして、近くを通られた折などにご覧になっては如何でしょう。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    近いのは地下鉄・神保町駅出入口A8を出て右手の共立女子大学前信号を渡りそのまま南方向に2分少々進んだ右手です
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ている間近くを行き来する人がたまにいる位でした
    バリアフリー:
    4.0
    歩道が整備されているので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.0
    碑文から東京外国語大学の起源や直接の前身が開設された地であることなどが分かります

  • 落ち着きのあるエントランスホールに見るものがあるところです

    投稿日 2019年03月04日

    如水会館 神田・神保町

    総合評価:3.5

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折立ち寄ったところで、白山通りの一ツ橋河岸交差点の左手向こう (北西) 角に建つ如水会ビルの1~3と14階です。 (余談だが、4~13階は オフィスフロア の由)
     ここ如水会館は、一橋大学の同窓クラブ「如水会」の同窓会館なので、入っていいのかどうか迷ったが、どんなところかと思い入ってみた。
     重厚で風格あるアーチ形の玄関を入ると、天井が高く落ち着きのあるエントランスホールの正面に、一橋大学の校章である マーキュリー を中心に刻みこんだ白亜の装飾が目に留まります。
     左手に「旧会館の玄関アーチ」との説明書きがあり、概要だが
     大正8年 (1919) に建設された英国式の壮麗な白亜の旧会館の玄関を飾ったアーチの庇部分で、
     昭和57年 (1982) の新会館竣工に合わせ、旧会館のシンボリック・モニュメントとして、その半世紀余にわかる栄光と面影を偲ぶ縁としてしたものです。
     とのこと。
     館内は、1~3階がレストランと宴会場に、14階が一ツ橋クラブになっていて、レストランには誰でも出入りできる とのことなので次の機会には食事などしたいと思っています。
     どんなんところかと思い入ってみて、広くはないが落ち着きのあるエントランスホールで白亜の装飾や、如水会の結成に当たりその命名者となった 澁澤榮一翁 の胸像などゆっくり見ることが出来とても良かったです。
     ただ、ここは観光の場ではないので、迷惑が掛からないよう見させて貰う気持が必要なところでは と思います。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    近いのは地下鉄・神保町駅出入口A8を出て右手の共立女子大学前信号を渡りそのまま南方向に2分半位進んだ右手です
    人混みの少なさ:
    4.0
    立ち寄った折はエントランスホールに2,3の方がいる位でした
    バリアフリー:
    4.0
    エントランスホールは心配なく他のところも大丈夫では と思います
    見ごたえ:
    3.5
    広くはないが天井が高く落ち着きのあるエントランスホールで旧会館の玄関を飾ったアーチの庇部分などゆっくり見ることが出来ます

  • 未だ新しく綺麗な標柱が建ててあります

    投稿日 2019年02月28日

    学習院(華族学校)開校の地 神田・神保町

    総合評価:3.5

     地下鉄・竹橋駅から神田神保町方面に向かう折寄り道したところで、神田錦町郵便局の向かい側歩道の植込みに、「飯田橋散歩路」にある歴史標柱と同じような標柱が建ててあります。
     その標柱の説明書きを見ると、概略だが
     弘化4年 (1847) 京都御所に公家の学習所として設立された「学習院」は、明治10年 (1877) 華族学校「学習院」としてこの地に創立された。
     現在 学習院は、豊島区目白や新宿区戸山などに大学や高等科、中等科、初等科、幼稚園などを設置している。
     この碑は、学習院創立125周年記念事業として、学習院の同窓会である桜友会の寄贈により、平成14年 (2002) に建立したもの。
     とのこと。
     未だ新しく綺麗な標柱だが、ここが「學習院 (華族學校) 開校の地」という歴史などが分かるので、近くを通られた折などにご覧になっては如何でしょう。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    地下鉄・竹橋駅出入口3bを出てそのまま2分位進んだ錦町河岸交差点を渡り更に右手に渡り細い通りに入って3分位行き突き当りT字路の右15m程です
    人混みの少なさ:
    4.5
    見ている間近くを誰も通りませんでした
    バリアフリー:
    4.0
    歩道が綺麗に整備されているので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.5
    未だ新しく綺麗な標柱だが「學習院(華族學校)開校の地」という歴史などが分かります

  • 横から見ると綺麗で珍しい形のアーチ橋です

    投稿日 2019年02月28日

    錦橋 神田・神保町

    総合評価:3.5

     皇居東御苑の北側を流れる日本橋川に架かる橋の一つで、橋上に半分位だが首都高速が走っているので景観が良くないです。
     欄干はまぁまぁだが、親柱は飾り気なく橋名板は遠慮しているように小さく、一寸寂しい感じがします。
     が、横から見ると、白く塗装された綺麗なアーチ橋で、水面に映っているが眼鏡橋のように見えないのがやや残念です。
     このアーチ橋が珍しいと思ったのは、中央部分は完全にアーチ形をしているが、両側は半分しかアーチ形になっていないことです。
     橋の竣工が昭和2年 (1927) とのことなので、円滑な流れの確保とともに水上輸送の必要性からこのように川の中央を広くしたのだろう と思ったところです。
     ここ錦橋を通り掛かった折などは、横からご覧になると珍しい形のアーチ橋なのが分かるのでお勧めです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    地下鉄・竹橋駅出入口3bを出てそのまま1分半位行ったところが南西詰です
    人混みの少なさ:
    4.0
    行き来する人がたまにいる位でした
    バリアフリー:
    3.5
    歩道は綺麗に整備されているので大丈夫だが横から見る場合足元の良くないところがあるので気を付けましょう
    見ごたえ:
    3.5
    横から見ると中央部分は完全なアーチ形だが両側は半分のアーチ形の珍しい橋脚です

  • 別の橋が隣り合っているように見える不思議な造りの橋です

    投稿日 2019年02月26日

    一ツ橋 神田・神保町

    総合評価:3.5

     皇居東御苑の北側を流れる日本橋川に架かる橋の一つで、橋上に首都高速が架かっている上、現在橋梁補強工事のため囲いがあるのでより圧迫感を感じるところになっています。
     南東詰親柱の右手 (下流側) に、説明書きなどがないので分からないが一ツ橋門跡と思われる石垣があり、もしそうなら説明書きなどがあれば と思うところです。
     ところで、橋を渡っていて オヤッ? と思ったのは、親柱が二つあるように見える のと、両側の欄干はしっかりした石造りだが中央部分は緑色に塗られた鋼製 ということです。
     二つあるうちの親柱だろうと思っていた橋名板の付いた小さめの方は袖柱で、橋名板はないが上部が橋灯になっている方が大きく、こちらが親柱のように見えるが、どちらが親柱なのか迷うところです。
     また、離れたところから見ると分かるが、両側の石造りの欄干の下は、同じように石造りのアーチで、中央部分の鋼製の欄干の下は、同じように緑色に塗られた鋼製の橋桁となっているので別の橋が隣り合っているように思え、なぜこうなっているのか珍しく不思議な造りになっています。
     通ったのが休日の昼前だったがやや薄暗く、行き来する人にたまに会う位で、車は殆ど通らないとても静かなところでした。
     なお、北西詰の親柱の右隣りに橋の説明板があり、橋名の由来や一ツ橋門の撤去年、現在の橋の架設年、長さや幅などが記されているので役立ちます。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    近いと思うのは地下鉄・竹橋駅出入口3aを出てそのまま3分弱進み平川門交差点手前を右折して1分弱行ったところが南東詰です
    人混みの少なさ:
    4.0
    行き来する人にたまに会う位でした
    バリアフリー:
    4.0
    歩道がかなり広く綺麗に整備されているので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.5
    欄干を見ても離れたところから見ても別の橋が隣り合っているように思える珍しく不思議な造りになっています

  • ビルや高速道路に囲われとても静かなところでした

    投稿日 2019年02月26日

    雉子橋 神田・神保町

    総合評価:3.0

     北の丸公園の東側を流れる日本橋川に架かる橋の一つで、首都高速・竹橋JCTの合流・分岐箇所辺りの橋梁に覆われているので、頭を押さえられているように感じるところです。
     橋自体は、車道や歩道が結構広い普通の橋では と思うが、石造りで屋根付きのどっしりし橋名が良く見えない親柱には、重厚さとともに歴史を感じます。
     北東詰の親柱の左隣りに説明書きの立札があり、概要だが
     名称の由来は、江戸時代、唐国より来た勅使をもてなすため雉子小屋をつくり、そのほとりにあった橋を雉子橋と呼ばれていた俗称が橋名になってしまったようです。
     また、旧雉子橋は、この橋より100m程西側に架けられていました。
     とのこと。
     今は、ビルや高速道路に囲まれていて、通ったのが休日の昼前だったためか行き来する人にたまに会う位で、車は殆ど通らないとても静かなところでした。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    地下鉄・竹橋駅出入口1bを出て右手に進み信号を渡らず更に右手(北)方向に歩いて3分位のところが南東詰です
    人混みの少なさ:
    4.0
    行き来する人にたまに会う位でした
    バリアフリー:
    4.0
    ほぼ平坦なので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.0
    普通の橋では と思うが強いて言えば重厚な親柱に歴史を感じます

  • 90年近く経った今でも役立っている頑丈な跨道橋です

    投稿日 2019年02月23日

    千登世橋 目白

    総合評価:4.0

     豊島区目白1,2丁目と雑司が谷3丁目などの境界で、東西に走る上側の目白通りと南北に走る下側の明治通りが立体交差するところの明治通りに架かる跨道橋です。
     また、目白通りの千登世橋の東隣りには、千登世小橋があり都電荒川線を跨いでいます。
     千登世橋と千登世小橋の間の南沿いに一寸した広場があり、モニュメントと千登世橋の説明板があります。
     説明板の絵や文字が薄くて分かり難いが、何とか読み取ったところ、
     千登世橋は、昭和7年に橋長28.0m、有効幅員18.2mの一径間鋼ヒンジアーチ橋で架設され、都内でも土木史的価値の高い橋として「東京都の著名橋」に指定された。
     著名橋整備事業として、千登世小橋と共に親柱、高欄、橋側灯及び橋詰空間など、歴史的原型の保全を行い修景を施したものである。
     ことなどが記されています。
     架設から既に90年近く経っており途中で修景がされているとはいえ、明治通りから見上げると、一径間鋼ヒンジアーチ橋の頑丈さとともに当時の土木技術の素晴らしさが分かり、これから何十年もの間役立っていくことだろう と思います。
     ところで、広場にあるモニュメントだが、モニュメントの説明書きなど見当たらないが、肖像画の下に「來島良亮君」とあるので後程調べたところ、
     大正・昭和時代前期の土木技術者で、昭和2年東京府土木部長となり都市計画案を策定。
     とのことなので、この方が、この千登世橋の架設にいろいろ貢献されその顕彰碑かなぁ~ と思った次第です。
     余談だが、「來島良亮君」の下にある漢数字の意味が、当初分からなかったものの後程生没年を皇紀で記したものだと分かり、このような表記は、今まで見た記憶がなく非常に珍しいのでは と思ったところです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    地下鉄・雑司が谷駅出入口3を出て目の前の目白通りを右手(西)方向に50m位行ったところが千登世小橋で直ぐの西隣りが千登世橋の北東詰です
    人混みの少なさ:
    4.0
    目白通りと明治通りともたまに行き来する人がいる位でした
    バリアフリー:
    2.0
    目白通りはほぼ平坦で明治通りは若干の勾配がある位だがが両通りを行き来するのは橋詰にある階段を下がったり上がったりするので結構大変です
    見ごたえ:
    4.0
    明治通りから見上げると一径間鋼ヒンジアーチ橋の頑丈さが良く分かります

  • 滑り止め模様の付いた結構きつい坂道です

    投稿日 2019年02月23日

    宿坂 目白

    総合評価:3.0

     豊島区高田1,2丁目の境界を南方向から北側の目白通りに向かって上る細い坂道で、坂下が、金乗院(目白不動)の山門前になり山門左手前に説明板が立ててあります。
     その説明板を見ると、
     坂名の由来は、中世の頃、この辺りに「宿坂の関」と呼ばれる場所があったことに因むものらしい ことや、
     江戸時代には竹林が生い茂り、昼なお暗く、くらやみ坂と呼ばれ、狐や狸が出て通行人を化かしたという話が今に伝わっている。
     ことなどが記されています。
     今は、多少の樹木や植木はあるものの住宅地になっているので狐や狸が出そうもないが、滑り止め模様の付いたコンクリートの結構きつい坂道です。
     また、歩道と車道は、色分けなどで区分けされているだけなので、一方通行を上る車が時折通るので気を付けていないと危ないです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    都電荒川線・学習院下駅を降り広い道路(明治通り)と反対(東)側の通りを3分位進んだ信号のある交差点の左手が坂下です
    人混みの少なさ:
    4.0
    時折上がり下がりする方を見掛けます
    バリアフリー:
    1.5
    かなり長いので上るのには結構きつい坂道では と思います
    見ごたえ:
    3.0
    特にこれと言ったことのない普通の坂道では と思います

  • 書籍などを寄贈し日本初の公開図書館開設に貢献された方の墓です

    投稿日 2019年02月23日

    青柳文蔵の墓 早稲田・高田馬場

    総合評価:3.5

     豊島区高田2丁目の住宅地にある金乗院 (目白不動) の傾斜している墓地の入口近くにあり、入って直ぐの左手に「青柳文蔵の墓」との立札が見えるので分かると思います。
     墓石の左手前にある「青柳文蔵の墓」の立札に、「日本における図書館の始祖」とも記されているもののそれ以上のことは分かりませんでした。
     より詳しく知りたくなり後程調べたところ、
     仙台藩出身で江戸へ出て苦学の末、公事師 (現弁護士) などで財をなし、自身が、書物もなく苦労したので仙台藩に書籍約1万冊と1千両を寄贈し、藩は、これを基に「青柳文庫」として一般に公開したのが日本最初の公開図書館となった。
     とのこと。
     これで、「日本における図書館の始祖」と記されているのが分かったとともに、財をなすだけでなくその財で出身地に貢献した素晴らしい方だったことも分かった次第です。
     ところで、青柳文蔵に関してのもう少し詳しい説明などがあれば、より良いのに と思うところです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    都電荒川線・学習院下駅を降り広い道路(明治通り)と反対(東)側の通りを3分程の信号のある交差点左手前の金乗院(目白不動)の墓地に入り直ぐです
    人混みの少なさ:
    4.5
    見ている間誰とも会いませんでした
    バリアフリー:
    2.0
    墓地が傾斜地にあり通路は石畳などで整備されているものの石段や凸凹があるので気を付けましょう
    見ごたえ:
    3.5
    立札があり分かり易いがもう少し詳しい説明などがあれば と思います

  • 道案内が4本と屋根がある分かり易い墓所ですが・・・・

    投稿日 2019年02月23日

    丸橋忠弥の墓 早稲田・高田馬場

    総合評価:3.0

     豊島区高田2丁目の住宅地にある金乗院 (目白不動) の傾斜している墓地の上 (奥) の方で、墓所までの道案内が4本あり墓石に屋根が掛かっているので分かり易いです。
     墓所には、「丸橋忠弥の墓」との立札はあるものの、丸橋忠弥に関しての説明書きなどが見当たらないのが残念に思います。
     丸橋忠弥のことが、分からなかったので後程調べたところ、
     江戸前期の浪人で宝蔵院流の槍術に優れ道場を開き、由井正雪と共謀し慶安の変を企てたが、事前に発覚して鈴ヶ森で処刑された。
     とのこと。
     墓所までの道案内や墓石に屋根があるので分かり易いのに、丸橋忠弥に関しての説明書きなどが見当たらないのが物足りなく感じるところです。
     初めて訪ねた者にも分かるように、何故ここにあるのかも含めた説明書きなどが、是非欲しいところです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    都電荒川線・学習院下駅を降り広い道路(明治通り)と反対(東)側の通りを3分程進んだ信号のある交差点左手前の金乗院(目白不動)の墓地の奥です
    人混みの少なさ:
    4.5
    墓地内にいる間誰とも会いませんでした
    バリアフリー:
    1.5
    墓地が傾斜地にあり通路は石畳などで整備されているものの石段や砂地もあるので結構大変です
    見ごたえ:
    3.0
    屋根が掛かり大切にされていることが窺える墓所だが説明書きなどがないのが物足りなく感じます

  • 未だ新しく意外に感じた記念館です

    投稿日 2019年02月15日

    日本女子大学成瀬記念館 目白

    総合評価:3.5

     文京区目白台2丁目の目白通りと不忍通り沿いにある明治34年 (1901) 創立という120年近い歴史がある私立の日本女子大学のキャンパスにあり、創立者の名を冠した綺麗な煉瓦壁の2階建ての記念館です。
     開館が昭和59年 (1984) で、昭和56年 (1981) に創立80周年を迎える記念事業の一環として、創立者の偉業を偲び建設を企画した記念館だったことを知り、もっと以前からあるのか と思っていたので意外に感じた次第です。
     展示されている資料類は、やや少ない気がし物足りなく感じたものの、図書閲覧室の書棚を見ると一杯詰まっているので、詳しくはこちらを見れば良いのかな と思ったところです。
     2階の記念室・瞑想室の天井はドーム形で高く、正面に胸像があり後方の丸窓のステンドグラスは校章をあらわし、とても明るく素晴らしいところです。
     なお、開館が、火~金曜日 (10:00~16:30) と土曜日の午前中、祝日は休館なので、見学する折は気を付けましょう。

    旅行時期
    2019年02月
    アクセス:
    4.0
    電車の場合一番近いと思うのが地下鉄・雑司が谷駅出入口3を出て目の前の目白通りを左手(東)方向に歩いて8分位の左手の正門を入り直ぐの左手です
    コストパフォーマンス:
    5.0
    入館自由なので申し分ない と思います
    人混みの少なさ:
    4.5
    見学している間入館者は誰もいませんでした
    展示内容:
    3.0
    やや少ない気がするが図書閲覧室の書棚には一杯詰まっています
    バリアフリー:
    2.0
    2階へは階段を上がる他ないので大変でしょう

  • 120年近い歴史がある私立の女子大です

    投稿日 2019年02月15日

    日本女子大学 目白

    総合評価:3.5

     文京区目白台2丁目で目白通りと不忍通り沿いにあり、明治34年 (1901) 創立という120年近い歴史がある私立の大学で、名称からも分かるように女子大です。
     成瀬記念館を見学するのに入った折キャンパスを少々回ったところ、緑があるもののそれ程広くないところに高い建物が並んでいるといった感じがするところでした。
     が、正門近くには、文京区指定有形文化財の旧成瀬仁蔵住宅 (成瀬記念館分館) の木造2階建てと成瀬記念講堂があり、ともに大学と同じように歴史がある とのことです。
     こちらの見学も出来ないか と思ったが、何時もは出来ない とのことなので機会があれば見学したいところです。

    旅行時期
    2019年02月
    アクセス:
    4.0
    電車の場合一番近いと思うのが地下鉄・雑司が谷駅出入口3を出て目の前の目白通りを左手(東)方向に歩いて8分位の左手が正門です
    人混みの少なさ:
    4.0
    キャンパスにいる間時折行き来する方に出会う位でした
    バリアフリー:
    4.0
    殆ど整備されているので大丈夫です
    見ごたえ:
    3.5
    旧成瀬仁蔵住宅(成瀬記念館分館)の木造2階建てには特に歴史を感じます

  • とても広く施設が整っている運動公園では と思います

    投稿日 2019年02月14日

    目白台運動公園 目白

    総合評価:3.5

     文京区目白台1丁目の目白通り沿いにあり、交通の便があまり良くないもののとても広くいろいろの施設とともに自然豊かな運動公園です。
     運動公園といっても羨ましく思ったのは、広い多目的の芝生広場やテニスコート、芝生の遊具広場を初め、桜並木や散歩道、わんわん広場まであり、小さいお子さんからそれなりのお年の方や犬までも楽しめるところになっていることです。
     更に、中央出入口近くにはパークセンターがあり、更衣室やシャワー室、救護・授乳スペースもあるので安心して利用できる運動公園です。
     が、一寸惜しいなぁ~ と思うのは、駐車があるにはあるが狭く有料ということで、場所柄致し方ないのかも知れませんが・・・・。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    電車の場合一番近いと思うのが地下鉄・雑司が谷駅出入口3を出て目の前の目白通りを左手(東)方向に歩いて10分位の右手です
    人混みの少なさ:
    4.0
    テニスをしている方は見掛けたが他には殆ど出会いませんでした
    バリアフリー:
    3.5
    通路は整備されているので良いが坂や階段があるところもあります
    見ごたえ:
    3.5
    多目的の芝生広場が広くいろいろの施設が整っていて羨ましく思うところです

  • 森のような緑豊かなところに建つ素晴らしい洋館です

    投稿日 2019年02月14日

    和敬塾本館 旧細川侯爵邸 目白

    総合評価:3.5

     文京区目白台1丁目の東側で、目白台運動公園や肥後細川庭園などと隣接して森のような緑豊かなところに建つ東京都選定歴史的建造物の素晴らしい洋館です。
     昭和11年 (1936) に、細川家第16代細川護立侯により建てられた昭和初期の代表的華族邸宅で、
     昭和32年 (1957) から、和敬塾の所有になり塾生 (寮生) の教養講座の活動の場としての活用とともに講演会や結婚式などにも使われている とのこと。
     また、近くに細川家の門衛所として建設された木造の日本家屋があり、「和樂莊」と名付けられこちらは通路沿いの硝子戸が開いていたので和室を見ることが出来ました。
     今回は、散策途中に立ち寄ったので本館は外観だけだが、不定期に一般公開している 由なので機会をみて内部見学をしたいと思っているところです。
     ところで、ここ旧細川侯爵邸の広い敷地内には学生寮が数棟あると聞き、こんな自然豊かなところで学生生活を送れるとは、この上なく羨ましく思うところです。
     因みに、和敬塾とは、
     常に理想を求めた事業家だった細川喜作 (1895~1986) によって、昭和30年 (1955) この地に和敬塾が設立され、首都圏のさまざまな大学や大学院で学ぶ男子の学生寮で共同生活をしているところ。
     とのことです。

    旅行時期
    2019年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.5
    電車の場合一番分かり易いと思うのが地下鉄・雑司が谷駅出入口3を出て目の前の目白通りを左手(東)方向に歩いて12,3分の右手が正門です
    人混みの少なさ:
    4.0
    敷地内にいる間自転車で通る2,3人の学生とすれ違った位でした
    バリアフリー:
    4.0
    玄関前が緩やかな坂になっているが全般に平坦で良く整備されているので安心して歩けます
    見ごたえ:
    3.5
    樹木が茂り玄関側は良く見えないが玄関が石造りで立派です

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