旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

北田辺さんのトラベラーページ

北田辺さんのクチコミ(27ページ)全2,368件

条件をクリア
エリア
カテゴリ
並び順

  • ホテル
  • ショッピング
  • グルメ・レストラン
  • 交通機関
  • 観光スポット
  • 基本情報
  • 熊野詣は平安時代には蟻の熊野詣と云われるほど盛んだった、天満橋付近に窪津王子がありここが第一王子になる

    投稿日 2019年06月11日

    熊野街道 心斎橋・淀屋橋

    総合評価:2.5

    熊野詣は平安時代には蟻の熊野詣と云われるほど盛んだった、天満橋付近に窪津王子がありここが第一王子になる、窪津王子は四天王寺、熊野神社を辿り現在は天王寺の堀越神社に合祀されている、この石碑位置は平安時代この地が熊野詣での出発点であったことを記している、京都からは宇治川~淀川を経て渡辺の津で舟から上陸した地点である、渡辺の津は今の八軒屋と云われる場所(京阪天満橋駅から徒歩5分)淀川の船運は明治中期に京阪間に鉄道が開通するまで交通、物流のメインルートであった、この碑の向かい側に元淀川であった大川が流れています
    一枚の石碑ですがこれを見た機会に次の散策は古の熊野詣のルートを少しばかり辿ってみることにしました


    旅行時期
    2018年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    京阪又はおおさかメトロの天満橋駅から徒歩5分
    バリアフリー:
    4.0
    路面の隅にあります
    見ごたえ:
    2.0

  • 天満橋の一つ上流に架かる歩行者、自転車専用橋

    投稿日 2019年06月10日

    川崎橋 キタ(大阪駅・梅田)

    総合評価:3.0

    天満橋の上流約800M先の大川に架かっている歩行者、自転車専用橋、南端がビジネス街,北端に藤田庭園跡公園、太閤園などがある。両端の生活環境や連絡する交通機関が独立している為か往来はあまり見かけない。万博までのサイクリング道を目指して架橋されたと云われているが橋の両端は整備されていない、自動車に気づかいなしに流れを下に見ながら走行すれば快適であると思えます

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 江戸時代、難波橋、天神橋、天満橋を浪速の三大橋と呼ばれていた

    投稿日 2019年06月10日

    天神橋 キタ(大阪駅・梅田)

    総合評価:3.0

    江戸時代、難波橋、天神橋、天満橋を浪速の三大橋と呼ばれていた、大阪城散策後時間が余ったので大阪城に近い川崎橋、天満橋、天神橋、難波橋沿いを歩いてみました所要時間は50分、淀川から毛馬閘門で大川に入った流れはこの橋の下付近に出来ている中州を境に下流に向かって左を土佐堀川、右を堂島川に分岐する、分岐点が鋭くとがっているので先端を剣先と称している、中州は中之島と呼ばれ大阪最先端のビジネス街が出来上がっている、現在も商業の中心であるが江戸時代も各藩の蔵屋敷などが並ぶ地域でもあった、橋の北端には大阪天満宮があり更に北へ行くと日本一長い商店街がある

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    京阪天満橋と北浜駅の中間にある、どちらからも徒歩15分

  • 古くは京阪間の物流の拠点として栄えていた場所

    投稿日 2019年06月10日

    八軒家船着場跡 心斎橋・淀屋橋

    総合評価:3.0

    平安時代に遡のぼると、京都の伏見付近と大坂の京橋間が淀川を往来する三十石船の舟運が開けており明治の初期鉄道が開通するまでは京阪間の物資、人の往来に重要な輸送ルートてあったと想像できます、京橋は大阪城の築城石材の搬入口共なっていた、江戸時代にはこの地は熊野詣の出発点ともなっており旅人の行き行交いも盛んであったとされています現在のこの地点は京阪電車、大阪メトロ谷町線天満橋駅があり古くは松坂屋大阪店があったなど商業地として栄えています、八軒家船着場跡を示す石碑が京阪京橋駅の道路を挟んだ向いにある昆布屋さん右にありますが石碑ではイメージがわかないので反対側の大川の岸に観光遊覧船の船着き場があります

    旅行時期
    2019年06月
    アクセス:
    4.0
    石碑の位置までは京阪京橋駅から徒歩5分

  • 大阪城東南の高石垣上に建つ櫓

    投稿日 2019年06月09日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:4.0

    大阪城の東南に建つ隅櫓、この西に同タイプの六番櫓がある、徳川再構築後には一番~七番まての櫓があったそうだが戊辰の役、第二次大戦の空襲などで焼失し一と六のみ現存している、見どころは櫓よりも石垣、石垣の高さは一と六番櫓で水面から24Mありその上に築かれている、櫓としては大きいがこれだけの高さの上に乗っていると櫓は小さく見えます、この櫓の役目はすぐ東の玉造口からの敵の進入に対処するためでした、

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 大阪城に残る数少ない櫓の一つ

    投稿日 2019年06月09日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:4.0

    大阪城には、一番、六番、千貫、隅、多聞の櫓が現存する。敵が大手口から進入し大手門を突破すると目の前に高さ約15Mの巨大な石の壁が立ちはだかっている、大手門の直ぐ左にも枡形の巨石がありその上に多聞櫓が建てられている、この櫓の右に折れて続く櫓がありこの二つの櫓で大手口を守っていた様です。大阪城の難攻不落の場所とされていたことが現地の様子から推察されます

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    バリアフリー:
    3.0
    櫓の下の門は段差はない
    見ごたえ:
    4.0

  • 大阪城に出入りできる四つの入り口の一つ

    投稿日 2019年06月08日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:3.5

    大阪城に出入りできる四つの入り口の一つ、門がある入口は大手門と青屋門で京橋口と玉造口の門は昭和20年の空襲で焼失して石柱のみ、後に焼け残った木材で現在の青屋門が再築されています、古材使用なので徳川時代を彷彿させる復元になっているのがすごくうれしいです、今回の大坂城散策は大手門から入りここ青屋門を出て城外に出ました、4年前の散策と異なるのは付近にジョーテラスオオサカなどの商業施設が周辺にできたことからこの門の出入りする観光客が増加していた、


    、

    旅行時期
    2019年06月

  • 豊臣の大坂城時代から存在していた極楽橋

    投稿日 2019年06月08日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:3.0

    極楽橋の名前は各地に見かけますが豊臣の大坂城時代から存在しており天守閣内の史料コーナーに豊臣時代の極楽橋絵図があり橋の上に館があるなど豪華な橋だったようです。大阪城内(位置不明)に石山本願寺御堂があったことからこの名前が付けられたとされてい
    いる、御堂は城の南端の大手門付近が推定地となっておりこの橋は城の北端にあるなど解明されていない点が残されている。この橋から極楽往生を祈っていた人があると思えます
    、

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 大坂城山里丸に集められた残念石

    投稿日 2019年06月08日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:3.0

    大坂城山里丸に集められた残念石、大阪城内整備時に城内に散らばっていた石をこの地に集めて展示している、各石には持ち込んだ藩の刻印が刻まれており苦労してここまで持ち込んだが使われないで放置されていたのが目的は違うが日の目を見る機会を得られた、

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 徳川時代の大阪城再構築での石切場

    投稿日 2015年04月21日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:3.5

    大坂城本丸の裏側、北になります、本丸左側から坂を少し下った広場に徳川時代大坂城再構築をしたとき各藩が分担して石組み,石の持ち込みを行った、各藩は自分の持ち込んだ石に目印として,藩の紋などを刻印していた、石垣修理などで残った石を一か所にまとめて保存している場所があった、集めたのは古い話ではない、添付の写真を見てください沢山の藩が関与していたのが判かります

    旅行時期
    2015年04月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.5
    見ごたえ:
    3.5

  • 大阪城内豊国神社横にある日本庭園

    投稿日 2015年04月21日

    豊國神社 大阪城・京橋

    総合評価:3.0

    大阪城内に豊国神社がある、神社の拝殿に向かって右奥へ進むと一角に日本庭園が造られている、豊国神社と関係はなさそう、庭園入り口にその由来が書かれた説明板には次のように記されていた,大阪城は元石山本願寺のあった場所で石山をテーマとして巨石を組みかつ日本庭園の伝統の中に石山と蓬莱山とを同時に構成されている。また神社庭園の発祥が磐座。磐境にあり石を神格化することに神社庭園の意味があるので、七,五、三に石を配した石庭となっている、

    旅行時期
    2015年04月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    見ごたえ:
    3.5

  • 大阪城大手門の左側で敵の進入に対処する二層の櫓

    投稿日 2019年06月08日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:4.0

    大阪城大手門の左横にあり大手口の西側と北側を守る大阪城の最大級の防衛基地であった、大手口に進入した敵を北側から攻撃でき南は堀なので挟み撃ちにできて優位に立てたと思える、千貫櫓、大手門、多聞櫓、大手見付枡形の巨石と入城する直ぐ観察できるビュボイントである。大阪城の建物はこの付近と天守閣、一番櫓、六番櫓ぐらいで他にありません、

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    見ごたえ:
    4.0

  • 初代大阪城を創建した秀吉公銅像

    投稿日 2019年06月07日

    豊國神社 大阪城・京橋

    総合評価:3.0

    初代大阪城を創建した秀吉公銅像、秀吉公を祀る豊國神社境内の鳥居横に建てられています、4年前に着ました時と銅像には変化が無いが海外の人はびっくりするほど多くなっていた、立派な銅像なのでこの前で記念撮影する人がひっきりなしに訪れていた、海外向けパンフかネットで調べたのだろか秀吉公が人気者になっています、じーと見ていると日本人は無視している感じなのも面白い傾向です、海外の人が歴史的人物を正しく認識しているかは疑問です

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 初代大阪城築城の主、豊臣秀吉を祀る神社

    投稿日 2019年06月07日

    豊國神社 大阪城・京橋

    総合評価:3.0

    初代大阪城築城の主、豊臣秀吉を祀る神社、各地のお城にはその城主を祀る神社があります、地元の人達の氏神様として慕たわれているがこの豊国神社は少しスケールが大きくあまり地元との接触は少なそう、大阪と豊臣の規模で祀られている感じがします、秀吉の出世にあやかりたいと結婚式などで賑っています

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    見ごたえ:
    3.0

  • 石の城とも言われる大坂城(現在は大阪と書きます)主に石垣観察の散策をしました

    投稿日 2019年06月07日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:4.0

    徳川将軍による再構築による大阪城は厖大な石が随所に使われているのが特徴、再構築時各藩に指名して石の供出をさせたことで見事な石が集められている、大手門を入ったすぐ前が肥後熊本藩が担当した枡形の巨石、熊本から運んだのではなく石は瀬戸内海にある小豆島産、城に使用されている石の運搬もどうして運べたのか未だに正解が見つからないとされている、知りたいですね、

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 広大な大阪城への入城口の一つ

    投稿日 2019年06月07日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:4.0

    大阪城(築城当時は大坂城)の入城口は現在大手門、玉造口、京橋口,青屋門の四ケ所ありますその内で門があるのは大手と青屋の二か所他は門柱に相当する石のみ、巨大な大阪城なので正門ともいえる大手門はさぞかし豪華な門と思えますが以外に質素です、現在の城は徳川将軍による再構築なのでこの時代は平和だったのでしょう、敵の攻撃はさほど考慮していないみたいです、門よりも正面にある大手口枡形の巨石がここでは注目されます

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    おおさかメトロ谷町四丁目駅東出口から徒歩5分
    人混みの少なさ:
    3.0
    何時も混雑しています
    バリアフリー:
    4.0
    天守閣はエレベーターあり
    見ごたえ:
    4.5
    天守閣と石垣について=4.5、その他=3.0

  • 大阪城を守っていた豊臣家にとって私邸のあった場所

    投稿日 2019年06月07日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:2.0

    大阪城を守っていた豊臣家の私邸のあった場所と推定されている、現在この場所には大阪城内のあちこちに残されていた城再構築時未使用となった石が集められている、この石には持ち込んだ藩の刻印が刻まれている、児童公園程度の広場で周辺は雑草、雑木が生い茂っていますので当時の様子は想像し難いです、天守閣の北側真下になりますので天守閣から徒歩10分程度の距離にあります

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    見ごたえ:
    2.0
    雑草と雑木のある広場

  • 大阪城のビューポイントの一つです

    投稿日 2019年06月06日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:4.0

    広大な面積がある大阪城公園で写真として絵になるのが六番櫓、隅櫓ですから城内からでは古い倉庫程度にしか見れませんので最適場所は外堀の外側南の公園に脊の高い教育搭が目印になります、公園の西南角になる。この位置から六番櫓とお濠、六番櫓と多聞と千貫櫓、六番櫓と長大な石垣風景は素晴らしいです

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    見ごたえ:
    4.0

  • 大阪城再築用の石として準備していたが使用されないで現地に残っていた石

    投稿日 2019年06月06日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:3.0

     瀬戸内海の小豆島にある石切場で大阪城再築用の石として準備していたが使用されないで現地に残っていた石を地元と大坂の青年会議所の人達で持ち帰り碑用石として利用している、石だから多くは運べなかったのだろうこの標識が示す石のみ、他にどの程度残されていたかなど詳細が判らない状態です、天守閣入り口左側にあります

    旅行時期
    2019年06月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 大阪城には高さ24Mの高さの石垣がある

    投稿日 2015年04月06日

    大阪城 大阪城・京橋

    総合評価:3.5

    大阪城には沢山の石が使われている、天守閣から南端付近外堀に面した石垣が一番高く、水面から石垣最上部までの高さは約24Mもある。大阪城の見学は。まず石を観察することにある。どこの城でも同じだが創建当時の建築物が現存しているのはごくわずか。蛸石、肥後石など巨大な石が多数存在する、城内の石や施設毎に大阪市が建てた立札(番札)を読みながらどこから運ばれたのか観察しながら散策してきました

    旅行時期
    2015年04月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    見ごたえ:
    4.0

北田辺さん

北田辺さん 写真

0国・地域渡航

27都道府県訪問

写真 | QA掲示板 | 行ってきます | 掲示版 クリップ

北田辺さんにとって旅行とは

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

大好きな理由

行ってみたい場所

現在0の国と地域に訪問しています

拡大ボタンを押すと地図が
動かせます。

現在27都道府県に訪問しています