はちのすけさんのクチコミ(99ページ)全3,564件
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投稿日 2020年05月12日
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投稿日 2020年05月12日
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投稿日 2020年05月12日
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投稿日 2020年05月12日
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投稿日 2020年05月12日
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投稿日 2020年05月12日
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投稿日 2020年05月12日
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投稿日 2020年05月12日
総合評価:5.0
法隆寺の東院伽藍にある流麗な八角円堂だ。奈良時代の建築物だが、鎌倉時代に軒の長さを深くして屋根の勾配を急にするなどの大改修を受けており、形は鎌倉期だ。古材の跡から元に戻すことは可能らしいが、昭和の大改修ではあえて奈良期の姿に戻さなかったという。戦後の一時、紙幣にも採用されたなじみ深い姿だ。八角形は古墳で言えば天皇陵に採用された形であり、聖徳太子関係の建築に八角形が採用されているのは共通する理由があるのだろうか。かつて二百年間も非公開だった秘仏の救世観音菩薩立像を安置している。
- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2020年05月12日
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投稿日 2020年05月12日
総合評価:5.0
11年ぶりに訪問したが、新たな魅力を発見したような気がする。何度訪れても、深みがある寺院だ。各地の大寺院を見たせいか、以前よりも中門、五重塔、大講堂、金堂の取り合わせは小ぶりになったような気がする。金堂の釈迦三尊像もこんなに小さかったかと首をかしげた。が、見飽きない度合いというのは深くなったような気がする。他の寺院を見れば見るほど法隆寺の深みが増すような魅力がある。何度も訪れようと思う。個人的には以前、正倉院展で見た玉虫厨子をここの宝物館で再び鑑賞でき、感激した。御朱印は聖霊院のほか、西円堂近くに授与所がある。
- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2020年05月12日
総合評価:3.5
日本書紀を編纂した舎人親王が勅命を受けたのが42歳の厄年だったことから厄払いを祈ったのがこの寺の開創であり、そのため日本最古の厄除け寺とされる。大和郡山市の丘陵にあり、門前の駐車場から階段を上った所にある。境内は真言宗の寺院らしく修験道や祈祷の「設備」が点在しており、雰囲気たっぷりだ。参拝した時に勧められたのが「厄攘(やくじょう)」の奉納。一角に用意された場所で用紙に「厄攘」の文字と名前を書き、奉納する。本人だけでもなく、家族や知り合いの分でも奉納可能だ。奥さんと2人で5枚ほど書いた。参拝は境内無料だが、有料の特別公開もある。法隆寺の別院だったこともあり、同寺へ案内する参詣道もあった。
- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2020年05月11日
総合評価:3.0
弥生時代に長きにわたって環濠集落が存在した遺跡を公園化している。専門的な考察は置いておいて、ここの遺跡公園の最大の特徴は楼閣だろう。屋根の軒先にくるくると渦巻きを描いた飾りがあるなんていかにも現代的だったが、実際にそうした線刻土器が見つかったらしい。柱穴から想像される構造物や環濠の再現など復元物が多くてわかりやすい遺跡公園だ。
- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年05月11日
総合評価:3.0
近鉄飛鳥駅前に広がる「道の駅飛鳥」の施設の一つだ。観光案内機能が中心で、交通案内のほか、各種パンフレット、手荷物預かり、特産品の販売などのコーナーがある。「名物」の自転車貸し出しは道の駅内に他の施設がある。道の駅なので駐車場は豊富にあるし、電車利用客にとっても駅を出たすぐ左側にあるので使い勝手がいい。
- 旅行時期
- 2019年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年05月11日
総合評価:3.0
飛鳥寺に隣接したところにある。蘇我氏の邸宅があった甘樫の丘を望むような場所だ。大化の改新(今は乙巳の変か)で飛鳥宮で暗殺された蘇我入鹿の首がここまで飛んできたとされる伝説に基づいた首塚だ。五輪塔が安置されている。笠に厚みがあるなど鎌倉時代後半から室町期の特色を残していることから、当たり前だが後年に安置されたものだ。陥れられた人々のたたりを恐れた御霊信仰の一つではないかと思ってしまう。都が転々と変わり、人々の権謀術数が渦巻いた時代のあだ花か。御霊信仰の場合、反逆の徒とされる人物でも神社仏閣を構えるのが鎮魂の常だが、首塚なのは藤原氏の権勢を忖度したからか。
- 旅行時期
- 2019年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年05月10日
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投稿日 2020年05月10日
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投稿日 2020年05月10日
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投稿日 2020年05月10日
総合評価:3.0
宮滝は飛鳥時代などに吉野離宮が置かれており、持統天皇など多くの貴人が足を運んだとされる。涼しい風が吹くエリアで、別荘のようなものだったのかもしれない。宮滝で吉野川に象の小川が流れ込む辺りは「夢のわだ」と呼ばれている。もともと「わだ」は、地形の湾曲している場所を指す言葉だが、この周辺は神仙郷のように夢に見るほどの「わだ」だったのだろう。古来から有名で、万葉集でも大伴旅人が「我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にしありこそ」と詠んでいる。象の小川が流れ込む辺りは白い筋が川面に走り、一帯のがけや川辺には奇岩が連なる。これを上から見下ろす吉野川展望デッキからの風景は絶景だ。
- 旅行時期
- 2019年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.5
- 景観:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
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投稿日 2020年05月10日
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投稿日 2020年05月08日























