はちのすけさんのクチコミ(2ページ)全3,564件
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投稿日 2025年07月09日
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投稿日 2025年07月06日
総合評価:3.0
唐津城跡整備計画の一環として唐津藩絵図に基づいて整備したからくり時計だ。絵図によると、四代城主の時代にこの地に時鐘が置かれ、五代藩主の時代には時之太鼓と明記されているという。ニの門堀沿いの北城内児童公園公園内にあり、午前7時~午後7時の毎正時になると鐘楼にかみしも姿の侍人形が現れ、ドンドンと太鼓をたたく。たまたま通り掛かったときに人形が出てきたので、撮影。登場する人形は1体なので比較的地味なからくり時計だが、ドクターイエローのようにからくりを見ると何かラッキーな気がするから不思議だ。
- 旅行時期
- 2025年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2025年07月06日
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投稿日 2025年07月06日
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投稿日 2025年06月29日
総合評価:4.0
今回、唐津城下町を散策してみて感じた雰囲気を凝縮、代表するような建築物だ。ひなびた雰囲気もあり、決して派手ではないが、福岡に近くその気になれば都市性を享受できる。大豪邸が軒を連ねるわけではないが、城下町の風情を色濃く残す品のいい建物が現存する文化の高さをうかがわせる。この建物が市街地のこの位置で残っているのも、そうした風土と無縁ではないような気がする。別名は辰野金吾記念館。重厚な外観が魅力だが、階段の手すり、マントルピース、ドアの上の装飾などこまごまとした室内装飾も魅力だ。一階はモダンな銀行の内装が残されており、訪れたときは唐津やきもん祭りの会場になっていた。
- 旅行時期
- 2025年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2025年06月29日
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投稿日 2025年06月29日
総合評価:3.5
唐津湾、松浦川、町田川の結節点という海城と平城を兼ねているような場所にあるだけに、海、海岸線、町並みの風景は素晴らしい。、いままで登城した城の中でも屈指の絶景だ。唐津湾を望むと、高島が修景ポイントのような役割を果たし、見ていて飽きない。海岸線は片方が海水浴場、片方が虹の松原でそれぞれ違う趣の白砂青松が楽しめる。大型連休では少し時季がずれてしまうが、巨大な藤棚があるフジの花も魅力。また、城自体の魅力ではないが、城に向かう石垣のルートは雰囲気があり、趣がある登城路だ。
- 旅行時期
- 2025年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2025年06月26日
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投稿日 2025年06月25日
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投稿日 2025年05月24日
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投稿日 2025年06月15日
総合評価:3.5
大型連休に唐津焼のメッカである唐津市で開催される焼き物イベントだ。同時期に開催される有田陶器市が通り沿いの販売店中心に繰り広げられるのに比べ、この祭りはショップだけでなく観光施設などでも展示販売が繰り広げられるのが特徴だ。時間があれば、唐津城下町を散策しながら各展示会場を巡り買い求めるのも楽しい。
- 旅行時期
- 2025年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 催し物の規模:
- 3.5
- 雰囲気:
- 3.0
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投稿日 2025年06月15日
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投稿日 2025年05月24日
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投稿日 2025年05月24日
総合評価:3.0
終戦後、海外から約629万人の日本人が引き揚げてきたが、そのうち約139万人が佐世保に上陸したという。そうした歴史的な事実を刻む公園だ。少し高台にあり、公園内から引揚港が展望できる。訪れたときは改修中だったが、資料館のほかシンボルとして「平和の女神・引揚げ者家族」像がある。女神の足下に家族3人の像があるが、恐らくは引揚を喜ぶ姿だろう。地元長崎県・壱岐出身の小金丸幾久の作。一角には歌手の田端義夫の「かえり船」の歌碑も。従軍していた田端は佐世保から引き揚げたという。
- 旅行時期
- 2025年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 2.5
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投稿日 2025年05月24日
総合評価:4.0
高さ約136メートルの巨塔が300メートルの間隔で正三角形に並ぶ。用途が不明なのに圧倒的なスケールを誇るという不思議な感覚を覚える場所だ。無線通信を強化するため、旧日本海軍が4年の歳月と現在の価値に直して250億円の巨費を投じて1922(大正11)年に建設した。真偽は不明だが、太平洋戦争開戦の暗号「ニイタカヤマノボレ」はこの送信所から発信されたとされる。現地に赴けば第3電信塔は内部に入ることができるほか、廃屋だが、送信所の中心的な施設である電信室も見学できる。
- 旅行時期
- 2025年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年01月24日
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投稿日 2025年04月06日
総合評価:5.0
毎年の花見で桜の名所を数カ所訪れるが、中には年々見栄えが悪くなっている名所がある。桜並木やトンネルが売りなのに、木が枯れたまま放置したり、植え替えたばかりの木が若く咲かないケースなどだ。花見シーズンになると昔の名前で人は来るが、花の咲きぶりは明らかに悪化している。イベントで何とか人出を保っているが、リピーターは必ず減っていくはずだ。
津山城はこうした悪例とは無縁だ。何年も連続して足を運んでいるが、がっかりしたことはない。最高の舞台装置である石垣や櫓を背景に堂々とした咲きぶりだ。すべてが絵になる。思うに、花が咲いていない時期の努力が素晴らしいのだろう。そうした意味では桜の開花は一年間の努力に対する通信簿なのだろう。津山城の通信簿は「5」だ。- 旅行時期
- 2025年04月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 催し物の規模:
- 3.0
- 雰囲気:
- 5.0
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投稿日 2025年03月23日
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投稿日 2025年03月23日
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投稿日 2025年03月23日
















































