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「我孫子市史」による古戸天神社の由緒天神社(古戸609)、祭神 菅原道真公。利根川沿岸の水田を見下す台地の東端に鎮座する。延享三寅年(一七四六)三月の棟札は社殿創建当...
我孫子
旅行記グループ我孫子市の中央部・寺社巡り・石仏・第二部
15
2021/02/06~
by 中国の風景さん
我孫子市古戸にある真言宗豊山派寺院の古戸観音堂は、稲荷山観音院と号す寺院だったといいます。古戸観音堂の創建年代は不詳ながら、当地周辺は古代の寺院址だと伝えられ、天正20...
農村に於ける共同墓地とは村落共同体型の墓地においては、墓地使用権もしくは墓地所有権をめぐり紛争を生じることがある。墓地使用権は、村落の構成員としての資格に基づいて取得す...
古戸稲荷神社の由緒古戸稲荷神社は、古戸村の鎮守社として天正7年(1579)創建、文化年間(1804-18)に遷座したといいます。明治41年厳島神社(古戸坂下783旧在)...
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中里一里塚・バス停、湖北支所前にあります。東我孫子の向原一里塚と共に市内で現存するただ二つの一里塚です。湖北村誌によると、豊臣秀吉から80万石を賜り天下六大将となった平...
9
2021/01/25~
東葛飾郡教育会主催の研修会に参加する教職員が、現在の湖北小学校から現在の手賀東小学校に向かう途中の手賀沼で、突風のために船が転覆し、乗船者50人中18人が死亡する大惨事...
6
御由緒・平将門は天慶三年(940)に戦歿したが、その霊は遺臣らとともに手賀沼明神下から日秀まで手賀沼を騎馬で渡り、沼のほとりの岡に登って朝日の昇るのを拝したという。その...
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境内掲示による中里諏訪神社の由緒当諏訪神社の創建は古く、戦国の世が漸く終わろうとする、天正四(1576)年三月のこととされる。祭神は「武御名方尊」である。武御名方尊は、...
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白泉寺は、正泉寺七世竹巌宗嫩が開山となり慶長15年(1610)に創建、岡発戸八幡神社の別当寺だったといいます。「我孫子市史」による白泉寺の縁起・白泉寺 岡発戸541 ...
31
2021/01/16~
「我孫子市史」による岡発戸八幡神社の由緒正徳四年(一七一四)の創立と伝え、創建当初の花表(鳥居)の棟札があり、本殿は創建以来のものという。社地は台地の突端に位置し、北方...
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長光院の創建年代は不詳ながら17世紀頃に長光庵と称して建立されていたといい。法岩院18世心牛牧宗和尚が明和9年(1772)に円通山長光院と称したといいます。「我孫子市史...
中峠城は、下総国相馬郡(現在の千葉県我孫子市中峠)にあった日本の城である。北側に古利根沼を望む形で立地していて、元は古河公方家臣で後北条氏の被官河村氏の居城。いつ、誰が...
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法岩院は、千葉氏末裔の芝原城主河村出羽守勝融(法名祝融斎心岩永法大禅定門)が開基となり、正覚禅師(雪田真良和尚)が天文11年(1542)に開山したといいます。「我孫子市...
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「我孫子市史」による中峠水神社の由緒古来の伝説で、康平年間に八幡太郎義家が奥州征伐のとき当地二本榎に宿営し、そのあとに「八幡大菩薩」と書かれた白旗がのこされているのを発...
この中峠上庚申塚と、亀田稲荷、中里の庚申塚を南北に結んだ里道で、中峠村が東西に上区と下区に分けられていることが分る。庚申塚や稲荷は、信仰の対象として祀られたものであろう...
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観音菩薩は多くの人々を救うため相手に応じて33種類に姿を変えるとされています。 そこから生じた三十三観音も存在しますが、それとは別に六道世界の衆生(しゅじょう)を救うと...
7
「我孫子市史」による法照院の縁起・開創の年代、開山、開基など不詳であるが、元文五年(1740)の中峠村の記録に「龍泉寺末法性院、弐反九畝廿歩寺屋敷」とあるのは当院のこと...
18
「我孫子市史」による龍泉寺の縁起・開山、開基とも不詳であるが、現在は第四十代という。草創についての伝説が『湖北村誌』には「伝ふる処によれば延暦年中弘法大師関東巡錫の砌、...
13
「湖北村史」記載の伝承で「延暦二十三年(804)空海僧正遣唐使に随い入唐の船中にて、一刀参礼の作と称せられし不動尊の像なりしが・・・・(故あって)・・・現在地へ移転せる...
「我孫子市史」による足尾山神社の由緒・もと今井四郎兵衛家の氏神といい、現在も社地のわきの今井家が管理している。足の痛みに効験ありといわれて金のわらじを奉納する吉例があり...
14
寛平年間(889~898)に平高望が滝と手賀沼の眺望によるこの景勝の地に、空海作の不動尊像を祀ったとの由緒が伝えられている(『湖北村誌』参照)。堂は寛和2年(986)に...
23
2021/01/14~
「我孫子市史」による岡発戸新田八幡神社の由緒手賀沼の水辺に鎮座する。明治の「神社明細帳」には、「岡発戸新田字滝下、村社、社殿間数間口弐間三尺奥行三間三尺」とある。また、...
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左新道手賀沼ふれあいライン。右旧道。二つの道に挟まれた滝前青年館、共同墓地、目的の石造物3基はブロック塀の外にありました。両脇を墓碑に挟まれた真中が安永八年(1779)...
旅行記グループ我孫子市の西部・寺社巡り・石仏・第一部
8
五本松公園は4.8ヘクタールの緑豊かな森の中にあり四方を木々に囲まれ、あずまやなどでのんびりと森林浴を満喫することができ、木々の隙間から手賀沼を望むことができます。また...
「我孫子市史」による正泉寺の縁起、正泉寺 湖北台9-12、山号大竜山 曹洞宗 もと君津郡真如寺末、弘長三年(1263)鎌倉執権最明寺入道北条時頼の息女法性尼(桐姫)が留...
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「我孫子市史」による都部新田水神社の由緒、手賀沼の沼べりに鎮座する。このあたりはもと入江で岡発戸まで舟が入った。その谷津田の開墾による集落で奉祀した社で安永六年(一七七...
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古利根に近く、利根川の旧中峠河岸から上ってくる道筋に鎮座する。もと牛頭天王と称した。明治の「神社明細帳」に「当社ハ応永三年十月創立ノ由古老ノ伝説、其后明治十二年九月氏子...
柴崎神社の隣が真言宗円福寺です。過去帳に元和二年(1616)の書入があるので江戸初期の草創と考えられるとか。昭和62年に新築の本堂は宝形造向拝付で、境内左手には文久三年...
24
2021/01/07~
1970年(昭和45年)国鉄の時代に常磐線我孫子・取手間に新駅設置が決まる。1971年(昭和46年)天王台駅が開業。それに合わせて我孫子青山台1丁目から4丁目の住宅地が...
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「我孫子市史」による無量院の縁起無量院 青山162 山号 日照山 真言宗 もと龍泉寺末境内に正和元年(一三一二)銘の板碑がある。それは我孫子では柴崎神社境内出土の永仁六...
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61件目~90件目を表示(全195件中)
エリア:我孫子
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