2026/03/29 - 2026/03/29
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danteさん
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10日目
今日は、実質移動日です。
アンタリアからカッパドキア迄の大移動。距離にすると600km以上。
この投稿、ほぼ車窓なので、回想と呟き編。
車窓とはいっても、この風景、気に入っています。
途中でコンヤとキャラバンサライに寄ります。
尚、ネガティブな話もありますが、体験談なのでご了承下さい。
(ずっ~と、ネガティブじゃないかっ! って? まぁ、そうですね(笑))
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
【車窓から】
2026年3月29日日曜日
朝食は6:30からで、出発は7:30。 -
【車窓から】
写真は撮れてないけど、2024年3月、アンタリヤとコンヤの間の山岳部に、全長5.068mのデミルカプトンネルが開通したそうで、主要都市間の距離が縮まったそうです。【アンタリヤからコンヤの手前・ベイシェヒール迄、176km・2時間】 -
【車窓から】
早速、回想です。
ツアー利用は何社かでしましたが、今まで出会った添乗員の中では、2024年の西オーストラリアの時の添乗員が、ダントツ・ピカイチだった。
https://4travel.jp/travelogue/11929490 -
【車窓から】
何がダントツ・ピカイチかというと、参加者9名に対して、「対応が見事に平等」だった事。実はツアー後半に知ったのですが、この旅行も、9名中5名がこの添乗員のリピーター。この時は、私は初めて利用した会社だったのですが、他に恐らく私と同年代の女性と、1組の夫婦が、添乗員とは (初めまして) だったんですね。
それでも、初めてだろうが・リピーターだろうが、対応は平等。で、リピーターさんに、(なにが良くてリピートしたのですか?) と伺っても、やはり(対応が平等だから)って事でした。〈まぁ、普通の事なんだけどね〉
何故ツアー後半になって、5名がリピート客だった事を知ったかと言うと、添乗員も5名も、「以前の話を持ち出さなかった」から。各々と個人的に話をしているうちに、そこで初めて(実はね~)と、知ったわけです。
その5名も、お互いに 同行添乗員のリピーターとは知らなかったから、恐らく出発前の挨拶コールで、(以前の話はしないように…)とお願いされてたのかも知れません。
要は「一期一会を大事にしましょう! 」というポリシーなのでしょう。 -
【車窓から トルコは広い 内陸部は何も無し(笑)】
実はこの旅行(西オーストラリア)、私の予想で(絶対に質の良い添乗員が来るナ) と思っていた。何故なら《初めて利用する会社・私はこれからの高齢者》、つまり《これから顧客になるかも知れない世代》だったからだ。それが結果的に2人居た。実は、この会社の口コミでも、『最初に利用した時の添乗員は、物凄く良かった』とある。
ただ2度目や・行先によっては、感想がバラバラ(笑) 私ももう一度利用したいと思っていたものの、○○〇〇(笑) <ア〇ン〇さん、判りますよね> -
【車窓から】
この会社は、同行添乗員は直前にならないと判らない (普通は、みなそうか)
会社に問い合わせれば、次の添乗予定を教えてくれるらしいが、確約ではないので、絶対に当たるわけでは無いらしい。なので〈幻の添乗員〉と呼んでいるそうです。(多分、私のような者が多いツアーに回す事もあるのだろう) だから私が当初思っていたように、リピーターさんも、私の予想に納得していた。実際にこのツアーで御一緒することが判った時は大喜びなさったそう。
そもそも、この添乗員は、定期的に他の会社のツアーに、客として参加をしているらしい。要は「人の振り見て我が振り直せ」。自分でお金を払い・客の立場にならないと、客のニーズも判らないから…と。(そりゃ、そうだよね~)。そんな心構えもあり、完璧な人だった。
〈自分のお金で、他社のツアーに客として参加する〉、これは添乗員に限ったことでは無く、旅行業に携わっている人なら当たり前の話。意外と居ます、同行添乗員にバレないように(笑)
それに比べ、お金に余裕がある & 顔馴染みのリピート客との、少人数でしか行かない添乗員は「井の中の蛙、大海を知らず」で、価値観も違うってとこでしょうか""(-""-)" -
【車窓から】
同行添乗員が予め判るツアーは、落とし穴がある。
https://4travel.jp/travelogue/11891103
これは2019年に、阪急フレンドツアーで行った時のもの。
※この時の現地ガイドさんが、2024年のツアーでも御一緒でした。
添乗員に因るけど、〈私に会いたく参加したのだから、大目に見てくれるだろう〉と勘違いし、独りよがりになり、客を見下す人もいる。実際この時の旅も、半数以上の参加者が (?_?) or "(-""-)"だった。
同行添乗員が決まってるツアーは〈優良で人気もあり、会社としても自信を持ってお勧めできる人物〉と思うかも知れない。ところがどっこい、そうでもない(>_<) ぶっちゃけ、コロナでツアーが催行されなくなった時、他の職場でも通用する・敏腕な人ほど、添乗業務を辞めてしまった。 逆に…まっ、いいか(笑)
そこいくと某大手の〇T〇は、予め同行添乗員は判らないし、添乗員にフレンドリー感は無いかも知れないが、アンケート重視で添乗員の評価が決まる為、〔この会社のアンケートって、回答項目が多くてウンザリするんだけど、それだけ客の声を聞く姿勢が見受けられるので、真面目に書いてます〕仕事キッチリ・接客キッチリで、当たりハズレがあまりない。旅行代金は決して安くは無いが、ホテル&食事&観光など、お値段相応のツアーになっている。
と、アナトリア高原を眺めながら、以前のツアーを思い出していたのでした。 -
途中のトイレ休憩。
女性2人に呼ばれる。何事か? と行くと、親子用のトイレが可愛い…と。
で、子供用の便器がカエルになっていた!(^^)! 手洗い場もちゃんと子供の位置に造られていた。
※今回トイレチップは、何処も不要? でした。 -
【車窓から】またまた車窓が続きます。
メジャーなトルコツアーは、恐らくパムッカレからコンヤを通り、カッパドキアまで、1日で行くツアーが多いけど〔コンヤで泊まるツアーもある〕この区間がメチャ長い。風景はご覧の通り。何も無いんだけど、この道はローマ時代は違ったようです。何故なら、パウロ達が宣教していた時は、街が沢山あったから。 -
イチオシ
【車窓から】
エフィソスから東へ 〔正確な順は違うかも〕
エフィソス→ラオデキヤ→コロサイ→フィラデルフィア→ヒエラポリス→アンテオケ→ガラテア→コンヤ(イコニウム)→リュストラ等。
何を思ったのかと言うと、2,000年前、ココを歩いて(馬車かもしれないけど)宣教したって事に凄いなぁ~と。バスに乗っていても結構疲れるのですよ。当時はアスファルトの道じゃないしネ。
そんなことを思いながら、寝てしまった"(-""-)" -
【車窓】
バスの中で、ガイドさんが、(メヴラーナ博物館の前に車を停めるけど、ゆっくり停められないので、直ぐに下りられるよう荷物の用意をして!) の声で起きた私。で、言い終わった瞬間、車は停まる(えっ!!)
取りあえず、カメラと水だけを手にし、降りた。(もう少し早く言ってよ~!)
尚、パスポート・財布・スマホは、常に身に着けているので、特に問題は無いんだけど、寝起きに直ぐってのが、キツかった('ω') -
メヴラーナ博物館に入場。
トルコ人だか何人だか判らないけど、団体客がいっぱい。この旅始まって以来の大混雑。(今まで私らしかいなかったから、余計に混んでると思ったんだよね(笑))メヴラーナ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
メヴレヴィ―教団の創始者の棺だって言ってたかなぁ?
兎に角、滅茶混みで、ガイドさんを見失わないよう必死だった(笑) -
コーランと右下は何だっけ?
正直、あまり興味が無いので、説明が聞けた場所だけを撮った感じです。 -
取りあえず20分ほどフリータイムに。
ホントはもっと説明をしたかったらしいのだけど、本当に混んでいて、そんな余裕が無かった というのが真相だったみたい。 -
セマは、左足を床に固定したまま右足で反時計回りに回転し、右手のひらを上に向けて(神の恩寵を受けていると信じている)、左手のひらを下に向けて(その恩寵を世界に伝える)、という意味らしい。
ただ、メヴラーナ教団にとって最も重要なセマ(回転儀式)は、1925年アタチュルク率いる新トルコ共和国によって禁止になったそうで、現在ではメヴラーナ教団とは関係のない・団体や個人が、観光客を楽しませるために披露しているらしい(*'▽')
※ このツアーでは、ショーは有りません・見てません。 -
適当に撮っています(笑)
メヴラーナ教団って何ぞや? スーフィズム教団。スーフィズムって何?
スーフィズムとは、イスラム教における複数の神秘主義の流派、あるいは運動を指す広義の用語で、スンニ派とシーア派と、どちらにも存在するらしい。要は、「神や絶対的なものと自己とが、体験的に接触・融合することが最高の価値」とするらしい。(と、色々と調べてみたんだけど、イスラム教には全く興味が無いので、理解不能)
全く興味が無い…というか、理解しようと調べたのだけど、あまりにも私には合わないので放棄した。だってね~、辻褄が合わな過ぎなんだもん。 -
入場時には撮れなかった場所に移動。混んでいたので、撮る時間が無かった。アーモンドの木やクルクルと刈られた木が可愛い。
-
イチオシ
で、コレです。この「konya」の文字を入れて撮りたかった。
青空で・アーモンドの花も咲いてて、中々綺麗だなぁ~と思ったのでした。 -
博物館のあとは、徒歩で昼食のレストランに向かいます ①
で、何で「イスラム教が理解不能」かと言うと、平たく言うと「男尊女卑が激しすぎるから」というのと、「国や地域によって信仰の解釈が違う」から。某国の「スカーフ事件」も記憶に有るかと。
イスラム教の「一夫多妻制」が、先ず気に食わない。
〈一夫多妻制は、性的欲求を満たしたいが、妻の状況によって、それが叶わない男性にとっての解決策。一人の妻だけでは夫の性欲が満たされない場合(妊娠中はダメだもんね(;_:))、別の女性と結婚することが許される〉…ナニコレ(?_?) ※女性と違って、男性の場合 70歳代でも性欲はあるし、造精機能も出来るというからなぁ~。(今回の旅で納得しました(爆笑)
これって、「神」じゃなくて、人間の(男性の)都合の良い話になってるよね。まぁ、性欲だけが、一夫多妻制の理由では無いらしいけど、どちらにしても「神」の教えでは無いと、私は思う。 -
1994年、20歳で行った初の海外旅行はイスラエルでした。じゃなくて、【エルサレムの黄金ドーム】※逆算しなくていいですからっ(笑)
そもそもこれが気に食わない。
今では、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地となっているエルサレム。この場所がイスラム教徒にとって重要なのは、【ムハンマドの夜の旅が、この建造物の中心にある岩から始まった】という話から らしい。
ムハンマドがメッカの大モスクからアル=アクサー・モスク(「最も遠い祈りの場所」)へ夜の旅をし、そこで祈りを捧げ、アッラーから指示を受けるために天に昇るという伝説。
この話は、8世紀にイブン・イスハークによって作られたそうで、実際にドームを建設した理由は、ウマイヤ朝の時に、アブド・アッラー・イブン・アル=ズバイルと対立していたアブド・アル=マリクが、アブラハム系宗教の本拠地であるエルサレムを手に入れることで、今でいう〈マウント〉を取りたかったらしい(*'▽')
要は、都合よく、勝手に聖地にしちゃった…って話。 -
レストランへ歩いています ②
まぁ、キリスト教でも、特にプロテスタント教会は「派」があり、また牧師によって左右されてしまうので、何とも言えませぬ"(-""-)"
1994年のイスラエルは、当時プロテスタント教会に通っていた知人の誘いで行った。この教会で「聖地巡礼」の企画旅行を募ったらしいけど、催行人数に足らないので、(費用は要らないから来て!)と、参加した旅だった。エジプト・シナイ山・イスラエルを10日間。今では、こんな日程は組めないだろうなぁ~。
で、旅仲間だった男性2人が、教会と牧師の方針についていけなく、数年後・自殺してしまったんだよね~"(-""-)" -
レストランへ歩いています ③
日本人って「無宗教」の人が多いというけど、一方で、よくわからない宗教にハマってしまう人も少なくない。金儲けが狙いの宗教団体もあるし。自殺も悲劇だけど、他者を殺してしまうのも 珍しい話ではなくなってきた(;_:)
ハマっちゃう人って、〈拠り所を強く求める〉から、合わない教会&宗教団体に当たると、逆に破滅しちゃうんだよナ。
えっ、私ですか? 私はハマって無いです & いい(良い)加減です(笑) -
レストランへ歩いています ④
左 マンホール 右 何処かの門にあったマーク
左は自治体の文字が入っているけど、この装飾は何を意味してるんだろう? -
「LOKMAHANE」という、レストランの店内。
ドリンクメニュー…そんなに高くは無いですね。1リラ約4円だったので、1番高い100リラのドリンクでも400円ぐらい。
トイレは2階にありました。
入店時は、こちらのブースは空いてましたが、数分後・某国の団体で満席に。
しかも後から来たのに、私達より先に出られました。40人以上いたかなぁ? 人数が多いと、トイレをはじめ・何かと時間を取られるので、早め・早めの行動になってしまうんですよね。 -
今日の昼食。
スープにピデと肉料理。デザートは(?_?) 甘すぎてパス。 -
【車に戻ります】
アダナの文字が。
アダナと聞くと、1909年に起きた「アダナ虐殺」しか浮かばない。
アダナ近くのタルススが パウロの出生地。 -
【車窓から】
広大なトルコを車窓から見ていますが、「一軒家」を殆ど見掛けません。
ガイドさんに聞くと、〔マンションは鍵1つで済むから、住みやすい〕というのが理由らしい(*'▽') まぁ、確かに。 -
【車窓から】
幹線道路を主に走っているので尚更なのでしょうけど、日本の地方都市よりも遥かに近代化しているように感じました。トルコ人の平均年齢中央値は、2026年度推計で 34~35歳なのだそうです(*'▽') 日本は……49歳で世界一(;_:) -
【車窓から】
真面目に戻ろうっと。
コンヤ=イコニウムは、パウロが、バルナバやシラスと共に宣教旅行で寄った地。
シラスと聞くと、映画『ダ・ヴィンチ・コード』を観た人ならピンとくるだろうけど、「狂信者」ではありませんから。ってか、『ダ・ヴィンチ・コード』って滅茶苦茶騒がれ、どんなもんだろう? と観たけど…いくらフィクションだと言っても、ストーリーが酷過ぎ(苦笑)。実際 キリスト教を重んじる国では上映禁止になっている。 まぁ映画の話はいいか。
シラスは、ローマ市民で初期キリスト教会の伝道者〈パウロ2回目の宣教旅行に同行〉
バルナバは、パウロ=サウロが未だキリスト教徒を迫害している時からの、キリスト教徒で、サウロが改宗し パウロと呼ばれるようになった後、ペテロなどの使徒達に パウロを紹介した人物。のちにパウロの同行者として、第1回目の宣教旅行に行った。伝承ではキプロス島で殉教。
バルナバはあまり名前が出ないけど、パウロはバルナバによって「出世王」になったって感じ? また、バルナバは〈福音書記者マルコ=ヨハネ・マルコ〉の血族(いとこ)とされている。「ベネツィア・サンマルコ寺院のマルコ」
パウロの第1回目の宣教旅は、バルナバと共にマルコも同行し、ペルゲ(先日の)まで一緒だったんだけど、マルコはエルサレムに戻ってしまった。第2回目の宣教旅に、バルナバはマルコも連れて行きたかったのだけど、パウロと言い争いになり・袂を分かって、パウロはシラスを同行者に選んだ・らしい(*'▽') -
【車窓から】
話は逸れ、『マルコ福音書』の著者が〈ヨハネ・マルコ〉であることを示す証拠は、ヒエラポリスのパピアス(紀元60年頃- 紀元130年頃)の証言で、《ペテロの仲間であり・通訳者であったヨハネ・マルコによって、ペテロの説教を記録されたもの》とされています。
パピアスについては https://4travel.jp/travelogue/12053711 -
【車窓から】
で、正確には パウロ達は コンヤは通り掛かった程度で、コンヤに近い「リュストラ」に滞在した。パウロの第1回目の宣教旅行の時、ココで演説したことで「石打ち」に遭い・追い出されたが、それを目撃した「テモテ」が信仰を持ち、パウロが再び立ち寄った・第2回目の宣教旅行の際に、パウロの弟子になり、そのまま宣教旅行に加わったらしい。 -
【車窓から】
「テモテ」エフィソスの初代司教。
西暦52年、パウロの第2回目の宣教旅行でパウロとシラスに合流し、西暦 64年にパウロの指示で、エフィソスの初代司教になる。
西暦97年、女神アルテミスを称える行列を阻止しようとし、テモテは異教徒たちに石打ちで殺害された。享年80歳。【4日目 エフィソス編https://4travel.jp/travelogue/12023431】で記載
現在リュストラは、古代遺跡となっており、「宣教地巡りのマニアックな人」しか訪れないのだそう。 -
キャラバンサライ
1229年に建てられたが火災で一部が破壊され、1278年に修復・拡張された。当時はトルコ最大の隊商宿であり、アナトリア・セルジューク建築の最も優れた1つとなっている。スルタンハヌ ケルヴァンサライ 史跡・遺跡
-
ここで20分ぐらいトイレ休憩。
Aさんと私は暫く外に居たが、寒いので店に入ったり・出たり。
Bさんと「G」と「添」は、買物に熱中。 -
キャラバンサライの向かいにこんなものがあった。
功績があったスルタンの像らしい。 -
前の写真を左から①
帰宅してから、前の写真をズームしてみた。けれど、名前が判らない。 -
前の写真を左から②
ここで20分が経ち、ガイドさんもドライバーさんも出発しようとしてたんだけど、中々出て来ない('_') ドライバーさんはエンジンを掛けてたのに、(未だ行かないの~?)とエンジンを切った"(-""-)" -
前の写真を左から③
しょうがないので、ガイド・ドライバー・私の3人で、店からのオモテナシで頂いたチャイを、無言で飲む(笑)
っと、ココで明日予定されていた気球が飛ばなくなったと、ガイドさんに連絡が入った。 -
このツアーでは、キャラバンサライには入場しない。
こんなに時間を取れるなら、自腹でも入りたかったなぁ~と、Aさんと愚痴る。
結局20分が40分以上留まった。もはや「旅程管理者」不在っス(;_:) -
【車窓から】
旅も後半。はっきり言って、全く楽しい旅では無いんだけど、私の目的は果たせているので、良いのかなぁ(苦笑)
最も、楽しむ為に参加したわけじゃないしね。 -
【車窓から】
日本とトルコの絆は、1890年のエルトゥールル号遭難から始まったと言われ、1985年には、テヘランに取り残された日本人の救援のため、トルコ政府が救援機を飛ばしたらしい。(知らなかった! )
2015年制作された映画『海難1890』。トルコに行く前に観たのだけど、あまり感動しなかったなぁ~(;_:) -
今日の宿、『カルセドン・ケーブスイーツ』に到着!
ここは洞窟ホテルで、1部屋・1部屋内装が違うので、くじ引き。
かなり敷地が広いみたいだけど、レセプションと対面している1番近い場所だった。(気持ちが萎えているので助かる~!) 私の隣はAさんだった。カルセドン ケーブ スイーツ ホテル
-
部屋はこんな感じでした。ドアを開けると2脚の椅子。
その途中に遺蹟っぽく、床下に壺などが埋め込まれていた。
冷蔵庫の上にお水が2本。冷蔵庫の中は空。
左に進むと… -
ベッドルーム。 右に進むと水回り。
一応バスタブがあったのだけど、お湯を溜めるのに時間が掛かりそうなので使わなかった。
1番困ったのがドアの開閉。ここでも、鍵の凹凸か本体か判らないけど、全く噛み合わない。かなり老朽化しているようです。 -
I Love CAPPADOCIA とある、ホテルのフォトスポット。
今日の夕食もブッフェです。品数はありました。お味は普通。
某国の団体さんで、ごった返し(笑) 昼間のレストランでも、これまでのホテルでもそうだったけど、某国人が多いのではなく、現地手配会社のほうで、アジア系はアジア系で纏められちゃうんだよね。日本人ツアーは私達だけ。 -
レストラン棟から見た、レセプション。 右にちょこっと写り込んでいるのが、私達の部屋の1画。
明日は気球が既に中止なので、出発は8:30との事。
このホテル、街からかなり離れているらしく、散策はホテルの敷地内だけかなぁ。
10日目終了。
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