2026/03/26 - 2026/03/26
13位(同エリア27件中)
danteさん
- danteさんTOP
- 旅行記40冊
- クチコミ14件
- Q&A回答7件
- 82,896アクセス
- フォロワー17人
※ 先にお断り。
一部「旅ブログ」含む 日本語サイトやガイドブック・旅行会社の情報及び説明とは異なっています。
今更ですが、クリスタルハートとはいえ、ホテル及び部屋は、阪急トラピックスやクラブツーリズムなどと同じなので、積極的には撮りませんでした。
7日目
今日の午前中は クサントス遺跡とレトゥーン遺跡、
午後からは楽しみにしていた、サクルケント渓谷とオルデニズに行きます。
昨日に引き続き、トルコ・ツアーとしてはメジャーでは無い分、よくわからないけど、こんな場所があるんだ~! と楽しんでいます。
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
ホテル出発8:00
朝食は7:00からで、ちょいと忙しいかなぁ? と思ったものの、なにせ連泊だし、昨夜の様子から、他のお客さんは2組だけだったので、混むことも無くスムーズに済みました。 -
ただ、部屋のドアがスムーズに開かない(;_:) 【カードKeyでは無かった】
要は、鍵の凹凸がすり減っていて、鍵穴に絡まないので、タイミングが合わないと開かないのだ~(;_:) これには困った(泣) -
約1時間程でクサントス遺跡に到着!
この辺りはアクセスが悪いのか、個人で来るには難度高そう。
見学者…我々だけです。← こればっかり(笑)クサントス遺跡 史跡・遺跡
-
クサントスは、リュキア最大の都市であったらしい。
リュキアは、紀元前14世紀から紀元前546年まで、この辺り (昨日のダルヤンから翌日まで行く地域) の古代地域だった。
と、歴史を遡ると、話が纏められないので端折ります。
クサントスはリュキア文化と商業の中心地として機能し、後にペルシャ、ヘレニズム、ローマの支配下で行政の中心地となっていた。
クサントスの遺跡は、リュキアとギリシャの芸術が融合し、「葬祭芸術」に特徴があるらしい。 -
【お花の名前、判らず】
ヘロドトス(紀元前484年頃~ 紀元前425年頃の古代ギリシャの歴史家)によると、
「紀元前546年、ハルパゴス率いるペルシャ軍がクサントスを包囲した。クサントスは服従を拒否し、降伏するよりも都市を破壊して、自決することを選んだ」と見解している。
その後、戦闘時に町を離れていた少数の生存者が再建した。
ところが紀元前42年のローマ内戦中、クサントスはブルータス(カエサルの暗殺者の一人)に包囲され、包囲された市民が都市を焼き払い自決したという。
これはリュキア人の「激しい独立心と誇り」を示したものだとされた。
この2つの悲劇により、クサントスは自由のために「二度死んだ」都市として知られるようになった……そうです。 -
碑文が刻まれた、オベリスク
おそらく紀元前400年頃に、ケリガの石棺を支える柱として建てられたと考えられている。この柱の上に墓があったとされ、地震で崩れ落ちた可能性が高いらしい。
ケリガは、紀元前450年頃から410年頃にかけてリュキアを統治した王朝の人物。 -
この柱には、3言語【ギリシャ語・リュキア語・アラム語】の碑文がある…といっても、実際私が見たのは2言語。
左はリュキア語・右はギリシャ語らしい。
このガイドさん、7か国語も喋れるらしく、日本へのツアーのガイドもしているのだとか。トルコ語・英語・スペイン語・ギリシャ語・日本語…あと何処だっけ? -
ローマ時代の劇場
-
この劇場の上に…
-
リュキア時代の葬祭遺跡がありました。
恐らく、クサントスでは代表的な遺跡だと思われます。 -
ハルピュイア=ハーピーの墓。 【古代ギリシア様式】
ハーピーは、ギリシャ神話とローマ神話における半人半鳥の生き物で、元々は「風の精霊」と考えられていたそうです。また、「偉大なるゼウスの猟犬」=「ゼウスのしもべ」と呼ばれるようになった…とか。
ただ、この記念碑は「ハーピーに似た4体の翼のある、女性の彫刻にちなんで名付けられた」そうで、実際の意味は不明らしい。
リュキア人は、ギリシャ神話を自分たちの文化に取り入れており、ギリシャの神々を表している可能性があるが、未知のリュキアの神々である可能性もある。
また、「死後の世界の審判」や「リュキアの支配者への嘆願」を表しているという解釈もあるそうです。
最もこれはレプリカで、本物は大英博物館にあるらしい( ゚Д゚) -
パヤヴァの墓 【リュキア様式】
パヤヴァ はクサントスの支配者と考えられている。
残念ながら、こちらも本物は大英博物館。
ペルガモン遺跡といい・エフィソス遺跡といい・ココといい、本物はトルコ国外にあるって言うのも なんだかなぁ~"(-""-)" -
代表的な遺跡を見た後は、暫しフリータイムとなった。
〔向こうにも遺跡がまだあるよ! 〕って事で、とっとと見に行く。 -
向こうに見えるは湖か? と思いきや、これはビニールハウス( ゚Д゚)
実は、このビニールハウスで環境問題が起きていた! 〔話は次の訪問地で〕 -
〔写真連結〕
右は、電車の吊革のような彫刻が綺麗にあって〔これ、きっと後付けだろうなぁ~〕
左は、柱と礎石に「ギリシャ語」文字が彫られている。 -
柱の礎石かなぁ?
-
教会跡
クサントスにはキリスト教の司教区と複数の教会があったが、経済難と侵略により紀元7世紀までに衰退。最終的に、この遺跡は放棄され、廃墟となり、埋もれてしまったが、1838年に英国の考古学者チャールズ・フェローよって再発見されました。 -
ケシの花…かなぁ?
-
4人です…じゃなくて、4匹の犬。
黒い犬の後ろにもう1匹
始終、こんな状態ですワ"(-""-)" -
かたや、それを見ている2匹は、ガイドさんと私。
お座りしているのがガイドさん。 伏せっているのが私。
ガ: ずっ~と、あんな調子だね~(;_:)
私: うん、もう勘弁してよ~"(-""-)"
※ 南トルコに来てから、犬を見る機会が多くなった。 -
車窓から
クサントス遺跡の見学が終わり移動。 -
車窓から
小さな街なのかなぁ? 平日ではあるけれど、人を見かけません。 -
レトゥーン遺跡にやって来ました。クサントスから約6キロ。
レトゥーンは、紀元前6世紀に作られ、古代リュキアにおける重要な聖域だったそうです。一般的な遺跡とは異なり、人が居住することは無く、宗教の中心地=聖域のみの場でした。
この聖域は、リュキア時代に起源を持ち、ギリシャ時代、ローマ時代を経て、初期キリスト教時代にキリスト教化されるまで、数世紀にわたる文化の変化の中で活動を続け、7世紀後半に放棄されたそうです。レトゥーン遺跡 史跡・遺跡
-
ここには、ゼウスに愛された女神レトと、その子供 アポロンとアルテミスに捧げた神殿が存在したそうです。「レトゥーン」という名前は、女神レトにちなんで名付けられました。
-
柑橘系の花…と言ってたかなぁ?
-
先程のクサントスと違って、平地にある為か、広いです。
-
遺跡の敷地内に羊も放牧されている( ゚Д゚)
-
イチオシ
〔写真連結〕
遺跡と羊…。今までの遺跡巡りと違って、良い感じ。 -
池の向こうに遺跡がある…と思っていたら、
実は「季節的な地下水位の上昇」と「周辺にある多数の温室からの汚染」なんだって( ゚Д゚) ※先程のクサントス遺跡からビニールハウスが見えた -
レト神殿 〔写真連結〕
紀元前3世紀に建てられたレト神殿は、最大規模(30m×16m)で・建築部材の約80%が残る、保存状態の良い神殿だそうです。
下は、神殿の裏 -
と、右の女性、1人で見学。
彼女は大学生で、将来はガイド業に就きたいのだそう。
ガイドさん〔真ん中〕、それを聞いて喜ぶ(#^.^#)
話の流れで3ショットです。 -
〔写真連結〕
レト神殿以外、コレといった大きなものが無いので、何処をどう歩いているのか分りません(^_^;)
水場にアヒルや水鳥がいました。 -
〔写真連結〕
この辺にあったのかなぁ?
今は廃墟となってしまったアルテミス神殿は、レト神殿とアポロ神殿の真ん中にあったそうで、最も古く、最も小さかったそうです。 -
〔写真連結〕
ただいま、アポロ神殿にいます…といっても、円柱があるわけでは無く、唯一ココが アポロ神殿だ と判るのは下の写真・モザイク画があるから。
左から 竪琴 ロゼット 弓と矢
アポロ神殿は、紀元前4世紀に建てられたそうで、ドーリア式の建築様式を取り入れ、半円柱で装飾されていたと考えられている。大きさは28メートル×15メートルあるらしい。
どっからどこまでが神殿だったのか判らないけど、そのくらいの広さは感じられた。 -
キリスト教会跡
聖地エルサレムの方角がわかるように作られていたそうです。 -
〔写真連結〕
トンネル発見。Aさんと行動を共にする。
Aさんは「トルコに興味が合って参加した」だけあって、フットワークも良いし、話していて楽しい。 -
〔写真連結〕
写真上
紀元前3世紀に造られたニンファエウム(泉の神殿)
宗教儀式に用いる真水を浄化し、供給していたらしい。 -
撮った角度が悪く、判りにくいけど、この半円形の池の直径は16mあるらしい。
左中央〔池の中〕にあるのが、ニンファエウム(泉の神殿) -
イチオシ
〔写真連結〕
「季節的な地下水位の上昇」と「周辺にある多数の温室からの汚染」…本当は、遺跡を保つ面では「害」なんだけど、水があるから景観は良いんだよな(;_:) -
天気が良い為か・石が綺麗に置かれている為か綺麗。
-
さてさて、昨日から紀元前の世界に入っています。ギリシャ・ローマ神話といっても、サッパリわかりません。現在見られる・エフィソスやヒエラポリスの遺跡は、ローマ時代のもの。フィリポのマルティリウムは5世紀のもの。今ココにある遺跡は、紀元前のもの。ペテロを筆頭に、12使徒やパウロ・エピクテトスは1世紀の人物。
そう、エピクテトス…と言えば、ソクラテス? いやいや、その前にタレスがいた。
『汝自身を知れ』=ソクラテスと思いきや、タレスorキロンの言葉
『汝自身を知れ』は、ギリシャ・デルフィのアポロ神殿に刻まれた格言だけど、少なくとも紀元前5世紀、あるいはそれ以前に刻まれていたことから、ソクラテスの言葉ではない事が明らか。
ソクラテス 紀元前470年~紀元前399年(71歳没)
タレス=西トルコ・ミトレス出身
紀元前626/623年頃~ 紀元前548/545年頃(約78歳没)
…と、寄り道しちゃったけど…、「人物」を参考にすれば、歴史背景が見えてくるんだ~ って、自分の世界に入る(笑)
もとい、タレスの時期に、この遺跡も出来たんだ! -
遺跡・動物・水場などがあって、結果的に遺跡巡りでは、1番ココが良かったです。
-
レトゥーン遺跡を出たところで、ガイドさんが地元の人に呼び止められる。で、その人の家に。出てきたのは、ザクロジュース。要は(良かったら買ってくれ)。
なんでも厳選した実で作ったらしい。飲んでみると甘い。普段飲んでいるザクロジュースって、少し酸味があるんだけど、全く酸味が無くて濃厚。
ワンちゃんは、ココの犬。とても小さくて・ちょいと悲しそう(;_:)
(買ってくれないと、僕はご飯を食べさせてもらえないんだよ~) とは言わなかったけど、これは買った。1本500ミリで5ドル。 -
車窓から。楽しみにしている「サクルケント渓谷」に移動中。
ところで、聞き捨てならぬ事が…。
今まで私は「疎外されているわけでは無い」と思ってたんだけど、如何やらそうでは無いらしい。
このツアー、4人参加で私だけがエコノミー。男性「G」が言うには、
このブランドは、ビジネス利用者を客としているから、○○さん(私)は客ではないんだよ~。………ときた(;_:) -
【車窓から】
(あらっ、そうだったんですね~) …っと、そんなことは無いと思いたいが、そう聞かされると、心当たりは沢山ある(;_:)
まぁ、ビジネスを 利用したとしても、応対は変わらなかったと思うけどね(;_:) -
【車窓から】
そもそも、阪急へ問い合わせの電話をしても、(クリスタルは、ビジネス利用ですから!) と言い放つ人もいる。
確かに航空会社との契約上(チケットの仕入れ上)、クリスタルと言うか・阪急にしてみれば、ビジネス利用をしてもらいたい事は判る。 阪急全体の団体割引に繋がるから。要は……まっ、いいか(笑)
それに「添」自身が、(今回はエコノミーの人がいるから〇×〇×…) と 3人と話をしていたのも 聞いている。 -
【車窓から】
まっ、「G」の言う通り「添」から区別されているとしても、
直行便にビジネス…というか 40万円は出せないのよ。
現役世代ボンビー、ここは素直に諦める(;_:) -
【車窓から】
こう考えれば良い。
私は単独渡航し、現地ツアーに申し込んだら、偶々このツアーに便乗となった…と。 -
今日の昼食は…スープしか撮ってないけど、お魚でした。
外のテラスでの食事、周りには犬や猫が沢山いて寄ってくる(笑)
Aさんが動物が苦手なので、Aさんのそばに行かないよう、私と「添」で動物達をおびき寄せるうちに、撮り損ねた。
南トルコだからか・晴天だからか、日差しが暑かった。 -
食後、少し車で移動し、サクルケント渓谷に到着。
と、ここでアクシデントが。
ガイドさんが言うには、(ここの入場は行程に入ってないようだ)
いやいや、そんなはずは…と「添」とガイドさんは、お互いの会社に問い合わせ開始。サクルケント渓谷 山・渓谷
-
っと、この投稿を書いている今、初めて気が付いた。
確かに入場にはなっていなかった( ゚Д゚) おいおい!
今になって気が付いた・私が言うのもなんだけど、
「入場しないと見れない場所」を、何故「下車観光」にするんだろう?
昨日もそうだったけど、
サクルケント渓谷にご案内……って、出来ねぇ~じゃん(*´ω`*)
結局、問い合わせの結果、入れました。
この時は現場で払っていたような…。(高くはなかったようです)
昨日と言い・今日と言い、このメンバーだから良かったものの、一歩間違ったら怒声が飛び交ってたゾ。
と思いながらも、ある意味・笑える…いや~参考になります(笑)………(って、まだまだ続く(>_<)
(言ったでしょ? 《真面目に半分、余暇も半分》だって) -
入り口でヘルメットを被ります。
この渓谷、以前はヘルメット無しだったが、最近になって着用になったらしい。 -
サクルケント渓谷 「隠された谷」
ココが発見されたのは約30年前らしい。サクリケントの入口と出口の標高差は700mで、高さは最大300メートルあり、トルコで最大の渓谷らしい。 -
岩の中には合計 16 個の洞窟が発見されており、数千年にわたる水による岩の摩耗によって形成されたと考えられているそうです。
-
渓谷は全長18キロ…といっても、最初の500メートルから先は安全上のリスクがあるらしい。といっても、100mぐらいしか歩いてないけど(;_:)
-
本当は川の中を歩いて、この先にも行けるらしいけど、ここで終わり。
夏は避暑地として人気があるみたい。 -
と、作業員が居た…というのは嘘で、折角だから川の中に入ってみた。
ここまで来て・見るだけで終わりは、勿体無いもん。
水温は冷たかった~(*´ω`*) -
遊歩道の開けたところに、こんなものもありました。
カフェらしきものもあったんだけど、時期的に閉まっていた。 -
時期が時期なので、この場所を堪能する事は出来なかったけど、8~10日間のポピュラーなトルコツアーと違って、自然体験が出来たのは良かったです。
-
写真違うけど…
帰りの駐車場で、可愛らしい現地のおじちゃまが手招きしていた。
なんだろう? …と思っていたら、単に(お金ちょーだい)だったらしい(笑)
優しいガイドさんが…あげた('_') -
さて、ツアー行程には入ってなかったけど、
(車窓からでも 見えたらいいなぁ~!) と思ってた場所があった。
https://www.https://www.youtube.com/watch?v=2gGnpNmgNBs&t=3s
カヤキョイ
この地域はリュキア文明の中心地であった。ビザンツ帝国時代には裕福なギリシャ人コミュニティが出来、トルコ語を話すイスラム教徒の住民とも平和に共存していた。18世紀以降、オスマン帝国のギリシャ人村として知られるようになり、19世紀には人口が増加し、経済的にも文化的にも重要な中心地となった。 -
【車窓から】
ところが、1919年から1922年のギリシャ・トルコ戦争後、1923年のローザンヌ条約【ギリシャ人とトルコ人の住民交換に関する条約】で、ギリシャ住民はこの地から追放され、代わりに移住してきたイスラム教徒がこの地をあてがわれたが、彼らには生活様式や気候などの理由で、この地に馴染めなく・住めなく、結果廃墟となった。
https://www.youtube.com/watch?v=XBmNH1amxMg
現在は、博物館となっているようです。 -
【車窓】
ガイドさんの祖父はギリシャ人だったそうで、本人もギリシャ系であったことから、子供の時は友達や周りの人達と色々あったそうです。だからといって、トルコを批判するような事は言わなかったけど、このカヤキョイや ギリシャ人とトルコ人の住民交換の話は、たびたび持ち出していた。
また(フェティエのカヤキョイは特に有名だけど、こうした場所はあちこちにある)とも教えてくれました。
結局カヤキョイは、道が1本(山が1つ)違うって事で、見ることは出来なかった。 -
さて、オルデニズに到着。
オルデニズはトルコ語で、死海を意味するらしい。要は「嵐の中でも水面が穏やか」らしい。また、イギリスの影響を強く受けているリゾート地との事。 -
ここはビーチの他にパラグライダーも人気な場所らしい。
オリュデニズ ビーチ・海
-
ここで女性2人が買い物をしたい…という事で、フリータイムとなった。
-
私とガイドさんは、ビーチの奥にあるラグーンに行く。
-
ミモザの花
暫く歩いていると後ろから(酷いよね~)という声がし、振り向くと「G」が居た。 如何やら3人から離れてきたらしい。
「G」が言うには………、要は3人の後ろを歩くのが疲れちゃったらしい(笑)
ここまでの4人を見ると、こんな感じてす。 -
Bさんはトルコだ・観光だ…というよりも、「人」と話がしたくて参加した。クリスタルの常連ではあるものの、同じ添乗員ではリピートしなく、毎回別の添乗員で参加しているらしい。理由は(初対面だと手厚くしてもらえるから)
男性添乗員は、この点、客への応対は平等なんだけどね(;_:)
「添」はそんな理由は知ってか知らずか、あわよくばリピート客が欲しい為か、手厚くする。よって「添」とBさんは常に一緒。Aさんはお身体に事情が合って、やはり「添」の横にいる。要は女性2人が「添」を挟んでいる為、「G」は後ろを歩く形になってしまうのだ。「同行添乗員が目当て」で参加した「G」にとっては、当てが外れたというか、面白くない(笑) -
見ていると 確かに「G」が言う通り、Bさんに対する「添」の手厚さは過剰というか異常だと思う。が、私から見ると「G」に対しても手厚いと思う。
でも「G」の話は無視。Bさんが賢いというか、強かのように「G」もなかなか(>_<)
3日目のバスの中「添」とBさんの話し声が煩かった。で「G」が私に (煩いから注意してくれ)と言うので、「添」に、(もう少し小さな声で話してくれ)と言ったのサ。 ところが…
後日「添」から聞いた話では、
(Gさん、○○さん(私)が、うるさいと言った事で、私(添)が大丈夫か気にかけてくれていた。「G」さん、優しい人ですよ)…と( ゚Д゚)
私は踏み台かい(;_:)
勿論、盲目な「添」は、そんな経緯は知らず"(-""-)"
ってか、元々貴方達が煩かったから、こうなったんだよね?
今後は自分の立場を考えて頂きたい。 -
話を戻し、
旅先は「一期一会」とは言っても、人の悪口は言わない方が良い。それに私に悪口を言ってきたって事は、私の悪口も言ってるって事だ。こういう人は避けたい。 -
「G」に話しかけられた以上、しょうがないので、
(でも「G」さんも、初めて御一緒した時に 手厚くされ・気に入ったから、今回こうして参加したんですよね~? ) とだけ答えた(;_:)
「G」は全く気づいていないようだけど、旅も7日目。空気は既に…変わっていた。 -
ガイドさんと私でラグーンに向かったはずが「G」 が加わり、更に後ろを振り向くと、3人もついてきていた( ゚Д゚) 如何やら土産になるようなショップが無く、場所柄マリンスポーツ店しかなかったらしい。
-
ラグーンに着きました。が、ここは本当に柵から見ただけ。しっかり見るとなると、まだまだ歩き、入園料も掛かるらしい。時間的にここまで。
ラグーンは国立自然保護区に指定されているので、建築物は禁止との事。 -
ホテルのバルコニーからの ラグーンの眺め
上から眺めると、こんな感じです。 -
帰りはAさんと御一緒した。
Aさんはハッキリと言葉には出さないけど、旅の中盤に来て思う事は、やはりあるらしい。興味があって参加しただけあって、思うところは一緒なので助かる。 -
ビーチ&海、綺麗ですね。
この後ホテルに戻り、小物を洗濯。 -
レストランのテラス。
時間が早いのか、夕食は我々だけ。 -
ブッフェなので、お料理の写真は撮ってないけど、スウィーツが面白かったので撮ってみた。何が面白いかって?
スウィーツなのに、なぜかトマトにピーマン・&バナナを模してるところ('ω') バナナは兎も角、トマトにピーマン? 色的にこうなった? イチゴとメロンじゃないんだ~(笑)
お味は…シューに〇ッそ甘いクリームが挟んであって、これまた〇ッそ甘いシュガーコーティングされたもの でした。 -
食事中、日の入りが始まったので、シャッタータイム。
夕陽は綺麗なんだけど、頭と心はグレー。
何なの? この「杜撰な日程表」と「人間模様」は。
疲れてきちゃった"(-""-)" -
幸福への道はただ一つしかない。
意思の力で どうにもならない物事は 悩まないことである。
by エピクテトス
7日目終了。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
《真面目に半分、余暇も半分》
-
《真面目に半分、余暇も半分》1 成田 前泊編
2026/03/19~
成田
-
《真面目に半分、余暇も半分》 2 出発〔前置き〕編 【1日目】
2026/03/20~
イスタンブール
-
《真面目に半分、余暇も半分》クリスタルハート・トルコ15日間、ボテボテの旅 3 【2日目】
2026/03/20~
ブルサ
-
《真面目に半分、余暇も半分》クリスタルハート・トルコ15日間、ボテボテの旅 4 【3日目】
2026/03/20~
ベルガマ
-
《真面目に半分、余暇も半分》クリスタルハート・トルコ15日間、ボテボテの旅 5 【4日目】
2026/03/21~
ボドルム
-
《真面目に半分、余暇も半分》クリスタルハート・トルコ15日間、ボテボテの旅 6【5日目 前半】
2026/03/24~
アフロディスィアス
-
《真面目に半分、余暇も半分》クリスタルハート・トルコ15日間、ボテボテの旅 7【5日目 後半】
2026/03/24~
パムッカレ
-
《真面目に半分、余暇も半分》クリスタルハート・トルコ15日間、ボテボテの旅 8 【6日目】
2026/03/25~
フェティエ
-
《真面目に半分、余暇も半分》クリスタルハート・トルコ15日間、ボテボテの旅 9 【7日目・意気消沈】
2026/03/26~
フェティエ
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
フェティエ(トルコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 《真面目に半分、余暇も半分》
0
81