2026/05/19 - 2026/05/22
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chemireさん
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神功皇后
日本武尊の第2子・14代仲哀天皇の皇后で、15代応神天皇の母とされる3~4世紀頃に活躍した伝説上の人物。
三韓出兵(三韓征伐)では、『日本書紀』や『古事記』の伝承によると、現在の博多湾周辺や松浦半島などから出発し、朝鮮半島の新羅・百済・高句麗の三国(三韓)を服属させたとされています。
神功皇后ゆかりの史跡の残る海岸沿いは、遊歩道が整備され歩いていて気持ちの良い場所でした。
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5月19日(火)名島神社の参拝の続き。
参道を下りて来ると、目の前に海が広がり、神功皇后ゆかりの史跡がありました。
俎板瀬(まないたせ)
神功皇后が三韓へ向かう際に供物を捧げ、帰還した際に凱旋の祝宴を開いたと言われています。 -
正面にあった碑をよく見ると、神功皇后に関するものではなく、太平洋大海戦大勝利 潮満珠潮乾珠と記されていました。
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当時海軍大佐だった山本五十六の揮毫で、二つの珠を使い海の干満を操る事により三韓征伐を成功させた神功皇后の逸話と、真珠湾攻撃の成功とをかけて造られたもののよう。
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最初は、二つの珠の近くにあったこれが帆柱石かと思ったけど、なんか違う気がして引き返したら、
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その先に説明板が見えたので、そちらへ。
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説明板には「ここから10m程奥に入った場所にある9個の円柱状石は、古代三紀漸新世前期(今から約3500万年前)に堆積した志免層群名島層の砂岩、礫岩層中に含まれる珪化木とよばれる樹木の化石です」と書かれていたので、
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その通りに10mほど進んで、ちょっと足場の悪い所を歩いて帆柱石のもとへ。
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実は、説明板の所まで戻らなくても、俎板瀬の右から帆柱石まで行けます。
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左にある大きな黒い碑には「檣」と刻まれています。檣の一文字で、ほばしら。漢字をまたひとつ覚えました。
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帆柱というくらいだから立っているものを想像して、杭を帆柱かと誤解しそうになったけど、
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鎖に囲まれた茶色い塊が、神功皇后が三韓出兵の際に使った軍船の帆柱が化石になったという伝説の残る樫属の珪化木です。国の天然記念物に指定。
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海岸沿いに目を移すと、上空を飛行機が通過。福岡空港は、すぐ近くです。
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それでは、海沿いを散策。
鳥瞰図を見ていたら散歩中だという方に声をかけられて、しばらく会話。当時の地元の様子を教えていただけました。 -
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1920年(大正9年)から1960年(昭和35年)まで稼働した名島火力発電所。名島城に設置された説明板には、東洋一の発電所と書かれてました。
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右側に水上飛行場跡も写っています。
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ここ、歩いていてホントに気持ちがいい。
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海沿いの遊歩道から内側に入った道に立つ電柱に、はかた博物館として名島にゆかりのある著名人が紹介されていました。
柳原白蓮
初めて見た名前だったので調べてみたら、大正天皇の従妹にあたる華族の出身の歌人で、波乱万丈な人生を送った女性でした。九州の炭坑王と結婚しましたが、7歳年下の学生と駆け落ち。新聞に夫への絶縁状が掲載されたのは、姦通罪があった時代に社会を揺るがす大事件だったそう。
活躍の分野も住む場所も違ったけど、重なる時代を生き29歳で自らの命を絶った金子みすずは、真逆とも言える人生を歩む白蓮のことを知っていたのかな。 -
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さっきの白蓮もそうだけど、孫文とか頭山満とか、名島には一筋縄ではいかない様な方の歴史が刻まれているのね。
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黒崎海岸通りまで来て折り返し。
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三韓から帰朝した懐妊中の神功皇后が腰を下ろしたという縁の石。
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良縁・安産のご利益があるそうです。
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参道入り口にまで戻って来たら、3基の庚申塔を見つけました。名島では、ふくよかな人を中央の丸い石碑にちなんで「庚申さんのようだ」と例えることもあるそうです。
庚申信仰は、中国から渡来した道教と仏教が習合したもので、近世では青面金剛や猿田彦大神が本尊。
江戸時代には、人間の体の中にいる三尸(さんし)虫が日々の悪事を監視していると考えられていたそう。60日ごとに巡ってくる庚申の日になると、寝ている間に体の中にいる三尸虫が閻魔大王に悪事を報告しに行くため、「だったら寝なきゃいいじゃん」ということで始められたのが庚申待。近所の人達が集まって徹夜でお酒を飲んで過ごすことが全国的に流行し、その庚申待を3年間(計18回)続けた記念として建てられたのが庚申塔だそうで、これまで何度も旅先で見た庚申塔の意味を初めて知りました。 -
名島城のあった高台を見上げながら、名島駅方面へ。
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行きは適当に歩いて名島城を目指したけど、帰りは通りの愛称の看板が設置された道を通って戻りました。
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火力発電所跡地は埋め立てなどが行われ、現在、野球場やテニスコートを併設する福岡県営名島運動公園になっています。
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愛称の謂れや古い写真が載っていて、ひとつずつ辿りながら歩くのも楽しそう。
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これも行きには気づかなかったけど、地図とともに歴史が紹介された説明板もありました。
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では、名島駅から中洲川端駅に戻ります。
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15:50
遅い昼ごはんは、川端通商店街にあるウエストで、かしわごぼう天うどん 830円。博多のソウルフードと言えば、柔らかいうどんと思っています。
でも、物価高でうどんが気軽に食べられなくなっちゃたなぁ。 -
食後、すぐに駅に戻って、コインロッカーから荷物を取り出し電車で移動開始。
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16:31
地下鉄空港線中洲川端駅からは、乗り換え不要でJR筑肥線に接続していて、 -
筑前前原駅で下車し、
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唐津行きに乗り換え。
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17:50
和多田駅に到着。ここまで1時間以上かかったけど、乗り換えもスムーズで楽でした。 -
駅から10分くらい歩いて、唐津第一ホテルリベールにチェックイン。唐津城と名護屋城を訪れるため、ここに2泊します。
唐津第一ホテルリベール 宿・ホテル
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松浦川を望む静かな部屋はコンパクトだけど、ミニテーブルもあって便利。
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ホテルの近くにファミレスがあったけど、夕食は松浦川に架かる松浦橋を渡って徒歩10分くらいのコンビニまで買い出しに行きました。
川の向こうに見えたのは唐津城。明日は、お城の周辺をめぐるつもりです。
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