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名護屋城本丸跡を見学。<br />かつては金箔瓦が輝く五層七階の天守や豪華な本丸御殿が存在。天守を含め6基の2階建て以上の櫓が配され、それらを多門櫓・土塀で囲んだ守りを厳重に固めた曲輪でした。<br />現在は、天守台や御殿跡の平面表示、大手門跡などが整備されています。

肥前名護屋城本丸

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2026/05/19 - 2026/05/22

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chemire

chemireさん

名護屋城本丸跡を見学。
かつては金箔瓦が輝く五層七階の天守や豪華な本丸御殿が存在。天守を含め6基の2階建て以上の櫓が配され、それらを多門櫓・土塀で囲んだ守りを厳重に固めた曲輪でした。
現在は、天守台や御殿跡の平面表示、大手門跡などが整備されています。

  • 5月21日 (木)15:08<br />本丸北口より本丸跡へ。<br />本丸入口は、南東部の本丸大手と北東部の本丸北口の2ヶ所が確認されていて、その両門が土塀で囲まれていました。

    5月21日 (木)15:08
    本丸北口より本丸跡へ。
    本丸入口は、南東部の本丸大手と北東部の本丸北口の2ヶ所が確認されていて、その両門が土塀で囲まれていました。

  • 本丸<br />東西約130m×南北約125mの広さを持つ城の中心部。

    本丸
    東西約130m×南北約125mの広さを持つ城の中心部。

  • 誰もいないように見えますが、けっこう人出があったので、人の流れを読みながら重ならないように移動して見学。

    誰もいないように見えますが、けっこう人出があったので、人の流れを読みながら重ならないように移動して見学。

  • 本丸内は、他の曲輪に比べて説明板が多めです。

    本丸内は、他の曲輪に比べて説明板が多めです。

  • 名護屋城は、各郭の入口に左折を原則とする「左縄」の構えが多いのも特徴のひとつだそうですが、今回はそれを体感できなかった。

    名護屋城は、各郭の入口に左折を原則とする「左縄」の構えが多いのも特徴のひとつだそうですが、今回はそれを体感できなかった。

  • 本丸御殿跡<br />1.天守台<br />2.御殿(6間四方秀吉自身の居室)<br />3.御座之間<br />4.御台所<br />5.御広間または御対面所<br />6.旧南西隅櫓跡<br />7.南西隅櫓跡<br />8.多聞櫓跡

    本丸御殿跡
    1.天守台
    2.御殿(6間四方秀吉自身の居室)
    3.御座之間
    4.御台所
    5.御広間または御対面所
    6.旧南西隅櫓跡
    7.南西隅櫓跡
    8.多聞櫓跡

  • 肥前名護屋城図屏風によると、本丸全体に隙間なく建物が並んでいるように見えます。<br /><br />太閤記には、本丸に設けられた能舞台で能が催された記録が残るそうです。

    肥前名護屋城図屏風によると、本丸全体に隙間なく建物が並んでいるように見えます。

    太閤記には、本丸に設けられた能舞台で能が催された記録が残るそうです。

  • 1.茶室<br />2.本丸御殿

    1.茶室
    2.本丸御殿

  • 本丸の中心に建つ東郷平八郎揮毫の名護屋城址の碑。

    本丸の中心に建つ東郷平八郎揮毫の名護屋城址の碑。

  • 本丸御殿跡<br />礎石や玉石敷が確認された場所で、芝生や模擬石により平面復元されています。アプリ(VR名護屋城)を使って見ればよかったな。

    本丸御殿跡
    礎石や玉石敷が確認された場所で、芝生や模擬石により平面復元されています。アプリ(VR名護屋城)を使って見ればよかったな。

  • 本丸多聞櫓跡。この石段は、多聞櫓への石段ではなく旧石垣部へ上がるためのもののようです。

    本丸多聞櫓跡。この石段は、多聞櫓への石段ではなく旧石垣部へ上がるためのもののようです。

  • 平面復元された本丸多聞櫓跡。<br />櫓の前(通路)には玉砂利が敷かれ、肌色っぽい部分は発掘すると建物破壊時に出た瓦が大量に堆積していたそう。

    平面復元された本丸多聞櫓跡。
    櫓の前(通路)には玉砂利が敷かれ、肌色っぽい部分は発掘すると建物破壊時に出た瓦が大量に堆積していたそう。

  • 発掘調査により、築城時の旧石垣をそのまま埋め込んで、多聞櫓部および隅櫓を新規構築したことがわかったそうです。

    発掘調査により、築城時の旧石垣をそのまま埋め込んで、多聞櫓部および隅櫓を新規構築したことがわかったそうです。

  • このあたりは旧石垣の上らしい。

    このあたりは旧石垣の上らしい。

  • 本丸南西隅櫓跡<br />本丸増築部にあった新しい南西隅櫓の跡地で、礎石のあった位置が模擬石で示されています。

    本丸南西隅櫓跡
    本丸増築部にあった新しい南西隅櫓の跡地で、礎石のあった位置が模擬石で示されています。

  • ここは建物を破壊するだけではなく、礎石上に30cm以上も盛り土がされ完全に隠されていたそうで、赤く舗装されているのがその盛り土部分。

    ここは建物を破壊するだけではなく、礎石上に30cm以上も盛り土がされ完全に隠されていたそうで、赤く舗装されているのがその盛り土部分。

  • 初冬や晴れた日には、天守から対馬や壱岐を望めるそうです。秀吉は、水軍の出航を見ていたのかな。<br />

    初冬や晴れた日には、天守から対馬や壱岐を望めるそうです。秀吉は、水軍の出航を見ていたのかな。

  • では、北西部に進み天守台跡へ。

    では、北西部に進み天守台跡へ。

  • 天守台と、その先に突き出す遊撃丸。本丸から遊撃丸・二ノ丸方面へは直接降りられず、三ノ丸を経由して本丸の向こう側の伝馬場を通って行くことになります。<br /><br />天守台上から見下ろした二ノ丸に面した石垣も、見事に壊されています。あえて石垣を修復せずに、歴史を物語る遺構としているのが面白い。

    天守台と、その先に突き出す遊撃丸。本丸から遊撃丸・二ノ丸方面へは直接降りられず、三ノ丸を経由して本丸の向こう側の伝馬場を通って行くことになります。

    天守台上から見下ろした二ノ丸に面した石垣も、見事に壊されています。あえて石垣を修復せずに、歴史を物語る遺構としているのが面白い。

  • 時の流れを感じた名護屋城天主臺址の表記。

    時の流れを感じた名護屋城天主臺址の表記。

  • 北西隅に位置した天守は、白漆喰塗の望楼型5重・内部は穴蔵を含め7階建てだったそうです。

    北西隅に位置した天守は、白漆喰塗の望楼型5重・内部は穴蔵を含め7階建てだったそうです。

  • 説明板と対比させながら、天守台からの景色を眺めました。

    説明板と対比させながら、天守台からの景色を眺めました。

  • 多くの武将たちが陣を構え、戦いのために海を渡った。

    多くの武将たちが陣を構え、戦いのために海を渡った。

  • 呼子大橋と加部島。<br />

    呼子大橋と加部島。

  • 加部島は唐津市にある8つの島の中で唯一、唐津大橋が架かり陸地と繋がっている島。古くは壁島と呼ばれ、荒波から呼子港を守る天然の防波堤の役割を果たしています。

    加部島は唐津市にある8つの島の中で唯一、唐津大橋が架かり陸地と繋がっている島。古くは壁島と呼ばれ、荒波から呼子港を守る天然の防波堤の役割を果たしています。

  • 見えないけれど、矢印のあたりが対馬。その右が壱岐。<br />九州と朝鮮半島の中間に位置し、古くから国境の島として交易・外交の要所の地となり、国防の最前線としても機能。鎌倉時代の元寇(蒙古来襲)の歴史も持ちます。<br />文禄・慶長の役においても、地理的要衝として極めて重要な役割を果たしました。

    見えないけれど、矢印のあたりが対馬。その右が壱岐。
    九州と朝鮮半島の中間に位置し、古くから国境の島として交易・外交の要所の地となり、国防の最前線としても機能。鎌倉時代の元寇(蒙古来襲)の歴史も持ちます。
    文禄・慶長の役においても、地理的要衝として極めて重要な役割を果たしました。

  • 馬渡島 <br />大陸との航路にあたり遣隋使、遣唐使の船の休憩地とされ、蒙古襲来(元寇)の伝説も残る。

    馬渡島
    大陸との航路にあたり遣隋使、遣唐使の船の休憩地とされ、蒙古襲来(元寇)の伝説も残る。

  • 加唐島(正面右の平らな島)<br />通称「ねこの島」。犬を飼うと神様の罰があたるという言い伝えがあり、島内には犬がいないそう。<br /><br />−−−−−−−−<br /><br />勉強不足で本土と橋で繋がっている島や、ねこの島があることを知りませんでした。元寇の歴史も学びたいし、離島にもいつか行ってみたいな。

    加唐島(正面右の平らな島)
    通称「ねこの島」。犬を飼うと神様の罰があたるという言い伝えがあり、島内には犬がいないそう。

    −−−−−−−−

    勉強不足で本土と橋で繋がっている島や、ねこの島があることを知りませんでした。元寇の歴史も学びたいし、離島にもいつか行ってみたいな。

  • もう一度、本丸を見渡してから東出丸・大手口方面に戻ります。上・下山里丸や台所丸も気になったのだけど、今回はパス。

    もう一度、本丸を見渡してから東出丸・大手口方面に戻ります。上・下山里丸や台所丸も気になったのだけど、今回はパス。

  • なぜか帰りも本丸大手を見逃してしまいました。再訪することがあれば、その時は忘れずにしっかり見なきゃ。

    なぜか帰りも本丸大手を見逃してしまいました。再訪することがあれば、その時は忘れずにしっかり見なきゃ。

  • 東出丸からの景色、再び。

    東出丸からの景色、再び。

  • 15:45<br />大手口に戻ってきました。本丸の見学に要したのは、ここまでの移動も含めて35分。

    15:45
    大手口に戻ってきました。本丸の見学に要したのは、ここまでの移動も含めて35分。

  • 太閤道を少し歩きます。<br />文禄・慶長の役に際し、大勢の人員・物資の移送を急ぐため、唐津大手口(浄泰寺)を起点とし、名護屋城へと至る幅2m・距離約16kmに及ぶ断続的な軍用道路を短期間で整備したそうです。

    太閤道を少し歩きます。
    文禄・慶長の役に際し、大勢の人員・物資の移送を急ぐため、唐津大手口(浄泰寺)を起点とし、名護屋城へと至る幅2m・距離約16kmに及ぶ断続的な軍用道路を短期間で整備したそうです。

  • 境界標。旅先で見つけると、よりテンションが上がります。

    境界標。旅先で見つけると、よりテンションが上がります。

  • 金助・五助の墓<br />太閤道入口から約200m、ここで折り返しました。

    金助・五助の墓
    太閤道入口から約200m、ここで折り返しました。

  • (説明板より引用)<br />江戸時代の中ごろ、唐津領は天候不順による凶作が続きました。名護屋村でも田畑の作物が枯れ果て、村人は木の実や葛の根、海藻などを食べて飢えをしのいでいました。しかし、このような不作の年にも藩は容赦なく年貢の取り立てを通告してきました。<br />村では庄屋を中心に毎晩のように寄り合いを開き、「このままでは飢え死にするばかりだ、村の窮状を藩主に訴えて年貢を減らしてもらおう」ということになりましたが、後の咎めを恐れて誰一人これを引き受けるものがいません。そのような時、金助・吾助の2人の若者が、「自分たちには、身寄りの者もなく後の心配もないので、この役目は私たちに任せてください」と申し出てきました。<br />金助と吾助は、藩主が領内の巡視で佐志村に赴くことを知り直訴を決行しました。幸い原書は藩主の目にとまり、年貢米100石が減免されました。しかし、当時直訴は天下の御法度でした。これを破った2人は捕えられ西の浜で処刑されました。<br />この墓には「遺骸は片広山の西に葬って欲しい」という遺言により、龍泉寺大和尚が持ち帰った2人の遺髪を葬ったといわれています。

    (説明板より引用)
    江戸時代の中ごろ、唐津領は天候不順による凶作が続きました。名護屋村でも田畑の作物が枯れ果て、村人は木の実や葛の根、海藻などを食べて飢えをしのいでいました。しかし、このような不作の年にも藩は容赦なく年貢の取り立てを通告してきました。
    村では庄屋を中心に毎晩のように寄り合いを開き、「このままでは飢え死にするばかりだ、村の窮状を藩主に訴えて年貢を減らしてもらおう」ということになりましたが、後の咎めを恐れて誰一人これを引き受けるものがいません。そのような時、金助・吾助の2人の若者が、「自分たちには、身寄りの者もなく後の心配もないので、この役目は私たちに任せてください」と申し出てきました。
    金助と吾助は、藩主が領内の巡視で佐志村に赴くことを知り直訴を決行しました。幸い原書は藩主の目にとまり、年貢米100石が減免されました。しかし、当時直訴は天下の御法度でした。これを破った2人は捕えられ西の浜で処刑されました。
    この墓には「遺骸は片広山の西に葬って欲しい」という遺言により、龍泉寺大和尚が持ち帰った2人の遺髪を葬ったといわれています。

  • 城跡を出て、大通りへ向かう時に見た大手口前井戸。行きにも見たはずなのに、気付かなかったんだ。

    城跡を出て、大通りへ向かう時に見た大手口前井戸。行きにも見たはずなのに、気付かなかったんだ。

  • 陣城とは思えない規模の城跡。見逃したものもあるし、知識を整理してから再訪したいと思います。

    陣城とは思えない規模の城跡。見逃したものもあるし、知識を整理してから再訪したいと思います。

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